●敵の姿は
橋の向こう側を悪魔が占領している。そのため、安全に向こう岸へ渡れないと踏んだ撃退士たちは、挟み撃ちを諦めて正面からディアボロに立ち向かうこととした。
八人の撃退士は橋の前までやってきたのだが、
「あれ、いないよ。どこにいっちゃったのかな?」
首をかしげながら疑問を口にするのはソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)だ。彼女は真正面の橋を指さすが、そこには一体のディアボロも見当たらない。
「敵の大きさからすれば橋の上にいて見えないはずがありませんよね。どこかに隠れているのであれば場所は限られてくるはず」
雪織 もなか(
jb8020)が冷静に分析する。
その分析を聞いてさっそく橋に向かって踏み出そうとするものがいた。
「よっし、それならすぐに探しに行こうよ。隠れてるところを引っ張り出してやろう」
血気盛んに吠えて歩みだす桜花(
jb0392)であったが、アステリア・ヴェルトール(
jb3216)がその一歩を止めさせた。
「待ってください、正面からいくのは危険です。私が飛んでいって敵を確認してきます」
と言ってアステリアが、魔龍の偽翼による黒い焔のようなものを背中に現して浮き上がる。敵を見つけるために飛んで行った。
「一人で大丈夫かな?」
少し心配そうに橘 優希(
jb0497)が呟く。空を飛んでいるとはいえ、万が一ディアボロから攻撃を受けることだってあるかもしれない。
「きっと大丈夫ですわ。情報によれば敵は空を飛べるような姿ではありませんもの」
対照的に長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は安心した素振りで優雅に言った。
「下手に俺たちが動けば奇襲だって受けかねないからな。今はアステリア先輩を待とう」
一見するといつでも猪突猛進しそうな雰囲気を醸し出す恙祓 篝(
jb7851)であったが、落ち着いて冷静に状況を見ていた。
冷静なものも不安なものもいる中、一人だけ思考の読めない人物がいた。
「ああ、厄日だ……」
シガレットチョコをくわえながらカレイドスコープ(
jb8089)が口にした不吉なセリフが、ゆったりと虚空に響いていた。
各々の気持ちをないまぜにしながら戦いの火ぶたは切って落とされようとしていた。
●戦闘
「アステリアだ!」
待機していた撃退士たちに、アステリアが橋の下から飛び出すところが見えた。
どうやら敵は橋の下に隠れていたらしい。アステリアの後ろを複数のディアボロが追いかけている。
「今度こそ行くよ!」
またも真っ先に飛び出したのは桜花であった。もちろん今度は誰も止める者はいない。
他の皆も続いてディアボロに向かってひた走って行った。
ディアボロに追いかけられているアステリアは少し困っていた。
(ディアボロを見つけたらすぐに皆と合流するだったんですけどね)
空を飛べば合流も用意かた思われたが、敵はその長い体をむちのようにしならせて空を飛ぶアステリアを攻撃してくる。なかなか思い通りに動くことができずにいた。
だから彼女は合流を諦めることにした。
しかも丁度ディアボロが橋の上を移動してくる撃退士たちに気付いたようだ。ディアボロは二体を残して他の撃退士へと向かっていった。
「あなた達は私が相手をしてあげますよ」
二体ならばアステリア一人でどうにかなるはずだ。彼女はその二体を引き離すため、さらに飛んだ。悪魔としての狂気をわずかににじみ出させながら。
橋の上を移動する撃退士たちに向かってきたのは四体のディアボロであった。車の間を縫うようにして細長いからだを滑らせるように移動している。
最初に接敵したのは優希だ。
「わっ!」
車の窓から飛び出してきたディアボロをすんでのところで回避する。
「危ないな、えい!」
回避の動作をそのままに、高い声を出して剣を振るった。それは目の前にある敵の胴体を切り裂き、たくさんある足の一つをも同時に切りおとした。
確かな痛みを与えたはずだが、ディアボロは優希に逆襲しようととぐろを巻くようにして長い体で締め付けようとしてきた。
「危ないよ!」
強烈なロングボウの一撃がディアボロの体を車の扉に縫い付けた。
すんでのところで危機から逃れた優希を助けたのは桜花だ。まさにベストタイミングといえる一射である。
「ありがとう」
助けてくれた桜花に感謝しつつ、優希は動きの止められたディアボロの頭にスマッシュを叩き込んだ。
剣の刃が頭部を両断し、まずは一体目を仕留めることに成功した。
その間にもディアボロは次々と襲ってくる。
車を背にして戦っていたみずほに、一体のディアボロが体当たりをかましてきた。
「ああ、車が」
体当たりを華麗にかわしたものの、後ろの車がたたき飛ばされてしまい壁がなくなる。
「やられる前にやり返しますわ! Go to heaven!」
黄金色に輝く拳が敵にめりこんだ。下から突き上げるように放ったストレートが敵の巨体を宙に浮かばせる。
宙に浮かんだ敵を、強く輝く魔法の一撃が襲った。
「やった。狙い通り!」
これまた黄金色に輝くソフィアによる追撃であった。
追撃をくらったディアボロは続けざまの強力な攻撃に断末魔を残して絶命する。
「まだもう一体いますわ!」
喜んでいたソフィアをディアボロが襲った。
「もう一発、私の拳ではじけ飛べばいいのですわ! Go to heaven!」
「あたしの魔法で吹き飛べ!」
