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「あっ、めいちゃんだー!また遊びにきたんだねー! わーい!」
世話好きなおばちゃんに案内されて集会所にやって来た芽衣(jz0150)が、恥ずかしそうに入り口から顔を覗かせると、中から嬉しそうな声が聞こえた。
淡い青色の髪がふんわりと揺れ、透き通った淡い青い瞳が芽衣を見つめる。
「あ、ひむろおねえちゃん!」
ぱああっと芽衣の顔がほころんで、ぴょんと蓮華 ひむろ(
ja5412)の目の前で出飛び跳ねた。
「お久しぶりです芽衣さん。御堂 玲獅です。今日はよろしくお願いします」
芽衣の目の高さに合わせ、床に膝をついた御堂・玲獅(
ja0388)が優しい笑顔を見せる。
「れいおねえちゃんだー!」
ひむろも玲獅も商店街のイベントで芽衣と仲良くなった。
芽衣もそれを覚えていて、頬を赤く染め、二人に代わる代わる抱きついて喜んでいる。
「あら、知ってる人がいたのかしら? それなら良かったわ。材料は全部使ってもらっていいから」
知り合いがいたと分ったおばちゃんは、よろしくと言い残してさっさとフリーマーケットの片付けに戻っていった。
ケーキ作りの講習会は終わったばかりで、辺りには甘い匂いが漂う。
対象の子供達はもうみんな帰ってしまったようで、あちこちにはカラーペンや紙が散らばっている。
猫さんの刺繍入りエプロンをつけた雪成 藤花(
ja0292)がその後始末をしていたが、芽衣が来たのに気がつくと、あどけない顔に笑顔を浮かべた。
そして芽衣の側に近づくと、腰を低く落とし目線を合わせる。
「芽衣ちゃんっていうんだ、よろしくね」
「うん、おねえちゃんは?」
「お姉さんは藤花っていうの、とっとって呼んでね」
「とっとおねえちゃん? あっ、ねこさん」
芽衣にエプロンを指差され、藤花はふわっと笑う。
「猫さん好きなの?」
うんと大きく頷いて見せた芽衣は、藤花にさっきもらったばかりの黒猫のポシェットを見せた。
それから思い出したように、玲獅とひむろに向き直る。
「あのね、ねこさんのおようふく、おせんたくなの」
しょぼんと項垂れる芽衣。
その頭を後ろから龍仙 樹(
jb0212)が優しく撫でる。
「こんにちは、私は龍仙 樹と言います……貴女のお名前は?」「
首を後ろに傾けて見上げる芽衣に、樹は笑顔で優しく話しかけた。
「めいだよー」
「私も今日ケーキ作りを教わったばかりです、一緒に頑張りましょう」
芽衣の緊張を解すように樹が言うと、仰け反ったままの芽衣の顔がぱああっと弾けた。
「がんばるー!」
和気あいあいの雰囲気の中心にいる芽衣に、千堂 騏(
ja8900)は複雑な表情を向けている。
騏は芽衣が使徒となった経緯を知るひとりだ。
「ディアボロだのサーバントだのの退治依頼にくいっぱぐれて、潜りこんでみたが……なんだ、思わぬ顔が来たな」
ううむと唸りながら腕組みし、前に会ったときとはまるで違う芽衣の様子に困惑する。
騏の隣にいる金 轍(
jb2996)も微妙な顔だ。
「楽に稼げる依頼と聞いて……」
「まあこれもなにかの縁だ、どうせなら楽しめるようにやってやっか。知らない顔じゃねぇのにピリピリしてられるほど緊張感あるほうでもねぇし」
「目的が依頼人を喜ばせる、だからな。ま、ケーキ作りの手伝いをしてやる、か」
やれやれと皆が集まる方へと向う騏をちらりと見た轍も遅れて歩き出した。
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「どんなケーキを作りたいですか?」
芽衣をちょこんと椅子に座らせると、カラーペンと用意してあったクリスマスカードを玲獅が渡す。
