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彼を追って、ゲームセンターにやってきた。
「いいですか、尾行がバレないようにおとなしくしていてくださいね」
六道 鈴音(
ja4192)はほのりと友達に念を押した。
Rehni Nam(
ja5283)も同様の認識のようで、彼女の召喚獣ケセランがほのりに睨みをきかせた。
もっとも、景品のぬいぐるみのようなケセランが睨んでも、ほのりたちはまったく気にする様子はなかったが。
彼氏がUFOキャッチャーを始めた。
「すごく熱心ですね!彼氏さんはUFOキャッチャーが好きなんですかね。それともよっぽどほしいものなんでしょうか?」
鈴音が、ふと彼氏のとなりの台を見ると、レフニーが熱心にUFOキャッチャーと格闘していた。
「レフニーさん!何やってるんですか!?」
「べ、別にあの亀のぬいぐるみなんてほしくないですけど、カムフラージュしているんです!」
レフニーの目が本気なので、鈴音はそっとしておくことにした。
「あの〜すみません私UFOキャッチャーやったことがないんです。教えてもらえませんか?」
鈴音は彼氏に笑顔で近づいていった。
彼氏は恥ずかしくなったのか、無言のまま、UFOキャッチャーを続ける。
「あれ、顔が赤いですよ?熱でもあるんじゃありませんか?」
鈴音は彼氏の額に手を当てる。スキル「シンパシー」を使用して彼氏を探る意図があった。
ドッ!
鈴音の顔を何かがかすめてから、すぐそばでそんな音が聞こえた。
「え?」
音のした方には、UFOキャッチャーのガラスに出刃包丁が突き刺さっていた。
「ほのりさんの命令により、あなたを排除します」
ほのりの友達が肉切り包丁を腰に構え、突進してくる!
「ちょっ!」
鈴音は、ほのりの友達の肉切り包丁での一撃を間一髪でかわした。
彼氏はただならぬ状況にプレイ中のUFOキャッチャーを投げ出し、逃げていった。
「死んでください!」
再び突進する体勢をとったほのりの友達だったが、次の動作には移らなかった。
レフニーが忍法「紙芝居」を発動し、彼女の動きを封じ込めたのだった。
「彼氏を逆ナンする行動はやめていただきたいわね!」
ほのりは冷たい視線で鈴音に抗議した。
「私そんなつもりはなかったんですよぉ!」
鈴音が助けを求めるようにレフニーをみたが、彼女とその相棒ケセランも首を振るのだった。
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「カフェに入ったよ。彼は誰かと待ち合わせでもしているのかな?」
Robin redbreast(
jb2203)は状況を電話でほのりに報告した。
「おいしそうなケーキがならんでいます!楽しみですね!」
小鹿あけび(
jc1037)はショーケースを見て興奮した様子だ。
『ケーキを食べに来たわけじゃないのよ?』
携帯電話の向こうからほのりがツッコミを入れた。
「あけびと友達同士でケーキを選んでる風にして接近して、話しかけてもいいかな?」
先ほどの暴走のこともあり、ロビンは依頼主に慎重に確認した。
『いいわ。彼には同年代の女子との会話を禁止しているから、もし会話するようであれば……彼を殺して!』
「了解だよ」
「ええっ!」
ほのりの無茶な要求に即答するロビンに、あけびは大声を上げた。
「大丈夫、話しかけても答えなければ殺さないから」
ロビンがニッコリ微笑んだのを見て、あけびは彼女が本気なのを確信した。
「おいしそう。たくさんあって、どれにしようか迷うね」
ロビンがケーキを選ぶ彼氏に声をかけた。
「おにいさんは、ここによく来るの?おすすめのケーキはどれかな」
彼氏と目があって、ロビンはニッコリと微笑んだ。
彼氏は無言でショートケーキを指さした。
「そのケーキは一人で食べるの?誰かに買っていってあげるのかな」
彼氏は何も答えない。ロビンを見つめたまま硬直した様子だ。
『彼の様子はどうかしら?』
「ええっと、会話してくれません。なんていうかロビンさんのただならぬ殺気を感じて、むしろ警戒している様子です」
あけびは電話の向こう側のほのりに答えた。
『よかった。彼は言いつけを守ってくれているようね』
