●人間と言う名の探針
「仕留められそうにないですが、可能な限り探って見ますね」
「すぐに終わらせられる戦いじゃないからこそ…敵についての情報が、大事な一手になると思いますよ。だから…よろしくお願いします」
夕暮れを過ぎ人気が無くなり始めるころ。
電話向こうの別班に頭を下げて、レグルス・グラウシード(
ja8064)はねぎらう。
ここからは全てが分刻みで動いて行く世界だ、どんなに心を砕いても損はない。
利益の為に力を合わせるのではなく、お互いの為に心を合わせるのだ。
「…こちらも配置につきました。教えていただいたデータを活かしてみます」
「増援で一度に複数を相手をするのも厳しいだろうし、一体づつ確実に潰したい物だ。調査や牽制してくれるだけでもすごく助かるよ」
神社に集っていた人影が少しずつ、林を通って姿を隠しながら散っていく。
高架橋と戦場痕、道行きは別れるが思いは一つ。
フリーランス達を見送りながら、天風 静流(
ja0373)は危険は自分達こそが引き受けると告げた。
七人御崎を倒すのは任務であるし、彼らを本当の意味で巻き込むわけにもいかない。
「みんな無事で戻れると良いですね。(…悪魔と繋がっているのかも、なんて考えると複雑ですが)」
「ここで敵戦力を削ぐことが出来れば、後々楽になるものね。贅沢は言ってられないわ…」
「彼ら個人は純粋に街を守ろうとしているのであって悪意はないだろう。裏で誘導する者は別にして、今は助け合って頑張ればいいさ」
いざとなれば抜かせて構わないと告げながら、龍玉蘭(
jb3580)は仲間達だけに本音を告げる。
悪魔の作為に天使の策謀、入り乱れて大変だけど。とイシュタル(
jb2619)やキャロライン・ベルナール(
jb3415)はそれぞれのスタンスで応じた。
実際の話、悪魔がどこまで関わっているのか判らない。
手下が入り込んでいるのかもしれないし、単に情報のやりとりで誘導しているだけかもしれないのだ。
「何はともあれ状況は動いた。連中に接触しているならまた何か言って来るだろうし、してないなら協力し合えるだけだ。1つ1つ方つけて行くさ」
「確かに協力してもらえば一体ずつに集中できる。相手が本格的に動く前に、どれだけ削り落とせるか…だな」
さて…、上手く行けば良いが。
ネズミを探し出すチーズには俺達がなればいいさ。と呟く詠代 涼介(
jb5343)の笑えない冗談に静流が真顔で頷いた。
不透明な状況にまずは探りを入れておけばいい。というつもりだったのだが、彼女にとっては我が身で受けて返す刀で探れば良いと言う気持ちなのだろう。
それが武門に生まれた…、いや魔を退ける撃退士の務めだから。
●戦場痕の合戦坊主
「…一か月後に一斉に、か。あんなのを全員同時に相手しないといけないなんて、勘弁願いたいな。…もう食堂町のチームからも了承を貰ってる、後は頼むな」
「了解したわ。どちらかにシフトしないといけないし、確実に、かつ危険な方を落としておきましょう」
立ち去る涼介たちを見送って、ケイ・リヒャルト(
ja0004)は徐々に離れつつある周囲の地図を思い描いた。
この近くにある敵ポイントは2つ。涼介たちが向かった高架橋に合流するか、あるいは裏町側と合流するか…。
後でどちらか倒せる方を選ぶ事になるだろう。
