●救援計画
「基本的にはこんなもんですかねえ?」
「その編成で問題無いと思います。後は中身を詰めて行きましょうか」
種子島での炊き出しツアー、その一日目は本土で始まる。
練習し時にはやり直し、少しでもスムーズに行う為だ。
礎 定俊(
ja1684)がまとめていくと、宇都宮・宙が次々に書き込んで行く。
「気が付いた事は順次提出してもらうとして、早めに提案した方が良い事は今の内にお願いします」
「では。マニュアル作成ですけど、データ化したいのでこちらで回収させてもらえますか?入れ代わり立ち代わり…なら、その都度プリントアウト出来る方が使い易いと思いますので」
定俊の言葉に水屋 優多(
ja7279)は、ノート形式だと全員が目を通すだけでも大変ですしね。と続けた。
皆としても見易いのは助かるので、夜にでも定期的に出し合い全員に配布する事にする。
「他に?」
「…国の計画は?種子島の避難地への支援計画について問い合わせといてくれ。要請が無い…今からやる。じゃ困る」
「御役所仕事は困るものね…。合わせてだけど万が一孤立した時の為に、備蓄物資で何日保つかの推移も確認したいわね」
難点なのは、大規模な輸送活動に支障がある事だった。
数十ある漁港は別にして、航路の有る大きな港は天魔の勢力圏。直接占拠されてないにしても、大量の物資を運べば返って侵攻を呼び寄せる。
刺激しない程度に運ぶとしたら、何 静花(
jb4794)が言う様に前もって要請しておくべきであるし……。
完全に連絡が途絶えた時に、何日分があるのか神埼 累(
ja8133)が確認したいのも判る話であった。
「その辺は早急にしといてもらうとして、他に無いなら早速行動だな。さぁて、頑張りますか!」
「そうですね。避難している人たちが、少しでも落ち着ける環境を作れるように、頑張りたいです」
他にも細かい確認が為されたが、事前に話しあっていた事もあり概ね問題無かった。
ではやるぞと、ヒロッタ・カーストン(
jb6175)や酒守 夜ヱ香(
jb6073)たちを先頭に会議室を後にする。
●事前演習
「写真や地図で見ると、テント並べるのは簡単そうだけど…」
「いざ自分達でやって見ると、要求をこなすのは難しいですね」
用意された敷地は廃校とはいえ、全てが真っ平な更地と言う訳でも無い。
複数のテントや機材を並べると、凸凹が大きかったり立ち樹が邪魔になって、意外にズレてしまう事が良く合った。
その問題が起きる度に並べたテントをずらして、有る程度の補いが付くように張り直して行く。
「馬鹿正直に並べても仕方がない。種子島は島で風が強いし、足場や風向きに注意しないとな。通路を広めにしてイザとなれば補助の杭を増やすとしますか」
「そうですね。道が狭いと窮屈に感じますから、一か所辺りの幅を取って樹や側溝とかの事情と合わせましょう」
邪魔だが頼れば折れそうな細い立ち樹を揺すり、ヒロッタは中途半端な太さに苦笑して現実と折り合いを付けた。
その様子をカメラで撮影しつつ、夜ヱ香は地面に枝で絵を描いて行く。
十が収まる容積に十の物を建てるのではなく、十二くらいの容積を見込んで右に左にずらして適宜動かせる構えだ。
しかし…。数基のテントを建てて、無駄になったから建て直す。…僅かそれだけの作業なのに、疲れた気がして思わず水を口にする夜ヱ香だった。
「疲れた?まだまだ続くし、いくら僕ら撃退士だって一人の力は知れているからね。少し休んで居ると良いよ」
「あ、はい。そうさせて貰います。静花の方は大丈夫?」
「…っ。……」
ペットボトルを口元に運ぶ回数に気が付いたヒロッタは、夜ヱ香が緊張している事に思い至る。
どの道、現地では不慣れな住民たちに協力を仰ぐつもりなのだ無理をしても仕方ない。
そんな中、二人がもう一人の設営班である静花に目を向けると……。
「そこに置いてるカメラを渡すか、ここを撮影してもらえるか?」
「あっ了解〜。注釈はどんな感じにする?」
反応が無い、何かあったのかと思って静花に近づくと…。
振り向いて記録を要請された。呼びかけたのにも気がつかず、夢中で作業をしていたようだ。
そういえば自分達も互い慣れない作業ばかりで忙しく、彼女が没頭しているのに今更に気が付いた。
他の人の行動をよく見て置くのも勉強になるなと思う夜ヱ香であった。
「味噌汁はこれで完成ね。主菜が足りなくなった…。という想定で豚汁に修正してみましょうか?」
「それはありえそうですね。ここから修正するとして、豚とお味噌を持ってきましょう」
大きな鍋で料理をしていたメンバーは、ひとまず20人分の味噌汁を作成。
エキストラや巡回している撃退士用に、倍の40人分の豚汁へ変更する。
塁は予め提案されたメニューを簡略化してレシピと分量表を作成しており、木嶋香里(
jb7748)は単純に倍にするのではなく、合わせて食材の選定を行う。
出された分量から共通食材と個別食材を比較し、現地では正確ではないだろうが……概ね目的の分量を割り出して行く。
「えっと、すみません。食材区角はどの辺ですか?」
「日常品のコーナは向こうですが、朝から水屋さんがラベルを張りつけていたので、一目で判ると思いますよ。…温かい食事と言うのは良いですね」
「(…なるほど。私たちは万能ではないから、出来る事を、出来るだけ…少しでも多く明日に繋げましょう、ね)」
はいっありがとうございます!
