●単独失踪事件と、コレクター
山梨県産の野菜をはじめとして、色々な素材を積み上げる。
だが積み上がるのは、情報もだ。
「さて…怪しい情報は出てきたが、決め手に欠けるな」
野菜農家を描いた地図の上に、リョウ(
ja0563)は事件のメモを幾つか張り付けた。
第一に、最近増えた捕食事件と、その前身と思われる根こそぎ型失踪事件。
これは、敵の実験であり、隠蔽工作の為に集団ごと、あるいは全身丸のみで捕食したと思われる。
そして第二に…。
「ふむ…年齢層が被らない状態で失踪事件、ね」
「ああ。8〜10歳単位の外見で単独の失踪事件が存在している。偶然と言うには、出来過ぎだろう」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)の漏らした声に、リョウは失踪事件のメモを年齢順に張り直した。
男性なら農家の老人から始まり、ホームレスやサラリーマン、一番下は遊びに行った小学生というのが、なんとも痛ましい。
「状況的にサンプリングかなぁ?性別、年齢、その違いから何かを比較しようとしているのは読めるんだけど…」
竜胆は顎に指をあて、少しだけ考え込んだ。
他にも可能性はあるが、ソレ、が最も可能性が高いだろう。
「魂絡みなら質とか違いでもあるのか…って、敵さんもその辺調べてるのかもね。始まったばかりの新しい技術なら、その辺は真っ白だろうしさ」
「道具なり術の効率良くする為に、対象選択の可能性はあるかもしれないな。コレとか、コレも怪しいと思わないか?」
竜胆の話に頷きながら、礼野 智美(
ja3600)は別の地図を出してきた。
それは彼女が被害者の分類ごとにまとめたものである。
●町に潜む冥魔
「郊外の老人ホームや工場だと、町の外側で狙い易いから…って理由もあるけど、老人だけ、青年から壮年だけを狙った可能性もある」
智美が指差した襲撃事件そのものは、単なる偶然の可能性もある。
だが、道具や術の能力が有限ならば、魂が豊富かもしれない年齢層を狙う(または狙い易い?)可能性は捨てがたい。
そして、より問題なのは…。
「それと、この分布はまずいな」
襲撃は山梨県にある三つの都市部ごとに分類でき、人口が多いが警戒もされ易い甲府市、農村部だから人は少ないが撃退士の少ないこの辺りの田舎町。
最後にその中間の都市…というように、明らかに警戒レベルを基準に襲撃位置を選り好みしていた。
「考えたくないけど、人間サイドに潜んでいる可能性が増したね」
「話を広めて楽しい噂でもないけどねえ」
竜胆と黒百合(
ja0422)は肩をすくめて、よろしくない考えに想像の翼をはためかせる。
いや、想像なら良いが、これだけ偏向すれば、町中に潜むナニカが居るのだろう。
とはいえ隣人が冥魔と知って騒ぎ出すのも問題なので、口外できるものではない。
パニックになるし、魔女狩りでも起きたらコトである。
「その話だと、怪しいのは悪童たちかな?でもまあ、冥魔が目星をつけるためなのか、単なる陽動なのかは不明だけどね」
「カモフラージュか、ミスリードか判らないので断定はできませんけど、単独失踪はこの辺の事件ですから、怪しいですよね」
狩野 峰雪(
ja0345)と智美は悪童たちが関わっているが、情報源や囮の仮説を立てた。
暴力なり、色目や金を使って連れて来させても良いが、情報だけでも十分。
目星がつけば、誘拐そのものは冥魔なりディアボロができるのだから…。
順を追って、時間を掛ければ、その辺りを突き詰める事は難しくない。
しかし、そうもいかない理由がある。
「これを冥魔の陰謀と仮定して、可能性をどこまで絞り込めるかだが…あまり時間は無い、か?」
「そうだな。この『追加調査・必要であれば討伐の要請』、がちょっと難しいかも(変装…居るかなあ)」
リョウは単独失踪事件に関わるメモの中央に、コレクターと仮称を付けて冥魔事件とした。
それを見た智美はスケジュール帳を確認して苦い顔を浮かべる。
問題なのは、自分達もフリーハンドではないし、放置すれば犠牲者が増えるだけだ。
また山梨県に関わる撃退士を集めて、場所は秘密だが、対策会議を行っているくらいである。
「参加予定だから増援を頼んではみるが…」
この会議で上手い作戦があったとして、町に潜まれたままでは、掴まれてしまう可能性もある。
「当たりを付けて、絞るしかないでしょ。理由に寄らず手段に限らず、間に合わせるのが社会人ってもんだよ。できれば穏便で、正確なら言う事は無いけどね」
峰雪の言葉に反対する者は居ない。
●捜査網を絞り込め!
