街中。ふよふよとほんの少し浮きながら、相手が来るのをゆったりと待つディエンヘル(hz0135)。戦うことのできない人間には、今回、興味はない。故に、見逃した。むしろ、これから戦場となる場に、そのような者などいては欲しくない。だから、あえて大声で挑んだ。戦える者よ、来い、と。
「む、来ましたか……」
その前に佇むは、十数人の撃退士たち。
相手が相手、実直だからか。真正面から打ち合おうとする者が多い。その気配を感じ取ったのか、やんわりと笑む。
さぁ、楽しい戦いの始まりだ。そう言わんばかりで。
●
遠宮 撫子(
jb1237)は正面に立つディエンヘルを見た。
どこか自分に似ていると思いつつも、心の奥底で断言的にそれを否定する。彼女は情報によると、周りをあまり鑑みない戦闘狂だと聞く。それが、やはり、自分とはどこか遠い。
(さすがは悪魔、といったところなのかしら)
暮居 凪(
ja0503)は敵の行動を冷静に分析する。天使とは全く違う行動理念。
名乗りを聞くに、それなりの地位を預かるはずの冥魔だろう。それでも、こんな行動を起こすし、起こすこともできる。天使と冥魔のそこが違いか。
だが、そんな風に冷静に分析する者はそこまで多くなく。単騎で現れた彼女を前に、撃退士たちも自分たちの闘争心を掻き立てられていた。各々、武器を構えて敵の前に立つ。
そして。
(名乗りには、名乗りで返さないと失礼にあたるな)
蘇芳 和馬(
ja0168)は、そう考えいてた。
「私の名は、蘇芳 和馬。今日は、心行くまでやり合うとしよう」
その名をディエンヘルは呟きつつ、笑顔を返す。
「単騎で参られた卿に敬意を表す!」
春塵 観音(
ja2042)もまた堂々と名を名乗る。
「先ずは名乗りから! 名を春塵観音!」
しかし、その後が何かおかしい。
「スリーサイズは上から80、57、82だ! 好きな女性のタイプは髪が長くておっぱいは大きくなくて、笑顔が素敵で明るい家庭的な人!」
怒涛のように告げる観音に、がくりとディエンヘルが肩を落とす。男のスリーサイズなど知って何になるのだろうか。それにしても、女性のような体つきだなとしみじみと思っていたところに。
「さあ! 卿も名乗られよ! スリーサイズと好きな男性のタイプは必須だぞ!」
「ふぁっ!?」
スリーサイズを聞かれるとは思っていなかったのか、ボッと顔を赤らめるディエンヘル。ちなみに、これも彼なりの情報収集だったりする。
「こ、こここ答えるわけないでしょう!?」
自分のスリーサイズに自信があるわけでもなし。彼女は成人した女性のような姿形でありながら、ペタ、キュッ、ストーン。敢えて言えば美人ではあるが、そんな体型だったことは追記しておく。
ちぇーなどと呟いている横で、やれやれと虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が首を振りながら。
「ナンパの仕方がなっておらんで御座るなぁー」
そんなことを言ってたり。そして、それでは某が一つ、と。
「お美しい方、よろしければ一曲いかがですかな?」
「私の舞踊は激しいですよ?」
「構わぬで御座る!」
むしろ、望むところだと言わんばかりの彼に、実に良いですよと獰猛な笑みを返す。
「そして、一つお願いが御座る! これからの一曲で我らが及第点に達したら、情報が欲しい!」
「ふむ……」
虎綱が鼓動を高めながら、告げる。相手は、そこまで頭が良くないと聞く。それに戦闘狂であることもまた聞いていた。故に、取引を持ちかける。
「良いでしょう」
逡巡した後、そう答えた。
良しと、虎綱は心の中で頷く。
ただし私を満足させられたらですよ、と。狂的な笑みに、ごくりと喉を鳴らす。アレは、本物の冥魔だ。そう簡単に、満足させられるだろうか。
「うん、満足させてみせる。それより、今日こそ、最後まで戦ってくれるんだよね?」
聞き覚えのある雨野 挫斬(