「うー?」
言われて芽衣は首を傾げて考えだす。
さっきいきなりおばちゃんに暇だからと連れて来られただけで、ケーキのイメージもなにも考えていない。
「はい、芽衣ちゃん、ペン。どんなケーキがいいかな?」
藤花がペンを取って芽衣に渡して聞いても、うーんと唸ったまま。
そこへひむろが思い出したようにカバンから何かを取り出した。
「私、こんなの作ってきたよー」
ひむろは集会所のホワイトボードに、取り出した手作りのマグネットを貼り付ける。
「お絵かき苦手って子もいるかとおもって、ほらー」
ぺたぺたとボードに貼り付けられたのは、色々なケーキ型とケーキの上にトッピングするもの。
「こうしてね、ぺたんって」
小さな子がイメージしやすいようにと、ひむろが印刷したマグネットはちょっと大き目。
それを見せられた芽衣は、くりくりした目を見開いて、わあ、と喜び声を上げた。
「ひむろちゃん、それいいね」
芽衣と一緒にホワイトボードの前にやって来た藤花もにっこりと笑う。
「これなら芽衣さんもイメージしやすいですね。そちらはお願いをして私は材料や器具を準備しますね」
玲獅が準備にその場を離れると、反対に興味深そうに眺めていた騏がやって来る。
「おい、芽衣。俺のこと覚えてるか?」
「はうー?」
「まぁ、いいさ。どうせ作るならでかいのがいいんじゃねーか?」
騏は言うと、白いケーキ型にぽんぽんと飾りのイチゴやらチョコの家やらを乗せていく。
「めいも、めいもー」
ホワイトボードに描かれるケーキの予想図は、芽衣も手伝ってほとんどなにかの罰ゲーム並みに高々と積み上がる。
「そんなに高くしたら箱にはいらないよー」
きゃっきゃとじゃれ合うふたりに、ひむろがケーキを入れる箱をほらと見せる。
言われて騏と芽衣は顔をしばし見合わせ、あははと笑い合った。
「笑えるようになったじゃねぇか」
くしゃっと頭を撫でてやると、芽衣は不思議そうに騏を見上げる。
「つーか、繊細な仕事は向かねーな。御堂そっち手伝うぜ?」
騏が離れると、藤花がマグネットを戻しながら芽衣を覗きこむ。
「芽衣ちゃんは誰にケーキをあげるのかなぁ?」
「おかあさん!」
「お母さんはなにが好きなの?」
「えっと、あっ、いちごがすきなんだよー」
「じゃ、シンプルな生クリームのケーキにイチゴをいっぱい乗せようか?」
ほら、こんなふうに、と藤花は丸いシンプルなケーキ型にイチゴをぐるりと乗せた。
「わぁーい」
「決まったようですね。芽衣さん、一緒に手を洗いましょうね」
「うん!」
玲獅に呼ばれると、芽衣は飛び跳ねるように調理台の方へ駆けて行く。
「文化祭の出店でステーキサンドをふつうに作ったくらいだよー。でもお絵かきとかはすきだよー」
「めいもすきだよー」
「焼いている間、お絵かきしようね」
ひむろと藤花は、椅子に立ち膝しながら渡されたボウルを掴んでいる芽衣とお喋りをして楽しそうだ。
力仕事は任せろと言った轍を先頭に、男性メンバーが引き受けてくれた。
一番意外だったのは、おおよそ料理とは無縁のような轍の手際がが良いことだ。
「俺に任せておけ。蕩けるようなスポンジに仕上げてやる」
上から騏が粉をふるうと、轍が溶いた卵の中に雪のようにはらはらと落ちるのが面白いのか、芽衣は真っ赤な顔をしてきらきらした目を向ける。
「こうやってざっくり混ぜるんだ」
「うん!」
微笑ましく進む作業に、樹は元いた孤児院のことを思い出していた。
「あの頃、クリスマスはケーキを皆で均等に分け合って食べていたな……」
切り分けたケーキは薄く小さなものだったけれど、暖かく何よりも美味しいケーキだった。
久遠ヶ原学園に来る前年はサンタ役をして、寝静まる皆の枕元を回った。
「皆元気にしているだろうか……院長先生はご健在だろうか……」
