●ある日の森の中
「大丈夫…かな?」
「森林は伏撃や罠設置に最適ってね?その分、こっちの動きも制限されちまうけどな」
木と土の薫る森陰で不安そうに佇む姿。
穴掘りを手伝いながら呟く若菜 白兎(
ja2109)に、小田切ルビィ(
ja0841)はざっくばらんに応えた。
本当は胸を叩いて保障でもすれば良いのだろうが、生憎と性には合わない。
「原始的ではありますけど、こういう罠が意外と効果的だったりするのですわよね。大丈夫、囮班も無事に帰ってきます」
「そうですよね。みんなで頑張って、残りのメンバーだけでも無事で帰りましょう」
「(…こういう時、もういいから逃げてくれと云う訳にはいかないのが、な…。まあ俺達は幸いな方というべきか)」
作戦の成功を疑っているのではない、危険な任務から守りたいのだと子兎は思うのだ。
その優しさと決意に朱利崎・A・聖華(
jb5058)が優しく声を掛けると、白兎はコクコクと頷き不安を打ち消した。
三間坂 京(
jb6180)はそんな様子へ、既に命を落とした撃退士へと思いを馳せる。彼の犠牲がなければ、みなもここまでナイーブにはなるまい。
ここから先は危険の種を1つ1つ摘みとって行く戦いだ…。戦う事に専念しようと思った時…。
土を掘るザクザクとした音に紛れて、チリリンっと。
やや遅れてもう一度だけチリンと音を立て、吊るしてあった鈴が落ちる。
「聞こえたと思いますが、圏内に敵が入りました。誘導して行きますので迎撃準備をお願いします」
「…全ての敵が喰いつきおった。案内するゆえ、ゆめ見落すなっ!っと。…アストリット?アストリットならわしの隣で走って…滑っておるわ、安心せい」
「了解っ、何時でも迎え討てますわ。決して油断をせずに参りましょう」
ブーンと震動を感じて携帯を取り上げると、パーティラインで2つの声が割って入る。
森の入り口で糸を張り、鳴子を一同の前まで張った水城 要(
ja0355)と、囮を務める白蛇(
jb0889)からだ。
もう一人の囮役はどうしたのかと誰かが尋ねると、全速で走って居るからと召喚獣分の余裕で白蛇が電話に出たらしい。
話を聞いた星華たちは、作業を中断して手早く移動し始めた。
「手筈は判ってる?」
「木を利用するのでしたよね。どこまでやれるか判りませんが、ボスを足止めしてみます」
「罠や囮に連中は躊躇しないが、布石としては十分だ。後はこちらの仕事だから気にしなくていい」
月丘 結希(
jb1914)の確認に白兎が応える。
入念を重ねた布陣という矢が放たれれば、後は天命を待つのみ。
無論、不運であっても座して待つ気はルビィ達には無い。
●樹縛の陣
「援護射撃っ…。どうやら辿りつけたようですね」
林に飛び込む中で、散発的に矢が出迎える。
自分達を支援し、動死人を削り落す物だと知ってアストリット・ベルンシュタイン(
jb6337)は深い息をついた。
まだまだ援護射撃もまばらで、打ち合わせの位置まで後少し。
同行する仲間へ声を掛けアストリットは再び歩き出した。その足取りは軽いと言うよりは大地を滑るに近い。
「白蛇さん。ここなら連中も全力では走れないはず。このまま予定地点まで誘引しましょう」
「白蛇様と呼べと…。まあ良い、おぬしは先に行くが良い。わしは駄目押しついでに反転する間を稼いで来るわ」
先ほどまで迷いもせずに直進していたアンデッド剣士たちも、流石に木々の中では追いつくのも一苦労。
アストリットの言葉に頷き、白蛇は馬首を返して(うま…じゃないけど)吠える。
その間に追いつこうとする手前で、すかさず二歩三歩と後退。
太刀でツバメが切れぬように、細かい足取りを駆使して再び引き離し始めた…。
「はい…、僕です。二人とも無事に合流しつつあり…。予定通りとはいえ流石はアンデッド…。何だか予想以上にタフな予感がしますね…」
「まあ接敵するのは仕方無いわね、季節的に涼しいのは大歓迎ってことにしときましょ!…冒険者と撃退士は段取り八分、うまくいくって信じなさい」
祈るなら神様よりあたしにね?
