●
「犯人はこの中に居る!」
凛とした声がパニックを起こしかけていた群衆を鎮める。
きりりとしたスーツに身を固めて、バラバラになった虚空に向けて指を突きつけるキアーラは自信たっぷりの様子だった。
最初に動き出したのは、この館の執事であるファーフナー(
jb7826)だった。
無駄に凄味がある表情を変えることなく空いていた扉をゆっくりと閉める。
「うちに呼んだ客を疑うのは根拠あっての事かい?」
マフィアのボスのような貫禄を滲ませているが、ファーフナーは決して威圧しているわけでは無い。
ただ、深みのある人生が生み出す迫力と怖い顔が、冬の夜の海にコンクリートを抱えて飛び込む羽目になりそうな予感を相手に抱かせてしまう損な性質なのだ。
問われたキアーラはその問に胸を張って応える。
「ふっ、刑事の勘を甘く見ないでもらおうか!」
根拠なんて無かった。
キアーラの答えにざわざわ……と会場が揺れる。
「まじ空気読んで欲しいんですけどぉ」
血塗られたテーブルに乗った豪華な料理に、稲田四季(
jc1489)は深く重い溜息をつく。
「別にさあ、ここじゃなくても良く無い? ごはんの上だよ? まじありえないんですけど」
大きな声で文句を言う四季の側で、ノーチェ=ソーンブラ(
jc0655)は宥めるように頷く。
「だってそうでしょ! アレがごはんの上じゃ無かったら美味しいディナーは無事だったのに! 謎解きなんてさあ、ディナーの後でいいわけじゃん?」
勢いづいてさらに愚痴の声が大きくなる四季の口許に、ノーチェは人差し指を立てる。
「四季君、それ以上はいけない。……だが、そうだね。早く捕まえてディナーにしようじゃないか。四季君、それまでは飴でもどうだい」
ぷっくりと膨れる四季に、ノーチェは飴を与える。
「もう、ノーチェ先輩。私だって子供じゃないんですよお……あ、甘くてクリーミー」
四季は頬っぺたを膨らませてもらった飴を舐めながら、こんな素晴らしい飴を貰える自分はきっと特別な存在だと思ったのか、若干大人しくなった。
「あー、でもお腹空い……」
未練たらたらに、血まみれの料理を見た四季はぎょっとしたように固まる。
「え?」
熱い視線を感じたのか、血がかかっていない端っこのローストビーフをもぐもぐしていた草薙 タマモ(
jb4234)は、口元に赤いソースを付けたまま四季に振り向く。
視線を合わせたまま、ゆっくりと咀嚼して、ごくりと喉を鳴らして飲みこみ、目を細めて余韻に浸る。
「ちょ、ちょっと、なんで食べてんの!?」
タマモは指で口の周りのソースを絡めとってペロリと舐める。
「せっかく料理があるんだから、死体の下敷きになってないのを食べてからかなって……。お腹空いてると頭も働かないよ?」
言葉を失くしてバラバラの死体と料理を交互に見る四季の様子に、タマモは納得がいったように頷く。
「あー、大丈夫。平気だよ、これぐらいのすぷらった見慣れてるし。美味しいよ?」
器用に血飛沫とソースを見分けて取り皿に肉を移すタマモに四季は言葉も無い。
そんな、四季の肩をぽん、と叩く者が居た。
振り向くと、水筒をシャカシャカと振っている大炊御門 菫(
ja0436)が安心させるように頷いていた。
「安心すると良い、プロテインだ」
「え?」
