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マスター:守崎 志野
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:5人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/20


みんなの思い出



オープニング


 空の光を遮られた森は暗く冷たい風が木々を揺らす。その中に幼い嘲笑が甲高く響いた。いずれも十才くらいの、かなり大勢の子供達だ。
「みっともねー!ブルブル震えてたよなぁ、あいつ」
「漏らしてたんじゃないのぉ?」
 彼らの来た方には、半ば朽ちかけた小屋が枝の間に見え隠れしていた。
「でも、ちょっとマズくないか?」
 一人が遠慮がちに口を出す。大勢で一人に、頭から袋を被せて縛った上で小屋に放置した事は虐めの域を超えて犯罪になるのではないか。
「平気平気、黙ってりゃわからないって」
「あいつの母親は子供の事で騒ぐ女じゃないしなー」
「大体、何かあっても勝手に天魔の仕業って事になるよねー」
 そんな言葉の前にささやかな異議を唱える声も消えていく。笑いながら子供達は光差す方へ出ていった。

 こんな時勢でも人は人を虐げずにはいられない。
 天魔の所行で死亡、或いは行方不明。そんな事は珍しくも無いと知りながら、何故か自分は無縁であるかのような錯覚の中で。

 二十数年前と同じように。
 それより前と、同じように……


「偶然……じゃ、ないよね。これは」
 斡旋所に置かれたパソコンを前に、坂本 杏里 (jz0292)は口をへの字にして考え込んでいた。
「何が偶然じゃないって?」
 所長が書類の束で杏里の頭を軽く小突く。
「あー、所長。この前の、施設絡みの依頼なんですけど」
「ん?あの園長、児童福祉法違反とかアレとかソレとかで警察行きになったけど。本丸はまだ遠いらしいな」
「その本丸……例の福祉団体の代表者、長内数人の事ですが」
「園長と同時期、同じ小学校の教師だったんだろ?その縁で仕事上の関わりが出来たって」
「それだけじゃなくて」
 杏里が示した画面には泉堂詩歌の義父・泉堂義隆の略歴が出ている。
「泉堂義隆の出身地、その小学校があった土地なんですよね。今は道もろくにない廃墟ですけど」
「そういえばここって、お前さんが住んでた町の割と近くじゃないか?」
「そうなんです。で、ちょっと引っかかったんで調べたんですけど」
 画面が替わって古い新聞記事になる。1980年代半ばの記事らしい。山中の集落で平凡な主婦がいきなり狂ったように暴れ回り、住民三十人近くを虐殺したという凄惨な事件だ。止めようとした主婦の長女ともみ合いになり、弾みで主婦が死亡した事で殺戮は終わったという事なのだが。
「これほどの大事件なのに、続報とか殆ど無いんですよね。地元でも聞いたことが無いですし」
「仕方ないだろ。なんたってその少し後だったからな、天魔の侵攻が確認されて世間が大騒ぎになったのは」
 天魔の侵攻。未曾有の災害とも言うべきその前に、この事件はただ忘れられていったのだろう。世間とはそういうものだ。
 だが、関わった当事者達には?
「しかし、偶然って怖いな。ほれ、新しい依頼」
 ポンと置かれた書類に書かれていたのは、今話題になっていた町からの依頼だった。
「……また天魔ですか?」
「か、どうかはっきりしないんだがな」
 一年くらい前から町に複合的な福祉施設を建設するという、大がかりな計画が持ちかけられ、現在はその為の土地買収を巡って賛否両論の状態だという。
 とはいえ、今までは特にいざこざもなく穏やかに話し合いが重ねられていたのだが、町外れの森で『幽霊』が目撃されてから様子がおかしくなったという。一言で言うなら双方の主張が激しくなったのだ。
 今になってそんな事が起こるのは売らない方が良いと言うことだ。
 おかしな噂を払拭する為にもさっさと売った方が良い。
 どちらも根底にあるのは過去の不吉な出来事を忘れて穏やかに生活したいと言うことなのだが。
 目撃された『幽霊』は一人の男と五人の子供。
「それって……」
「そう、二十何年か前にそこに住み着いた連中と一致してるんだがね」
 どこからともなく流れ着き、五人の子供を奴隷か家畜のように扱っていた男がかつてそこにいた。だが、男は姿を消したというものの、子供達は全員既に成人している筈だ。幽霊になどなる訳がない。
「その幽霊の正体なり、出る理由を調べて欲しいってのが依頼なんだが」
 かつて天魔事件が起こった土地だ。今度ももしかしたら……と、思うのも無理からぬ事だろう。
「だけど、どうもそれを良く思わない奴もいるみたいでな」
「……でしょうね」
 一方、その過去は住民にとって思い出したくない汚点であり、この町が周囲から忌避の目で見られかねない事情だった。ありがちな怪談話の形を取っているとはいえ、そこを突かれれば皆心穏やかではいられないだろう。
「おまけにその計画を持ちかけたってのが」
 内容は主に天魔被害が原因で家族を失い、或いは道を踏み外した人の為の複合施設。児童養護施設、自立支援ホーム、作業所、病院……等々。
「一見すると資金の出所もしっかりしてるし、一見すると良い計画に見えますけど、ねぇ。長内が代表者ともなると」
 今までが今までな分、きな臭い。
「幽霊から何が出てくるか、わかりませんね」


