●笑顔で暮らせる日々の為に
「何もなけりゃ〜それはそれでよし。とは思うんだが…だがまあ、来るんだろうなぁ、やっぱり」
「よかろう。ここはひとつズバッと解決して、王の威光を民草にしめすしかあるまいて〜」
「最後の大詰めですよね。わんたちの総力が試されるんだ。…頑張ろうね」
ハッド(
jb3000)は今までのレポートを読み終わると、指を鳴らして注文を入れた。
硝子ケースから香り高い豆を取り出し、叶 心理(
ja0625)はじっくりと挽いて行く。
皆が笑顔で過ごせるように…。そう祈る天海キッカ(
jb5681)に頷いて、一同は淹れ立てのコーヒーを口にする。
「そういえば俺がこの話会いに参加してていいのかな〜。俺だって天魔だぜ?」
「だいじょうぶ大丈夫。だって、わんたちは仲間同士なんだから。聞いてたって問題ないし、思いつく事があれば言ってくれていいんですよ?」
「そうなのだっ。今更そんな事を気にするのは水臭いのだ!」
少年悪魔の頬をむにーん。
キッカとフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は、交替でオリエの頬をつねった。
人間を狙う天魔が、混ざって居ても大丈夫かなんて気にするはずもあるまい。
いいや、既に仲間だと思っているのに遠慮するなんてあんまりである。
「ショッピングセンター側に人が足りないから、良かったら一緒に居てくれると心強いのだ」
「そうだな。フラッペは弾丸のような処がある。俺はこのザマで手が貸せんし、面倒を見てやってくれ」
褒めたら照れるのだ〜。
…。
フラッペの気質は野球で言うと直球ストレートで勝負するピッチャーだ。
褒めたつもりはないが、それが彼女の良さでもあるのも確か…。ならば黙ってフォローに回れば良いというのが中津 謳華(
ja4212)の気質である。
「まあ2カ所同時に何か動かす仕掛であるって事も、可能性として考えられる訳だし、少人数でも装置の発動を阻止できるようにしとこう」
「どちらが本命にしろ、撹乱を狙う可能性は有るのよね。引っ掻き回される前に対処しないといけないもの」
地域の白地図を元に、今までの情報を書きこんで行く。
心理の用意した地図に、月臣 朔羅(
ja0820)はコンパスで幾つかの円を描きながら呟いた。
カリ、カリ、と大きくても1〜2kmと結界サイズを想定する。
可能な限り人が密集し、何かを隠し易いのはどこだろう?
「えーっとショッピングセンターの周囲はベッドタウンなのよね?」
「周辺の町で働く人達が帰宅して行く事になります」
画面上に映し出される住人たちの分布図が切り替わる。
朔羅の確認を受けて、知楽 琉命(
jb5410)が昼間、夜間の分布情報を立ち上げ直したのだ。
●情報と言う名の前哨戦
「私達はセンターの死角へ潜んでおくわ」
「学校側は任せとけ。長い事サルとは相手になってるしなー。そろそろ完全に狩ってやろうぜ」
朔羅たちセンター組を見送って、ハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)は学校のある本町エリアを目指した。
涼しくて肉も置いてあるコンビニにでも入るか…。
「使徒の方はきついから無理しない程度にしとくとして…。サルはそろそろ消えてもらおっかー、煮ても焼いても食えねえしなぁー」
「冗談は置いといて、本人を相手にしないのは名案かもな」
食えるんだったらもうちょっと生きててもいいけどなー。
店の中から外を見ながら物色するハルティアの冗談(まさか本気か!?)を、心理は受け流して頷いた。
防がなくてはならないのは侵攻計画で、別に無理して倒す必要は無い。
下級天使やシュトラッサーたち使徒クラスは強敵であり戦うのは危険だが、キーとなる特殊な手下やアイテムならばやり方次第で簡単だ。
