●童心の光景
「カートとはどういう物なのでござろう?」
「ふむ〜。少しばかり待つがよいぞ」
ぽちっとな。
ガラガラと資材を引く静馬 源一(
jb2368)に、ハッド(
jb3000)が答えた。
検索神にお尋ねして、その何たるかを立ちどころに暴き出す。
「ふむむ〜 。最初は石鹸箱で梯子にタイヤをつけたようじゃ。よ〜わからんが何だか楽しげな遊戯のよ〜じゃの〜」
「石鹸箱にタイヤ、それがカート…随分と小さかったのでござるな〜」
「アメリカさんの箱だから、大きかったのでしょうか?あの。そういえばカートって、最近流行ってるんでしょうか……?」
検索情報を斜め読みしたらしいハッドの言葉で、源一と久遠寺 渚(
jb0685)が同時に首を傾げた。
ほのぼのとした表情に、想像中の平和な光景が伺えるようだ。
「…石鹸箱は起源的な物らしい、あんな感じのダンボール代わりなんだろう。エンジンが付いたのはその次の段階だが、チェンソーだったらしい」
「流行りというよりは、好きな人は好きって感じかねえ?説明し難いけど、バイク乗りに何でバイク好きなのって聞くようなもんだ」
少し向こうの丘を指差せば、ダンボール板に座って滑り降りる子供たち。
蘇芳 和馬(
ja0168)の様子にロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)はいつもと違う様子を見てとった、楽しみなのかも。
自分達は主にスピード派だが、そのチューンや腕前で成し遂げるというのは何とも言い難い味わいだからだ。
「草をダンボールで滑走たぁ、懐かしいや。にしても…このへんからコレじゃあ、こりゃまた手の入れ甲斐のある場所だなぁ」
「あちこち上から下まで、草がぼうぼうと生えちゃって…、こりゃやりがいあるね。頑張るぞー」
子供達を微笑ましく見つめる千葉 真一(
ja0070)の言葉へ、市川 聡美(
ja0304)は頷き苦笑しそうになる。
面白そうだったからという持ち前の好奇心をもう一度奮って、面倒な作業へ挑むとしよう。
というか、子供達に交じってダンボール滑りに心惹かれそうになった…。
「でも暑くないそうだねー。みんなの分もあるから、必要になる前に採ってね。あたしのオゴリ」
「せんきゅ。やるなら楽しく行きたいし、注意しょっか」
がらがらと一輪車の中からクーラーボックスが出現、カパリと開ければスポーツ飲料が飛び出て、小脇に抱えたお塩と並んでいる。
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の配慮に聡美は軽く例を言った後で、河川敷へと目を向けた。
そこでは子供たちの滑る高台も途切れて、軽トラックがポツネンと何も無い場所で待つ
サッカーどころかジュニア野球が複数同時に出来るような広さで、荒野と言い変えれそうなほどだ。
●ダイナミック草刈り大会
「小さいけどジャンプ台あって、むき出しの赤土や砂利道もあるダートコース…、とかものは言いようだよね」
「はん、まさしく物は言い様さ。コースイメージといっても、この敷地に『収まる』ようにしないといけないんだよな?」
「そう言う事だな。広いと言っても、自由自在に車が走るにゃ少し狭いかもしれん」
聡美の話しに真一は小道具を降ろしながら、やるしかねーよなと笑う。
整地ローラーからトンボまで、あちこちのクラブから借りあつめられていた。
「資金が少ないってことだから、借りれるのは借りてこないとね」
「買って来たのは添えつけにしましょう。中古なのですけど、でも使えればいいんです!」
「備品といや、頼むって言ってたブツは?」
「…ああ。確保したとも言えるし、無理だったとも言えるな」
学園印のトンボをソフィアが次々と降ろし、中古のトンボが無事で渚もホっとする。
連結用の留め具を確かめ、負けませんよ〜。とニッコリ笑った。
二人の様子を微笑ましく見て居た真一は、手配すると言っていた廃バスが無い事を和馬に尋ねてみる。
次々と叩きまれる斬撃や魔法は見なかったフリ。
「あん?」
「…廃棄直前のは買われて無かった。とはいえ動かせ無い物なら話は別だ。今は到着待ち」
自走可能な物は基準の違う外国で第二の人生?を送るらしい。だが、一同に必要な物は、外枠の方である。
ならばする事は1つ。
ここまで運んでもらって、動かしたい時は有志一同の車が物を言う訳だ。
「んじゃ提案が1つ。デザインだけどよ、冨士のショートをモデルにしちゃどうだ?」
「…先ずはサーキット予定地の寸法と勾配を確認だ。それでレイアウトが変わるのでな、一概には言えん」
「ぬ?冨士とはあの冨士であるかな?それとも、何か特別な?」
「この場合は名物サーキットのこと。ただの周回コースに見えて、その実、バリエーションを無数に作れる!」
冨士と言う言葉で、念頭に描くのは同じ物。
