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バイクで高速道を疾走すれば、誰でも風を感じることが出来る。
それも普段とは違う感覚で面白い物だ。
「とはいえ、私にとっては練習がてら……なんですけどね」
仁良井 叶伊(
ja0618)はゲートの観測依頼へ赴く為、学園付近の店でレンタルしたバイクに跨る。
それは性能を二の次にして、撃退士の蛮用に耐え得るゴッツイやつだった。
「まずは問題の無い運用を心掛けてオフロードはゆっくり練習。……無事に付けると良いなぁ」
ここ暫く練習しっぱなしだった事もあり、叶伊は独り事に気がつかない。
気のおける友人たちと共に、練習の続きをしているかのようだ。
おっかなビックリ走行する彼を追い越し、二台のバイクが高速道から下って行く。
「あの人も撃退士かな?この辺が定番のツーリングコースって本当なんですね。知らなくて損しちゃってました」
「山梨の事件でこっち来てる生徒に聞いたのかも。人が少なくて走り易い場所も、攻め甲斐のある難所も多いからねェ」
カタリナ(
ja5119)の可愛らしい言葉に、雨宮アカリ(
ja4010)はヘルメットの中で微笑んだ。
バイクでなら往復できる適度な距離だし、学園で起きた面倒な事も忘れられると付け加える。
「このままいけば、何組かの撃退士が共同でキャンプしてる場所があるはずよ。せっかくだしその辺で宿泊して、山登りは明日ゆっくりしましょうか」
「そうですね。この辺りは確か…ゲートは破壊しましたが、まだ不安はありますものね。情報も交流して少しくらい協力しましょう」
アカリが『仲間達』との合流を促すと、カタリナは予想通りの返答を返してくるのが、実に可愛らしく思えてくる。
幾つか伝えて無い事があるのだが、奇しくも必要事項を彼女の方から言い出してくれた。
「(好都合だわぁ。後は私が情報交換に行けば問題ないかしらね)」
誘導する手間が省けたことで、アカリは残る問題…いかに『真実』へ気が付かせないか、偶然で知ってしまうかへの対策へ心を馳せる。
隠している事を話すのは、もうちょっとリラックス出来てからでも良いだろう。
「(随分と遠くへ『愉しみ』に来たけど……。心配しないでお父さん、今の私の実力なら、アウトバーンで事故しても死なないわ)」
カタリナは友人の楽しい企みに気がつかぬまま、視界を駆け抜ける大自然に目を奪われていた。
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山間にある渓流の傍へ撃退士たちは集った。
その場所自体は細い道の先であったが、近くに数本の道が交る場所がある。
何故、そちらにしなかったと言うと…。
「この辺に設営すれば良いですかね?利便性を考えると水を汲むのが一番手間が掛りますから」
「増水を考慮するなら。瀬よりも少し上方だな」
理由は簡単で、陽波 透次(
ja0280)と影野 恭弥(
ja0018)が言うように水が近くにある方が便利である事。
撃退士の体力でも、何度も繰り返す水汲みは面倒だ。
何十mも汲みに歩くよりも、数mで汲める方が便利に決まっている。
「撃退士がうっかり水死というのも洒落に成りませんしね、そうしますか。……あとはメンバー分けを行えば問題ないでしょうか?」
「既にゲートは小康状態と言う話だからな。最低限がキャンプ地に居ればいい」
透次の確認に恭弥は必要事項だけ返した。
今回の依頼の主目的はゲートの監視任務である。
ゲートは破壊しても規模に応じた期間だけ、その場に悪影響を与えることがあった。
上級冥魔の残した代物は、数年単位でディアボロが出現させる事があるのだ。
「もう小康状態と言う事は、下の者に作成を命じたんですかね?山梨県では子爵級がトップだったらしいですけど」
「さあな。連中に聞くしかないだろう。……俺は巡回と夜間巡回に出る。スケジュールは適当に埋めてくれ」
透次の疑念に恭弥はもっともだと思ったが、ゲートのサイズは小さく創造することもできるらしい。
下級冥魔に命じたのかもしれないし、あるいは小さく設定しただけかもしれない。と話を流した。
そしてホワイトボードに最初の行程表が書き込まれていく。
「なら俺は夜間詰めとくわ。日中は徒歩でないと行けない場所へ探りに行くから。外回りとバックアップメンバー頼むな」
「でしたら、私は居ずっ張りにしますね。時々休みたい時に交代してくれれば、助かります」
