招待状にある館の前で待っていたのは、長身で端正な顔をした男だった。
「ようこそ、おいでくださいました」
黒髪の長髪で落ち着いた雰囲気を持つ男の格好はどう見ても執事だ。
「いい男……」
「しかも執事!」
長身の男、見た目のいい男に満月 美華(
jb6831)と猪川 來鬼(
ja7445)は色めきだった。
「どう見ても普通じゃないだろ」
アサニエル(
jb5431)が釘を指したのは、この男にまったく生気を感じないせいだった。
執事の案内で撃退士たちは屋敷の中に通された。
屋敷の中は豪華絢爛。玄関を入ると巨大なシャンデリアの吊り下がったホールがあり、さらにレッドカーペットの敷かれた廊下を抜けてたどり着いたのは、広い舞踏会場らしき部屋だった。まるで中世の宮殿のようである。
部屋の壁には絵が飾られ、人を型どった彫像が台座の上に置かれている。
だがそれは美しいといえるものではなかった。
どれも見ている側に吐き気を引き起こさせるほどに禍々しく、残酷で、普通の人間であれば、この場に数分もとどまれば発狂してしまうだろう。
最奥の、舞踏会場を見渡せる高さにある壇上に、まるで玉座というふうに椅子が置かれている。その上には中世の貴族の服を身にまとった若い男がいた。
悪魔グレアムである。
「ようこそ、我が別荘へ」
「お招きありがとう、というべきかな?」
Camille(
jb3612)は悪魔の挨拶に答えた。
「わざわざ招待状まで送ってもらって悪いね。で、今度の図画工作の作品はなんだい?」
アサニエルは軽蔑するように言い放った。
「早速辛辣だな。どうだい、ここにある芸術作品たちは? 感性を刺激されるだろう?」
挑発するような言葉に、グレアムは多少表情を歪ませたが、おおらかな様子で撃退士たちに尋ねる。
「ああ、心底胸糞悪くなったよ。人の美しい魂でここまでひどいものを作ってしまうなんてね。完全な魂の冒涜だよ。哀れな魂たち、それを解き放つために俺たちは来たんだ」
ルティス・バルト(
jb7567)はいつの間にか目の前の悪魔に対して怒りがわいているのに気づいた。
「人は無価値から芸術作品となって初めて価値を得たのだ。私の芸術を壊すことこそ魂の冒涜だよ」
「散々御託を聞いたけどさ、そういう輩に限って実は芸術のげの字も分からない、素人のニワカでしかないんだよね。聞くだけ無駄だよ、不快になるだけさね」
アサニエルは戦闘態勢を取る。
「平行線というやつだな。これだけの芸術作品に触れても、結局分かり合えなかったか。そうなればあとは信条の違う者同士……殺し合おうか!?」
グレアムの口から殺意が現れる。
同時にアサニエルの目に光る刃に映る自分自身の姿が見えた!
「ぐっ」
とっさにかわしたが刃はアサニエルの首を切り裂き、鮮血が舞った。
弾き返すように体当たりを浴びせた相手は先程の執事だった。
執事は口に笑いを浮かべたあと、姿を空気の中に消した。
傷は浅いが、突然の不意打ちにアサニエルの動悸が激しくなる。
「やはり、探知できない。彼は人形なのかい?」
「その通り、たった一つ完成した至高にしてハイエンド、悪魔人形トリニティだ」
まるで勝ち誇ったように言うグレアム。
「そういえば人形は生命探知にかからないんだっけ……インチキだね」
アサニエルは傷口を抑えながら悪態をついた。
「たしかにこれは参ったね……」
ルティスは攻撃対象が見えない状況に、戦闘態勢をとったまま固まった。
「まずはあなたから落としたほうがいいのでしょうね」
暗く低い声をルティスは聞いた。
ゾッと寒気を感じてから、銀色の刃が光るのが見えた。切り裂かれる!?
――カァン!
