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「さて、これより試験を始める」
教師の声により、それは始まる。
大量に湧いた雑魚グールの退治。体を動かすだけで、テストの点数がもらえるという美味しい依頼だ。
「まずは、それぞれ自己紹介と意気込みを頼む」
「大谷 知夏(
ja0041)っす! 試験と名の付くモノは、大の苦手なので少しでも、点数を稼ぐ為にやって来たっすよ! 」
「ふむ、素直で良い事だ」
元気一杯と言った様子で答える知夏。彼女こそ、完全に点数目当てで来ていた。筆記試験はおそらくやばい。ならば、体を動かすだけで貰えるこの依頼こそが領分だった。
「え、えと、水葉さくら(
ja9860)って言います」
おどおどした様子の少女が答える。
「その、目標は打倒1体で……」
「百はいるのに一体で済むわけ無かろう」
「は、はひ……それじゃ、2、3体で……」
「はぁ、大丈夫か……?」
やや呆れたように教師が言う。あまりにも自信が無さ過ぎることに一抹の不安を覚える。
「月音テトラ(
ja9331)です。今回は本気で暴れさせていただきますの。先に言っておきますけど、邪魔するなら斬るかもしれませんのでご了承をお願いしますの」
「物騒だな……味方と敵の位置には常に注意しておけ。戦場での基本だ」
善処しますのと答えて、テトラは黒いマフラーで口元を隠す。
なかなか問題児が揃っているなと思いつつ、教師は次を促す。
「篠崎 宗也(
ja8814)だ! 初依頼で散々だったから、その時の鬱憤を晴らさせてもらうつもりで来たぜ!」
最初の依頼でグール相手にやや奮わなかった。その過去が気にかかって仕方がない。
「ふむ、その依頼は私が担当したものだな。報告も受けていたが……何、気にすることはない。己の役割は全うしていた。他者を守る力としてはな。何も敵を倒すことだけが全てではない」
だが、教師の評価は違っていた。彼の動きは確かであったという。
その後も自己紹介は続き、最後にこう締めくくられた。
「如何に雑魚とは言え、怪我には気を付けることだ。腐っても天魔ではあるのだからな」
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その道路はグールで埋め尽くされていた。文字通り『埋め尽くされて』いた。
「凄まじい物量だな……」
これが普通のグールだったらと思うと少しおぞましい。ユリウス・ヴィッテルスバッハ(
ja4941)は小高くなった丘のような場所から敵を俯瞰し、そう評する。
「ひゃー、いっぱいっすねー」
どこに魔法を撃ち込めばもっとも効率的かを見極めるために来ていた知夏は、みっしりと詰まっているその様子から、どこに撃ち込んでも一緒だと判断する。
「あそこまでいるとなると楽しみですね」
「えぇ。これはこれは、とても楽しそうなパーティですよ」
アイリス・L・橋場(
ja1078)とcicero・catfield(
ja6953)が好戦的な笑みを浮かべる。
なお、アイリスが考えていた大量の接着剤による敵の固定化ついては、周囲の砂などに張り付いたり凸凹しているアスファルトの上では有効でないだろうとのこと、また、大量に保持することは中に危険な化学物質を伴うものもあるが故に危険であるため、実行は現実的でないと判断された。
「さーて、行くとするかね」
御伽 炯々(
ja1693)が軽く伸びをし、眼下に迫るグールたちを見やる。
戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。
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「I desert the ideal!」
真っ先に突っ込んだのは、アイリスだ。丘より駆け抜け、グールの群れの一端に斬り込む。
同時、炸裂した銃撃により腹部から真っ二つに轢断される。
続けざまに、二撃、三撃、グールに迫るまで一撃の元に葬り去る。
その背を守るように、炯々が続く。
アイリスを囲もうとするグールへピンポイントで射撃する。頭を撃ち抜かれたグールはそのまま倒れ動かなくなった。
「先手必勝っす! 最初から出し惜しみをせずに、一気に行くっすよ!」
味方を巻き込まないよう、狙いは奥の方。知夏は、法力を両手から中空へ。無数の彗星を象ると、それをグールの群れへ叩きつける。
強力な衝撃波と共に、グールが8体ほど消し飛ぶ。
「まだまだ、行くっすよ!」
続けて、二連撃目を別の場所へ放つ。再び、10体近くを一撃の元に葬り去る。あっという間に、15体以上を撃破。
「うぉおりゃぁああああ!!」
凄まじい掛け声と共に、宗也がグールの群れに突っ込むと、大振りにツーハンデッドソードを振り回す。