「ふん、どうせそんなものだろう」
 重厚な調度が置かれた執務室に尊大な初老男の声が流れた。、
「全てはあの女が言い出し、計画した事。誰もが認める事実だろうが」
 下らぬ事を報告しなくても良いと言い捨てて長内数人は電話を切った。
「よろしいのですか?」
 傍に秘書然として控える清楚な黒髪の女性が声を掛けた。咎めるような声ではなく、軽く確認したという感じだ。
「彼女が何を言ったとしても根拠となる事実は見つからないからね。警察も罪を逃れようと都合の良い事を言っていると判断せざるを得ないだろう」
 だからこそ、こちらを揺さぶってボロを出させようとしているのだろうが。
 そう言った数人の声音は電話の時より遙かに穏やかだ。これが寧ろ彼の地なのか、尊大な物言いよりもしっくりくる。
「それよりも、例の話がそろそろ頃合いだろう。丁度良い土地も買収の手筈を進めているところだし」
「感謝いたしますわ。牧場としての街作りなど、私だけではとても」
「いや、こちらとしても有益な投資だからね。人間の生存権を守ると同時に、その人間を産物として街を維持する。合理的だと思うよ」
「ええ。この先悪魔も天使も力尽くでの収奪が難しくなっていけば、充分に需要があると思いますわ」
 当初は天も魔も、この世界を楽な狩り場としか見ていなかった。だが、撃退士の台頭によって狩りに少なからぬ損失が伴いつつある。
「獲物は豊富な世界ですから互いに相手より先に撤退は出来ない、かといって損害は無視できない。今はそんな状況になりつつありますもの」
 それよりも、と女性は首を傾げる素振りを見せた。
「あなたはどうなのですの?いわば人間を裏切り、復讐すべき悪魔に荷担する行為とも言えるのですよ。それに見合う利益とは本当のところ何なのでしょうか?」
「利益……か」
 数人の脳裏に遠い声がよぎる。
『あの子が何をした!?碌に調べもせずに!』
『何が人類を守る盾だ!お前らこそ人を喰いものにする天魔だ!』
 それは遠い昔の数人自身の声。
「皆、忘れているのだよ。鋭い牙も爪も持たず、空を飛ぶ翼や水を泳ぐ鰭、地を速く駆ける足も無く、樹上を自在に動く身軽ささえ持たない人間がどうやって生き延びて来たのかを」
 その独白の意味を問う者は、誰もいなかった。