だが甲高い音とともにトリニティのククリナイフは弾かれた。
それは美華による神速の一閃だった。
「ひゅう……」
美華は息をついた。神経を研ぎ澄ませて反応した結果だ。
それを見てもトリニティは顔色一つ変えずに、再び空気に消えようとした。
「逃すか!」
谷崎 結唯(
jb5786)がマーキングを打ち込む、しかし、その前にトリニティは姿を消していた。
「速い、悠長に狙っている時間もないか」
結唯はむき出しの首にエイムしたが、そのせいでコンマ以下のレベルで射撃が遅れたのを悔やんだ。
直後、トリニティは結唯の後ろに姿を現す。
「なっ!?」
とっさに結唯は前に飛んだが、刃は結唯の肩を斬り裂いていた。
――一瞬でこの距離を詰めただと?
「トリニティとは三位一体という意味だ。まるで三人いるみたいだろ?」
グレアムの発言の意味に全員が動揺した。
「まさか人形は三体いるのか?」
舞踏会場に再び静けさがもどる。
「みんな俺の近くに集まって!」
ルティスはシールゾーンを自分の周りに展開した。
「なにかのスキルで隠れているとしたら、シールゾーンの範囲に入れば剥がれるだろ?」
「頭の働く奴もいたか……」
グレアムは戦いの展開を楽しむように笑った。
ルティスの周りにあつまるが、このままでいれば範囲魔法の餌食になりかねなかった。
――闘気解放
カミーユは次にトリニティが現れたときの一撃に集中した。
だが、トリニティは一向に姿を見せない。
「ならば誘い出す」
カミーユはグレアムを狙うふりをして、トリニティをグレアムの攻撃範囲外へ誘き出そうとする。カミーユは突出して、グレアムに向かう。
「そうだね…伏兵のご主人様に攻撃を加えようとしてみようかな」
レティスは同調するようにカミーユに並んで走った。
その素振りだけで、トリニティはレティスを襲う。レティスの近くで、トリニティの潜行スキルが剥がれた。
とっさにカミーユが投げたのは牛乳。
トリニティはそれをナイフで引き裂いたが、中の液体を身体に浴びる。
「くだらぬことを!」
トリニティは再び姿を隠した。
だが、
「臭うな」
結唯の撃ち出したマーカーが姿を隠したトリニティに正確にヒットした。
白い液体は地に滴り落ち、足あとを残していたのだ。
「捕らえる!」
姿を現したトリニティに、來鬼の審判の鎖が絡まった。
「まさか至高のお人形がこれで終わりじゃないよね?」
「当然です」
トリニティは薄く笑った後、軽々と鎖を引きちぎった。
「束縛をレジストしたの?」
來鬼は奥歯を噛みしめた。
「私が闇討ちだけの木偶人形と思っている。それがあなた方の敗因です」
トリニティの目が赤く光った。
「ふふ、分かるか、ここからが本番だぞ? トリニティとは三位一体の意味だといったな。だが三体いてそれが一つのように動くから、というわけではない。トリニティは地上にただ一体だけだ。トリニティの意味は天界、魔界、人間界の三位すべてが一つであるという意味だ。つまり時空を超えたすべてのもの森羅万象を意味する。故にトリニティは『最強』の意味を持つ!」
グレアムはひとり語りをしているようだったが、語っている相手は後ろにいた。
ローニア レグルス(
jc1480)はグレアムの後にまで『幽隠』により単身で迫っていたのだ。
「最強の名を人形が持てるとは、最強という名も安くなったものだ。俺も奴と同じ人形だ。人は魂を以って強くなる。どんなに精巧にできていようと己の魂が無くば木偶人形に過ぎない」
ローニアはいまだに姿は隠しているが、声だけは聞こえる。