そこを横っ腹からみずほの拳が打ち抜き、ソフィアのLa Pallottola di Soleもさっきのように立て続けに決まって二体目をもあっさりと片付けてしまった。
みずほとソフィアが善戦している間に篝たちが苦戦を強いられていた。
「行かせねえよ」
後衛のもなかに襲いかかろうとしていたディアボロを、篝が阿修羅曼珠で切りつける。たくさんある足のいくつかを切り飛ばして胴体にも深い傷を残す。しかし、
「ぐあっ!」
敵の尻尾で強烈に叩きつけられる。体は浮き、放り出されるようにして橋から落ちそうになったが、運よく柱の一本にぶつかったことでなんとか橋の上にとどまった。
だが、衝撃で篝はしばらく動けない。
「さあ、私の鎖に縛られなさい」
一瞬の攻撃の隙をついたもなかが、審判の鎖でディアボロの体を縛り付ける。
すると、不意に意味不明な一言が聞こえた。
「ああ、牛丼が食べたいな……」
この隙を狙っていたのだろうか。どこからともなく現れたカレイドスコープが鎖に縛られるディアボロの頭部に焦点を定めた。
石火によって極限まで加速させたパイルバンカーがディアボロの頭部を打ち抜く。
頭部に大きな穴を開けられたディアボロは断末魔の声もあげられない。地鳴りとともに橋の上に巨体が伏して動かなくなった。
「篝さん、大丈夫ですか!」
ディアボロが絶命したのを確認すると、もなかはすぐさま篝にかけよってライトヒールをかける。包み込んだ淡い光が傷ついた篝の体を癒していった。
「橋の上には残りこの二体だけですね」
空を飛ぶアステリアは二体のディアボロの攻撃をかわしながら呟いた。
「もう距離も十分、魔剱よ敵を切り刻め」
自己の周囲に三十二もの魔法人が展開され、そこから無数の焔の刃を生み出してディアボロを斬りつける。刃の数は膨大だ。それらはディアボロの周囲をも容赦なく切り刻んでしまう。このためにわざわざ距離をとったわけだ。
二体とももろともに切り刻み続け、その傷は限界を超える。ディアボロは全身に傷を負い、そのまま息絶えた。
「ちょっとやりすぎたかな」
橋や残された車もところどころ切り刻まれているのを見て、そう呟いた。
●終わったのか
これで橋の上からディアボロがいなくなった。撃退士たちの気が自然と緩む。
そんな中でソフィアが疑問を口にした。
「あれ、六体しか倒してないよね」
気付いたその瞬間、川の水が盛り上がった。すると大量の水が落ちていく音とともに、二体のディアボロが川の中より姿をあらわした。
その一体はソフィアの目の前に出現した。
直前に気付いたためか、ソフィアの体はすぐに動いてくれた。
「あたしの花に酔いしれちゃえ!」
La Spirale di Petaliの暴風にのった花びらがディアボロを襲う。ゆらゆらとしてディアボロの一時的な混乱を誘った。
すぐにかけつけた桜花とアステリアが追撃を加える。
「後ろの人を攻撃するなんて卑怯だって! ロングボウでその体を打ち抜くよ!」
「焔よ焼き尽くせ」
言うが早いか桜花のストライクショットは宣言通りに敵の体を打ち抜き、アステリアの火神の焔が爆焔で敵の体を包み込んだ。
焼け焦げた巨体は動きを止め、倒れるようにして川の中へと沈んでいった。
そしてもう一体は橋の反対側から現れた。
「しまった!」
篝の回復に集中していたもなかは敵の攻撃を避けられない。川から飛び出してきた勢いのままに向かってきたディアボロがもなかの右肩に噛みついた。
「おい、離せ」
「ナポリタンも捨てがたいな……」
不完全ながらも回復した篝がディアボロの目に刀を突き刺し、またも不意に現れたカレイドスコープが胴体に穴を打ちあけた。
ディアボロは攻撃を受けて身を悶えさせてもなかから歯を抜く。
しかし、痛みに暴れたディアボロの巨体が篝とカレイドスコープの体を叩き飛ばした。
傷ついた三人が劣勢を感じたその時、みずほと優希がかけつけてきた。
「いっけぇぇぇ!!」
「後ろで休んでいる人を攻撃するなんて、許せませんわ!! Go to heaven!」
優希がグランオールのスマッシュをディアボロの頭部に叩きつけ、深い傷を負わせた。
間髪いれずにKiller Instinctで闘争心を暴走させたみずほがLeft Cross Combinationで左フック、左アッパーをほぼ瞬間的に叩き込んだ。衝撃で優希の負わせた傷口からディアボロの体液がこぼれおちるのがグロテスクだ。
アッパーで打ち上げられた巨体が大きな地響きを鳴らして地に落ち、最後の一体は倒れた。
●敵は倒した
これで敵は倒し終えたはずだ。今度こそ戦っていた者たちの気は完全に緩んだ。
「はあ……はあ……。これが、実戦……?」
その場に座り込んだもなかは戦いの恐怖が一気に襲い、震えてその場に座り込む。
戦いにおののくのは彼女だけではない。
「……やっぱり、慣れないなぁ……こういうの」
と、呟きながら車両の中を探る優希も内心では恐怖を押さえこんでいる。
(悪魔としての本能は押さえられないのか……)
アステリアだけは少し違う気持ちを抱いて自己嫌悪に陥っていた。しかし、それでも嫌な気持ちであることに変わりはない。
この後の処理班が来るまでの間、車両の中に残る遺品を捜索した。
まだこれからを生きていく人々を少しでも慰めるために黙々と、そして真面目に。
「さて、カレーうどんでも食べて帰ろうか……。まぁ、帰るころにはカレーうどんという気分はいなくなっているだろうけどね……」
真面目かよくわからない人物も中にはいたが、その存在が戦いの後にわずかながらも笑いをもたらした。