●
夕暮れの神社は沢山の人で賑わっていた。
お祭りを楽しむ人、屋台を並べるテキ屋、警邏の人間。そして依頼、というか募集を受けて集まった撃退士達。
しがらみや不安は一旦忘れて、皆一様にこの雰囲気を楽しんでいるようであった。
かしゃり。
●
ざわざわと屋台の一角が揺れる。
「おじさん、たこ焼き一つください!」
「私にもー」
「あ、焼きそばだ!」
「そのオイスター味のをお一つくださいな」
六道 鈴音(
ja4192)とマリー・ゴールド(
jc1045)が、両手に食べ物を抱えながら闊歩する。『食べ歩く』と決めた二人は、食べ物の屋台を総当たりしていた。
すげえまだ入る。どっちが勝つかな。俺黒髪ロング。それ好みだろ。召喚獣と女子って絵になるよなあ。
いやよく見ろ、茶髪の子のあのワガママボディを! 見えた、もしかしてはいてない! うおおー!
「ヒリュウは食いしんぼだねー。あ、青のりついてる」
「あ、チョコバナナくださーい」
周囲のざわめきなどどこ吹く風、二人は容赦なく徹底的に食べ歩く。ある意味、未唯の意に一番適っているスタイルと言えるだろう。
かしゃり。
久世姫 静香(
jc1672)は人混みを外れた。購入した綿飴を頬張りながら、境内の人波を眺めている。いつの世も祭りというのは心躍るものだとしみじみ思った。
「……あ、え、えっと、こんばんは」
ふと小さな声が聞こえた。どうやら誰か傍にいたらしい。
見ると小鹿 あけび(
jc1037)がはにかんでいた。手には鹿のあしらわれたプラスチックのお面。奈良でもあるまいに、どうしてそんなものが売っているのかは謎である。
「どうした、こんなところで? もっと楽しめばよかろうに」
「い、いえ。あたしはこれで、じ、十分なので」
「そうか。まあ、祭りは空気だけでも楽しいものじゃ」
しばらくわいわいと騒がしい人通りを眺める。
すると不意に人波の向こうが騒がしくなった。同時にあけびにとって耳慣れた声が聞こえてくる。この声は、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)だろうか?
「なんじゃ? おお、射的か……む、なんと面妖な……おお、絶景かな」
「え、え? 何ですか、どうしたんでしょう?」
あけびは背伸びしてそちらを見て見る。
するとそこには、驟雨のように巨大ぬいぐるみに降り注ぐコルク弾。
かしゃり。
ぽんぽんぽん、ぱきゅん。
樒 和紗(
jb6970)は軽快なテンポでコルク弾を放つ。配られた五発のうち、試し打ちの二発以外は見事に景品を仕留める。風流な浴衣姿も、まるでスナイパーの擬態のよう。
「銃身の曲がりは読めた」
「待って! インフィが本気出したら商売あがったりだから!」
このままでは総ざらいである。竜胆は慌てて止めに入った。
「何ですか竜胆兄。次はあのチョコが狙い目で」
「そういうのは子供のために取っておこう、な?」
和紗は一瞬不服そうな顔をしたが、すぐに得心したように頷いた。これではプロの屋台荒らしだ。
「ではあの目玉ぬいぐるみを」
主のように鎮座ましましている巨大ぬいぐるみ。インフィルトレイターの意地による、容赦ない二十連射。
しかし、ぐらぐら揺れるだけで軸がぶれる気配がない。
「……店主、それを持ち上げてくれ。まさか結んでいたりはしないよな?」
おっちゃんの顔が引きつった。竜胆の顔も引きつった。まずい、このままではよろしくない展開が。
「まあまあ。和紗、これくらいで十分だろ。それよりそこにたこ焼、」
「食べましょう」
コンマ秒の食いつき。竜胆はひとまず胸をなで下ろした。
かしゃり。
射的屋の受難は止まらない。
「かはは、そうだ坊主! ちょっと右を狙え!」
本職去ってまた本職。赭々 燈戴(
jc0703)である。今度こそ総ざらいする勢いで、しかも子供にアドバイスまで出し、
「おう親父。そのデカいの、飾りならそうと言ってくれねえか?」
まるで大人の余裕で揺さぶってくる始末。おっちゃんの額に浮かぶ脂汗。
「燈戴さん、その辺で……」
良かった、ストッパーが現れた。藍那湊(
jc0170)は朱色に染まったかき氷を抱えながら、大人げないと燈戴を諫めた。
「おう孫よ。ほれ、お菓子の山だぞ」
「俺は子供じゃありません」
ざわ、と群衆がどよめいた。
え、俺? 孫つった? え、どう見ても兄妹なんだけど?
