ズルズル。ズルズル、と。
カラカラ。カラカラ、と。
ガシャリ。ガシャリ、と。
冥魔の亡者どもは人の魂を求めて進んでいく。主の命を受け、人という人を蹂躙する。
人のためこれに抗するは、撃退士。超能をその体にやつす人と人外の集団。
かの者たちの戦いは、今まさに幕を開けんとしていた。
●
敵は、大通りから侵攻してきている。撃退士たちは、それを迎え撃つようにして構えていた。
「四国の仕事か……大規模以外では初めてだな」
カイン 大澤 (
ja8514)が淡々と呟く。死に場所を求め始めている少年は、無感動に状況を見据える。
四国で行われた冥魔との大規模な戦闘では、最終的に冥魔側へ軍配が上がった。それに伴ってかはわからないが、周囲への敵侵攻の報もちらほらと見られるようになった。
それはすなわち、敵が人類の生存圏を脅かしているということ。
「此処を通すわけには、いかないな」
由利 誉(
jb3116)が決意のこもった表情で告げる。そう、ここで防ぐのを失敗すれば、甚大な被害が及ぶだろう。何としても、敵を撃破しなければならない。
「ただ、敵の数も多いみたいですね……」
少し不安そうに、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が声に出す。
そう、今回の敵は数も多い。
「ですが、我々が息を合わせればかならず勝てます」
確信に満ちた瞳で、みずほは味方を見回す。個の力で敵を打ち倒すわけではない。集の力。それこそが、撃退士たちの力。
「そうだな! 敵も多いが、仲間も多い。びびってる場合じゃねぇな!」
Sadik Adnan(
jb4005)が戦闘の準備を進めつつ、気勢を上げる。闘志も十分だ。
彼らは敵の前に立つ。
カラカラと音を立てるは亡者の群れ。その軍勢は指揮されているのか、一糸乱れることなく進んできている。
「うーん、あまり近づくのは危険かな」
敵陣に切り込み、情報を得るつもりであった蒸姫 ギア(
jb4049)だが、単機での突入はさすがに危険だ。数人で潜行すれば、それも良かったかもしれない。
遠目に確認する限り、敵数はおよそ20半ばくらいか。こちらとほぼ同数。
「おやおや、結構な数ですねぇ」
やや間延びした声で落月 咲(
jb3943)が敵を見やる。ひぃふぅみぃ、と。縊り殺せる敵の数は多ければ多いほうが良い。彼女からすれば、それで笑みがこぼれてくる。
とはいえ、キルレシオにおいて、真正面からやり合えば分は悪い。つまり、同数であれば、単純計算で撃退士たちの方が不利だ。
しかし、戦場とはそう単純ではない。
ましてや、相手は感情も何もない。ただの亡者の群れ。その点を加味すれば、五分五分といったところか。
そのような算段を立てつつ、陣頭指揮を執るルナジョーカー(
jb2309)は彼我の戦況を分析する。手元で、くるくると水晶のようなペンダントを弄びながら。
そのペンダントが視界をちらちらと占領する。
なるほど、仇といえば、そうかもしれない。だが、過去は過去。今は今だ。この状況を覆すのが最優先。一息ついて、指示を出す。
「さ、やるぞお前ら」
少し気だるげな、そんな声が開戦の合図となった。
●
突端を開いたのは、味方の範囲攻撃からだ。
「まずは一発、敵の勢いを削ぐ」
燃え上がる炎のような光纏を纏い、杖を構える。杖の先から炎弾が飛び出したかと思うと突っ込んできたグールを焼き払わんと迫る。
波状に襲い掛かってきている上に、自身を起点として起こる攻撃故に、巻き込めたのは二体だった。しかも、一体は回避していた。直線状に繰り出される技は、このような広範囲における戦闘状況では、そこまで効果的ではない様子だ。
