●海辺の出逢い
「姐ちゃん買い物かい?珍しいねぇ」
「お店をやるんで色々買いに来たのだ。今日は試作用?」
まだ朝早い漁港にエンジン鳴らして漁船が帰還。
桟橋に向かって歩き出すフラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は、追い越して行く足音に気がついた。
「こいつを巻いとくれ。終わったら荷降ろしだ」
「あいよ。ねえちゃん都会の人間か?」
「お店開くんだと。あんたも小さい魚でよかったらもってけ」
「おう、開店したら是非食べに来てほしーのだ!サービスするのだー!ありがとーなのだ」
家族の手伝いやら小遣い稼ぎに来た近くの小学生らしきチビスケ達が通り抜け、縄を巻いて船を桟橋に固定。
キャッキャと笑って都会者を珍しそうにペタペタ触り、木箱を運び始めた。
大人たちの手から零れた魚を拾って箱に入れて行く子供たちの中に、一人だけ体格の割に力のある子を見つけた。
撃退士候補かもしれないけれど…、と思いつつフラッペは一緒になって手伝うことで木箱のお礼を返しながら、近づいて事を荒立てない様に聞いてみる。
まずは拳骨でマセ餓鬼たち全員とスキンシップ、全員平等におしおきだべ。
「…何が目的なのだ?悪さしないならいいけど、やったらこーなのだ」
「あででで。ねーちゃん痛てえ痛てえ。何もしねえって。そういや店って美味いモンか?」
頭をグリグリしつつ、猿たちが港方面を嗅ぎまわっていた事を思い出した。少年たちに融け込んだ姿に害意は見えない。
聞きたい事があれば、ジャパニーズかつ丼ならぬ海鮮ラーメンを出しながらまた今度聞くとしよう…。
貰った魚は売り物にならない種類や小魚ばかりだが、料理の試作には十分。試作品を仲間や子供達と食べるのも楽しいかも。
「本格的にやるときはもうちょっと欲しいのだ。買いたい時や頼みたい事あれは此処にくればいい?」
「そうさなあ。この時分なら魚を選べるし、夕釣り客を待っとる時以外なら注文聞けるわな」
「よやくのあるサカナはダメだけどな♪」
一通りの作業が終わって、握り飯を取り出し朝飯に小魚を焼き始める爺さんやチビスケ達に手を振って、フラッペは携帯を取り出した。
掛ける相手は可愛い子ちゃん、定時連絡を兼ねての連絡である。
「…何も居なかったけど漁師さんと出逢えたのだ。だから今からこっちに来れば…」
「もしもし?こちらは距離の問題で舟を……。ふむふむ、それは朗報ですっ。ならお店のメニューを考えてていただけますか?とびっきりおいしーの」
とことこと足音が響いた後、がさごそ上の方で音がする。
フラッペの連絡を受け取ったオルタ・サンシトゥ(
jb2790)が、他の仲間を呼んで居るのだろう。
こうして爺さんから連絡を回してもらい、釣り用の小舟を借りる事に成功したそうな。
「さてさて、舟も調達できたし今回も頑張って行きましょー!!」
「おーし、沖に出るぞー!」
ぎーっとん、ばーっとん。と言う訳で沖とそこにある小島の調査へ行きますよー。
よっこらせーとオルタとハルティア・J・マルコシアス(
jb2524)はオールを漕いで沖合へ乗り出す。
飛んで行くのはともかく、濡れずに帰れなくなる位置なのが歯がゆい。
「…しっぽ濡らしたくないしなー」
「まあま。仕方ないですね。あ、姫乃さんもいきます?」
尻尾は濡れると何かこう、残念なことになるんだぜ。
残念げに漕いでるハルティアとは逆に、オルタは満足そうに周囲を見渡した。
日が海に照り始めて美しく、潮の香りや飛び跳ねる魚の飛沫も良い感じ。
色々飽きて桟橋で気晴らし中の仲間を出迎えて、声を掛けて見る。
「どうしますか?ボクは沖へ調査に行きますけど、漁師さんも近寄らない秘密の小島、なんだかドキドキしますよね!」
「くぅ?あそこの小島で探検するのー?姫ちゃんもいくいくー♪縫物は綺麗だから我慢できるけど、会議つまんないんだもん」
とー。
オルタの招きに応じて、足をバタバタやっていた紅鬼 姫乃(
jb3683)が立ち上がる。
てってってーと可愛くステップ踏んで海の中へ飛び込んだ。
着水直前に空へ飛び、頭の麦わら帽子を押さえて舟へとたどり着く。
こうして3人娘は小島の探検隊を結成したのである。
●お店を出そう!
