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「私がもふもふになっちゃった!」
銀色がかった長毛種の猫――種類としてはノルウェージャンフォレストキャットの姿になっていることに気づいて、シェリー・アルマス(
jc1667)は上機嫌そうに笑った。
もふもふ大好きシェリーとしては文字通り夢心地の状況である。
「これは楽しい感じですね♪」
教室だというのに何故か鏡が据え付けてある。それを覗いて、木嶋香里(
jb7748)もこれまた上機嫌だった。
短毛種――アビシニアンが近いのだろう。無意識にポーズを取ると、猫特有のすらっとした艶めかしさがある。
「うにゃあん」
それを見て御剣 正宗(
jc1380)は試しにポーズを取ってみた。そして満足した。
短足、それ故の愛嬌――マンチカン。愛らしさの極致とされる品種。それはいっそ暴力的ですらあって、正宗の美意識に十分満足するものであった。
「どうせなら可愛い小型犬の方が……いや、いや」
剣の素振りをしながら、遠石 一千風(
jb3845)は独りごちた。今の彼女は精悍な顔つきの大型犬、シベリアンハスキーである。
武器を扱うには、やはり口で咥えるのが一番安定するようだった。もっとも二本足で立てたり、尻尾で武器を持てたりする辺りは、色々と常識がぶっ壊れているらしい。
「玄冬……じゃないな。夢だ、夢」
鏡を覗きながら、礼野 智美(
ja3600)は考察を早々に放棄した。そこには飼い猫そっくりの黒猫がいる。
それがどうやら自分の今の姿らしいが、身体の動かし方や一千風の様子を見れば、いつも通りで大丈夫だろうと結論づける。
「――――――」
そしてひたすら遠くを見つめる厳ついドーベルマン、ファーフナー(
jb7826)もまた思考を放棄していた。
ただし彼だけ夢という自覚がない。冗談への適正の問題だろうか。ともあれ指示された『敵を倒す』ことに意識を集中させて、現状を深く考えないようにしていた。
一通りの状況確認を済ませると、ちりりん、という音が聞こえた気がした。
「クエストに出発するかい?」
「いかにもな演出やめろや」
「わーい、もふもふー」
かよちんが言い、未唯が突っ込み、シェリーがかよちんをモフる。かよちんは一切動じず、手元のボタンをぽちっと押した。
ぺーぷー、という音が聞こえた気がした。
「だから安易なパロディはやめろと」
未唯のツッコミもそこそこに、教室のドアが開け放たれる。次の瞬間、がらりと景色が入れ替わった。
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そこはなんだかよく分からない空間だった。
それ以上の表現が出来ない。おもちゃ箱をひっくり返したような、適当に思いついた言葉を並べたような、データをミキサーにかけてぶちまけたような、都会と自然が融和して、天界と冥魔界が混線する。
要するに、夢の中だった。
「よく来たな勇者達」
その中央――なんとなく中央と認識しているだけ――に、狸のような姿をした何かがいた。
「我が名はロクバ。この世界を統べる魔王である」
ロクバと名乗ったそれは、みるみるうちに姿を犬のようなそれに変化させ、
「我が配下に下れば世界の半分をやr
ぶっすり
黒き獣の明日を狩られたッ!」
まさしく寝言を宣おうとした瞬間、ファーフナーの背負った4メートル超の槍が綺麗に脳天を貫通した。そりゃあもう綺麗にブッ刺さった。ドーベルマンの殺る気満々の瞳は、コメディ空間とかお約束とかガン無視であった。
「仕留めるッ!」
そしてその首を黒猫さんが日本刀で刎ねにかかる。どこぞの首狩り兎のように智美が跳ねて、
「タイム、タイムタイム!」
ロクバは慌てて槍から頭を引き抜いて(引き抜いて!)避けた。わんこの頭からぶっしゅーと血が飛び出る。わぁおスプラッタ。
「折角の初夢を全速力で終わらせないで!」
「何を言う。天魔相手に手を抜く理由はないぞ」