だが、まだまだ撃退士たちの攻撃は、この程度で終わらない。
「我が同胞が創りし屍鬼共よ。せめてもの情けだ、我が引導を渡してやろう……」
そう告げるケイオス・フィーニクス(
jb2664)の掲げる右手から、巨大な業火が迸る。
それにあわせて、後方から三日月形の刃が降り注ぐ。
「くぅくぅ。新しい力、素晴らしいの!」
紅鬼 姫乃(
jb3683)が楽しげな表情で、新たに手に入れた力を振るう。
ルナジョーカーもまた色取り取りの炎を放ち、敵を葬らんと敵の先端にぶつける。
(頑張らなくっちゃ……怖いけど、それを振り切って)
夢前 白布(
jb1392)は、震える手を押さえつつ敵の軍勢を見る。自分の戦ってきた物の中で、もっとも過酷な戦いになるだろう。これを乗り越えれば、救われる人がいる。そして、自分の中でも戦うことに対する強さを手に入れることができる。そう、今よりも強くなれる。憧れの人に一歩でも近づくために。
ぐ、と力を込めて、敵に刃を放つ。三体の敵を巻き込んで、引き裂いていく。
さすがに集中攻撃を受けて、真っ先に飛び掛ってきた一体のグールがこれで倒れ付す。
「やれやれ、面倒くさい」
眠そうな片瀬 集(
jb3954)の言葉が、聞こえたかと思うと、敵陣中央に魔法陣が浮かび上がる。そこを中心に爆発が巻き起こり、敵が吹き飛ぶ。
同時に、天使、悪魔の面々がふわりと空に浮かび上がり、前衛の面々が敵の部隊に穴を開けようと突撃した。
●
「さて、私たちの出番だね」
女性が扱うには巨大とも思えるほどの大剣を掲げ、恵夢・S・インファネス(
ja8446)が真っ先に敵と接触した。大上段に構えたその大剣をまっすぐ振り下ろす。
肉を裂くというより、剣の重量で敵を叩き潰す。肩口から袈裟懸けに叩き付けるも、相手も冥府の化生。そう簡単には倒れない。
さらに、一人突出する形になったため、敵が群がるように迫ってくる。一体の攻撃は回避、続く攻撃はさすがに避けられず。肩口に噛み付かれ、それを振りほどいた瞬間には次が迫る。
だが、その攻撃は届かず。頭から胴の半ばまで、縦に切り裂かれてそのまま骸と化す。
「ふふふ〜。ちょっと前に出すぎですよぉ」
咲が曲刀を振るいながら、敵を蹴り飛ばす。
「カタコトの暗号みたいな作戦って、苦手なんだ。まっすぐいくのが好きでね」
振り返らず、大剣を薙ぐ。その剣を叩き付けられた敵が体をあらぬ方向に曲げて吹き飛ぶ。
「やれやれですねぇ」
首を振りつつ呆れたように、それでも見捨てはしない。昔の自分だったら、敵を倒すための囮くらいにはしていただろうか。ただ敵を屠るだけであった少女は、様々な戦いを経て、仲間に対する意識が変わっていた。
右手の戦場は、深く深く切り込んでいく。
「派手にやってるねぇ。私たちも行かないと。準備は良いかしら?」
「あぁ、行けるぜ」
クレール・ボージェ(
jb2756)と森田直也(
jb0002)もまた、合わせるようにして敵陣左手へと突撃する。
「そらよっ!」
凄まじい速度で、直也が槍で突きを放つ。だが、それを死体とは思えぬ機敏な速度で回避し、お返しとばかりに襲い掛かる。
その直後、クレールが槍斧を叩き付ける。強力なアウルの力を込められたその一撃を叩きつけられて、肉片が周囲へ飛び散るもまだ健在だ。
「さすがにしぶといわねぇ」
「一気に叩き込みゃ良いだろ、っと!」
押し込むようにして、敵陣を押さえ込んでいく。