ジョン・ドゥ(
jb9083)が夜番を申し出でて、木嶋香里(
jb7748)が常時待機するメンバーとして名乗りをあげれば、夜は必ず二人が居る事に成る。
既に一人近くで監視してる者がいるので、最低ラインは確保。
小康状態になった現在では、休みたい時だけ誰かが交代すれば、バックアップ態勢もバッチリだろう。
「各人の報告とかは一時的にコイツに張っといてくれ、後でまとめとくぜ」
「あら、これはジョンさんの持ち物だったのですね。では私も負けない様に野営準備を万端にしておきましょう♪」
こうしてジョンや香里の行動もあり、キャンプ地での管理態勢は整って行った。
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そして一同がテントを張って居ると、早速、最初の報告が飛び込んで来る。
『こちらRandgrith。全メンバーを確認した。雨宮を先頭に、残り三名が前後して合流する』
Caldiana Randgrith(
ja1544)の連絡を受けて、設営の手が止まった。
先行して到着していた彼女は、キャンプ地の設営を仲間に任せ最初の見張りを担っていたのだ。
共通連絡用に指定しておいた端末が、外部スピーカー越しに伝えてくれた。
「了解しました。それで、ゲート付近の方はどうですか?」
『今の所変化なし。道中も現地もまったく長閑なもの。……見かけだけは、ね』
食事の準備をしていた香里が一番近い事もあり、軽く手を上げて書き込み役を担う。
ホワイトボードにCaldiana…キャルの初期報告を書き込み、後でジョン辺りに手直ししてもらう手筈である。
そして最後の一項目、「見かけだけは」……という点で少し顔が曇る。
「観測の隙間と透過……ですね。山梨・静岡も安全になって欲しいです」
「(敵が見えない。居るか居ないか確信が持てない残党っていうのも厄介だな)」
香里の浮かない顔を眺めながら、透次は問題を再確認する。
監視後はともかく、それ以前の、監視態勢が出来上がる前に潜んだディアボロなどは見付けるのは困難だ。
捕食事件の傷跡冷めやらぬこの地で、これ以上の死傷者は避けたかった。
だが熟練の撃退士でも、流石に、出会っても居ない敵は倒せない。特に…可能性と言う名の敵は。
透次はその事を噛み締めると、香里の気分を和らげるために話題を振った。
「家事用の穴はこの辺でいいですか? 生ゴミ用は埋まった時にまた掘りますから」
「助かります。腕によりをかけて料理しますね。もちろん飽きない様に同じ物でも毎回バリエーションを変えますので」
透次が掘った竈や生ゴミ用の穴には、雨が流れ込まない様に側溝もある。
彼の気遣いに感謝しつつ、香里はマーカーを置くと今は料理に専念する事にした。
『飽きが来たら、蛇でも蛙でも捕まえるから無理には構わねーぞ?カレー粉とか香辛料がありゃあ、結構食えるって……」
「意地でも必要ないようにしますね。サバイバル料理には負けていられません」
近くを歩いてるらしいジョンからの通信で、香里の心に火が付いたらしい。
しかしその表情の曇りは闘志に代わっていた。人間、やることがあれば簡単に気分を変えられるものだ。
『(…そりゃ何もなければ何でも食べるけどね。あんたはイケルの?)』
『(あん?俺りゃあ本気で言ったつもりだけどな。やっぱ試してみたいじゃん)』
キャルのツッコミにジョンは素で切り返す!
どうやら蛇や蛙を食べても良いと言うのは、本気であった模様。
とかなんとか、設営は着実に進んで行った。
「遅れました。申し訳ありません、何分慣れない物で…」
「その辺の訓練も兼ねてるなら構わん。残りの二人は?先行していると言う話だったが」
意外にも叶伊が到着したのは、最後では無かった。
恭弥が確認すると少しだけ傾げ…。
「もう少し視界を変えられる所に設営するって言ってたような気がします。ハンドサインだったので、確実ではありませんけど」
「そうか。問題があれば連絡を入れてくるだろう。早速だが、物資類を余ったテントに放り込んどいてくれ」
叶伊はここに来る直前での仕草を思い出して説明する。
それで興味を無くしたのか、恭弥は立てておいた最後のテントを荷物用に修正する事にした。
叶伊が立ち去った後で、恭弥はもらった敵データと再現動画をチェック。
自分が可能な限りの戦技を組み合わせて、シュミレーションを開始した。適当な大岩があれば実際に試すのも良いだろうか?