「プロテインはいいぞ。プロテインは筋肉を鍛えるのに最適なカロリーを補うだけではない、味の種類も豊富で美容にも効果がある。さあ、まずはこのプロテインを試してみないか」
シャカシャカと水筒を降り続けるプロテインの使者は水筒を差し出す。
いったい美容に良いといわれて断れる女子が居るだろうか、いや居まい。
四季はピンク色の液体を迷わずに、こくん、と一口飲む。
「あれ、美味しい」
思わず漏れた一言。甘ったるい飴玉で口の中が甘々になっていた四季は口の中に流れ込む新たな味わいに新鮮な驚きを感じたのだった。
「ど、どこに行くんだ、未だ死にたくない!」
縮こまっていた客の中から怯えたような泣き声が漏れてくる。
「ああもう、ご主人! 泣かないでください! すぐに戻りますから!」
人垣をかき分けてバラバラ死体に近づいてきた不知火あけび(
jc1857)が泣き声の主――護衛を頼んで来た依頼人――に向かって呼びかける。
「凶器を特定すればおのずと犯人に行きつくんだよね。ご主人の為にも早く犯人を捕まえないと……」
さっと近くにある部位の切り口に視線を走らせる。
「この断面、鋭利に見えて細かい所では引っ張られている。斬るというより、ぶち斬ったのかな……。重くて、尖ってるけど、鋭くない感じ」
凶器のイメージを思い浮かべて、この館で見たものとイメージを重ねて行く。
「どこかで見た……そう、先端に重心がある長柄の武器でも……そうか、鉄甲冑が持ってた斧槍だね」
この事を告げようと口を開いた時、自分の依頼人の叫び声が耳を打った。
「う、うわーっ!」
「大丈夫か、ご主人!」
不知火は人垣を飛び越えるようにして依頼人の側へと駆け戻る。
駆けつけた不知火にへたり込んだ依頼人が縋り付く。
「この人が怖い事を言うから……」
依頼人の指さす先には鷺谷 明(
ja0776)が不吉な笑みを浮かべていた。
きっ、と睨みつける不知火の視線の険しさにも平然として、笑みを浮かべたまま鷺谷は意味ありげに呟く。
「百人のインディアンの歌に似てますな」
唐突な言葉の意味を捉えられずに戸惑う不知火を見て、鷺谷は笑みを深める。
「ほら、百人のインディアンが屋敷に集まった。一人が天井から落ちて九十九人になった、と」
意味不明なことを喋る鷺谷に眉を潜める不知火だったが、いっそ切ってしまおうかと腰の刀に手を伸ばしたところを側にいた童女に止められる。
「適当な事を言う物ではない。百人も殺しておっては字数が大変ぢゃろう」
微妙に後半何を言っているのか分からないが、緋打石(
jb5225)の言葉に鷺谷は大げさに肩をすくめて見せる。
「ほら話だよ、ほら、って言ってるだろう?」
耳障りな笑い声を響かせてその場を離れて行く鷺谷に、不知火は詰めていた息を吐いて緋打石に礼を言う。
「危うく短慮を起こす所でした。ところであなたは……」
「ふむ。見た目は童女、中身はBBAとでも言っておこうか……探偵ぢゃよ」
ポーズを取る緋打石に感謝を述べながら不知火は頭を撫でるのであった。
「や、やめるのぢゃ。自分は……ちょ、なでなでは……や、やめるのぢゃ!」
死体を見分していたのは、不知火だけでは無かった。
銀のナイフを血に染めて死体を弄りながら調べていたケイ・リヒャルト(
ja0004)は、溜息をついてナイフをメイドのシェリルへと放り投げる。
「ねぇ、シェリル。なんて残念な事なのかしら」