そんな冗談にクスリと笑って、要は隣の木々へ飛びかかると矢を引き絞る。
樹上で器用にターンを掛けながら、垣間見た動死人へ狙いを合わせフっと力を抜いた。
「敵とあらば倒すのみ!水城要…参りますっ!」
突出した敵へ一射。また木を移って、更に移って機会があればもう一射。
囮役の二人が合流し反転するまでに出来るだけ削り落そうと、流れる汗も艶やかにむせ返る木々の間を抜けていく。
死出の案内、つかまつります…。
「来た来た。迷わないのは強さでもあるけど、この場合は欠点なのよね。…前衛たちは、あんたにタイミングをあわせて行くからっ」
「はい…。一人でなんて言いません、みんなの力で食い止めて見せます…のっ!」
こちらに走り寄る囮組と敵影を確認し、引き金を引きながら結希は傍らに声を掛ける。
白兎は脳裏に思い描いた鎖を投げかけようとするのを、必死でこらえた。
もう少し、もう少し…。
音を立てて撃ちこまれる弾丸や矢を見ながら、彼女が受け持つ貴公子風のアンデッド剣士が網に掛かるのを、今か今かと待ちわびる。
あと二歩、一歩!穴に足をとられて動きを止めた今がその時だと、輝く鎖を現出させ走り出した。
「行かせませんの!」
「上出来だ、このまま抑えきる」
天を駆ける光のチェーンは過たず目標へ絡みついた。
手繰り寄せる白兎は得物を盾に変え、攻撃を受け持つべく正面に立つ。
そのまま放置して撃ち続ければ一方的に削る事は出来るが、有利な位置を抑える事ができないからだ。
常在戦場の心意気か、意図を察したルビィも霜の中へ飛び込んで敵の頭目を抑え込む。
一時の優位より、戦域のコントロールを優先する為だ。
「はっ!人だったら躊躇なり対策を考えるだろうに馬鹿の1つ覚えとはな…。最善手1つきりというのも善し悪しか」
アンデッド剣士たちは林の木々にも関わらず、平然と大振りの斬撃を浴びせて来る。
だが途中途中で枝に引っかかり、受け止めるのは造作なかった。
京は肩口に食い込む痛みに顔をしかめながらも、腰だめに構えた太刀に『力』を込める。
アウルの発露と共に脈動し、突き通した刃先が敵の内側から煌めくのが見えた!
「手段と行程を選ぶ事が人間の知恵や技と言うやつですね」
「さて、反撃の準備と行きましょう。…少しの間だけ、お任せします」
「任せておけ、その位の時間は稼いで見せる」
樹上で黒き大剣を担いだ要と、意識の奥底から氷縛の術式を浮かべ始めたアストリットが短く頼む。
二人の要請に京は快く答え、動死人の腹を蹴って刃を引き抜くと身構えて共に迎撃の態勢を取った。
その間はわずか一瞬、だが笑ってすませるほどの油断をする気は無い。
「方々、ご存分に参りましょう、仲間の敵は、私達で必ず討って見せますわ!いまが反撃の時!」
「「応!」」
高らかに叫ぶ聖華の声に、一同の声が木霊する。
輝く翼を閃かせ、強き意思は心だけではなく体をも守る確かな壁となったのだ。
撃退士達は凱歌をあげ、弔いの鐘を鳴らす為にひとときの間、戦鬼となって立ち上がった!
