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山梨県の撃退士たちは冥魔の情報網を特定した。
なんと地方名士の子供と入れ替わっていたのである。
「親子関係は難しいし、事業の失敗等も、なんだか他人事とは思えないね」
資料を眺める狩野 峰雪(
ja0345)は苦笑する。
「父親は息子が冥魔と入れ替わっている事に、気が付いていないのか、洗脳されているのか」
「後者だと信じたいものだね…。お待たせ」
峰雪の呟きを拾いながら、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が合流した。
目立つ外見の彼は影武者は立てにくいだろうと、時間を掛けたのだ。
「増援組には、出入口や裏口以外にも、窓や排気口、煙突等からの逃走にも警戒をお願いしたいな。構造はどうなってるの?」
「あの工場は新工場という名前で、納屋と蔵をくっつけたような建物が昔からの工場」
峰雪の確認にリョウ(
ja0563)は見取り図を広げた。
工場の大半はバブル期前後の比較的新しい物で、その向こうに小さな……昔ながらの町工場。
これらを脇で繋ぐ池は、もともと汚れを流す浄化槽とのことだ。
「新工場との間には事務所と食事・休憩を取る場所が小さく存在している。研究と情報整理はこっちで、蔵が逃げ出す本命じゃないかな」
「木板がボロボロだし、脱出口が作ってあったり、イザとなれば魔法で壊せそうねぇ」
リョウの説明に黒百合(
ja0422)がお手上げポーズ。
雨で漆喰が落ちており、危険を覚悟するなら脱出口候補は多そうだった。
「そーそぉ問題無ければ透過で先行していい? 駄目な場合でも、直前まで阻霊符は使わないでねん。包囲がバレちゃうからァ」
「そういえば聞いた事があるな。阻霊符は広範囲で阻害するから、迂闊に使うと襲撃が察知され易いって」
黒百合は礼野 智美(
ja3600)の話に頷いた。
便利で強力、ゆえに定番の阻霊符だが、奇襲戦にだけは向いていない。
冥魔にとって物質透過などは便利だし、日常的に使っていた場合、符を使うだけで襲撃が丸わかりなのだ。
「判った。タイミングを合わせて発動するよう全員に確認を取っておく。父親確保から監視鳥の撃墜と、ほぼ同時進行だな」
「突入で届け物を装うか…なら、配達業者の車を装って、それに正面突入メンバーを乗せておけばギリギリまで偽装出来るかな?車は新工場近くにしておけば、時間は稼げるし、俺達は旧工場側だ」
「その辺はお願いねぇ。私は先行するわァ」
リョウと智美が真面目な相談をするのを横目に、黒百合はキャハハと大地に沈んだ。
その様子を見ていた智美は…。
「パーティ回線の手配は?」
「問題ない。……ではチェックにいこう、奴の企みはここで幕だ」
智美は可愛い服から目を反らし、携帯端末をつつくとリョウは頷いた。
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かくして撃退士たちは、廃工場周辺を包囲した。
「さてさて……途中参加ですので、あまり出しゃばるのも何ですね。それにしても…」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は隣家…というには離れた空き家から、遠目に確認する。
「こうじょう、と言うより、こうば。なサイズですね」
「町工場ならこんなものかと。鳥はいっぱい居ますけど、どれがディアボロでしょうか…」
エイルズレトラの言葉にヴェス・ペーラ(
jb2743)は遠視のスキルを使いながら答えた。
視覚を拡張した違和感を抑えるため、背を壁に預けて見ることに専念。
しかし、敵も隠密用とあって容易には区別がつかない。
「何か不自然な差があれば判るんですけど…。探知系の…。ううん、できればそれは最後の最後にしたいものですね」
ヴェスの頭に天魔探知できる仲間に頼むという案がよぎり、頭を振った。
探知スキルは希少だし、連発すれば見つかる可能性も高い。
出来る限り、比較的に時間の長い遠視で済ませたい所だ。
「生態でチェック入れると良いですよ。餌を探さず、捕食生物に警戒を抱かない鳥なんていませんから」
「なるほど、同じ鳥同士でも差はありますけど、食事は必ず取りますしね」
エイルズレトラの案を容れて計測しつつ、ヴェスは手元にライフルを現出。
一体、また一体と怪しい個体を見つける度に、銃を撫でて心を落ち着かせた。
心の中だけでトリガーを引きつつ、大よその見当をつける。
「このまま外野を守るとして、来ると思いますか?」
『来るだろうよ。だから、出てくるのを楽しみにしておくと良い』
外野組にあたる二人の会話に、突入組の鷺谷 明(
ja0776)がパーティ回線で割って入る。
実に楽しそうで、予想が当たると言う、確固たる自信が窺えた。
「根拠は?俺としては、そうなる方が、気分的にもありがたいが」
「何、予定調和というやつさ。冥魔にとって、町中は敵陣だろう?ならば万難を排して、逃げる準備は整えているだろう」
もう一人の外野組である咲村 氷雅(
jb0731)が尋ねると、至極当然の様に明は答える。
彼の笑いは人と魔、どちらに向いた物か?