ナイフを片手で受け止めテーブルに置いていたシェリルは、案内していた時と変わらぬ笑みでケイに微笑む。
「お料理を滅茶苦茶にしたコレね……忌々しい。なぜこんな切り口なのかしら」
そのまま優雅に椅子に座りながら、シェリルに向かって話しかける。
「この切り口、鋭利過ぎるわ。これじゃ綺麗すぎるじゃない。それに切り刻んだのは死んだ後がほとんどだわ。甘い、甘いわ……この犯人は優しすぎるんじゃないかしら? ね、シェリル?」
微笑んでシェリルに問いかけるケイに、シェリルも微笑みを浮かべる。
「ケイ様でしたらどのように殺しますか?」
「あたしだったら……そうね、生きながらぶった切るか、わざと切れない鋸を使うのもいいわねぇ」
笑みに妖しい色を交えて応えるケイをみて、くすり、とシェリルは微笑み、沈黙で返す。
遠目に見ると和やかな光景であるが、側にある死体と会話の内容が怖すぎる二人であった。
じっと死体を見ていた者は他にも居た。
青柳 翼(
ja4246)は一人頷く。
「やはり、この状況は何か『正しくない』。僕の見る限り、この『死体』は虚空氏では無い……」
青柳の呟きを聞きとがめた、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は眉を顰める。
「虚空のおっさんじゃねぇってどういう事だよ。あぁ? このおっさんの顔を誰も知らねぇってんならそれも有りだけどよ、この生首は誰だってんだよ」
イライラと因縁をつけるラファルに、迫られても青柳は揺るがない。
「僕の直観が訴えかけてくるのさ。この死体は『正しくない』ってね」
「けっ! そりゃお前だけの勘じゃねーか! こんだけ明確な証拠があるってんのに、そいつは納得できねーな!」
ラファルの言い分ももっともであり、青柳もそれは否定できない。
何かが『正しくない』という答えは分かっているが、そこにたどり着くまでの経緯は自らの推理で埋めて行かなければならないのだ。
だが、青柳は怯まずに応える。
「その答えは本人に聞けば分かるさ。……それに、君も『嘘』をついてるよね」
すべてを見透かすような瞳がラファルを見つめる。
「……けっ、言ってろ!」
一瞬息を飲んだラファルは、自覚したその瞬間を打ち消すように叫んで、青柳から離れる。
青柳は周囲を取り巻く客たちに訴えかけるように声を張り上げるのだった。
「皆さん、落ち着いてください! この死体は虚空氏ではありません! 僕にはこの虚空氏が『嘘』だと分かるのです」
騒めく群衆に、青柳はさらに訴えかける。
「兎に角、本人を探し出し、話をしなければなりません! 探索能力をお持ちの方はご協力ください!」
戸惑いの視線をかわし合う群衆から名乗り出てくる者は居なかった。
「ちっ! 空気の読めねー野郎だぜ。すぐに種明かししちゃー面白くねぇじゃねーか」
一人離れて舌打ちをするラファル。
自分の推理を他人に先を越されて言われることほどムカつくことは無い。
彼女は生きてるはずの虚空氏を自分が見つけ出すまで徹底的にかき回す、と心に決めたのだった。
「もういい! こんなゴージャス料理をめちゃくちゃにする殺人鬼が居るかも知れない場所に居られるか! 俺は勝手に捜査させてもらうぞ!」
荒々しく扉を開けて飛び出して行ったのはミハイル・エッカート(
jb0544)。
食べ物の恨みを晴らすべく、一人の男が立ち上がったのだ!
