散っていく。冥魔という存在の前に、儚くも人の命は散っていく。
ただ、彼らは故郷を守らんと抗しただけ。それに対して、侵略者たちは無慈悲に蹂躙する。
かくて、守るべき人も守れず、彼らは苦難に立たされる。
死か、死か。ただある選択は一つ。
その選択肢を増やすに現れるは久遠ヶ原学園の―――。
●ゲートコア正面・前
死屍累々。
久遠ヶ原学園の撃退士たちが目にしたのは、そんな状態であった。
正面から立ち向かおうとして真っ二つに切り裂かれた者。逃げようとして後ろから斬られた者。武器もろともに腕まで斬り飛ばされた者。様々であるが、無事である者は少なかった。
「好き勝手やってくれる……」
まさに悪魔の所業。水無月 神奈(
ja0914)は苛立ちを隠さず。敵となる相手を見やる。
目の前にいる悪魔―――ディエンヘル(jz0138)が、そばに転がっていた撃退士を蹴り付ける。すでに戦う力も残されておらず、鞠のように跳ね飛ばされていった彼は、血反吐をぶちまけ、内臓という内臓が破裂したのか、血を口から零しながらそのまま事切れた。
明らかにやりすぎであり、いつもの彼女の様子とは違うことが一目瞭然であった。
「何か、前と様子が違いません……?」
「うん。何だか怒っているような……」
鑑夜 翠月(
jb0681)と氷月 はくあ(
ja0811)が顔を見合わせ、彼女の状態を評する。
いつもの彼女なら手負いの者に追撃を掛けるようなこともしないし、逃げる相手を追うこともしなかった。それが、今やこの状況である。
「う゛ー……」
低い唸り声を上げて露骨に不機嫌さを顕わにしている。実にわかりやすいが、果たしてどうしたものか。
そうこうしている内に、こちらに気付いた。ぎろりと睨み付けるように眼光が走る。
「また来ましたか。今の私は、ひっじょーーに機嫌が悪いです。力加減を間違えて死んだとしても、運が悪かったと思ってください……」
じりじりと距離を詰めてくる。
一触即発の雰囲気が流れたところで、虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が割って入り、先の戦いのことを誉めそやす。
「いやぁ! 先の戦の手腕、見事であった!!」
「おぉっ!! 貴方もわかりますか!? 全力で正面から向かい合うことこそが……」
虎綱の言葉に、ディエンヘルが破顔する。だが、虎綱は彼女の期待する答えを裏切って。
「ドラゴンゾンビを用いた総力戦はもちろん、失敗したときのため裏の手を用意しているとは完敗で御座る!」
そんな風に言った。
「最高で―――は?」
虎綱の言葉に、ぽかんと口を開けるディエンヘル。
「ん? 違ったで御座るか? ツォングに裏の手を用意させたのであろう?」
「え、あ、え…………あんの、狸がぁ!!」
唐突にぶちキレた。
「ぎぎぎぎぎぎ、今も何かしているのでしょう!!! 答えなさい、ツォング!!!」
叫んだ後、ぶつぶつと念話で何かをやり取りしているようだ。
少し予想外の展開ではあるが、ある意味では好機。
今のうちに、と虎綱が救助隊へこっそり目配せする。
こくりと雨野 挫斬(
ja0919)が頷き、救助隊とディエンヘルの間に立ち入ってディエンヘルの動きを警戒する。救助隊が動けない者たちを担ぎ、こっそりと立ち去っていく。
それでも、一手には引き受けきれない。戦意を失っているものを立たせることも必要だった。
獅堂 遥(
ja0190)がただ怯えるだけの撃退士に檄を飛ばす。
「立ちなさい! 命を無駄にするつもりですか!」
「む、無理だ……あんなやつに勝てるわけねぇ……こ、ここで皆、殺されちまうんだ……」
そんなただの檄では、動こうとしない。あっという間に、仲間を殺されて、完全に恐慌状態に陥っているようだ。
そんな彼らに対して、遥は腕をとって、その手にナイフを持たせ自分の首に突き付けさせた。
「戦わなくてもいい、でも此処から動かないというなら私を先に殺しなさい」
