●第一話
「毎度馬鹿馬鹿しいお話を一つ」
お囃子と共に、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は語り始める。
「えー、『異世界もの』というのがブームなんですよ」
談氏風に着飾ったラファルの隣には、ぽよぽよと揺れる毛玉の姿。揺れるだけで特に何もしない。
「異世界人に現代技術を見せつけるカタルシス。日本について海外の反応を見るのと同じです。でも上手くやらないと鼻に、」
『長いので三倍速でお送りします』、そんなテロップと共に高速で動き出すラファルと毛玉。カットじゃないんですか? いいんじゃね?
「尺! 前振り長いよ!」
「はいエリさんツッコミ遅かった。ほらさっさと異世界へいってらっしゃーい」
スーツを着込んだ川村えりを、ラファルは軽く突き飛ばす。そこには古びた本があり、その上に倒れ込む。
「あー、この間の捜査で見つけて持って帰ってきたいかにも曰くありげな本に吸い込まれるゥーッ!」
「説明乙。こうして物語は始まるのであった。あと証拠品を自宅に持ち帰るのはアウトだぞ!」
ひゅーんというSEと共に、画面が一旦ブラックアウト。
当初予定されていなかった『ナレーター』。ラファルの提案を、監督は快く受け入れた。
でもナレーターが画面に映るのはどうなんですか? いいんじゃね?
●
場面が切り替わると、そこは異世界――を申し訳程度に取り繕った、久遠ヶ原学園の教室棟だった。元々建物の一部に魔改造が加えられているので、なんとか異界感は出ているかもしれない。
エリは広場に倒れ伏していた。
「……あれ、ここはどこ……?」
いかにもな台詞を呟いて、エリは身体を起こして辺りを見回す。演技に違和感がない辺りは新人ながらもプロであり、
ぶろぉん、とエンジンが嘶く。そして瞬く間にエリを取り囲むバイク集団!
「ヒャッハー! 女だァーッ!」
「おあーッ! 異世界かと思ったら世紀末ゥーッ!!」
バイク、モヒカンのカツラ、サングラス、いかにもな肩パッドを装着したエキストラ軍団である。リーダー格を演じるのは黒百合(
ja0422)だ。小柄というより小さい身体も変化の術で五割増しで、成人女性くらいにはなっている。黒百合は前輪を持ち上げて言い放った。
「野郎共、コイツの身ぐるみ剥いで将軍に売り飛ばすぞォ!」
エキストラ役のスタッフ達が雄叫びを上げる。といっても素人、張りがないのはご愛敬。
『女を捨てているゥーッ! これはポイント高いぞ!』
「実況じゃねーか!」
そうしていると聞き覚えのある音楽が鳴り響く。そう、これはかの将軍をモチーフにした有名なドラマの、
「他局ーッ!」
そしてぱからぱからっ、と小気味よい音と共に、青い馬に乗った雪室 チルル(
ja0220)が突撃してきた。
突撃してきたのです。
「ひでぶゥ!」
『おーっとエキストラ君、吹っ飛ばされたーッ!』
将軍役のチルルは、的確に黒百合だけを吹き飛ばした。黒百合は空中でくるくる回転すると、顔面から地面に落ちる。まさに少年漫画の一コマである。いやほら、一般人にやらせるわけにはいかないし。
「やれやれだぜ」
チルルは西洋風の兜を指先で正し、エリを中華な槍で指し示した。
「すごく怪しいから悪い奴だ! さいきょーのあたいによる現行犯死刑!」
「世界観が散らかりすぎだよォ!」
なにはともあれ、エリは将軍に引きずられていく。その途中、チルルは熱々のシチューをエリに持たせた。
「……何故に?」
「知らんのか! シチュー引き回しというのだ!」
「市中だよォ!」
後でスタッフが美味しく頂きました。
●
