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ぱちぱちと生木が爆ぜる音が撃退士達へとプレッシャーをかけてくる。
アフロの下のサングラスに炎の光を光らせて、黒い肌の和装の天使・ハガクレは濃厚な殺気を叩き付けるように放っている。
「はんっ」
天羽 伊都(
jb2199)はハガクレの言葉に、獅子の面の奥で鼻を鳴らす。
「この程度、京都に比べれば涼しいモノっす」
今よりも危険な修羅場だって潜り抜けて来たという自負に、天羽は必ず打開するという決意を高める。
炎と敵に囲まれた撃退士達は、いつでも動けるように心がけながら密かに戦闘態勢を整える。
「……楽しくなってきましたねぇ」
鴉守 凛(
ja5462)は拙くなる一方の状況に昂ぶりを覚えたように微笑みを浮かべる。
その獰猛な微笑みに応えるようにアウルが体を取り巻く。
アウルにより活性化された細胞が鴉守の身体を再生していくことで、これまでに負った傷からドクドクと新鮮な血が溢れ出す。
血が噴き出す痛みに、鴉守の笑みは深みを増して行く。
「……覚悟?」
ハガクレの言葉に九十九(
ja1149)はうんざりと顔を歪めて嘆息する。
「……いい加減見逃してくれないかねぇ」
気怠そうに傷ついた身体を木の幹に寄り掛かけて、周囲をそれとなく見渡す。
「うちは生き延びる覚悟しかした事がないんだがねぇ」
ぽつりと零された呟きには、危機的な状況にも揺れない自信が見え隠れする。
龍崎海(
ja0565)は近くで剣を構える北村香苗に天使から見えない角度でハンドサインを送る。
「……え?」
北村が間の抜けた声を上げたのを聞いた龍崎は、敵を警戒しながらも北村へ近づいて囁く。
「危なくなったら倒れた人を抱えて逃げて。俺が引きつけるから」
その声を聞いて、北村はこくこくと頷いて慌てて何やら準備を始めるのだった。
黒百合(
ja0422)はぐるりと周囲の森を見渡して、気配を探る。
燃え盛る森と頭上を覆う黒煙により、不規則な影が生まれており、森の奥を見通すことは困難だった。
「きゃっはァ、嫌われるわよォ、しつこい男はァ……♪」
煽る様に笑いながらも、警戒の視線を彷徨わせるのだった。
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際どいところで保たれていた均衡は、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がヒリュウ・ハートを呼び出したことで破られる。
ハートがハガクレに向かって飛び立ったと同時に、熊頭が棘付の大盾を肩に担いで撃退士達に向かって突進してくる。
「さて、爆発頭の天使さん。少し遊びましょうか」
熊頭の上空を飛んでいくヒリュウを見上げ、エイルズレトラはハガクレに向かって指を鳴らす。
それを合図に、ハガクレの頭上に達したハートの口から大きな風船が膨らみ、一気に弾ける。
ハガクレの側に居た狼頭と兎頭は風船が生んだ爆風により数mも吹き飛ばされる。
ハガクレは咄嗟に足元にあった倒木を蹴りあげて爆風を凌ぎ、爆発に紛れて突っ込んで来たエイルズレトラに向かって、腰の刀を鞘走らせる。
抜き放たれた刀は空を切り、返す刀で振り下ろされた斬撃は足元の草を刈りみ、さらに切り上げるがエイルズレトラの残像を切り裂くのみであった。
「何とぉっ!?」
三連斬をあっさりとかわされ、自然体で懐にまで歩み寄られたハガクレは慌てて後ろに下がる。
「その頭は実験にでも失敗したんですか? あなた、少しは強いんですかねぇ?」
エイルズレトラの挑発に、ハガクレは刀を握り直す。
「サムライのヘアスタイルをけなすとは死を覚悟してのことでござろうな……。拙者の力量はその身をもって知るでござる!」
