山に自然にあいた空洞を利用した横穴は、ところどころ上方から光がさしていて、明かりがなくても薄暗い程度の場所だった。
撃退士たちが侵入し、しばらく進むと、男がうなだれた格好で岩に腰をおろしていた。
それが、人形師との遭遇だった。
髪の毛と蓄えた顎ひげはグレー。体ががっしりした壮年の男性と言った様子だ。
白いシャツの腕をまくり、黒いチョッキに黒いスラックスをはくという服装は、人形師の仕事着のようだ。
距離はまだ25mくらいは離れているが、男は撃退士に気づくと立ち上がった。
と同時に、男の周りから4体の人形が立ち上がったのも見えた。
4体の色の違う服を着た美しいアンティーク・ドール。
赤と青は双子のように50センチほどの同じ背格好だが、白はそれらより一回り大きく、黒はさらに120センチ程もある巨大なドールだった。
しかも黒は、身長ほどの巨大なハルバードにも似た斧を手にしていた。
さらには、赤、青、白はフワリと空中を浮遊しだした。
目の前の男はまちがいなく人形師だ。
開戦の合図のように銃声が鳴り響いた。
素早い人形より、なおも速く動いたのは谷崎結唯(
jb5786)だった。
射程ギリギリからの精密射撃は、悪魔人形・白の頭を吹き飛ばし、地に落とした。
「やはり、もろい……」
結唯は感想を口にした。
が、悪魔人形・白は、頭のない状態で立ち上がり、再びフワリと空中に浮いたのだった。
白は、人形師の前に立ちはだかると不気味な緑色のオーラを放ちだした。
「ただの雑魚ではないということか……」結唯はつぶやいた。
満月 美華(
jb6831)は、一瞬の攻撃を結唯の先制攻撃だと気づくとその速さに舌を巻いたが、気にしている場合ではなかった。
目の前に突然、悪魔人形・青が現れたのだ。
青はその移動能力の高さをまざまざと見せつけるように、一瞬で20メートル近くの距離を詰めた。
ターゲットが美華だったのは、たまたま最初に目に入っただけである。
とっさにフローティングシールドを展開。だが盾を影に、悪魔人形・青は姿を消した。
狡猾にも盾の後ろに隠れ、その死角から美華に両手に持つ二本の包丁を突き出した。
「そんな軽い攻撃っ!」
美華は全身を覆う甲冑の腕で受けた。包丁は甲冑に当たると甲冑に傷を入れるだけにとどまったが、さらに青はもう一本の包丁で、甲冑の関節部を的確に突き、肘を斬り裂いた。
美華の左肘に、痛みと共に、全身にしびれに似た重さを感じる。
「……毒!?」
青がニンマリと微笑んだような顔をした……気がした。
が、本当にそうだったかは、確認できなかった。
次の瞬間には、青の顔は粉砕されていたからだ
Camille(
jb3612)が、青を大太刀・朧でなぎ払っていた。
質量の軽い人形は勢い良く吹き飛ばされ、壁に激突。動かなくなった。
「強化型とはいえ、意外ともろいね」
カミーユの感想である。
「美華!」
猪川 來鬼(
ja7445)は傷ついた美華の側に詰め寄った。
「大丈夫、大丈夫!」
美華はにこやかな表情で言ったが、顔色が悪く、血も止まる様子がない。
その血の赤さが、來鬼の怒りのスイッチを容易に押した。
「よくも、よくもよくもよくも!」
來鬼は地を蹴ると、悪魔人形・赤の前に躍り出た。
悪魔人形・赤は、獲物をとらえたように微笑んだように見えた。
だが、それよりも禍々しく笑ったのは來鬼
光に包まれた刀・葛桜の横薙ぎの一閃は、赤の右手右足をすっぱりと切り落とした。
胴体を薙ぎ払えなかったのは、赤のとっさの回避によるものだった。
さらに、來鬼は追撃を続ける。
葛桜からアルニラムに持ちかえると、その見えない糸で赤の動きを封じた。
完全に身動きの取れない赤に、今度は再び葛桜に持ち替えての脳天から鮮やかな一閃。赤は真っ二つとなって地に落ちた。
來鬼の猛攻を目にして、美華は息をふうっと吐いた後、
「やられっぱなしってわけにはいかないよね!」
ゆっくりと、悪魔人形・黒の前に歩を進める。
が、瞬間にその姿は黒の視界から消えた!