骨の砕ける音、肉の爆ぜる音を立てて、グールが数体宙を舞う。
「どうしたどうした!! 初依頼のグールはもっと素早かったぜ!!」
周囲に穴を開けたところで、敵はまだ群れてこない。ならばと自分からそのさらに奥へ突っ込んでいく。
「私の性質は破壊……。目の前に有るモノは壊れていく」
呟きながら、アウルの力を魔具に込めていく。テトラなりの自己暗示だろうか。
「ああ、今回は壊すか……。さてと、心の枷を外してしまおう。私の心が壊れてしまわないように」
光纏すると同時に、槍斧を一閃する。込められたアウルの力は暴れ狂うとともに、グールを縦一文字に切り裂いた。一撃で倒せるようだと判断すると、さらにグールの群れへ突撃を掛ける。
「いぃやっほーー!!」
楽しそうな掛け声と共に、ciceroが二丁拳銃を乱射しながら、敵へと駆けこんでいく。ある程度の乱雑さはあるが、敵は群れている。特に苦も無く、数発が敵のあちこちを穿ち行く。
最初から派手に向かう六人と違い、ユリウスは己と敵、彼我の戦力を計りながら、相対していた。
「数を倒せ、か……ディバインナイトは力が無い分他よりは不利。と、なると効率よく戦わねば、な……」
スッとレイピアを構える。
「こういう連中は、頭が弱点と相場は決まっている。ならば……!」
ヒュンと、空を切る音がすると、ボッと二匹のグールの頭部が爆ぜる。凄まじい速度で放たれたレイピアによる突きの衝撃だった。
「次、だ。思った以上に、歯ごたえがないな」
この分なら、敵の攻撃を身に受けても大したことはないだろう。自分の防御は他に比べて秀でているはず。そう判断すると、彼もまた魔の群れへと身を投じる。
「はぅぅ、皆さん、凄いです……えとえと、敵はっと」
おたおたと、さくらがそんな皆の後を付いていく。
「あ、あんなところにはぐれたグールが……」
『ウ゛ォ゛ァ゛ア゛ア゛』
撃破残りだろうか。腕が吹き飛んでいるが、まだ健在のグールがいた。
「せーのっ、えいっ!!」
背後からこっそり近づいたさくらが、グールの頭を思いっきり殴打する。
横殴りにスイングされたロッドは綺麗に首から上を吹き飛ばし、そのグールはばたりと倒れ、一、二度、痙攣した後に動かなくなった。
「ほぅ……まずは一匹です」
ぐと拳を握りしめ、次の敵へ向かうさくらであった。
●
最初の突撃で、その数の多くを減らしたが、数に物を言わせて敵は突撃してくる。それでも、動きは鈍い。
アイリスに近づこうとしてくるグールが次々と首を狩られていく。漆黒の大鎌を構えたその姿はまさに死神か。
「さぁ……どなた……から……首を……狩られたい……ですか?」
言う間にも屍の山を築いていく。ある程度の敵を屠った後、己の闘気を高める。
「……Sfarsitul viata tuturor este moartea!」
遍く生あるものの終焉は死なり。
そう言うと、血のような紋様の浮いた黒いバイザーがアイリスの顔の上部を覆う。
「相変わらずおっかねーな。いや頼もしいんだけどさ」
炯々がアイリスの解放された闘気を目の当たりにして、そう告げる。
「踊り……ますよ! 御伽さん……!」
「おぅ! 行けるぜ!」
炯々が銃を連射する。しかし、それは無秩序に放たれたものではない。的確に、アイリスを掴もうとしてくる敵の腕を撃ち抜く。何も出来ぬままの、敵の命をアイリスが刈り取っていく。
そこは暴風の吹き荒れた後のように、立つ者はいなくなっていった。
闇雲に突撃していった宗也の周りにグールが群れる。伸ばす手は生ある命を求めてか。
だが、それは届かない。
「噛みつかれるのはもう嫌だからな!! 吹っ飛びやがれ!!」
遠心力を加え、武器の重量に任せて一回転。周囲の敵があっという間に薙ぎ倒される。吹き飛ぶグールへさらに迫り、一刀両断にする。
巨大な剣を振り回し、宗也は迫るグールを薙ぎ払う。
しかし、わずかな隙をついて、グールが背後からようやく組みついてくる。
「組みつくんじゃねぇ! 腐臭が移るだろ!!」
それを振り返りざまに殴りつけ、距離を離し、追撃で一撃の元に叩き斬った。
敵の群れの奥深く、ユリウスはその奥まで突撃を掛けていた。強力な魔陣はグールの攻撃をまったく寄せ付けない。
「その程度の攻撃で、我が陣を崩せると思った、か……?」
囲んでくる敵の攻撃を物ともせず、逆襲するようにレイピアの突きが迫る。それはまさに獲物に喰らいかかる獅子の牙の如し。刹那の間に、グールがその命を散らしていく。
一方で、知夏は自身の作戦を巧みに使っていた。
「目潰しを喰らうっすよ!」
知夏の周囲が煌々と輝きだす。その聖なる光を恐れてか、グールたちが目を背ける。
その目を背けた個体めがけて、強力な聖なる力を込めた一撃で敵を蒸発させていく。
知夏の作戦は巧妙だった。周囲にいる敵がほとんど目を背け、隙だらけになっている。