「お前はお前自身が魂のない伽藍堂と認めるわけだ、傑作だな」
「いい加減口を塞いでやる……死ね!」
聞くに堪えない言葉を耳にして、ローニアはほぼゼロ距離からのゴーストバレットを放つ。
だが魔杖は反応し、アウルの弾を弾き飛ばした。
魔杖はグレアムを守る衛星のように、悪魔の周りを浮遊している。
「この人間の魂を集めた杖はどうだ? これには確かに魂が宿っているなどという証拠はない。だが分かるだろう? この禍々しい力が! これを貴様はなんという? 呪いか?」
「駄作だ!」
姿を現したローニアはLimpide F5を吹き鳴らした。
フルート型の魔法武器から衝撃波が生まれた。
「なかなか面白い技だ」
だが魔杖は高速に回転、旋律をかき消し、主を襲う衝撃波を弾き返した。
「ローニア、一人では無理だ、挟み撃ちにしよう!」
ルティスが駆けつける。杖が挟撃に対応できないのは前回の戦闘で把握済みだ。
「また貴様らはまた勘違いをしているようだな? この魔杖が私の防御のためにあると思っている事自体が間違いだ。杖は盾ではない。それくらい分かるだろう?」
宙にうく魔杖に突然黒い影が絡みついた。
「御託はいい。さっさと滅ぼさせてくれるかしら?」
それは卜部 紫亞(
ja0256)のはなったLa main de haine<異界の呼び手>だった。
いくつもの闇の手により魔杖は動きを封じられる。
「手を出すつもりはなかったがいいだろう。私が直々に殺してやる!」
グレアムは椅子からようやく立ち上がった。
魔杖にかかった黒い影は数秒後には打ち砕かれた。
紫亞の魔力をはねのけるほどの魔杖の力。
「前回の駄作よりは多少はましということかしら?」
「では、その威力も味わうがいい! 地獄の業火に灼かれろ!」
魔杖は高速に回転する。その中に炎を作り、火炎は紫亞を包み込んだ。
炎は程なく消える。
「……髪が焦げてしまったではないの」
穏やかな口調だったが、紫亞の目には暗い光が宿っていた。
マジックシールドで軽減したとはいえ、紫亞にはダメージはある。
「やはり悪魔は滅するしかないかしら!」
「落ち着け卜部、前のような力押しでどうにかなるものではにないぞ!」
ローニアは卜部に冷静さを促した。
「そうかしら?」
やはり、悪魔に対しての執着が強い、ローニアは紫亞の危うさに顔を歪めた。
たった一人でも悪魔に立ち向かう魂を持っている。だが、敵は圧倒的な強者だ。
紫亞は魔道書を魔杖に向かって振り上げた。
ワンダーショック。魔力を物理攻撃に変換した攻撃である。
それに合わせるように、レティスがコメットを放つ。
「まるで気まぐれな黒猫だね! 俺は嫌いじゃないよ。紫亞さんの攻撃には俺のほうが合わせていこう」
「……誰が黒猫よ」
紫亞の魔導書が魔杖を叩くのと同時に、無数の彗星が辺りに降り注ぎ、グレアムの立つ玉座付近は破壊される。
砂埃の中、ローニアから放たれた不可視の弾丸がグレアムを貫いた。
「やはり視界が塞がれば役に立たないゴミ杖か!」
「よく私に一撃を与えた、ほめてやろう。だがこんなもので私は死なない。そして貴様らはやはり芸術を理解していない! 皆殺しにしてやる!」
魔杖が再び高速で回転する。
以前見た光景だった。
「今の技を倍で返すぞ!」
紫亞、ルティス、ローニアの頭上に彗星の雨が降り注いだ。
紫亞はマジックシールドでダメージを最小限に止め、ルティスはなんとか回避する。
だが、ローニアは全身を砕くほどの強烈な雨を食らった。
●
一方人形側の攻防では、撃退士たちはトリニティの動きに翻弄されていた。
姿を隠さなくてもトリニティは恐ろしく強い。
