鈍色の空には金色の星々が瞬いている。
樹齢百年を超える巨木に囲まれた森の中へ、人々が次々に足を運んでいた。
どこからか響く除夜の鐘は、無数の煩悩をかき消していくと言う。年の変わる瞬間を皆で過ごそうと決めた人々が、大行列に並んで境内を目指した。古い札や注連縄を燃やす大きな炎が遠目からもハッキリと分かる。既に古符や注連縄を投げた人々は、枝につけたスルメを焙っていた。パチパチと焼ける炎に踊る一夜干しのイカが、いい匂いを漂わせている。境内の中だけは、何度か温度が上がっているような錯覚を覚えた。
「すごい人なのである」
「3人ではっつもうでー! めでたいね! だけど……」
声だけは元気な亀山 淳紅(
ja2261)は……寒さに震えていた。
「ごっつい寒いね……出なきゃよかった、おふとん、こたつ、ストーブ、エアコン」
現代っ子が文明の利器を求める。
残念ながら、ここは野外だ。同じく東城 夜刀彦(
ja6047)も寒さに震えていた。
「うう……凄い人で、つまり人いっぱい居るのに、今年寒すぎる……寒い!」
果たして肉の熱はどうしたのだ。これはあれだ。夏場に山間に入って涼しさを感じる涼の類が、寒さに拍車をかけている……などと分析した所で寒さが改善されるはずもない。
それにひきかえ。
「む? 亀山殿も東城殿も寒そうであるな?」
傍らのラカン・シュトラウス(
jb2603)はもふもふ白猫のきぐるみ姿に紋付袴を来ていた。本人曰く『これが初詣の正装であろう!』との装いだ。正装かどうかは別として、きぐるみは大変温かいらしく、さらに近くの子供達が「ねこさーん」と声をかけてくる。
ある意味でアイドルだった。
「我は冬毛であるゆえ寒さは問題ないのである! 二人とも我についてくるがいいのである!」
きぐるみの挙動は口ほどに物をいう。
東城がシュトラウスを羨む。
『寒くないなんて。ラカンさん……なんてふかふかしてるの!』
あの毛皮に、包まれたい。
むしろ雪風の盾にしたい。
一方、亀山は唐突にシュトラウスへ狙いを定めた。
問答無用で抱きついて、はぐはぐもふもふと顔を埋める。ぬくい。
「ああああったかいいいいいい! ラカンさぁぁぁん!」
「むふ!? お二人とも何をするのである!?」
「ふぁぁあったかいーっ!」
東城まで抱きついた。極寒の中における毛皮の誘惑に勝てない。
「我の毛皮を毟らないで欲しいのである!!」
「いやだあああ、すてないでぇぇえ」
周囲に誤解を与える発言をしながら抱きついていると、東城の服の袖が何かに引っかかった。そして毛皮の……否、きぐるみの首筋から背筋にそって見えるファスナーが開いている。亀山と東城の表情が凍った。
『おーぷん・ざ・毛皮してる!? 寒いやん!』
周囲にいる小さいお子さまの夢を保つべく、うっかり中の人ポロリを防ぐべく、亀山はファスナーをそっと押し上げた。
きぐるみの中身は秘密の花園だと二人は思った。
「全く、着崩れてしまいますわ」
水色に金糸が映える振り袖を着た長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は人混みに疲れていた。過去に神社を訪れたことのない長谷川は、一体どこから現れたのかわからない大勢の人々に圧倒されていた。そして漸く賽銭箱の前に到達する。
「お賽銭とやらは持って参りましたが」
『いったいどうすればよいのでしょう』
作法がサッパリ。
暫く周囲の様子を見て、近くのおばあちゃまに教えられるまま小銭を投げ入れ、両手をあわせた。
来年も良き一年であってほしい。
「はわわ、ご、ごめんなさ……と、通してください、わ、割り込まないでぇ」
渋め赤紫色の着物に、灰色地に黒っぽい鹿模様の帯しめて。
年末に早くも恋破れたらしい小鹿 あけび(
jc1037)は、人々に押されつつも賽銭箱の前に辿り着いた。後方から少額コインが飛んできて、頭に当たる。ついてない。
『うう、負けない。父さんや母さんがいなくても、頑張らなきゃ……』
賽銭を投げ入れつつ、両手を会わせる。
そして何を思ったのか……数分前の決意でなく、別なことをお祈りした。
『が、学園での良い出会いがありますよーに!』
ぼーん、と鐘が響く。