「アレはもう長くないやも知れぬのう」
部屋の隅に置いてあったロッキングチェアに座って楽しそうにきーこきーこと揺らしていた緋打石は、白と黒の瞳を瞬かせてミハイルの背中を見送る。
彼女には分かるのだ、これから死ぬかも知れない『フラグ』を立てた瞬間に揺らめくアウルが。
まだ、必要な情報が揃っていない。
推理を組み立てる情報が集まるまで、彼女は安楽椅子を揺らして読書に浸る。
「休むための部屋を用意した。皆案内を待って休んでくれ。刑事さんと探偵さん方の推理は皆が出払ってからやっちゃくれないか。不安を煽ってもしょうがないだろう」
ファーフナーの低くて渋い声がざわめく会場に響き渡る。
今にも爆発しそうだった緊張感が緩むのを会場中の客が感じ、人々は案内に従ってそれぞれの部屋へと誘導されていく。
歩いていく人々の後姿に、レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)はそっと溜息をつく。
「運命は定まっているというのに。それとも運命を覆すような人がいるのかしら……」
それぞれの思惑を持って虚空館の夜が訪れる。
●
会場に残った者達は、思い思いにバラバラ死体の周りに集まる。
ケイはシェリルと一緒に豪奢なソファに座って寛いだまま、面白そうに周囲を見渡す。
「さあ、シェリル。あたしが『おもてなし』してアゲル。ほら、面白いものを見せてくれるわよ。ね、皆さん?」
艶然と微笑むケイに、シェリルはくすり、と笑って紅茶を楽しむのだった。
四季は菫に渡されたプロテイン粉末の置き場所に悩みながら、傍らのノーチェとの会話を楽しんでいた。
「ねえ、犯人はノーチェ先輩でいいんじゃない? イケメンだしさ」
「ん? 何故かな?」
「だってさ、定番ってゆーか? 犯人ってイケメンじゃない? で、先輩の奢りでディナー行けばよくない? 万事解決じゃん☆」
「四季君、イケメンと言ってくれるのは嬉しいが、俺と君は一緒に居たんだから犯人ではない事はわかっているだろう?」
四季の理屈に、ふふふ、と笑いながら諭すノーチェ。
「それに、俺が捕まったらディナーには行けなくなってしまうよ?」
そんなノーチェに四季はぷく、と頬を膨らませる。
「犯人じゃない疑われたイケメンは次の犠牲者って決まってるんだよ? 死んじゃったらディナー行けないじゃん。それなら犯人って事にしといた方が良くない?」
そこまで話した四季は、突然あっ、と声を上げて両手を顔の前で振りだした。
「ナシ、今のナシね! 先輩が犯人だったらずっと一緒にいたあたしも犯人になっちゃうじゃん」
ナシでっ、と指を突きつけてくる四季に微笑みながらノーチェは思考する。
「犯人は、推理する側にいる者が怪しい、というのはあるかも知れないね。そうして自分から目を逸らさせるというのは有りそうな手だよ」
ノーチェの言葉に、互いに疑わしそうな視線を送り合う探偵達。
一人で料理をぱくついていたタマモは、べぇと舌を出す。
「私が入ってきたら死体が降って来たんだから、タイミング的に私は犯人じゃないですぅ」
「みんな一緒に入って来たじゃないか……」
そんなタマモの言葉に、青柳が冷静に告げる。
「えー。じゃあ、あやしい奴をみんなやっつけちゃえばいいんだよ! タマモ刑事の目はごまかせないよ! 犯人はぁ〜お前だっ!」
びしぃっと指さした先に集まる視線。
そこに立つのはキアーラだ。
「キアーラが怪しい! だって悪魔だもん! 最近出番がなくて寂しいから目立とうとしたんでしょ!」
どうだ、と言わんばかりのタマモにキアーラは胸を張って言い返す。
「私は天使だ! 残念だったな!」
「な、なんだってー!」
意外な事実に崩れ落ちるタマモと勝ち誇るキアーラ。
「……警察同士で何やってるんだ、あんたら」
渋い声で突っ込むファーフナーに、タマモはゆっくりと立ち上がり面倒臭そうに周囲を見回す。
「もう、逃げられないんだから犯人は名乗り出てよ! 優秀なんだよ? 日本の警察は!」
おまいうなしんとした空気に、菫の荒い息だけが響き渡る。
ずっと腹筋をしていた菫が静かになった会場を見回して、ようやく立ち上がる。
そして手を腰にぐいっと飲み干すのはもちろんプロテインだ。
「あぁ、美味い。もう一杯……ふごぉっ!」
プロテイン飲料を作ろうと新たな袋を破った拍子に、舞い上がった粉末を吸い込んだ菫はサイドチェストをキメる。
「わかったぞ、犯人はお前だ、シェリル! おもてなしで満足できなくなった貴様が仕組んだ『御喪手納死』それが真相だ!」
筋肉を誇示しながら爽やかな笑みを浮かべたプロテイン探偵の姿に、鷺谷が青い顔をして呟く。
「御喪手納死……だと……!」
「何か知ってるの!?」
鷺谷の呟きに驚きの表情で振り返った北村に、鷺谷は肩をすくめて答える。
「いや、知らないね。言ってみたかっただけさ」
ですよねー、という表情の北村を鷺谷は愉しそうに眺めていた。
「覇ァーッ!」
掛け声と共にプロテイン粉末と水が入った水筒をシャカシャカと混ぜだす菫。
中身は透明がかった薄い茶色、上品な甘みと清涼感を備えた紅茶味だ!