見た目ティーンな猫耳男子と、見た目美少女の組み合わせ。しかして実態は八十二歳と十代の立派な血縁。
久遠ヶ原ならではの異次元空間、ここにあり。
かしゃり。
「はーい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
どこから持ち出したのか、粗末な長机の上でトランプを繰るエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の姿があった。
「お嬢ちゃんの引いたカードは……これだろ?」
すごーい! 群がった子供達は大喜びである。
「欧州から緊急来日、超能力少年! しかし一見特別なこの力、実は誰にでも眠ってるんです!」
彼が披露しているのは、客に引かせたカードを当てるマジックである……が。
「この神秘があなたのものに! 本日は赤字覚悟、出血価格でご提供!」
いかにも怪しいお値段で、トランプセットを販売しているのであった。そして当然、
「待て、そこの!」
「げ」
威圧感を放って、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)がずんずんと向かってきた。
「無許可の屋台があると連絡を受けました。何をやっているんですか」
別方向から雫(
ja1894)までやってくる。どちらも完全に警戒モードで、きゃあきゃあと蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供達。
「ちょっと、驚かせちゃったじゃないですか。今日はオフですよ。何をやって」
「そのトランプ、改めさせてもらおう」
「何を、とはこちらの台詞です。無許可で金銭のやりとりなど」
あ、これ駄目だ、とマステリオは空を仰ぐ。
エカテリーナと雫はトランプを検分する。すぐに分かった。これは裏面の絵柄が微妙に違うだけの、単純なインチキグッズだ。
「なんとチープな。おいお前」
二人が視線を戻すと、遠くに去って行くマステリオの背中があった。
「あ!」
「あーばよ、とっつぁーん!」
インチキの真似事したかっただけだから、値段は原価割ってるし、と後に供述している。そういう問題ではないのだが、苦情がなかったので始末書で済んだ。
雫は溜息を吐いた。
「……まったく、無粋なことをしでかしますね」
かしゃ、
「ああ、撮るな撮るな」
「流石にこれは残せません……」
それもそうである。
「どうしました?」
「……いや、気のせい、かな」
一瞬不埒な気配を感じ取ったが、今日は流すことにした。野暮はなし。礼野 智美(
ja3600)はそう独りごちた。
「久しぶりだな、こういうのんびりした空気は」
「ええ、本当に」
水屋 優多(
ja7279)はふわりと微笑む。本当に久しぶりだ。普段は男装を好む智美が、今日は女物の浴衣を纏っている。それだけでもなんとなく嬉しい。まあ有事に備えて靴を履いている辺りは『らしい』というか、撃退士としてのプロ意識というか、ともあれ。
適当に屋台で焼きそばやお菓子を見繕って、二人並んでベンチで食べる。柔らかな時間が過ぎていく。
仲良し姉妹? 微笑ましいねえ。そんな声が聞こえた。
「……やっぱり、そう見えちゃうかな」
ぽつりと優多が零す。
「気にするな。そうじゃないことは俺達が一番分かってる」
智美がぽつりと返した。
ふふ、と穏やかに微笑み合う。睦言の代わりに、今はこれで十分だ。
かしゃり。
秋の訪れを告げる風が吹き抜ける。とても涼やかで、美森 あやか(
jb1451)はほう、と息を吐いた。
「来て良かったですね」
「ああ、本当に」
美森 仁也(
jb2552)は微笑み返す。『依頼という形でないと二人で島外に出られない』ということをさっ引いても、純粋に楽しい時間を共有出来ている。どうやら今日はトラブルとはとことん無縁らしい。
「先生の言う通り買い物したいところですけど……」