ja0919)の声に、そちらをディエンヘルは見る。
「えぇ、今日こそは」
二度邂逅しておきながら、一度は相手が本気を出してくれない状況、一度は戦いを禁じられた状況に置かれ、まともに戦えていない。
今回は、少なくとも戦いの制限がない。どちらかが倒れるまで、やり合うことができる。
「んー、楽しみ! そうだ! これあげる。美味しいよ。生きて帰れたら食べてね!」
そう言って、挫斬は菓子と紅茶の包みをディエンヘルに渡す。物騒な台詞だが、これが彼女なりの愛だ。
「悪魔にしては実直だね、君」
「貴女は?」
「神喰 朔桜(
ja2099)よ。覚えていてもらえると嬉しいかな」
質の高い魔力を包み隠さず、朔桜はディエンヘルの前に立つ。多くいる撃退士たちの名を憶えようと、ディエンヘルは復唱する。
「ふふふっ、私、そう言うのも好きだよ」
並の者ならば、その身を凍らせるような笑顔で。
その瞳に映るは、無邪気さ。だが、普通とは何かが決定的に違っている。
好きだから、壊したい。
「貴女も挫斬に近いですね……どこか普通の人間とは違う何かを内包しているようですが、そんなこと関係ありません」
そんな彼女を評する。
だが、ただまともな人間など、必要ない。戦いに強ければそれで良いのだ。今の彼女らにとっては、それが全てだった。
新井司(
ja6034)は、ディエンヘルを見ながら考え込む。誰の力さえも借りずに、事を成し遂げようとするその意思は、何なのだろうか。もしかしたら、己の想いに対する答えを持っているのかもしれない。そう思い。
「あなたにとっての、英雄ってなにかしら?」
そう口に出していた。
「私にとっての英雄、ですか? 生涯をただ信念に捧げた人でしょうか」
「そう。参考にさせてもらおうかな」
ディエンヘルの言う英雄像も一つの形だろうか。長い間、英雄と担ぎあげられてしまった少女は答えが分からない。故に、人天魔に拘らず、ただ英雄としての在り方を他者に聞く。いつか、その答えが出る時まで。
(単騎で来るとは……)
アレクシア・エンフィールド(
ja3291)がディエンヘルの行動に眉をひそめる。単騎でできることなど、高が知れている。いくら天魔の者とも言えど、それこそ即座にやられてしまうほどに。近年の撃退士たちはそれほどに力を蓄えている。
(だが、愚かとは言うまい)
つまりは、その撃退士たちを前にしてなおそれだけの実力があると言うのだろう。自負故の行動。そして、それは単純明快な子供のようで。
(実に愛い)
彼女の心に触れるには、何が良いか。やはり、ただ戦うだけだろう。そっと笑むと武器を構えた。
●
一方で、他の撃他士たちは着々と準備を進めていく。
「あぁっ、真正面から行きたい。うぅ……血が騒ぐ」
名乗りを上げる冥魔に対して、氷月 はくあ(
ja0811)は突撃したい気持ちを抱いていた。しかし、ぶるぶると頭を振って気を落ち着かせる。自分にやれることはもっと別にあるのだと。
桝本 侑吾(
ja8758)と同じように近くのビルから狙撃しやすい配置につく。
(我こそは、か。まるで、戦国武将だな)
侑吾が突然に現れた敵をそう評する。堂々と立ち居振る舞い、名乗りを上げる。だが、それへまともに付き合う必要はない。
真正面から対峙するのは、十数人のみ。残りは、後衛。特に、周囲にあるマンションやビルと言った高所に陣取り、狙撃戦および諜報戦を仕掛けようとしている。
「ちょーっと頑張ってみようかな。ね? ポチ」
白虎 奏(
jb1315)はヒリュウを召喚し、悪魔相手に監視を試みる。
ルーネ(
ja3012)は建物の屋上に、カメラを設置し、その戦いを克明に記録しようと試みる。実際に、敵の手の内を見たり記録したりするには、これは良い手だ。
(正面からぶつかる以上、記録している暇なんてないからね)
そう考える彼女は、今回の作戦の本質を理解しているとも言える。
敵の情報を掴むこと。どういう戦いをするのか、それを記録する媒体があれば便利だろうか。
