●
辺りに満ちた駆動音が、低く鈍い音へと変わっていく。
「――な、んで」
ユーの声が、絶望に染まっていく。
「リ、ン」
金眼の見つめる先。
――城之崎リンが、幾つもの無骨な機槍に、貫かれていた。
「なん、で」
リンの表情が、瞬く間に消え失せていく。
――なんで、こんなことに。
●
散り散りになった雲が風に流れていく。飛行機雲の尾がふわりと流れて消えていく蒼天の下に、撃退士達は居た。
「ヘルヘブンについて、教えて下さいますか?」
「ん、オッケー」
御堂・玲獅(
ja0388)がユーに尋ねると、鷹揚かつ嬉しげに声が返る。懇懇と説明する声を聞きながら、亀山 淳紅(
ja2261)は緊張した様子のリンへと手を降った。
「リンちゃん、何かちょっと、かっこよくなったね」
「そう、ですか?」
「うん」
眩しそうに笑う淳紅の視線から逃れるようにリンは身を縮める。
「ちっ……またか」
「ん?」
唐突な声は――やはり、というべきか、命図 泣留男(
jb4611)。サングラスを押し上げながら、憎々しげに吐き捨てる。
「だが…俺は黒と仲間を守りぬく、学園を制したカリスマ」
「…色も…守るの…?」
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)のもの問う透明な視線に、メンナクは応えなかった。難儀やなあ、と淳紅は息を吐いた。さすがに慣れてきていたが、今ひとつ接し方はわからなかった。
「そろそろ、ツラ拝めると思ったんだがな」
赤坂白秋(
ja7030)は短く舌打ちをすると、困り顔の玲獅に対してまくし立て続けるユーに声を掛けた。
「一応言っとくが、ユー。誤射に気を付けろ」
「……なんでよ」
「例え俺を巻き込んでも、『一般人は決して巻き込むな』。そいつが今回のデートコースだ。オーケイ?」
「……」
金眼が流れる。配慮を、それと解るぐらいには付き合いも深くなっている…のだろう。
「あー、ハイハイ。オーケイ、オーケイ」
手を振り嘆息しながら言うユーに、玲獅は微笑を零した。
――少しだけ、こちらにも慣れてきましたか。
ユーはそのまま、こう零した。
「……多分、アタシ、撃てないわよ」
「それならそれでいい」
白秋もまた、その意を汲めるくらいには――この悪魔の胸の裡が、分かってはいたのだろう。
●
時速150kmで暴走するヘルヘブンの一団が、遠くの公道を流れていったのを見て、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)は。
「えーっと…これが日本のANIMEなのかしら」
「多分…」
ANIMEなディアボロが目の前を走っている事実がシュールだったか。みずほの疑問とも呆れともつかぬ声に、リンは何だか恥ずかしさを覚えて言葉を返している。
――ヘルヘブン達を罠にかけよう、と。そういうことになった。
「ヘルヘブンの…スピードを利用した…同士討ち作戦…」
頷きながらのベアトリーチェの言葉に、不意に空気が和らぐ。
状況からはユーが狙われている、と想像ができた。ならば、それを逆手に誘引してしまおう、という方針だった。
「うまく行けば…労せずして大ダメージ…これがマネジメント…」
表情は乏しいが、微かに滲むドヤ感。愛らしさに玲獅は微笑みながら、言う。
「同士討ちをさせる場合、手分けして同じ地点へ誘い込む必要がありますが……可能でしょうか?」
ひたり、と。空気が凍えた。
「「「……」」」
ブオオオン、と音が響く。陽気なバイク型KV――型ディアブロの一団が、散開して、ユー以外の獲物を追うか。いや、そもそも、どうやって散開させるのか。言葉を契機に次々と疑念が湧く。
「……」