申し訳程度に設えられた玉座には、花見月 レギ(
ja9841)が足を組んでふんぞり返っていた。
「いらっしゃいお嬢さん。災難だったね」
王様役なので、頭には「おーさま」と雑に書かれた王冠が載っている。制作費千円也。
その横でこれまたふんぞり返っていたチルルは、鼻息荒く言い放つ。
「執行は明日だからね!」
「うん。よく分からないけど好きにして」
「王様! 人命かかってる!」
「俺はぐうたらだからね」
「設定を言い訳にしないで!」
そこに兵士役の藤沖拓美(
jc1431)が近づいてくる……何故か武者姿だった。
「むう、しかし珍妙でせんすの欠片も無いふぁっしょんでござるな」
「何もかも噛み合ってない人に何もかも否定された!」
せめてそこは揃えません? いいんじゃね? そんな適当ゴーサイン。
「お待ちください。せめて身元照会や書類の用意を……」
脇に控えていた大臣役のファーフナー(
jb7826)が重々しく口を開く。渋い顔つきも含めて、堂に入った演技だった。
「ま、まともな人がいる……」
エリの演技に微妙に笑いが混じっていた。あまりにまともな演技過ぎて逆にツボに入ってしまったらしい。
そこに、
「ハーイ、ちょっと待ってくださいデース☆」
執事姿のアメリカン、歯をきらめかせながらカメラ目線で乱入。
ぶーっ!
マイケル=アンジェルズ(
jb2200)の絶妙な言い回しが、川村えりの笑いの沸点をぶっちぎった。
流石にカットです。
●
『なんだかんだで』
ナレーションと共に仕切り直し。
エリは留置所――見た目ただの教室に拘留されることになった。
「エターナルガハラーへ一名様ご入店♪ おかえりなさいませご主人様♪」
「メイド喫茶だコレ!」
ユリア・スズノミヤ(
ja9826)はバッキバキのメイド装束で現れた。グレーを基調に絶対領域もしっかり確保、ハイヒールまで揃える徹底ぶりである。
「これはサービスだみゅ」
ユリアの差し出したコップを受け取って、エリは一瞬躊躇った。思わずカメラの方を向く。
……え、これ飲むんですか? 構わん、行け。サムズアップ。ぐいっ。
「100%レモンーッ!」
噎せた。何せ水で薄めるとか砂糖を加えるとか甘っちょろいことは一切抜きである。バラドル根性というより、素の反応だった。
「Oh、マイロード! 大丈夫デースか?」
逐一カメラ目線を決めながら、マイケルはハンカチを差し出す。
「ま、マイロード……?」
「そうデース! 汝は拙者の元へ舞い降りた天使なのデース☆」
キラン☆ やたら星が煌めく執事である。
「故にマイロードを娶ろうとする将軍死すべきデース、慈悲はない」
「うみゅ、執事さんはさっき空からゴシップチラシを撒いたにゃ。『衝撃、将軍はSM趣味だった!』」
「我が神の翼をもってすれば造作もないことデース☆」
イェーイ、とハイタッチする執事とメイド。そしてマイケルの背中には天使の翼。
「何してあげちゃってるの!?」
「まあ将軍は意地悪で有名だから、誰か懲らしめてくれないかにゃー。刑事さんが拳銃とかー」
チラチラ。ユリアの視線がエリに注がれる。
「いや、非番だから持ってないけど……」
「チッ」
「露骨な舌打ち!?」
「そんなことないみゅ♪」
「というか異世界人が拳銃って単語はどう、」
エリがさらに重ねようとすると、唐突にカンペが出された。『巻いてください』。
カット。
唐突にラファルが画面に映った。ケセランがぽよぽよと揺れる。
「さあ、これで主要人物は出そろいました」
ファーフナーが奏でるいかにもな音楽と共に、ラファルは語る。
「そして、悲劇はこの後起こるのです……」
●
ドカァーン!