●
空気が震える。戦いの時は、刻一刻と迫っていた。互いに名乗り、会話の時間はもうじき終わる。
スッと誰からともなく、武器を構える。それを合図に、鍔鳴りの音が周囲に響く。全員が武器を構え。
(強そうなの……でも、怖がっているだけじゃ駄目なの)
ぐっと震えを抑えて、詠唱を始め。後方から光が飛ぶ。
周 愛奈(
ja9363)の放った電撃による一撃。
パリと紫電を走らせ、ディエンヘルへ迫る。
ディエンヘルに触れる直前、槍を一閃。光が奔ったようなその一撃の前に、雷は掻き消えていた。
周囲には、バリバリと電撃の余波が音を震わせている。
そして、それに合わせて。そこへ殺到するアウルの奔流。
「初手の一斉攻撃ですか」
その程度なら、読めてますよと言わんばかりに。ドンと脚で地を踏みしめ、不動の構えを見せるディエンヘル。一際、魔力の奔流が大きくなったようにも見える。
司の引き絞られた弓から放たれた矢も、枯月 廻(
ja7379)の暗器に近しい分銅による一撃も避けようとすらしない。
高所から迫る不意であるはずの一撃。はくあ、ルーネの弾丸。
それらを幾重にも展開された障壁が弾く。続けて飛んでくる侑吾の影による槍の一撃、アデル・シルフィード(
jb1802)の虹色の魔力球体もまた似たように阻まれる。
鑑夜 翠月(
jb0681)の放った闇の刃と朔桜の雷撃に対して槍斧を振るっただけで、後は特に反応すらしていない。しかも、恐ろしいことに傷一つなかった。
「何あれ、ホント悪魔って怖い」
久瀬 悠人(
jb0684)が展開された魔力を前に呟く。
もはや結界と呼ぶにふさわしいほどの障壁が、撃退士たちの攻撃を阻んでいた。
その様子を見て、分銅を引き戻しながら廻は思考を巡らせる。
(二撃に対してだけ、槍を振るった……?)
それを脅威と見たからか。だとすれば。いや、まだ情報が少ない。
それらの一斉攻撃と共に、真っ先に飛び込んだのは、断神 朔樂(
ja5116)だ。
目の前にいる敵をただただ断ち切らんと。それは真っ直ぐな剣だった。
初手から全力。気を抜いて勝てる相手でないことは当然だ。故に、真っ直ぐに刀を振るう。
人の目には、もはや線でしか映らないであろうはずの鋭い一撃を、ディエンヘルは真正面からあっさりと受ける。くるりと槍を回し、その柄で反撃を打ち返す。
「ぐっ……!?」
衝撃が身を貫く。だが、どういうわけか、その力は驚くほど脅威のわけではなかった。
打ち据えた横合いから、今度は二つの別の影。
「タイ捨流、雀原 麦子(
ja1553)よ。お相手するわ!」
「ハジメマシテ、あたしタテハ。そっちのこと色々教えて欲しい、なぁ!」
麦子の斬撃と染 舘羽(
ja3692)の炎鎚が迫る。斬撃を槍の柄と障壁で弾き、炎鎚を真正面から受け止める。ズンと重量感ある一撃に、少し足が地へとめり込むが、それだけだ。
お返しとばかりに、二人へ反撃の槍撃が振るわれる。それは、力を受け流し、迫ってきた敵だけへ的確に打ち返す技か。
「くっ……何、あの構え……!」
麦子が違和感を覚える。
流派などはない。構えも滅茶苦茶。だが、動きだけは無駄に洗練されていた。
そして、明らかに守りに徹しているような、そんな感触。本来なら、あの障壁ごとぶった斬るつもりだったが、それも叶わず。
「ふむ、貫けませんか。このまま守りに徹するのもありかもしれませんが、それでは面白くないですね」
グッと、ディエンヘルが足を踏み込むのが分かった。仕掛けてくるつもりだ。
「気を付けて!」
四条 那耶(
ja5314)が声を掛けた直後。
パッと赤い花が散る。目の前にいた舘羽、麦子、朔樂、そして迫っていた観音の四人人へ四連撃が奔った。受けた斬撃の衝撃に、吹き飛ぶ四人。麦子、舘羽、朔樂、観音の四人とも一撃の元で沈んだ。いや、観音だけはまだ目を閉じていない。わざと転がっているようにも見える。
(よし、今だ……!)