ハガクレは怒りの言葉を吐きながら機を伺う。
ハートによって飛ばされた狼頭の行方に天羽は視線を走らせる。
天羽は狼頭へ追撃を加えようするが、突撃してくる熊頭に対して構える。
突き出される巨大な棘付の盾を見て、天羽は刀を合わせてわずかに軌道をずらし、棘の直撃を避ける。
熊頭の巨体とぶつかった衝撃は激しく、天羽は数mほど宙に舞う。
だが、弾き飛ばされた勢いを利用して、木々を蹴りながら体勢を整え、そのまま高速で狼頭へと迫る。
ようやく体勢を立て直していた狼頭は慌てて曲刀を上段に構える。
「我が剣技、我が闘志もってお相手しよう!」
天羽は気合いと共に刀を滑らせ、狼頭の無防備な脇腹に突きを入れる。
狼頭も防御を捨てて天羽を断ち切る事だけを考えているように、上段から真っ直ぐ刀を振り下ろす。
天羽は背中に熱い鉄を押し付けられたような痛みを感じ、地面に叩き付けられて地面を転がる。
「グギャァッ!?」
狼頭は脇腹から大量の血を噴出し、苦痛の声をあげる。
血だけではない、純粋な生命力が抜き取られていく奇妙な感覚に、狼頭は膝をつく。
「ルインズの妙技、とくとしれ!」
先ほどまでぐったりとしていたはずの天羽は、何事も無かったようにすくっと立ち上がる。
その身体から血をしたたらせていた傷口もいつの間にか綺麗になくなっていた。
後方へと飛ばされた兎頭は体の周囲に薄い水の幕を展開して周囲をきょろきょろと見回していた。
藪を突っ切った黒百合は両手にアウルの光を集めて兎頭を追い詰める。
兎頭が身を守る様に杖を前に突き出したところで、黒百合は頭をのけ反らせて口を大きく開き、兎頭に噛みつくような勢いで大きく開いた口を向ける。
そこに見えたのは両手よりも更に眩しく光るアウルの輝き。
兎頭はなす術もなく、黒百合の口から放たれたアウルの砲弾を頭に受け、顔が爆発する。
地面を転がる兎頭は、片耳と頬が吹っ飛ばされていたが辛うじて息はあり、黒百合から逃げようと這いつくばる。
「あらァ……?」
兎頭の周囲に張り巡らされていた薄い水の幕が、黒百合の攻撃に反応して槍の様に鋭く黒百合の肩を貫いていた。
ずきりと痛む傷口を見て、黒百合はゆっくりと足を踏み出すのだった。
九十九は傷ついた体を引き摺りながら、アウルを波立たせて周囲に風を巻き起こす。
その風は木々の間を通り抜け、剣をかわす敵味方の髪を揺らし、どこまでも広がって行く。
九十九は微かな風の音を聞き分け、違和感を覚えた場所へと視線を走らせる。
「見つけたさね。猿は天羽さんのすぐ後ろ、雉は10時の方向上空、黒百合さんを狙っているさぁね!」
雉頭は九十九の叫び声に急かされるように黒百合に向かって矢を放つ。
黒百合は兎頭を追う足を止めずに片手を雉頭の方角へ振り上げ、漆黒の大槍を振り回す。
パシッと小枝を折るような音と共に、矢は弾かれて落ちるのだった。
「良いところなんだから邪魔は駄目よォ……♪」
黒百合はニンマリと笑い、兎頭をゆっくりとした足取りで追うのだった。
気配を隠して動いていたとしても、一度見つかってしまえばすぐに身を隠すのは難しい。
九十九の声に天羽は身を捩り、猿頭の苦無を急所からずらして受ける。
「うおぉぉ!」
気合と共に龍崎の槍が猿頭に突き出される。
貫いたと見えた龍崎の槍は丸太を貫いており、猿頭は頭上の枝を伝って再び森の陰へと消えて行く。
「今のうちに抜けよう!」
龍崎は北村へ目配せをして、天羽へと声をかける。
だが、天羽は振り向かずに答えるのだった。
「このまま逃げても一緒だ、倒せるときに倒しておかないと」
刀を握る手に力を込めて、狼頭に迫るのだった。
鴉守は仲間の後方を走りながら、目の前に立ち塞がった巨大な影に足を止める。