中央は、初手の集中攻撃で敵の足並みが乱れていた。その隙に、集は技を組み直す。これからは、敵陣目掛けて飛び込むことになる。近距離戦主体へ切り替えると、そのまま吶喊した。
一緒に、楊 礼信(
jb3855)も動き、薄氷の鋭さを持った剣で敵を切り裂く。神聖な力を宿す礼信の攻撃は、敵を一刀の元に切り裂いた。元々、最初の攻撃で弱っていたのもあっただろう。これで三体目。着々と敵の数を減らすことができている。
さらに、射線の遮りを物ともせずに、空中組が攻撃を仕掛けていく。
「純粋な戦闘……血が騒ぎますよっ!」
メイベル(
jb2691)が闇色の翼をはためかせて、敵の前線に光の弾丸を撃ち放っていく。さながら降り注ぐ隕石のような攻撃を前に、敵の足も止まる。
ケイオスは状況を冷静に判断しつつ、攻撃の手を休めずに牽制を続ける。
アルティナ(
jb2645)もまた長距離から氷の刃を飛ばして、空中から敵部隊へ攻撃を加えていく。同時に、召喚したストレイシオンを味方前衛のやや後方に配置させて、味方の防御効果を高める。乱戦状態となり始めた前衛部隊にこの防御能力の上昇は、有難かった。
だが。
「っと、敵後方に弓部隊!」
敵後方から、それに合わせて矢が飛んでくる。スケルトンの一部隊は、空中組に対応するかのように弓部隊が配置されていた。近年、久遠ヶ原学園生として味方につき始めた空中戦を行える天使や悪魔への対処部隊といったところだろうか。
メイベルの注意喚起により、あっという間に撃ち落とされるという危険は免れた。それでも、あまり派手に空中へ浮かぶのは現状だと危険だろう。一度、飛行を止めて、地上へ降り立つ。戦況は地対地の泥沼に追い込まれていく。
それでも先手を取り、すばやく数体の敵を撃破した現状、撃退士たちの方がやや有利といった状況か。
●
その乱戦の状況下で、ギアは敵陣の奥へ潜行していた。入り乱れた戦況で、彼女に気づくものはいない。その隙に。
「絡みつけ蒸気の鎖、スチームストリーム!」
敵の動きを封じんと試みる。急激な攻撃に、敵は不意を突かれて動きを止めた。ギアは、突出して苦戦していた恵夢と咲の二人の援護に動いていた。
「いやいや〜、助かりますねぇ」
一旦、敵との距離を離して、三人は体勢を立て直す。
ただ、突出した分だけあって、敵は右側寄りに兵を割き始めていた。
それに呼応するように、正面に向かっていた礼信と集が中央を突破する。
だが、同時に敵の主攻もまた撃退士たちに迫る。
『オォオオオオオ!!』
雄叫びを上げて、激しい剣撃を振るってくる。
「っ、危ない!」
久永・廻夢(
jb4114)が礼信の間にアウルで象った防壁を張り巡らせる。それでも、凄まじい三連撃が、礼信と集へ迫る。
何とか間に合った防壁陣で、礼信が事なきを得る。わずか一太刀でも危険な相手だと見て取れた。
「ようやくお出ましですわね!」
みずほが、アウルの奔流をもって敵眼前へと駆け迫る。あたかも蝶のごとく、軽やかに。振り放った拳弾が敵を打ち据えるが、盾を掲げて、あっさりとそれを防ぐ。
お返しとばかりに振り下ろされる斬撃は、横っ飛びに避ける。真正面に立たずで、何とかやり過ごす。
その射線が空いたところに、ライフルが掃射される。
すばやくカインの射撃に反応して、デュラハンは盾を構える。
飛んできたアステリア・ヴェルトール(
jb3216)の射撃も、朱史 春夏(
ja9611)の衝撃波も、立花 雪宗(
ja2469)の黒光の衝撃波さえも物ともせずに、盾を構えたデュラハンはそこに立ち尽くす。
「固い。こいつ、めちゃくちゃ固い」
悪態を付くように、カインが敵の装甲に辟易する。