四連撃を放った彼女には、それなりの隙が覗える。
「音は女の子には手を上げない主義なのだよ!」
迫るピコハン。だが、それを鎧袖一触に蹴散らすディエンヘル。
彼女はまったく容赦してくれなかった。しかも、隙もあるように見せかけただけか。
「む……?」
頭に血が昇っていたのか、観音を殴り倒してようやく彼の持っていた物に目を向ける。この戦いの場で、なぜピコピコハンマーなんてものがと、一瞬、疑問の様相を呈するが、すぐに前を見た。
●
一瞬で戦闘不能に陥った四人を司、廻、若菜 白兎(
ja2109)が回収して後方へ下がらせる。
(ひとりでも多く、無事に……)
白兎が三人へ祈りを込める様にして、回復する力を与えていく。亀山 絳輝(
ja2258)もまた癒しの光を彼らに与える。
「うっ……痛ぅ……」
「っあぁ……アタシ……?」
「くっ、かたじけないで御座る……」
三人、目を覚ます。が、観音の傷は深い。もう少し回復させなければならないだろう。
「まだ、駄目なの。動かないで」
何とか戦線には復帰できるだろうが、この状態で行ってもまた危険にさらされるだけだ。もう少し傷を癒してからでないと不味い。
ディエンヘルの周囲は乱戦上等と、包囲する撃退士たちで溢れていた。
主に死角を取ろうと動く者が多いが、どこに死角があるのか分からない。強力な防護障壁は、彼女の周囲を満遍なく包んでいるのだ。
「くぬっ、やはり効かんか……!?」
虎綱の放った闇宵の帳は、確かに彼女の死角から捉えていた。だが、それだけだ。当てることはできても、貫くことはできない。しかも、動きを縛ったと思ったら容易く影を引き千切られた。足止めは難しいか。
さらに、それ以前に、問題が一つ。
真正面から受け止める相手が少ない。誰も彼も、狙ってくださいと言ってるようなものだ。叩きのめす相手を選ぶかのようなディエンヘル。
だが、後方より声が飛ぶ。陣形の薄くなった真正面のことを絳輝が指摘する。
「真正面が薄い、暮居!」
「えぇ、分かったわ!」
凪が盾槍を構え、真正面に立って攻撃に備える。生半可な防御ならば、断ち切られる。それを覚悟した上で。
軽々と棒きれを扱うかのように、槍斧が迫る。ギャリと音を立てて、しっかり盾の部分で受けた。
それでも、衝撃は凄まじい。
(手が痺れる、ってレベルじゃないわね……骨が何本かイカれたかしら)
受け続けたら、盾部もろとも粉砕されるだろう。だが、耐えた。
「ふっ、甘いわね。そんな大振りな攻撃に殺されるほど優しくなくてよ!」
「私の一撃を受け切れる者が人にいるとは! 面白いですよ!」
続けて、振るわれる斧。それもまた受けたというよりは受けさせられた。敢えて、盾の部分を狙っているのだろうかのような斬撃。構える凪のディバインランスが音を立てて軋む。同時に、ミシリと凪の骨も歪んで行く。
(さすがに、強い……!)