「はい、死人がでなくて本当に良かったです。あの、あたしも彼氏さんに絡んでみたいんですが、いいでしょうか?」
『彼に禁じているのは同世代の女子との会話だけだから。小学生のあけびさんなら構わないわ!』
「しょっ、小学生……あたし16歳ですけど……」
あけびは小さな声で抗議した。
「ちっちゃくって良かったね」
ロビンは悪意のない笑顔で言ったが、あけびはちょっと凹んだ。
「あの、すみません、そのケーキ、譲ってもらえませんか? 母の誕生日で、そのケーキを買ってあげたくて…」
彼氏がワンホールのショートケーキを選ぼうとしたとき、あけびはそれを止めた。
「……誕生日か……」
彼氏はひどく悩ましげな表情でつぶやいた。
「あっ、そういえば母は駅前のケーキ屋さんのケーキが好きでした!そっちで買いますね!」
彼氏の表情を見て、あけびはすぐさま引き下がり、ロビンとともに彼氏より先に店を出た。
『なにか会話してわかったかしら?』
「いえ、会話はできませんでした。でも彼氏さんは、誰か大切な人のためにケーキを買ったんじゃないでしょうか?」
『大事な人……私以外にそんな人が?』
ロビンとあけびは店から出た彼氏を再び追った。
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ファーフナー(
jb7826は飛行スキルを使い、ショッピングセンターへ先回りした。
向坂 玲治(
ja6214)は道中の様子を伺いつつ、慎重に後をつけ、ショッピングセンターに到着する。
「花屋の店員に、彼が何の目的で誰に贈るのか、世間話がてら聞き出してほしいと伝えている」
ファーフナーは先回りして準備した状況を報告した。
「店員さんは若い女性のようだな。うまくやってくれるといいんだが」
玲治は物陰から様子を窺いつつ、鋭敏聴覚で店員との会話を聞く。
『ファーフナーさんちょっとお願いが』
ほのりから連絡が入った。
「なんだ?手短に頼む」
ファーフナーも蜃気楼で姿を消し、近くで話に聞き耳をたてる体勢に入っていた。
『もし彼氏が花屋の娘と会話したら殺して!』
「人混みに紛れて暗殺するのは容易だが、少し騒ぎになるかもしれん。いいか?」
「いいわけないだろ!」
玲治が思い切りツッコミを入れる。
「冗談だ」
「この人が言うと冗談に聞こえないんだよなあ……」
彼氏は花屋と接触した。
「会話はしていないようだな。唇も動いていない」
『ならばセーフね。殺さなくていいわ』
「彼は花束を買ったようだ。花の種類は詳しくないが、きれいな白い花だ」
『さすが私の彼氏ね。私が好きな色よ。その花を誰に渡すのかわからないかしら』
ファーフナーの報告にほのりは満足気だ。
「花屋さんが当てにならなかった以上、直接聞くしかないな!」
玲治は偶然を装って彼氏に接触を試みる。
前が見えないほどのダンボールを抱え、彼氏とぶつかる作戦だ。
ファーフナーが携帯で誘導して、うまく彼氏とぶつかる事ができた。
「わりぃ! 大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
彼氏は身を挺して花束をかばったようだ
「ほんとにすまないな! その花束大事なものなんだろ? 誰かへのプレゼントか?」
「ああ、大事な人への贈り物だ」
彼氏は男の玲治に対しては気さくに言葉を返すようだ。
「大事な人?彼女か?」
彼氏は言葉を返さず、口の端に少し笑みを浮かべただけだった。
彼氏は花を持って何処へ向かうか。確信を得ないまま二人は尾行を続けた。
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「あー俺、俺!俺だよ、俺!ラファルちゃんだ!」
彼氏の寮に潜入したラファル A ユーティライネン(
jb4620)はほのりに連絡を入れた。
『首尾はいかがですの?その寮は女人禁制のはずだけど』
電話の向こうからほのりの声が聞こえる。
「もちろん俺式光学迷彩で誰にも見つからずに部屋の前まで来たぜ!さてと、ほのりちゃんが鍵をもっていなかったから、俺の解錠スキル(物理)で潜入するぜ!」
『それって犯罪なんじゃ?』
「大丈夫だ!問題ない!」
ラファルはおもいっきりドアを蹴破った!