その姿に、撃退士はごくりと唾を飲み込む。
「先の、未来のある私達の貴方達の家族に繋がるかも知れないこの命を」
こくこくと頷き、ゆっくりと立ち上がった。腰が砕けているせいか、その歩みはゆっくりだが、確かにこの場から逃げようとしてはいる。
だが。
「むぅ、戦わずして逃げるつもりですか?」
念話が終わったのか、目ざとくディエンヘルが救助隊の動きを見つける。
逃がさないとばかりに腰だめに槍を構える。衝撃波でも飛ばすつもりか。
そこに声が飛んでくる。
「ディエンヘル……久しいな。あの時の続きをするとしようか」
「む、貴方は、蘇芳でしたか?」
立ち塞がった蘇芳 和馬(
ja0168)のことを思い出したのか、名前を問い返す。
「あぁ、私の太刀を受けてみよ……」
刀を構える和馬に対して、ディエンヘルも面白いとばかりに槍斧を構え直す。
「悪魔には、借りがある。きっちり、払ってもらおうか」
神奈がディエンヘルをねめつけ、血塗られた双剣を突きつけた。
「前回の雪辱、濯がせてもらいますよ」
トントンと軽く跳躍しつつ、リズムを取る戸次 隆道(
ja0550)。まともにやり合えば、吹いて飛ぶ。相手の動きを見切らねば。
三人はじりじりと距離を詰める。その三人ともを視界に入れるように動くディエンヘル。
動かない。敵は動かない。
それでも、すでに間合いに入っている。いつ来てもおかしくない。
ならば、と三人は同時に仕掛ける。
「三方向から、同時にですか」
四閃が、奔った。ただでさえも、目にも止まらぬほどの斬撃であるのに、能力が低下している状況だ。
「っ!!」
回避に専念しようとしていた和馬だが、普段の動きとは違う状態でわずかに反応が遅れた。それでも、攻撃を捨てていれば、避わせていただろう。だが、敵の攻撃の直後にできる隙を狙ってしまっていて。そして、それは致命的だった。受け流そうとした刀もろともに切り払われる。
神奈はディエンヘルの予備動作からわずかに隙を掴もうとして、それすらもできず、そして直感にすら頼ろうとして、第六感の知覚外から以って切り払われた。
「ッ流す―――!!」
わずかに、刃の上を滑らせて致命は避け、何とか功を奏す。それでも、膂力で以ってとてつもない衝撃と共に弾き飛ばされた。
(来ますかっ―――!!)
隆道が攻撃の兆候を覗ってから、伏せた反応は神懸っていた。もはや避けようとして避けたわけではない。予め、真っ直ぐ来ることだけを狙って伏せたから避けられたというに近い。それでも、凄まじい速度で迫る一撃を回避。
それが視界から消えた直後に、こちらからも一撃を加えようと、足に力を入れて一歩を踏み出そうとした瞬間。そこで終わらず、返す刀が迫ってくる。
連撃四閃。
三方向から迫っていたにも拘らず、三人ともが一刀で切り伏せられた。
根性で何とか神奈は立ち上がる。刀が間に入っていなかったら、立ち上がることができたかどうかすら危うい。
魔具と魔装を普段と同じように扱える状況でないということも考慮しなければ不味かったか。それに対処していた隆道も何とか立っているが、それでも若菜 白兎(
ja2109)の煌々と光るアウルの力がなければ危ういところだった。
「貴方たちもその程度ですか? ゲート内で弱体化しているとは言え、あまりにも脆いですよ?」
そして、如何せん、正面から突っ込みすぎたか。前に立つ者同士で、どのように仕掛けていくか、そのような連携が足りていなかったかもしれない。
ディエンヘルがつまらなさそうに溜め息を吐く。
「この程度で私を足止めしようなどと、笑わせてくれますね!!」
我を忘れたかのように飛び掛ってくるディエンヘル。
三人に止めを刺さんと迫っていった。
●ゲートコア裏面・前
剣戟の音が響く。それと同時に、苦悶に満ちた声も届く。
戦いの音は激しく、しかし、遠い。
「やれやれ、面倒なことになってるさねぇ……」
九十九(
