●光夜の冒険者たち
「こちら順調に追い込みを掛けてます。間も無くそちらからも明かりが…」
「…ん。見え始めた。こっちは適当に散開中。適当に。プリーズ」
ズズー、グビグビ。
携帯越しに聞こえる声へ、少女は無表情のまま喉を鳴らした。
目線は動かしていないのに、渓谷を登る明かりを見つめ、最上 憐(
jb1522)は満足そうに振り向いた。
もしかしたら作戦では無く、飲んでいた物が当たりだったのかもしれない。
「御食事ゼリー?僕にも1つちょーだーい、昼食の後で何も食べてな……、うぷっ」
「ここに居るのは最上憐。つまりカレーですね。御愁傷さま…。準備は終わったのですか?」
「?…ん。カレーは飲み物。後は抜き足。差し足。忍び足。そして。奇襲」
闇夜に差し出されるビニールパックと、居合い抜きの如き素早い奪取!
ひったくるやいなや、口の中に流し込んだところで土方 勇(
ja3751)がむせる。
苦笑いをする楊 玲花(
ja0249)が背中をさすりながら、ペットボトルを差しだし状況の推移を確かめた。
憐は頷いて、あまりの旨さに絶句したらしい勇へ何処の会社かを、状況を尋ねた玲花には内容を答える。
「…杞憂が本当になるとは正直思いませんでしたけれど。 現れた以上退治するしかありません。…まだむせます?」
「見つけたからには、キッチリ仕留めないとね〜。それまでコレでがーまんっと」
「…ん。不満?それなら返すべき。そうすべき。カレーを粗末にするべきではない」
ふるふるふる。
玲花の心配に首を振り、勇は憐の言葉にも振った。
一度口にした食べ物は、いろんな意味で渡せない。例え…、美少女にアーンされたとしても。
「…。…」
「どうしたのです?熱い視線なのです。もしかして恋の季節なのですか?お兄ちゃんに怒られるのでメリーは駄目なのですが、頑張ってくださいなのです」
熱い眼差しを勇へと注ぐ。
その中で掛けられた声に、カクリと小首を傾げた後で久慈羅 菜都(
ja8631)はメリー(
jb3287)の勘違いを否定した。
その視線には理由があるが、別に恋とか愛とか甘かったり酸っぱい理由では無い。
もっと切実な理由があるのだ。
「えっと、肉まんみたいでおいしそうだなって」
「確かに…。あのサイズの肉まんがあったら、メリーは持って帰ってお兄ちゃんと半分こするのですよっ。…?ああ、敵さんが出てきたのです?メリー頑張るのです!」
「くすくす。大モテじゃない?食べられない内に片さないとね。さっさと行った行った〜!」
「あ〜い」
えっと、よろしくお願いします。
そう頭を下げる菜都と、どこまでも続きそうな兄談義を止めて、雪室 チルル(
ja0220)は散開を告げた。
●光の結界と運足
「さてと。楽しいキャンプの最後は悪党退治ね!準備はいい!?もちろん良いよね!」
「ええ!形状がブレてる…。やはりディアボロが…キャンプ場の平和は僕らが守るんだ!」
もちろんです!