真一と和馬があれこれと話す中で、ハッドの疑問にロドルフォが答えてくれる。
手で輪っかを造りながら、カーブの所で、色々できるんだと指先を動かして示す。
「なるほど、まさしく王道よのう。ここはひとつカートー場を復興せしめて、王の威光をしめさねばなるまいて〜。おや、まずは地見とは奇遇…」
「こんだけ広いとある程度はごまかさないと、時間と体力食うだけだから。遊びで倒れるのはともかく、準備では遠慮したいしなあ」
「…ふむ、ここは多少傾斜角があるか。ジャンプ台の候補だな」
ハッドが感心したように頷いていると、聡美や和馬は白地図に色々と書き込み始めた。
同じ傾斜でも、弄り難い場所はジャンプ台に、逆に柔らかい場所は削って平らに均す方向性で。草むらだって道が優先だ。
ウムウムと何かに納得したまま、ハッドは翼を広げ空へと踊り出る。
「あすこら辺を一時駐車場にしてその脇に休憩所、工作室はもうちょいこっち?」
「そんな所じゃないですか?休憩所に廃バスを使うなんて驚きですけど…。あ、…射撃や魔法演習するなら、向こう側も考えないとですね」
考える事いっぱい〜。
ソフィアと渚は笑いあって、比較的に平坦な場所を選んで荷物を置いた。
そこを中心にガタガタ道を均一に地ならし中。流石にこの辺は攻撃魔法は控えて、地道に抜いたり埋め直したり。
まずは地道に工作室周りからスタートである。
「射撃の的は有り物でなんとかすっきゃねーな。弾薬や安全圏も考えると、距離を十分離す意味でバックストレートのケツ側に土盛って誤射無くすのがいいぜ」
「俯瞰図は我輩に任せよ。それを元にな、効率よく整理と整備が出来るよ〜に計画を立てるのじゃ」
「…その辺りを踏まえると、大体のレイアウトはこんなところか」
スピード用ストレートラインの前後に色々入れようと真一の提案に、ハッドが上空からの略図を描いて降りて来る。
それを元に和馬が決定図を描き始め、必要な部分から順にABCと区画を割り振って、全員の担当を決めていった。
●土地改造の匠たち
「…車はともかく、バイクの訓練やジムカーナには丁度良いな。そっちの方はどうだ?」
「理屈は判るが、どこまでやっていいか良く判らねえんで爺さん待ち。ま、折角の遊び場なんだし、楽しまなきゃ損ってもんだろ」
…合法的な遊び場か。
完成させたレイアウトを眺め、単車を転がしている様子を想像してみる。
中々面白い趣向だ。と和馬が相方に促すが、肩を竦めてこっちも連絡待ちだと返された。
ロドルフォの足元には数台ずつ簡単に置き分けられたカートが転がっており、作業場を設置次第にバラせるように順番決めされている。
整備で済ませる普通の物はオーバーホールで良いとして、チューンの仕方を尋ねる為に元の持ち主の連絡を待っているのだとか。
「んじゃ屋根を造るとすっか。陰も欲しいし、一気に立てちまおうぜ」
「おっけ。柱にだけは気をつけて立てよう。そうすれば後は簡単だ。重心を確認次第、板やらポリ板の天井を渡せばいい」
一同が参考にしたターフは、それほど難しい構造をしていない。
想像するのに、運動会のテントや商店街のアーケードを思い浮かべれば早いだろう。
あれを参考に天井や柱に色々補強を入れ、しっかりした物に造り替える。
真一やロドルフォが中心になって、手の空いたメンバーが打ち立てて行く。
「将来的にセメントで平らにすればって感じ?なら道だけどさ、細かい切り返しの練習ができる連続コーナーがあれば嬉しいかな」
「チャレンジ精神は褒むべきかな。しかしのー、初心者用のコースが完成してから、の話じゃと思うのよー。ほれ、誰にでも初めてはあるもんじゃろ?」
「その辺も含めて、当面はライン引きで変更できるコース予定だ。来場者によってテクニックや、生息速度が違う」
おおよその形が出来上がった所で、金具や紐で縛って補強作業。
ソフィアやハッドの意見を取り入れつつ、和馬はカーブ付近のレイアウト例を2つ3つと描き分けて見せた。
スピード好きだけでも、ストレートな飛ばし屋もいれば、危険なコーナリングでスリルを味わう者もいる。
まして初心者となれば、様々な練習が必要になるだろう。その意味で、基本は単純な周回でありながら、要所を変更できるのはウリかもしれない。
「そういえばパイオンって、どうやって立てるので御座る?」
「パイロンっていうのはコレ。あ、このロープで間違えた?違う違う、ライン引くほうが簡単なんだけど…、雨の日が困るかな、って思って」
源一がパイオン…鋼糸を取り出して首を傾げると、聡美は赤い三角コーナーを持って説明してくれた。
複数個所に立て、途中をホワイトロープで打ちつけて行けば、簡単にコースが出来てしまう。
格好良くはないかもしれないが、パっと見て判れば良いのである。
「おっ、爺さん。あんたがそいつを引っ張って来てくれたのか?こりゃ手間が省けていいや。高速チューンをしたいんだが、バイクくらいしか弄った経験なくてね」