結唯は弾が当たらず焦っていた。
そこに、高速に詰め寄ってくるトリニティ。
「させないっ!」
美華が間に入って、トリニティを止める。
美華のシールドはトリニティのククリナイフを止め、押し返す。
一瞬の静止をみせたトリニティに、來鬼が攻撃を加える。
だが、トリニティはマッドチョッパーでの一撃を軽くさばいてから、大きくバックステップで離れた。
「イケメンなのに人形だなんて、残念だなあ」
來鬼はぐぬぬと悔しがる。
「人形好きなら手に入れたいんじゃないの?」
「専属の執事ならほしい!」
闇討ちの脅威はないものの、高速に長距離を詰めて攻撃するのは後衛にとっては恐怖だ。
そんな中、突然、カミーユはトリニティを無視するように、グレアム向かって走った。
トリニティはすぐさまそれに反応して、カミーユについて走る。
「やっぱり、ご主人様を守るようにできているようだね!」
カミーユは切り返して、トリニティに攻撃を加える。
大太刀の一閃はトリニティの胴体を綺麗に薙ぎ払った。
トリニティの腹部は大きく切り開いた。
直後に、アサニエルが審判の鎖を伸ばした。
青く光るアウラの鎖は、トリニティに絡まり、動きを止めた。
「こんなものね、あんたの芸術なんて!」
グレアムは戦いの中、捕らえられたトリニティの姿を視界に入れた。
「ハア……トリニティ、お前の力はその程度だったか……。もういい、トリニティ、お前はそこで死んでいろ!」
「承知いたしました、マスター」
トリニティはククリナイフを自らの首に押し当て、横に引いた。
首からは噴水のように黒い液体が噴き出る。
「人形が自らの命を断つだと?」
その場の誰もが目の前の光景に唖然とする。
「どこを見ている? 戦いを忘れたか?」
振りかかる炎の渦。魔杖がつくりだした高火力魔法だった。
それは津波のように押し寄せた。
炎の渦の中心となったのがトリニティだ。
近くにいたカミーユ、來鬼は炎の渦に巻き込まれた。
「ぐあがっ!」
大火力魔法にカミーユは大きく生命力を削られる。
アサニエルがすぐにヒールを飛ばし、傷は和らいだ。
「あっついなあ。もうっ!」
魔法耐性に高い來鬼のダメージは幾分マシだったが、二度と喰らいたいとは思わない。
炎の渦の中心にいたトリニティの服は燃え、皮膚も燃え尽き、黒く焦げた惨めな人形の素体が現れた。
水晶球の目だけがギラギラと光を放つが、魂を無くしたように動かなくなったのだった。
「自分で自分の作品を壊すとは、それが貴様の行き着いた芸術か?」
先ほどダメージを負ったが、ルティスのヒールにより持ち直したローニアはグレアムに問うた。
「死んでいなかったか、人形。私はトリニティを至高といったが、間違いだったようだ。反省しなければならないな。そして,君たちには詫びよう。凡庸な作品を見せてしまったことに!」
「貴様が好き好んで人の命を奪って作った悪魔人形を凡庸と呼ぶとは、つくづく見下げた悪魔だ」
「やはりそこなのだろうな。人間などから芸術を作ろうとした私が愚かだった。やり直しだ。ここで気づけてよかったのだ。さて、これから新たな作品作りだ! 材料は撃退士ではどうだ!?」
「貴様は俺を完全に怒らせた!」
「フフ、人形仲間を壊されたからか? それとも、やはり貴様は人間になりたいのか?」
「だまれぇ!」
ローニアの腹にある熱い塊、これは怒りに違いなかった。
「黒点(ノクタ)ッ!」
黒い玉が頭上に浮かび上がる。それは弾けるとまるで火の雨のようにグレアムに降り注いだ。だがそれも回転する魔杖によってすべてが弾かれる!