チルルの言葉に、サミュエル・クレマン(
jb4042)は撃ちそうになるのをこらえ、歩き出した。
このまま撃つのは簡単だ。だけれども撃つのならば、もうちょっと包囲が完成してからがいい。
瞳に映る歪んだ姿の猪から、その移動先へと射線を変えて行く。
「あ、待たなくていいですよ。包囲の完成は僕が責任もってやらせていただきますから。結界を作るのが陰陽師の伝統なんですよねえ、聞いた事ありません?」
「おーらいっ。今はその言葉を信じる。かかった!全員突撃ー!」
ひ、ふ、み、よ…と三途川 時人(
jb0807)は明かりを数えながら、ライトの配置を手直しし始める。
最後の一つを持って、戦闘よりは包囲を優先。抜けられては困る位置を封鎖に向かう。
その言葉を待っていたチルルは、片手に銃を持ち、残るおててを拳に変えて、空へと突きだし号令をかける。彼女にファンでもいたら、URAAA!!とでも続きそうな勢いで、飛び込んで行った…。
「ふはは…。冥魔の眷属どもよ、ここが主らの墓場じゃ。疾く去ぬるがいい!」
腕を組んだまま、天空より降り立つ上から目線。
空より大地を見据えた白蛇(
jb0889)は、明かりを灯し包囲を突破しそうな猪型のディアボロを抑えに走る。
血に降りる分、明らかにワンテンポ遅れてなお、驚異的な速度で追いすがって頭を押さえる事に成功した。
躊躇した一瞬を逃さず、チルルの銃口が唸りを上げる。
「その位置なら一網打尽よ!覚ぁく悟ー!」
「地が良いか外郎。ならばわしもつきおうてくれよう…。落ちよ弩槌、神鳴る力を垣間見よ!」
銃口より撃ちだされる氷の結晶は、瞬く間に貫通し、その所々で炸裂して行く。
見るがいいアヤカシの卷族どもよ。
白濁する氷魔の世界へ、稲妻が訪れる。
それは扉を拓く、死後の世界への入り口。超電動でも巻き起こりそうな勢いで、運の悪い一体が黒焦げになった。
「吹雪に稲妻。相手は鹿に猪、味方は白蛇さま……。うーん、なんとかの尊の皇子とか出てきそうですねぇ。まあ、強い仲間が居るのは良い事です」
「そう言ってサボんなよ。俺が言う事じゃないがな…」
配置したらさっさと攻撃に参加しろ。
他人事のように眺める時人に声を掛けながら、同じく面倒そうなロード・グングニル(
jb5282)が苦笑いを浮かべた。
使い掛けていた符の発動を変更し、口元に加えて別の印を切る。
北方、黒から南方の赤へ。
忙しく術式を改めて、雪の式は炸裂する焔天へと配置を変える。
応と最後の印を切れば、爆裂して傷ついていた個体と、新たな敵を巻き込んで行った…。
「力比べなら負けないよっ!…次は僕の番だ!訓練の成果をためさせてもらうっ!!」
「その意気です。あとちょっと〜、トドメはお任せしますけど必要ならに支援しますね」
走り抜けようとする元気な個体に立ち塞がって、サミュエルが立ち塞がって待ち構える。
盾を展開して上体を落とすと、腰を入れて踏ん張りかえし、突進を受け止めた。
こうなればもう弓矢は不要、じりじりと赤土へ足痕を残しながら魔力の爪を呼び起こす。
籠手から伸びる爪はザックリと引き裂き、それを眺めていた時人は頬杖をついて見守り始めた。
「サーボーる、な〜」
「はいはい、倒せば良いんでしょ倒せば。あっちはどうかなあ〜」
剣撃に切り替えたチルルが向こうの方で猪とチャンバラしながら大文句。
気の無い返事を返し、時人はトドメを入れる。
鹿班が終われば、後は楽なんだけどねぇ…。
●私達の戦いは、これからだ!
「メリーだって…、メリーだって戦う時は戦うのです!!」
いつまでも守られているメリーでは無いのですっ。
おにいちゃんを護れる、メリーなのーっっ!