怪しげな情報を抑えて行く必要があるだろう。
外れたら、安心して次に行けばいい。
「この、タナカ・ナオキって子、いかにもじゃないかしら?失踪届けが取り消された事自体は、歓迎すべきなんでしょうけどねえ」
「入れ替わりの可能性はあるな。周囲を洗ってみるか」
メモの一つから、黒百合があげたタナカ・ナオキ氏は、本人が戻って来たので失踪事件ではなくなったらしいが…。
リョウは頷いて、調査方法を考え始める。
術の使用は簡単だが、光纏は輝きを帯びる場合が多い。
例え黒光や緑光であろうと、不用意に光れば目立って仕方ないだろう。
「魔法を割けるのでしたら、これらのアイテムを使ってみるのはどうでしょう?問題があるなら、止めておきますが」
「「…死、死のソースに、ミイラっ粉…」」
ヴェス・ペーラ(
jb2743)が用意したアイテムは、ある種、独特のものであった。
仲間達の何人かが、絶句したのは言うまでも無い。
もっとも、こういうグッズが大好きな人も居る。
「きゃはっ♪死のソースとか面白いけど、これを呑ませるのは一苦労しそうねえ。でも、こっちのは素敵じゃないかしら?」
「ミイラっ粉は、能力は関係なく『天魔は抵抗する』んですよね。一般人にだけ効くのは、悪くないかもしれません」
「まあ、それは不特定多数を一気に絞る為に、時と場所を選定して使った方が無難だろうな」
黒百合が笑顔を浮かべた後、、リアン(
jb8788)とロベル・ラシュルー(
ja4646)は苦笑した。
なんというか着目点そのものは悪くない。
特にミイラっ粉は、天魔本人が気がつかないが、周囲が騒ぐのは判るので使い方次第だろう。
「時と場所…ですか?」
「例えばこの屋台の周りにプロジェクターでハロウインみたいな画像を投射して、ミイラっ粉を使う時だけ画像を切るってことだね。その前提なら、ヴェスちゃんの方法も良いんじゃないかな?」
ヴェスの疑問に、竜胆は適当な例を踏まえて答えてあげた。
時と場所を考えれば、一気に調査できるので悪くは無い方法だろう。
「まあ、アタリを付けるのは良いとして、コレクターだとしたら、気を付けないと逃げちゃうだろうねぇ」
「勘づいて、はい逃走じゃ意味が無いからね。それまでは撃退士っぽい行為は隠しておいた方が無難かな」
峰雪と竜胆がこんな話をし始めたので、その流れに乗ると言うか…。
アイテムというアイデア自体を、スパっと忘れたように、ヴェスは別の提案を行った。
「それでしたら私は屋台に残って、そのままダミーとしての屋台が通常運営していると装っておきますね。物質透過などが必要でしたら、営業時間外にお伺いします」
「OK、その路線で行こう。暫く泳がせて様子を見た後で、包囲網を作り上げてから一気に…かな」
ヴェスが完全に頭を切り替えたようなので(アイテムはあくまでオマケのようだ)、リョウは話をまとめにかかった。
ひとまず怪しい対象を一通り調べて、最後の証拠固めに調査系の術を使うというものだ。
●営業のお時間
と言う訳で、まずは笑顔でサービスである。
「一応は報告書など目に通しましたけど、至らない事がありましたら、改めてよろしくお願いしますね」
「質問があれば言ってほしい。ここをベースにしているし、その都度、教えて行くから」
ヴェスと智美は屋台運営をメインとして、拠点の管理や連絡の中継を担う事に成った。
昼の軽食や夜のオデンなど、色々な食材を加工して、軽く作ってみる。
最初はぎこちないが、難しい物ではないし、その内に慣れるだろう。
「所で、早速なんですけど、あれは?」
「…ああ。なんというか、ローティーンに変装する為の資料。ちょっと術能力ギリギリなんだけど…」
ヴェスの質問に、智美はぎこちない笑顔で答えた。
幼女は無理だが、ローティーンはなんとか変身できる限界線だ。
まあ、それは良いのだが…。
高等部2年生が小学生から中学生あたりの年齢に化けるのは、精神的にツライ(妹はあらゆる意味で参考に成らない)。
「そんな事をしなくても、黒百合さんなら…」
「本人も言い出さないし、向いてないんじゃないかな?多分」
ヴェスは冷や汗を浮かべる智美を見なかったことにして、微笑むのであった。
きっと黒百合の性格上、愉しんでこのやり取りを窺っているに違いない!