香里は水城 要(
ja0355)が指差した辺りに向けて歩きながら、互いに微笑んで軽く会釈をして急いだ。
避難者の為に協力したいのは皆同じだからだ。
ここでの経験は避難を余儀なくされた人々が、少しでも円滑な暮らしが出来る為の礎となるだろう。
…いつかそれが、天魔を押し返す日に繋がりますようにと、塁は祈る。
「空いてる時間は此処につめてたんですね。言ってくれたら良かったのに…。さっきの豚汁に修正しますので…」
「炊出しだけでも結構必要物資多いですからね…。以前凄く大変だった事があります。…はい、これとこれですね」
香里が物資の日常品コーナーに辿り着くと、優多がようやく物資の半数を処理し終わった処であった。
必要な物全てが入った『救援第一便』の分割はともかく、次々に送られてくる個別物資の中身確認をするだけでも時間が掛かる。
その為に箱の内外に内容を書いたラベルを張り、人が増えた時用の紙製の予備食器なども近くに用意していたのである。
「ありがとうございます。これで一応の完了ですね」
「これなら足りない物も一目で判るわ。今は練習だけど…。万が一、は、考える余裕がある時に考えておかなくちゃ」
「そうですね。万全とはいきませんけど、可能な限り自宅に戻れない方へ暖かい料理を届けてあげたいです」
その後は残りの二人も手伝って、ラベルを張りながらレシピのバリエーションを考える。
これで必要な物資を必要なだけ取り出せるし、累が言うようにイザという時があっても何がどれだけ調達の必要があるか直ぐに判明するだろう。
演習の終了と共に香里たちは食事を振る舞いつつ、やがて赴く種子島に心を馳せ始めた。
こうして舞台は、本土から現場へと移る…。
●見たぜ聞いたぜ種子島!
「おっ。良い匂いがここまで漂って来たね。…種子島は本土と違う事も多いだろうけど、うまくいってそうで何よりかな」
「ええ。避難を余儀なくされた方々が少しでも円滑な暮らしが出来るよう。みんな最善を尽くしてますよ」
時と場所は移って種子島。
朝から作業参加の希望者を確認していた定俊は、漂う匂いに鼻を動かした。
要はそんな彼の笑顔に頷きながら、避難者リストを各方面に配り、別方面から同じ様な物を送ってくれるよう手配する。
離れて暮らす場合、家族や親類の誰が何処で暮らしているか、重要な関心事だからである。
「今は始めたばかりなのでゴタゴタしてますけど、もう直き落ち着いて来ると思います。そしたら愚痴でも聞きに少し回ってきますね」
「そうだね。愚痴を聞くだけでもストレスは減るし…。そうだ、体調や施設の問題があれば聞いておいてくれるかな?可能な範囲でなんとかするから」
直ぐに出て来る話は屋内はエアコンや子供がウルサイだの、テントは寒そうだとか…直ぐには進展はしない。
だが天魔を早く倒してくれという言葉に頷くだけでも違うし、やがて小川が大河となるように情報が集まってくるだろう。
要は定俊の言葉に頷いて、少しずつ情報を集めて行く事にした。
「支援物資の影響なんでしょうけど、米類が余ってますので何か造りましょう。問い合わせら他の場所でも同様らしくて」
「本土のみなさんも心配で送るとしたら、缶詰以外はその辺ですしね。米粉はお菓子として…」
「そうねえ。餅米があればお餅を子供達についてもらうと楽しそうだけど、他には何が良いかしら?」
お餅つきは賑やかで良いかもですね。
優多が備蓄リストを手に、余剰気味の米を使った物を提案してきた。
リストによれば他の避難所も含めて米だけは余り気味であり、ここで使ってしまっても問題は無いだろう。
香里と累も一緒になって、ならばこれらを使って、何か力の付く物をとメニューの修正を考え始めた。
これからの計画に支障なく、かつバラエティに富んだ物ができれば言う事はあるまい。
「タンポはどうですか?東北の産物ですけど専売特許ではありませんし、そもそもキリタンポのタンポは保存用の練り物です。兎や魚もあるんだそうですよ」
「それは鍋物だけではなく色々な物に合いそうですね。なんちゃってパエリアや海鮮スープと並んで、多目にバリエーションが組めそうです」
「ならこちらの味付けになるように、実際に出す前に試してみましょうか?」
優多が端末で検索すると、練り物を切って焼き物にしたり鍋に放り込んだり。という画像が出て来た。
香里は種子島で豊富に獲れる魚と合わせて色々考え始める。
軽く焼いて付け合わせにしても良いし、味噌を塗って焼けばそれで一品出来る。魚の練り物も合わせれば扱い易い素材になるだろう。
累は二人の提案に頷、手伝ってくれているお母さんたちを呼びに行こうとした時……。
「すいません新しい避難者が…。この子たちに何か出せますかしら?親御さんはテントを個室に休んでおられますので、消化に良い物を」
「腹減ったー。何かくれー」
「ねーちゃん。おれハンバーグがいい!」
「今すぐか?魚ハンバーグなら山ほどできるはずだ」
渚が連れて来たガキどもは、遠慮呵責無しに騒ぎ始めた。
ここが厨房扱いなどお構いなしに、暴れ廻ろうとする前で、静花は魚を握り潰すジェスチャーを見せる。
それが制止する為の脅しなのか、本気で魚ミンチを今すぐ造る気なのか……判らない。
「夕食まで待てるなら肉のハンバーグを出せますよ。今からお餅つきするので手伝ってくれますか?」
「餅付き!?するする!」
「(渚ちゃんも気を張り過ぎないでね。…その間に味付けの方は聞いておくわね)」
おれもやるー!
