●
小さな破裂音と共に大量の白煙が道を遮るように充満する。
その煙をたなびかせて狼の頭を持つサーバントは地を這う獣の如く疾走する。
曲刀を背中に両手両足を使って器用にカーブを曲がるその姿はまさに狼。
「北村さん、やる事が無いならこれでも投げてて」
トラックの荷台の上で仲間の傷の治療を行っていた龍崎海(
ja0565)は、敵が迫って来た事に騒ぐ北村へ発煙筒を渡す。
少しでも追手の足を止められないか、という試みだった。
「でも、あんまり効果無さそうねェ……」
同じ狙いで発煙手榴弾を投げていた黒百合(
ja0422)は徐々に迫ってくる狼頭と、空から狙いを付けている雉頭を眺めて肩をすくめる。
「そんなこと言ったってこのままじゃ追いつかれるじゃない!」
北村香苗はカーブで軋むトラックの荷台にしがみつきながら、龍崎から受け取った発煙筒を投げて叫ぶ。
投じられた発煙筒も狼頭の邪魔とは成り得ず、ただ、虚しく白煙をまき散らす。
「追いつかれる? きゃはァ、そうなる前に反撃開始だわァ」
黒百合は単装式のロケット砲を肩に担いで、弓を構える雉頭に狙いをつける。
「最大火力、いってみましょうかァ♪」
黒い霧を帯びた砲弾は雉頭へと向けて放たれ、雉頭に着弾した弾丸は爆発的に広がるアウルの炎で空を焦がす。
黒い霧から飛び出してきた雉頭は、上半身が焼け焦げて、消し炭となった烏帽子が赤黒く爛れた皮膚に絡んで肩に張り付いている。
それでも構えた弓はそのままに、トラックに向かって徐々に近づいてくる。
「あー、やれやれ……」
傷口に優しく吹きつけるアウルの風に髪をなびかせ、怪我を癒していた九十九(
ja1149)は雉頭の弓を見てひきつる笑みを浮かべている。
「罠にかかった獲物は容易く見逃さないみたいだねぇ……だけど」
九十九は藤を幾重にも巻き付けた弓を構え、引き絞る。
「天魔だろうと同業だろうと、弓の扱いでうちは負けるつもりはないの、さねっ!」
弓に冠せられたの名に相応しく、九十九の弓から放たれた矢は獰猛な勢いのまま雉頭へと襲い掛かり、黒い旋風と共に雉頭の片翼を貫く。
ぐらりと体勢を崩し、弓を構えなおす雉頭に向かって、龍崎はアウルで作った槍を構える。
「追ってくるのは2体、この状況は僕らに有利だね。まずはお返しさせてもらうよ」
肩に担いだ槍を助走も付けずに片足を大きく踏み出して投擲する。
蒼白い槍は、体勢を崩したまま追ってくる雉頭の足に突き刺さり、雉頭は再び体勢を崩す。
「無警戒に追って来るとは、案外軽く見られたものですね……」
鴉守 凛(
ja5462)は散々に攻撃を喰らってよろめく雉頭を見つめて、残念そうに呟く。
「逃げるだけの私達では、狩りの獲物という扱いでも仕方ありません、か」
鴉守はトラックの最後尾に立ち、幻影の黒髪を狼頭へと這い伸ばす。
狼頭は幻影を踏み抜くように踏み出し、背中に背負った曲刀を振り回すことで幻影を打ち消して、そのまま2足歩行でトラックに追いすがる。
鴉守が狼頭を狙い雉頭から目を離した隙に、上空から黒百合に向かって矢が放たれる。
角度が付いた矢は最後尾に立つ鴉守の後ろにいる黒百合へと、正確に飛んでくる。
「やらせないさね」
九十九が放った矢により呼び起こされた紫紺の風が雉頭の矢に絡みつき、僅かにその勢いを緩める。
黒百合の身体能力を持ってすれば、余裕を持って避けられる程度にまで勢いが殺された矢であったが、冥魔の属性を濃くした黒百合は魅入られた様に天界の矢を見つめてしまう。
「私が引き受けます」
鴉守の広げたアウルによる庇護の翼が雉頭の矢を絡み取り、ダメージを引き受ける。
黒百合はその間に次の一撃を見舞うべく、雉頭に狙いをつけるのだった。