そして御神籤を引きに行ったが【末吉】と出た。枝に結ぼう、と心に決めてみるものの、猛烈な人混みに断念して、結局持ち帰ることになる。
「時には神頼みも必要……だよね」
そう言って両手をあわせた炎武 瑠美(
jb4684)は熱心に祈っていた。火矢野永久(
jb6895)は不思議そうな顔で様子を見守る。
『お嬢様……かなり真剣ですね。それだけ大事な思いなのか、それとも沢山のお願いをしているのか。どちらかはわかりませんが……お嬢様の祈りが届きますように』
そして火矢野も自分の願いを祈りにこめる。
とても長い時間だった。
目を瞑ったままの炎武は、最期の御願いを口に出して締めくくる。
「この一年が皆にとって良い一年となりますように。周りの皆が良かったなって思える年となりますように」
ぱんぱん、と手を合わせて。
二人で破魔矢を買うべく身を翻した。
火矢野の視線の意図を察してか「内緒」と炎武が笑う。
「こういうのって言わない方がいいと思うし。今年もよろしくね、お姉ちゃん」
「そうですか……ええ、お嬢様。この一年良い事があると良いですね。御神籤も引いておきましょう。今年の運試しです。そうそうご存じですか? もしも引いた御神籤が凶の場合は、利き手と逆の手で境内の枝に結ぶといいそうですよ」
破魔矢の購入ついでに御神籤を引くと、炎武が【小吉】で火矢野は【中吉】をひいた。
かわらない一日が終わる。暦の年が変わる。
たったそれだけ。
酒守 夜ヱ香(
jb6073)は習慣に従って賑わう人々の様子が不可解だった。けれど傍らで細やかな気遣いと丁寧な案内をしてくれる志塚 景文(
jb8652)のお陰で、意味を悟る。
「そっか……少し、驚いたけど……家族とか、自分のこと、考える節目なんだ……ね」
華やかな着物が眩しい。
家族揃って参る人々に、酒守は複雑な思いを抱いた。
微妙な空気の違いを志塚は分からなかった。分からないまま賽銭箱の前に到達し、酒守に作法を教えて賽銭を投げる。右習えで行った参拝をすませ、酒守が和歌御神籤を買った。
「夜ヱ香さんの御神籤【中吉】だって。読もうか?」
「うん」
「えーっと『見し夢をあふ夜ありやと嘆くまに日さえあはでぞころも経にける。光源氏』……源氏物語の一節だね」
「……何?」
「横に訳が書いてあるみたいだ。『夢のようにお逢いした昨夜のように、また会えるだろうかと溜息をついている間に、眠れぬ日々が過ぎてしまいました』だって。御神籤のイメージなのかな。運勢は『もっと自分に自信を持ちましょう。積極的に物事に取り組むことで、少しずつ運は開けるでしょう』、健康運は『少し躯を休めましょう』、愛情運は『あなたらしさを大切にするように』、金銭運『思わぬ喜びがありそうです』だって」
色々と読み上げて酒守に籤を返した。
人の少ない場所に移動し、家族の手伝いをした話から酒守の親族について話題が移る。
「思い出せない……の」
「そう、なんだ」
「うん……でも、今は……志塚さんが、いるから」
だから平気、と微笑む酒守の手を、志塚の手が柔らかく包み込んだ。
「あ、結衣香ちゃーん! 今あり来よろ!」
嵯峨野は早速、下一結衣香が持っているモノに目を付けると「その美味しそうなスルメさんを私にもおくれよ」と、すっと手を差し出した。
「しょうがあるめぇ、わけてやんよ」
芝居がかったセリフと共に焼いたスルメをぱきぱき割って嵯峨野に渡す。
「んー、しょっぱい! 焼き立てって結構イケるね」
「でしょー、てか、楓ちゃん。可愛い格好だけど着物じゃないのね」
下一が、じっと見やる。髪を降ろしてゆるふわカールの上から和風バレッタで止めた嵯峨野は、桃色毛糸のマフラーに花型ボタンのキャラメルブラウンダッフルコートを着ていた。赤チェックのプリーツスカートに黒タイツ、そしてリボンブーツを履いている。
「あー、これ? 振り袖とか面倒いからテキトーでいいのいいの。一人だしー」
道行くカップル勢から視線を逸らす。
「いや、私もぼっちだけどさ」
「年末年始は今年どころか毎年ぼっちだけど何か」
下一に続いて発言したのは嵯峨野ではない。アイボリーのハーフコートにパンツの綺麗めカジュアル姿をした砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)その人だ。