ja1149)がこぼす。状況としては、よくない部類に入るだろう。
「できるだけ、多くの人を救出しなきゃですねー……」
櫟 諏訪(
ja1215)が自身のアホ毛をレーダーのように扱いながら、周囲を索敵する。見つかるのはディアボロの群れ群れ群れ。視界のほとんどはディアボロで占められているが、音とわずかな隙間から見える様子を察するに、先の部隊と敵が交戦中だろう。情報によるとヴァニタスもいるらしい。
まずは、ここのディアボロ集団を突破する必要があるだろうか。
「救助隊の皆さんは、中央に位置して下さい!」
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)が声を張り上げて、味方の位置を確認する。救助隊に被害が及ぶと不味い。突破するのは自分たちの役目だ。
「よし、突破するぞ!」
雪風 時雨(
jb1445)のストレイシオンが雷を放つ。グールとスケルトンに命中した後、各々が体を痺れさせて動かなくなる。
「麻痺したのは放っておけ! ぶっちゃけトドメ刺す余裕がないのである!」
動けないため、自ら襲いかかってくることはない。無視して先に進んでいく。それでも、周囲はディアボロが多い。完全に無視するわけにはいかず、何匹かが襲いかかってきた。
影野 明日香(
jb3801)が鞭を地面に叩きつけて威嚇するも、音程度で怯むほど天魔も甘くない。襲いかかってくるところを、舌打ちしつつ足元を全力で薙ぎ払う。これには効果があったようで、何体かが足を払われ転ぶ。
倒れたそこへ、メフィス・ロットハール(
ja7041)が飛び掛かり、一体を大剣で突き刺し、止めを刺した。
「誰かを守るために頑張る人たちを、死なせるわけにはいかないわ! 行きましょう!」
気合十分。付近の敵はグールやスケルトンが多い。ゲートの効果があって、普段通りの力は出ないが、今の撃退士にとって雑魚に部類される天魔はもはやこの状況にあっても問題にならない。最初の突破自体に苦はない。
ただ、本当の問題はここからだ。
交戦中の場へと到達する。そこには、強化グール・タンク、デュラハンと脅威になる敵が群がっていた。
その周りを縦横無尽に走る影。ヴァニタスか。強敵に苦戦している救助対象者たちを後ろから刈り取っていく。
敵中央を突破した学園生たちは、すぐさま救助活動に移る。
「救助に来ました!! 生きてるなら、後ろへ死に物狂いで走って下さい!!」
未だ交戦中の味方へ夏木 夕乃(
ja9092)が檄を飛ばす。ちらりとそれを確認した味方が、ようやく救援が来てくれたことに安堵の息を吐きつつ、それでも彼女の逼迫した言葉の様子に状況は危ういことを感じて急ぎ踵を返す。
もはや、大勢は決している。撃退士たちは敗北しているのだ。撤退するために、何をするか。それが今は重要だった。
●ゲートコア側面・前
ゲートコア側面。
「ふむ、状況は不明、ですか……」
フラウ(
jb2481)が嘆息する。無線機から返ってくるのはノイズばかり。応答する暇もないのか、それとも―――。
「つっても、見捨てるっつー選択肢はないンだけどな」
ロヴァランド・アレクサンダー(
jb2568)が、決意とともに告げる。そう、応答がないイコール全滅と短絡的に決めつけるのは、許容できるものでなかった。
「みんな助けなくちゃ……なんだね」
真野 縁(
ja3294)の言葉は理想だろう。すべてを救えれば。そう思う。きっとそれは叶わない。それでも、一人でも多く。それこそが、撃退士のあるべき姿で。
救えわれぬ命を救うべく。彼らは動き出す。
進んでいくと、すぐに違和感が生まれる。
「あらら〜、敵がいないですねぇ」
落月 咲(
jb3943)がきょろきょろと周囲を眺める。コアまでもうすぐという距離だろう。だが、敵が周囲にいない。
「楽に行ける思ぅて、行き過ぎたんやろか?」
雅楽 灰鈴(
jb2185)が、現在、詳細不明になっている部隊の状況を推理する。