「なんだこれ」
四畳半の広さの部屋に、二段ベッドが二台だけがあって、他の家具は一切なかった。
清潔さは保たれているようだがただ寝るためだけの部屋。寒々しい印象しか受けない。
「まるで刑務所だな。二段ベッドが二台ってことはこの部屋に四人で住んでいるってことだ。つまり彼氏は四人存在して、ここで暮らしている?」
『じゃあ四人は分身したわけでも、私達が見間違えたわけでもない。元々四人いたってことかしら』
「彼氏の正体を知る手がかりは何もありそうに無いな。逆になにもないのが手がかりなのかもしれないが」
『どういうことです?』
「こんな何もないところで生きられるのは人間じゃないってことさ。つまり、彼氏は……天魔だったんだよ!」
『な、なんですってー!?』
「部屋はそいつの中身を表すものだ。とすると、俺はこんな空っぽな人間を見たことないね!」
『そんなことあるはずない……』
電話は唐突に切られた。ほのりは動揺しているようだ。
「そういえばあそこの捜索はしてなかったな。一応礼儀として改めておくか」
ラファルが探したのはベッドの下だった。
男が薄い本的な何かを隠す場所は決まっている。この空っぽな男にもそんな趣味があればの話だが。
「……こ、これは!」
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フェイン・ティアラ(
jb3994)は陰陽の翼で飛行して、ヒリュウ朱桜とともに尾行をした。
「尾行だいさくせーん!朱桜いいー?あの人をこっそりつけるかくれんぼだよー」
フェインと朱桜は探偵ごっこを楽しむように彼氏を追跡する。
とはいえ、尾行は完璧で彼に悟られる様子もなく、目的地の動物園に辿り着いた。
フェインはライオンを見に来たフリをして、彼氏に近づく。
「ライオンだー!すごーい、格好いいー!おにーさんもライオン見に来たのー?格好いいよねー!」
彼氏はフェインを一瞥したあと、またライオンに視線を戻した。
「そうだな、カッコイイ。オレはライオンを尊敬している。気高く、孤高で、強い。オレは戦いの前に必ずここに来て、ライオンと対話する。オレはこいつとよく似た相手と向かい合わなければならない」
「ライオンみたいな相手?」
彼氏は頷いてから何も言わなかった。
朱桜が彼氏に甘えるように擦り寄った。
彼氏は穏やかな表情で朱桜をなでる。
「おにーさんはライオンだけ?この後も何か見るのー?」
「オレは、今から死地に赴く」
彼氏はフェインに軽く手を振って、動物園の出口に向かった。
フェインは状況をほのりに報告する。
『何かわかりましたの?』
「強い相手と向かい合うって言ってたよー。戦いの前に、ライオンをみてテンションをあげてたのかなー?」
『戦い?撃退士の仕事でもはいっていたかしら?』
「おねーちゃんの彼氏ってやさしい人なんだろうなー。朱桜がなついていたよー」
『そうね、底がみえないほどにやさしいわ』
「朱桜が甘咬みして、頭から出血してたけど怒ってなかったしねー!」
『それって甘咬みなのかしら?』
「まだ移動するみたいだし、追跡を続けるねー!」
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四人の彼氏は、最終的に全員が人気のないの港の倉庫に集結した。
撃退士たちも全員が集合し、倉庫の外から四人の彼氏の様子を伺った。
「四人で集まって何をするつもりかしら?」
ほのりは心配そうな表情を見せる。
「やっぱり戦うんじゃないかなー?」
フェインが答える。