しかし、あやかの胃は小さい。金魚掬いやひよこなども、撃退士の業務上憚られた。
「ああ、あそこでラムネが売ってる。丁度いいな」
季節外れ感は否めないが、それを言ったらそもそもこの祭り自体が、だ。氷水に浸かっていたラムネを二人で受け取る。
「あ、あれ?」
なんと今時のペットボトルではなく、古式ゆかしい瓶ラムネだった。あやかはどうしていいか分からず困惑する。
「ああ、これはこうやって……」
それを仁也は年の功でフォローする。まるで昔の駄菓子屋のような一幕だった。
「ありがとう、お兄ちゃ……あ」
くすくすと二人で笑いあう。爽やかなラムネの味が、色んなものを洗い流していくようだった。
かしゃり。
いよいよ夜の帳が降りてくる。境内に張り巡らされた提灯がライトアップされ、幻想的な光景へと切り替わった。
「逢魔が時、なんてねェ」
百目鬼 揺籠(
jb8361)は独りごちた。
「何か言った?」
「いやあ。こんな調子なら、妖や盆に帰り損ねた魂が混じってても気づかないかもねぇ」
「ぷはー! なら飲み歩いた連中にもいたかもしれないねー!」
げらげらと風見鶏 千鳥(
jb0775)は豪快に笑った。手にはもう何本目かの缶ビール。既にだいぶ出来上がっているが、止まる気配は一切ない。ツマミも酒も屋台に溢れている。
「だとしたら、連れて行かれないよう努々気をつけないといけませんなぁ」
「なんかよくわかんないけど楽しく飲めればオッケー!」
どこまでも楽しそうな千鳥に揺籠は肩を竦める。花見酒ならぬ花火見酒。肝心の花火までに潰れてしまわないか心配、
――と。
不意に揺籠の目に、あり得ないものが映った。
「――サン」
思わず名前を呼んでしまう。だが、振り返った相手の姿を見て、勘違いだと悟った。
「え?」
点喰 縁(
ja7176)はきょとんとした顔で二人に向き直る。
――一瞬、懐かしい気分がした。だが、二人とも初対面なので気のせいだろう。
「……あ、すいません。知人に似てたもんでねェ、つい」
揺籠は笑いながら頭を掻く。いくらなんでも徳川の世の人間が、ここにいるはずもない。
だが、不思議なご縁もあったものである。ここまで瓜二つということは、恐らく、
「よーしならば飲もう! 見た目成人してる。お酒オッケー?」
千鳥が完全に絡み酒モードだった。揺籠は苦笑したが、意外にも縁は好意的に乗ってきた。
「お、いいですねぇ! これも何かのご縁、花火までご一緒しましょうか!」
こうして、久遠ヶ原飲んべえご一行様が誕生した。
「ところでその『浴衣』、なかなか前衛的でいいですねぇ」
「お、やっぱわかる人にはわかるー?」
それは屁理屈では、と揺籠は思ったが口には出さない。千鳥が着ているのは、『浴衣』とプリントされただけのTシャツなのだから。
かしゃり。
祭りは徐々に花火と酒盛りに移行していく。お陰でだいぶ混雑が緩和されてきた。
ファーフナー(
jb7826)は人心地ついたと息を吐く。敢えて人気のなさそうな場所を選んだ。あとはここで花火を待とう。
「しかし、不可思議な味だな」
とりあえず買ってみたりんご飴を囓ってみる。いや、これはもしかしてスモモではなかろうか。
「日式のお祭りでは定番だそうだよ」
隣に腰掛けていた花見月 レギ(
ja9841)は綿飴を囓る。舌の上で甘さがとろけた。
とりあえず薦められた一通りのものは買ってみた。焼きもろこし、たこ焼き、焼きそば、その他諸々。とはいえ食べきれないので、持ち帰るつもりである。
夜の神社という空間は、不思議な空気に包まれていた。
「……何か願い事でもあるのか?」
らしくないと思いつつ、ファーフナーはそんなことを聞いてみたくなった。
「願い事、か。考えたこともなかったな」
レギはぽつりと呟く。少し考えてみて、やがて行き当たった。
「神はけして人の思い通りにはならない。だからこその神、だ」
我ながら歪だと自嘲する。
けれど、そんな無駄な事を考える余裕が生まれていることに気がついた。
かしゃり。
