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町へ向かう高速のディアボロ部隊!
待機していた撃退士たちはバイクをかき集めると、進軍阻止に向かった。
直接に山から下るディアボロには出遅れるが、バイクの移動力で急行すれば話は別だ。
「俺達は最終防衛線に回るぜ。一応は居残り組に説明もしとくが…」
「対策を伝えたからと、全員が守ってくれるか分りませんからね」
直進するロベル・ラシュルー(
ja4646)達を見送って、Rehni Nam(
ja5283)は軽く手を振った。
「危険な場合は一報を。駆け付けますので」
「むしろ抜けられそうな時にお願いするかもです。ここで殲滅するつもりですけど」
リアン(
jb8788)達の乗る二台のバイクが走り去り、レフニーは苦笑を浮かべて降車した。
敵の速度から言えば、戦闘での敗北より取り逃がす危険の方が高い。
殆どのメンバーはバイクの鍵を付けたまま降車し、数人が降りぬまま戦闘態勢を整えて行く。
取り逃がした時は即座に乗って追いかけ、同時に最終防衛線の二人にも挟撃してもらう予定である。
「もふもふで可愛いのに、危険……。どうせなら、危険のない可愛いもふもふを作れば良いのに。まったく、天魔って言うのは……」
「連中からすれば十二分に採算を取った上だろうよ。こっちも計算の上でしっかり叩き潰せばいいさ」
レフニーの苦笑にミハイル・エッカート(
jb0544)は肩をすくめて笑い返した。
モフモフしたくなるような外見という話だが、それを捕食に利用している。
ならば外見に心動かされるよりも、切り離して考えるべきだ。
「此方を引かせる為に組まれた高機動の部隊、しかし無視すれば街への被害が甚大になる。恐ろしい話です」
「ああ俺の予想が正しければ一匹でも町に入れると面倒だ。普通の犬に紛れ込んで魂を取りまくるだろうからな。……そうなると、野犬狩りをする必要が出てくる」
彼の話にユウ(
jb5639)が頷いた。
ミハイルが言う通り、犬の形をしたディアボロによる吸魂捕食が起きればどうなるか?
「今回の陽動偵察で敵の拠点を掴めれば人類側は冥魔の拠点へ一大反撃にでるだろうが、場合によってはその反撃作戦の始動が遅れるだろうよ。それが日単位か、週単位かはしらんがね」
「そういうことなら今回。街への被害を食い止めることは勿論ですが、今後に備えて可能な限りこの部隊の個体は排除しておきたいですね」
ミハイルとユウはこの苦難を乗り越えようと頷き合った。
先ほどのレフニーの言葉ではないが、やはりここで殲滅するのが一番であろう。
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『町を救おうなんて正義ヅラは俺の趣味じゃないが、冥魔の思惑通りに事を運ばせるのは癪だぜ。モフモフであろうと容赦無用だ』
「そういうことなら作戦に従うのはやぶさかではありません。敵が狙うは調虎離山の計かそれとも…」
ミハイルからの通信を受け、廣幡 庚(
jb7208)はバイクに乗ったまま直線移動できる位置を確保。
バイクなら移動も簡単な距離だが、普通の撃退士では全力疾走を繰り返すしかない距離でもある。
敵の狙いはソレを誘発しての、機動戦闘ではないかとも思ってしまう。
「いかが思われますか?」
「……全部。…殺せば…いい……」
庚は答えの出ないと糸は知りつつも尋ねてしまう。
対象的に紅香 忍(
jb7811)はバッサリと切り捨てた。
小さな呟きで、二人のバイクのエンジン音の方が大きいくらいだ。
「いえ、わんこの事では無く…」
「……同じ。ただ…殺せば…いい……。今はそれしか…する事…ない」
庚は顔を上げて思わず言いかけたが、忍は首を振ってやはり話を切り捨てた。
調虎離山の計であろうと、囲魏救趙の計であろうと、前線の撃退士が為すべきは冥魔退治。
ただシンプルに目の前の敵を叩き潰す事が最善だと答える。
『この手を取られた時点で既に遅い。今は多数を抜けさせないのが一番だ。狼型の本命が犬型を通す事だけに尚更な。先ほどミハイルが口にしていたが、まずは週単位、これを日単位まで絞れれば良かろう』
空を飛ぶファーフナー(
jb7826)が指摘するのは、隠密のまま通すことも出来たのに、ワザワザ護衛を付けて目立たせたことだ。
目撃情報が出た時点で敵の作戦は成功している。
もし全てに抜けられたら週単位で敵陣営の捜索が遅れるかもしれないが……、ここで叩き潰せば最悪でも日単位で済む。