知らず知らず声に出して懐かしむ。
「材料が余ってたらわたしもお土産につくってみたいなー。他にも作りたい子いるかなあ?」
ひむろが芽衣の分を作ってもかなり余りそうな材料を見る。
「余ってるようなら自分用にカップケーキふたつ、いいかな? 許婚と一緒に食べようかなって」
少しだけ頬を染める藤花。
「全部使えって言ってたから大丈夫だろ。おい、芽衣追加いくぞ」
「うん!」
轍がざっくりと混ぜ合わせたケーキ種は、丸いケーキ型といくつかの小さなカップに入れられてオーブンの中へ。
「何も無い所から火が……不思議でしょう?」
オーブンに火は使わないが、樹が手の中からトーチを使って手品のように炎を出して見せると、芽衣は大きな目をまん丸にして驚の声を上げる。
「すごいね、まほうだね」
そんなやり取りを、騏がパシャリとデジカメで撮影している。
「近くの写真屋ででもさくっと印刷して、土産に持たせてやろうぜ。メッセージカードとかにつけて渡せば、あの保護者にも頑張りが伝わるんじゃないか?」
「こんなことがあったよって報告したらいいね。じゃあ、これから芽衣ちゃんとお絵かきしますから千堂先輩、撮影お願いします」
藤花はふんわりとした笑顔を残し、芽衣の元へ急ぐとこそっと耳打ちをする。
騏のカメラに気がついた芽衣は、にぱっと笑ってブイサインをして見せた。
ふんわりと甘い匂いが漂い始めた頃、轍は部屋の隅に座り、持ち込んだウオッカを片手に焼きそばパンを頬張り始めた。
ケーキの絵を描き終えていた芽衣は、気がつきとことこと歩いて近づいて来る。
「なにたべてるのー?」
「焼きそばパンだ」
「めいも、やきそばぱんすきー」
「催促か。……ちっ、ほら」
じーーっといつまでも見つめている芽衣に、轍は半分喰いかけのパンを向ける。
「ありがとうー」
轍の隣にちょこんと座った芽衣は、にこにこしながらパンを頬張る。
ウオッカを飲み、その様子を見ていた轍の顔には笑みが見えた。
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「よろしければ街を歩きませんか?」
少し飽きてきたような芽衣に玲獅が声をかける。
「れいおねえちゃんー」
当たり前のように、芽衣はぎゅっと玲獅の手を握り先に歩き出す。
「俺も、写真をプリントしに行くか」
そうして芽衣は玲獅と騏に連れられて、クリスマスソングの流れる商店街を歩く。
フリーマーケットをしていた場所も綺麗に片付けられ、大き目のツリーが飾られていた。
「いいなと思えるものを見たらこのボタンを押して下さい」
そう言って、玲獅が芽衣に手渡したのはデジタルカメラだ。
「うん」
芽衣は渡されたカメラを覗き込み、小さな指でボタンを押した。
「きらきらつりーとったよ!」
「良かったですね」
玲獅に褒められた芽衣は、歩きながらあちこちパシャパシャとボタンを押しては、顔を上げてにこっと笑う。
何枚か撮ったところで、芽衣が声を上げた。
「あっ、ハルがいる」
「お? 何だあの格好は? 芽衣、こっそり撮ってやれば喜ぶぞ」
カメラのレンズの向こうには、コインランドリーの洗濯機を睨みつけている天使がいる。
しかし、どんなに威厳を持とうとも、えんじ色のジャージでは格好がつかない。
笑いをこらえつつ、騏は自分が持っていたカメラでも天使の恥ずかしい姿を撮り続けた。
「ハルさんが怒っても知りませんよ」
呆れたように言いつつ、玲獅もくすっと笑ってしまった。
「いっぱいとれたねー」
自分の録った写真をプリントアウトしてもらい、ご満悦の芽衣。
「そろそろケーキも焼けた頃でしょうから、戻りましょうか」
「うんー」
集会所に戻ると、ケーキはすっかり焼きあがり、綺麗な生クリームのお化粧がされている。