自身に注目させることはできたが、はたして、どうするか。1対1では防御に集中するだけで手一杯。まともにやり合うことなどできない。
もう一度、振るわれる槍斧。だが、そこへ、飛んでくる衝撃波を避けるべく、一旦防御に戻った。
(これが悪魔……こんな距離で対峙するのは初めてだけど、やはりとんでもない)
司の飛燕で、事なきを得る。ディエンヘルを討てば、それはもはや英雄だろう。しかし、そう安くはない。仮にもアレを倒すのだとしたら、先程の一撃程度では温い。
そして、司の攻撃に合わせて飛んでくる愛奈の火炎弾と朔桜の雷槍が、ディエンヘルを吹き飛ばすも槍斧で薙ぎ払っていた。
「ふぅん。やっぱり、簡単には倒せないか」
無呼吸の所作で強力な雷撃を放った朔桜だったが、自分の体が無事に済む全力を以てしても、槍斧を構えたディエンヘルの防御を完全に貫くことはできていない。
(あぁ、壊し甲斐のある……)
パリと再び闇色の紫電が迸る。それをなおもディエンヘルは受けた。正面から真っ向勝負では分が悪いか。
だが。
(やはり、選んで受けている……)
廻が気付く。高所から飛んでくる弾丸は物ともしない。受けることすらせず、障壁に任せるがままにしている。ただ、愛奈と朔桜の魔術にだけは反応し、率先して払っているようにも見える。
恐らくは。魔法攻撃に弱い。
それでも、生半可な攻撃は通じない。侑吾の影の書とアデルの虹のリングによる攻撃が良い証明だ。
それこそ、ダアト級の魔力か。
「くっ!?」
ナイトウォーカー級の魔力でもあれば。
闇の刃が飛んで行き、ディエンヘルの右腕を裂いた。ぱっくりと開いた傷口から、血が零れる。
(効いた……!? やっぱり、魔法の方が!)
翠月の放った魔術により、ようやくそれなりの傷を負った。
「どこから飛んできたかは分かりませんが、やります……こうでなくては!」
目を血走らせながら、悪魔の女は吼えた。
●
高所に控えている後衛も何もしていないわけではない。だが、並の攻撃では障壁に対して無意味だ。足止め程度でしかない。
それでも、歩を遅らせることに意味はある。
「悪魔相手は、気が抜けないね。ホント」
機関銃を連射しながら、ルーネがぼやく。リズミカルに吐き出される弾丸は、障壁を以て防がれていた。
あちこちに場所を移すことを考えていたが、それも必要なさそうだ。目の前にいる敵しか考えておらず、こちらのことは歯牙にも掛けていない。いや、見えていないと言う方が適切かと分析する。
「どっちもまともに効かないか……」
侑吾が拳銃の引き金を引いて見るが、まだ影の書による攻撃の方がマシか。魔力の奔流のようなものに当てられて、時折、足を止める。
「うー……あんなに固いなんて」
はくあが愚痴をこぼす。自身の銃弾をも物ともにしていなかったほどだ。どれほどの物理耐性を持っているのか未知数なレベルですらあった。
そして、いよいよ以て、前衛組は乱戦に持ち込まれていく。
「無敵なんてあるわけないって、思い知ったでしょう!?」
「ふふっ、私とて無敵ではありませんが……!」
那耶の雷のような速度で迫る斬撃を障壁で受けたディエンヘルがギロリと目をそちらに向ける。
槍斧を薙ぎ払った時には、そこにいない。
「速い、ですね!」
並々ならぬ脚力でその場から駆け出していた。
同時に影手裏剣を投擲するが、こちらも障壁の前に掻き消える。
埋める様に、シルヴァ・V・ゼフィーリア(
ja7754)が割り込むと、緑光を宿した槍斧で薙ぎ払うが、同じように槍斧を打ち返された。剛撃に互いの武器から火花が散る。
だが、そのまま鍔迫り合いに持っていくことはなく、すぐに弾き飛ばして距離を取らせた。
空からアデルが虹色の光を放っている。上空からの奇襲に舌打ちしつつ、何とか反応するディエンヘル。槍斧で弾きつつ、迫りくる銃弾、魔弾を前に足が止まる。
しかし、後衛は放っておき、ほとんどの攻撃を弾き飛ばしながら、じわりじわりと歩を進めてくる。
目の前に立つ凪も四撃目を受けたところでさすがに一旦離脱。後方に下がる。
前面に立つ者がいなくなったところで、足並みが乱れ始めた。
攻撃に専念するためには、誰かが矢面に立ち防御しなければいけない。それを受ける人がいないと言うことは。
「陣形が穴だらけですよ、撃退士!」
中距離を保っていたアレクシアへ斬りかかる。応対するように刀を抜き放ち、敵へ不動にするための魔術糸を放つ。一瞬、動きが止まったようにも見えるが、それを引き千切るようにして突き進んできた。
「かはっ……!」
突進に近い一撃を受け吹き飛ばされるアレクシア。地面に叩きつけられた時には、すでに起き上がる力もなく。
さらに次は動き回っている悠人へ狙いを定めた。魔導剣による斬撃も物ともせず、返ってくる槍斧に一撃で沈みかけるが、不味いと距離を取る。
逃げる敵は追わないのか、それを無視して今度は撫子へと迫る。
(せめて、一太刀……!)
