●デットエンドエイプ
「戻ってくる爺さんたち手伝ってくるー」
「こないだのお礼を用意しとくって言っといて欲しいのだ。さーって…今回は皆に任せて、お店に集中なのだ…うむ!」
月光が沈む中で沖から灯が戻ってくる。
蛍のように儚かったが、次第に現実味を帯びた温かな光へ。
店から立ち去る少年を見送り、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は夜食の準備を開始する。
間も無く訪れる漁師たちの苦労をねぎらう為に…。
「そういえば姉ちゃんは行かなくて良かったの?」
「NINJYAとSAMURAIが正面から出会えば未来は一つなのだ…。あとは、うん。約束もあったから」
状況が一つなら現実は単純な方程式だ。
人に紛れるのがウリの偵察型サーバントが待ち伏せにあえば…その運命は火を見るように明らか。
同じ足早でもあの猿型たちと自分とどう違うのか、それはきっと……。
「これって何の為の戦いなのかしら?」
「さてな。ひとまずは猿供とケリをつける為だが…。結局、より良い何かを見つける為なんだろうよ」
戦いを前にアンニュイな視線を向けて、御堂 龍太(
jb0849)は叶 心理(
ja0625)に相談してみた。
ぶっきらぼうな彼は龍太のオトメゴコロを気にもせず、素っ気ない返事で暗い海面を見据える。
周囲に配置された明かりが、次々に港へ引き返す姿に戦いの終わりを重ねたのだろうかもしれない。
「さっさと終わらせるとしようか」
「はー〜い。そう言う訳でさ、飽きたし面どいからサクっと逝っちゃおうね…。出といで!」
巻き込む人が帰還したと知って促す心理の言葉で、紅鬼 姫乃(
jb3683)が胸元から符を取り出した。
活性化するアウルに意識が同調し、童女めいた表情から女性へと一変する。
そして展開する阻霊の術式は、小島の方々へ沈み込んだ異形を弾き出させた。
「サーバン全部出たの?当然、お手伝いするよ…お仕事だし」
「えとえと…三、四…五匹全部居ます。まずは海に近いのからっ!」
「来た〜わん達はお見通し!ざっぷ〜ん!」
今気がついたように小首を傾げるソーニャ(
jb2649)の問いで、オルタ・サンシトゥ(
jb2790)は慌てて敵を数え始めた。
事前で予想した五体は全て揃っており、あとは運悪く?合流出来なかったかゆっくり調べるだけだ。
包囲作戦の第一陣として天海キッカ(
jb5681)は海に向かって走りながら一閃し、月の光を刃として解き放った…。
「ヒット…。はい、次…。やっぱり偵察用、だね」
「まあそうだな。見つけるまでが一苦労だったけどよ…」
「こうなったらお仕舞いってやつだぜ!あらよっと!!」
乾いた音を立て一体目が崩れ落ちる。
トドメを刺したソーニャに続き味方を誤射せぬよう心理が追い込みを慎重に掛け、ハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)が逃げ道を塞ぐ。
天空から羽を織畳みとキリモミ捻り、重傷を負った二匹目を蹴り抜いて葬り去った。
長距離走行能力と変装能力の代償なのか、他愛ないほどの勢いで戦局が転がり落ちて行く…。
「あんまりそう言う顔しなさんな、お猿ちゃんたち。やられてあげる訳にもいかないのよね…。お店の運営も大事だけど、店やらご近所の平和やら、また壊されたら元も子もないしねぇ」
「そうですね。我々はともかく一般人にはこのレベルでも脅威です」
符を咥えながら発動させる龍太へ、猿型たちが恐ろしげな形相で睨む。
逃れられないと知って果敢に殴りかかってくるが、所詮は偵察とあってそう深くない傷だ。
傷を確認した知楽 琉命(
jb5410)は、治療を後回しにして逃がさないよう回り込み始めた。
腕に抱えた火炎放射器が、煌々と夜を照らして一瞬だけの昼間を演出する。
●戦いの後で
「アハハー!まーぬーけ!」
「逃げんじゃねーぞ、速く飯食いたいんだからなー」
なんとか振り切った最後の一体が、姫乃が設置しておいたワイヤーで足止めを食らう。