「またあなたですか。簡単に逃がしてくれるほど……甘くないですよねぇ?」
盾を振りかざし咆え声を上げる熊頭に白銀の槍を構える。
仲間達は炎からは逃れていたが、いつまでも熊頭の相手をしていては鴉守だけが炎の中に取り残される。
周囲の様子を見回して状況を把握した鴉守だったが、全身を駆け巡るアウルが紅く染めた頬を愉快そうに歪める。
「立ち塞がるなら切り開くだけ、下がりなさい」
突き出す槍に纏わせたアウルは、熊頭の盾越しに衝撃を伝える。
巨体がふわりと浮き上がる。
木々をへし折りながら地響きを立てて地面に転がった熊頭を見下ろして、鴉守は高揚した笑みを浮かべるのだった。
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天羽が刀を振るう度に狼頭の生命力は失われ、天羽の傷は癒えて行く。
狼頭は遠吠えと共に筋肉を膨らませ、これまでにないスピードで切りかかってくる。
振り回された曲刀は、狼頭自身の傷口から噴出す血潮をも巻き込むように激しく旋回する。
ガンガン、と天羽の鎧を削る音を響かせて振り回される重い一撃は、一太刀毎に天羽の体力を奪っていく。
「無駄だ!」
連撃を受け切った天羽は大振りが終わって動きが止まった狼頭の胸に刀を突き入れる。
「ガァ……」
力尽きる寸前に振るった曲刀は見当はずれの宙を切り、狼頭は全ての生命力を失い崩れ落ちる。
「次っすね」
最終的にすべての傷が完治した天羽は、刀を振って血糊を払い、次の目標を探すのだった。
黒百合から這って逃げていた兎頭の目の前にハートがふわりと降りてくる。
ハートの突進に跳ね上げられるように上体を浮かされた兎頭の視界を黒百合の笑みが覆う。
黒百合が止めを刺そうとした瞬間、兎頭は何事かを呟いて手にした杖を振るう。
油断したのか、兎頭の最後の足掻きか、槍を構える前に真空の刃が黒百合の体を切り刻む。
一拍遅れて突き出された黒百合の槍が兎頭の身体を貫きその生命力を奪うが、既に限界を迎えていた兎頭の生命力は乏しく、黒百合はほとんど回復できずに木に寄り掛かって荒い息をつく。
そこに放たれた必殺の矢。
だが、雉矢が放った矢は、紫紺の風を纏った九十九の矢に弾かれる。
「自由にはさせないさねぃ」
細い目をさらに細めて、九十九は風に嘯くのだった。
ハガクレは目の前に悠然と佇むエイルズレトラを切り刻もうと、次々と並々ならぬ鋭さで斬撃を繰り出していた。
鞘を滑らせた勢いで放たれる光に似た刀の軌道。
或いは大天使であったとしてもこの斬撃を避ける事は不可能であっただろう。
相手がエイルズレトラでなければ。
どれほど鋭い一撃を放とうと、エイルズレトラは最小限の動きで刀を避け、天使を苛立たせる。
「お主の強さ、認めるでござる。であれば、拙者も最高の技を持って相対すべきでござろう」
大きく後ろに下がって刀を鞘に納めたハガクレは、激しくアウルが立ち上るほどに高めて鞘を走らせる。
刀の射程からは離れた場所からの抜刀であったが、エイルズレトラに油断は無かった。
だが、運命の女神が微笑んだのはエイルズレトラでは無かった。
放たれた真空刃を軽く避けるはずだったエイルズレトラは、黒百合を襲った矢が逸れてハートに向かうのを目にしてしまう。
「ハート!」
自らも回避を行いながら召喚獣にも指示を行う。
相手が凡庸な使い手であれば可能であったかもしれないが、ハガクレの刃を避ける事は出来なかった。
ハートはくるりと弧を描いて矢を回避し、エイルズレトラは胸を切り裂かれる。
「無茶はするなよっ!」
龍崎が放つ優しい光のアウルに包まれて、エイルズレトラは危ういところで意識を保つ。
さらにその先に居た黒百合にまで真空の刃が届き、黒百合もまた身を刻まれる経験をしながら淡い光に包まれて息を吹き返す。