恐らくは、この状況からして敵の罠の可能性があるのだろう。
「奇襲に警戒しましょう。特に―――不自然な闇には」
フラウが、敵を警戒する。その中で、最たる仮想敵として想定しているのは、シャドウ、そして、魔剣リヴィングソード。
「んー、闇ね。ビンゴかも」
空中から警戒していたロヴァランドは、奥の奥が影に覆われて、何も見えなくなっていることに気付いた。コア付近はシャドウが覆っているのだろう。要救助者もその中か。
「十中八九、シャドウですね」
傷を庇いつつ、番場論子(
jb2861)がその情報に敵の当たりをつける。
恐らくは、シャドウによる暗闇からの奇襲。
どこから、攻めてくるかは分からないが、死角となりそうな曲がり角などには注意か。
進めば進むほど、視界が狭まってくる。フラウの放つ強力な光を嫌がってか、ザザザと音を立てて、シャドウが離れていくが、光の届かない先は完全な闇だ。囲まれているともとれるのだが。
シャドウが攻撃してくる気配はない。そして、こちらから撃破して進んでいくには時間がかかりすぎるし、スキルの消耗も激しい可能性がある。
「不自然ですね……これ以上、進むのは危険かもしれませんが……」
牧野 穂鳥(
ja2029)が明らかに誘われている状況を憂慮する。それでも、まだ何も発見していない。
このまま何も起きないか。そう思っていた時、ふと声が聞こえた。
「………す、……けて……た、……」
七人と救助隊は身構える。掠れるような声は、遠い。それでも、この声は、助けを求める声。
ただ、それを鵜呑みにはしない。
もしかしたら、助けるべき味方が襲いかかってくる可能性。彼らはそれを考慮していた。
さらに、次の瞬間。ぞわりと全身が総毛立つ。
これは、敵の気配。
いつの間にかは分からない。
これは、囲まれている。
「賑やかなこって……ちょぉはしゃぎ過ぎちゃうか?」
声のする方へと一気に突き進む。彼らは、救うべく動き出した。
●ゲートコア裏面・後
所変わって、裏面。
状況は漫然と動いていた。ヴァニタスの静葉は、ある程度の追撃を掛けるように動いているが、それだけだ。意地でも叩き潰そうという気概は見られない。
それに合わせて、撃退士たちも撤退しながらの戦闘を始める。
「………っ!」
赤坂白秋(
ja7030)が、牽制程度に静葉へ銃撃を加える。
それを回避し、すっと距離をとる静葉。攻撃する気もなさ気なその一撃を察したのか、一気に攻めてこようという気配もない。
今のうちか。
九十九と諏訪が周囲を索敵し、救助対象者を見つけていく。その場で倒れ伏してしまっている者もいる。
その間、攻めてくるタンクを夕乃の異界から腕が縛り、その場に釘付けにする。
矢を放ってくるデュラハンに対して、カーディスが攻撃を仕掛けていく。ただ、一人では撃破するに至らない。攻撃をこちらに仕向け、足止めという点では功を奏しているか。回避力の高い彼だからこそ単騎でもできる芸当であるが。
動けなくなっている者は多数いるが、傷を確認すると重体に達するほどではない。明日香と諏訪が治療すると、何とか立ち上がれるレベルにまでは復活する者も数名程いた。
「大体の治療は終わりましたよー!」
「動けない者も、全員、担いだよ! 撤退しましょう!」
諏訪と明日香が治療完了の旨を味方に告げる。
それを機に、一斉に撃退士たちは後方へ攻撃を開始した。
ディアボロの数が多い。四方八方を囲まれているような状況だ。
少なくとも再び後方を突破しなければいけないだろう。今度は守りながら。
迫ってくるタンクの足止めを時雨と夕乃がしつつ、カーディスが戦端の後方を切り開いていく。
傷ついた味方の護衛は救助隊に任せ、飛んでくる矢を九十九と諏訪が射撃で撃ち落とす。時雨のストレイシオンによる防御結界の効果も相まって、今のところ撤退側は何とか攻撃を凌げている。
しかし、殿がきつい。
「ちょっと、長くはもちそうにない……!」
