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天使の言葉と同時に、撃退士達は己の役割に応じた行動を開始する。
彼等が無事に歴戦を重ねられた理由の一つはこの判断の速さもあるのかもしれない。
一斉に門へと駆け出した撃退士達を迎え撃つのは鎧兜に覆われた熊頭。
門の下に立ち塞がるように仁王立ちになると、門の半分は塞がれてしまう。
さらに隣に立つ兎頭が数珠を掲げ、淡い光を壁のように目前へ広げる。
「うちは強者じゃぁないんでねぇ。この宴は辞退させてもらうさぁね」
最初に動いたのは禍々しき風を纏う大弓を携えた九十九(
ja1149)だった。
九十九が門へと駆けながら放った無数の矢は門を塞ぐ3体のサーバントへと降り注ぐ。
熊頭は咆え声を轟かせ大盾を持ち上げて振り回す。
雨のように降り注ぐ矢を大盾で防ぎ、受け漏らした矢を身体で止め、兎頭と狐頭に矢雨が届かぬようにすべてを引き受ける。
狙った相手を射抜けなかった九十九であるが、本当の狙いは敵の視線を矢にひきつけることであった。
周囲の意識から外れたその一瞬を逃さず、九十九は気配を消して地面を這うように移動する。
戦いの場で一瞬でも視界から消え去ってしまえば再び見つける事は難しい。
すぐに新たな敵が押し寄せてくるのだから。
九十九は庭木を、灯篭を、仲間すらも利用して、その身を隠して門を目指す。
「包囲殲滅、って奴ねェ……」
黒百合(
ja0422)は門へ振り向き様に無数の影の刃を周囲に浮かべて、薄らと笑みを浮かべる。
「不利な状況ってあんまり好きじゃないのよォ……♪」
だから崩させてもらう、とばかりに影の刃を門へと向ける。
一斉に飛び立った影の刃が熊頭を中心に門の周囲に次々と突き刺さっていくが、やはり熊頭の掲げる大盾に妨げられる。
一身に攻撃を受け止めた熊頭は、無数の傷に血を流しつつも揺るがずに立ち塞がる。
「弁慶気取りねェ……あらァ?」
ずっと蹲っていた狐頭が熊頭の背後から何かを放り投げて来た。
黒くて丸いその物体から飛び出た尻尾のような紐からパチパチと火花を散らしていた。
足元に転がって来たその物体に視線を送った黒百合は咄嗟にアウルを全面に集中させる。
次の瞬間、黒い物体は爆発し、周囲に土埃を舞わせる。
土煙に咳き込む黒百合の背後から唸りを上げて振り回された曲刀が、黒百合の頸部を切り払う。
狼頭が必殺の気合を込めて振るった曲刀は黒百合の首を飛ばしたかに見えたが、その場には千切り取られた上着が舞い散るのみであった。
狐頭が引き起こした爆発は気配を消していた九十九と、仲間の攻撃のタイミングを計っていた鴉守 凛(
ja5462)をも吹き飛ばす。
九十九は激しく塀に叩き付けられて頭部を強打し、再び戦場に身を晒す。
「こいつはまずいさあねぃ……」
どくどくと脈打つ度に痛みを訴える頭部を押さえて、九十九は力なく呟いて立ち上がる。
「この程度ピンチのうちにも入りませんよ。あの時はもっと絶望的でしたよ」
京都での経験を脳裏にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は気取った笑みを浮かべる。
相棒であるヒリュウ・ハートを呼び出しつつ駆け出したエイルズレトラの背後にあった灯篭を矢が貫く。
エイルズレトラの初速の速さに、雉頭が放った矢がエイルズレトラの残像を射抜いたのだった。
エイルズレトラ熊頭の脇を潜るように駆け抜けようとする。
だが、門に足を踏み入れた途端に、壁にぶつかったように後ろへ跳ね飛ばされる。
「おっと、結界を張っていましたか。どうしてもアレを倒せ、というわけですね」
軽快に身を捻って着地したエイルズレトラは蒼白く光る門を見つめて、大仰に肩をすくめる。