リプレイ本文


 駅には列車が止まり、ターミナルにはバスが入ってくる。
 だが、そこから降りて町に止まる人は滅多にいない。殆どは乗り継ぎの時間待ちだ。
 風は吹くのに風通しの悪い町。そこに、ターミナルから四人の撃退士が出てきた。
「ホントに誰も止まるって事がないのね」
 稲葉 奈津(jb5860)が周囲を見回して呟く。普通、こうした場所の周囲によくある旅館やビジネスホテルも見当たらない。それらしい建物があるにはあるが、扉は閉ざされ営業してはいないようだ。
「施設の建設が本格化すれば事情は変わるか」
 長内にどんな評判があろうが、施設の建設を推進すべきという者が出て来るのも頷けると、現実を目にしてファーフナー(jb7826)は改めて思った。
 やはりこの騒ぎは推進派が反対派の一掃を狙って仕掛けた事だろうか?依頼主は立場上名前は明かせないが、開発に対して中立の人達だと聞いている。もしかしたら本当は何かを知っていて、自分達では明らかに出来ない事を明るみにして欲しいと考えてでもいるのだろうか。
「錯乱した目撃者と言うのは、ここの人間ではないと言う事ですが」
 雫(ja1894)が汚れた建物の外壁を見ながら首を捻る。車もバイクも無かったというからバスか鉄道で来たと考えるのが妥当だが、ここでは最終が早い。
「普通、夜に幽霊探しなら足は車かバイクだと思いますけど」
 泊まるところがあるでも無く、野宿の用意をしていた訳でもない。因みに雫は森での張り込みが必要になった場合に備えてテントを持参している。
「そうね。町に知り合いがいた訳でもなさそうだし」
 奈津が手にした鍵を見る。
『一日で終わらなかったら元の私の家を使ってください。管理委託してる業者に連絡しときますから』
 そう言って杏里から鍵を渡された時、気は進まなかったが受け取って正解だったかもしれない。
「やっぱり、時間が経ってるとは言っても地元の事は知ってるよね」
 案内に杏里を着けても良いと斡旋所の所長は言ったが、奈津はそれを断った。二年近い月日が経っているとは言え以前の事を憶えている人に会うかもしれない。出来れば今、杏里に過去と再び直面して欲しくはなかった。
(……私のエゴなんだけどね……)
「それでは、まず警察に行きましょうか」
 それまで黙って皆の話を聞いていた莱(jc1067)が無表情に言った。
「どれだけの情報があるかはわかりませんが、まず筋は通しておくべきですよね」
「警察かぁ……真正面から乗り込んでも、今までの例だと私、あんまり良い記憶無いなぁ……」
 奈津がぼやく。明確に天魔が出たという訳ではない以上、何か異常がないかどうかは地元警察に聞くのが一番早そうなのだが。
 正直、奈津にとって警察と言えば気の毒な目で見られたり説教されたりと相性が悪いとしか言いようがない。
『無理にとは言わないけど、服とかメイクとかを清楚系に変えた方が良くないですか?』
 ここに来る前、杏里にそんな事を言われたのが脳裏をよぎる。確かにその方が大人受けは良さそうだが、何となく負けのような気がする。
「大人が不純とか決めつける気はないけど、保身とか惰性とかに走るのは地位とかある大人だもんね」
 周囲を見回した奈津の目に、自転車を走らせる制服の後ろ姿が映った。


 ターミナルに姿を見せなかったエイルズレトラ マステリオ(ja2224)は森の入り口にいた。森は昔から多くの恵みがあるが為に犯罪者や被差別者が逃げ込む場所でもあったという。そんな特性が時には人を喰らう魔物の噂を生み、また別の時には悪領主に抗する義賊の伝説を生んできた。
「で、ここでは幽霊という訳ですか」
 一見すると多くの情報があるようでいて、肝心の部分に対する情報は欠けている。正攻法で得られる情報だけでは足許を掬われるかもしれない。
「まずは、目撃者と同じ行動を取ってみましょうかね」
 半ば草に覆われた細い道へ、エイルズレトラは足を踏み出した。


「森に出る幽霊について何か知らないか、って何でそんな事を?」
 奈津に呼び止められたまだ二十代前半と思しき警官は不審そうな目で質問を返してきた。
「実はね……」
 自分が撃退士であり、森に出るという幽霊が天魔ではないか匿名の依頼で調べに来たと告げた。
「以前にもここで天魔事件があったって言うでしょう?だから、不安で仕方ないらしいの」
「以前って……ああ、あれだね。そういえばあの時の首謀者の子は久遠ヶ原に行ったって話だけど」
「杏里は関係ないわよ!!」
 思わずきつい口調で噛みついたものの、急いで言い直す。
「ごめんなさい。でも、あの子はずっとこっちには来てないんだもの。今度の事には何の関係もないって保証するわ」
「悪い、そう言う意味じゃないんだ」
 警官は溜息をつくと周囲を伺い、重い口を開きだした。


 若者が噂を聞きつけて面白半分で確かめに行き、洒落では済まない状態で戻ってきた。今時なら割とある話で、だからこそ最初に聞いた時には不審など持たなかったのだが。
「でも、改めて考えるとおかしな話ですよね」
 病院の事務室で雫はここに来て仕込んだ情報を反芻してみた。
 元を正せば森の幽霊話は小学生の一部が噂していた程度のものだった。子供はそんな怪談話が好きなものだし、何か被害があるでも無し、大人達は気にもしていなかったという。
 その程度の噂を、おそらくは外から来たと思われる若者がどうして聞きつけ、わざわざ確かめに行ったのだろう。物見高いで済まされるものだろうか。
「よっぽど暇だったんじゃないの?たまに乗り継ぎの時間を間違えて暇を持て余す人もいるから」
 雫に突っ込まれた事務員はやや面倒くさそうに答えた。外見で侮られているのかもと少し思う。戦いになれば雑魚天魔などものともしない雫だが、見た目は無愛想な小学生だ。かといって、ここで魔具を振り回して脅す訳にもいかない。
(この調子では警察もお手上げになる筈ですね)
 運び込まれてから訳のわからない叫び声を上げたり意味のない高笑いをするばかり、しかも本格的な診察の前に消えた患者など、警察に届ける以外どうすれば良いのかと言わんばかりの事務員を前に、それでも質問を続ける。
「名前も住所もわからなかったんですか?」
「身元を示す物なんて何も持ってなかったしね」
「携帯の類いもですか?」
「少なくとも、ここに運び込まれた時には持ってなかったよ」
 どこで天魔に出くわすかわからないこのご時世、場合によっては命綱になるような物を、老人ならまだしも若者が持っていなかったとは思えない。森で落としたのだろうか?
(でも、何というか、原因不明の事件を心配するより別の事を気にしていそうですね)
 どのみちこれ以上聞き出すのは無理そうだ。