「それならバイクのエンジンを載せた方が早いぞ。元々、そういうもんだ。…コレ、直せばそれなりに使える。パーツを獲るでないわ」
元はチェーンソー用だったという紐付きのエンジンを見ながら、ロドルフォはへ〜っと機器を眺めた。
言われてみれば、確かに新しい年代の物に移るにつれ、段々と知っている形に似て来る。
これをバイクのエンジンに改めれば、子供用どころか、プチレースくらいなら簡単だろう。
感心しながら廃棄バスのエンジンを改めようとして、怒られるのは御愛嬌である。
「普通のと面白型を混ぜて子供用は4台くらい。二人乗りは大人と子供か、カップルで乗れるようにするか。残りをパーツ取りと大人用のハイチューンにっと」
「子供用にシートをソフトな感じにして、子供でも安心して乗れるとっても楽しめるものをつくろ〜ぞ〜。万が一もある、大人用を大人専用にはしてくれるな?」
「見抜かれてるってさ、でっかい子猫ちゃん。調整くらいはできるようにしといてくれてもいいだろう?」
勇士が持ち込んだバイク用の古エンジンをみながら、楽しげに語るロドルフォへ、ハッドが念を押しておいた。
その時の表情に見覚えるのある聡美は、肩を竦めてパーツを見て色々と弄り倒しそうな男へ、妥協案を兼ねて笑いかけた。
どこまで行けるかなーなんて好奇心は、本人にはともかく、子供達には危険だろう。
「バス1つで随分変わった気がするね。あ、工具とってくれる?」
「はーい、どんどん運ぶでござるよ〜」
「へぅ、重いです……。これをお外に…。あ、この外した座席ですけどどうしましょうか?東屋に置いちゃいます?」
うんうん。そうしちゃおっか。
ソフィアは源一に運搬を任せながら、渚と二人でバスの椅子を外し始めた。
中で休むにしても、大半のイスは不要だし、外の作業場に机と椅子を据えれば、確かにお茶会の東屋みたいだ。
ワイワイ言いながら一同は何も無い荒野へ1つ1つ、何かを造り上げて行く。
最後のワンピースが嵌るまで、あと少し…。
●俺達のレース場!
「この時期だと蚊とか虫さんが入り込みますよね…。うーんと、蚊取線香や電気蚊取が欲しいかも」
えぇと、そういう備品申請のとりまとめとか考えないと〜。
ペンキに虫さんがくっついていたので、バイバイした後で塗り直し。
白板に予定表やら、足り無い物を書き込むと一応終了。
渚は作業の終わりに満足するが、何故かチョッピリ物足りない。
「試運転して風になるのじゃ〜。直線では爽快感があると良いのー」
「休憩しながら交替で遊ぼっか。あたしはコーナリングを見てから、やらせてもらうね」
「ああ、カートが走って無い平面じゃ物足りませんよね」
ヴォンヴォン〜。
唸りをあげるエンジン響かせて、工作室からハッドがカートで登場した。
ソフィアは先を譲って動きを見ながら、自分だったらどう動かそうか観察し始める。
その様子に渚はようやく、違和感の正体に気がついた。
「競ってないとレースじゃねえよな。付き合うぜクオンフォーミュラ達の初レースだ。…でいいよな?」
「んー、名前ねえ。センスに不安があるので、お任せしとく。…同じく並走させてもらうよ」
「よしよし。おお、そうじゃ。レース場はアウルスピードウェイあたりでど〜じゃろ〜」
真一と聡美が参戦しまずは単純周回。
慣れてきたありで急カーブへ侵入し、この辺りから混戦に入る。
走り慣れて無いメンバーでは、流石に飛ばしにくいのだろう。
「場所名は久遠ヶ原とかが良くないか?つっても俺はモーターランドで、和馬はサーキットだったっけ。結構悩ましいぜ」
「戻って来たね。まあどれでもいいんじゃない?さて、そろそろいこっか?カーブはゆっくりでも良いと思うよ」
「そ、そうですね、ゆっくり…。扇風機とか足りない物も、ゆっくり足して行けばいいのかな」
「おや、一番楽しみにしておおられたお二人は、走られないでござるか?」
真一たちが降りると、様子を見て居たソフィアや渚がおっかなびっくり飛び出していく。
ゆっくり飛び出る三台のうち、速さに余裕のある源一は、率先して動いていた二人が姿を消しているのに気が付いた。
「みんなには悪いがこっちの方がらしいよな」
「こればかっはな。マシンのエンジン音と自分の心音が一体になるこの瞬間の、生きてるって実感がたまんねーよな!」
やがて疑問は明らかになる。
全員が休憩所に戻って来た所で、高台の方から疾走してくるバイクが二台。
コースに突入して加速を緩めることなく、楽しげに車輪を回転させる。
「あんたにゃ負けねぇ!」
「ぬかせ!」
ロドルフォと和馬は思いも何もかもを置き去って、ただマシンの鼓動と一体化した。
スピードもジャンプも楽しめるだけ楽しみ…。休憩室からの歓声を浴びて…。
あっという間に時間が過ぎて行った。
そうして一日は過ぎ去り、子供たちの夢見る夜が来る。
きっと夢の中ではサーキット場の続きを走っているに違いない…。