「あそこに行けばもう大丈夫ですよ」
川澄文歌(
jb7507)は、女の子の手を引きながら優しく言った。目の前には本部のテントがある。
「……うん」
まだ涙ぐんでいる女の子に、文歌はにこりと笑いかける。
女の子と行き会ったのは偶然だった。迷子らしく、文歌を見つけて寄ってきたらしい。ならば見捨てるわけにはいかないと、こうして連れてきたのだ。
幸い、女の子の両親は既に本部で待っていた。良かった、と文歌は胸をなで下ろす。
「それじゃあ、お祭り楽しんで下さいね」
「あ……」
出て行こうとした文歌に、女の子は持っていたりんご飴を差し出した。
「ふみのん、アイドルがんばって!」
きらきらした、ファンの笑顔がそこにあった。
「――はい。応援して下さいね!」
文歌はりんご飴を手に外に出ると、よし、と気合を入れ直した。
かしゃり。
明らかに悪魔の少女が、真剣にお参りをしていた。二礼二拍一礼。作法まで完璧であった。さらには家を出る前に身を清めるという徹底ぶり。
アルティミシア(
jc1611)は真剣に願掛けをしていた。そのちぐはぐさは、まさに日本の宗教観を体現していた。
――友達がいっぱい出来ますように。みんなが幸せになりますように。そして、
「どうか、どうか僕に、馬鹿を殲滅する力を……」
神様が聞き届けるかは分からない。そもそも神様なんていないのかもしれない。けれど、それがアルティミシアにとっての心からの祈りだった。
「あら? この時間にお参りです?」
ふと後ろから声を掛けられた。振り向くと、深森 木葉(
jb1711)が微笑んで立っていた。
「あ、はい。……悪魔が神頼みだなんて、変でしょうか?」
アルティミシアが不安そうに訊ねると、木葉はふるふると首を振った。
「いいえ。全然変じゃないと思いますよ」
確かに違和感がないではないが、とはいえ日本に精通している外国人のようなものだ。むしろ人間に歩み寄ろうとしている分、木葉にとっては好感が持てた。
「それより、花火の場所取りをしようと思っていたんですけど……。良さそうなところはどこも埋まってしまっていて」
「えっと、それなら一緒に探しましょう。多分、どこかあるはずです」
そうだ神様、ついでに絶好のポイントを一つくださいな。最初のお願いのきっかけとして。
かしゃり。
●
やがて花火が打ち上がる。わあと歓声が沸き上がった。
ご神木の傍で、Rehni Nam(
ja5283)はそれを見上げていた。
――一人で歩くのも楽しかったけれど。
「隣にいてくれたら、なあ」
恋人の姿を思い浮かべながら独りごちる。結局、今日も予定が合わなかった。
お祭りは確かに楽しかった。けれど、やっぱり一人では物足りないのだ。
ご神木の傍で花火を見ると、願い事が叶うという。それがもしも本当だとするならば。
――私はずっとここにいる。貴方の帰る場所として。だからどうか、無事のお帰りを。
そんな思いを、夜空に託す。
入れ違う形で、ケイ・リヒャルト(
ja0004)は神社を後にした。
願い事は託した。あとは、自身が強く在るだけだ。
友情も愛情も今は遠い。ならばこそ、一人でも生きていけるように、強く在りたい。
瞳を涙に濡らし、痛みに耐えるような顔をしながらも、ケイは毅然と去って行く。
正直とても美しかったけれど、撮るのはなんだか気が咎めた。
●
光と音の波が押し寄せる。川向こうの光景に、沢山の人が見とれていた。
「たーまやー!」
あれほど食べたというのに、鈴音は元気いっぱいに声を張り上げた。どこに入るんだ、と追っかけ共は訝った。
「ごちそうさまでしたぁ♪」
マリーは見事に屋台の在庫を食べ尽くした。おっちゃんは苦笑しながら、程々にしておけと店を畳んだ。
「まさに大輪の花じゃのう」
静香はうっとり呟く。いつの時代も祭りは華やかだが、今回のこれはいつにも増して美しい。職人の研鑽に惜しみない賛辞を。
そして次は誰かと一緒がいいと思った。
「綺麗……」
あけびは一人離れたところから、ゆっくり空を眺めていた。