「知楽琉命と申します。よろしくお願いします。それで状況の方は?」
「取り敢えず店舗決めなんだが、まあどこも一長一短ってとこだな」
よろしく。
会釈をしながら入る知楽 琉命(
jb5410)へ、返礼に杯が掲げられた。
ワゴン車の中でティーカップを温めながら、叶 心理(
ja0625)は添え物を並べて見せる。
「気楽に飲めるミルクティと、スッキリ気分を変えられるレモンティ。どちらになさいますか御嬢さん?ってな具合で絞れはしてる。まあ俺はワゴン車併用で両方ってのも悪くないとは思ってるけどな」
「なるほど、どちらも有意義だが決定打に欠ける…と。では絞るべきか、それとも併用すべきかですね」
そんなとこかな、と苦笑をビニール屋根で造ったテラスへ。
そこでは机を挟んで二人の撃退士が向かい合い、資料や出かけた皆の意見をコピーして話し合っていた。
「でねー。わんは人がいっぱいいて情報収集しやすいショッピングセンターに一票」
「我輩は逆よのー。先ずは緊急時の避難場所を策定し、我ら撃退士が近くに詰めることで、きちんと防衛が出来るような環境を選択するべきであろうと思うのよな」
「…てな具合で煮詰まってるんだが、知楽さんはどう思う?」
天海キッカ(
jb5681)とハッド(
jb3000)が推す場所は正反対の立地であり、紛糾しても仕方の無い。
だが、どこでも良いからこそ悩むのであって、明確な意見を持つ二人の理由は決定打として貴重だろう。
「料理修業ができるならどちらでも構わないのですが…その意味でもワゴン車の併用は確かにアリですね。別々の方策を取れますし、屋台なら装飾を変えれば複数の路線も取れます」
ふう、とため息ついて答えを返す。
スッキリと香り立つレモンティで唇を湿らせて、琉命は読みこんだ資料から最大公約数を導き出した。
「確認しますが撃退士である事への公表に関しても同様の問題があるのですよね?」
「ウン!わんが思うに敵が出れば出撃しなきゃいけないわけで、わんたちが撃退士ってことは隠しても仕方ないとおもうの。いずればれちゃうこと。 だから思いっきり撃退士ってことを全面に出していいと思う」
「将来はそうなんだが当面は隠して置いて、酒場のマスターよろしく聞き耳を立てるってのもアリだと思ってるってとこかな?」
琉命が視線をキッカに向けると元気に頷く。
心理の方も言いたい事は判るが…と、限定付きで撃退士である事を隠す意味を感じ取っていた。
「ワゴンの併用策で、基本は漁港エリアで地盤を固めつつ、人が狙われ易い場所・時間を屋台でカバーするのはいかがでしょう。人の動きは流動出来的ですが、ワゴン車の屋台なら場所や時間を選べます。それに目立つからこそ…」
「ああ屋台側で人目を引いて影で動くのもアリか…。俺ら本職じゃねえし、本拠地が激戦区はきついってのは判るしそんなとこだな」
昼時に暇な店が自分の店で弁当作り、ワゴン車で弁当をオフィス前や工場とかに売りに行くアレが近いだろうか?
