●甲斐の事件簿
山梨県の冥魔被害が増加。
それまで控えめであった分、急なイメージがある。
「具体的に何を探れば良いんです?山梨県の話は最近よく見るってくらいなんですが」
「僕はヴァニタスと出会った事はあるし、中には上級冥魔と出会った人も居るらしいね。でも、直ぐに逃げちゃうんだよねぇ…。ん〜」
礼野 智美(
ja3600)の質問に狩野 峰雪(
ja0345)が簡単に応えた。
確信が持てるほどに情報も無く、推測で断言するには早いと、老獪さが躊躇わせる。
調査で迂闊な先入観はよろしくない。
想定できる理由は色々あるが…。
「確実なのは何かの実験をやってるってことかな?邪魔されたくない、探られたくない段階…ってのは間違いない」
「そんな所だと思う。ヘルキャットちゃんが姿見せてるから、吸魂刃が関わってるんだろうけど…」
峰雪の呟きを拾って砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が頷く。
山梨の他、静岡・大規模作戦など様々な資料の中から、目撃例や報告例をひっくり返し…あったあったと引っ張りだした。
そこには妙齢の女性…ナース姿の冥魔が、バインバインのナイスバディで描かれている。
「要約すると。魂を吸ってるらしいね。でも……最近見られる、人魂ってどういう関連なんだろうねぇ?」
「魂を吸う実験か…厄介な事に成ったな。人魂に関しては今後の課題として」
竜胆がまとめた話を受けて、智美は唸った。
これまでの話はあくまでとっかかり、何が起きているかは判ったが…。
どうれば良いのか、いまだ不明であった。
「後手後手に回ると厳しいのは今まであった大作戦系統で身に染みてるし、早く調査しないとマズイな」
それは遊撃制を敷いている、学園撃退士の永遠のテーマだ。
戦力が不足している場所に、依頼を受けてから飛ぶため、撃破率は高いがどうしても初動に遅れる。
そしてトータルな情報の蓄積、系統だった情報の追加調査が難しい。
だからこそ…。
「そこで時間を掛けて調査するってわけだな。まさか種子島と同じ方法を使っちゃいまいが…」
「経緯なり、用法が似通う可能性はありますね。魂の収穫と隠蔽…前後が同じなら過程もまた似るかもしれません、こちらでも協力させていただきましょう」
種子島でも長期の探索を行ったと言う、ロベル・ラシュルー(
ja4646)とリアン(
jb8788)がそこで初めて口を開いた。
●長期戦
「その、種子島の話はどうなんだい?詳細を告げずに、山梨県の人に聞いたら面白い回答が返って来るかもしれないよ?」
「どこまで似てるかは知らんが、大きくて派手な作戦の裏で人をコッソリ浚って、魂吸収してたって話さ」
竜胆の問いに、ロベルは片隅で吸っていた煙草をもみ消し、残り香を愉しむ間に考えをまとめ始める。
「いま地元の人間に聞いたらって言ってたろ?調べ方はそれと同じになるのかねえ?」
「使用の頻度や、普段は封鎖している場所かなどは、地元の人が一番ですしね。山ほどある怪しい場所を、少しずつ絞るという次第です」
ロベルの話を補足するように、リアンは丁寧に答えた。
応援型の短期依頼では、調査しながら怪しい場所に当たると言うのは中々に難しく、天魔も偽装するので正解とも限らない。
その意味で、長期戦の依頼が向いているとも言えるだろう。
「オーライ。つまりだ、暫く緊張感を楽しんで居れば良いって事だろう?それが調査を兼ねた屋台か遭遇戦闘かの差さ、大して問題じゃあない」
「きゃはっ♪それもそうよねぇ。屋台も好きな方だし、楽しみながら地道に行きましょうかねぇ〜」
常在戦場ということか、鷺谷 明(
ja0776)や黒百合(