気軽な調子で言った玲獅すらも、沈黙していた。
「こういう時こそ、冷静になりましょう」
みずほが努めてそう言うが、妙案は、出てこなかった。
「……バラバラに行っても、順番かつ一斉に狙われるだけじゃないかしら」
最終的にはユーの言葉で、誘引する方針は立ち消えとなった。その言葉を否定できる方策が、なかった。
●
位置取りにも難渋した。視界が開けた土地で、なおかつ木々などの障害物がある――となると中々難しい。自然公園では視界が限られ、視界を優先すると、緑の多い幹線道路になる。
今回は後者となった。
「…見張っておくね…」
ベアトリーチェが召喚した幼竜は可愛らしい嘶きを残して空を舞う。集中すると、意識に空からの俯瞰景観が飛び込んでくる。俯瞰して敵を見張る為には、開けた場所のほうが都合が良かった。
町並みの只中を爆走する八機――は、探すまでもなかった。こちらに気づいているのか、いないのか。目立った動きはない。だが。いずれ敵は動くだろう。待つ、となれば話は簡単だった。
「どう?」
淳紅が問いかけると、ベアトリーチェは頷きを返した。
「…まだ、大丈夫そう…」
「っし。じゃ、やろか!」
淳紅は、ベアトリーチェが見張っている間に、可能な範囲で戦場に近しい人々を極力安全域に逃していく心づもりだった。避難場所への移動よりも、戦闘の影響を受けない場所――建物二階以上などへの移動を優先していく。全体として小規模な移動で済むため、大した問題もなく戦場を整えることができた。
残った面々。所在なさげに立つユーを背にするように、白秋が立つ。メンナクは少し離れた位置。
リンは、その二人を庇うような位置を取りユー、白秋を背に負う形。みずほが、そこに並んだ。
「大体時速150km程で動いているのかしら……」
眼前を流れていく機体を眺めて、呟き、その速さに思いを巡らせる。
「……考えてみれば、目の前で放たれるパンチは0.1秒で顔に届きますわ」
「……」
隣で聞いていたリンは神妙な顔をしていた。なんかエゲツナイことを言って頷いているな、と分かってはいたのだが、何故それで了解した素振りで拳を固められるのか全く理解ができなかった。二人は、ヘルヘブン達の位置に合わせて立ち位置を変えながら、その時を待つ。
――斯くして。淳紅が戻ってくるまで、敵は動かなかった。
●
蕭、と。ビルの隙間を縫う風が樹木を叩き、散りかけの葉々を揺らした。
「ハ。まるで西武劇みたいだな」
白秋は愉快げに鼻を鳴らした。戦闘するには十分な広さの道路がまっすぐに伸びた先、遠く。静かなエンジン音を残して、一列に並んでいるヘルヘブン達がいた。
怨、と。一機が鳴る。それに続いて、続く機体が音を奏でた。耳障りな音が、律動が、道々を叩く。
――加速。
最高速度に至るまで、幾ばくか。距離は遠いが、見る見るうちに大きくなってくる。
重厚な槍を掲げ、轟音と暴速を伴って迫る姿は今代に見る騎兵突撃のよう。明快な暴威は、それを知覚する者の心を浮わつかせる。
その、只中で。道路の左寄りに立った玲獅は冷静に手を伸ばし、親指を立てて距離を図る。
そうして。
「三秒後、来ます」
言って、得物を構えた。転瞬。撃退士達の多くの体が、宙空に舞う。ユーは白秋を。リンはみずほを。メンナクは淳紅を抱えて、飛翔した。ベアトリーチェは独りで空に舞った。機槍の突撃を、空に上がることで回避をはかる。
玲獅は地上に残っていた。試すべきことが、あったからだ。左手に掲げた機銃から、銃撃が吐出される。
玲獅には牽制のためか二機が。三機程が、ユーと白秋へと向けて銃撃を吐き出した。残る数機が機槍を掲げて玲獅へと直進。秒に満たぬ邂逅の中で、玲獅は草むらのある左側へと大きく跳躍。