「確かにそうですね。犬型捜索は出さざるを得ないなら、多数の人手は必要ないようにしましょう」
『そういう事だ。さて、見えて来たぞ……隊形も予想通りだな、手堅いと言う事は対処し易くもある』
庚も頷き、数チームでの捜索から1チームに。学園撃退士が必要な状態から、撃退署で済むようにと意気込みを見せる。
彼女に話を合わせながら、ファーフナーは双眼鏡を覗いて敵の陣形を確かめた。
堅実な策ゆえに完全対処自体は難しいが、逆にいえば予想は容易い、逆利用してスムーズに討伐にかかる。
三グループに別れた敵は、斜線を引いたような形から、次第に三日月のような状態に変化していく。
『中央に居る犬型を守っていた後方の狼どもが、前へ出て二枚目の壁に成った』
『あいよ。先頭へぶっぱなしたら直ぐに追いかける』
ファーフナーの通信を受けてミハイルはライフルを構え、いつでも脚力を増強させるスキルを使う準備を整えた。
まずは撹乱・足止め役の鼻っ柱を叩いて、状況を整理してから負う構えだ。
普通の犬の話であるが、リーダー犬が先頭を走り他を奮起させるケースが多く、そこを叩けば統率力が落ちるはず。
『その後は私が上空より対処しておきます。気にせずに追ってください』
『そういって貰えるとありがたいね。女神様の加護ってのは頂戴したいもんだ』
ユウもまた支援の為に空に舞い上がった。
彼女達の援護を受ければ、ミハイルたちも遠慮なく追撃戦に移れる。
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『先制します。乱戦に気を付けて下さい』
ユウは豪雷を放ち、その周囲に無数の刃を炸裂させた。
アウルで出来た刃は影の姿を取っており、影の狼を捉えるに相応しい。
「もう来やがった。まったく信じがたい速度だな」
ミハイルは狼たちが直撃したり、刃をすり抜けるのを見ながら予想通り回避型であると見て取った。
『言っても仕方あるまい。今はただ、削り取るのみだ。hold it(止まれ)!』
すかさずライフル弾を放つ彼に、ファーフナーは影の刃を放ってから答える。
攻撃を放つと同時に二人は逆方向……、正確には斜め方向を向いて、森の中に隠れながら進む連中を狙う為だ。
犬の躾け用語を織り交ぜながら追跡し、効果が無いと見て取りながら木陰や窪地に目を這わせる。
『上から先導はしよう。障害物はないぶんこちらの方が早いはずだ』
「OK。あの速度じゃ、実力だけで100%といかんのがツライ所かな。武器にスキルに…回り込んで後ろから狙い撃とう」
飛び去るファーフナーを追いかけて、ミハイルは足にアウルを込めた。
移動攻撃と、移動回避の相殺。あとは死角から攻めれば、確実に当てることはできるだろう。
とはいえ、それは彼の腕だからこそであり…。他の者では状況を味方につけたとしても、怪しい所であった。
だが、逆にいえば、そのこと自体は既に予想していたということでもある。
「本当に凄まじい早さですね。…目も反らさないし、強敵であるのは間違いありません」
「…当てようと、思う。間違い…。当たる位置に…追い込めば良い…それだけ」
庚は手元に出現させた輝きが、小鬼と対峙する時に比べ心もとない手応えである事に気が付いた。
敵全てが強化ディアボロであると告げられてなお、忍は微塵も躊躇せずに計画を実行に移す。
停車したバイクを砲架として利用し、移動する敵の予定位置に正確に射撃を行った。
「自分で…。当てなくとも、誰かが……当てれば、それで良い……」
「確かに。仲間こそが最強の武器だって良く言いますものね」
忍の攻撃は避けられてしまったが、それはただの布石である。
仲間の範囲攻撃に自ら飛び込む形となった狼は砕け散り、その様子を確認した庚は納得する事にした。
撃退士たちは全員で一つの目的を共有する。庚が探知や支援で活躍するように、撃破自体は戦闘を得意とする仲間に任せればよいのである。
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そして、一同がなんとか最初の集団に対処し始めて来た時、再び足音が迫って来た。
「新手! その内の数匹が直ぐに戻って来ますよ。足止めさせるのは良いですが、こちらが足を止められない様に!」
レフニーは宙を掴み取るようにしてアウルを集めると、横薙ぎに解き放った。
タイミングを合わせた一撃は、流星と化して敵を薙ぎ払う。
並の撃退士ならば対応も出来ぬ移動力であるが、戦い慣れた彼女は、カウンター気味に攻撃する事で補わせる!
アウルで出来た星の群れが、星の名前を与えられたディアボロ達と相討つ!