楽しそうに、絶対に逃走すると断言した。
『撃退士に見付けられ迎撃に失敗しても、全てを犠牲に逃げ出す。という所までが予定、敵にとっての予定調和なんだ。プロレスの筋書きみたいだろう?』
入念な警戒網と迎撃を整え、逃げ出す事を前提にされたら絶対に逃げられると明が告げる。
その推測は、ある種の予言めいて、その実は確かなものだった。
『同じ予定だったら、こっちの予定で最後まで思惑通りに進めたいよね。…ああ、うん。敵の思惑通りになるのは嫌だからさ』
竜胆は苦笑いを浮かべたうえで、多重の網で捉えようと意気込む。
ここまで色々と皆の予想通りビンゴだった訳で、そのまま最後まで締めくくりたいものである。
「なら、逃走して来た所を、確実に剣を奪ってやるだけのことだ。…焔剣の代わりにしては些か不満ではあるな」
氷雅の趣味から言えば、攻撃性の高い四国の焔剣と違い、魂運びの水晶剣は陰湿で好みに外れている。
それでも手に入れそこなったウサ晴らしにはなると、機会を待つ事にした。
逃走の準備と追撃の準備、どちらが上回るかの勝負だ。
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ほどなくして運送会社の車が工場前に止まった。
『全員配置についたな?父親確保と同時に行動を開始する』
『とりあえずぶちのめせば良いのだろう?』
『もんだいなーし』
『以下同文!』
リョウが改めて仲間達に合図を送る。
それに対し明たちはパーティ回線越しに返答。
先行する仲間達は鳥の監視網を潜り抜け、隣家や、工場内に潜り込んでいた。
『この位置なら問題なさそうねえ。ええとぉ、庭に入る時は、工場より家側の軒を注意しておいてねぇ。そこに何かが居るからァ』
『やれやれ。歳を食うと、腰を屈めて走るのはツライね』
物質透過で工場へ侵入した黒百合の笑い声。
峰雪たちは彼女の指示した場所を避けながら、ギリギリまで接近する。
『田中さんのお宅ですか?お届け物を…』
「状況開始! 空中から支援します!」
ヴェスは父親拘束と同時に飛行し上空を占拠。
鳥に偽装したディアボロたちを、一羽、また一羽と狙い討つ。
「俺の方は少し遅らせてから飛行する。航続時間の問題もあるからな。ただ、援護が居る時はどっちも呼んでくれ」
「了解ですよっと。とりあえず、囲ませないよう、囲まれない様に頑張りましょうか」
氷雅が手近な魔鳥に切り掛り、手元に暗黒球を召喚。黒き玉を中心に魔剣の列を作り上げる。
それが範囲攻撃の初動と知って、エイルズレトラもまた術を用意し始めた。
軽やかに空の上を歩き、手元のカードを触媒に無数のカードをまき散らす。
素敵に愉快なダンスを披露した後で、外野組の三人は蔵を中心に包囲網を展開した。
その頃、突入した撃退士たちも、やはり無数の鳥と対峙する。
「面倒だけど、最初は鳥さんたちの排除かな?雑魚でも出会いがしらは怖いし、まずは『目』を潰さないとね」
「それで良いんじゃないかしらァ?敵さんも少しずつ、こっちに来てるようだしねェ」
峰雪は貫通弾でまとめて薙ぎ払いながら、黒百合に合流。
鳥達を切り刻むのは彼女に任せながら、自身は事務所への扉を探した。
「そういえば、目を潰すと言えば、水晶剣の目潰しには注意しないと。じゃっ、僕は資料を抑えるんで」