狼頭はもう数歩踏み出せばトラックに届く、というところまで迫っていた。
「ちょっくら行ってきます! また戻ってくるよ」
白銀の輝きに包まれた天羽 伊都(
jb2199)は気楽な言葉を残してトラックから飛び降りる。
地面との衝撃をアウル全開の踏み込みで耐え、その衝撃を疾走してくる狼頭へと向ける。
「全力でお相手しよう!」
交差は一瞬。
狼頭の喉に向かって真っ直ぐに突きだされた直刀は、咄嗟に頭を下げてかわした狼頭の額に当たり、横滑りして片耳を切り落とす。
噴き上がる血飛沫を避けるように、小さな影が狼頭の足元に体当たりをして、狼頭は自身の勢いのままにアスファルトに身体をぶつけ、転がっていく。
「よくやりましたね、ハート」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はバックミラーに小さくなっていく狼頭の体を確認し、目の前のカーブに視線を戻しながら呟く。
エイルズレトラの召喚獣であるヒリュウのハートと天羽が、コースアウトした狼頭を置いてトラックに向かってくる姿がカーブを曲がる際に横目に見えたのだった。
●
「良い的かしらァ……♪」
トラックの振動に身体を合わせて揺らし、カーブの角度を考慮した補正を加えることで、雉頭の姿を照準に捕らえた黒百合は、再びアウルの砲弾を放つ。
まともに黒百合の攻撃を受けた雉頭は不安定に方向転換して逃亡を始めた。
「おっと、外したか。残念」
ひょい、とトラックに帰還した天羽は振り向き様に洋弓を放つが、運が悪いことに、力尽きかけた雉頭が高度を落としたために空へと消えて行く。
龍崎の放つ魔法の岩石との衝突により錐もみ回転する雉頭の背中に、九十九の放つ黒い旋風を帯びた矢が突き刺さる。
半ば落下するように森の奥へと消えて行く雉頭に、碧頭のピクスドールを掲げた鴉守は、短く息を吐いて人形を降ろすのだった。
「ハート、追ってください」
エイルズレトラの指示を聞きとったハートは離れて行く雉頭の姿を追って森へと消えて行く。
ハートはエイルズレトラの指示を胸に、無心に雉頭を追いかける。
一つ、雉頭を仕留めること。
一つ、片付いたら全力移動で戻ってくること。
単純な指令であり、ハートは確実に雉頭へと迫っていた。
だが、此処で不運に見舞われる。
振り向いた雉頭が苦し紛れに矢を放つ。
不意打ちではあったが甘い狙いの矢は余裕を持って避けられる、はずだった。
太陽の光のせいか、雉頭へようやく追いつけると突撃体勢に入って居た為に目に入らなかったのか、原因は不明だが、ハートは自ら射抜かれるように矢に向かって突撃してしまったのだった。
「やった! うまく行ったねっ。これってもう楽勝じゃない?」
追手が見えなくなったトラックの上で、北村は楽観的に拳を突き上げて勝どきを上げる。
全身を覆っていた銀色のアウルが消えて黒獅子の姿に戻った天羽は、目を金色に光らせながら雉頭が消えて行った後方を向いている。
その様子から緊張感が伝わったのか、北村は騒ぐ声を潜めて天羽と同じく後方を見つめるのだった。
「これはチャンスです。敵に準備させる時間を奪いましょう!」
天羽は走行を続けるトラックの上で、撃退士達へ提案する。
「あたしはどっちでもいいわよォ……。どっちにしても潰してあげるわァ……♪」
黒百合は進路方向へ警戒の視線をおくりながらくすりと笑みを浮かべる。
九十九は目を細めて背をトラックの運転席に預け、同意するように肩をすくめる。
「うちもどっちでもいいさね。無理に戦う必要もないけど、どうせ追いついてくるならこちらから出るのも手さぁね」