「装置も回収したほうがいいなら狙ってみるけど…。本音を言うと壊した方がずっと早いと思うけどなー」
「まあその時になったら可能な方で頼むさ。…どうした?」
「我も名案を思いついたのじゃー。この暑い中に動きまわらぬでも良い案じゃぞー」
何の気なく会話しながらバス停や児童館を見張る一同の中で、ハッドは上を見上げてほえほえと笑う。
目当ての物があったな…。という風情の顔つきであった。
「何、民草からの貢物を受け取るのも王の責務よ。監視カメラの画像を確認するとして、無い場所にはデジカメでも設置するのはどーじゃ?」
「良いですねっ。最近は防犯の為に学校に設置してる場合もあるそうですし、こちらが姿を見られる事もないですから」
「そういえば天使の方は顔を見たのであったな…。そのくらいの手間は請け負おう」
崇めよ、奉れ〜。とハッドが見ていたのは監視カメラ。
今の世の中はキッカが言う様に小学校でも警備が重要な時代だ。
民家はともかく、学校や新し目の商店にはカメラの設置がしてあるだろう。
謳華が根気の要る作業を引き受けると、カメラでは確認できない場所を探し始めた。
「ねーちゃん何かあった…?」
「ハッドから監視カメラを使ったらどうかと言う話が来たのだ…。あとオウカが似顔絵を頼みたいって…」
お客がようやく耐えた瞬間に、フラッペが携帯を握りしめてアプリとにらめっこを開始した。
どんな顔つきだったかは報告してあるが、絵となると話は別だ。
似ているかなあーとか戦々恐々で制作中。
「にーちゃんなら適当にフィルター掛けて参考にするんじゃない?」
「ひっどいのだ。ボクにだって絵心の一つくらい…。…サクラもメールが来たのだ?」
「監視カメラを使えば話が早いって事だからね、担当場所の洗い直しに琉命と待ち合わせに来たとこ」
ぶーぶー言ってた不満もなんのその。
お一つくださいなと声を掛けて来た女の子をフラッペが笑顔で迎えると、朔羅がメニューからコーヒーとアイスを指差すところだった。
向かい側からやって来る別の仲間に手を振って、いかにもお客が待ち合わせた風で軽い対策会議に移る。
「私は黒山羊アイスでお願いします。…変装にしても似顔絵にしてもパーツに分ければ難しくありません。容疑者はアバターを造って把握しましょう」
「確かに服装を変えたりしないわね。同じ格好の人物の画像が何度もあったら怪しいってとこかしら?」
ピコピコと端末を動かして、琉命はおしゃべりに興じる女性のフリをしながら手近なメンバーの特徴を拾ってアバターを造り上げて行く。
朔羅は感心しながら、画像の服装の模様を変更したり対象人物を変える。
学校やショッピングセンターで活動する人間は多いとしても、一日に何度も見かける人物は怪しい。
そういった人物をピックアップして監察し、本当に怪しい奴だけ確認すれば良いのだ。
「おー。モンタージュっぽくて科学的なのだ。…んと、そうそう確かにこんな顔だった。服装はどうかしらないけど」
「その辺りは適宜に判断するわ。一応の特徴で、変わってるかもしれないってね…よし」
「では容疑者を見かけましたら、私や朔羅さんを呼んでくださいね」
フラッペが造り上げたアバターを記録し、メールへ添付。
一応の物だと断って、見かけたら連絡よろし…と各人に転送をし始めた。
朔羅や琉命達もカメラの無い場所に潜んで、補い合う予定である。
「使徒クラス…エージェント、かー……あの時のあのヒトは、何を背負ってたんだろ…」
「実験で得たデータの確認用とか上への報告じゃない?…ねーちゃん気になるの?」
ボスンと少年の顔にヘッドロックを決めて、フラッペはそんなんじゃないのだ…。と笑いかけた。
思う事は1つきり、ただ一つの変わらない目標。
望むと望むまいと戦いは始まるが、ソレを忘れた事は無い…。
●さあ網を巻き上げよ!