同時。淳紅と白秋はそれぞれにヘルヘブン達へと干渉を開始。
「止まれ……っ!」
二機の機動が、強引に縫い止められた。方や血色の魔術陣が湧き上がり、死霊の手が機体に群がり、その傍らの機体には半透明の銀霊が抱きとめるように動き、掻き消えていった。
相打つように、銃弾。
「ユー……っ!」
リンが間に入って食い止めるが、捌ききれなかった銃弾が、白秋の身を、穿った。
他方。
「っ……!」
玲獅は布槍を足元を掬うようにして展開した。
瞬後。最先を往く機体が、高速を殺さぬままに、布槍を機槍の柄で掬いあげた。機速を落として続いた後続も、同様に槍を流す。持ち手の肩が千切れそうな程の急激な牽引に、玲獅は堪らず手を離していた。
二機を残して、六機は瞬く間に戦闘域を離れて行く。
「……反応が、的確すぎますね」
痛みを耐えながら、玲獅は零した。前回もそうだった。明らかに動きが際立つ個体がいた。今回も他の機体と見分けはつかなかったが――思考しながら動きを止めた二機へと向き直ろうとした。その時だ。
爆発に近しいアフターバーナーで、ヘルへブンの二輪が宙に舞った。束縛から開放された機関が耳障りなまでに駆動し、激しいエグゾーストが、高く鳴る。
束縛を切り裂いて、二機は離れていった。
「…む」
キュキュ、と勝ち誇るようなドリフト機動がやけに。
「…馬鹿にしてる…ムカつく…」
ベアトリーチェが眉根を微かに寄せて言った。
「……殴れませんでしたわ」
みずほも、苛立ちを抑えこむように深く吐息して、言う。
一手が、及ばなかった。
「お前もだけど。ブースト、好きだよな」
「うっさいわね…傷、大丈夫?」
「ああ。アリガトよ」
地上に下りながら、白秋とユーはそんな言葉を交わした。とりあえずは守れたことに、白秋の裡では痛みよりも安堵が勝っている。
だが。
――ユーを狙っていない…か?
それよりも、疑問が燻る。銃弾は真っ直ぐに白秋へと向かってきたように感じられて――。
不意に。
「その傷、俺のマットブラックが埋めてやろう」
「お? お、おう」
すぐ近くに来ていたメンナクが、手を翳して傷を癒していた。なんとなく生ぬるい居心地の中、白秋は思索するが…答えは出なかった。
「……」
「リンさん、どうかなさったのですか?」
「い、いえ」
気むずかしげな顔で周囲を見渡すリンに、みずほが声をかける。
「なんで玲獅さんの布槍に対応できたんだろうって、考えてて」
「……ふむ」
言葉に、みずほが考え込まんとした、その時だ。
第二波が、来た。
●
「来ましたわ……!」
拳闘の構えをとった、みずほが言う。
罠が機能しない現状では空に上がっても銃撃を食らうだけ。束縛は躱された。手数が不足するのであれば、真っ向から挑む他、なかった。
「二輪状態では精度は落ちるけど、気をつけて!」
「大丈夫ですわ!」
「……」
ユーとみずほが言葉を交わす傍らで、リンはまだ、周囲を見渡していた、が。
「三秒後、来ます」
「は、はい……っ」
玲獅の宣告に、リンの視線が戻る。
その、狭間で。
「……あ」
リンは『それ』を見て。
『それ』もまた――リンに、気づいたと知れた。
身を貫く悪寒に、本能が、絶叫をあげていた。
●
「皆さん、」
リンが、何かを言おうとした。
接触は、みずほが最初だった。機槍の切っ先が鈍い風を曳いて頬を切り裂くのを感じながら、みずほはリンとは逆方向へサイドステップ。そのまま。
「チャンスはここですわ!」
言葉よりも速く、結果が刻まれていた。振りぬかれた拳が、無骨な頭部を撃ち抜く。弾け飛ぶ頭部。みずほが素早く構えを取り直すや否や、機体が傾ぎながら横転して爆炎を上げる。
瞬後には、淳紅の魔術が一機を横合いから風で打ち付けた。制動ができずに横転した機体に、ベアトリーチェのヒリュウがトドメをさす。