「……と、いう訳なので、ご協力頂きたい」
 ファーフナーは校長に対して慇懃に頭を下げた。小さい町の事で小学校は一つしかない。警官が見かけなくなったという子供はこの学校に在籍していると見て良いだろう。
 天魔が子供を誘拐していると、学校職員からと思われる匿名の通報があった。そんな触れ込みで校長に協力を要請したが、校長はすぐには答えない。ファーフナーはおもむろに返事を待つ。焦って高圧的な態度に出れば逆効果だ。
どちらにせよ、天魔が子供を誘拐している疑いがあるといえば、立場上協力を拒む訳にはいかないだろうから。
「わかりました。それで、何をすれば……」
「在籍しているにもかかわらず登校していない子供がいないかを知りたい。出欠簿と児童調査票の確認と、全教職員からの聞き取りを行いたいのだが」
 言いながら校長の表情を伺う。
 教職員が警察にさえ届け出ないという事は何者かに圧力を掛けられ口止めされているのか、それとも天魔による洗脳か。
 今までの経験から、態度が不自然だったり戸惑いを見せるなら口止め、全く理解できないようなら天魔の影響とファーフナーは踏んでいたのだが。
 校長の態度はどちらとも取れないものだった。強いて言えば急に言われて気持ちの整理がつかないとでも言ったところか。
 眉を顰めかけたファーフナーだったが、すぐに思い直す。彼が偽りとは言え長らく馴染んだ国に比べ、この国では良くも悪くも物事を曖昧にする事が多い。イエスかノーか、黒か白か。曖昧にすることでどんな結果にも対応しよう
とする。
(どちらかと言えば口止めに近いか)
 ただ、口止めの場合はどんなに誤魔化そうが、圧力を掛けているものの姿はおぼろげにでも感じ取れるものだが、今の場合はそれが無い。存在は感じ取れるのに、形の無いそれは。
(場の空気……この町そのものが、事実を知っているかいないかに関わらず圧力を掛けている、ということか?)
 その時、書類の準備が出来たという声が届く。
 形のない脅迫者との駆け引きは、まだ続きそうだった。


「ちょっといいですか?」
 駅前にある小さなコンビニの前で喋っていた数人の小学生に莱は声を掛けた。いずれも莱と同年齢に見える。
「あ?」
「誰だよ、お前」
 子供は案外と警戒心が強く、排他的な一面を持つ。莱に向けられた声は必ずしも好意的なものではなかったが、その程度は想定の内だ。
「私は……」
 姿が見えなくなった子供の内、自分と同じ年の女の子の名前を挙げて遠方の友達だと名乗る。
「えー、あいつに友達なんていたのかぁ?」
 わざとらしい大声と、ゲラゲラと笑う声。そこにはあからさまな侮蔑と悪意が込められていた。
「急に連絡が取れなくなったから心配で来てみたんです。何処に行ったか知り
ませんか?」
 辛抱強く言葉を続ける莱に返って来たのは、更に聞くに堪えない言葉だった。
「知る訳ないだろ。何でオレ達があいつのことを知ってなきゃならないワケ?」
「臭いし、汚いし」
「あいつの母親って、男とやりまくって病気になったんだろ?自業自得だって大人はみんな言ってるし」
「あいつもそうじゃないかぁ?ロリコン相手に」
「違いねー」
 何処まで意味がわかっていっているのか、残酷に人を貶める言葉を笑いながら吐く。どの子も身なりは特に悪くない、普通の家庭の子供という感じなのに。
「お前もそれなのかよ?友達って事は?」
「つまり、何も知らないんですか?」
「知らねーよ、マジで」
 悪意と、無関心。
 確かに女の子の母親は異性関係にだらしなく、子供を顧みない女性であるようだが、そこまで言われなければならないのだろうか。まして、子供は親を選べないのに。
 子供は大人達の暗部を敏感に映し出す。聞き込みで得られたのは、その一端だった。


