●冒険者、再び広島に立つ
「…くん、たすけ…て」
荒い息で走れば、お魚になった気分。
迫りくる閃光から、必死になって少年は逃げる。
温かな光が見え、ようやく合流地点が…。
「…おいしそう」
「あ、…先輩に、…さん。無事だったんだね、一緒に敵を…。う、うわぁぁぁ!」
居たハズの仲間たちからは、クッチャクチャと咀嚼音。
焼かれ、喰いつかれ、無惨な姿では返答などできない。
その無慈悲な光景に、土方 勇(
ja3751)は悲鳴をあげて……。
「うわぁぁ!って、アレ?」
「えっと、おはようございます。今回もよろしくお願いします。 気分は?」
「…ん。寝てた。98.2%の確率でうなされてた。間違いない」
勇を皆が見つめて居る。
材料前の料理人みたいに微笑む久慈羅 菜都(
ja8631)と、固形分の多いレトルトカレーを口にする最上 憐(
jb1522)が両隣で状況説明。
どうやら車での移動中、眠っていたらしい。
「もう直ぐですよ。練習になりましたし、帰りに運転していただければ構いません」
「あー、そんなに寝てたんだ〜。じゃあ捜索に行くけど、後で代わるね」
運転席から掛けられる言葉に思わず飛び付いた。
時間の総量は口にせず、ニッコリ笑って切り出した三途川 時人(
jb0807)の提案にブンブンと頷く。
まるで恐ろしい物から、逃げ出すように…。
「此処からは分散行動になりますが、気を付けてくださいね」
「ん…。携帯は常にON。困ったら何時でも頼ると良い。お代り一杯で手を打つ」
「それはこちらの台詞よ。鮎一匹を供物に捧げるごとに、要望を聞いてやらんこともないぞ?」
町を目指す組を含め、幾つかの組に分かれ一同は四方へ散る。
楊 玲花(
ja0249)の言葉に、喰いしん坊(嬢)たちが続いて降車。
憐と白蛇(
jb0889)たちは彼女と共に渓谷の中ほどへ向かい、ルート経緯を担当だ。
「ここで件のサーバントを討ち取り損ねては画竜点睛に欠けます。頑張りましょう」
「最後まできっちりと仕事をしないといけませんね。みなさんもお気をつけて」
ため息をついて少女達を眺める玲花に、サミュエル・クレマン(
jb4042)は大丈夫ですよと言い添えた。
仲間たちの実力は知っている。
探索時の遭遇戦でなら遅れを取る事はあるまい。正面決戦だと怪しいが…。
情報捜索は、その危険を減らす為なのだ。
●草木と死体のクロスワード
「死体を確認しました。火葬処理を申請しておきます」
多分、あの狸や野良犬もそうなんじゃないかな…。
トンネルを間近に望む草むら。大火力の魔力でトドメを刺されたらしき猪の近くに、サミュエルは狸や犬の死体を見つけた。
足元を削る魔力痕は渓谷からこちらへ。南側の渓谷からトンネルを抜けた所を狙撃した?