強力な物理攻撃を仕掛けてくるタンク相手に、夕乃はきつかった。魔法で盾を展開し、何とか凌いだが、一撃で相当に消耗してしまう。
代わりに、時雨が立ち塞がってストレイシオンの雷による一撃を放つが、それも避けられてしまう。まともに戦うには分が悪いだろう。
「ぐっ……こいつ、強いのである!」
「私が行きましょう!」
今度はカーディスがタンクと相手取る。何とか攻撃を回避しつつ、周囲のグールもろともに影で象った手裏剣を放つ。グールはそれで一掃できたが、タンクの方はそうでもなかった。唸り声をあげて迫ってくる。
この人数、殿が長くもたないのは明白だった。早く撤退しなければならない。前に後ろにと、攻めてくる敵をいなしながらというのがきつい。後、一歩のところで戦線が瓦解しかねない。均衡は危うく、いつどちらに転んでもおかしくはなかった。
ただ、静葉の方が攻撃を仕掛けてくるかと思っていたが、そうでもないようだ。彼女が攻めてきていたら、状況はより困難になっていただろう。
白秋と静葉は互いに睨み合うだけで、どちらから動こうという気もない様子だった。
その様子を見て取ったメフィスも近くのグールを切り倒し、そちらに向かう。
「お前と、今、戦う気はない……」
辛うじて、絞り出すように白秋が声に出す。それを聞いて、構えていた刀を半ばほどまで下ろす。どうやら、静葉も戦うのに乗り気という訳ではないらしい。
もう一声か。
それを見て、メフィスがさらに声をかける。
「あなたを庇ってくれた彼に免じて、逃げる人だけでも見逃す気は無い?」
「…………分かったわ。見逃してあげる」
それなりの時間を考え込んで、静葉は刀を下ろした。きっと主がいたら止められていただろう。でも、今はいない。
それに、下手をすればメフィスの言う『あの時』に死んでいたかもしれない。撃退士へ借りがあったのは確かだ。
さっと手を上げると、ディアボロたちも味方への攻撃を止める。これで、撤退ができなくなるという心配はないだろう。
「ありがとう」
踵を返す白秋は、もう一言だけ告げる。
「ここだけだ。誰も死んでいなかったのは―――またな」
「―――っ!」
それは単なる偶然なのか、はたまた、人を殺したくないと思う彼女の躊躇の心なのか。できれば、後者であって欲しい。そう願いつつ、白秋たちは救助隊と共に去っていく。
被害は軽微、要救助者も全員、救えた。ディアボロの撃破は目標に満たないところかもしれないが、何より、人命が優先だ。撃退士として確かな成果は残せただろう。
●ゲートコア側面・後
側面でも、戦端が切り開かれていた。
フラウの放つ光の外にいるシャドウだが、攻撃してこない、というよりは、攻撃の範囲外にいる可能性が高い。それはただ奇襲を隠すためのヴェール。
もちろん、それだけ距離をとっているだけあって、こちらの攻撃も届く気配はない。
そして、何よりも厄介なのが。
湧き始めたディアボロの群れ。
右に左に、グールとスケルトンが現れている。
「突っ込んで行くしかないってか、こりゃ」
ロヴァランドが空中から、グールを射撃する。敵の攻撃手段は、ほぼ地対地しか考慮されていない物であり、これは効果的だった。一方的に、攻撃へ専念できる。
「邪魔するのは許さないんだよ!」
近くに寄ってきたグールを縁の放った雷の一撃が焼き払う。聖なる力を纏ったその一撃は、グールに対して極めて有効な一撃を与えた。だが、今は撃破を優先すべきでない。
フラウが盾を構えて、吶喊していく。そこを中心にして影は避ける。そして、その都度に顕わになっていく、敵の群れ。
「極力、交戦は避けましょう!」
穂鳥が、叫んで意思を疎通する。このまま戦い続けても消耗するだけだ。
それよりも、救助すべき対象を、優先して。
だが、その場にたどり着いた時。
全員、息を呑む。
周囲に広がる赤、赤、赤。
紛れもない血の溜まり。どろどろと溢れるように零れている。まだ、そう時間がたっていないのだろう。