「同士現るだね!」
「あれ、砂原くん。いつもの彼女は」
「え? ああ、はとこは実家に帰っちゃうからさー、暇なんだよね。僕も実家帰れば良いんじゃ、って思うだろ? ふっ、三回目の大学部三年で何言われるかっ! ……そんな訳で、暇なのよ」
「お、おう、ごめん、留年は大変だね」
謝罪しているようでいて追撃の手を緩めない。
とりあえず即席の『ぼっち同盟3人組』が出来上がった。嵯峨野と砂原は下一と共に境内に賽銭箱を目指す。正月の定番行事なだけあって、願い事の話でもちきりだ。
「さぁってと。んー、一攫千金……萌えネタ……いざ願うとなると思いつかないなぁ。結衣香ちゃん達は?」
「どっかの悪魔コロス。じゃない、えっと、今年も母さんを養えますように、かな」
一瞬、下一から物騒な声が聞こえた気がする。そして砂原はといえば。
「今年も進級しませんように」
「進級させてじゃないの!?」
「大人の事情ってヤツです!」
三人は漫才のような言葉を発しつつ、祈るだけ祈ると、御神籤や破魔矢を買いに行った。
何故か「大吉来ーい!」と気合いの入った嵯峨野に【凶】が出て、砂原は【中吉】をひく。因みに『誘惑にまけずに規則正しい生活を守れば学業は成る』という文字を見て、誘惑に負ける判断を心に誓う。卒業するわけにはいかないのである。
「へぇ、御神籤に香袋ついてる……伽羅、いい匂い。あとははとこ用に破魔矢買って、屋台をぶらり回って帰るかなー。二人はどうするの?」
「食べるよー」
「右に同じく」
ぼっち同盟は屋台に消える。
普段ならば、めげてしまいそうな長蛇の列が気にならないのは、きっと今夜が特別だから。
「新しい年を祝うのって不思議だね」
初めての初詣に胸を高鳴らせるスピネル・クリムゾン(
jb7168)は、ウィル・アッシュフィールド(
jb3048)の手を握りしめた。元々大勢の人の波に飲み込まれてしまわぬように繋いだ手が、とても温かい。
「年の瀬の喧騒、不思議な高揚があるな。ましてや……隣にいるのが君だ」
「ね、ね、新しい一年もいっぱい素敵な想い出作ろうね」
新年まであと少し。
賽銭箱の前に立ったクリムゾンは神様に願いを託す。
『これからもずっとずっと二人一緒で幸せになるから、ちゃんと見ててね?』
「よし、おねがいおしまい! ごはん食べにいこーよ!」
「ああ」
まずは唐揚げなどの簡単な惣菜を手に入れて、愛する人に「あーん」を挑む。
「一緒だと暖かいね。はい、ウィルちゃんも一口どうぞ?」
「旨い、な。……今日は寒いし、まだ冷えるから。……こうしていると、暖かいだろう?」
アッシュフィールドはクリムゾンを腕の中にとじこめた。
「叔父上、清水が冷たくても……ちゃんと、清めてください」
「今年もあっという間だったねぇ……年の締めくらいはしっかりお参りしておくかねぇ。のんびりもしておきたかったがなぁ。しかしなんだ。凄い人数だな……大丈夫かねぇ」
日比谷日向(
jb5893)と日比谷日陰(
jb5071)は手水場で両手を清め、口をすすいでいた。本当はもう一人合流するはずだったのだが……迷子になったらしい。少なくとも0時頃には屋台を巡る為、別の場所で落ち合う事になっているから後で会えるだろう。
時間までは、この人混みから探し出すのは至難だ。
やむなく日向と日陰は二人で列に並び、賽銭箱に小銭を投げて、祈りを捧げた。
『一年無事に過ごせました。これよりまた一年家族で健やかに過ごせますように』
『こいつら二人が幸せであるように、だねぇ』
はぐれたら落ち合う予定の売店へ向かい、一足早く御神籤を引く。
日向は【小凶】という少し残念な結果が出た。
「叔父上……」
しょんぼりとクマ耳がうなだれる。
「こういうのは当たるも八卦当たらぬも八卦だからなぁ……悪いのをひいたら、枝に結んでおくといいぞ」
「叔父上も引けば良かったの……に」
「後でな」
絶対に引かない予感がする。
合流までの暇つぶしに、と日陰が焼きそばやバナナチョコを三人分買ってきた。此処へ来る前に行きたいと話していた屋台は、三人揃ってから食べ歩く。食べ歩いて新年を祝い、二年参りをして帰るのだ。
「じきに待ち合わせ時間です……ね」