「お疲れさまなのです。メリー達は聞き込みを終えて柚子アイスを食べてるのですよ。ちょっとまっへください」
「…じゃあ狙撃点らしき場所へ…。ここじゃなくてあっちか、けっこう射程がありますね」
鞄からメリー(
jb3287)がノートか何かを出す音。
それを待つ間が勿体無いので、高台の手前へ歩き、そのまま登り切る。
「おっけーなのです。他にはどんな事を思いついたですか?些細な事がヒントかもしれないのです」
「すいません、楊です。草を踏みしめた跡とか不自然に折れた枝など、明らかに自然とは違う痕跡がありますか?狙撃地点なら、透過してることもないでしょう」
「…ん。威力も。報告。何撃で?全部一撃?」
「…ちょっと待ってください。いっぺんには…。あ、ありました。山を迂回する敵を潰しながら、トンネルを見れるへ来たのかな?確か猪だけ二発でしたよ」
携帯から聞こえる少年の呼吸音。
深呼吸を待って尋ねたメリーに、パーティライン越しに玲花と憐が便乗する。
前回のディアボロは戦闘力こそ駆け出し撃退士レベルだったが、天魔の常か生命力はそれなり…。
一番耐久性のある猪が一撃なら、即死の可能性もあるが、そこまででは無いか。
「ふぬぬ。天使をギリギリ越えて無いレベルですか?お兄ちゃんの為なら天使の攻撃でも止めて見せるのですが…、…メリーの手は一杯なのです。アイデアだすのですよー!」
「はいはいご苦労さまです。面白い話を聞けました…ってこのフレーズは前にも使いましたね。首尾よく目撃情報があったんですが、最初は動物園のゴリラが脱走したのかと思ったそうです」
「動物園の?広島には確かにありましたけど、流石にゴリラと…、赤いのに間違えた?」
妄想の中で繰り広げられるメリーと天使が攻防戦。
兄の前でカバディしてる彼女を想像しながら、時人は薄っぺらな笑いを本当の笑顔に変える。
全力を出した彼女の防御力が天使クラス。引きつけと防御に成功すれば守りきれ、奇襲か失敗すると大怪我かな?
笑顔の裏で治癒するの面倒だな〜とか思いつつ、仕入れた情報を整理する。
仲間の誰かが、呆れそうになった言葉を途中で呑みこむのが判る。
「もしかして、赤くても問題ない時間に移動してる?」
「御名答〜!夕日に紛れて西の橋を渡り、朝は東か北じゃないですか?」
「移動時のみの簡単な迷彩のう。田舎道じゃし透過もある、人間相手には見つかっても構わぬのじゃろう。…さて、一度切るぞ?熊公を見つけた」
舐められておるのよ…、猿神モドキ風情にな。
勇と時人は白蛇の言葉に同意を返した。本当に迷彩なのか、単に火力型の象徴か。
どちらにせよディアボロを簡単に撃滅出来る火力と射程を持っており、人間など、ついでレベルなのだろう。
「えっと、こうやって、敵のことを調べて、どうやって戦うかを考えるのって、勉強になります。確かこのサーバントって…」
「うん、巡回してるね。ま、皆で全力でやれば上手くいくよ〜今夜は最終確認だけして、明日の朝から罠の設置だしね」
「渓谷の範囲から考えると、獲り逃し対策にで二・三周はしてそうですね。ではこちらもまた後で」
一緒に橋付近を調べて回る菜都へ勇は頷いて、再び探し始めた。
今度は痕跡では無く、橋から見え難い場所を…である。
サミュエルはその話の流れに気がついて、自分も探し始めた。
「今夜隠れて置く場所と…。明日敵の動きが限定されて、こちらが奇襲しやすいようにですね」
「そうなるかな?相手の移動する高さや体格で変わるけどさ…。あとなんかある?」
…(やっぱりおいしそう) 。
黄金の瞳をランランと輝かせる菜都に、勇は思わず汗をかき首を竦めて尋ねた。
その様子がますます肉まんポイ…合掌。
●赤き日と共に奴は来る!