「いや、この有利な状況を逃す手は無いよ」
ここで龍崎はかぶりを振って反対を表明する。
「敵は追走で戦力が分断されている。少しずつやってくる敵に対応するべきだよ」
龍崎の言葉に反論をしようとした天羽だったが、突然大きくトラックが揺れて言葉を遮られる。
「くっ……、すみません。ハートがやられたみたいですね……」
青い顔でハンドルを握るエイルズレトラは、腹部から噴出す血へアウルのトランプを張り付けて血止めを行う。
トラックが安定するまで周囲に殺気を振りまいていた鴉守へ、警戒していた森とは反対側から苦無が襲い掛かる。
鴉守は背筋の粟立つ感覚に、身を捻りながら浮遊盾で苦無を受け止めようとするが、盾は僅かに届かず、苦無は鴉守の肩に突き刺さる。
鴉守は微かに眉をしかめて肩に突き立った苦無抜き取り、撃退士達へ警告するのだった。
「議論は後ですね。次の敵がやって来ました」
鴉守の示す方向に見えたのは、トラックと並走しながら木々の間を縫って走る猿頭のサーバントの姿だった。
屋敷でも苦しめられた相手に向かって、次々にトラックの荷台から次々にアウルが放たれる。
黒百合は狙い澄ませた鋭い砲撃を放ち、サーバントと一緒に木々を薙ぎ倒す。
木に叩きつけられた反動を利用して飛び出してくる猿頭に向かって、天羽と九十九の弓が続けざまに放たれる。
九十九の放った矢を際どい所でかわした猿頭は、天羽の矢をかわしきれずにもんどりうって転がる。
そのままアスファルトを転がりながらも、やがて立ち上がって撃退士達に向かって苦無を投じる。
最後尾に居た鴉守は、今度は盾で苦無を弾くことに成功し、幻影の黒髪を伸ばして猿頭を絡め取ろうとする。
だが、猿頭は頭上に張り出した木の枝に飛びつき、大きく上空へと飛び上がる事で回避する。
そこへ龍崎が放った岩石が猿頭を襲うが、その岩に飛び乗るようにして、撃退士達からさらに距離を取って行く。
「……追い返したの?」
呟いた北村の言葉の応えるように、からん、と小さな音が響く。
荷台を見ると小さな火花を散らす黒い物体が転がっていた。
「……飛び降りるわよォッ」
猿頭に注意が引きつけられていたため、狐頭の接近を見逃していた。いや、よほど注意を払わなければ瞬間移動で先回りしていた狐頭の存在には気付けなかったであろう。
最初に気づいたのは、進路方向へも警戒を行おうとしていた黒百合だった。
だが一歩間に合わず、荷台から飛び降りようとした瞬間、爆発が起きる。
「くっ、抑え、られないっ」
鴉守が黒百合とトラックに対して庇護の翼を広げるが、トラック全体を覆い尽くすにはわずかに足りず、荷台が浮き上がるようにしてトラックは反転しながら森へと突っ込んで行くのだった。
●
最も怪我の酷かったのは、運転席とへし曲がった荷台に下半身が挟まれた九十九と、運転していたエイルズレトラだった。
フロントガラスを突き破って投げ出されたエイルズレトラは淡い光に包まれて意識を取り戻し、すぐさま自らに対して怪我の治療を行う。
だが、九十九はぐったりとしたまま、トラックの残骸の下敷きとなっていた。
「大丈夫か、しっかりしろ」
龍崎は九十九の元へと駆け寄り、トラックの下から九十九を引きずり出す。
意識を取り戻さない九十九の上で、手のひらを掲げて意識を集中させる。
すると、アウルでイメージされた種子が九十九の上に浮かび上がり、発芽する。
発芽した芽にが注ぐ柔らかい光に、九十九は眩しそうに眉をしかめる。
「酷い目にあったさぁね」
かさついた声を絞り出すように呟き、九十九は起き上るのだった。
●
トラックから漏れ出したガソリンが燃え上がり、風に煽られて周囲の木々へと火が広がって行く。