 下草が踏みつけられた跡が残っている以上、誰かがこの森を通っていたことは間違いない。だが、見事なまでに何もない。
 特に何もないのに気を張り詰めているのは結構疲れる。この際幽霊でも天魔でも犯罪者でも良いから出てきて欲しいところだ。
「まさか、錯乱の原因は道に迷ったことだなんてオチにはならないでしょうね」
 思わずエイルズレトラがぼやいた時、目の前にそれまでと違うものが現れた。傾き、半ば朽ちかけた小屋だ。
「おや、これは。いかにも何か出そうな雰囲気ですね」
 扉らしきものがあるが、開けたら小屋全体が崩れ落ちそうだ。
「どうしたものですかねぇ」
 中を調べたいが、崩れるのは困る。
 どうしたものかと小屋を見回すと、ふと板が転がっているのが見えた。よく見ると、その傍には小柄な人間ならくぐれそうな穴が空いている。
「お邪魔します」
 どうせなら何かあるといいと期待したが、何もない。剥がれた壁や穴の空いた天井があるだけだ。
「しかし、何でしょうね……この違和感は」
 少し考えて思い当たる。綺麗すぎるのだ。こういうところにあって当然の羽虫の死骸や腐った木屑などが見当たらない。そういえば、さっき見た板は穴の扉代わりに出来そうなものだったような。
「誰かがここにいて、そして痕跡を消して出ていったということでしょうか?」
 だとすれば、少なくとも幽霊や下級天魔の類いではない。
「痕跡を消した……というのはどういうことでしょうねぇ?」


 すっかり日が暮れてしまった為、一同は一旦元・杏里の家に集まった。
 学校での聞き取りや森の調査結果は今ひとつだ。子供達の環境など、書類でわかる情報は得られたがそれ以上のものはない。ただ、森にあった小屋の様子から子供達がそこにいて、幽霊と間違えられた可能性は高い。
「そうなると『男』というのが気になるわね」
「森はもぬけの殻でしたよ」
 犬や猫までいなかったと憮然として雫はいう。エイルズレトラと若者達の携帯を探しにいった雫の二人で生命探知まで使って探し回ったのだが誰も見つけることはできなかった。携帯もだ。
「男の事はひとまず置いておこう」
 ファーフナーが書類のコピーをめくる。子供達はいずれもかなり厳しい環境にあったようだ。そこから逃げ出して、あの小屋で身を寄せ合っていたとしてもあり得ることだ。
「騒ぎになったから、そこからも逃げ出したということでしょうかねぇ」
「でも、何処に行くんですか?」
 昼間の様子から、子供達に行くところがあるとは思えないと莱が言う。町から出たならすぐわかるだろうが、その様子もない。
「ねぇ」
 ふと気付いたように奈津が言った。
「ここみたいな空き家って、町中にいくつかあるわよね?」
「でも、殆どが町中の民家ですよ?それこそすぐにわかりませんかねぇ?」
 その言葉に、ファーフナーが何かに気付いたようだ。
「いや、そうでもないのが一つはあるぞ。ターミナル近くの、元ホテルだ」


 確かにそれは盲点だったかもしれない。
 身を隠すスペースはあるし、人通りのある場所なら却って覗き込んだりする者もいない。
 どうやって入り込んだかはわからないが、そこに男が関わっているのか。
 駄目で元々と撃退士達は元ホテルに向かった。既に最終のバスも列車も出た後なのか、昼間とは打って変わって静まりかえっている。
 と、そこに鋭い光が夜闇を切り裂いた。エンジン音を響かせて1台のワゴン車が走り抜ける。その窓に、ちらっとだが子供の頭が見えた気がした。
「ハート!」
 エイルズレトラがヒリュウを召喚して追わせようとした瞬間。
「追わないでやってくれるかな」
 撃退士達の前に三十前後の男が立ち塞がった。
「あの子達は、少なくともここよりはましなところに行くんだ。ここにいても惨めに死んでいくだけなんだから」
 口調は穏やかだが、何処か有無を言わせない力強さと深い悲哀を思わせる声だった。
「お前は誰だ?」
 警戒しながら問うファーフナーに男は微かに笑って答えた。
「彼上恭悟。君達には先輩に当たるだろうか。そして、君達よりもずっとこの町を知っている人間だ。そして」
 影になったその表情は見えない。
「ずっと昔から弱い人間を喰いものにしてきたこの町に一度は殺された人間でもある」


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
莱(jc1067)

中等部1年5組 女 阿修羅