昨今の力をつけた撃退士であっても、そう容易く倒せる相手ではないだろう。加えて、今回の部隊は天魔との戦闘経験が豊富というわけでもない。苦戦は必至だろう。
「時間を稼ぎましょう。並の敵より数段、強いです……!」
雪宗が刀を構えて、敵との距離を測る。
それに合わせて、デュラハンが手を掲げる。弓を持っていたスケルトンたちはデュラハンに立ちふさがる撃退士たちを狙わずに、撃退士部隊の後方へ向かう素振りを見せる。
「正々堂々……ディアボロの癖に、騎士道精神とはね」
ふわふわと宙に浮きつつ、アステリアがため息をつく。それでも、こちらにとっては好都合だ。強敵を前に、他の敵の介入を考えずに済む。
全神経を向けなければ、足止めすら危うい。
すらりと剣と盾を掲げ、呪鎧が襲い掛かってきた。
●
一方で、グールとスケルトンに相対する面々も苦戦を強いられ始めた。
「っく……!」
後方から雷を放っていた和泉早記(
ja8918)へと、矢が飛んでくる。倒せそうなグールを狙っていたが、こうも後方から攻撃を続けられるのは拙い。
「と、大丈夫です? まだまだ戦いは長いですから」
マーシー(
jb2391)が傷ついた早記へ応急手当を施す。接敵しない状況を想定しているため、無理に前衛の回復へは向かえない。代わりと言っては何だが、後方よりの攻撃で傷ついた後衛の傷を癒すべく奔走していた。
それでも、このままでは明らかに回復が追いつかなくなる。
「後衛は弓持ちを対処してくれ!」
ルナジョーカーが指揮を飛ばす。標的を変更する必要があった。
前衛組は、向かってくるグールや剣を持ったスケルトンの対応に精一杯だ。敵の後衛への牽制に対する考えが抜け落ちていた。
「ふぅむ、いかんな」
ケイオスが熟考する。このままだと不味いのは明らかだ。
「むむむ……これは……。もう一度、飛ぶしかないですね! 行きましょう、アルティナさん、ケイオスさん!」
メイベルが空中戦を仕掛ける予定だった二人に声をかける。
自分たちを囮にするしかない。そういう決断だ。
「仕方ないですね。冥魔の攻撃には、不利なのですが……」
アルティナが嘆息しつつ呟く。それでも、人間たちに比べれば頑強とも言える彼らならば、耐えられる可能性があることも確かか。
「人の子らよ、今のうちに頼んだぞ」
三人はふわりと再び宙に浮かぶ。そこに殺到する矢の雨霰。何とか避けつつ、敵の後衛の注意を引く。
その隙に神酒坂ねずみ(
jb4993)も射撃を敢行する。ライフルを下段に構え、敵を見つつ当たり易そうなスケルトンの骨盤目掛けて引き金を引く。頭上に注意をとられていたスケルトンの一体に命中するも、まだ倒れる気配はない。
長い戦闘はまだ続きそうだった。
●
前衛の組も苦戦を強いられ始めていた。ただのグールはさほど脅威もなく倒せてきたが、ここに強力な個体が混ざってきた。
「くっ……!」
恵夢と咲の周りには、多くの敵が群がり始めていた。全力跳躍で一度、後方に下がる予定の恵夢だったが、咲一人が取り残されてしまうことになる。
「あらら〜、これは不味いですね〜」
その状況下で、咲はのんびりとした声を出す。それでも、敵との攻防は一杯一杯といったところか。
「ともあれ、活路は前ですかね〜」
一際、動きの早いグールに狙いを絞る。おそらく、今いる群れを率いているリーダー個体だろう。
それ目掛けて、アウルの力を最大限に振り絞り、刀を振り下ろす。地面を穿ち破壊しかねないほどの一撃を受けて、強化グールは吹き飛ぶが、まだ健在だ。恵夢も合わせて、大剣を振り下ろすが、倒すには至らない。反撃を受けつつ、二人の体にはじわじわと傷が増えていく。
