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1階A班。
「どんな人形が出てくるか楽しみだね、結唯ちゃん」
猪川 來鬼(
ja7445)は一階にある最初の部屋の扉に手をかけた。
「そうだな」
谷崎結唯(
jb5786)は無愛想に答えた。
結唯は索敵を試しているのだが、全く反応はなかった。
魔力によって阻害されている、もしくは人形は認識されないのか。
「人形遊びでもするつもりか?」
結唯は來鬼に質問をした。
來鬼の両腕には人形・輝夜が抱かれていた。
「まあね。悪魔人形が着せ替え人形とかなら可愛いのになぁ」
來鬼は人形との遭遇を楽しみにしている様子に見えた。
扉を開け放つと、陽が淡く入る部屋が現れる。
机、椅子に、ベッドまであり、客間として使用されていた様相だ。
「な〜んだ、人形なんてどこにもいないじゃない?」
情報との食い違いに不平を言ってから、來鬼は部屋に足を踏み入れた。
と、その刹那。
潜んでいた人形が牙を剥いた。
人形は來鬼の斜め後ろの死角から、手に持つカッターナイフで正確に首筋を狙っていた。
「来ると思った」
弾むような声で言った後、來鬼の体が光を放った。
『星の輝き』
目がくらむような強い光だったが、人形は怯む様子もなく向かってくる。
首筋を狙った不意打ちは、髪の毛を数本断ち切った。
ガァン!
館内に響くほどの銃声。そして乾いた排莢の音。
來鬼の首筋を狩り取る寸でのところで、結唯の放った銃弾が人形の頭を粉砕していたのだ。
脆いな、と結唯はつぶやいた。
「ありがとう、結唯ちゃん、どうやら人形は目が見えてないみたいだね」
結唯は來鬼が冷静なのに驚いた。
誰もが足をすくめるようなホラー映画さながらの場面で、臆することなく進む姿は頼もしくあった。
二人だけで進むのは心もとなかったが、問題はなさそうだ。
――來鬼の背中は私が守り、私の背中は私が守ればいいだけだ。
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二階の捜索が厨房から始まったのは、満月 美華(
jb6831)の提案によるものだった。
「工房って意外と厨房の中にあるんじゃないかしら。夜食を食べるには近くていいし、人形師は今も厨房で何か食べているのかもしれないわよ?」
「なんで人形師が食いしん坊っていう設定になってるのよ」
アサニエル(
jb5431)はツッコミをいれる。
さっそく厨房の扉を、美華は思い切り蹴破った。
「強引が過ぎない?」
唖然とするアサニエル。
「まどろっこしいまねをしてる場合じゃないからね!」
美華は愉快そうに言った。
そのまま薄暗い部屋に一歩足を踏み入れると、それが合図のようにどこからともなく姿を現す人形たち。
その数はニ体。厨房のコンロの上から姿を消したかと思うほどのスピードで美華に空中からの強襲を仕掛けた。
瞬時に、美華の背中のクレイモアが瞬時に抜き放たれ、一薙でニ体は粉々に砕けた。
まるで竜巻のような一振り。切り裂くというよりは粉砕。
直後、扉の上に隠れていた一体が、美華の死角から狙った。
美華の反応を待たずに、気配を隠していたローニア レグルス(
jc1480)が弓銃で狙撃。
人形は頭を飛ばされ、地面に転がった。
「正面から来たところで問題はないけど、死角から致命傷を狙ってくるのがやっかいね」
アサニエルは冷静に分析する。
先ほどの頭上からの攻撃は、美華を守る鎧の隙間を確実に狙っていた。
厨房の内部の探索を開始する。
「どこかに隠しスイッチでもあるんじゃない?」
美華は隠し部屋の存在を指摘した。
アサニエルの持ってきたヘッドライトのおかげで、部屋の隅まで確認でき、効率良く探索ができた。
「棚が多いからもしかしたら中に隠し通路があったりして」