「バカな、さいきょーのこのあたいが……」
「うみゅ? これどうなるの?」
「問題ねえよ、話は通してある」
「ふわー、撃退士さんってこんなのも耐えられるんですね……」
●
翌朝。
「しょ、将軍ー!」
エキストラのスタッフが悲鳴を上げる。
果たしてそこには、クレーターの真ん中に埋もれたチルルの無残な姿が……。
●第二話
一同は現場に集まっていた。中心には地面にめりこんだチルル将軍。
「これは……大変なことになった。おい大臣、何か面白いことを言え」
「は、ええと……『片付けておけよその、」
「そこまでだッ!」
なおカンペである。目が泳いだファーフナーへのスタッフの助け船だ。
『将軍が殺されたという恐ろしい事件は、瞬く間にエターナルガハラーを駆け巡ったのです』
ナレーションと共に、カメラが屋上からの引きになる。
「水ッ! 求めずにはいられないッ!」
……黒百合がエキストラを連れてヒャッハーしていた。あちこちで爆風が立ち上る。
「事件どころじゃねえ!」
「しかし困ったな。兵士のタクミ君、将軍やる?」
「そうでござるな! 国防のためにもそれが良いでござる!」
「人事が雑だよォ!」
ちなみに第一回の放送後、レギの王様役はそこそこ評判であった。緩いイケメンっぷりが主婦層にウケたらしい。
「しかし、誰がこんなことを……」
眉間を揉みながら、ファーフナーは疑惑の目をエリに向ける。
……何故かその頭上にはフキダシ状の立て看板。『部外者 怪しい』。
「大臣さん、顔に出てるどころの話じゃないッス」
「なっ、まさか私の思考を……!?」
フキダシが『ただ者ではない!』に変わる。なお入れ替えているのは黒百合だ。世紀末衣装がチラチラ画面の端に映っている。
「お見それしました。何なりとお申し付けを」
「大臣、チョロい」
「ツッコミ取られた!」
「あ、ごめん」
レギとファーフナーの息が合っていたからこそのうっかりだが、これはこれで面白いので通しである。
『次に行ってくれ』というカンペに合わせたのは拓美だった。
「しかし困ったでござるな。将軍を処――あんな目に遭わせた賊を突き止めねばならんでござる」
「ほんとだよねー。まさかあんな方法でこのあたいが」
ん? と一瞬の間。アイスを囓っている将軍が画面に映ったのは気のせいです。
ともあれ、エリは靴を打ち鳴らして啖呵を切った。
「皆さん、これは殺人事件です! 私は捜査一課のエリ、この事件を解決してみせましょう!」
カメラがラファルを映す。
「こうして異世界での刑事ドラマが始まるのです! 果たして犯人は誰なのか? みんなも推理してみよう!」
ぽよよんと毛玉が揺れた。
ところでナレーターさん、その右手がロボットじみているのはどうしてなの?
●
「マイロード! 助手はこの執事めにお任せデース☆」
キラキラ星と共にカメラにドアップで映ったマイケルは、ハンチング帽にトレンチコートといういかにもな探偵スタイルだった。
「……あの。暑くないんですか?」
「超暑いデース! ご覧の皆さん、熱中症には気をつけるのデース☆」
撮影も放送も夏の真っ盛りなので視覚的にもクソ暑い。マイケルの手にはスポーツドリンク。番組のスポンサー企業の商品である。
まあ宣伝は置いといて。
「検死の結果、死因は撲殺です。何度も細いもので突かれた挙げ句、何かデカいもので殴られた、と」
「なんと面妖な! そんなことが分かるものなのでござるか!」
将軍へクラスチェンジした拓美は、何故かエリに同行していた。
「細いものというと、どのくらいなのですか?」
何故か大臣のファーフナーまで同行している。
『これが異世界ものの定番ですね。何故かゴリゴリ上がる主人公への好感度!』
「色んな所に喧嘩売るナレーションやめよう?」
大抵は然るべき活躍をした上での好感度上昇だから。あとお話回らないから。
「まあまあ、とにかく紅茶をどうぞだみゅ♪ あ、レオンもどーぞ」
「ああ、悪いねわざわざ」
何故かメイドと王様がじゃれあっているのを尻目に推理を、
「そーれっ☆」
特に意味の無い氷の錐がレギを襲う!