ケラケラと焼き払いながら狩り立てる彼女の脇を抜け、ハルティアが追いすがった。
いかに足が早くともここは狭い小島、海さえ抑えていれば逃げられる事もない。捻り込んだ体を滑らせ下半身をダイナミックにダイブ、回し蹴りが延髄へとヒットした。
倒れた猿型は動きを止め、長い長い戦いはようやく終わりを告げたのである…。
「帰ったらお茶でも頂きましょうか」
「コーヒーは今いーよ。どっちかと言えば腹減ったな〜」
追って来た琉命がシートを取り出す様子を見ながら、猟を終えたハルティアは肉くいてーと唸った。
肉は微妙ではと言う意見を聞きつつ、用意してくれますようにと賄い担当へ祈る。
「かーえるっ、おっ先ぃ」
「終わりだね。でも少し寂しいかな。依頼でこんな風に飛ぶことはあっても、すぐ帰るし…。天魔が外の世界で歩いてるのあんまりよくないよね…」
「確か今回の依頼って常駐型じゃなかった?迷惑かけない程度に遊び回るのは良いと思うんだけどねぇ。あたしだって戦うっていうよりも、ウェイトレスしに来たんだもの」
パチャパチャと音を立てて姫乃はサンダル鳴らして砂浜を駆けて行く。
そんな彼女の笑顔を見てソーニャは短い夢を見ることにした。
羽を出すのも面倒な姫乃と違って、ソーニャは空を飛ぶ事が大好きだったから。
だけれどあんまり外で力を使うべきでも無いと教えられて、数少ない機会を有効に使おうと…噛みしめるようにして輝く翼を花開いた。
天使の翼って綺麗ね。なんて声を駆ける龍太は、彼女が習った常識なんて無視して愉しむ為のスケジュールを考え始める。
どんなお客が来るだろう、その時にどんなドレスで出迎えれば素敵だろう…。
「え、そうでもないの?天魔学生の皆もそこで常駐しているの?」
「居ますけど今は隠して…。あ、そろそろ撃退士で隠す理由も無くなって来ましたし、時々なら良いかもですね」
怖がられるし、一般の人が天魔に対する警戒心が薄れても危ないよね?
そう確認するソーニャに琉命が予定を思い出しながら提案する事にした。不審なサーバントに対する事件は終わりを告げたのだから…。
「うんうん街も人々も、綺麗な海もお店もわんたちが全部守るさ〜」
「適当に楽しめば良いと思うのよね。ソーニャちゃんだってメイドなんでしょ?一緒にウェイトレスで看板娘しましょうよ」
「あ、…うん。メイドじゃないけど、暫くこの辺で働くのも良いかな…」
キッカは笑いながら男の話に合わせて笑顔で微笑む。
だが彼女は少しだけ誤解していた…。
我が意を得たりと頷く龍太は己の趣味を貫いただけで、けっして空気を読んで慰めた訳ではない。
その感違いが悲劇をもたらすとも知らず、ソーニャ達は和やかに帰還して行った。
●珈琲ブレイク(違)
「おー、知り合いのはぐれ悪魔なのだー。お店も屋台も出来たから、遊びに来てもらったのだー」
「こっ、悪魔…っ!」
「うわっ!」
一同が戦っている間に漁師たちに応対していたフラッペが、入れ違いの仲間達を出迎える。
やっぱり顔合わせちゃったのだ…。と頭をかく彼女が言い終わらない内に、龍太が掴みかかった。
野太い右腕をきわどい所で防ぎ止め、再現するようにもう片方。
必死で抵抗する少年悪魔だが、残念なことに致命的な違いが1つだけ存在した。
圧倒的に体格が違うのである。
ゲートからの供給が無い悪魔が、いつまでも対抗出来るはずがない。
「ばっかやろー!せっかくの焼き肉がぶっ飛んじまうだろう。外でやれ外で!」
「ちょっ、オリエンタルはーって、話を聞くのだっ…!」
「そうです、こんな所で争わなくても…っ!?…?」
ハルティアは牛の心臓ステーキと牛スジを危うい所で救い出す。
その間に均衡は崩れ、とうとうベアハッグの餌食に……。
血相を変えて飛び出そうとするフラッペ達は、奇想天外な物を目撃する事になった。
「いけない小悪魔ちゃんねぇ〜。オリエンタルちゃんって言うの?仲良くしましょうねえん」
「ギナ〜!ねえちゃん達、だじげでえええええ!」
「くっ。ははは!座れよみんな、せっかくだから茶飲みながら世間話でもしようぜ」
フリフリのエプロンで細い体を抱きしめる筋肉質のオカマ!