「うぉぉ!」
額に血管を浮き上がらせて高速で混ぜた紅茶プロテインをシェリルに向かって突き出す。
真剣な表情で水筒を受けとったシェリルは一気に中身を飲み干し、目を細める。
「結構なお手前で……でも『御喪手納死』なんて知りませんわ」
「なにっ!」
シェリルの答えに菫は驚きの声を上げる。
だってそうじゃないか、プロテインを飲んで嘘を言う事なんてできない、少なくとも私は出来ない、とショックを隠せずに菫はよろめく。
咄嗟に手をついたのは壁にはめ込まれた大鏡。
よろめいた体勢を立て直そうと手は、そのまま鏡に、にゅわんと吸い込まれる。
「ファイト―ッ!」
「プロテイーンッ!」
昨日の敵は今日の友。
危機的状況になった時の定番の掛け声と共に、手を掴んで見つめ合う菫とシェリル。
プロテインによって増幅された筋肉が、今、その真価を発揮する!
ばしゃーんっ!
プールからシャチが飛び出すような音を立てて菫は助け出された。
菫が、二人。
「え……?」
戸惑う一同の視線に気づいていないのか、もう一人の菫は立ち上がって膝を払う仕草をしながら平然としている。
「じゃ、そういうことで」
しゅたっ、と片手をあげてすたすたと歩き出す。
「あーっ!」
もう一人の菫が部屋を出て行き、ばたん、と扉が閉まってから、北村の声が響き渡る。
「アレはサーバントだよ、確かナニカって……えーと、名前がナニカって名前で覚えてないわけじゃなくてナニカって名前なんだけど……」
ぶつぶつと説明しようとして名前から躓く北村に生暖かい視線が送られる中、くっくっくと不気味な笑いが聞こえてくる。
「解き放たれたようだね。災厄が。サーバント、彼女がどこへ向かったのか気にならないのかい?」
唇を曲げて言い放つ鷺谷が周囲を見回すと、茶番に気を飲まれていた探偵達は我に返ったように慌てだす。
慌てて追いかけようと腰を浮かせたところで扉が開け放たれる。
「えっと、私のご主人は犯人じゃないよって……言いに来たんだけど、タイミング悪かった?」
戸惑いの表情を浮かべた不知火がそこに立っていたのだった。
●
一般客が休憩している部屋からパーティ会場までの廊下は一本道で身を隠すような場所は無い。
そこからやって来た不知火がもう一人の菫ことナニカ菫とすれ違う事は無かった。
「彼女は『嘘』をついていない……。そうなるとますます厄介ですね」
青柳は不知火がもたらした情報を聞いて顔をしかめる。
そう、何をするのか分からない生き物が館の中に放たれたのだった。
「僕はこれからあのナニカを探します。生きている虚空氏も居ると思いますので……。手伝って頂ける方はよろしくお願いします」
青柳が館の捜索に向かうと、菫も立ち上がる。
「私が起こしてしまった不始末は私が片付けよう」
「はっ! 俺はアイツを手助けするつもりは無いがな、此処に居てもつまらねーし、俺も出て行くぜ」
ラファルも手をヒラヒラとさせて扉の向こうへと消えて行った。
ファーフナーと鷺谷もいつの間にか会場から出て行っており、
「話を整理しましょう」
それまで黙っていたレティシアが静かな声で話し出す。
「犯人、凶器、動機、殺害場所に殺害時刻、バラバラにした理由や会場に降らせた理由と方法も明らかになっていませんよね。それどころか被害者も本人かどうか疑わしい……」