だが、何も撃退士たちの攻撃は前からだけではない。
「水の弾丸だ、これでもくらえ!」
白布の放った水泡が、強化グールを捉える。前に立つ二人を集中していたせいか、後方からの攻撃に対して疎かになっていた。故に、白布の攻撃は確かな損害を敵へもたらす。
続くように、藤村 蓮(
jb2813)の影手裏剣と、早記の雷撃と、ギアがアウルで象った蛇の幻影が迫り来る。
影手裏剣は避けるが、他の二撃を受ける。
まだ倒れない。だが、もはや時間の問題だろう。
中央を突破した集、礼信と廻夢はデュラハンにぶち当たったところで一旦、回復しながら後方へと距離をとる。回復を終えたところで、右側の部隊へと襲いかかろうと迫っていたスケルトンの一部隊へ切り込みを掛けていく。中央に控えているのが、リーダーだろうか。
「『陰陽魔術師』片瀬集、行きます――とか言ってみたりっとッ!」
真っ先に集が切り込んでいく。迫り来るスケルトンの残撃を避け、反撃の槍を振るう。わずかに距離を取りつつ、こちらの間合いで勝負を仕掛けて、相手に攻撃を許さない。
じれったくなったか、数の暴力で畳み掛けようとしてくるスケルトンたちへは、礼信が盾を構えて、さらに廻夢の防壁陣で、突破を許さない。
代わり、集の槍の一撃で砕かれていくスケルトンたち。そこへ、盾を掲げたスケルトンのリーダーが迫ってきた。
くるりと槍を回し、そちらに呼応する。石突で牽制しつつ、敵目掛けて突きを繰り出す。
盾で受けたところを、剣で反撃するが、その剣撃も礼信の盾に阻まれる。ついで、礼信の傷を廻夢が癒す。
一見すれば、三人が有利にも見えるが、技を使って無理矢理、やり過ごしているに過ぎない。敵の数はこちらを上回っている。じわじわと傷が蓄積していく。
戦場、左寄りでは、クレールと直也が二人掛かりで、強化グールに挑んでいた。こちらにいたグールの多くは、右側へと流れ、残っていた二体程度のグールも、ねずみとSadikの援護により倒されるのも時間の問題であった。
それでも、強化グールは強敵であった。直也の槍の一撃を避け、クレールの斧槍による斬撃さえも回避する。突っ込んでくる強化グールの攻撃を凌ぎつつ、二人はじわじわと後退していった。
「くそっ、ジリ貧だな……! 少し引き付けていてくれ!」
「了解よぉ」
一度、槍を構え直して、直也は敵の隙を窺うべく距離を取る。それと相反して、クレールは苛烈に斬り込んでいく。それでも、一対一では厳しい。手玉に取り翻弄するように従来のゾンビとは思えない速度で攻めてくる強化グール。何とか敵の攻撃を防ぎつつ、反撃するがなかなか捉えられない。再び、飛び掛ってくる強化グールに横合いから、凄まじい刺突が繰り出された。
唐突な一撃に、グールは反応もできず、そのまま体をくの字に折る。強力な攻撃を前にして、たたらを踏み動けない様子だった。
そこを一気呵成に攻めていく。ちょうど、ねずみとSadikもグールの殲滅が終わっていた。合わせての連続攻撃に、さしもの強化グールと言えども耐え切れず、地に伏した。
「ふぅ、何とかなったな。数が少なかったからマシだったけど、敵が流れてるあっちはやばそうだな」
Sadikが全滅させた敵を尻目に、右手を見る。しかも、それだけではない。後方より、矢が飛んできている。今のところ、天魔組の空中に集中しているが、いつこちらへ向いてくるか分からない。
「まだまだと言ったところですかねえ。弓部隊を何とかしませんと」
「それじゃぁ、次はそっちかしら?」
ねずみの提案にクレールが呼応する。