あまりにもあまりな状況に、心理は呆れるよりも先に笑い出す。
緊張とかシリアスな空気が、強烈なキモさによって木端微塵だ。これはもう笑って見なかった事にするしかない。
「あーあーもう、色々と台無しなのだ〜」
「俺らも手伝うからよ。それに数こなさないと腕前ってのはあがんねえもんさ。そういえばソーニャの方はこの辺は初めてか?いや、依頼とかじゃなくてよ」
「旅行?修学旅行で埼玉県の川越市に行ったことあるよ。そんだけ」
地域の子供達が造ったと言う不格好な珈琲コップを拾い上げ、洗い場へ放り込むフラッペに心理がフォローを入れようとした。
大騒ぎにはなったが幸いにも(貞操的に)大事には至っていない、きっと強烈なスキンシップであって無理強いはする気ないのだろう(多分)。
そう口にしようとして苦笑すると、もう一人の新しいメンバーであるソーニャへ声を掛ける。
そうだね、とぽつぽつ話す彼女の身の上話を皮きりに、一同は世間話に移行しはじめた。
「みんなで頑張ってとうとうここまで来たね。明日からどこいこっか?」
「まずは車を軽くあちこち流して、お客が欲しい物にシフトしていくべきでしょう。その上で捨拾選択をすれば良いかと」
「そうだな。俺達も愉しみながら腕をあげけてばいいさ」
キッカがお代りを要求しながら予定を聞くと、琉命が魚介たっぷりのパエリアを用意し始める。
その間のお待たせ料理に心理が造り置きのオムライスを用意して、何枚もの小皿に色んなディップを載せ始めた。
トマトソースにホワイトソースやワサビマヨネーズ、魚介スープでシチューライスも面白い。
ちょっとしたアイデアで同じ料理が別物に化けるのは、まるで魔法の様だった。
「あっ、これ軽食のアレンジ〜?わんも色々考えたんですよー。注文受けて造るサンドイッチでソースとか注文で変えるの」
「なるほどなー、嫌いな野菜抜くとかソース選ぶ為に自然に話せるよな。珈琲にもジュースにも合わせれるし良いんじゃねえの?」
できれば肉入れようぜ肉。
キッカの話にハルティアが相乗りして、中身の具材に注文を入れ始めた。
搭載重量や値段の問題で怪しいが、アイデアが飛び交うのはなんとも楽しい事だ。
その話に呼応して、キッカが重量対策を口にした為、実現できそうになったりするのも面白い。
かくしてその日は猿型殲滅の御祝いもあり、楽しく楽しく過ぎて行ったと言う…。
●夏浜の屋台、そして…。
「い、いらっしゃい…。ご注文は?」
「駄目よハルティアちゃん。そんなに固い顔しちゃ。はいどうぞ♪そういえば最近物騒な事とかここら辺あった〜?ほらぁ、あたしみたいな女の子が一人じゃ何かと危険でしょう?」
ウェイトレス姿が恥ずかしいのか、犬耳メイドに改造されたハルティアをフォローして龍太がお客を案内した。
一瞬だけお客の顔が強張るが、逃げ出さなかった事で一服の清涼剤を拝む事が出来た。
何人かの綺麗どころは水着エプロンのサービスタイムで、眼福を眺める為に潮風の薫る浜辺へと向かう。
「やはり海開きが大きかったですね。順調に売れ行きがあがっています。立ち飲み形式にしたおかげで、椅子の代わりに色々載せれますしね」
「この辺はアイデア次第だと思うんですよー。あ…、耳スティックどうですか〜砂糖に生クリームもありますよ〜」
一同が屋台を張りだしたのは、港の近くでも漁港側とは反対に在るビーチである。