ja0422)は緊張感の途切れない依頼を、それはそれで良しとした。
当面は屋体運営に隠れて、地道な証言集め。
どうせやるなら楽しまねば損だと、気楽に行くことにしたようだ。
「なら俺は仕入れ先の確保に行って来る。農家の話を聞きたいからな。車…移動用の方を借りるぞ?」
「私もご一緒しましょう。話を聞きたいのも同じですし、…まあ、より良い材料を求めるのは人情と言うモノ」
リョウ(
ja0563)が机の上に放り出された鍵を取りあげる。
彼が貸し出された内、移動に使うセダンに向かうと、リアンもそれに同行を申し出た。
「好きにしろ。どんな材料だって使いこなしてやる。私の方はっと…」
明は部屋から立ち去る彼らの背中に手を振って、幾つかの証明書を取りあげた。
同じ書類に手を伸ばし掛けた黒百合は、念の為に確認。
「ソレを使うって事はぁ、行先も似たようなものなのかしら?」
「あん?愉しむなら本気で準備しねえとな。良い所で営業許可を尋ねられるのもつまらないからな」
黒百合と明が使おうとしたのは、依頼を受けたことと、簡単に内容を示す書類だ。
もちろん撃退士は任務中であれば、色々な法規措置を取ることができるし、運転免許ですら条件は付くが習得できる。
だが、人前で尋ねられ、撃退士の資格を見せびらかすのも馬鹿馬鹿しい。
「それじゃあ役所の方は任せるわねぇ〜。私は警察の方にでも行ってこようかしら……?」
黒百合が許可証取得を手分けを申し出ると、明はピラピラと手を振って了承であると示した。
●行方不明者
農村部に訪れた撃退士は、地元の農協で住民の情報を聞き込んだ。
誰が何を生産し、あるいは廃農しているか。などなど。
「爺様に心当たりでも?」
「まぁこういった移動型の商売なもので。見たかも…と」
リョウはJAの壁紙に張られたポスターを眺める。
電柱のも同じ物だよな…と確認した上で、付近の地図と見比べた。
不思議だったのは…。
「地形的にそれほど見え難い場所はありませんよね?神隠しとか七不思議ではあるまいし…。ああ、接客用に噂話や怪談やらは色々興味が有るんですよ」
「おおかた町へのバスにでも乗って、そのまま別の町に行ったんでしょう。…無事なら良いんですけどねぇ」
山林の多い山梨県だが、この辺りは農村だからか比較的少なめだ。
それに…と、リョウが着目したのは老人の家から町へ向かう道には、他の農家がある。
当然、住民は聞かれたろうし、それは路線バスの運転手も同様のはず。
勿論、本当にボケて行方不明の可能性もあるが、出がけに人浚いの話を聞いただけに気になってしまう。
「写メ?ああ、ロベルにか。あくまで可能性の一つとして考慮しておこう。ただの失踪調査なら無駄足だが…」
「どのみち野菜は必要ですしね。証言のついでに、地形やら何やら見て参りましょう」
リョウの質問にリアンは携帯をいじりながら、ポスターを映していたのだと答えた。
町中を巡るとロベルが言っていたので丁度良いし、自分達もまた丁度良いついでに野菜と…証言を集めることにする。
そしてその頃、メールを受信したロベルは倒れた男に確認してみた。
悪ガキというには年の行った少年達から救ったのだが、浦島太郎に成った気分である。
「あんたらの仲間にこんな爺さん居るか?少し前に失踪したそうなんだが」
「生憎と居ないね。ガキどもにやられた連中にも年寄りはいなかったずだよ……痛てて」
ロベルは怪我したホームレスを助け起こしながら、煙草を一本くわえさせた。
自分も一本取り出して、火をつけながら少し考える。
「この町はそんなに世紀末なのか?」
「羽振りが良いみたいだし、ただの憂さ晴らしかもな?それでやられるこっちは大変だがね」