「はァ〜い。気を付けてねー」
峰雪を見送り、黒百合たちはその場の占拠に掛った。
「ということなら、隠れてるのも含めてまとめていこうかな。…さて、派手にやっちゃおうか?僕、キミらみたくこそこそするの苦手なの」
トラップ代りだろうか?一部の鳥達は見えない位置に隠れている。それに対し、竜胆は指先をタクトのように振るって炎の洗礼をリズムに刻む。
「了解!捲きこまない様に注意だけしてくれ。近付く奴は…俺に任せろ!」
その炎を垣間見ながら、智美は少しずつ前進を始めた。
鳥型ディアボロは弱いが、数だけは無数に居る。
倒すだけでも面倒だが、背中から撃たれたらと思うと、厄介で仕方ない。
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そして工場正面から怒声や剣劇が聞こえたかと思うと、唐突に何者かが現れた。
『貴様ら!そこをどけ!』
「ここは通行止めだ!大人しくしろ!」
水晶の剣を持った少年が振るう高速の斬撃。
それを見切ることが出来たのは、智美一人であった。
煌めく光か周囲を切り刻み、ソレを追いかけるように痛みが追いついて気付く。
「なんとも凄まじいが、これで前触れとはな。…さて、幕引きといこうか。カーテンコールは無しだ、ここで決着をつけるぞ」
「前触れ?」
壁を蹴って飛び降りて新工場側を抑えるリョウに、からくも受け止めた智美は尋ねた。
「ああ。胸元に何か刻まれてるだろう?それで抵抗力を下げたみたいだ。表の連中は、足止め技に抵抗できなかったみたいだな」
「ふっ。怪盗モノか海賊の洋画に登場したと思えばいいさ。それに…、このくらいのハンデはあっても楽しい物だろう!」
リョウが降下際に繰り出した黒雷の槍が収まるのを待って、明は少年…冥魔に肉薄した。
胸元に刻まれた魂のサインを見せつけながら、さあ、ここを突いてみろとこれ見よがしに踊る。
「さあ。私を楽しませてみろ!その剣は飾りじゃないんだろう?」
『見せてやるさ。ライフスティール!』
明が斬撃を浴びせ、仲間達もこれを支援。
矢継ぎ早の攻撃を浴びたはずなのに、冥魔は急回復を始めた。
明に切りつけた威力の分だけソックリそのままとはいかないが、一気に傷が塞がる。
「ふむ。吸魂符より少し強いが、その剣がキーと見た」
「漢探知も良いけど、周りが生き残ってる間は、ほどほどにね」
明は竜胆の言葉に首を振り笑って見せた。
「何、避けるつもりだったのさ。実際、賽の目勝負といったところかな」
「そういうの好きそうだね。まあいいや、…ふふ、焼鳥になっちゃえ」
明は煌めく剣を追いかけながら、手際を確認した。手首でも痛めているのか動きは心もとなく、確率的には半々を越える程度。
技も含めてソレなら大丈夫かと、次の手番で竜胆が残り少ない鳥型ディアボロを薙ぎ払った時の事である。
『避けれるモノならば、避けてみるが良いわ。我が必殺のソウルスティールをな!』
冥魔の手にした水晶剣が、怪しく光りを帯びた。
なんらかの魔術の兆高……。
「いかんな。嫌な予感しかしない、万が一食らったら、手元でも敵味方の位置にでも注意しろ。何が起きるか判らんぞ」
明はからくも抵抗したものの、周囲の全てが、数値やゲームのように希薄に思えて来た。
まるで魂を抜かれて区別がつかなかったような違和感!