「むごい有様ですねぇ」
咲が落ち着き払ったように、状況を把握する。傷は、切り傷。相手の正体、恐らくは―――。
「たす、けて……」
そこへ響く助けを求める声。
その手に握られているのは。
「魔剣、リヴィングソード……!」
誰からともなく、声を上げる。
それは、寄生する剣。死した者も、生きる者も無関係に。有象無象に寄生する。
「ん〜、腕を切り落とせば良いんでしたっけ?」
咲が刀を構える。ただ、一人で行ってもそう容易くはないだろう。
「援護するんだよ!」
そんな咲に縁が反応する。二人で、腕を切りに行く算段を立てる。
その間、他の敵の足止めあるいは撃破も必要か。
「救助隊の護衛は任せて下さい」
「骨拾いは頼むぜ、人間諸君」
フラウは完全に救助隊へ近づく敵への防御のみを考え、ロヴァランドが空中から近づいてくる敵を片っ端から射撃して寄せ付けないようにする。
だが、わずかに敵が漏れてくる。撃退士は自衛できたが、重傷を負っていた論子はそう行かず。重傷の上から攻撃を受けてしまい、致命傷を負ってしまった。
「それじゃ、行きましょうかねぇ〜」
「うに!」
縁の放つ聖なる鎖が魔剣に寄生された撃退士の動きを縛る。その隙を狙って、咲が腕めがけて刀を振り下ろす。
一太刀で、腕を切断したところで、魔剣が暴れるように離れていく。
「逃がすわけないやろ」
そこを、灰鈴が仕留めようと鉄扇を投擲する。命中するも、仕留めきれず、闇の向こうへと消えていく。
救助者を一名確保。後は同じようにしていくだけだ。
だが、そう簡単にはうまく行かない。根気強く助けを求める声を上げる救助者の腕を狙い続けるしかなかった。
そこへ新たに現れる魔剣を持った撃退士の姿。しかし、受けている傷は深く、体もぐったりと力ない。だが、不気味に操られるようにして動いていた。
そこへ、躊躇いなく暴風が吹き荒ぶ。穂鳥の放つ魔術は、魔剣もろともずたずたに引き裂いていった。
「……力不足で申し訳ありませんでした。あなた方の無念は、次こそ晴らします 」
生きている者を優先して。彼らは必死に動く。
三人を救助したところで、そろそろ限界が近づいてくる。
これ以上は厳しいか。いや、もはや生きている人間がいる可能性は絶望的。
救助はここで断念するのが妥当だろう。裏面の救助は終わったという情報はすでに届いていた。
こちらも、完了を知らせる。後は撤退するだけだ。
一斉に、フラウを中心にするようにして引き上げていく。敵の多くは、グールやスケルトンとそこまで足の速い個体はいない。まるで、逃げるのなら勝手に逃げろと言わんばかり。
救助完了のコールが響く。正面からの応答は―――。
●ゲートコア正面・後
前衛に立っていた三人へディエンヘルが飛び掛る直前。
はくあの手元から一筋の光が煌く。それは、雷光。
「つっ!!」
凄まじい速度と聖なる力を持って迫るその一撃は、障壁を突き破ってディエンヘルに確かな一撃を与えた。
さらに、翠月の放った闇色の十字架がディエンヘルに突き刺さる。
普段の半分ほどの威力しか出ていないためか、ほとんど効いていない。それでも、障壁を貫通している分、最低限のダメージは与えられたか。
「何度かお会いしましたが、名乗っていませんでしたね」
翠月がディエンヘルへ名乗りを上げる。
「僕は鑑夜翠月といいます。よろしくお願いしますね 」
「ほぅ……」
面白い相手が来たと言わんばかりに、ディエンヘルが槍斧を振り回す。
その横合いから、光剣が斬りつけてくる。
「むっ!」
それを素早く斧で弾く。
「漸く、こっちを見てくれたね。少しだけ、楽しみにしてた……」
光り輝く剣を構え、はくあが好戦的な笑みを浮かべる。
「ふ、ふふ、貴方は確か射手でしたよね。それで、私に正面から喧嘩を売るというのですか?」
獰猛な笑みを返す。
じりじりと三人の間合いが、近づいていく。
真っ先に、飛び出したのははくあだ。
「いくよ、クラウ・ソラス!」