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設営が終われば交代で巡回するだけだ。
早い者は既に行動しているし、他の者も朝を待って行動を開始する。
「できれば二人で回るとして、陽波さん一緒に回りませんか?」
「水汲みの後でしたら構いませんよ」
なら手伝いますよと叶伊は申し出て、透次と一緒にバケツを持った。
まだ暗い早朝の水汲みも、二人でなら直ぐだ。
「それでどの辺りを担当します?」
「一番重要な近場と屋敷周りはもう決まってますし、夜間は影野さんがメインで回るそうですからね…」
「雨宮さんたちは富士方面に…。死天系のゲート痕も遠目に見まわって来るとおっしゃってました」
叶伊と透次の相談に、米を研ぎに来た香里が口を挟む。
昨晩のうちに情報交換がてらにアカリが訪れたそうで、食事と一緒に持ち帰ったらしい。
「なら残りを担当しましょうか。定時報告は当然として…ここの守りはお願いしますね」
「定置監視のついでと言う訳でもありませんが、精いっぱいやりますね」
叶伊の言う事に依存があろうはずも無い、香里たちは頷いてそれぞれに別れた。
そんな撃退士たちを、少し離れた場所で見守る影があった。
「(全員起床かな?先に起きたあの二人も出かけたみたいだし、本格的な調査の開始っと)」
キャルは高所よりスコープを覗きながら、川辺、そして新しく設営したはずの女性撃退士二人を見守る。
昨晩早く眠った二人は、起床どころか、既に移動を開始していた。
そして彼女が次に何処を確認しようかと、周囲を窺った時…。
「そっから近づいてるのは誰だい?」
「俺だよオレおれ。ここに居たんだ。収穫はあった?」
消された足音を感じて、キャルはライフルを覗きこんだまま振り向かずに尋ねた。
ジョンは拳銃がコッソリこっちに向いてる事を察しつつ、手を上げて答える。
潜伏場所になりそうな場所を探したら、ここに行きついたというだけの話だ。
「特に無いのは同じだよ。んでさ、既に小康状態ってことは転移用と実験施設しかないってことだね。…となると、ディアボロは何の為に出撃してたんだろね?それ次第で割りと楽に探せると思うけど」
「当然、市町村への襲撃だろうな。一度透過すりゃあ山間なんてのは難しくねえし、終盤にカメラに見つかったってことは直行直帰還なんだろ」
キャルは想像で済ませようかと思ったが、ジョンが居るのでついでに相談してみる。
「忍者は鳥に習ってルートを変えるって言うけど、流石に下級冥魔は無理よね。なら、定置監視以外はその辺重点的にしてみる?」
「んだな。俺はこれからこの辺をウロつくから、他のメンバーに伝えといてくれよ。メシ喰いに戻るんだろ?」
キャルの返事もまたず、ジョンは昨晩の訓練メニューを思い出しながらキャンプに向かった。
昨日は技のトレーニングやったので、今晩は罠の研究でもやろうかと考えながら…。
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その頃、最後の二人は様子を見ながら移動中。
富士スバルラインを目指しながら、軽快に右へ左へ、ペースを確かめている。
「このまま天気が良ければ南アルプスも一望できるわね。…流石に標高高いから燃調濃いけれど、そっちは大丈夫?」
「問題ないですよ。送ってもらったばかりという事を考えたら、むしろ調子がいいくらい」
昨夜の残りを加工してもらった朝食をつつきながら、アカリもカタリナもバイクの確認に余念が無い。
調整したと言っても学園と現地では随分違う。
富士山手前で不調になっては、楽しさも半減だ。
「そうだ。昨日、食事と一緒に何貰って来たのですか?」
「例のゲート周辺をバイクで巡回してるって話なのよぅ。だから、富士方面の巡回を担当してあげるって言ったの」
カタリナがスプーンを止めて話す姿に、アカリは育ちがいいなーとか思ってしまう。
学園で同じ質問を受けた時、たいがいはスプーンを指代りに向けてくる連中ばかりだ。
「ふふっ。まるで自主訓練ならぬ、自主依頼って感じですね。運転の授業だけでは判らない事だらけでしたし、富士でも日本を満喫できそうです」
「直ぐにまた別の経験ができるわよぅ。愉しみにしておいてね。まずは途中のお店で日本の神秘、水信玄餅よ水信玄餅。運ぶのも取り置きも無駄で滅多に食べられないの」
死天事件などの影響もあって行ける所や残ってる店も限られているが、今の所カタリナは愉しんでるようだ。
アカリが言わずとも、ゲート監視や周辺巡回の依頼通りの行動をしているので、もう少しこのままで居たいものである。
しかし、そう上手くはいかない物、キャンプに戻る撃退士を見かける。
それも見知った顔と来たモノだ。
「あら…。初めてですけど、楽しいですねこういうのも」
「依頼でなければな」
挨拶して来るカタリナに恭弥が返すが、少し反応が変だ。
「今依頼受けてるんですか?大変ですね…」
「(余計な事はなしで、適当にお願い)」
「…?ま、俺個人の話しだ」
微笑むカタリナの後ろでアカリがアイコンタクト、恭弥は一瞬だけポカンとしながらも適当に流した。
彼としても余計な事に気を使ってる暇は無い。
昨日、あの後で軽く身体を動かしたら、すっかりなまって居た。時間が余れば巡回の合間に訓練をしたい所だ。
星空をゆっくり眺める事ができたのは、実に最終日であったという。
そして最後の最後、報告書の提出で誰かさんの企みもバレる。
「雨宮さんたちも提出ですか?これで少しでも山梨と静岡の状況改善に繋がって欲しい所です」
「そうなのよぅ。温泉巡りながら死天側の観測にも回っちゃたでしょ?それで時間がね」
「…もしかして依頼だったのですか?手の込んだ悪戯しますね、もう!」
香里が報告書を提出に来ると、流石にアカリも誤魔化せない。
ようやく気が付いたカタリナは、唇を尖らせながら笑いだした。
「でも楽しかったです、ありがとう」
「どーいたしまして」
責務に追われる事無く、自分のペースやるべき事を果たせたのだ。
めでたしめでたしと、しておこうじゃないか。
「(やっぱり僕は、ちょっと気を張り過ぎてただろうか…)」
そんな様子を見ながら透次は、石焼き風呂でゆっくりしてる時に感じた事を思い出す。
やるしかない事なら、愉しんでやるのは良い事なのだろう…。