エイルズレトラと入れ替わるように黒獅子大鎧を全身に纏った天羽 伊都(
jb2199)が門へと駆けつける。
「半端に付き合ってはいられない。通してもらう!」
全身の黒と対比する白く輝く両刃の直刀を、熊頭の振り回す大盾を掻い潜って突き入れる。
熊頭の甲冑を突き抜けた感触と共に天羽の腕に伝わって来た感触は、岩壁。
硬く鍛えられた筋肉の鎧が堅く熊頭の身を守る。
全身の筋肉を使って、突き入れた直刀を一気に引いてバックステップで距離を取る。
遅れて天羽が居た場所に大盾が振り下ろされる。
「なるほどね……」
天羽の静かに落ち着いた瞳が獅子の面の奥でじっと周囲の動きを観察する。
鴉守は一人高揚した脈拍の音を聞きながら、狙いをつける敵の姿を探す。
当初の見込みでは一気に門を突破する考えであったが、案に相違して敵の守りは堅く、包囲網が完成しつつあった。
「ここが私の居場所……」
視線を彷徨わせていた鴉守は、乱戦の様相をみせている門のすぐ後ろ、黒百合を仕留めそこなって体勢を崩している狼頭に、焦点を合わせる。
「戦いましょう、そんな気分です」
熊頭の大盾と同じく全体に無数の針が仕掛けられた盾を構えて、狼頭に真っ直ぐ突っ込んで行く。
体勢を崩したまま狼頭は曲刀を振るって鴉守の盾に火花を散らせる。
それだけでは鴉守の勢いまでは受け止めきれずに、さらに体勢を崩して狼頭は後退するのだった。
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正面から圧力を持っているかのような殺気が吹き付ける。
「……参る」
アフロの天使は、とんっ、と地面を蹴ると大柄な体に似合わぬ軽快さで、瞬きの内に龍崎海(
ja0565)の懐へ潜り込む。
「下がって!」
龍崎は横に立つ北村へ声をかけ、小盾を持つ腕の脇をしめて天使の斬撃に備えようとする。
だが、小盾を引き戻すよりも速く、衝撃が龍崎のアバラから背中にかけて貫き、龍崎を後退させる。
「まずは一本で御座る」
アフロ天使は鞘ごと片手で振り抜き、龍崎を打ち据えたのだった。
北村が龍崎の援護をしようと切りかかるが、攻撃を避けられた北村は勢い余って地面を転がる。
地面の北村を飛び越えて龍崎がアウルを込めた掌底を放つ。
天使は右手に持った扇子を龍崎の手に沿わせるように動かして、その勢いを逸らす。
勢い余って体勢を崩しそうになった龍崎はよろけながらも何とか踏み留まるのだった。
「悪くない動きで御座るが、拙者には届かぬようで御座るな」
アフロ天使は悠然と鞘を腰に差しながら二人を評してゆっくりと近づいてくる。
「北村さん、隙を見つけて離脱する」
龍崎は北村に囁きかけて、小盾を片手に掲げたままじりじりと位置を変える。
焼けるように熱を持って疼く脇腹を無視して、龍崎は北村を庇うように一歩踏み出す。
「諦めぬ者は武士として対峙するのが拙者の誠意で御座る……エイヤァーッ!」
鞘走った刀は、軌道を見せぬほど速く抜刀され、龍崎の体を逆袈裟に切り上げる。
龍崎は白目をむいて崩れ落ちるかに見えたが、眩い光を発して逆再生のように傷が閉じていく。
「これは面妖で御座るな」
アフロの天使は刀を収めながら目を細めて龍崎の様子を伺う。
「てぇぇいっ!」
そこに北村が気合いと共に封砲を放ち、アフロ天使を引き下がらせる。
当たらない事を悔しがる北村を背中から羽交い絞めにして、龍崎は空へと飛翔する。
「無理に倒す必要はない……もう少し持ちこたえたかったけどね」
ぐんぐんと上昇していく龍崎は悔しそうに地上に視線を送る。
アフロを後ろに傾けて、サングラスを光らせた天使は龍崎の姿を見つめるのみで追いかけてこようとはしなかった。
「空へ逃げるとは誤ったで御座るな」