私も!
と言う感じで、優多の言う事に手を上げて誘導されて行くオコサマーズ。
塁は渚を労うと、予め聞いておいた婦人方の井戸端へ歩いて行くのであった。
少しばかり騒がしいが、賑やかなのは嬉しい事である。
●情報の海と、やがて来る真実
「牛鬼やら馬鬼とか沢山いたわ。いつ子供達が獲って喰われるか不安でねぇ」
「なるほどそれは大変でしたね。ここならいつでも撃退士がいますので大丈夫ですよ。……そうだ坊主たち、ドラム缶風呂を造らないか?」
「ドラムカン風呂!やるやる〜」
親たちの話を聞いて居たヒロッタがまとわりついて来た子供たちに、風呂でも造るかと言い出す。
そうやって親たちに、もう大丈夫ですよと子供達の笑顔を引き出してやった。もちろん彼自身がリラックスする為に入りたいのだが…。
「えー私恥ずかしい…」
「じゃあ、一緒にお父さんたちの肩をもんであげる?」
子供が心配で命からがら逃げて来た親には、笑顔は良い薬になる。
彼が風呂の話をしたのはその為だろう。夜ヱ香はその事に気がついて女の子たちに声を掛けて行く。
「一応は命令しているんだろうけど、冥魔の方は本当に無造作だね。進撃重視で、統治は二の次と思っているとしか思えない」
こうして夜に入って、暫定ながら情報が集まってくる。
冥魔の支配する島の北部では、強力だが扱い難い粗暴なディアボロが暴れる事もあるという。
それでいて逃げ出す人間を気にしない無い辺り、ヒロッタが言う様にその気が無いとしか思えなかった。
「天使の動きは手堅いですね。見張りは居ますけど、一定以上の進撃には慎重なようです」
対して夜ヱ香が肩叩きやらマッサージしていた人々は、天使の支配する南部近くから苦労して抜けて来た人々らしい。
彼らが抜け出せたのも、単に見張りが必要以上に追ってこなかっただけの話だ。
いささか杓子定規だが、撃退士や冥魔による奇襲を考えると手堅い運用をしている。
「ヴァニタスたちの性格を伝え聞く限り、単に攻撃的なタイプと指揮官が堅実なタイプ。というだけかもしれないですけれど…」
「目的で行動が絞られていると考えれば、見えてくる物もありますね」
食事中に種子島で行動した撃退士や住民たちから話を聞いた優多は、二つの推論を頭に浮かべた。
一つ目は『行動に意味は薄い』という物。
人々を心理を攻める苛烈なヴァニタスと、沈着冷静なシュトラッサーの性格が出ているだけという考え。
もう一つを引き継いで、口元に指を当て要が目を閉じた。
「…当初に奇襲の優位があり、好きな位置へ上陸出来た天使側だと考えると、怪しいのは南部ですね。冥魔の方はそれを奪うつもりなのでしょうか?」
「つまり天使はソレを確実に手に入れる為に、積極的に動いてないって事ですか?冥魔は漁夫の利で種子島全てを狙ってると」
二つ目の推論は『行動には意味がある』という物。
要の言う方針に基づいている。という考えに香里も頷いた。
最終的にどちらも全土攻略を狙っているのだろうが、天使側は迂闊な進撃を避けており、冥魔も進軍を重視し都市支配はオマケかもしれない。
「可能性としては判り易い図式だね。推測が正しいのか的外れなのか、調べれば良い」
子供達を追い散らしていたハリセンを放り投げ、静花は事もなげに提案した。
判らないなら調べれば良いし、自分達はその為に居るのだと。
「後は目的が強力な物品なのか、効率的なパワースポットなのか、ですねえ」
「その辺りはどうなの?島を襲って、人々の生活を脅かす程の物があるっていうの?」
定俊が話をまとめて地図上に書き込み始めた。
南部を色枠でピックアップし、北から矢印を南に描く。
実際に動く累たちはその文字を見ながら、この種子島に一体何があるのかを考え始めた。
種子島調査隊が、ここに結成する事となる。