だが、臆することなく、これを真正面から受ける撫子。一太刀、受ける。
「くぅっ……」
痛みに耐えて、何とか反撃する。すれ違いざまに斬り付けるが、血を吐いて倒れたのは撫子の方だった。
「見事!」
それでも、ディエンヘルに一太刀は入れていた。ルーンブレイドによって、障壁を突破し、裂傷を負わせる。だが、止まらない。
傍にいた奏へと。槍斧が振るわれる。
「あっぶねぇ!?」
直前、ヒリュウを召喚し、ヒリュウがブレスを放つ。物ともしないが、その隙にと距離を取る。
「痛いのは、嫌……ぐぅっ!?」
しかし、今度は近くに召喚していたヒリュウをばっさりと切り裂く。召喚獣が損傷を受ければ、その痛みは召喚者に返る。それを失念していた。すぐに、ヒリュウも距離を取るが、これ以上の戦闘続行は厳しいか。
続けて、側面に回っていた虎綱を狙う。奔る斬撃に已むなしと戦闘服と己の身を移し替える。
代わりに切り裂かれたところで、追加の斬撃が迫る。
何とかこれを回避。鋭い斬撃を紙一重で回避したところで。
「……ぬぁっはっは! さすがにやるで御座るな! 行くで御座るぞ!」
敢えて、飛び掛かった。堂々と真正面から。狙われてしまった以上はやるしかない。
名乗りを上げた虎綱へ向かう。もはや、確実に避ける術はない。
振るわれる槍斧に対して、ディエンヘルの目前で横っ跳びに跳ねた虎綱だったが、それさえも捉えていた。
二閃。血飛沫が巻き上がる。
それでも、ニヤリと倒れる直前に笑みを浮かべていた。
「むっ……?」
それに気付くが、一手遅い。
「……並の攻撃は効かぬとして、この様な手はどうだ?」
「!?」
聖なる力の奔流。和馬が放った一閃に、障壁が砕けて血煙が舞う。
秘剣・禍津太刀。様々な古流剣術の型から抜き放たれる刃の軌跡。和馬の強力な技に、さしもの障壁も意味を成さず、刹那の間にすっぱりと断ち切って、ディエンヘルの身体を切り裂いた。
「ついでに、私のプレゼントも受け取ってもらえるかしら?」
「ふっふっふー。私、復活よー?」
「小癪な……!」
白兎と絳輝の手によって回復した凪と麦子の二人が戦線に戻ってくる。
麦子の斬撃を槍で捌くも、凪の放った聖なる一撃に悶える。
「俺からのプレゼントだ。遠慮せず貰っといてくれよ」
体をくの字に折り曲げたディエンヘルへ、さらに廻の光輝く力が迫る。あまりにも強力な聖なる力を前に、受けた槍斧が弾け飛んだ。
「が、はっ……!」
そのまま勢いを殺し切れずに、大鎌が障壁もろともにその身を裂いた。
さすがに、数の利は撃退士たちにある。一度、体勢を崩させれば。
「キャハハハ!!」
「その声!」
半歩、振り返りながら尋常でない速度で反応した。それでも、挫斬の方が速い。
「その黒くて綺麗な髪。真っ赤に染めてあげる!」
「ぐぅっ!?」
背後から迫っていた挫斬。解放された闘気からの薙ぎ払う一撃が、ディエンヘルの脇腹を捉える。大鎌を弾き飛ばそうと展開される魔力。その障壁を突き破り、その身を裂いた。
さらに。
「くっ……」
たたらを踏む。強力な冥魔にできたさらなる僅かな隙。そこへ叩きこまれる銃弾、魔弾の雨霰。それが止んだ直後、まだ土煙が巻き起こっている中、挫斬、麦子、和馬、凪による四方からの斬撃が奔る。
ギャリ、と。挫斬、麦子、二人分の斬撃は斧に弾かれ、和馬、凪の斬撃刺突は障壁を貫けず。