「チィッ、しぶといでござるな!」
必殺の一撃を受けて立ち続ける二人に、称賛と口惜しさを滲ませてハガクレは舌打ちをするのだった。
黒百合は朦朧とする意識の中で、九十九の声を聞き分ける。
「黒百合さんの右斜め前、猿がいるさね!」
歪む視界の中、薄らと横切る影を頼りに繰り出された巨大な槍は、猿頭の俊敏な動きにより空を突く。
「ここまでかしらァ……先に失礼するわァ……」
黒百合は猿頭が退いた隙に、真っ直ぐ前方に向かって走り抜けるのだった。
鴉守は熊盾を弾き飛ばし、天使と相対するエイルズレトラの横に立つ。
「命、貰うわよ」
突き出された両手の先に生まれるのは漆黒の刃。
ハガクレの周囲を埋め尽くすほどの刃が無軌道に放たれる。
だが、ハガクレは刀を振るい、刃の壁に穴を開けると身を屈めて潜り抜けるように飛び出す。
「拙者の命である髪が……ぬぬっ!」
多少アフロを削っただけで鴉守の一撃をかわし、うめき声を上げる。
よほど勘に障ったのであろうか、低く蹲った体勢から刀を抜き払い、回転しながら薙ぎ払う。
エイルズレトラとハートは上空へと飛び上がって避け、鴉守はハガクレの刀の動き一点に集中して受け止める。
集中した感性の中、ゆっくりと迫ってくる刀に槍の穂先を添わせるように動かして刀の軌道を逸らそうとする。
点と点を合わせるにはその動きは性急過ぎた。
軽く掠って火花を散らした刀は、勢いを止めずに鴉守の身体を切り裂く。
体中を駆け巡るアウルにより傷自体は致命傷とは成り得なかったが、その痛みは数倍となって鴉守の身体を苛み、鴉守は歯を食いしばる。
さらに追いついてきた熊頭の突撃をしっかりと槍の柄で受け止め、全身の傷口から血を吹き出しながらもその突進を止め、逆に槍に力を込めて熊頭を突く。
「ううううおおお!」
雄叫びと共に突き抜いた槍は、熊頭を再び退け、木々を薙ぎ倒すのだった。
「大したもんじゃないがね。取って置きの一矢、受け取ってもらうさねぃ」
龍崎から癒しのアウルを受け取り、傷を癒した九十九はアウルを高めて周囲に5つの弓を顕現させる。
その手に引き絞った弓と合わせて6つの弓が同時に引き絞られる。
だが、アウルが足りなかったのか、放たれたのは自らが引き絞った一矢のみだった。
放たれた矢は雉頭の翼を貫き、よろめかせる。
打ち返された矢に合わせるように矢を放ち、九十九は転がって避ける。
「とっておきも不発じゃあ閉まらないねぃ……。ケリは今度しっかりとつけさせてもらうさね」
雉頭が次の矢を番えている隙に、九十九も黒百合の後を追って駆け抜けるのだった。
「侍なんだろう? 俺を切ってみろ!」
激しい地響きと共に熊頭が地面に横倒しになったと同時に、天羽がハガクレに切りかかる。
刀を構えて受け止めたハガクレは鍔迫り合いとなって目の前に迫った天羽の獅子兜をサングラス越しに睨みつける。
「応!」
気合を込めて力をかけ、天羽を圧倒していく。
そこにエイルズレトラが切りかかり、ハガクレを退かせる。
「今のうちに逃げますよ」
エイルズレトラの合図と共に撃退士達は走り出す。
逃走時は一番無防備になる瞬間でもある。
龍崎は気配を消していた猿頭から背中に苦無を打たれ、ハートはエイルズレトラを追う途中で熊頭に叩き落とされる。
だが、何れも致命傷とは成り得ずに、ハガクレ達を燃え盛る森に残したまま、離脱することに成功するのだった。
撃退士達が去って行った山を見上げてハガクレは呟くのだった。
「山を登ればいずれ降りなければならぬのが道理でござる。次が決戦の時でござろう……」
ハガクレの周囲に集まるサーバントの生き残りを集めつつ、まだ戦意の衰えない瞳をサングラスの奥でぎらつかせるのだった。