「どう思うかの?」
「…ん。この外周が問題の殲滅呪。色違いが本命」
「でしょうね。ここだけ威力が違います」
熊型ほかディアボロの周辺に魔力痕があり、その四方を更に広い魔力痕が覆う。
自然現象を伴わないから変色で判断するのは難しいが…、流石に抉れ方は別だ。
熊や鹿の周囲にある被害の方が大きく、範囲の広さや威力を推し量る。
「誰がそんな当たり前の事を言うておるか、おぬしらが耐えられるか聞いておるのじゃ」
「…ん。勿論大変。間違いなくDIEピンチ。開始十秒で一人減る。…のこのこ近づいたらの話」
「という訳で、我々は近距離に潜ませていただきます。念の為、挟撃を取りましょうか?」
白蛇は憐の変わらない顔を眺めた。
瞳の奥には意思があり、無感情の自暴自棄では無い。
隠行の他にも何か採算があるのか?確かに連続で喰らわねば死な無いし、玲花の言う通り両脇からなら喰らうのは片方のみ。
治療や、先に倒し切る選択肢だってある。
「手札を用意しておるなら好きにせい。しかし…、前回の冥魔を捉えておれば、文字通り手札にできたんじゃがのう」
「それを言っても始まりませんよ、今夜は外見や移動力を把握して良しとしましょう」
白蛇と玲花は頷きあって、その日の作業を無事に終えた。
相手の行動半径を把握して、必殺の罠で決戦へと挑む。
「もうすぐですね…き、緊張します…」
「…ん。お腹。空いた。早く終わらせて、食事会」
「鮎も予約しましたし、期待してください。では先行します」
茜色の日が徐々に偏むく…。
武者震いを隠せないサミュエルは、憐と玲花が気兼ねなく進むのを見た。
相性も考えれば彼女たちの方が余程危険だ。
怯えてなんていられない。朝に罠を、練習も散々したじゃないか…。
「えっと、もう目では負えなくなったですけど、大丈夫ですかな?あたしも爺様も山っ子だから思うのかもですが」
「ああ、嗅覚や気配ですか?僕が砲台サーバントの設計するなら視覚優先にしますね、だから狸爺たちを撒くほど苦労しないと思いますよ」
「…二人も御爺ちゃん子だったの?そういうのいいなあ(楽しそうで)」
夕陰に融ける姿を見送って、菜都が時人に尋ねた。
既に見つけられないが、だいたいの位置は経験で把握可能。
首を傾げる彼女に時人は笑って答え、勇は二人の会話に和やかな物を感じ取ると、スパルタンな過去を振り返る。
もちろん時人とて100%自由にできた訳でもあるまいが、探知系同士だから僕逃げられなかったんだよねーと苦笑して歩き出した。
「家族の話しですか?メリーはお兄ちゃんっ子なのですよー!あ、来たのです。猩々さんなのです。やっぱりおかしな顔をしているのですよ」
「橋を渡って、罠の位置に入っても暫く待ってください。中心点を通るとは期待してませんけど、少しでも可能性が多い方が楽です」
「…そ、そうですよね。慌てない…慌てない…ゆっくりと握りこむように…出来るだけ罠の中央で…」
メリーさんが兄さん子でなかったら、不思議ですよね。
そう笑い合った時人とサミュエルの顔は別物でありながら、歪な所が似て居た。
一人目は面倒だから笑顔のまま、もう一人は家族の話題についていけないから…とりあえず。
顔だけは笑顔で、敵が来るのを待ち受ける。
「こっちじゃこっちじゃ。なんじゃ、猿にゴリラに節操が無い外見じゃのう」
「やー、なのですよー。防ぐのです!これくらいは我慢するのです!」
飛び出た白蛇は弓を射かけながら、獰猛な声を己が半身に上げさせる。
召喚獣の威嚇か?把握した瞬間にメリーは飛び出して、目立つように剣を振りまわした。
次の瞬間、火閃でのけ反ったが痛いですんだ。受け止め損ねたが、決して無理な初速ではない。
まして…。
「…ん。もらった。第二の罠」
「どちらかが成功すれば、グっと楽になります!」
脇から奇襲を掛ける憐に合わせ、橋げたから落下した玲花は全ての指に手裏剣を引き抜く。
着地と同時に棒状の何かが赤猿の周囲に着弾、やや遅れて影を凝縮させた手が絡みついた。
「その態勢だと、避けられないよね……っ!」
赤い斜陽を切り裂く夜の訪れ。
勇の放った黒弾は、剛弓より放たれる暗黒球!
タフな赤猿を大きく抉り、戦いの天秤を揺らがせる。
●偽神の末路
「真っ赤なお猿さん!メリーに、メリーの方を見なさいなのです!」
「一度下がるのじゃ、わしらで抑えて置く。奴の方は仕切りなおせぬ!」
「…ん。そうさせて。もらう。つもりだよ」
そこはメッ、なのです!