比較的無事だった者達は、黒煙と炎を掻い潜って、トラックを破壊した原因である狐頭へと殺到する。
「跡形も残さず飛び散りなさぁい……♪」
黒百合の放つ砲撃は、次の攻撃の準備で無防備に立ち尽くしていた狐頭を吹き飛ばす。
さらに距離を詰めて突っ込んで行く天羽が、直剣を袈裟掛けに切り下す。
狐頭は勢い余って地面に叩き付けられ、斜面を転がり落ちて行く。
更に追い打ちをかけようとした天羽は、正確に首筋へと飛来してきた苦無を叩き落とすために剣を引く。
「案外粘るのねェ……」
興味を失くしたように呟いた黒百合が、狙いを定めて砲撃を放つ。
アウルの砲弾は確実に狐頭の姿を捉え、跡形も無く粉砕するのだった。
天羽は残った猿頭に向かう。
飛ぶように走る天羽は、猿頭に逃げ出す余裕を与えずに直剣を振り抜き、確かな手応えを感じ取る。
「これは、変わり身……?」
一刀両断に切り裂いたはずの猿頭の姿は丸太として地面に転がり、僅かに服の切れ端が巻き付けられているだけだった。
「まずい、そこから離れるんだっ!」
虚を突かれたのはほんのわずかなタイミングだった。
駆け寄ってくる龍崎に、狐頭を倒した事を確認していた黒百合と、猿頭の反撃を警戒する天羽の反応がわずかに遅れた。
足元には、狐頭が足元に落としていた爆弾が点滅していた。
徐々に早くなっていく点滅の様子がスローモーションのように見え、次の瞬間、激しい爆発に身体を焼かれる嫌な臭いを感じる。
冥魔の力を強くアウルに反映させていた黒百合は、天界の炎に身を焼かれて、一撃で意識を手放しかける。
だが、背後の木にぶつかり肺の空気を全て吐き出した黒百合は、淡い光に包まれて再び意識を取り戻す。
「狙うなら私を狙いなさい」
黒百合の前に立った鴉守が殺気を帯びたアウルを周囲に振りまく。
死角となっていた倒木の陰に蹲っていた猿頭が、鴉守の殺気を浴びて苦無を片手に飛び出してくる。
鴉守が急所を保護する黒い軽装鎧で苦無を受けとめると、すぐに猿頭はバックステップで距離を取る。
鴉守は無理に後を追おうとはせずに、頭上に向けて浮遊盾を移動させる。
直後、金属同士の当たる鋭い音が響き、盾に弾かれた矢が地面に落ちる。
目線を上げて、攻撃してきた相手を探す鴉守に、自らの傷を癒していたエイルズレトラが声をかける。
「右側、後ろの方に回り込んでますよ」
咄嗟に振り向く鴉守に向かって放たれた矢は、九十九の放った矢に絡みつかれ、離れた場所へと飛んでいく。
「今度こそ決着をつけるさぁね」
弓を構えた九十九は、全身から血を流しながらも、しっかりとした足取りで立ち上がるのだった。
●
生木の爆ぜる音と炎が呼び込んだ風の唸り声が森に響き渡る。
再び姿を消した猿頭と、黒煙で見えにくい上空を飛んでいると思われる雉頭。
姿の見えない2体のサーバントを警戒して、背中合わせに円を描くようにして撃退士達は一ヶ所へ集まる。
エイルズレトラと北村は自らの傷を癒し、龍崎はもっとも傷の深い黒百合の傷を塞ぐ。
残りの撃退士達は魔具を構えて周囲へと目を走らせる。
そこへ、黒煙の向こう側から天使の姿が現れた。
両脇には熊頭と狼頭が控え、後ろには兎頭を従えている。
「よもや一人もかけることなく生き残っておるとは。翻ってわが方は足止めを果たしたものの狐江が倒れたか」
現れた天使は、悠然とした足取りで近づいてくる。
「ふむ、実に面白い」
扇子を閉じて帯に差し、深く腰を下ろして刀の柄に片腕を添える。
「拙者の名はサミー・J・ハガクレ。貴殿達が天に召される介添えを致そう」
にぃ、と笑みを広げてじりじりと足を動かす天使に合わせ、サーバント達も周囲を囲む様に戦闘態勢に入るのだった。