ロベルの言葉にホームレスは肩をすくめて、そういう悪たれ連中も居ると告げた。
そして彼が尋ねた範囲に対して。近い範囲の話を教えてくれる。
「失踪といえば。独りだった奴を最近見ないんで、連中がボコって入院させたんじゃないか…って心配してるのはあるな。俺らも気を付けてたんだけど、今日は油断してこの有様だよ」
「そいつあ気の毒に。…とりあえずこの辺で屋台やってるんで、ヤバかったら声を掛けといてくれ。みんな良い奴だし腕はたつよ」
それ以上の事は聞き出せそうにないし、聞いても不審なだけだろう。
ロベルは煙草をきっちり吸い終わるまでそこに居た後、箱の残りを押し付けて立ち去ることにした。
●冥魔の両面
一方その頃、町の葬儀屋にて。
「お疲れさまです、帰りに一ついかがですか」
「弁当…じゃなくて夜食の折り込み?」
峰雪が指先を傾向け、クイっと一杯ひっかける仕草を見せた。
それが酒の誘いであるのは明白なので、手渡されたチラシのメニューも御察しである。
おでん屋台で酒を熱燗を一杯というのは、ある種最強の組み合わせと言えよう。
「弁当はやっとりませんが、人が見込めるなら近くで営業しますよ。昼には軽食ですしね」
「空いてる日に寄らせてもらうよ。忙しい日とそうでない日が結構バラバラだからね」
峰雪の申し出に頷きながらも、客の代わりに徹夜するのが仕事だからと苦笑した。
そりゃまあそうかと頭をボリボリかいた所で、ふと気がついたように尋ね直す。
「商売繁盛……という訳にゃあいきませんか」
「葬儀屋が喜ぶ訳には…ね。ウチとしては助かるんだろうけど、最近になってバタバタと増えたから、夜番足りなくて困ってるよ」
他人の不幸で飯を食う身としても、こうも乱高下するのは困ると言う話だ。
大きな声では言えないが…と前置きした上で、天魔事件が増加した影響なのだという。
「そいつは…ウチも気を付けますよ。最近は物騒みたいですしね。……冥魔が人を食う…ねえ」
峰雪は相手に話を合わせた物の、一つの疑問符に辿りついた。
天魔が町を襲ってゲートに連行し、その過程で振るう暴力が、結果的に人を殺す事は多い。
だが山梨県では、…いずれも冥魔が人をその場で殺すのだと言う…。
前の依頼は偶然ではないのか?と疑問を頭に浮かべ、帰り路についた所、仲間の一人を見かけた。
その子は鯛焼きを二つ三つ眺めて、その内の一つを選んでガブリ。
「なんで屋台の料理ってこんなに美味しいのかしらねえ?家で食べても美味しくないんだけどぉ」
「その辺は雰囲気だよ。屋台料理は味より雰囲気!友達と呑む方が美味しいのと同じだね」
黒百合が酒の話に頷くのを見て、どれだけ判ってるか疑問だが、峰雪は良しとした。
今は屋台の雰囲気を味わっているのだし、問答をしても意味はあるまい。
「そういえば営業先の話を聞けたかい?こっちはホトケさんの数が増えた話くらいかな」
「なら、あんまり進展はないと思うわァ。とりあえず最新を届けてくれるように頼んでおいたけどぉ…」
峰雪の話に黒百合は、誰かに聞かれても良い単語だけ使いながら、少しだけ苦笑した。
なにしろ見るからにクソ爺と言う感じの老撃退士が、セクハラを仕掛けて来やがったのである。
●冬の怪談
二人が屋台に合流すると、誰かさんが営業中に女子高生達と歓談中。
口説いているのか、それとも男ながらに井戸端会議へ参加しているのかしらないが…。
「あーらァ、良い御身分なのねぇ。暇なら私も参加したい所だけどお?」
「アハハ。黒百合ちゃんなら大歓迎さ話題にもピッタリ。というのは冗談で、時間の曲がり角なんだ」
竜胆が黒百合たちを出迎えると、JK達はキリ良いと思ったのか適当に立ち去って行く。