除夜の鐘を聞きながら家族を待つ。家族揃ってから『あけましておめでとう』を言うために。
現在進行形ではぐれている者は他にもいた。
『人多い、でも……美味しそう』
甘い匂いや香ばしい匂いに誘われた花厳 雨(
jb1018)は、あっちへふらふら、こっちにふらふらしていた所為で花厳 旺一郎(
jb1019)を見失った。しかし仮にも文明社会である。充電が満タンの携帯電話を取り出して、旺一郎の携帯に連絡を取る。
『迎えにきてもーらおっと』
ところが電話から聞こえてきたのは『おかけになった電話は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が切れています。かかりません』という無情な機械音だった。此処は確かに森の中だが、他にも携帯が繋がっている上、出かけに携帯を持っているのを確認しているので置き忘れはありえない。つまり可能性は充電がきれていること。
「どうして私が探さなきゃいけないのよ」
雨はぶっすりとむくれた。
一方、旺一郎は充電切れの携帯電話を握って途方に暮れていた。生憎と充電器は持っていないし、コンビニ等という都合のいい存在もここにはない。そしてこの人混みから雨を探し出すのは至難の業どころではなかった。
「参ったな」
残る方法は目立つ場所で邪魔にならないよう待つこと。
元々参拝よりも屋台巡りが目的だったので、屋台通りに繋がる唯一の道の狛犬に寄りかかって発見を待つ。すると逆ナンパされた。一人ではないのだと説明をしても、どうせ会えないですよ、等と言ってくる。これはつらい。
「ちょっと! 私のものに、何か用?」
迎えに来た雨が物凄い形相で睨み付ける。
「旺、私以外の女とお喋りして楽しい? 私、疲れたんだけど」
ナンパしてきた女達を追い払う。
むくれた雨を連れて旺一郎は屋台の通りを歩き出した。
「何か食べるか? ……それとも、もう帰るか?」
「食べに来たんだから帰る訳ないでしょ!」
あれやこれやと買い与えてご機嫌を伺う。
「しょうがないから許してあげるわ……」
小さな姫林檎の真っ赤な飴を口に放り込んだ。
参拝の行列に並ぶ音羽 千速(
ja9066)は燃える炎を横切った。
「大晦日のおたきあげって、なんだかどんど焼きみたいだねー」
鯣のいい匂いがするが、優先するのは屋台飯だ。
「お前こういうお祭り騒ぎ、好きだもんな。まぁ1度くらい経験するのも良いだろ」
黒崎 啓音(
jb5974)は見慣れない光景に双眸を細める。共に地元に帰らない事で、何時もの神社で振舞われる豚汁や甘酒、お汁粉にはありつけないが『まあいいか』と思える程度には正大だ。
共に参拝し、香袋御神籤を買う。
『ぼく達の実家って田舎だからな、地元の神社じゃ屋台もなかったし……香袋御神籤、てどんなのなんだろ? ぼくは縁がないけど、小さい従妹なんかは好みそうだな』
話の種に、と買った神籤は栞のように折り畳んであり、角にパンチで穴が開いていた。折り畳まれた紙を止める形で組み紐と小さな香袋がついている。香袋の根付け風だ。
「爽やかな甘い匂いがする……お仏壇の線香とは少し違うね」
「へぇ【大吉】だとさ。幸先がいいな。お前は?」
「ぼくのは【中吉】、朧月夜香だって。全部匂い違うみたいだね。啓音のは藤壺香?」
「多分、花の匂いだな。それにしても、こっちは本当に冷えるよな……まず温かい物食ってからにしようぜ。屋台巡り。全部食べてみたいから分け合わないか?」
「賛成」
黒崎も音羽も料理はからっきしなので、年越しそばは侘びしい物になりがちだが、今年は熱々ラーメンから始めて、おでん、じゃがバター、焼きそばと食べきれない量を抱える。
「へー、学園祭みたいだと思ったけど、がっつりご飯もあるんだね」
「お好み焼きとたこ焼きどうする? たこ煎は?」
「買う」
即決。
濃厚ソースと青のりの匂いに導かれ、二人は飯屋を巡っていく。
『きゃはァ、やっぱり御祭り事は楽しまないとねェ……さてさてェ、何をして遊ぼうかしらァ』
近くの屋台で肉まんピザまん餡まんを仕入れた黒百合(
ja0422)は、屋台を食べ歩いていた嵯峨野や下一を誘って露店巡りを始めていた。遊ぼうとは思いつつ、底なしの胃袋は次なる獲物を求めている。