「このまま個別撃破が成功すると良いのですが…。八月に再び神社へ一斉に攻め入らせるとか…おいたをする前に懲らしめて人様に迷惑をかけないよう考えをあらためさせるべきですね」
「座して敗北すれば、即ち天界側の跳梁を意味しますからね」
先を急ぐ玉蘭の言葉にマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は異なる未来を考えてみた。
これが停戦なりで、互いに協力して悪魔をと言うのならまだ解る。共闘など許せない者もいるだろうが、考える余地もあったろう。
だが告げられた言葉は『大人しく我らの軍門に降れ』と言う物。穏健派と考えるには違和感が強過ぎるし、軍門に下るなどありえまい。
むしろ…。
「何が?と問われれば答えられませんが、そこまでするほど、勢力争い巻き返しに必要な場所なのでしょうか?」
「そうまでして強行する理由が、あの神社にはあると……?」
「…話はここまででお願いします。生命反応は一つ、強力そうな敵ですね…油断は出来なさそうです」
玉蘭とマキナの話にレグルスが割って入った。
一同は報告を受けて、一端囲むように包囲陣を築く…。
ジリジリと距離を詰める中、レインボウと呼ばれた敵の威容が露わになる。
戦術はシンプルで、近づくまでは大きな盾槍に半身を隠して身を守り、寄れば当て易い武器に持ち替え薙ぎ倒し始めるという。問題なのは、それを許すタフさと剛力を備える事である。
「時間ですね。何者であれ障害には等しく終焉を与えるのみ…」
「じゃっ、お先に行くわね」
「君も気をつけた方がいいな。抜けて来るとしたら、突破力があるアイスの後方襲撃が厄介だ」
決めておいた時間の訪れと共に、マキナは己を解放し錬気を開始した。
そんな彼女にウインク一つ、ケイは走り出して身を鎮めると軽やかなステップを踏まえてトリガーを引いた。
クンっと放たれる矢を追い抜き、静流の放つ鋼糸がレインボウを絡め取ったその時…。
ゴウっ!!と何かが弾ける衝撃を、肉を絶つ感触と共に受け取る。
「武器が自分で砕けた?リアクティブアーマーの類か…、状態異常が通じないとなると厄介だな。普通なら武器を先に尽きるだろうが…」
「でも逆に考えれば良いんじゃない?こういう対策を備えてるって事は、単純な強さがウリなのよ。有利な武器から壊れて行く訳だしね」
「確かに。硬いなら穿てば良いのです」
悪魔との戦いの後、ディアボロ達の武器は処分されたはずだ。
だがこういう能力を持っているならば、合戦場という噂に紛れて隠しているだろう。
それを考えれば絡め手が半ば封じられたという事であり、困るほどではないが、戦況が一気に進展する事は無くなったな。と静流は受け止めた。
一方、イシュタルは小さく祈りの声をあげつつ淡々と戦況を眺める。
そもそも静流自信が残念そうにも見えないし、似たような技を持つ彼女にしても…。状態異常が武器破壊になっただけの話だ。
当て易い武器や守り易い武器を壊せば、同じことなのだから…。
「ヌオオオ!!!」
「万難を排し薙ぎ払うだけ…。シンプルな分だけ地力は強そうですので、油断せずお手並み拝見といきましょう」
「…僕の力が、役に立つならッ!僕の力よ!仲間の生命を守る、鋼鉄の鎧と化せッ!」
長巻きによる担ぎ抜刀!