輝く意思が、悪魔の到来を否定した。
メリーの放つ光は、明確な力を持ってディアボロを弾き返す。
鹿はもんどおりを打って転がり、野生ではありえない強靭さで立ち上がる。
「三匹タイミングを合わせた?メリーの方に来なさい!なのです!」
「右は追わなくていいからさ、後をお願い」
「了解しました。逃しません……、連携で仕留めましょう」
ブンブンと剣を振りまわすメリーに向かうは一匹、残る内の二匹が不利を悟って逃げ出した。
剛弓を引き絞る勇に玲花は頷き、スリットから何本かの棒手裏剣を…。
唸りを上げる裂光が、鹿の後頭部を鋭く射ぬき僅か一撃で葬り去ると、峡谷へと転落させる。
その姿を見る事も無く玲花は、仲間を信じ蹴り込むように接近すると、跳ね跳んで逃れようとする別の鹿へ追い撃ちを掛ける。
ケーンと啼いて手裏剣をひらりとかわし、鹿が颯爽と逃げようと……。
「させません。トドメはお願いしますね」
「えっと、本物の鹿は、もっと綺麗で格好良いです…。それに、主クラスになると熊でも侮れないんだ…」
ビシッと、何故か動きを止めたディアボロに、とことこと菜都が近づいて行く。
魂が剥落し、薄れる自我と共に姿が崩れた鹿は、鹿であって鹿では無い。
本当にこのサイズ、これだけの分厚い角と足を持つ鹿が人に害を為したのであれば、自分達はもっと別の手段を選択し、そして敬意を持って挑んだだろう。
スルリと大太刀を滑らせて、影を縫われた鹿へトドメを繰り出した。
「ディアボロは確か火葬だったよね…。色々と残念」
「もう一匹は?」
「…ん。足を。潰せば。逃げられない。逃げられない以上は、運命決定」
「その通りじゃ!」
ディアボロでなければ、胃袋に直行してもらうのが筋なのに…。
残念がる菜都に勇は頷きながら、逃げていた最後の一匹を探し始めた。
確かもう一頭いたはずなんだよね…とキョロキョロすると固定された鹿と、向こう側からひょこり顔を出す少女を目撃した。
憐はもはや戦う必要もあるまいと、インスタントカレーの袋を開けングング流し込み始める。
その視線の先に、ヘリコプターの如く空中から接近する白蛇の様子が垣間見えた。
「動きの割に隠蔽に捕縛。からめ手の技が一通り効きましたね。やはり看破や抵抗力が低いのでしょうか」
「なるほど、そんな戦い方があったんですね。まだ僕もまだですよね…もっと鍛錬して一人でも皆を護れるように頑張ります!」
「んじゃトドメさしちゃうよ?」
「どうぞどうぞ〜。こちらのチームの獲物ですしね、お任せします」
玲花は影を縫い止めていた棒手裏剣を引き抜くと、固定されたままのディアボロをじっくりと眺めた。
憐が放った陰で束縛され、駆け付けて来たサミュエルがしきりと感心している。
集い始めた仲間達の中で、勇たちが連撃で終わらせた。
「これでキャンプも終わりかな?ようやく面倒事が終わるな」
「…ん。私達の戦いは。これから。今。始まったばかり」
てってけ、てけてけ…。
首を傾げるロード達の中で、憐は一人走り出した。
向かうはフライテント、食堂として使っていた場所である。
「しまった、絶好の位置を!?卑怯な!」
「…ん。場所も肉も同じ。早い者勝ち。焼き肉は。弱肉強食」
叫ぶ声を後にして、ダッシュを掛ける少女がそこに居る。
疲れたはずの一同に、思わず笑顔の渦が広がって行った…。
●焼。肉。強。食。
カンカンと金属音を立てるトングが肉をつまみあげ、大きな鋏が骨ごと両断!