買った鹿のお面をかざしてみる。安物のプラスチックが、色とりどりの光を照り返して、なんだか神々しく見えた。
「今日は誘っていただいてありがとうございました、竜胆兄」
和紗の嫋やかな笑顔に、竜胆は幽霊でも見たような顔をした。
「……なんですかその顔は」
これまでも素直にお礼を言うことはあったでしょうに。
「いや、素直にお礼を言われるとは思わなくて」
いつも邪険に扱われてるから、むしろ落ち着かない。
「湊、いい加減機嫌直してくれよ……」
「知りません」
燈戴がナンパに勤しんでいる間、場所取りをしたのは自分なのだ。というより身内として恥ずかしい。思えば振り回されてばかりで、少し苦手な祖父である。
けれど、この花火はとても綺麗だ。彼が連れ出してくれなければこの光景を見ることはなかった。
「……ありがとう、お爺ちゃん」
どぉん。
「あ、何だって?」
「何でもないです」
「まったくけしからん」
マステリオには逃げられてしまったが、学園に連絡はしてある。いずれ処罰は下るだろう。
エカテリーナはそう判断すると、本部の宴席に腰を下ろした。そして食品在庫の処分に協力する。その健啖家っぷりは、後の世代にも語り継がれたとかそうでもないとか。
「もう夏も終わりですね……」
もう不埒者はいないと判断して、雫は素直に祭りを楽しんでいた。スリやハラスメントを警戒していたのだが、思いの外そういった連中が少なかったのである。治安がいいのだろう。あるいはこの祭りの空気によるものか。
舌の上で甘さがとろける。綿飴なんて、こんな場でもなければそう食べる機会も無い。
「なんだか不思議だ。こんなに何事もないとは」
智美が零した言葉に、優多はくすくすと笑った。
「結局、なんだかんだ事件がありましたからね」
「ああ。正直、一日丸ごと夢なんじゃないかとすら思えてくる」
「現実ですよ。そして明日からはまた授業です」
そしてこの人混みの中に、友人夫婦も混じっている。今日は敢えて別々にすることにした。楽しめているといいのだけれど。
「智ちゃんに感謝しないとですね」
「全く」
あやかと仁也は、寄り添いながら花火を見上げていた。
貴重な二人きりの時間も、そろそろ終わってしまう。だからせめて、しっかりと噛みしめよう。
「らーまらー!」
「はーぎらー!」
「……二人とも、呂律が回ってねぇですよ」
久遠ヶ原飲んべえご一行、出来上がるどころか行き着くところまで行っていた。ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ちゃんぽんは程々に。
「よくわらんらいららろうめきものめー!」
「そうらろめろめー!」
「ああもう……これどうやって帰ればいいんでしょ……」
完全な酔漢と化した千鳥と縁を見て、揺籠は溜息を吐いた。これはもう近所に宿を取って、明日帰るしかあるまい。
ファーフナーとレギは、特に言葉を交わすことなく夜空を見上げていた。
願い事は特にない。神の存在も信じない。けれど、花火の美しさは純粋に評価してもいいと思った。
「ファンのみんなとは、離れても繋がっている。それがアイドル」
文歌は、りんご飴を大事にかじりながら、噛みしめるように呟いた。さあ、明日からの私は、もっと素敵なアイドルだ。
「見えてます?」
「大丈夫です。木の上っていうのは盲点でした」
木葉もアルティミシアも、軽いからこそ出来ること。木の枝の上という特等席から眺める花火。びりびりと音が当たって心地よい。
木葉はすっと息を吐いた。
――涼風に 名残を惜しむ 忘れ華 晩夏の空に さやかに咲かせ
「わあ……」
短歌、というものを始めて聞いた。それを実際に書ける人も始めて知った。
秋の始まりを告げる涼風が吹き抜ける。
●
夜空に広がる大輪の花火。
ひゅう、どおん、ぱらぱらぱら。
夏の終わりに咲く花を、私はファインダー越しに眺めている。
望むらくは、この風景が一人でも多くの心に焼き付きますように。