あれほどの猛攻を受け、ディエンヘルは槍斧を構えたまま立っていた。
「ふぅっ……なかなか、どうして。やるではありませんか」
一息吐き、額から一筋の血を流していた。体の方にもそこかしこに裂傷があり、無傷の状況とは言えない。強力な冥魔とて、追い込むことは決して不可能ではなかった。
だが。
「もはや、手加減などと生温いことは必要ありませんね」
パンパンと体に付いた砂埃を払い、額の血を拭いながら、そう続ける。
「『本気』で行きますよ?」
瞬間、前面に立つ麦子の体がぞわりと総毛立つ。ぐにゃりと空間が歪むほどの、高密度の魔力。それを体に取り入れている。あちこちにあったはずの傷が塞がり始めていた。
「それと貴方たちの実力、認めましょう」
虎綱の条件を飲むと言うのだ。
「気付いているかもしれませんが、私の弱点は魔術による攻撃。この障壁、魔法相手にはそこまで適合していませんが故に」
攻撃手段は手元の槍斧を使った物理的攻撃のみ。初手に使った技は、攻撃を行わずひたすら防御に回ることで並の攻撃なら寄せ付けず、近距離に対してはカウンター攻撃も行える。加えて、今回は使っていないが、15m四方ほどへ一斉に攻撃する手段を持っていると言う。
そして、今はさっきまで使っていなかった分の魔力を充填した、と。
「さぁ、行きますよ!」
ゴウと旋風が巻き起こり、彼女の周りに漂っていた魔力が収束した。
直後、もはや不可視と言うにふさわしいほどの四連撃が、立ち塞がっていた挫斬、麦子、和馬、凪の四名を引き裂く。何とか倒れないのが精一杯。斬りかかるも、あっさりといなされ、返す刀で四人が吹き飛ばされた。
「あれは……不味いか……!」
ルーネが飛び出す。数の利さえも覆しかねないほどの連撃に、彼女はその危険さを見て取った。
情報を得るためには、ここから先も長い時間を耐える必要がある。動きはカメラが撮ってくれる。ならばと、大剣を構えて吶喊する。
槍斧を打ち返してくるディエンヘルへ、大剣を構えて応戦。数合、打ち合うが、一撃一撃が重い。大剣を持つ手が震える。
それでも、倒れた者たちへ追撃をさせないためにも。耐えなければならないと、必死に受ける。
倒れまいという気迫を以てしても、均衡を保てたのはほんの一瞬。ありとあらゆる方向から奔る四閃をその身に受け、沈んだ。
朔樂がそれに合わせて肉薄。銀炎が、彼の走った軌跡を包み込む。
「断ち切ってみせるで御座るよ!」
一瞬の隙を狙い、突撃する勢いも合わせて、ディエンヘルへ斬り込んだ。それさえもあっさりと障壁でいなす。
一撃離脱を試みるが、簡単には逃してもらえない。距離を取ったと思った瞬間には、すでに追いつかれていた。
地面に叩きつけるように、槍斧の柄を振り下ろす。受けることも避けることもできないまま、朔樂は地に倒れ伏していた。
シルヴァが横合いから雷杖を、アデルが空から魔導剣を振り下ろす。それぞれ障壁を貫き、ディエンヘルへ傷を与えるが、すぐに塞がっていく。
振り下ろされる斬撃へ、シルヴァが盾を展開。それさえも砕きながら、あっさりと斬撃はシルヴァを切り裂く。
「ク、ハハハハ!」
「む!?」
傷を負ったシルヴァの、光纏により生じていた羽が、白から黒へと変わる。
「チヲ、チヲモット……コロス!」
「ふ、くく、それが貴方の本性ですか!?」