ロベルが聞いた悪童の話もあり、からまれない内にと帰宅する。
夕方と言うには遅く、夜というにはまだ早い。確かに時間の曲がり角だ。
「私が話題にピッタリってどういう事かしらぁ?」
「(人魂の噂があるじゃない?あれで…剣を持った小さい子が居るんだってさ。ヘルキャットちゃんとかのも有るんだけど…インパクトの差がね)」
「(新手の都市伝説は僕もみたけど…。総合すると、人魂と剣がセットなのかもしれないね)」
声を潜めて話しながら、三人はキャンピングカーに顔を出す。
そうすると作業していた二人が出迎え、小皿を寄こした。
「おう。丁度良かったな。おでんが仕上がった所だぞ。何品か少しずつ試食してくれ」
「寒い中お疲れ様。うどんでもどうかな?」
「「おでんなのに、うどん?」」
明が竹輪に福袋なのに対して、智美の方は何故かウドンを作っていた。
三人が同時に尋ねたので…。
「前にやった依頼のアイデアなんだけど、うどんを出汁で温めるとサイドメニューに丁度良いんだ。日替わりの変わり種も良いけど、これはシンプルでいい」
「そういえば気の効いた所は、裏メニューで出してくれたっけなぁ。でも、寒い中にこれはありがたいよねえ〜」
智美から碗を受け取ると、峰雪は懐かしそうに啜った。
うどんにしては少し濃過ぎる出汁だが、大量ではないし、酒と合わせるにはむしろ濃い方が良い。
「こんな試食ならありがたいよね」
「砂原君は試食も制作もうまく逃げやがってな。甘いモノ苦手な奴に無理には進めんが」
仲良く喧嘩しながら支度は完了。
おでんは煮上がり、看板の付け換えなども終了している。
そんな中で、どこかで爺さんがやって来た。
「駅前でやるつもりだったが…、まあ、お客さんに代わりあるまい。いっらっしゃい!」
「おお〜。寒い中にこれはええのう。嬢ちゃん、何個か見つくろってくれんかね?」
「この時間は俺の担当か…。ええと苦手な物はありませんか?なければ五品ほど…」
予定と違ったものの、明は余興を愉しむつもりで招き入れた。
智美も頷いて割烹着を外し、テーブル席に向かって歩き始める。
不思議なことに、黒百合がニコニコしているのだが…。
「嬢ちゃん、もうちっと太らないといかんぞい。彼氏が居るなら揉んでもらわんとのう〜げへへ」
「お客様、踊り子には触れない様にお願いします。でないと叩き出しますよ」
智美は胸を触ろうとした爺の手に、堅いモノを感じた。
もちろんアダルトな意味では無く、小さな固形物の感覚だ。
そこでセクハラを止めたこともあり、拳を振り上げることなく下がる…。
「セクハラ大丈夫だった、智美ちゃん?」
「そっちはね。でもなんだ、コレ…」
「(あらあ、USBじゃないの〜。依頼人がさっそく情報をくれたようねえ)」
律儀に心配する竜胆と、頷いて応える智美の会話に黒百合が加わった。
囁きながら智美の胸元に華奢な指を挿し入れる姿は、エロチックに見えるが冗談事では無い。
彼女の指先には、記録媒体が挟みこまれていたのである。
その後は駅前に移したものの何もなく、残り三人も合わせてデータを確認してみた。
「敵さんの言葉を拾うなら、リベレイターとかサッカーって呼んでるらしいねえ」
「人魂と剣がペアなのがあって、そうでないのが一種…新製品なのかな?」
データは名前以外は目新しい物がなく、皆が集めた情報より少なかったが、整理し易い。
USBに刻まれたデータに自分達の情報を追加して、今日の成果を確認する一同であった。
「行方不明の後は、その後で死亡事件多発。バレたからか、それとも能力ゆえか…。次はそれを知りたい所だな」
解明と不明、その境界を新たにするため。
撃退士は一歩、また一歩と進んでいく。