ゆるやかな砂浜に寝そべっているお客に、水着エプロン、加えて兎耳やら犬耳をつけて販売しているのだ。
持ち歩きで売っているのはパン耳一袋30円を揚げ、砂糖をまぶして食べるアレである。
サラダスティックやジュースなんかと紙コップが共通だし、手軽で簡単なのがいい。
「フレーバーに抹茶やココアの粉も良いですね。…屋台に掛けておいたインナーだけでなく、お客からも特には話を聞かないので、猿型は退治し切れた模様ですね」
「だといーなー。くぅーお猿さん退治飽きて来たよぅ…。うん、終わりに違いない!隣町の調査でもいって来るぅー!さて、あとは頑張ってね♪」
「シフトシフト〜。あー、もう行っちゃった。仕方ない…わん達もあとで泳ぐさー」
「そう言えば隣町に強いサーバント居るって言てったわねぇ。こっちは一応終わってるし、調べてもらうのも良いんじゃない?」
琉命たちの話を良い方向に解釈した姫乃は、キッカが制止するのも聞かずに走り出した。
そのままロッカールームへ飛び込んで変装し始めた。
なんというマイペース。まあ任務は龍太が言う様に一応終了したんだからいいんだけどさ…。
一同はそう思いながら、平和な屋台営業を愉しむ事にしたのである。
「この匂いは浜焼きにしたの?おいしそー」
「おー本当なのだ。水着も良いけれど、水に塗れたその姿もグっと来る物があるのだ」
「水着?下着と違うの?ああ透けてるね…。うん、そのくらいはいいよ。そこな少年にイケメン、食べていくかい?」
昼は夏場とあって本店を一時閉鎖し、夏浜の屋台へ戦力を全力投球。
オリエンタルを連れたフラッペの視線には、着替えもせずに海へ入ったらしいソーニャの艶姿が映る。
焼いているのは漁師たちからもらった小魚を皆で下処理した物で、焼いて塩や醤油をつけただけだが実に味わいが濃い。
「俺のシフトしゅーりょ〜。つーわけで、肉料理ちょうだい!」
「貝の列が終わるまでちょっと待ってくださいね。それと花火は処分を忘れないで」
「もちろんなのだ」
「ですです。忘れたりはしませんよー」
他愛ない料理と他愛ない光景が、なんとも楽しい夏の風物詩かもしれない。
子供達と一緒に花火を愉しみながら夜は更けて行く。
今宵は猿型の脅威もなく、久しぶりに良く眠れそうであった。
ただし、この町はという前提において…。
「くぅ?」
「…生きてるか?戦闘が起きているって聞いて肝を冷やしたぞ?」
お姫様だっこ状態で目を覚ました姫乃は、心理の顔を見上げながら少しずつ思い出す。
宣伝の途中で出くわした強敵から逃げ出しつつ、角を曲がった所で不意に火焔へ巻き込まれたのだ。
火が周囲に燃え移らない事だけを確認し、なんとか夜に紛れる技で逃げ切ったらしい。
もし彼女がその技を使えなければ、運命は別の方向に転がっていたに違いない。
「そっかもうちょっとでやられるトコだったんだ…くやしー」
「案外、出くわしたのは偶然じゃないかもしれねえぜ。再戦を楽しみにしてろよ」
姫乃と心理が同じ日に隣町に来たのは偶然ではないし、間に在ったのも偶然ではない。
タイミングこそ違えども、猿型を倒し、こちら側の撃退士と話を繋ぎに来たから。
そしてより目立つ行動を取っていた姫乃が発見され狙われたのだ。
はっきりしている事はただ一つ、あの町には敵が棲む…。