アサニエルが棚を上げた瞬間、暗闇に光る瞳と目があった。
直後に、人形の手に握られたナイフがアサニエルの肩を裂いて、横を駆け抜けていった。
「くっ!」
アサニエルは審判の鎖をすぐさま放ち、飛び出した人形を捕縛する。
光の鎖に締め付けられると、人形は粉々に砕けた。
「まだいる!」
見渡すと収納の扉が次々と開き、人形が三体姿を現した。
「この部屋自体がトラップか!」
二体が同時にローニアに襲いかかった。
腕に抱えるように持つ出刃包丁はローニアを切り裂こうとしたが、そこにあったのは切り裂けない闇だった。人形はローニアの纏う黒い霧に行き場を見失った。
「ままごとに付き合っている時間はない。玩具は箱にはいって大人しくしているがいい」
人形たちは開かれた棚の中に誘導され、そのまま閉じ込められた。
残った一体に対して、美華は神速で迫った。
「とった!」
うかつにも動きを止めていた人形は回避に移ったが、すでに遅く、表情のないガラスの瞳に2つの銃口を写していた。
人形の頭が破裂するように吹き飛んだ。
戦闘後、厨房の捜索を続けたが工房の発見はできなかった。
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ルティス・バルト(
jb7567)の「敵の殲滅よりも、救出を優先すべきだ」
という意見から三階の捜索は、戦闘は最小限に留める形でおこなわれていた。
「音に、床の埃、足あと、他になにか引っかかるものがあれば注意しましょう」
「あとは人を運ぶなら入口の大きい部屋、ストレッチャーや台車で運ぶなら床に車輪の跡とか無いかな」
卜部 紫亞(
ja0256)とカミーユCamille(
jb3612)のそれぞれ考えを取り入れ、捜索場所は絞られた。
最近使用された痕跡のある部屋を部屋の前にある埃などで判断し、部屋に侵入した。
部屋に入ってからの戦闘もできるだけ避ける。
部屋の様子から工房でないと判断すると即離脱した。扉を閉めるとそれ以上の人形の追撃はなかった。
「部屋の外は比較的安全か」とルティスがつぶやくと、
『ゴロジデヤル、ゴロジデヤル』
不意に後ろから声がしたのでとっさに振り返った。
悪魔人形を捕縛した紫亞の姿があった。人形は紫亞のスキル、『La main de haine』の白い腕に手足を捕らえられ、呪いの言葉を履いていた。
「さて、人形はどんな記憶を隠しているのかしら?」
紫亞は少し楽しげな表情で人形の記憶を探るシンパシーを発動した。
人形の記憶に、人形師の姿はあるのか? 工房の場所は?
が、見えるのは先ほどの薄暗い部屋の映像のみだった。
「自分の部屋のこと以外は何も知らないようなのだわ」
「どうやら人形はそれぞれ決められた場所でしか活動していないようだね」
ルティスは人形の役割を推測した。
「じゃあこの子は用無しね」
紫亞は人形を無慈悲に砕き潰した。
怪しい部屋だけ探っていくのを繰り返すと、程なくして最奥である書庫の前に辿り着いた。
カミーユは探索を提案した。
「この先は書庫のはずだけど、間口も広く、使用形跡もあるね。工房として利用されている可能性はあるかも」
他の階からの発見の連絡もないので、3人は潜入を試みる。
扉を開くと、目の前には天井に触れるほどの高さの本棚が立ち並んでいた。
小さな図書館ほどの規模があるだろうか。
感心している場合ではない。早速棚の上に四体の人形が現れたのだ。
人形が攻撃に移る前に、紫亞が視界に入った人形に向かって手を伸ばした。
紫亞の周りから無数の白い手が伸び、人形を両足、頭を暴力的に掴み、完全に動きを封じた。
それ以外の三体の人形は、突出したルティスに同時に襲いかかった。
しかし、ルティスの周りにはられた厚い光の壁は、非力な人形たちを吹き飛ばした。