シベリアンハスキーの鋭い視線がロクバを射貫き、一千風の身体をアウルの殻が包み込む。
「やだイケメン……」
「その反応はどうなのにゃ……」
キュンとしたロクバに、正宗マンチカンはドン引いた。そして思わぬ自分の語尾に思わず口を押さえる。
「もふ、もふもふ……」
そしてもふもふな状況に、正気を保つのが大変な長毛にゃんこシェリーさんであった。
「〜〜〜♪」
その隣で、香里は黙々と爪を研いでいた。
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「さーて今回のトークテーマはー?」
ロクバの掛け声と共に、どこかで聞いたような音楽とコールが聞こえてくる。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
そしてどこからからサイコロが転がってきた。サイコロ……サイコロである。ただほとんど球体のような形の、
「なんで百面ダイスなのにゃ!?」
ダイスはごろごろと周囲を回り、正宗にゃんが何故かネコ語になり、
「恥ずかしい話! 略して!」
ごろごろごろ。
「サイコロ止まってないぞ」
呆れたような智美にゃんのツッコミはスルーされ、
「「「パンはず〜!」」」
何故かエコーし、
「パンはどこから来たんです?」
香里にゃんのツッコミもこれまたスルーされた。
「お前らにふさわしい話題(ソウル)は決まった!」
ロクバは頭から血をだらだら流しながら、猫の姿で――いつの間にか姿が変わっている――マイクパフォーマンスを決める。そしてビシィと全員を指さして、
「さあ、お前の恥を数えろ!」
なんて寝言(キメゼリフ)を叫んだ。
「……もうどこからツッコんでいいにゃら」
ごろごろ。するとどこからか丁度いい野球のボールが転がってきて、正宗はうっかりそっちに気を取られる。
ごろごろにゃーん。ガード不能連携の如きキュートパワーにより、一瞬にして緊張感がフライアウェイ。
「恥ずかしい話って言われても……」
うっかり毒気が抜けてしまい、一千風わんは考え込んでしまう。
「……寝るときは裸、とかそういう話か?」
「え、ちょ!?」
まさかのファーフナーわんが初手でぶっこんだ。これもイニシアチブの影響だというのか。(※関係ありません)
「あー、裸、裸……。毎朝裸でスタイルチェックを……。最近甘い物を食べるから体重が気にな――ッ!? 何を言わせる!?」
さらに一千風まで雪崩れた。もう止まらない。被害は拡大する。
「最近、太ったのかまたブラジャーがキツくなっちゃいまして……」
香里のカミングアウトについては微妙に空気が軋んだ気もしたが、多分気のせいです。
「香里さん、その節は! その節は! 臨海学校で墜落して溺れたり、助けてくれた人に顔面パンチ決めちゃったり!」
シェリーにゃんが間近な過去の失敗に悶える横で、
「……恋人がな、幼馴染みなんだけど。小学校に上がるまで女の子だと思って……だって俺よりよっぽど女の子っぽかったんですもん!」
智美の黒歴史に飛び火した。
ごろごろ。恥に悶絶するわんこにゃんこの群れがそこにあった。
キィーンというハウリングと共に、ロクバは高らかに宣言した。
「次にお前たちは、『何を言わせるんだァーッ!』と言う!」
「え、あ、はい?」
「うん、まあ……そうだな。そう言いたいな」
「まさか、今のがお前の能力か」
「ノリ悪ゥーい!」
どんがらがっしゃーん。
古風なギャグマンガのようにブッ倒れた猫ロクバは、これまた古風に血液の噴水を上げた。
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ドゴォ。
「タコス!」
仕切り直すように、ファーフナーのドーベルマンの体躯を活かした(?)槍の一撃がロクバの腹部とふにゃけた空気を打ち払った。しかし刃先が当たらなかったので有効打とは言い難い。
ビュン、スカーン。
「デコ弓矢!」