あんな感じで漁港の本拠に大きな機材でジックリやって、必要なら修行もすればいいと琉命の意見に心理が頷いた。
「決まったよーじゃのー。我輩は少し漁港エリアを見て回るのじゃ。廃校にも行って参ろうぞ〜」
「行ってらっしゃ〜。あ、ライバル多いけど要はそこに無い物を出せばいいわけだよね?わんにアイデアがあるんだ〜」
身なりの良い服をきてお金持ちの外国人的な感じを演じるのじゃな〜。
そんな事を言いながらパリっとした服に着替えて来たハッドを見て、キッカが手を上げて提案し始めた。
その提案とは一体…。
ともあれ基本事項が決定され、一気に計画は進展した。
●セーラー服探索隊
「あんまし道具持って来てないんだねー」
「決して漁をするわけじゃないからな。こないだ食べたお寿司美味しかったけど…」
まあそれは今度の話しな。
興味深々の姫乃をあやしながら、ハルティアは舟からロープを投げ入れた。
碇が海底に着地し簡単に流されない事を確認すると、鷹のような翼を顕現させる。
「こうしときゃ流される心配もねーだろ。幸い敵はいねーし調査に行こうぜ」
「はいはい。やっぱり漁師さんが海に居そうな時間帯は避けてるんでしょーかね?時間帯を選べば殲滅も調査も案外簡単かもです」
「えー姫ちゃん何度も来ないよー?面倒だし、お店の宣伝してるほーが好きだな。だから片しときたい〜」
手柄なんてなくてもいいし〜。
飛び出た本音にハルティアとオルタは思わず微笑んだ。
自分本位なのは人間サイドに来た天魔の常だが、ここまで自分に忠実だと返って微笑ましい。
それでいて今日みたいにちゃんと話せば任務にも付き合ってくれるし…、そう考えた処でふと思いつく事もある。
「…何か主人の趣味でサーバントが頑張ってる気がしてきたけど、それはねーよなー。あれは祠かな…?」
「そですねー、囮を兼ねてセーラー服で戦うなんてのは避けたいです。…ボクらは入れないので、アトにお願いするのですよ」
3人してパタパタパタ飛んだ後で、何も無い四国側から反対方向の広島方面へと歩く。
そう広く無い小島を回り込んだ所で、小さな洞窟か大きめな穴か何かに石を重ねて木を組んだレベルの小さな祠と無数の足痕を見つけた。
中の空洞にセーラーの冬服が納めてあるのを見てハルティア達がげんなりした顔で覗き込むと、奥の方にまだ何かがある。
透過して取っても良いのだが、他に何かあっても困るのでヒリュウのアトルムにお願いプリーズ。
視覚を共有したオルタが詳しく眺めると、汚れたり色の褪せた服やらスカーフのやら色々なゴミに紛れて、何かの残骸を見つけた。
「あらあら。サーバントは洗濯なんかしませんもんねー。使えなくなった物を適当に押し込ん…。これ術式に使う小道具かな?」
「証拠隠滅っていうよりは、元々あったもんをぶっ壊したッポイな」
残骸を拾って来たアトルムをよしよしと3人で撫でながら残骸を眺める。
隠してあった物を破壊した感じで、丹念に隠した様子は見られない。
四国から少し離れて便利だから此処に設置し、サーバントもそのまま拠点に利用しているのだろうが…。
おかしな点が1つだけあった。
「くぅ?でも姫ちゃん達みたいな天魔が居たら、直ぐに設置しなおさない?偵察型なんかが占拠してても蹴散らすの簡単だもん」
「どっちかの陣営で何かあったかのかもな。まあ、持って帰りゃあ何の術かは判んだろ」
「コレだけ回収して、ばれないようにセーラー服は置いて行きましょう」
天使側の動きに悪魔側が遠慮する必要など無い。
避けたいのは全面戦争で人間と言う資源を枯渇させることであり、小競り合いまで禁止されては居ないのだから。
いずれにせよ現段階で断定はできず、3人は一度帰還を選択するのであった。
●それが最後のワンピ−ス?いいえメイドドレスです。
「ただいまー、この辺とは聞いたけど、お店はどこになったのだ?」
「向こうの漆喰で出来た家じゃ。しかし、このよ〜な長閑な所でも天魔の影があるとはの〜」
フラッペが集合場所に帰ってくると、ハッドが別方向から帰還していた。
この周囲を軽く回って来たそうで、先ほどの漁師の元へはこれから行くらしい。
「ここの住民は例の廃校が避難所だそうじゃ。して、店の品はど〜かの〜?折角なのでまずは漁師と協力して、アンチョビでも作りたいと思うんじゃがの〜」
「ラーメン用に貰って来たのがあるので、どうぞお試しあれなのだ。貝類も獲れるそうなので居酒屋にはピッタリな場所かもなのだ」
色々夢が広がりそうじゃの〜。
そう言って立ち去るハッドを見送って、フラッペは予定地へ向かった。
そこは漆喰壁の古めかしい古民家で、村の小料理屋だったのだろうか?