骨付きカルビもスペアリブも容赦なく、カットされていく。
「はーい、ハラミとホルモン三丁ずつお待ち〜。カルビは今焼いてるからまってねー」
「そっちのホルモンとあにが違うの?」
「これは長いまま出して、その場で切って食べるんですよ。他にも壺漬けカルビとかありますし、存分に腕を振るわせて頂きますね」
勇から皿を受け取ったチルルは、長いままタレ焼きしたホルモンを眺める。
玲花が味噌と醤油から造り上げたタレは、豊かな匂いを発してジュージューと脂が零れる度に、美味しそうな香り。
「ちょっと!そのお肉はあたいが確保してたのに!」
「…ん。胃に。収めるまでが。焼き肉。皿に。載せただけで。安心するのは。早い。頂いて行く」
「焼肉も、戦いですね」
それもまた、戦い。
肉を食べる者二人が出会えば、起きるのは戦いでしかない。
チルルの皿からハラミを奪取した憐は、箸代わりにした野菜で巻きながらそのまま口元へ。
そんな様子に菜都は微笑みながら、ちゃかりと焼ける最中のモノを我が元へ確保し始めた。
「カルビいただきますね。このくらいなら十分に許容範囲」
「…ん。もう。焼けるのを。待っていられない。私も。生でも。良い気が。して来た」
「この野生児ども!」
「お前が言うな。最低限だけでも順番に振り分けろ、少ししかない物もあるんだぞ?猪は喰って無い奴が優先な」
竈に近い菜都と憐に先出しされて、激高するチルルをロードが宥める。
レポート片手に箸をくわえて考えごとをしていたロードは、音楽越しに聞こえる騒ぎに紙束を振り下ろして制止した。
何曲か効き逃したじゃねえか。
「猪はどれだったかな…。前回歩いて回った時に貰った残りが…」
「コレです。山の空気は良いですよね。土の臭いも踏みしめた感覚も、懐かしくて落ち着きます」
「ふーんだ、なにさ。…まあこっちにもお肉はあるけどね」
前回の行程を思い出しながら探すロードに、菜都は見慣れた物を見つけて取り寄せた。
昼から漬けこまれた壺漬けカルビの隣に、負けないくらい強烈な臭いの干し肉が鎮座している。
そんな二人の和やかな会話を他所目に、肉を奪われっぱなしのチルルは、骨付きカルビへと乗り出した。
「あんたも少しは遠慮しなさいよね」
「僕はっ!育ち盛りですからっ!土方さんとチルルさんはもういいでしょう!少し控えめにしてくださいっ!」
「うえ!?僕まだロクに食べて無い…。っていうか、なんで僕は屋台の時みたいなことしてるんだ?」
骨ごと被り付きながら、ガリガリ美味しい処をかじり取るチルルは、サミュエルを牽制し肉を確保し始める。
彼の方も反論し、トバッチリを喰らった勇が、現状を初めて把握するカオスである。
「これは、僕の、大事な、肉ですよ…!僕はこれ以上奪われないようにすべて護り抜きます!」
「ぼ、僕も…」
「……ええい、若い男じゃ肉が好きなのは分かる。が、しっかと野菜も食わんかぁ!」
良い気分で杯を傾けていた白蛇は、少年たちの騒ぎにいきり立った。
つけ箸なんかなんのその、箸でチャンバラする彼らに横槍入れて、いい加減にしろと言い放つ。
席の都合もあるが、騒ぎの元凶である少女達はあっちむいてホイ。
「はは。僕がバランス良く配膳しますから、みんなは食べちゃってください。それでいいですよね?」
「……うむ、最初っからそうすれば良いのじゃ。肉も野菜も実に美味いし、さ…」
「なんだか言いくるめられた気がします…。そういえば…サーバントも居るかもしれなかったんですよね…僕らで調査までしちゃいますかね…」
「一端帰ってから、時間のある面子で、でだな。予定が入ってる奴もいるかもしれん」
時人が大皿を抱えて四方に配り始めると、白蛇は我が意を得たりと頷いて杯に注ぎ直した。
釈然としないサミュエルは、時人がこっそり自分の肉を確保しているのに憮然としながら、レポートを書き終えたロードに愚痴をこぼす。
乗りかかった船だから最後まで、というメンバーも居るだろうとロードは一端終らせる事を提案しながら、キュウリをもろキュウへ変えて齧りついた。
「あ、みなさん写真取りませんかなのですー!帰ったらお兄ちゃんに自慢するのです!沢山写真を撮っていっぱい思い出をお話するのです!」
「自分らもっすか?」
他の皆さんも色々写真に収めておきたいのですー
別班のみんなにも声を掛け、メリーはデジカメを取り出した。
みんなで持ち寄ったライトの明かりで舞台を作り、思い出の1つ1つを確かめる様に撮り始める。
次の日にはテントも消えているに違いない、だけれども思い出は…。
笑顔のまま、咲き誇るに違いない。