ルティスが目で合図をおくると、カミーユは頷いた。
奇襲に失敗した人形を狩ることはカミーユにとって容易だった。
十文字斬りの一太刀目は人形の頭を砕き、ニ太刀目で胴体を粉砕した。
残りはまだ二体。
しかし、本棚の上に新たに一体の人形が現れ、紫亞に向かって本棚を押し倒した。
紫亞はすぐさま回避したが、不用意に人形に背中を見せていた。
その背中に向かって人形が出刃包丁を突き落とす。
「私の背中を狙うとは、いい度胸なのだわ」
紫亞の体を包む障壁に阻まれ、人形の持つ包丁は紫亞の背中に届いていなかった。
続いて、紫亞が突き示した指から黒い雷光が空気を引き裂き、轟音を上げた。
――L’Eclair noir
人形の体は粉々に焼き砕かれていた。
残った人形をカミーユが十文字斬りで粉砕、続いて最後の一体をルティスがヴァルキリーナイフで砕いた。
「ディアボロの警備が厚いということは、この部屋はあやしいよね」
カミーユは敵の一掃された書庫内を見渡した。
紫亞は書庫で捕らえた人形の記憶を探ろうとする。
「さてさて、ここの人形は何を見ているのかしら?」
シンパシーを発動すると、人形の記憶が映像となって見えた。
――執事風の格好をした男に連れてこられる虚ろな少女の姿。
――男は本棚の奥へ消えた。
「ビンゴね」
幸運にも隠し部屋の場所も明らかになった。
「工房とすると、さらに敵の数が多いかもしれない。仲間を集めたほうが良さそうだね」
カミーユは携帯電話を取り出した。
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1階、浴場。
人形たちとは最も縁がないと思われていた場所は、最も危険な場所だった。
浴場には大量の人形たちが廃棄されていたのだった。
広い浴槽をゴミ箱に見立てているように、バラバラで無残な姿で捨てられた人形たちは百体に近いほどの数だった。
これがすべて襲いかかってくるならば、無事でいられるわけはない。
來鬼と結唯はすぐに引き返そうとしたが、すでに三体の人形に囲まれていた。
すぐさま來鬼は星の鎖で人形一体を拘束。
結唯の銃弾が別の人形を貫き、破壊。
だが、その一体の穴を埋めるように、新たに一体の人形が浴槽から立ち上がる。
「やるしかないよね?」
來鬼の言葉に結唯は頷かなかった。
確認するまでもなく、やるしかないのだ。
逃走のために背中を向けることは死を意味する。
だが、絶体絶命という意識は二人にはない。
「壊すよ!」
「……滅ぼす」
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工房での戦いを前に、二階にいたB班が合流した。
一階A班と連絡がつかないのが気にかかったが、まずは人質解放を優先させる。
本棚を横にずらすと無骨な鉄の扉が現れた。
扉の奥には工房があるという確信が誰の頭にも浮かんだ。
早速、扉の前に美華が立つ。
「まさか、また蹴破る気?」
アサニエルの言葉に、美華は朗らかに笑った。
「あたりまえよー!」
鉄の扉を吹き飛ばすほどのキック。鍵がかかっていたのかもしれないが、物ともせずに、扉は開いた。
部屋の中には窓がなかったが、部屋の至る所に蝋燭が立てられており、薄暗くも視界ははっきりしていた。
人形作りのためと思われる道具が無造作に置かれていて、中は雑然としていた。
部屋の壁には人形を飾る棚が配置され、棚には数十体にもなるであろう人形が置かれていた。
人形の中には頭部のないもの、バラバラになっているものなど不気味な様相をしているものもある。
先頭で部屋に入った美華は、棚に並んだ人形たちと一斉に目があい、顔面蒼白となった。
唐突に、人形たちがゲラゲラと笑い出したのだ。
部屋の最奥には、さらわれた少女の姿があった。佐嶋蒔絵はアンティーク椅子に座って、小さくうめき声をあげていた。