後衛寄りであるSadikとねずみは敵陣へ突っ込んでいくには、少々心許ないだろうか。だが、状況はまだ予断を許さない。危険は覚悟の上でもやらなければならないだろう。
●
その頃、デュラハンを相手にしていた五人は、何とか均衡を保っていた。
迫り来るデュラハンの苛烈な斬撃は威力、速度ともに有象無象の冥魔たちとは比べ物にならないほどであり、より強力な個体であることが推測できる。
その正確無比な斬撃は、強力な魔具で身体能力を高めている雪宗の動きさえも捉えるほどに凄まじい。迫る三連撃の内、一撃程度なら避けられるが、一斉に迫ってくる三連の斬撃に深々と切り裂かれてしまう。強力な鎧さえも断ち切ってしまうほどの膂力に、雪宗の口元から血が零れる。しかし、二撃を受けてなお倒れないのは驚異的とも言えるだろうか。すぐさま、アウルを体中に巡らせて傷を癒す。
斬撃の合間を縫って、春夏とみずほも攻撃を仕掛けていく。それでも、頑強な盾に拒まれて損傷を与えられているようには見えない。
サイドステップで敵の剣撃を回避しながら、みずほは極力、敵の正面に立たないようにする。もし、この個体が過去の依頼の情報と似通ったものであれば、冥魔でありながら聖なる力を有している。まともに阿修羅であるみずほや春夏では、一溜まりもない可能性すらある。
雪宗一人で何とか受け切れているが、それも持って後十数秒程度であろう。何が何でも反撃し、ある程度の手傷を負わせなければならない。
アステリアも空中から弓を引き絞る。強力な一撃は、盾を構える暇すら与えず、デュラハンの体に矢が突き刺さる。だが、堪えた様子はない。
銃を連射していたカインだが、そこまで有効打を与えられていない。接近戦に切り替えようと、体を前傾させ何時でも飛び出せるようにしつつ敵の動きを注視する。
「埒が明かないわね!」
「一瞬でも動きを止められれば……!」
みずほが斬撃の間合いに入らないよう距離を取りながらの言葉に、春夏が答える。そう、凄まじい斬撃を前に近寄ることさえ難しい。さらに、盾が並以上の攻撃すら防いでいる。
「動きを止めれば良いんですね。何とかして見せます」
雪宗が、果敢に敵の間合いへ踏み込む。
迫る三連撃。
その瞬間に集中する。
一太刀目、袈裟懸け。横っ飛びに回避。
二太刀目、振り下ろした剣を下方から薙ぎ払い。これも何とか刀の刃上を滑らせて事なきを得る。
三太刀目、そのまま上方からの振り下ろし。
ここで、雪宗は刀で受けに行く。耳を劈くほどの大きな金属同士の激突音が周囲に響く。
それを押し返そうと、雪宗は力を込めるが、膂力は相手の方が上だった。肩に衝撃を受けた上、ぎりぎりと押し込まれていく。
だが、動きを止めはした。
「ふっ―――!」
春夏が忍刀をデュラハンの後方から薙ぎ払う。ギャリと音を立て、デュラハンが盾でこれを受ける。それでも、ぎりぎりのところで受けただけだ。
「胴体ががら空きよ!」
完全に体勢が崩れていたところへ、みずほがアウルの拳を叩きつける。ぐしゃりと鎧の一部が歪み、横合いからの攻撃でぐらりと体が揺らぐ。
「―――参ります!」
アステリアが剣を掲げて、空中から彗星のように急降下しながら突撃する。弓を持つより、剣を持つ。
彼女の本性は、射手ではなく。
騎士。
闇色に象られた強力な冥府の力を合わせて、剣を鎧へ突き立てる。ぐらりと傾ぐ鎧の巨体。
追撃は、まだ止まらない。
「くらいやがれ、クソッタレ」
真正面から機を窺っていたカインが獰猛な瞳を携えて飛び掛る。そのまま右手に抱えていた杭撃ち機を振り下ろす。
カシャンと杭が装填される。直後、金属に何かが貫通してひしゃげる音が響いた。