●戦鬼たちの剣劇
「っ……」
「させぬよ」
一瞬だけ強張る可愛らしい顔と、涼しい顔が対象的だ。
氷魔の剣が雪を纏った瞬間、盾を構えて至近距離まで白兎が飛び込み、白蛇は腕組みのまま。
打ち降ろされた剣の周囲から氷嵐が巻き起こり、対して守りの権能が一同を包んでその威力を軽減させた。
盾向こうの白兎は全くの無傷、今更ながらに共同作戦の妙を知る。
「…周囲へ力を張れたら良かったですのに…」
「俺はまだ良い。他の連中に使ってやってくれ」
共に巻き込まれた仲間を癒そうと、白兎は治癒法術を編みあげる。
だが、とうのルビィはケロリとしたもので、同じように盾を構えて首を振って見せた。
魔法防御を突破する威力は曲者だが、これさえ凌げば剣でおくれを取る気など無い。
白蛇や聖華の援護もあり、その癒しは他の仲間に使うべきだと思えるほどの余裕があった。
「そうさせていただきますの…」
「そうしといてくれ、まあ剣腕次第ではもう不要かもしれんが…なぁ!」
不運にも手痛い一撃を受けた別の仲間を癒し始める白兎の脇で、ルビィは僅か数センチの突撃を行った。
まさしく神足、何が起こったのか判らぬその様は、まるで足による居合いと言っても過言では無かろう。
受け止めようとした大剣の直ぐ下を抜け胴の下から上へ、重みと冷たい感触が伝わってくる。
「随分と御機嫌じゃない。んー震動具合や技の使用時に動きが劣化する事を考えると、あの個体に限っては剣が本体なの?まあ倒す時は一緒だから関係ないけど…。あの駆動系の魔力は調べたいなぁ…。電池みたいな…」
「…十絶陣でも造るんですか?」
そう呟いて携帯を叩き始める結希に、要は苦笑ししながら飛び降りた。
彼女が術式を起動した瞬間、樹上からダイビング!
柔らかな身が鮎の様に踊り、彼の刃先がアンデッド剣士へ叩き込まれる。
そのインパクトは重力と共にしたたかに打ちつけ、石化した分だけ手応えは硬かったが、受けれないぶん強烈な一撃となった。
跳ねあがる瞬間に感じる反動を殺しながら、次なる一手の為にすぐさまその場を移動する。
「…えーと、どっちかというと研究する方が好きかなー。まあ古い方式は復活させるよりも、似た効果で再現する方が早いんだけど…ってもう行ったか」
「ふふ…、一体ずつ倒す間に十分監察は出来ますよ。木々の結界はうまくいってますし、今はやり抜きましょう」
結希の言葉に反応しながら、アストリットは脳裏に攻撃パターンを浮かべた。
木々が邪魔して存分に剣を振えないが、こちらはその事を知って居るのだ。
数ある選択肢の中から術式を選び、枝葉の邪魔を潜り抜け氷の鞭を飛来させる。
大蛇の様に飛び込んだ鞭は魔力の固まりへとシフトして、石化した動死人の守りを無視し、本体へと直撃!
いまだ終わりは見えないが、倒す事自体は難しくなさそうである。
「…問題はこっちの消耗だな。何度も潤沢な援護は期待できんのだろう?」
「その前に倒しきってしまえば良いとは言えんのぅ…。どら、ここらで流れを加速させておくか」
ほとんど守りを捨てた全力の攻撃は防いでなお強烈だ。
木々を盾に、更に剣を間に挟んで打ち落とし、それでも足りなければ反発力の壁を造る。
京はその威力よりも、相手のタフさ加減に苦笑した。
木々の盾は有効で自分達の優位だが、防御法術が潤沢だからこそ余裕だ。
その前に押し切らねばならぬという無言の視線に、白蛇は大気を奮わせるほどの咆哮をあげた。
●剣風は舞い、佳境を踏み越えて…
「力が…満ちて来る?このまま押し切りましょう、邪悪なる者よ!聖なる光にて灰塵と化せ!!」
「はい。やれそうな気がしてきますの」
咆哮を聞けば腕に力が、心に闘志が灯る。
聖華が掲げた指先を振り下ろすと、煌めく光が流星の様に飛び込んで行く。
2つ、3つと、光が集うファイブスター。
その感触は今まで以上で、再び輝く鎖を手にした白兎も、先ほどよりも強い手応えに頷きを返す。
此処に来て戦局は佳境に差し掛かった。
「早くしないと、掛けつける前に倒しちまうぜ」
「できるならそうしといて。っともう一いっちょあがり!」
ルビィは枝ごと断つ強烈な一撃をからくも盾で受け止めた。
碗が軋むが痛みを感じる事もなく、守りと攻撃の補助を受けて涼しげに笑って見せる。
反撃とばかりに返す太刀筋が一度止められるのを見越し、もう半歩のステップ刻んで押し切った。
結希はその動きに貴公子風のアンデッド剣士に侮れない物を感じつつも、順調に流れ行く推移を確かめる。
「全力攻撃開始、さっさとケリつけて掃討戦に移行する時よねっ!」
「無茶言うな。こっちは手一杯だ」
「可能な限りの努力はこっちでやって置きますよ。…一体目!」
結希の号令に京が苦笑で応え、要はタイミングを窺う事で応えた。
それはみなの援護射撃で捉え、最も攻撃の集中した個体だ。
一気に降り抜いてトドメを刺し、次なる敵はどちらかと様子を窺った。京の援護に向かうべきか、それとも別の一体へ回り込んで回転数を上げるべきか?