カミーユと來鬼が同時に動いた。二人は前回も連携をとっている。連携は容易に行えた。
來鬼の蒼天珠は、煌く星の加護によって光を放っている。
「風鶴!」
魔杖は反応し無数のアウルの刃をその身に受ける。
同時にカミーユの大太刀がグレアムを斬り裂いた
「ぐっ!」
グレアムは胸元を大きく切り破られ、声を漏らす。
やはり、同時に攻撃すればグレアムは無防備になる。
「だれでもいいから合わせな! ヴァルキリージャベリン!」
アサニエルの声に合わせたのは結唯。
――スターショット!
限りあるスキルをここで使った。
アウルの弾丸は杖に弾かれたが、光り輝くアウルの槍はグレアムを刺し貫いた。
「ぐあがぁ!」
槍はグレアムに突き刺さり、背中に大穴を空けた。
「大したものだその力……それだけの力でなぜくだらん撃退士などをしている? なぜ己の欲求にままに生きない? お前の力はすでにこちら側にあるというのに」
グレアムの問いかけにアサニエルは答える。
「へえ、そうだったのかい? でも私はこれでも自由気ままに行きているつもりだよ。私はあんたと違って人間が好きなんでね」
「道理で私の芸術が理解できないわけだ」
グレアムは致命傷を負ったように見えた。
背中から胸にかけてやりに貫かれ、ふらふらとよろめいている。
「お前の首は柱に吊るされるのがお似合いだわ!」
紫亞の影からさらに黒い影が湧き出るとそれは手の形となり、柱に縛り付けるようにグレアムをとらえた。
「無様だね、グレアム。お前の自慢する魔杖を再評価してみたらどうだい?」
柱に捕らえられたグレアムの姿に、カミーユは問いかけた。
「駄作だ! 駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作駄作ぅ!! 芸術は死んだ!」
怒りとともにグレアムは黒い闇の手を打ち払い、身体に刺さるアウルの槍も打ち消した。
圧倒的な魔力が身体からほとばしっている。まるで生命力を失っている様子はない。
「もういい! 魔杖よ、自ら灼熱の玉となってこの者たちを焼きつくせ! お前の魂を燃やし尽くして、敵を殺せ!」
魔杖が高速に回転を始めた。その回転は杖自らを溶かし、巨大な灼熱の玉となった。
まるで舞踏会場に太陽が浮かんでいるようだった。
それが隕石のようにゆっくりと落下を始める。
地に落ちた時には、その圧倒的な熱量に舞踏会場自体が融解しかねない。
「自分の芸術ごと俺たちを焼き尽くすつもりか? 最低の選択だ!」
カミーユは思考をめぐらし、次の手を考える。
だが、この圧倒的な力の前に何ができる?
「己の芸術すら使い捨てるか。下らん価値観で歪められた者共が憐れだな!」
ローニアはあきれた様子で首を振った。
「死ねぇ!」
「させない!」
美華のフローティングシールドは頭上に舞った
真ん中で灼熱の球を受けたが、ジリジリと落下を鈍らせるだけだ。
その質量は大きさ以上のものがあった。
百の魂を束ねた魔杖。その命の重さがまさに灼熱球の重さとなり、撃退士たちの上に落下する。
「こんのぉぉぉ! 押し返してやるぅ!」
美華はシールドを展開させる。アウラの光が巨大な防壁を形作る。
「美華、力を貸すね!」
來鬼は灼熱球に飛燕を放つ。
「コメットをぶつける!」とルティス。
「マジックスクリューで押し返すわ」と紫亞。
「無駄かもしれないけどね!」
ヴァルキリージャベリンを渾身の力で放つアサニエル。
「これだけ的が大きければ当たるさ」
スターショットを放つ結唯。
次々と命中するが、動きに鈍らせるだけで、完全に止めることはできなかった。
灼熱球は、光のシールドを押しつぶすにジリジリと落下する。
「燃え尽きろ!」
グレアムは勝利を確信し、叫んだ!