ひとつづつ、不明な点を挙げて行くレティシア。
その言葉に、本をパタンと閉じた緋打石は、天井を指さす。
「簡単に分かる点から確認してはどうぢゃ? 仕掛けぐらい残っておるぢゃろう」
その言葉に、元気よく手を上げるのはタマモだ。
「はいは〜いっ。それじゃ私が見てくるねっ! タマモジャーンプッ!」
勢いよく飛び上がったタマモは勢い良すぎて天井に頭をぶつけて落ちてくる。
頭を押さえて涙目で蹲るタマモだったが、肩を叩かれてキアーラから声をかけられる。
「お手柄だな。タマモ刑事」
その声に天井を見上げると、天井の一部がずれているのが見えた。
「隠し部屋か……ふふ、良い香りだ。狂おしい花の香りが強くなって来たよ」
ノーチェはその異能をもって真相に近づくと犯人から花の香りを感じ取る事が出来る。
その香りを強く感じたノーチェは華麗な笑みを浮かべるのだった。
「えっ、やば……仕事に趣味の服着てきちゃったかな……」
妙に服をパタパタしだした不知火の葛藤が周囲の視線を集めている事に気づいて、不知火は話を逸らすように、指を立てる。
「あ、えーと……ほら、凶器って、館にあった鎧が持ってる斧だよね。わ、私のご主人はそんな斧持ちあげたら転んじゃうと思うから、犯人じゃないからねっ?」
話している途中から視線が厳しくなって来たのに焦り、早口で言い訳を始める不知火。
その話に、四季がふと思いついたように口を挟む。
「あんたのご主人様のことは知らないけどぉ、悪魔ってV兵器じゃなくても斬れないんじゃなかった?」
「私のご主人は理想をもって事業を始めようとしている立派な方だよ! もしもご主人が犯人だったら情けなくて介錯するしかなくなっちゃうぐらい立派な人だよ!」
「落ち着きなさい。あなたのご主人の話はいいから……。その凶器はどの傷も同じなのかしら?」
ソファに体を預けたままの姿勢で、そわそわと刀に手を駆ける不知火に向かってケイが問いただす。
「え? 全部は見てないけど……あれ? いくつか違う傷がある……?」
見た目はどれも同じような切断面だが、表層のよじれ方や骨の折れ方など微妙に異なる断面が不知火には見えた。
「なるほどのぉ……。つまり、殺害したのはV兵器による傷で、その後に斧でバラバラにしたのぢゃな。ならば殺害した者とバラバラにした者が異なる可能性もあるのう」
椅子を揺らしながら、緋打石は推理を進める。
その言葉の後をノーチェが継ぐ。
「なぜバラバラにしたのかは、犯人に聞けば早いんじゃないかい。犯人は一番疑われにくい人物が逆に疑わしい。虚空氏を一刀の元に斬り捨て、俺達に最も近くに居た人物……。ふふ、良い香りだ。狂気的であるほどに香り立つ……」
ノーチェがじっと見つめるのはソファに座っている人物だった。
「どう?私達のおもてなし、楽しんでくれたかしら」
ケイはノーチェが見つける人物の手をそっと握って、残酷で優しい笑みを浮かべるのだった。
「ねぇ、シェリル?」
●
ミハイルは一人、館を歩いていた。
ゆっくりと飾られている美術品を眺めながら廊下を歩いているようでいて、彼が見ているのは現実の風景では無かった。
過去視、特定の景色を逆再生するようにして過去を再現する能力。