誰もが動けない中で、最も早く動きだしたのがカミーユだった。
人形たちが動き出すよりも早く、人質の両隣で守る人形を十文字に切り裂いた。
一の太刀、二の太刀で二体の人形を仕留める。
すぐさま人形が反撃に出る。
二体の人形に挟まれるように攻撃を受けるカミーユ。素早く身を翻し、攻撃をかわす。
が、その人形は陽動に過ぎなかった。三体目がカミーユの背中から不意をついた。
目の前の雑多に置かれた器具に気を取られたカミーユは、コック姿の人形の長く細い包丁で背中を刺し貫かれた。
「ぐあっ!」
床に倒れこむカミーユ。
すぐさまアサニエルがヒールを飛ばした。
カミーユは体勢を立て直し、安全圏まで逃げる。
ローニアが一直線に人質に向かって飛び出した。
散らばった邪魔な道具を跳ね飛ばし少女のもとに殺到する。
彼自身見覚えのある道具の数々だった。それは彼を人形と呼ばれる体に変えた道具に酷似していた。
ローニアは実験を名目とした改造手術により、四肢を人工物に変えられている。
だが、無数にある悪魔人形たちとは圧倒的な違いがあった。
自身を刃に変えたその姿は、玩具ではなく、兵器そのものだった。
ローニアは目の前にでた人形を真っ二つに切り裂き、片手で椅子に座る蒔絵を抱きかかえ離脱する。
出口に向かうローニアを標的とする人形の姿が二体。
二体ともに、ローニアに致命傷を与える一撃を狙っていた。
――La main de haine
無数の白い腕が二体の人形を捕らえる。
「狙い所が見え見えなのだわ」
人形は必ずウィークポイントを狙う。戦闘を通して、攻撃の予測は簡単にできるようになっていた。
難を逃れたローニアは、部屋の外に駆け抜けた。
ルティスは少女から苦しみの表情が消えているのを確認してから、迫り来る人形に審判の鎖を放った。
光の鎖は人形二体をまとめて捕縛した。
「とどめ!」
満月が神速で舞った。
薄暗い部屋の中に無数の花火が燦めくと、動いている人形はすべて撃ち砕かれていた。
ルティスは少女にマインドケアをかけると彼女はゆっくりと目を開いた。
ルティスの微笑んだ表情を見ると恥ずかしそうに顔を染めた。
「もう大丈夫」
カミーユが蒔絵に言葉をかけ、やさしく髪をなでた。
カミーユはルティスからヒールを受け、感謝した。
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來鬼、結唯が五匹ずつ倒したところで、人形たちは、突然糸の切れた操り人形のように地上に倒れた。
「何が起こったの?」
來鬼は呆然と動かない人形たちを見渡した。
しばらくするとスマホが鳴った、メールが届いている。
『人質解放成功!』
「人質を解放したから人形が止まった?」
「いや、解放をする前にここの人形はすべて停止していた。人形師が操れる人形の数は決まっていると考えるべきだろう。ここの人形がまとめて襲ってこなかったのもそのせいじゃないのか?」
「工房で多くの人形を動かしているからこの場所の人形たちは動かなくなったわけね! それじゃあ、ここの人形全部壊そう。もう、二度と起き上がってこれないように!」
工房での戦闘を終えた面々が、浴場にやってきた。
「二人だけでこれだけ壊したの?」
百体近い人形たちがバラバラにされている状況をみて、驚きの声が上げる。
「まあね」
來鬼の言った嘘に結唯は同調しなかったが、否定もしなかった。
「人形師の行方は?」
「浴槽の底」
結唯が指で示した先、人形が取り除かれた浴槽の下に脱出口が発見されたのだった。
「この扉は開かないわね」
美華は不満そうに言った。
重機でもない限り持ち上がりそうにない巨大な蓋。さらに魔力による何重ものロックがかかっている。
脱出口をこじ開けるには時間が掛かりそうだ。