それは消えたのではなく神速の一撃。
美華の抜刀・新月は黒が斧を持つ両腕を吹き飛ばした。
斧が地面に突き刺さる。
先ほどやられた技を、倍にしてやり返したようだった。
「美華!」
「大丈夫だっていったでしょ?」
來鬼を安心させるように微笑み美華。
だがやはり身体を何かが蝕んでいる。
黒はまだ動く。
斧がなければ己の牙で! とパッカリと口を開くとサメのように鋭い歯が並んでいた。
「仲良く灰になりな!」
そんなピンチをチャンスと見たアサニエル(
jb5431)は、ファイアーブレイクを放った。
横に並んだ悪魔人形白・黒は巨大な火球に巻き込まれ、その火力に陶器の身体はバキバキと音を立てて崩れた。
「傷は俺が塞ごう」
ルティス・バルト(
jb7567)のライトヒールで、美華の傷はふさがった。
來鬼はほっと安心した表情を浮かべたが、戦闘は続いている。
肝心の、人形師は背を向けて逃げだしていた。
「良い出来だな、お前の人形たちは。俺を改造した者達にも見習ってほしいものだ」
出口方向へと逃げる人形師は、突然何者かにかけられた声に、足を止めた。
「お前に力を与えた御主人もセンスがあるじゃあないか。まるで芸術家だ。 どのような者か知りたいところだな…」
ローニア レグルス(
jc1480)が闇の中から姿を表す。
逃げる人形師の前に回りこんでいたのだ。
人形師はローニアの姿を見て、微笑した。
「ほう、愚鈍な撃退士の中にも芸術がわかるものがいたとは。見れば、お前も人形のようであるな。フム、我が主が気に入りそうではあるな……我が主を知りたくば共に来い!」
人形師は重く低い声で話した。ローニアを見るその目は、美術商が骨董品を値踏みするような目立った。
「……反吐が出る!」
人形師の言葉に、一気に不愉快な思いに駆られたローニアは、ハンズオブグローリーを放つ。
肩を引き裂かれた人形師が怒気を強めた。
「この出来損ないの人形が!」
人形師の罵倒に、反論したのはルティスだった。
「こんな物しか作れないで何が芸術だ? こんなものを喜ぶお前の主人の顔を見てみたいものだね!」
「私の芸術品を、グレアム様が認めてくださった芸術品を侮る者は、その美しさに引き裂かれて死ぬがいい!」
人形師は怒りに叫んだ。同時に穏やかな印象すらあった人形師の肉体から強い闘気が溢れ、その肉体は一回り大きく見えるほどになった。顔つきも変貌し、まさに悪魔の形相へと変化した。
直後、業火球が人形師に直撃した。
「話し中悪いわね。隙だらけだったのだわ」
鉄火場に相応しくない弾んだ声で言ったのは、卜部 紫亞(
ja0256)だった。
火炎の中で、人形師はもがき苦しむ。
ようやく炎が消えると、人形師の目にはさらに怒りの炎がましていた
「日に油を注ぐというより、火にさらに炎を投げ込んでみた感じだわ。とっととぶち殺しましょう!」
人形師は反撃とばかりに、恐ろしいほどの瞬発力で、紫亞に向かおうとしたが、動線の上にはルティスがいた。
「まずは邪魔者を排除する」とばかりに、ルティスに重い拳の一撃を放った。ルティスは攻撃をかわしきれずに、腕で拳をガードした。
防御に成功しながらも、その衝撃は全身の骨に響くものであった。
ルティスはしのいだが、これを何度も受けるのは到底不可能だった。
「あんまり怒らせるのも考えものだね」
人形師は追撃せずに、数歩後退した。
そこで、何か言葉をつぶやくと、砕け倒れた人形から黒いオーラが放たれた。
オーラは、動かなくなった人形を包むと、人形たちはその形を取り戻して、再び立ち上がった。
だが、完全に修繕されたとは言い切れず、人形の皮膚は焼きただれたり、表面が剥ぎ落とされ、目の部分が飛び出していたりと、初めに見たものとは全く違うグロテスクな狂気の人形の姿をしていた。
「醜い人形の顔なんて、みたくないんだよねぇ」
カミーユは不快に顔を歪ませると、すぐさま起き上がったばかりの青に掌底を叩きこんだ。
悪魔人形・青は数メートルの距離を転がり、最初にいた位置まで飛ばされた。
結唯は、再び長距離から固定砲台のよう白を撃ちぬく。
元の形を取り戻した白のが、再びガラス玉のようにはじけ飛んだ。だが、先ほどのように白はまだ動きを止めなかった。
アサニエルが、満月にクリアランスをかける。
「ありがとう! よっし、ひと暴れするよ!」
ようやく身体を蝕む毒から開放された美華は、元気を取り戻したのを示すように腕を振り回した。
美華は、神速で復活した黒にせまる。
「くらえええええ!」
放たれる双銃クウァイイータスの弾丸は、立て続けに悪魔人形・黒の身体を貫いた。
來鬼も美華と動きを呼応させて、赤に殺到する。
一度倒した敵を、二度倒すのは容易だ。アルニラムの糸で赤の動きを縛り、直後に放つ風鶴は、その体を引き裂いた。
ローニアの弓銃は、的確に悪魔人形白の足を撃ちぬいたが、白は部位を欠損したところで空中を浮遊を続けた。
一度目よりも少し生命力が増しているようである。
部位を狙った足止めは効果ないと、レティスは審判の鎖で白を捕縛した。
「白を封じ込めれば、人形師に攻撃が通るはずだね!」
「それじゃ、お言葉に甘えて、まとめて消し炭にしようかしらね!」
人形師と悪魔人形四体が固まっている状況に、紫亞は一気に魔力を爆発させる。
巨大な火炎の渦は、四体の悪魔人形の陶器の身体を溶かし、砕いた!