肩に重心かけて跳ねあげると長柄の武器が軋むような音を立て、恐ろしい加速度で振り下ろされる。
真正面に立って陣列を指示する玉蘭へ強烈な一撃。
その瞬間にアウルを編み変えて、レグルスは輝く鎧を彼女の周囲に現出させた。
バン!と強烈な衝撃音が駆け抜けたものの、倒れる人影などいはしない。
●世に舞台裏はなし
「僕の力が、仲間の傷を癒す光になるならッ!」
「(…ほぼ癒えたか。あの様子なら大丈夫そうだな)」
画像越しに眺めた様子に満足し、キャロラインはゆっくりと視線を元に戻した。
玉蘭とレグルス二人掛かりの防御法術を越える威力は驚異的だが、戦況を変えるほどの物では無い。
狂戦士じみたレインボウの脅威は攻撃面ではなく、死ぬまで闘い続けるタフネスさにある。ならば油断せずに追い込めば、いつか倒せるだろう。
「しかし…随分と動きが早い。予定ならもう少し向こう側で止めるつもりだったのだがな」
「ああ。既にフレイも向こうと接敵しているらしいし…。やはり裏で関与してる奴が居るな。サーバントがそこまでの判断が出来るとは思えん」
キャロラインと涼介は、フリーランス達と共同で高架橋を降り立ったアイス移行斎を足止めしていた。
前回同様の異様な移動力でひっかきまわされ、一人二人と怪我を負わされるが…。
足止めが任務である以上は、それで十分といえた。
「無理はするなよ。いざとなれば俺達に任せて、一度回復に下がってくれ」
「でも本当に良いんですか?来月になったらこいつがまた襲って来るんじゃあ…」
「その時がアイス…奴の最後だな。有利な相手への奇襲ならともかく、突入してくると判っていれば驚くほど簡単だ」
これが要人を守れと言う任務なら難しいかもしれない。
だが特定の場所に移動しようとするなら道を予想する事が出来る。
事実、傷が累積したメンバーが危うくなるたび、召喚獣に乗った亮介が穴を塞ぎに移動し、あるいはキャロラインが癒すことで…全ての進路は塞いである。
いずれ撤退するかもしれないが、本当に来月襲って来るなら火の中に飛び込む事になるだろう。
「これでも反撃が集中できなかった前回より随分とマシだ。次に来る時は砲火を揃えて出迎えれる」
「広めに布陣して、互いの援護射撃ができる状態なら難しくはない。その時は任せるかもしれないから、来月も頼むな」
「おうよ!絶対に俺らの町を守ってみせるぜ!」
この様子ならば必要なだけ足止めは出来そうだ…。
本来の目的は多少危険でも一体ずつ、二体を連戦で撃破することだ。
キャロラインと涼介は顔を見合わせて、何度も弓や拳銃で牽制しながら陣形を維持し、計画が無事に推移しつつあることを実感した。
問題は移動距離による経過時間…、あとは撃破班がレインボウをどれだけ早く倒せるかに掛かっているだろう。
果たして、戦況はいかに…?
「オオオーオン!」
「っ!…やはり防げるのは状態異常のみですか。ならば…」
恐れるに足りません。
打ち降ろされた薙刀の強打に憶する事無く、正面から押し込むマキナの貫手が鋭く巨漢の肩を貫いた。
受けた武器を破壊し悪影響を喰い止める能力は、攻撃手を強化する能力には及ばないのだろう。
漆黒のアウルが内へ内へと崩壊を導き、まるで鎧など無いかの如く抉り切った。
「と言う事はこれも防げないわよね?じゃあそろそろ締めに入りましょうか?」
「前に出て来たのですか?ダメージ累積の為に、そろそろ倒せると思いますが気をつけてくださいね」
ケイが玉蘭の脇を抜け、巨漢の敵に密着すると零距離射撃を敢行。
その矢は暗黒のアウルをまとい深く抉って行く。
並のサーバントの二倍とも三倍とも思える圧倒的とも思える体力を、一同の猛攻は確実に削り落しつつあった。
「後少しの模様です。攻撃は私が受け持ちますから、攻め手に回ってください」
「判りました!僕の力よ!邪悪を貫き通す、白光の槍になれッ!」
さしもの巨漢も崩れ落ちる寸前だが、このままでは推移し手痛い反撃を受け、他に回る余力が無くなる。
玉蘭はランスを奮って仲間達の中央に立ち、いざとなれば攻撃を肩代わりすべく…ゆっくりと翼を広げていく。
攻撃は防御に優れた自分が受け持てば良い。そう判断した彼女の指示を受け取って、レグルスは初めて攻撃に回る事にした。
「あとはこれが当たるか、かな。…いや違う、当てるんだ。僕だって…!」
「こういう時は協力するものなのよね。…合わせるわよ!」
…ふー、…っふー!…ォォオ。
アウルで造った光の槍が、息をつくたびに大きく強大化するが…。心に生じた逡巡に、穂先がホンの僅かに揺れている。
そんなレグルスの戸惑いを感じて、イシュタルはにっこり笑ってタイミングを合わせた。
同時に攻撃すれば彼か自分の力のどちらかが届くだろう…。そう思い八掛の方位より運命を閉ざす風を吹き込んで行く。
「いっけー!」
「…やったの?」
「ガガッ…。アァー!」
「いえ、まだです、避けてください!」
石化を防ごうと固りかけた薙刀を爆破したところで、次なる武器は大金槌。
防ぎ易い武器はもう尽きていたのか、それとも死を覚悟して一撃重視に切り替えたか?威力重視の武器では防ぎ切る事ができず、光の槍が巨漢の胸元に突き刺さる!