ディエンヘルがそれに合わせて、槍を構えるが、剣速はそれよりも早かった。悪魔さえも手玉に取りかねないほどの、フェイント攻撃。一度、武器のアウルを切断。剣の光が収束し、槍が抜けたところで再びアウルを灯す。
驚いたように、ディエンヘルが慌てて槍を戻すも遅い。
ギャリと剣と障壁がぶつかる。
だが、力が足りない。物理障壁が、それを拒む。
お返しとばかりに、三閃が奔った。一手に引き受けるには攻撃へ意識を反らし過ぎていた。胴を袈裟切りにされ、血飛沫を上げて吹き飛んだ。白兎のアウルの力さえもあっさり突破するほどの重傷。
もはや、前衛に尽くせる人間がいない。それを見て取ったレイラが近づいて恐ろしい速度で突きを放つ。
吹き飛ばされたディエンヘルの隙を突いて、明らかに大怪我を負ったはくあを回収する。だが、それを逃すまいとディエンヘルが迫る。救助者を担いだ状況で避けるのは拙い。
真後ろから追い縋り、叩き伏せる。
ようやくここに来て、救助部隊の回収が一応は終わる。完全に撤退できているわけではないが、それでも、何とか全員を回収はした。人数を多く割いた分だけ功を奏したか。
今度は挫斬がディエンヘルへ接近すると烈風の如き突きを放ち吹き飛ばす。同時に、周囲に煙幕手榴弾を爆破させる。辺りにもうもうと煙が立ち込めた。
「今回はお仕事だからこれで帰るね!」
「逃げる? させるわけないでしょう、挫斬!!」
煙幕の向こうから声が聞こえた。同時に、衝撃波がすべてを薙ぎ払う。
飛び出してきたディエンヘルに対して、殿を考えていた白兎がいち早く槍斧を受ける。
だが、冥府の力を相手に長く持ちそうにはない。あっという間に追い詰められていく。
逃げる。それは単純に見えて、実に厄介な事柄だ。さらに、今はゲート内で力も普段より著しく落ちている。
撤退する術への意識。それが、味方全体として欠けていた。相手は強敵だ。加えて、普段は気絶した相手に興味無く見逃すはずのディエンヘルが撃退士を『殺して』いる時点で、逃がす気もない様子は最初から見て取れた。
少なくとも、撤退となった時点で、全員が全員、全力で逃げられる状況でなければならない。誰かを担いで逃げられるほど、容易くはなかった。
味方が傷付き、さらに足が遅れてと悪循環に陥る。これでは、全員逃げるなど―――不可能だ。
誰もが悟る。これでは逃げられない。
どうするか。
誰かが命を捨てれば良い。
そう、それくらいしなければならない。
くるりと背を向ける撃退士たちの姿があった。
「あ、貴方たち……どうするつもりですか!?」
遥がその様子を見咎めて声をかける。自分もすでに満身創痍、命を賭ける覚悟で立ったが他の撃退士が力尽くでそれを回収する。救助部隊と、戦意を喪失していた一部の撃退士は傷を負っていなかった。ならばこそと。
「は、ははっ……めちゃくちゃ怖いな……」
「だけど、命がけで助けに来てくれたあんたたちまで一緒に逝くことはない」
「止め―――!」
くるり、踵を返すと、ディエンヘルへそのまま吶喊していった。
散っていく散っていく。儚くも、命が散っていく。
誰かが叫んで止めれども、彼らは止まらない。助けに来てくれた学園生たちに恩義を感じた。ならば、本来通りの運命を辿ろう、と。そう決意したのだ。
傷ついた学園生たちは、その様子を目に焼きつけながら、他の撃退士に担がれ撤退せざるを得なかった。
●幕後
「どうした? 不満そうな顔をして。成果としては最高じゃないか」
ふいと現れたツォング(jz0130)がディエンヘルに告げる。
敵対戦力は壊滅。しかも、ディアボロの被害も軽微。これからゲートを魂吸収の期間まで守るとしたら、もってこいの状況だろう。ゲートを破壊するまでの道程は―――ほぼ絶たれた。
「状況のことじゃありません!! ほとんどは貴方のせいですよ!! 守らないとか言って、守ったりとか―――」
悪魔たちのやり取りは撃退士たちの攻撃などなかったかのように続く………。