フォローするように、一瞬で距離を取った智美の矢がロクバの頭部に炸裂する。猫の身体で器用に弓を引く光景は、人によって評価が分かれそうではあった。
「おふざけはここまでですよ!」
「痛い痛い痛い! 色んな意味で痛いやーつ!」
香里が俊敏な動きでロクバを取り押さえると、研ぎ澄まされた爪を何度も乱舞させる。その様はまさにキャットファイト。ぴゅーぴゅーとロクバはまるで血液の噴水だ。
そして示し合わせたかのように、正宗が上から降ってくる。天使と悪魔の翼が生えたマンチカンは、今までのサボりを帳消しにするような勢いで鎌を振るう。香里は見事なタイミングで飛び退いた。
「ちょっ……いや、ホント、駄目なやつ……」
今まで軽妙だったロクバの悲鳴に悲痛さが混じった。
「も、もう終わり……これ以上、は、勘弁、」
言いさしたところに、極めて低い位置から滑り込んでくる直剣が見えた。
「もう、十分遊んだだろう?」
一千風はくるりと身体を捻って、その膂力を咥えた剣に乗せた。
なすすべも無く薙ぎ払われたロクバは、目に見えない壁のようなものに叩き付けられて、落ちた。
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「なんていかにもな演出で終わるとでも思ったかァーッ!」
ぐったりしたと思ったのも束の間、ロクバは再び立ち上がった。その姿が一瞬ぼやけたかと思うと、再び犬の姿に、
「そうか」
「あひぃん!」
二度あることは三度ある。ファーフナーが先行して、その槍が容赦なくロクバの目を貫いた。
「ふぁ、ファンシーさはいずこへ……」
「いや、血みどろファイトしてこいって言われたし」
「おぶばっ」
智美の矢が胸元を貫く。ロクバは喀血した。ギャグでもありがちな表現だが、これはガチなようにも見えた。
「くっ……だ、だが! 奥の手というのは最後に切るものだ!」
再び流れ出すどこかで聞いたような音楽とコール。しかし今度はダイスが出てこない。
「何が出るかなーッ!」
代わりにスポットライトが六人を照らす。いかにも誰かを抽選していますといった風のドラムロールが流れ出す。
「そう、これは抽選ッ! このロクバの最大の特徴にして最大の奥義ッ! 自分の技で死ぬがよ、」
「えーい! 覚え立ての新技ッ!」
がいーん。
シェリーの振り回した盾がロクバをぶん殴り、まるで空から振ってくる金だらいのような音を立てた。
そして止まる演出、発動しない能力。いかにも『あなたのターン終わりましたよ』感溢れるシーンエフェクト。
「……はい?」
ぽかんとした後、ロクバわんはだらだらと脂汗をかいた。
その眼前にはシェリーにゃん。あたかも『ドドドドド』と書き文字を背負っているように見えたという。
「これが『シールドバッシュ』……いわゆるひとつのカウンタースキルだよ!」
「こ、」
そしてすぐさま飛びかかってくる撃退士わんにゃんズ。
普通に理由のある暴力がロクバを襲う!
「こんなの、あんまりだァーーーーッッッ!!!」
どかーん、とキノコ雲。
どうせ夢オチなら爆発オチでもいいじゃない。そんな安直なアレコレ。
そして、曖昧な世界はボロボロと崩壊し始めた。
ちなみにだが。
『誰一人として使われると怖い技を活性化していなかった』という事実を、最後に述べておこう。
対策とは、かくも無情なものである。
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――朝日が昇る。意識が覚醒する。
そこにあるのはいつもの自分の身体で、それに何ら疑問を覚えることもない。
何やら意味不明な夢を見ていた気もするが、夢というものは得てして不条理だ。覚えておくだけ不毛というものである。
こうして、特に脈絡も伏線も意味もない初夢は、誰の記憶にも残らないまま消えていく。
そうしてあなたたちは日常へと戻っていく。
2015年が終わり、新しい年が始まる。
戦乱の日々が終わることを信じて、撃退士は一歩を踏み出していく。