「…あの人ですか?やっぱり普通の人にしか見えませんね。…わん達は先に隠れて置きます」
「そうよ。あんなにブレない人間ってそう居ないもの」
「二人ともスレ違って、次の交差点で曲がった位置に在る建物が目標だ」
視界の通り難い夜の町を歩く仲間へ携帯越しに指示を飛ばす。
キッカに朔羅は応え、謳華は地図からルートを計算して奇襲を狙える位置まで誘導して行く。
学校の内で待ち受けるメンバーと違って、彼女たちの位置は微妙にズレる可能性があるからだ。
「三人で一度合流したと言うから間違いあるまい。…一人はショッピングセンターを重点的に調べていたと言うが?」
「やはり双方を調べた上で、学校に絞ったのでしょう。…見つかっても囮になるように、あちらへ向かったのは猿型でしょうけど」
ならばこれが猿型か…。
謳華は実際に術を使用した琉命に確認し、写真の一つに名前タグを付ける。
サーバントには感情の揺らぎなど無い事を考え、画像の中から動きに迷いが無い相手をピックアップしたのだ。
行動に迷いの無い中でも、サークル活動中の生徒や店の従業員は確認すれば済む。残りの何人かに術を使用し絞り込んだのである。
「どちらにせよ…来たならば、丁重にお持て成しするまで。真心を込めて潰しましょう」
「うむ。天使どもの陰謀を叩き潰し、町の平和を守ろうぞ〜」
そして再び学校のある本町を訪れた時…、朔羅は容赦不要と一同を促した。
こんな夜更けに天魔断定した容疑者が揃えば、怪しさ爆発どころではない。
ハッド達は一足先に、想定ポイントに隠れ潜んで居た。
向かうは最も人数が多い小学校の体育館、あるいは講堂と呼ばれる建物である。
「よう…。精が出るじゃねえか、何をしたいのか聞かせてくれるか?」
『何故ここが…!』
講堂に入り込んだ連中が、ゴソゴソと何かをやり始めた瞬間に、牽制の矢を放つ。
驚きはしても慌てず四方を確認し始めた連中の元へ、心理の言葉が投げかけられた。
狙うは包囲の可能性を高める事、もう一つは…隠れて様子を窺う者たちのフォローに注意を引く為だ。
「そなたの陰謀なぞ、まるっとお見通しなのじゃ〜!王の裁定を受けよ!」
『視界を潰されたか…散れっ!』
「お見通しと言われませんでしたか?逃しません!」
ハッドの放った宵闇の幕が視界を奪うが、その場で包囲する面々は平然と距離を詰め始める!
天魔と言えど、夜目に切り替える間もなく急に視界を閉ざされれば流石にどうしようもない。
夜の帳を抜ける為、羽の展開や能力強化のみで戦いもせずに開かれた大扉へ向かう敵へ、ナイトビジョン越しに視界を確保した琉命のワイヤーが飛んだ。
後方を守る一体に鋼の糸がザックリと背中を切り割いて行く…。
「二体は大扉、一体だけ正面口に逃走。逃がすな(…普段であるなら、魔法なんぞへでもないのだがな…自分で負えぬとは…!)」
「あいよ!天界に帰れ、猿とか白いの!」
闇夜を見通せない仲間の代わりに、重傷を負っている為一歩引いた位置で視界を確保する謳華が、逃走方向を的確に指示し始めた。
彼の指示を受けて、正面口を目指してハルティアが猛然とダッシュ。勢いよく走り込んで体当たり気味に薙ぎ払う!
たたらを踏んで踏ん張るが、そいつは手強しと見たのか姿を変貌させ始めた…。
「ききぃー!」
「本性…?はんっ、前の奴よりは強えぇーみたいだが、来やがれ!」
幻影を解除し、殴りつける拳は強烈だ。
右フックの直後、人ではあり得ぬ左フック。長い腕を利用した、猿人拳法がハルティアを襲う!