その力を使って見ているのは後ろ向きに歩いている生前の虚空氏の姿だった。
ミハイルはこの館に来るにあたって一つの目的を持っていた。
特定の企業で新規に開発されたある製品、その製法が書かれた文書がこの館にあるはずであった。
それを持ち帰る事が彼にとって最優先の使命であり、偶然にも遭遇した殺人事件を利用して、一人で自由に館を探索する時間を得たのだった。
「おっと」
何者かが近づいてくる足音を察知し、咄嗟に身近な扉を開けて身を隠す。
そっと覗くと、一緒にやってきた探偵の一人が通り過ぎるところだった。
「ふぅ、通り過ぎたか……む、ここは厨房か」
部屋の様子を見たミハイルの視界には、忙しく立ち回るコックたちの姿が見えた。
ディナーのテーブルに並んでいた料理が見る見るうちに素材へと逆再生されていく。
「おい、あの料理にはピーマンが入っていたのか! 何事も無ければ口にするところだった……ふっ、危ないところだったぜ」
見事に隠蔽されていたピーマンを回避できた奇跡に胸を撫でおろしたミハイルは、廊下に出ようとして再び身を隠す。
そっと覗くとさっき通り過ぎたはずの探偵が同じ方向に歩いているところだった。
「ん? 過去視を使っていたか……?」
同一人物が同じ方向に歩いて行ったことが気になったミハイルだったが、再び過去視で虚空氏の姿を見つけると、探偵の事は頭の片隅へおいやるのだった。
しばらくムーンウォークをする虚空氏について行くと、やがて書斎に入って行った。
「ヒューッ。ビンゴだぜ」
書類仕事をしている虚空氏の姿を早送りで逆回転させていくと、怖い顔の執事が部屋に居るのに気づいて、通常の速度で過去を見る。
「何を見ているんだ……?」
二人でPCを見て笑っている姿に興味を覚えて、ミハイルも覗き込む。
「お、おぅ」
変な声が出た。
二人が見ていたのは、筋肉ムキムキの女性が様々なポーズを決めている姿だった。
「……他人の趣味にどうこう言うのは無粋だが、これは無いな」
PCから目を逸らせようとした時に、虚空氏が手に書類を持っている事に気づいた。
その書類は、厳重に鍵がかけられた引き出しに入れられた。
「これだ」
ミハイルは直観的に探していた書類である事を確信し、引き出しに手を伸ばす。
その瞬間、後頭部に重い衝撃を受け……そして、視界が暗転する。
●
青柳が姿をくらませたサーバントを探して歩いていると、廊下に倒れ伏した人影を見つけた。
「大丈夫で……あっ」
慌てて近づいていくと、倒れているのが菫であることに気づいた。
「これは、本物か、偽物か……」
慎重に近づいていくと、倒れた菫の周りに白い粉が撒かれている。
倒れた菫はその白い粉に何かを書こうとして途中で近づいたようだ。
「ペロッ……この粉は……!」
味を見ても分からなかったが、まあ、プロテインだろう。
菫の書きかけた文字は『プロテ』だったし。
「他に犠牲者が居ないか心配だ……!」
とりあえず幸せそうに寝息を立てている菫は置いておいて、青柳はサーバントの捜索を続行するのだった。
●
ラファルは庭へと出ていた。
彼女の推理は青柳と同じように虚空氏はまだ生きている、というものだった。
誰よりも早く虚空氏を見つけ出しておこうと考えていた。
隠れているとしたらどこか?