自分が何者であるか思い出すように、盾で殴りつけて実感を取り戻す。
「それもあるけど、流石に指揮官クラスなだけはあるねえ。中々行動がソツない。一手で二手も三手も打って来る」
峰雪は彼が抵抗したことで、むしろ水晶剣の閃光が放たれる可能性を考慮した。
事務所に向かった鳥型を始末するのだが、敵の配置、攻撃の集中度合いが奇妙に思える。
「怪しい技は是非とも抵抗しなくちゃならないんだけど、追撃の準備もしといてね。少しずつ場所を変えているんだよね」
峰雪は今までの攻防が、全て逃走の為の布石である事に気がついた。
良く見れば、こちらの攻撃を受けた位置、逆にこちらを回避させた斬撃。
鳥型ディアボロによる攻撃や、それを撃破させる行動を含めて、一定の場所をこじ開ける為だったのだ。
「あ〜らァ。それは、油断、ならないわねえぇ!」
『許さんぞ、おんなぁぁぁ! 受けよ魂葬剣・極光波!』
黒百合の一撃が冥魔を切り裂くのと、剣の機能が今までと別の仲間を襲うのが交差した。
一瞬だけ黒百合が早いが、敵も怒りを抑えて位置取りの良い彼女は狙わない。
そして剣が強烈な光を放つと同時に、薄い壁を突き破り、外へ飛び出していた。
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光の奔流が土蔵の壁のうち、漆喰の剥がれた場所を吹き飛ばす。
それは水晶剣の持つ戦闘用機能の内、一時自己強化、閃光に続く、三つ目。ある意味で禁忌の技。
『くそっ。集めた魂を使い切らんと放てないのが欠点だな。多機能過ぎる、やはり絞らないと無駄が…』
「おおっと。そんな悠長な時間はありませんよ?」
逃げ出した冥魔にエイルズレトラが来襲。
トランプを投げつけて、脱出方向に陣取った。アウルの刃が四方より襲いかかる。
「やはり来ましたね。逃がしはしませんっ」
「できれば生け捕りにしたいところだが…。そうも言っていられんな」
ヴェスが回り込みながらライフルを構え、同時に召喚獣に術式を変更。
熟練の撃退士から逃げ出した手並みに、氷雅が油断せず無数の蝶を放った。
まずは脱出路を確実に塞ぎ、体力を削りつつ、仲間達が追いついてくるのを待つ。
「いやー、参った参った。こんな機能も隠しているとはねえ」
「とはいえ、何度も撃てる技ではないだろ?逃げの一手を読まれた時点で、君は詰みなんだよ」
峰雪の援護を受けながら、中から飛びだした明が斬りかかる!
狙うは手首!
「危ない玩具は没収だよ」
「もー髪が汚れちゃったじゃないのよぉ。お返しね」
すかさず竜胆が剣に飛び付いて、後方から黒百合が首筋に食らいついた。
神経毒を流し込みながら、剣を奪おうと押し合いが続く。
生命力を奪う技も、使う暇があればこそ。
「観念しろ。お前の逃げ場は何処にもない!」
「所詮は外道、俺達の怒りは理解しないだろうが――貴様はここで消えてなくなれ」
剣を奪い取った所を、智美とリョウがあっけなく迫りトドメを刺した。
「どうしました?」
「いや、所有権が移っているはずなのに、機能がな…」
ヴェスは氷雅が怪訝そうな顔を浮かべている事に気がついた。
どうやら水晶剣を確認してみたらしいが、能力が把握できないらしい。
『馬鹿め…。奪われる対策をしていない、と…でも、…ぐはっ』
「デスヨネー。まあ、任務としては完了ですね。あとは山梨県撃と学園に任せましょう」
エイルズレトラは苦笑しながら、めでたしめでたし?と締めくくる。剣はしかるべき研究機関へと送られる事となった。
こうして町に潜む冥魔の情報網は潰え去った。
研究の為に浚われた人も、近い内に救助が向かうだろう。