「あらァ、塩で食べるたこ焼きなんて珍しいわねェ……買いましょう!」
「いいねー、まだ腹八分目って感じ」
「黒百合さん、肉まん食べたばっかりなんだけども」
「きゃはァ、その位はおつまみだわァ。あれもこれも食べましょう。無駄遣いもいいものよォ……だって御祭りだものォ。どんな形であれ、楽しまなきゃ損よォ」
目指すは全店制覇である。
鳳 蒼姫(
ja3762)は鳳 静矢(
ja3856)を一瞥すると、集った馴染みの顔に挨拶した。
「駿河さん、藤井さん、いつも主人がお世話になってます!」
妻の鏡だ。
仲睦まじい鳳夫妻を見つめる駿河 紗雪(
ja7147)は穏やかに微笑む。
藤井 雪彦(
jb4731)は気兼ねのない面々での初詣が非常に楽しいらしく興奮気味であったが、なによりも女性陣の愛らしい装いを褒めていた。可愛らしい姿を前に『来て良かった!』と感動に打ち震える。
「さて、並ぼうか。もっと混み合うはずだから」
「わぁ〜い、賛成! あ、お参りしたら皆で籤ひこうよ! 運試し」
「賛成ですよぅ」
「いいですね。小さなお香もついてるって聞きました」
まずは参拝だ。
石畳の道を通り、賽銭を投げて鐘を鳴らし、両手を合わせる。
静矢は『いつまでも皆と楽しく仲良く過ごせます様に』と真剣に祈る。
そして藤井は、皆と同じように賽銭を投げ、じゃらじゃらと鐘を鳴らした後、何故か駿河の様子を伺っていた。駿河はというと何を祈るかで悩んでいる。あまり欲張ると神様は叶えてくれないかもしれない……そんな想いが浮かんで消えた。
『えっと、姉のように慕ってくれる大切な親友達が、笑顔で過ごせますように……』
これさえ叶えば、私も笑顔になれる。
ふと視線を感じて顔を上げる。藤井の視線ににっこりと微笑んで……我に返った。
「一つ忘れてました」
「え、何。お願いごとが沢山?」
「ええ。来年は雪君に獣耳と尻尾が生えますように!」
ぱんぱん、と両手を合わせた駿河は真顔で祈っていた。
そして挑むのは香袋御神籤だ。
神籤の棒が入った筒をふり、番号を巫女さんに伝えると、同じ番号の御神籤を渡される。
御神籤には、根付けのように小さな香袋がついていて、しとやかな香りも楽しめるのだ。
『この籤が大吉なら全てが上手くいく……そんな気がする! 勝負っ』
藤井は戦っていた。何かと戦っていた。一心不乱に筒を振る。
番号にそった御神籤は【小吉】で、恋愛の項目は『控えめに』と書かれていた。
「ひ、控えめにって、もっと、何か! 神様!」
一方、駿河は【大吉】を引いていた。
静矢が手元を覗き込む。
「おぉ、おめでとう!」
「ありがとうございます。静矢くん、蒼姫さん、どうでした?」
「俺は【吉】だな。可もなく不可もなくだが」
蒼姫の御神籤は【末吉】だった。悪くもないがすこぶるよいとも言えない。悩んだ挙げ句、運気向上を願って静矢と共にロボットダンスを踊り出した。浄化のダンスらしい。
踊りを眺めながら、駿河は落ち込む藤井を慰める。
「雪君。大丈夫なのですよ。こうして……引いた御神籤を二枚重ねて結べば…運も半分個出来ますし、良い一年になるのです」
「紗雪ちゃん!」
感動で前が見えない。
御神籤を結ぶと、駿河の手元には香袋が残った。花宴香と御神籤に書かれていた香袋はほんのりと桜の薫りがした。同じように藤井の手元にも香袋が残り、蛍香と題された香袋は栗蜜のような甘い香りを漂わせ、静矢は初音香というほろ苦い春の若草の香りを、そして蒼姫は、胡蝶香という梅や桃の様な華々しい花香を持って帰る事になった。
「春にはちょっと早い、ですね」
運試しを終えた後、蒼姫は水筒に入れてきた特製のゆず甘酒を持参した紙コップに注いで「皆であったまるのですよぅ」と配った。
「おぉ、甘酒か……さすが蒼姫、気が利くな。空気が乾燥してるし、喉も渇いていたんだ」
「褒められると照れるのですよぅ。風邪、ひかないでくださいね」
ぼーん、と除夜の鐘が鳴り、時計の針が0時を迎える。
「明けましておめでとう、紗雪さん、藤井さん、蒼姫……皆、今年もよろしく」
藤井も柚子甘酒を掲げて「あけましておめでとう〜、今年もよろしくです」と晴れやかな笑顔で告げた。
さようなら古き年よ。
そして迎えた次の年。
大勢の人が参った神社で、今、新しい一年が幕を開けた。