が
一発の不可視のアウルの弾丸がグレアムを襲った。
グレアムにとってなんのこともない一撃。
だが、灼熱の球は主を襲う攻撃に反応した。
炎の玉となった杖は落下軌道を即修正、グレアムに向かう。
それは魔杖の主を守ろうと言う本能か?
「違う、杖に囚われた魂達の怒りだ」
ローニアはつくづく自分が嫌になる。
この危機的状況でも一人冷静にグレアムの頭を狙えたことに、だ。
――やはり俺は感情のない人形か。
グレアムを狙う弾丸を弾き飛ばすためだけに向きを変えた魔杖の灼熱球は、弾丸を弾き飛ばすと同時にグレアムを包んだ。
「おいい、おいおいおいおいおいおい! なんだこれはぁ!? まさかこの私が灼かれているのか? なぜだ? なぜこうなった??」
グレアムは全身を灼熱に灼かれながら、誰に尋ねるともない質問を投げた。
「芸術は魂をもっているといったさね。多分それはあたりだよ。そして、それは魂の底からあんたを殺したかったんだ!」
アサニエルは死にゆく悪魔と最後の会話を交わす。
「散々弄んだ人間の魂でできた杖に灼かれる気分はどう? ねえ、どんな気持ち?」
來鬼は心底愉快そうにまるで悪魔そのものの笑みを浮かべる。
「ハハッ、私は自らの芸術で死ぬか、しかも人間の魂などに殺される? ハハハハ……ちきしょぉぉぉお! うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
炎に灼かれ、長い断末魔の後、グレアムは事切れた。
グレアムの亡骸は黒く焦げ、悪魔であったとは思わせないほどに無残な姿で、地に横たわる。
●
ガシャ……ガシャ……
静けさを取り戻した舞踏会場に奇妙な音が響いた。
音の先には、素体となったトリニティの歩く姿がある。
もはや人の形ではない悪魔人形は、たどたどしい足取りで、死んだ主のもとに足をすすめる。
まるで最後の力を振り絞って主の元に戻るようだ。
そして、主の死体に触れると、抱き寄せるようにその上半身は起こしたのだった。
悪魔人形はグレアムを胸に抱いたまま、動かなくなった。
「まるで主との最後を迎えて幸せな人形だね」
來鬼はその光景をみてポツリとつぶやいた。
「ちっ、ただのプログラムでしか無い人形ごときが、人間の忠誠心のような真似をするとはどういう了見だ!」
ローニアは自身の考えが否定されたようで、口から怒りがあふれた。
「本当にくだらない。やはり悪魔の首は柱に吊るすのがお似合いだわ」
紫亞はこんな場面は許せなかった。
「悪魔には悪魔にふさわしい死に様があるのよね」
「紫亞さん……」
ルティスが紫亞の両肩に触れる。
「この悪魔が何をやってきたかわかっている。その罪は許されるものではない。だけど君の心までこんな最低の悪魔にやつしてどうする?」
皆、レティスとおなじ視線で紫亞を見ているのに彼女は気づいた。
「……興が冷めたわね」
ため息をついてから紫亞は一人、早々に舞踏会場から出て行った。
復讐の炎は決して消えない。
――反吐が出る。早乙女が人の情にほだされたとしても、私は決して悪魔を殺すのをやめない。
「ここにある作品を燃やさないか? グレアムも、作品も、悪魔人形も、すべて燃やし尽くしたほうがいい。これから先、利用されないためにも」
カミーユの提案で屋敷は焼かれることになった。
「何とも憐れだね。こんな事でしか美しさを見出せないなんて……悲しい魂たちはこれで解き放たれたのかな?」
ルティスは燃える館から幾つもの魂が天に昇って行くのを見た気がした。
●
「いやー隕石みたいなのが落ちてきた時にはどうなるかと思ったわ!」
「美華が一人で隕石を押し返した時には度肝をぬかれたよね」
死闘をまるで笑い話のように語る美華と來鬼。
後日申し合わせて、早乙女の入院する病室に見舞いに訪れたのだ。
「わざわざ見舞いに来てくれてありがとう」
早乙女は礼を言った。
「ああ。だが全員来たわけじゃないよ。あんたの軟弱っぷりが気に食わないと言って来てない奴もいる」
アサニエルが意地悪く言うと、早乙女はハハハと笑った
「うちは大事な人が奪われたら、どうなるかわからないからね! 復讐の心を抑えられるなんてすごいよ、うん、すごい」
言葉とは裏腹に來鬼の表情はどこか冷めたものだった。
來鬼の言ったセリフは、美華には復讐をやめた早乙女を避難しているように聞こえたが、他の者はどう思っただろうか?