ブルーシートの上に放り出された荷物を避けながら、中に入って行くと…。
「荷物整理なら手伝うのだ。というか急がないと、貰い物が…おおう、何ともワンダホーな衣装なのだ」
「最近まで誰か使っていたのか手早く終わりまして……。この店で料理をするほか、ワゴン車の屋台で宣伝を兼ねあちこちに出そうという話になったのですが…」
「あ…。ええとね、コスプレ喫茶なんてどーかなって思って。わんは自信ないけどみんなカッコ可愛い人ばかりだし、さすがにショッピングセンター内にも無いだろうし目立つと思うの」
フラッペが暖簾をくぐると、掃除した琉命たちが服を着替えて姿見に自分を写していた。
メイド服っぽい衣装だが、キッカなんてウサミミつけて確かめてる姿はまさしくコスプレそのものである。
「喫茶店で出すのは軽食ですし、品数さえ考慮すればワゴン車に合っているかもしれませんね。その上で周囲に無い物で呼ぶというのは利に叶っています」
「だ、だからコスプレ恥ずかしいけど下着よりマシ…。頑張る」
「ラーメンはオシャレにすれば喫茶店でも屋台でも出せるから別に構わないのだ。…コスプレのついでに女の子たちが水着でもなってくれたら多分、お客さんたちが来てくれると思うのだ!」
あくまで冷静に分析する琉命の表情とは裏腹に、キッカは真っ赤っか。
そんな彼女にフラッペは、冗談めかしてさりげなく本音を混ぜた。
「泳ぐのは好きだけど、水着で宣伝は恥ずかしい〜というか喫茶店に水着関係ないし〜」
「はは。紅茶珈琲類を極めてみたいし手を貸せずぜ。良い師匠がいれば料理も覚えたいとこだが…」
「珈琲と料理なら近くの町に知り合いが居ない事もありませんが…。話を通しておきましょう」
恥ずかしがるキッカを宥めて心理が執事服っぽいのに着替えて来ると、彼の話しを聞きつけた琉命がメモを書き始める。
何でも前に依頼で出会ったおばさんが、石窯を造った料理を造ったり、珈琲焙煎機を持っているらしい。
「そりゃいいな。専門店なら被らねえし、向こうの町で猿が出るかの確認も合わせて今度行って来るよ」
「撃退士や悪魔の事も知って居ますし調度良いかもですね。…あ、お帰りなさい」
「たっだいま〜。御着替え?どうせなら動きや汚れも考えた服がいいよ。姫ちゃんは何枚か使い分ける予定〜」
「持ち上げるの禁止〜」
心理にカサブランカというお店があると琉命が紹介していると、姫乃が帰還してキッカをからかい始めた。
真っ赤になりつつスカートを抑えて防戦に移行する。
「早速試作造ってんの?そういえば、屋台の料理食べてない気がする。肉焼いて肉〜」
「あとあと。変な物を見つけちゃったのですよね。壊れて居るから脅威ではないのですけど…」
ハルティアとオルタが続けて暖簾をくぐり、中の様子に微笑みを漏らした。
この日も一日あるだろうけれど、きっと楽しく事態が進むに違いないのだから…。