相撲で視合うような態勢から、灼熱の吐息が周囲を焦がしていく。
仲間が巻き込まれた事を知ったメリーは涙目をこらえて殴りつける。
今度は命中、これなら次に撃たれても大丈夫。
絡め手が有効であると知って、白蛇は憐に声を掛ける。直ぐに効くかは運不運もあるが、畳みかければ同じだ。
攻撃を続行する彼女に頷き、憐は鉄槌を横一閃に奮って夜の帳を降ろした。
「…ん。後は死角から襲い続ける」
「目隠しは絶え間なく…ですね」
夜陰に隠れ一度下がった彼女と同様に、闇に潜む玲花が頷いて作戦の続行。
手を安めるのではなく、死角から死角へ渡り裏を突くタイミングを窺う。
「猿は木から落ちるものです!同じ目線で戦いますよっ!」
「そこはもう罠の中ですよ。狸爺の折檻から逃げる為に覚えた木登り技がここで生きるとは…人生何があるか解りませんね」
サミュエルと時人は弾幕を張って罠に追い込み、罠から抜け出ない様に蓋をする。
矢を次々に放ち、時には強烈な気合いや風術を放り込んで、折れた枝から墜ちた猿が、別の枝を伝って移動しようとするのを阻害した。
逃げる為では無く、隠れた敵を含めて効率良く狙おうとするのだろうが、都合良くは運ばせない!
「辛くはないけど…。毎回は食らいたくないんだよね。そのまま倒れてくれないかな?」
「そろそろこちらの総数と力量を把握した所でしょう。さっさと決めないと、痛いの来ますよっ」
「と言う話です。私の方は回復不要ですので、トドメに行きましょう!」
「りょうか〜い。これが…ラーストっと!」
黒い霧を抜けて菜都が火閃をかわし、大太刀を振り抜いた。
当たった瞬間に小さくダッシュを掛けて、短距離走並の速度を円運動で叩き切る。
初めて完全回避に成功したが、逆を言えばお互いの手の内が全て晒された頃だ。
時人は術札を切り替え、玲花も勇の治療を断って過密攻撃を決断する。
「高い所は自分だけ、なんて思ってましたか?」
「足が早いと知っていれば、色々とやりようがあると言う事です」
「上には上がおる。まあ所詮は紛い物に過ぎぬ、か」
遠慮なく叩き込む間断の無い攻撃に耐えかねたか、それとも広域呪で全員を討とうと思ったか?
攻撃をせず全力疾走と跳躍を繰り返した赤猿へ、サミュエルと玲花が追いすがってアウルの光爪でトドメをさした。
所詮はこんなものかと白蛇は吐き捨てる。
命の価値や戦術の機微が判らぬサーバントに相応しい末路であったろう。
「大丈夫ですか?手痛いのを喰らってましたけど」
「…ん。違う、お腹。空いて動けない。何かプリーズ。過給的速やかに」
「えっと…かす汁をお願いしたいです。他にもお願い出来れば…」
玲花はへばった憐に任せておけと微笑んだ。
治療回数の問題で治療しきるのは無理であるが、幸いにも大怪我のラインは割り切った。
腕によりをかけようと、メニューを考えようとしたら、自己回復したらしい菜都の提案。せっかくだし変則の三平汁でも造るとしよう。
「メリーは食事が出来る前にヒヒなんとかという本と、お土産を…。え、ヒヒもお猿さんなのですか?」
「間に合わないでしょうし、明日では?食事の後は温泉でゆっくり休んで行きましょうっ!僕温泉で泳いで見たかったんです!」
「元気だなぁ。僕は面倒なので、休んで置きますよ。運転はお任せしまーす」
「え?それも僕が運転するの〜?」
時計を見つめあうメリーとサミュエルの会話を、時人が呆れたような顔で混ぜ返す。
笑顔以外浮かべない彼には珍しい表情で、勇も付き合って突っ込みを入れた。
「鮎は塩焼きを頭からに限る!温泉、酒、全てわしに聞くがよいぞ!」
虎の子のヘソクリならぬお菓子を袋ごと憐に喰われた処で、最後の一人が肩で笑って加わって来た。
かくして大宴会に突入、ゲートを端にした事件は今度こそ終わりを告げた…。