「仇を取ってくれたんだね」
「グレアムは死んだ。今後はくだらない芸術のために死ぬような者も出ないだろう」
カミーユが知る顛末はその後があった。
グレアムの死体は焼きつくされ、地上から消滅した。だが、焼いた屋敷から悪魔人形トリニティの焼け跡はみつからなかったという。それが何を意味しているのか、今はわからない。
「お前、足は大丈夫か? いつ治る?」
結唯は早乙女の傷の具合を尋ねた。
「一ヶ月くらいは動けないらしいよ。でも痛みはそれほどでもない」
早乙女は自分を撃った相手にも笑顔で答えた。
「……謝る気はないからな。お前の足、撃ち抜いた事。ああでもしなければ止まらなかっただろ、お前? この馬鹿者が……」
「いや、ありがとう。おかげで僕は生きれた。僕があの時死んでいたら、復讐の輪は綾子さんに繋げられてしまうところだったんだ。僕は、そんな男として最低のことをするところだった」
「まったく……二度と女を泣かすんじゃないぞ。泣かしたら今度は殺しにくるからな」
「わかったよ! その誓いは絶対に守る。でないと綾子さんが、君に復讐することになるからね!」
「結唯さんって意外と情に厚かったのですね!」
美華は結唯の意外な一面に感心した様子だ。
「べ、別にそんなわけじゃない。私は悪魔だ!」
「今回ツンデレが多かった気がするんだよね〜。もう一人のツンデレはどうしてるかな?」
來鬼はここにいない誰かに思いをはせた。
●
「ここまで来たなら入っていけばいいのに」
寝坊したせいで随分と遅れて到着したルティスは、病院の中に入らないでもたもたしている紫亞とローニアに声をかけた。
「べ、別に他の要件で来ただけだし。あの男の評価は復讐を放棄した時点で完全にマイナス以下まで低下。死に損ないに止めを指す意味もなく、視界に入れる価値もなし」
紫亞はルティスの顔を見て不快そうに言った。
「俺はただの散歩だ。俺も早乙女の信条にのって戦ったわけじゃない。俺はただ壊したかっただけだ。気に入らなかったのだ、あの人形師もグレアムも…人形共もな」
ローニアも相変わらずのポーカーフェイスで、そっぽを向いた。
二人の言い訳にルティスは苦笑する。
復讐の輪から外れた早乙女を羨んでいるのか? なんて質問でもしたら二人に殺されそうだ。
「君にも救いが現れるといいな」
ルティスが頭に手を乗せると、
「正直言ってあなたは馴れ馴れしいのよね」と即座に紫亞は手を振り払った。
やはり猫に似ているなとルティスはまた苦笑した。
「私にかかった呪いは早乙女ほどに軽いものではないわ!」
ルティスの態度が本当に不愉快と言った様子で、紫亞は病院から去った。
ルティスはその背中を見送って思う。
復讐よりも大事なことを見つけられるかだ。
それを探したいと心のなかで思っているからこそ、彼女はここまで来たのだと信じたかった。
呪われた少女の心を絆す存在が現れることをルティスは心のなかで望んだ。