だが彼女にとって一撃二撃はなんのその、まして此処には仲間が居るのだから!
「わんの一撃が行きます!避けてくださいねっ!!」
「構わないから撃ちなさい。その動きに合わせるから。ねぇ。お願いだから、散って貰える?」
「ギィィアーー!!」
天使たちが大扉を開けて居たのは、発見された時に逃走する為なのだろう…。
だが一同が締めに行かなかったのは、待ち伏せを覚られない為ではない。
何故ならば、姿を隠して二重の包囲網を築いていたのだ!
扉を越えた敵に、稲妻の様に判断してキッカは得物を振り下ろす。このタイミングならば巻き込んだりしない!
無数の鎌が虚空に出現。
生み出された死の刃は出口周囲を削り始め、飛び出る影の一つに朔羅が上から扇を投げつける。
そのまま壁面を走りながら空中で扇を受け取り、逃走経路の1つに立ち塞がった。
●勝利の後は、祝勝会をしよう!
「っガ!」
『逃げ道を含めて読まれていたか…。装置も破壊された上は計画を見直さざるを得ん…今回の実験は失敗だな』
「待つのだ。ボクはフラッペ・ブルーハワイ…最速の疾風、なのだ。少しだけ、話したいのだ」
…タン!
これ以上喰らえば死ぬ。そう思ったのか全速力で逃げ去る敵が崩れて落る。
硝煙をあげるライフルを降ろし、羽を広げた男にフラッペは話しかけた。
一体一ならともかくこの状況で話は通じまい、だが、それで諦めるような彼女では無い。
「今更だとは思うけど…っ」
『…まさに今更。だが人間を侮ってはならぬと言う主の御言葉を、お前たちのおかげでようやく理解できた。せめてもの礼を受け取るが良い!』
「退けフラッペ!!」
言葉を続けようとするフラッペに、以前とは色合いの変わった視線と激烈な炎が向けられた。
その目は炎を貫いて、避け切るまで手を縫い止めた心理にも向けられる。
人間を食物としてみなす無関心な目では無い。
あれは…。
『さらばだ、闘うに値する人間たちよ!いずれ会う事もあるだろう!』
「逃げたか……。はー…こんなに甘いボクを、オウカやオリエはまた怒るかなー…」
「敵として認められただけでも前進なんじゃない?」
「その通りだ。話は通じて居ないようだが、状況が違えば共闘する価値がある程度にはなったやもしれん」
そのまま飛び去る下級天使をフラッペは残念そうに見上げた。
ひょこり爆焔から顔を出した朔羅が、あんなのと正面から戦いたくないわねと苦笑と共に現れる。
彼女は避けたし屋内では視界を封じたが、あのクラスの魔法を連発されては仲間の誰かが死にかねない。
謳華が言う様に、別の状況で出会いたい物だ。
「終わったー。帰ったら祝勝会したい!」
「こっちはどつきあって疲れたぜ…。御祝いならニクくれ肉リクエスト!」
「勝利の味か。うむっ、ここはひとつ堪能せねばなるまいて」
いいですよー。
キッカは屋内の猿を倒したハルティアを出迎えた。
港町なので魚の方がウルトラ安くて涙が出るが、たまの贅沢ならOKOK。仕送りする家族だってちょびっとくらい許してくれるだろう。
何気に我らの食堂で食べるのは初めてじゃしの〜。
なんて言うハッドに微笑みながら、みんなで荷物をまとめながら漁港の本店に帰還する。
「やれやれ…これで少しは安全になったかね?」
「天使の約束を信じるならば、暫く隣町には手を出さないでしょう。この町に関しては様子見ですかね?」
心理の言葉に琉命は頷いてメニューの他に色々考え始めた。
町を振り返って歩けば捜査や戦いの日々を思い出す。
これで戦いは終わり解散するかもしれないが、町に残る者も居るだろう。
その仲間が呼んでくれれば、何時だって駆け付けるに違い合い。
今はただ…。
「お疲れ様です」