「さっきルビィも言ってただろう?まだ良い、他の連中を助けてやってくれ」
「了解、二体目に掛かりますね」
「技を使い惜しむ暇はなさそうですね。使いきったら次々切り替えて葬って参りましょう!」
京が援護は不要だと言いきったので、要も頷いて移動を再開する。
次なる敵の後ろを位置取り、アスリット達ともども猛攻を掛けて行く。
「どれ、わしも攻撃に参加するとするか。…援護はもうしばらく続くゆえ安心しておくのじゃ」
「そうして欲しい所ですわね。くっ…なんてしぶといんですの!?」
穴に落ち込み、石化して動きを止めた処へ次々と魔力撃が叩き込まれた。
足元より影の槍が串刺し、天空より流星が舞い降りる。
それでも平然と立ち上がるアンデッド剣士は、時折、前衛陣にクリーンヒットさせて驚かせた。流石に白蛇の顔にも苦笑が浮かび、星華は苛立ちを抑えながらアウルを集中させていく。
全体的な能力はそれほどでもなくとも、攻撃と…いや、悪魔に匹敵するタフネスだけや厄介だ。
「時間が長引けば、まぐれ当たりが馬鹿になりませんの」
「それでもやるしかないっしょっ。諦めは禁物、このまま押し切る時だっての!」
防御に優れたメンバーは困らない。
だが前衛を引き受ける全員がそうでなく、数回に一度は強烈な打撃をまともに受ける。
大剣から滲む冷気に顔をしかめながも、白兎は仲間にこそ思いを寄せた。
そんな彼女を結希は鼓舞し、推測した敵体力を携帯に打ちこんで比べ見た。
「後少し、後少しで二体目が…」
「…っ、届け、届け、届いてください!」
「焦らなくても良い。時間は敵でもあるが…味方でもあるってね」
要が額に汗を浮かべて切りかかる中、ようやくアストリットが二体目を仕留める。
縦横に太刀を奮い盾で受け止めながら、ルビィは仲間達の到着を緩やかに待ち続けた。
一体減れば次の一体が落ちるのも早いのだ。
「これで終わり…。操っているリーダーを倒しませんと」
「やれやれ、ようやく解放されたか。そんじゃあまあラストと行きますか」
「はっ!それだけ言えれば十分よ」
三体目が崩れ落ち、聖華は溜息をついて最後の敵を睨んだ。
楽になったと言いながら京は白蛇が呆れるほどのペースで軽快に歩き出し、全員で取り囲む状況を成立させた。
「コイツでチェックメイトだ。行くぜッ…!」
最も高い能力を持つ貴公子も、全員の猛攻を捌けるはずもない。剣劇と魔力の渦に巻きこまれ、ただ朽ち逝くのみ。
この時、初めてルビィが不敵な笑みを消した。
もはや死地は何処にもなく…、ただ冷徹に最後の一手を打つ。
切って落とすは敵では無い、倒れゆく姿と共に戦いの幕を降ろした。