そして話題の人物であるが…。
バックヤード代りにしている場所で書面と格闘していた。
「はっくしょん…誰か噂でもしてるのかしらぁ?」
「そうなんじゃない?黒百合ちゃんが可愛いからって…。あー、はいはい。タナカ・ナオキ氏の件だったね」
くしゃみをした黒百合へ、竜胆はハンカチと一緒に調査書類を渡した。
そこには少年の父親が、戻って来たと取り下げ、本人確認もできたので従ったとある。
「調査を打ち切ってるのは、事件性がないからか、それとも忙しいからか…」
竜胆が警察に協力を求めて(撃退士として)調査を教えてもらった処、割りとアッサリ教えてもらったものの、平面的な内容であった。
「これだと良く判んないわねぇ。お役所仕事といえばそうなんだろうけど…。まあいいわ、夜は場所をそっち方面に移すらしいし、誰か来たら聞きこんでみましょ♪」
黒百合は面倒とは理解しつつも、楽しそうに呟いた。
●悪童たち
段ボール一杯のスナックやジュースを、少年達が抱えて行く。
親子連れが車に積むのとは違って、ほんの少し違和感があった。
「あの子たち、いつもあんなに買って行く物なの?」
「そうよ。金持ちのドラ息子がリーダーになったらしくて、ここのところ毎日ね」
峰雪がレジのおばさんに尋ねると、少年達を知っているのか簡単に話してくれた。
せっかくなのでチラシを配って愛想を良くしつつ、首を傾げて金の件を聞いてみる。
「でも良く続くなぁ。うちも商売やってるから心配なんだけど、カツアゲとかで捲き上げてたら、後で親が返金しろって困らないのかな?」
「流石にその辺は判るわよ。捲きあげられてる子供が、そのままお金持ちだせる訳でもないし…。日雇いバイだったら安心なんだけどねぇ…」
峰雪の質問に、おばさんは札を畳むような仕草を示した。
どうやら隠してお金を持ちだす方法などで、ある程度は(態度もあって)察しがつくらしい。
そう言う時は、やんわりと出所を突いて、断る事もあるらしいが…。
「…えーっとあの荷物を考えると、縄張りは近いと思っていいのかな?それじゃあ、場所を避けるだけ避けておいて、買いに来た時は売ることにしようかな。仕方ない」
「そうなんじゃない?近くにグループの子の家が、あるんじゃないかしら?ま、お互いに気をつけましょう」
峰雪が調味料や油の缶をまとめ買いすると、おばさんはチラシを見ながら苦笑した。
クレープを食べる悪童の想像は付かないが、来てしまえば断る訳にもいかないだろうと察してくれる。
ビニール抱えて少年達の後を追いながら、アウルを使わずに歩くと、見知った顔を見かける。
「おや、迎えに来てくれたのかな?」
「まあな。(…例のタナカ・ナオキ氏の家がこの辺でな。だが丁度良い、運転を変わってくれ)」
峰雪がさりげなく手を振ると、移動途中らしいリョウが小声で囁いた。
車に荷物を載せて迎えに来た風を装うと、峰雪を運転席に載せ、自分は遮光のついた後部座席に移動する。
「(光纏時間と術の回数は絞る。適当に流してくれ)」
「了解。それじゃあホームセンターで資材を買いに行くついでに、ブラブラしますか」
そう言ってリョウはタイミングを見計らい、何度か冥魔を識別する術を掛けた。
峰雪はそのままドライブスルーでコーヒーを買った後、前言通りにホームセンターに直行する。
結果、『その時点では』成果は上がらなかったものの、情報は一つの方向に集約し始めた…。
タナカ・ナオキと言う少年の家に、悪童たちが入り込んだからである。
●包囲網を築け!
夜は撃退署や警察署の近くに屋台を移動。
署の夜番の人たちを中心に、工場の昼番空け、その他の御客を迎えて営業である。
「え?その人が無事だったのって、単に悪い子たちの仲間だっただけなんですかぁ?」
「そっ。つるんでるグループの一人で、まあ下っ端の方だったけど、どうせ遊び歩いているだけだろって話だったんだよ」
ある日の夜、黒百合が驚いたような声をあげると、外のテーブルで少年課らしき署員が肩をすくめた。
いつもの事だからと、警察は適当に切り上げたらしい。
「じゃあ、天魔から隠れたりする方法があるんじゃないんですね…」
「そう言う事。だから時間がきたら、早くおうちに帰るんだよ?暗くなったら危ないからね」
黒百合は予め歳が上の身分証を用意し、上司の方には撃退士であると話を通している。
なので、それとなく察しているはずだが、部下の方はこの有様である。
まあ、警戒を解く為に演技で協力してるのかもしれないけれど…。
見た感じは明らかに、酔っ払いであった。
一見、無関係には見えるが、全ての情報を総合すると怪しさが増す。
「母親が病死で甘やかしてるらしいけど、最近、父親が経営してる会社だか工場だかに顔出してないらしいよ。OLさんたちが…っと。情報収集の結果ね」
「なら父親を識別して、人間だったら潜入の順だな。その時は気をつけろよ、依頼を出す許可は取り付けてある」
「了解です。本当に病気なのか、催眠や脅迫なのかをチェックですね」
竜胆がナンパの結果を披露すると、リョウとヴェスがそんな風に締めくくる。
世間の対応を、休んでいる父親にさせているなら、ディアボロの変装を識別するのは容易い。
人間であり、表と裏で態度が違うなら…。
「潜入の危険を覚悟してるのに、俺が変装くらいを躊躇っちゃだめだよな。…仕方ない、その時は悪童たちを惹きつけてみるよ」
「協力はするから、頑張ってね〜」
智美の決意を他所に、接客を終えた黒百合は笑顔を浮かべ戻って来る。
「ふふふ、早く戦闘にならないかしらねェ…悪い天魔はぶちのめしてやるわァ…♪」
「それじゃ、後は気がつかれない様に注意して、断定したら一気に行こうか。終われば勝利の美酒で乾杯と行きたいものだよね」
嬉しそうな黒百合を峰雪は落ち着かせ、決行の日を待つことにした。
その日は間もなくのことである…。