「めいちゃんー、絵と同じにイチゴのせようー」
皆に見守られて、芽衣が小さな指でイチゴを乗せると、描いた絵とそっくり同じケーキが出来上がった。
芽衣が初めて作った、クリスマスケーキ。
それがきちんと箱に収められるのと同時に、集会所のドアが開いた。
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「これはこれは、つくづくお主等とは縁があるものよ」
知った顔数人がいることに、やや呆れたように言うのは、芽衣を迎えに来た天使だ。
芽衣は天使に皆と作ったケーキと、自分の描いた絵を広げて見せる。
箱に入ったケーキと同じ、まあるい大きな真っ白なケーキの絵には、真っ赤なイチゴがいくつも乗っていて、端っこには『めい』と太いカラーペンで書いてある。
絵は描くのが大好きというひむろに、たどたどしく書かれてある名前は書道家でもある藤花に教えてもらったもの。
「一緒に描いたんだよねー」
「うん、ひむろおねえちゃんと、とっとおねえちゃん、おしえてくれたの。ねぇ、ハル、おかあさんよろこぶ?」
心配そうな目を向ける芽衣に、天使は目を細めて頭を撫でた。
「そうだの。喜ぶだろう。――さて、芽衣、ちゃんとお礼は言ったのかの?」
促されて、芽衣はくるりと向き直り、皆の元へとことこと駆けて来てぺこりと頭を下げた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとうー」
「お姉さんからのプレゼント」
そう言って藤花が手渡したのは、文具セットと舵天照チョコだ。
「またお絵かきしたらいいかなって。メリークリスマス!」
「頑張った芽衣ちゃんにはこれを……」
腰を低くして芽衣の目を見つめ、樹はサンタのキーホルダーをプレゼントしてくれる。
「それと、ハルさんにもプレゼントです……渡してあげてください」
「あー、俺からはデジカメで撮った写真だ。芽衣が撮ったのはあとのお楽しみだ」
くくっと笑いを堪えつつ、騏はプリントした写真の束を芽衣のポシェットに突っ込んだ。
「芽衣さんにこれを、クリスマスプレゼントです。こちらは後でハルさんにも渡して下さい」
「あ、ねこさん!」
玲獅は芽衣が猫好きなことを覚えていて、猫の写真集を本屋で買っていた。
それと、紅茶とバナナオレを一緒に手渡してやる。
少し離れたところにいるハレルヤは、どんどん増える荷物に顔を曇らせた。
「まったくニンゲンとは不思議なものよのお。芽衣、これ以上荷物が増えたら敵わぬ、行くぞ」
「ハル、まってえー」
歩き出したハレルヤに、芽衣は手渡されたプレゼントの袋を持って追いかける。
それからまたくるっと振り向いて、あいてる方の手を上げて皆にぶんぶんと振った。
「おにいちゃん、おねえちゃん、いっぱいありがとうー。ハルもありがとうーってー」
「これ、言っておらん。雪が降りそうだと言っただけだ」
慌てた天使は、嬉しそうな芽衣の手を握ると少しだけ振り向き、小さく笑った。
「あっ、ゆきー」
帰り道、ひむろが見上げる空に、ちらちらと白い雪が降り始める。
「積もりそうですね」
白くなりつつある商店街を歩きながら、玲獅が言う。
「寒くなりそうだってーか、金は温かそうなんだが」
「ああ、さっきウオッカ飲んだ」
マジかー、と轍に驚く騏。
「ケーキ、喜んでくれるといいな」
ほわっと頬を染めた藤花が、手に持った荷物をそっと胸に抱く。
「今度自分でケーキを作って、皆の顔を見に行くのも良いかもしれませんね」
樹は想いを口にし、微笑んだ。
街が真っ白に化粧を施した頃、小さなサンタは手作りのケーキとカードを届けた。
零れるような笑顔と共に。
ハッピークリスマス!