様子の一変したシルヴァへ、喜ばしそうに槍斧を振るう。それを物ともせずに突っ込むシルヴァ。だが、あまりにも斬撃が苛烈すぎた。まともに受けてはいけない類の攻撃に、シルヴァは吹き飛ばされて意識を手放す。
次は空中に目を向けた。先程から飛んでくる銃弾や魔弾よりも気にかかる。
「及ばずかもしれない……だが、相手になろう!」
その視線を受け、己の野望に対する障害と成り得ることを感じたアデルが、率先とディエンヘルへ斬りかかる。空よりの攻撃にディエンヘルもまた翼をはためかせて対応する。
空中戦の様相を呈し始めたが、魔導剣をディエンヘルは叩き折り、強力な蹴りを見舞う。地面目掛けて叩きつけられたそこへ、上空から思いっきり踏みつける。アスファルトが砕け飛び散るほどの衝撃に、アデルはそのまま起き上がれなくなった。
戦術に気を払っていれば、さらに善戦できたのかもしれない。だが、それを良しとせずに戦うは闘気に当てられたか。
強力な斬撃を前に吹き飛び、構えた武器もろとも砕かれて意識を手放していく撃退士たち。
「………」
「私たちの仕事は後方支援、じゃなかったのか?」
吹き飛ばされては倒れたままの撃退士たちを治療して回っていた絳輝と白兎。彼女たちがいなければ重体者が出ていたのは確実だろう。後方支援も重要な仕事だ。
それでも、白兎にとってこれ以上は耐えられなかった。思わず武器を構えて、ディエンヘルの立っている方を見据える。
「無茶だって分かってるんだろう?」
「小さくたって、わたしだって撃退士……なの」
これ以上、人が傷つくのを黙ってみていることに、白兎は耐えられなかった。
不退転の意思を込め大剣を構えて、戦場となっている前線へ駆け出す。ディエンヘルの槍斧を受けて味方を守るために。
●
「……さて、終わりですかね?」
最後の最後、白兎を槍斧で沈めた彼女はそう告げた。累々、そこには血溜まりに沈んだ撃退士たち。
撤退基準を決めていなかった彼らは、前衛が全滅するまで戦い尽くしたが、それでもなお及ばない。もはや、後衛のみとなった撃退士たちに戦う術はないだろう。
追い込むには一手が足りないか。
ただ、これで彼女は完全に満足した。作戦も何もないただ純粋な肉弾戦に。
「意気や良し。ですが、もう少し力を付けていただかないと」
だから、殺すことはしないと。暗にそう告げていた。
もっともっと力を付けて、私の前に立ち塞がりなさい?
そう告げて、ばさりと羽を広げ、その街から一つの悪災は飛び去った。
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撃退士たちの持ち帰った情報、特にルーネのビデオカメラによる貢献は大きかった。また虎綱の取引により引き出したディエンヘル本人による発言および戦いの後に撃退士たちの証言と含めて検証した結果、以下のことが分かる。
ディエンヘルの紡ぐ障壁は物理攻撃に対して極めて耐性が高く、わずかな傷さえも負わせるのは困難だということである。ただ、魔術と聖なる力を前には無効化されているようである。
さらに、魔力充填後は能力も上昇しており、特に再生能力が危険である点も分かった。単純能力より、何よりもその身に付けた技が危険な相手という印象である。
これらに対抗する作戦などを盛り込んで戦う必要がある。いずれは倒さなければならない相手なのだ―――。