大きな体がぐらつきつつも態勢を立て直し、最後の一撃とばかりに大振りで打ち降ろした。
人の体があっけないほど簡単に崩れ落ちる。はずだった…。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かったわ…」
もし玉蘭が代替りしなければ、標的になったケイの身は危なかったかもしれない。
だが、防御に優れた者が受け持つフォーメーションも含めて作戦だ。
いかにサーバントが強かろうと、一体の力では限りがある。
それが補い合わぬ彼らの欠点であり、仲間達の絆が打ち勝つのは必定と言えよう…。
「足止めしてくれる仲間が待っているんだ。終わらせるとしよう」
静流はゆっくりと息吹を解き放った。
黄泉より来る風が現世に溢れたヨモツイクサを連れ帰る…。
レインボウが残した体力全てを、跳躍からの真っ向唐竹割りで根こそぎ奪い去ったのである。
●終焉の運び手
「フレイの方を優先で良いのよね?」
「それで頼む。こっちは逃げられかねんが、向こうのチームは後少しまで追い詰めた所で、迎撃重視に持ち込まれて攻めあぐねてるみたいだ」
携帯越しに尋ねるケイに、涼介の苦笑が帰って来た。
散発的な射撃音は聞こえるが悲鳴は無く、どちらも攻め手に欠く膠着状態なのだろう。
だが問題はそこではない。
「重要なのはシュトラッサー・下級天使級の敵を見つけたらしい。そこで追跡を重視してもらう予定だ」
「やっぱり情報を拾ってる奴が居たのね。そいつがサーバントの指示を?仕方ないわ、危険はこちらが受け持つのが筋だし、私達で落としましょう」
「…少しだけ待ってください。新しい情報で、フレイバーンデックは砲台型の下位サーバント使いでもあるそうです…」
キャロラインの報告にイシュタル達は繭を潜めた。
恐らくは計測の結界から情報を受け取り、サーバントに指示した存在が浮かび上がったのだ。
直ぐにでも動こうとする一同を止めて、レグルスは裏町に差し掛かった所で集中を開始した。
「居ました…。積極的に動いてませんけど、何体かこっちにも潜んで居ます」
「では私が先に突入します。みなさんはその後ろから…」
「いえ、死地と判って居るなら何の問題もありません。ソコは私の庭だ…」
彼の報告に対応して飛び込もうとする玉蘭を、マキナが制止した。
何故?と尋ねる声が続かない。
ザワリとした感触の後、黄金の獣と化して無造作に走りだす!
伏兵を含めた恐るべき連続攻撃を受けてなお、彼女が止まる事は無かった。
死に至る火力の組み合わせがフレイの奥義なら、死を先送る秘術こそが彼女の奥義であったのだ。
最も相性の悪いこの組み合わせ、勝敗を語る必要があるだろうか?
「無茶をしないでください!」
「…時間的に保つと知っていましたから」
「食堂町のメンバーが追い込んで居てくれたからな。そう考えると妥当な結果だろう」
法術を掛け続けるレグルスの抗議にマキナは当然の様に応える。
静流がトドメを刺したのか?作戦完遂を確認するとマキナは暫しの眠りについた…。