そこへ、ciceroがビルとビルの間を華麗に飛び回りながら、アクロバティックに銃撃を頭上から降らす。穿つ銃弾は、グールを蜂の巣にしていく。着地すると、そのまま走り抜けながら、周囲に銃弾をばらまく。
その顔には笑みを浮かべ、実に楽しそうだ。
続くように、テトラが笑顔で涙を流したまま暴れ、斬り込んでいく。巨大な槍斧で敵を薙ぎ払ったかと思うと、近間に入ってきた敵を柳一文字で斬り裂く。近くの敵を薙ぎ払った後は、すぐさまチャクラムに持ち替え、遠くの敵へと標的を変えた。
撃退士たちの猛攻に、グールたちは成す術もなく、その数を減じていく。
「はふぅ、あ、また生き残りですか……」
そして、さくらは逃げようとしていたグールを後ろから殴りつけて撲殺していた。正直なところ、自分がいなくても大丈夫だろう。
だが、討ち漏らしだけは避けたい。一匹も残さず倒すことが彼女の目標だった。
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グールたちがその数を半分以上に減らしていたその途中。
「きゃっ!?」
さくらの元へ、与し易しと見たか、5体ほど群れてきていた。一匹を相手していたが、一匹を殴り倒したら、もう一匹がやってきてしまう。
迫るグールたち。
「おい、大丈夫か!!」
しかし、目の前に突如として現れた宗也によって、グールの毒牙は阻まれた。
「後ろは私が引き受ける。全力で前のみを切り崩してくれ」
時を同じくして、いつの間にかさくらの背後にユリウスが立ち、盾を構えグールの攻撃を防いでいる。
「ナイト同士の共闘も悪くなかろう?」
「おう!」
ユリウスの呼び掛けに、力強く宗也が答える。三人がかりで、あっという間に、6体のグールを撃破する。
「あ、あの、ありがとうございます」
「礼はいらないからな! 助け合うのも試験かもしれねぇだろ?」
宗也が笑顔で言い放つ。
半分以上に減ったとはいえ、敵の数は多い。さくらのやることはまだまだ尽きそうにない。宗也とユリウスが行った後も、討ち漏らしを確実に撃破して行った。
「ふー、さすがに疲れてきたっすねー」
使うスキルもほぼ尽きて、知夏が汗をぬぐう。敵の数はそろそろ4分の1程度になった頃か。だが、星の輝きによる目潰し効果もあり、目を背け彼女に近づこうとするグールはいない。
「援護とか治療とかも必要なさそっすね、あれは……」
遠くを見やる。
そこでは、アイリスと炯々によりグールの屍の山が築かれていた。首を失い絶命したもの、両手両足を潰され最後には磔のように地に縫い付けられているもの。様々だが、どれもこれももう動ける状態ではないのは確かだろう。
残りもあっという間だった。すでに群れているのではなく、個々の討ち漏らしが僅かにいるだけ。それも何匹かは逃げようとしていたが。
「距離をとれば安全だと思ったかね? 逃がさん、よ」
「逃がしはしませんっ」
ユリウスとさくらによって、遠距離から撃破されていく。
そして、ついには、その場に動く者は撃退士たち八人だけとなったのだった。
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安全と見たか、採点役の教師が八人に近づいてくる。
「私は何体撃破したのですの? 忘れた……ですの」
「月音か。撃破数は11だな。まずまずと言ったところか」
頬を赤らめて言うテトラに対して、教師が撃破数を告げる。しっかりと数えていたようだ。
続けて、今から採点を行うらしい。
「ふむ。全員、己の力をよく知り、向かって行っていたな……皆に最低でも5点は融通してやろう」
実技の点数を最低でもそれだけは融通してくれると、担当の教師は言う。
「際立った活躍をした、橋場、御伽、ユリウス、篠崎には追加で3点、その上で絶妙なスキルの使い方をした大谷には追加で8点をやろう」
さらに、多くグールを撃破した5人に追加で点が加算される。
ほぅと胸をなでおろしていたさくらに、最後、とんでもない発表が待っていた。
「最後に、一番上手いと思ったのは、水葉、お前だ。まぁ、あまり撃破できていなかったようだから、それを加味して……10点といったところか」
えっと驚くさくら。
「最初は大丈夫かとも思っていたのだがな。討ち漏らしを仕留める、という点においては、完璧だった」
「えへへ、グールがいなくなって良かったです」
そう笑顔でさくらは言う。
教師の評定はこれで終わった。言葉は厳しいが、割と優しい先生だったのかもしれない。全員、追加の点数を貰うことができたのだった。
ちなみに、点数の追加は以下の通り。
大谷 知夏……13点
水葉さくら……10点
篠崎 宗也、アイリス・L・橋場、御伽 炯々、ユリウス・ヴィッテルスバッハ……8点
cicero・catfield、月音テトラ……5点