悪魔人形は、地に落ちると再び動かなくなった。
人形師は、火炎の渦を振り払うようにもがいた。
「あらあら、消し炭にならないなんて、やっぱり雑魚とは違うのだわね」
紫亞は、炎に焼かれてなおも健在の人形師の姿を見て、笑みを浮かべた。
人形の姿がなくなった場で、撃退士たちはたたみかけるように猛攻を加える。
人形師は、再び逃げに転じた。
「私の手には足止めの技はない……逃すくらいなら仕留める!」
結唯の蒼く光る弾丸が人形師の背中を撃ちぬく。通常のディアボロならば決定打になりかねない一撃であったが、ヴァニタス・人形師は仕留めることはできない。
「やはり奴は別格か……」
結唯は狙撃ポイントを移動する。
「この程度の人形しか作れない奴じゃ、しょせんあたしらに太刀打ちできないってことだね。」
アサニエルは足止めを狙って、人形師を挑発したが、効果はなかった。
人形に対する挑発には乗らない? ならばと、趣向を変えてみる。
「こんなヴァニタスじゃ、主の程度の大したことないね」
今度は、足を止めた。どうやら主人への侮蔑だけはどうしても許せないらしい。
人形師は振り返ると、再び口に呪文のようなものを唱え始めた。人形再生の構えだ。
だが、人形師から黒いオーラはでずに、人形たちの再生もなされなかった。
「どうやら、魔力も限界みたいね!」
満を持して、アサニエルは審判の鎖を展開した。
人形師は憤怒の形相を浮かべたまま、光の鎖に絡め取られた。
●
「人形を沢山作って何がしたいの?作り方も気になるけどもさ?」
來鬼は捕らえられた人形師に質問を投げかけた。
「人間というくだらない存在を未来永劫の美しいままであり続ける芸術品としてやることに何が問題なのだ?開放するのであれば制作技術を伝授してやっても構わん」
「ほう、興味あるよ!」
「おいおい」
來鬼が意外とマジだったので、美華はチョップでつっこんでおく。
「何が芸術品だ。自慢の芸術品の真似をしてやろうか」
こんなやつに人形とされたものの思いなどわかるはずもない、とローニアは悪魔人形のような動きをしてみせて、人形師を笑った。
再び怒りを露わにする人形師。
「その芸術品とやらをグレアムという悪魔に贈っているんだね?」
戦闘の最中に聞いた名をルティスは確認した。
「小僧が、我が主の御名を軽々しく口に出すのではない!」
人形師の剣幕に、ルティスはお手上げといったように肩をすくめた。
ならば、温和にと、カミーユが質問をする。
「新作人形を作ったら、どうやって見せたりするの?連絡したり?」
「すべて失敗だ! もはや話すことなどない!」
人形師は、それ以上は黙った。
怒りは静まる様子はなく、まともに会話ができそうになかった。
「手足をへし折ってやればちょっとは話す気になるんじゃないかしら。これを使いましょう」
紫亞の手にあったのは、1mほどの馬車の車輪だった。
「車輪?」
「中世には、車輪に括りつけて、手足をへし折る拷問があったとか……こんなものどこにあったの?」
アサニエルの質問に答えるように紫亞が指さした通路に開いた部屋の中には、おどろおどろしい拷問器具の数々が見えた。
カミーユはがっかりしたように言う。
「拷問部屋……なるほど、隠された地下が権力者の脱出だけに使われていないだろうとは思っていたけど。高貴な方の趣味をとやかく言う趣味はないけれど、公にできない恋人との逢瀬の場みたいなロマンチックな場所かと期待していたのに……」
「さてさて、お人形遊びも飽きたでしょう? 今度はあなたがお人形になる番かしら」
紫亞は心底楽しそうに微笑んだ。
だが、怒りに燃える人形師から尋問で得られるところはなかった。
人形師は撃退庁に引き渡され、続いて尋問されることとなった。