彼氏四人は向かい合い、今にもバトルロイヤルが始まりそうだ。
「ケーキと花束……なににつかうんでしょうか?」
鈴音が疑問を口にする。
「そーいえばほのりさんに確認したいのですが、近々、お二人の何か記念日とか、ないのです?」
レフニーは少し前から気になっていたことを尋ねた。
「記念日? そういえば……今日は私の誕生日だったわね?」
「たしかそうでしたね」
ほのりと友達が顔を見合わせる。
「え?」
「クックック……今すべてのつじつまが合った!行くぞみんな!」
ラファルは突然に彼氏の前に飛び出していった
わけがわからないまま他のメンツも彼氏の前に姿を表す形になる。
「お前らやめるんだ!兄弟で争ってなにになるっていうんだ?」
「兄弟!?ラファルさん、どういうことですの?」
ラファルの意外な言葉をほのりは確認する。
「こいつらは四つ子だったんだよ!」
「「「「な、なんだってーー!?」」」」
「このラファル様を出し抜こうなんて100万年早いってもんさ。こいつらのベッドの下にあったアルバム、これが証拠だ!」
アルバムを開くとそこには四人同じ顔の子供が並んで写っている写真があった。
「お前、ついさっきまで彼氏が天魔説を声高に主張してたよな?」
玲治がつっこむが、ラファルは気にしない。
「ほのり嬢は四つ子と知らずに付き合っていたというわけだな」
ファーフナーも事実に気づいていた様子だった。
「四人は浮気とかじゃなくて、別々に誕生日のサプライズを準備してんだ!んで、誰が代表してプレゼントを渡すかでもめていたんだよ!」
ラファルは得意な表情で推理を展開した。
「すまない」
「だが俺達はみな」
「ほのりのことが好きだ」
「愛している」
四人の彼氏たちは話し始める。
「しかし俺達は、誰か一人選ばれなければならない」
「そうしなければ必ず破綻する」
「今日のほのりの誕生日に」
「誰か一人だけ選ばれなければならなかった」
四人とも同じ深刻な表情を浮かべていた。
「選んでくれ」
「誰か一人を」
「この中から」
「頼む」
「……そんなの、無理に決まってるじゃない!私はあなたが好き。私のためだけに尽くしてくれるあなたたちが全員大好きなの!」
ほのりは叫ぶように言った。
「「「「ほのり!」」」」
四人の彼氏は、ほのりを抱きしめた。
「えーっと、ほのりさんは四人とも選んだってことでしょうか?」
鈴音は引きつった笑みで確認する。
「うん、ハーレムだねー」
フェインが無邪気に笑う。
「ちょっとうらやま……いえ、よかったですね!」
レフニーは二人を祝福する。
「それでは誕生日パーティーをしませんか!?先ほどのカフェなんかいかがでしょうか!」
「あけびはケーキ食べれなかったことを根に持っていたんだね」
あけびの提案にロビンはつっこんだ。
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カフェはほぼ貸し切りのような状況で、ほのりの誕生日を祝った。
「大団円って感じだな。でも一つだけ疑問があるんだよな。なぜ今までうまくやっていた四人の彼氏が急に争う事になったのか?誰かが仕組んだんじゃないかってな」
玲治は、頭にあった疑問をほのりの友達にぶつけた。
「ゲームでハーレムエンディングってあるじゃないですか。私あれが大っ嫌いなんですよね。あれって本当にハッピーエンドなんでしょうか?」
「ふうん、ならぶち壊すか?」
「いいえ。今はやめておきます。今はほのりさんの幸せそうな顔を見れて満足です」
ほのりの友達は口の端っこに笑みを浮かべているようだった。