ぽつり、と天使が呟いたと同時に、弦が弾かれる音が微かに聞こえた。
「うぐっ……!」
雉頭が放った一矢は、北村を担いで無防備になっている龍崎の背中を捉え、龍崎は眩い光を放ちながら塀の外へと落下する。
北村の悲鳴だけがけたたましく響き、地面にぶつかる音と共に途切れたのだった。
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門の前では激戦が続く。
黒百合は門に立ち塞がる熊頭に真っ直ぐ突き進み、掌に集めたアウルを掌底と共に叩き込む。
その一撃は甲冑を打ち砕き、熊頭の鳩尾に突き刺さる。
熊頭は、あまりの衝撃に苦痛の叫びを上げ、体の内部で爆発した衝撃に吐血し、片膝をつく。
黒百合の突破力を危険視したのか、狐頭は杖を向けて稲妻を発し、狼頭は逃げ場を塞ぐように両手を広げて迫り、曲刀を振り回す。
どちらも黒百合を確かに捉えたかに見えたが、スクールジャケットを宙に散らせて黒百合は身をかわす。
さらに追撃として放たれた雉頭の矢は槍によって打ち払われ、僅かに頬を掠るにとどまった。
「タフなのねぇ……」
再び立ち上がった熊頭に呆れたような声をだして、黒百合は兎頭が熊頭の背中に護符を張り付ける様子を目に止める。
「あらぁ……タネを見つけたかしらァ……♪ あの兎、回復してるわよォ」
黒百合の言葉に、天羽は兎頭に向かって直刀を振るう。
熊頭の治療の為に結界を解いていた兎頭は、無防備に直刀を見上げるが、熊頭の大盾が天羽の直刀を遮る。
「やはり庇ったね。守るのは良いけど、いつまでもつかな」
これまでの熊頭の行動を観察し、必ず庇いに来ると予想していた。
その一撃は大盾を強く打ち据え、熊頭の体勢を崩す。
「こっちはフラフラ何だけどねぃ……まぁ、休ませてくれるとは思ってなかったさぁね」
熊頭が体勢を崩した瞬間を見逃さず、九十九の弓から再び無数の矢が放たれる。
矢は、熊頭の狐頭と兎頭の体を地面に縫い付け、熊頭の肩に新たな矢を生やす。
無数の矢に紛れるように、九十九は気配を隠し、木立の陰となっている塀を乗り越えるのだった。
「私と同じタイプ、ですか。……力比べ、といきましょう」
鴉守は手にした盾を肩に掲げて、熊頭に向かって低い姿勢で地面を蹴る。
向かってくる足音の勢いに、熊頭は崩れていた体勢を無理矢理立て直して、片手で盾を叩き付けるように振り回して迎え撃つ。
金属と金属がぶつかり、砕ける甲高い音と、肉と肉とがぶつかる鈍い音が響き渡る。
鴉守の突進を片腕で捌ききれなかった熊頭は、盾と一緒に片腕を跳ねあげられ、無防備になった頬を鴉守の盾で突き上げられる。
鴉守の盾についている無数の針で頬を抉られ、熊頭は堪らずに数歩後退いた。
「こじ開けましたよ。さあ、行きましょう」
門に生じた隙間を見て、鴉守は仲間を振り返るのだった。
「さあ、ハート。僕たちの出番ですよ」
時が来た、とばかりにエイルズレトラは腕を広げてヒリュウ・ハートに合図を送る。
合図に従って熊頭が開けた隙間をすり抜けようとハートが飛び出した瞬間、どこから現れたのか猿頭が背後から苦無を投げつけた。
既に飛び出していたハートは一直線に門を目指しており、避けようが無い角度で投げられた苦無が突き刺さり、錐もみに回転しながら門を通り抜ける。
「よく、頑張りましたね……相棒」
ハートが受けたダメージを共有したエイルズレトラは、意識を保つために唇を噛み切り、口の端に血を流しながら微笑む。
ハートは力尽きるように地面に落ちると、口から破裂寸前のゴム風船のようなものが吐き出される。
エイルズレトラハートを追って駆け抜け、よろよろと立ち上がるハートを小脇に抱えたままゴム風船に刀を煌めかせる。
「……さあ、華々しく行きましょう」
エイルズレトラがゴム風船に刀を突き立てると、周囲にアウルを含んだ爆発的な風が吹き荒れる。