「恐るべき相手であっても、判っているなら、なんとかするのが撃退士なのですよ。一体一体、確実に行きましょう」
レフニーは通り抜けつつある中で、足を止めた敵と、戻ってきた敵を合わせて範囲に放り込んだ。
だが、トドメを刺すまでには至らない。倒せたのは足を止めた方だけか…。
と思った時、上空からの攻撃で崩れ落ちる。
「面倒とは思いますが、それしかないでしょうね。……こちらを早めに終わらせ、あちらの手伝いに行きたい所なのですけれど」
「とりあえず、ロベルさん達にも動いてもらいましょう。この速度だど、温存とか言っていられません」
ユウは仲間を襲おうとした狼を倒せた事に安堵しつつ、レフニーの意見に同意する。
このまま推移すれば、敵を倒す事自体は苦労しまい。
だが、確実に何匹か抜けられるだろうし、敵の作戦自体がソレを目論んでいるからだ。
「という訳ですので、お願いできますか?」
『あいよ。包囲網を締める役は任せな』
『袋の鼠ならぬ、狼という訳ですね』
レフニーの要請で、ロベルとリアンが集合地点に移動し始める。
そこへ追い込むように、ユウは仲間達に指示を出して、包囲網を確固たる形に整え始めた。
「追撃戦に移行しますね。ファーフナーさん達はそのまま隠密型の討伐をお願いします。他は我々でなんとかしますので」
「そうしてもらえるとありがたい。役目は頻繁に変えるモノでもないしな」
上空から追撃して来たユウと並びながら、ファーフナーは合流するつもりが無い。
彼は先ほどから下に居る敵の内、隠れようとする班を集中的に狙っていた。
共に影の刃を振るって撃ち降ろしながら、役目と優先順位が決定的に異なっている。
それも仕方あるまい。
敵は瞬く間に20m以上を右往左往し、平坦であれば50m、障害物があってもL字V字に移動する文字通りのバケモノである。
「真正直に追いかけたのでは苦労するのだろうが…、な。逃がしてくれるなよ?」
「判ってるって。後ろからなら鼻息交じりに当てて見せますよっと……とまあ、最初だけは全力でいっとくか。そして次だが…やはり当てなければ意味が無いだろ」
右往左往する敵に翻弄されずに追いかけるファーフナーは、仲間に教える意味でも派手目に攻撃!
そこへ走り込んで来たミハイルは、木陰に見えたダックス(ミニチュアではない)へ向けて構えた。
バナナを思わせる愛嬌ある仕草だが、騙される事無く、腕にまとった雷撃を弾へ。
雷鳴は銃口を抜け、変換されたアウルは光弾と成って穿つ!
「ここなら私の脚力でもなんとかなりそうですね。妨害が効かないので範囲魔法を用いて援護します、巻き込まれない様にお願いしますね」
「まあ大丈夫だろう。相手が早いと判って突っ込むって奴も少ないさ」
森の影に降車して先回りする庚に、後方のミハイルはライフルを担ぎ直して移動した。
途中で空から流星が降り注ぐが、当然ながら仲間を巻き込むことは無かったと言う。
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逃げる敵を撃ち、足止めに向かってくる敵を切りつける。
その内に敵陣営は、三本の線から、次第に太い一本に代わった。
「突撃役と足止め役の数が減りましたからね。あと少しです」
「私たちはこのまま壁役の狼を減らしましょう。矢面に立つのは釈然としない気もしますが、その…モフモフを狙うには遠いですしね」
庚とレフニーは魔法少女の様にコンビを組んで、温存しておいた最後の流星を振らせて使い切った。
二つの領域が重なることで、走り込んでの不確かな動きを補正する為だ。
そこへ追い込む為に、仲間達のライフル弾が降り注ぐ。
「後は…殲滅。逃げる敵を…一匹ずつ仕留め…死止めればいい」
忍は走り去る柴犬がギャンっと素っ転ぶのを見届けると、仲間が致命傷を与えた事で興味を失う。
そして脳裏に思い描いたワイヤーに持ち変えると、穴を掘って蹲るビーグル犬の首にひかっけた。
「うわー。せめて歯向かって来てくればなんとかなるんですが…。っていうか、これも擬態なんですかね?」
「…どっちでもいい。同じ事。ただ……戦闘目的より…潜入目的なら、元から…こんな性格かも」
レフニーは首チョンパされるビーグルから顔を背けるが、忍は冷徹に観察。
逡巡自体はまるで感じないが、ディアボロの性格を見抜くことで、作成者は精神支配分のコストでも削減しているのかと思った。
お金は無いより有るだけ良いし、それはきっと魂でも同じことなのだろう。
そして敵陣に、最後の転機が訪れた。
それは敵が狙って起こしたのではなく、消耗の末に引き起こされる結末でもある。
「敵が三々五々に分散しました。狙ってと言うよりは、完全に統率を失ったようですね」
「では暫く援護をお願いします。私はバイクに戻って、念の為にロベルさんたちと合流しますので」
空から大鎌で攻撃していたユウが告げると、庚は探知系を使いながら銀輪を駆って走り去る。
もしかしたら何匹か既に抜けていたかも…。
そう思えば、居てもたっても居られなかったのである。
「お疲れさん。敵が逃げてる分だけ怪我は少ないが…。走り込んだ分だけ面倒だったな」
「…関係ない。仕事は…仕事」
「そう言っていられるのも若い内だけだが…。仕事は最後まで片つけておこう」
ミハイルは忍やファーフナーと一緒に、倒した敵の確認と、まだどこかに隠れていないかを探り始めた。
地道な捜索と探知スキルの複合で、見つけた死体を数え直して報告。
「あとは迎撃前から見ていない個体が居るかどうかだな」
「とはいえ、これだけ仕込まれた敵が、そう多かろうはずもない。ブラフで十分通じる策なのだし、無駄打ちはすまいよ。後は上が考えるだけの話だ」
立ち去るミハイルに追いつきながら、ファーフナーは煙草をふかしバイクに戻るまで紫煙を愉しむことにした。