それはもっとも探され無さそうな場所だろう。
つまり、見えている場所だ、と考えた。
「俺の蛇輪眼はごまかせねーよ」
目星はつけてある。
玄関の脇に庭があった。きっとそこでのんびり紅茶でも飲んでいるのだろう。
勝利を確信し、見つけ出した虚空氏に何を要求しようかと考えながら庭に出て来たラファルは呟く。
「おい、虚空さんよ。この顛末はどういう事なんだ……」
ラファルは虚空氏と目を合わせて呟くのだった
●
「ねぇ、シェリル?」
片手を掴まれて問いかけられたシェリルは、くすり、と笑みをこぼしてゆっくりと立ち上がる。
「お見事ですわ。皆さまお楽しみ頂けましたでしょうか?」
サプライズが成功して嬉しい、というようにクスクスと笑いながらシェリルはゆっくりとお辞儀をする。
「お楽しみ? ってそれじゃ、このバラバラ死体は作り物だったりするのかなっ?」
タマモはシェリルの様子にほっとしてテーブルの上の死体を指さす。
「確かにそいつは偽物みてーだな。だが、本物も似たようなもんだったぜ」
戻ってきたラファルは、乱暴に空いている椅子に座り、血にまみれた手を見せる。
「庭でな、同じようになっていたぜ」
テーブルクロスでごしごしと手を拭いながら、呆れた様に言い捨てる。
「待って、それじゃ……この死体は」
「それはさっきのサーバントで解決ぢゃな」
緋打石が瞑目したまま、四季が発した疑問に答える。
「そう……あの鑑、アレがあれば偽物を作る事は可能ですね。でも、何の為に、でしょう」
緋打石の答えに、レティシアは独り言のように呟いて、考えを纏めようとする。
ケイがシェリルに視線で問いかけると、シェリルは首をかくりと傾げる。
「さあ、それは私ではないのでわかりませんわ? 誰か盛り上げようとしてやってくださったのではないかしら?」
と、その時、会場の扉が大きく開いて、青柳が飛び込んで来た。
「大変です! この館に、爆弾が!」
その言葉を掻き消すように、爆発音が館を揺るがしたのだった。
●
燃え盛る館から逃げ延びた人々が互いに助け合って逃げ出してくる。
被害は甚大だが、人的被害は少なそうだ。
時折、館から炎に煽られて書類が飛んでくる。
その一枚を掴んだレティシアは、一つの可能性に思い至る。
虚空氏をバラバラにした犯人、それはもしかすると……。
炎に照らされて妖しく微笑むレティシアは、手にした証文書を飛んできた火の粉で燃やしながら、館から出て来た人々を眺めるのだった。
遠くに燃え落ちる館を振り返る事もなく、ファーフナーは街へ向かって歩き続ける。
雇い主であった虚空氏にも、長年勤めた館にも未練はない。
与えられた任務を果たした達成感がわずかに脳裏を掠めたが、煙草の煙が胸を満たす程度の感慨しかわかなかった。
男は歩き続ける。新たな任務と暖かいコーヒーを求めて。
●
虚空館で起きた殺人事件とその後の爆発事件はひと時世間を騒がせていたが、やがて起きた難事件と探偵達の活躍のニュースに紛れて人々の記憶から薄れて行った。
焼け焦げた石壁と真っ黒な炭と化した柱だけが残る館跡。
物寂しい廃墟の奥にはかつてその威光で照らしていた暗い海を臨む断崖絶壁がある。
その断崖から海を見下ろしていた男に、ボサボサ髪の童女が近づいていく。
「戻ってくるのではないかと思っておった」
緋打石に声を掛けられた鷺谷は、まるで待ち人が来たかのように笑みを浮かべて振り返る。
「おや、まあ」
くく、と喉で笑い黙って緋打石を見下ろす鷺谷に、緋打石は困ったような表情を浮かべる。
「死体を降らせたのも、偽物にすり替えたのもお主ぢゃったのであろう。それが出来たのはお主しか居らん事は分かっておった。ぢゃが、一つ分からぬ……。何故そんな事をしたのぢゃ?」
緋打石の言葉に鷺谷は哄笑する。
「自称は数あれど他称は一つ。即ち狂言回し。狂言回しが狂言を回す事に理由など必要であろうか」
大げさに首を振る鷺谷は、楽しそうに指を一本立てる。
「私が仕掛けた爆弾が見つからなければ、誰も居なくなるはずだったのだがね……。だが、考えようによっては、これで良かったのかも知れない。結末を見届ける観客が居るのだからね」
そして笑みを浮かべたまま、崖からその身を投げだす。
慌てて崖を覗き込む緋打石だったが、そこには白い波が見えるだけで鷺谷の姿は見えなかった。
波に飲まれてしまったのか、あるいは……。
「夢でも見ておったような顔ぢゃったのう……」
遅れて聞こえて来たパトカーのサイレンを聞きながら、緋打石は嘆息するのだった。