サーバントは散り散りに吹っ飛んでいく中、エイルズレトラはハートを庇うように地面に伏せ、爆風をやり過ごすのだった。
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目の前に開けた門の先には、村まで乗って来たトラックはエンジンがかかったままで止まっていた。
エイルズレトラは遮る者がいなくなった道をひた走り、運転席へと飛び乗る。
黒百合はその後ろから走り、鴉守は黒百合を追いかけて来た狼頭の前に立ち塞がり、振り被られた曲刀に盾を合わせようとする。
だが、狼頭は曲刀の刃をクルリと返し、その軌跡を大きく変えて横殴りに峰打ちをしてくる。
体が浮き上がるほどの衝撃だったが、鴉守は下半身にアウルを集中させて、その衝撃を抑え込む。
「ここは、譲れません、よ」
ギリ、と歯ぎしりをして、苦痛に耐え、盾を振るって狼頭を殴りつける。
鴉守が狼頭を抑えている間に撤退しようとした天羽は、背中に寒気を感じ、半ば無意識で直刀を構えたまま振り返る。
飛んできたのは、何のアウルも込められていない、扇子。
それが何かしらのダメージを与えているのであれば、気にも留めずに続く敵の攻撃に備えたであろう。
だが、あまりの手応えの無さにかえって意識がとらわれる。
その隙は瞬きにも満たない一瞬のことだった。
白刃の煌めきを天羽の目は捉えていた。
1閃、2閃と黒獅子の鎧の上から重い斬撃が加えられ、衝撃が鎧を通して体に響く。
そして、3閃目にしてようやく動いた体が、際どい所で刀をかわす。
「なんと天晴。之をかわすとは」
アフロ天使は感心したように呟く。
だが、それすらも陽動であった。
自分の言葉で引きつけている間に、気配を消して背後に回り込んでいた猿頭が天羽を狙うための演技。
アフロ天使の目線を追っていた天羽は、深手を受ける寸前に体を屈めてかすり傷で難を逃れる。
「油断ならないね。だけど、一つ、技を見せてもらった。次は通用しないよ」
直刀を突くと見せかけ、身を翻す。
アフロ天使が天羽を追うために足を踏み出したところで、周囲が煙幕に包まれる。
「あっはァ、プレゼントよォ♪」
黒百合は発煙手榴弾が最も効果的であるタイミングで投じた。
天使やサーバントに対しては大きな効果は望めないが、それでも一歩踏み出す足をためらわせる程度の時間は稼げる。
その間隙に鳴り響くタイヤが滑る音とエンジン音。
エイルズレトラがアクセルを全開にしてトラックを門に向かってバックさせ、撃退士達を回収していくのだった。
門からは天羽と鴉守が荷台に飛び乗り、塀の外に回り込んでいた九十九も傷ついた身体でよろめきながら飛び乗る。
「こっちよー!」
遅れて龍崎と北村が肩を貸しあいながら道までよろめき出てくる。
トラックは二人の横を猛然としたスピードで駆け抜けて行く。
二人は荷台から差し出された腕を必死に掴むのだった。
「同級生の誼だ。忠告しておくよ。俺等にとって一番大事な事は生きて帰る事だ。力頼みも悪くないが、頭も使おうな」
荷台に引き上げられた北村に向かって、黒獅子の面頬を上げた天羽が辛辣な笑みを浮かべて説教をする。
勢い任せに進んで自ら罠に嵌っていった北村は言葉も無くうなだれるのだった。
「まだ終わってないさぁねぃ」
ぐったりとしていた九十九が起き上り、門に向かって矢を放つ。
門の上に立っていたのは雉頭。九十九と同じく矢を放っていた。
互いの矢は擦れ合い、僅かに軌道を逸らす。
九十九の矢は雉頭の肩を掠め、雉頭の矢は九十九の側頭を掠める。
結果は互角、だが既に体力の限界が近かった九十九は、その場で崩れ落ちるように倒れるのだった。
トラックは天使とサーバントを残し、山道へと走り去って行くのであった。