ぐらりと鎧の巨体が揺らぎ、ドッと背中から倒れる。
一瞬、倒したかとも思うが、組み付いたカインを左手で掴み投げて振り払った。
ガシャリと音を立てて、鎧が立ち上がる。胸部に大きな穴が開き、胴の右側が凹んでいる。それでも、致命傷には程遠いのかはたまた痛みというものが存在しないのか。何事もなかったかのように佇む。
「倒せるとは思ってなかったけど、これほどとはね」
春夏が悪態を付く。
吹き飛ばされたカインは受身を取って、転がりながらも起き上がる。ライフルの引き金に手を掛けて、再び戦闘態勢を取る。
痛打を与えたものの、その程度で倒れるほど、敵は甘くなかった。
再び、四人とデュラハンは向かい合う。
●
一方、空に浮く天魔の三人は、敵の射撃に身を晒しつつも、耐えていた。何より、上空を位置どっている方が有利であり、容易くは落ちない。
それでも、次から次へと飛んでくる矢を避けるのが精一杯で、攻撃する隙もなかなか見つからなかった。しかも、まだ、デュラハンという大敵が控えているのだ。アルティナはこれに対抗するための力を温存していたため、上手く攻撃できずにいた。
メイベルは派手に魔弾を撒き散らしつつ、とりあえず、敵の攻撃をこちらに向けさせようと尽力し、ケイオスも積極的に攻勢へ出ることはしなかった。
無論、三人で掛かればそれなりに敵へ損傷を与えることも可能であったろうが、あくまでも、今は耐えるとき。敵の前衛が瓦解さえすれば、機はいくらでもある。
頭上を縦横無尽に飛び回り、敵に何とか狙いを絞らせず、ひたすらに時を稼ぐ。
それが功を奏し、ついには、射撃がぴたりと止む。地上を注視すれば、クレール、直也、Sadik、ねずみの四人が敵の射撃部隊へ横合いから食らい付いていた。
これを皮切りにして、空中と地上から、一気呵成に敵射撃部隊を蹴散らしていく。前に上にと攻撃を浴びせられ、敵上位個体の指揮も空しく敵部隊は混乱に陥ったまま殲滅されていく。
同時に、吶喊していた恵夢と咲も強化グールを突破。そのまま敵前衛を食い破って、ルナジョーカーの指示の元、二人は前方へ駆け出す。二人を追いかけようとした敵を、今度は後方から始末していく。後ろの攻撃に反応したところで、前へ駆けていた二人が振り返って、挟撃を掛ける。そのまま、残った敵も集中的に攻撃を浴びせられて沈んでいく。
「アハハ、残党狩りだわ」
姫乃が面白がるようにして、前に後ろにと攻め立てられる敵を嘲笑うようにして刈り取っていく。そう、もはや戦闘ではなく、一方的な殲滅戦と化していた。
偶発的ではあるが、敵戦力に偏りを生み出し、敵部隊を掻き乱すようにして動けた。敵の後衛部隊も翼を持った天魔で押さえ込み、敵のエースたるデュラハンも四人というわずかな人数で押さえ込むことができた。
残ったデュラハンであったが、一対二十五という状況を覆せるはずもなかった。いくら耐久が高く、攻撃能力が高いと言えども、滝を浴びるように放たれるアウルの奔流を前にしては、成す術もなく――…。
●
デュラハンが地に伏した瞬間、僅かな静寂が訪れた。
何度となく、起き上がってきた強敵だ。倒れたとしても、まだ油断は出来ない。
敵は、動かない。
起き上がる気配は、ない。
「倒した、か?」
「おっしゃあああ、お疲れ様!!」
張り詰めていた空気は漸く終わりを告げ、静寂を歓声で塗り替えていく。
四国の空に立ち込める影は、濃い。けれど、こうやって少しづつ、確実に、晴らす事もきっとできると今は信じる事が出来る。
「任務完了だ」
若葉が伸びる夏はすぐそこまで、来ていた。
彼らもまた、何処までも伸びてゆけるのだろう。