「…結構、脆い…」
他方。白秋は、引鉄をぎりぎりまで引かずにいた。玲獅は盾で突撃を受け止めようとして進路を変えられ、メンナクはさらに後方に待機していた。
だから、彼らはそれを認識することができた。
「あれ、を……っ」
盾を翳してそう叫ぶリンと。
リンへと向かって、健在の六機が超加速をし始めたことを。
●
「お、ぉ……ッ!」
神憑り的な反射で白秋は銃弾を放った。銃弾の嵐は、確かにヘルヘブン達へと降り注いだ。
――だが、止まらない。
「リンさん…ッ!」
玲獅は振り返りながら。メンナクは言葉も告げずに疾走を開始。
「、っ!」
リンは一機目の突撃を横転して回避した。二機目の突撃に、辛うじて盾が間に合った。
そこまでだった。
尋常ならざる槍さばきで盾ごと宙空に突き上げられたリンを、続く四本の機槍が、貫いた。
●
――ああ、そうだ。
●
拒絶していた現実が押し寄せてきたと、同時だった。
「ユー!」
メンナクが、叫んでいた。
「ユー、撃て!」
動けるのは玲獅とメンナクしか居なかった。なればこそ。
「リンが、死ぬ…!」
機槍が、機体が、邪魔だった。このままでは、救えない。絶命を避けるために、男は叫んでいた。
玲獅も動けない。ただ、いつでも術を発動できるように、歯を噛み締めて待機するしかなかった。
●
――死ぬ。
誰が。リンだ。
「……ぁ」
そう、理解して。
「……あ、ぁ……ッ!」
黒仮面が、いつの間にか顕現していた。そこから放たれた黒い砲撃が刺突後に硬直したヘルヘブン達を、薙ぎ払う。
リンの体が力無く地面へと叩きつけられる音が――いやに鈍く、撃退士達の耳を打った。
●
その後、何故か動きが止まったヘルヘブン達を前に、声が散った。
「リンさん……死なないで……っ!」
玲獅の手に顕現された種子が、光を散らして消える。メンナクもまた、必死の形相で治癒の為にアウルを凝らす。
「ユー……」
ヒリュウにヘルヘブンのトドメを任せたベアトリーチェは呆然と座り込んだユーを、その痩身で抱き締めた。膝立ちになって今にも斃れてしまいそうなユーを、護るように。
――できることを、やらねばいけませんわ。
みずほはそう己に任じて、見渡した。
この場で足りないことをしなくては――助からない。予感があった、から。
「わたくし、連絡をいたしますわ!」
端末を取り出して各所へと電話をする。救命の為にできることを必死に成そうと。
「……絶対面拝んだる」
声に苦味を滲ませながら、淳紅は絶命寸前のヘルヘブンの頭部に手を伸ばす。シンパシー。ダアトの異能が、眼前のディアボロから記憶――記録を、攫う。
暴走。暴走。高速で流れていく景色。人を撃つ不快な感触。そして。
――。
「……」
「淳紅! どうだ!」
救命にあたる玲獅とメンナクの隣で、特に深い傷を圧迫する白秋が、叫んだ。渦巻く激情を、堪えきれなかったか。激憤が、声に満ちていた。
淳紅もまた、昏い激情を飲み下すように、深く、息を吐く。
「う、ん」
――赦さへん。
淳紅はその『顔』を、脳裏に焼き付ける。出来る限り仔細に。だから。淳紅は強く、眼を瞑った。耳に残る苦い調べも、忘れぬようにと。
●
ユーが、俺を、撃った。
――ユーは、俺達の仲間だ。
銀髪の人間がそう言った。
――お姫様を奪って洗脳して独り占めしようとする悪の親玉、それが俺達だよ。救いに来いよ勇者様。お姫様にご用があんなら。てめえの手でハッピーエンドを掴みに来い。
――なあミスター・ラジコンギーク!
心が、軋んだ。狂おしいまでに、心が、何かを希求していた。
「……ああ」
重く、深く沁み込んだ激情をリブロは言葉にした。
「そう、かい……殺してやるよ、クズプレーヤー」