「わあ、何をするだあー」
「棒ッ! じゃなくてなんか背後で色々起こってる!」
「エリ殿、気にしてはいけません」
渋く重い声で大臣が先を促す。
――レギとユリアの関係については知らないが、ファーフナーは何となく察してはいた。とはいえ口にするのは野暮だし、それでなくても撮影の邪魔である。だってアレ完全にノープランだし。
「こほん。えーと、太さは……そう、あのハイヒールくらい」
いきなり話を振られて、メイドはぴゅうと口笛を吹いた。
「うみゅ? 私は何も……見てないですにゃん」
露骨に目が泳いだ。フリスビーのようにトレイを投げるメイド。キャッチする王様。メイドのハイヒールにはなんか赤黒いものが、
「いやー、ほんのちょっぴりだけ痛かったなー。いくらさいきょーのあたいでも」
間。棒アイスを囓りながら頭に円形の電球をひっつけた将軍が画面に映った気がしますが気のせいです。
「あ、このアイス当たりだ。ラッキー、さすがあたい」
「ヒャッハー! 当たり棒だァーッ!」
「アタァ!」
「あべし!」
もう出番のないはずのチルルが、今出番じゃないはずの黒百合を指先一つでダウンさせたのも気のせいです!
エリはパン、と手を打ち鳴らした。
「と、ともかく! 聞き込みをしましょう!」
「ききこみ……また面妖な言葉でござる」
「そうかな!?」
「聞くならエリ殿の好みの男性のタイプを知りたいでござるな」
「分かってるんじゃないですか! そして脈絡ねえ!」
「これが『恋の魔法』でござる……いや、『魔法』だぜ」
「口調! 役が抜けてます!」
完全に余談だが、最後まで川村えりは拓美の猛烈アタックを華麗にスルーし続けた。というより恐らく分かってなかった。後に『藤沖さんはオフの時でも役作りしてたんですよ』とコメントしている。
「検死によると死亡推定時刻は昨晩の零時頃だと思われます! その時の情報を集めましょう!」
「むむ……けんし、とはまこと面妖な術でござる……」
『良い子とミステリマニアのみんな、これはギャグだよ! 正しくは検視だとかたかだか一刑事がそんな特技持ってるかよとか、そういう野暮な文句付けるドブ犬はリアル異世界に蹴り込むぞ』
一瞬素が見えたナレーターの隣でぽよぽよと揺れるケセラン……おや、なんか増えてるぞ。
「うん。王様役意外と暇だった」
レギがいつの間にか隣に座っていた。そしてダブル毛玉。ぽよぽよ。
「……いえ、私は知りませんね」
ぱたん。定番の台詞と共に、民家(どう見ても教室の扉)が閉められる。
「今の、最初にバイクを飛ばしていたヒャッハーでは……」
黒百合は敢えて着替えない選択を取った。その方が面白いからである。
「マイロード、怪しいなら捕縛するデース☆ 拙者のこの鼻毛聖拳で!」
「ギャー!」
マイケルの鼻毛が自由自在に伸びて蠢く。マジ悲鳴だった。
「対をなす魔法として脇毛神拳が」
「使い捨てのギャグにそんな設定いらねえ!」
しかもパロディのパロディだし。
「そうよォ、そんな汚い絵面は御免だわァ!」
パーンと扉が開け放たれたかと思うと、そこにはさっきのヒャッハー町民Aが! しかもなんか真っ赤で、
「人が燃えてるーッ!」
「視聴者と関係者諸君、よく覚えておけェ! 私は黒百合! 万能エキストラとして今後ともよろしく!」
『あーっとここに来て露骨なアピールだ! しかしもう尺がない! 気になる真相は? 待て次回!』
どうすんのこれ。どうにかなるよ、……多分。
後編へ続く!