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「こんな感じでどうだい?」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は国道に車両を斜めに並べて止めて、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)に問いかける。
「ええんとちゃうか。こんなもんやろ」
のどかな小鳥の声が降り注ぐ中、暖かな日差しを浴びてゼロは欠伸を噛み殺しながらジェラルドが並べた車両の様子を確認する。
ジェラルドは白い髪を爽やかな風になびかせて、ゼロの横に並び立ち、バリケードを満足そうに眺める。
「さてさて、何が起きるんかいなぁ」
風にざわめく森を眺めるが、ゼロにはまだ何も感じ取れなかった。
樒 和紗(
jb6970)は風に煽られた髪を片手で押さえて、ふと空を見上げる。
頭上に広がる青空は風に揺れる緑のアーチによって遮られ、きらきらと光を注ぐ場所を変えていく。
「人を襲わず通過するだけ……自らの存在を誇示?……いえ、特定対象を捜索、というところでしょうか」
言葉に出して確認しながら、目撃情報のあったサーバントの目的について考えをまとめていく。
手にした煙草から立ち上る煙を見つめていたファーフナー(
jb7826)が言葉を続ける。
「あるいは、何か情報を持ち帰りつつある、か」
反応があったことに軽く驚きつつも、樒はファーフナーに自分の考えを告げる。
「目撃情報は以前天使がゲートを開こうとした地点から始まっていました。あの天使が西へ逃げた、けれど居場所を特定までは出来ていない、ということでしょうか?」
「可能性は、ある。……何かがあるならば、それは西だろうな」
樒の言葉に、ファーフナーは小さく頷いてライターをしまい、背後の森の奥へ視線を送る。
森は答えず。ただ、静かに揺れる。
「配置についたわ。とりあえずは異常無しよ」
通信状態を確かめるために、エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は小声で呟く。
周囲の空気に干渉し、自らの姿を視界を埋め尽くす緑の中に溶け込ませる。
息を潜めてじっと森の奥を見つめる。
『……は〜い、こっちも異常無しだよ』
藤井 雪彦(
jb4731)の囁くような声がスマホから聞こえて来た。
その音がやけに大きく響いた気がして、エルネスタはぴくりと指を動かす。
『今日はめっちゃ走りそう〜。頑張ろうね♪』
軽い口調は藤井なりの気遣いなのだろうとエルネスタは感じ、スマホを押さえそうになる手の力を抜き、軽く息を吐き出す。
「そうね。通信状況も良好ね」
短く応え、改めて森の様子に目を走らせる。
視界を遮るものが多い森の中で、何処が見えないか、どこまで見えるのかを見極めようとする。
ずん、と軽い振動が森に広がる。
「来た来た、来たヨォ!狼さん達結構離れて行動してるみたい」
森の上空で様子を伺っていたユウ・ターナー(
jb5471)はすぐ先で次々に倒れる樹を見つけ、スマホに向かって警告を行う。
阻霊符の範囲限界と思われる場所に、数秒ずつ間隔を開けて樹が倒れていく。
「多分7体カナ……あっ、樹が揺れなくなった……ごめんっ、見失っちゃった。もうすぐ来ると思うケド……」
最初に樹を倒した後には上空から見える森の変化はだんだんと無くなっていった。
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藤井は湿った地面に伏せたまま静かに息を吐き、気持ちを落ち着かせて徐々に集中していく。
キラキラと光るアウルも落ち着きを取り戻しはじめ、やがて、その存在感が薄れていく。
森の奥から近づいてくる気配に全神経を集中させて、ただひたすらに待ち続ける。
足音を振動として感じ、木立ちをかき分ける音が聞こえた瞬間、藤井の頭上を飛び越えて白狼が通り過ぎて行った。
「はやっ……ポイントに向かって1体通り過ぎたよっ」
側に置いていたスマホに向かって口早に報告すると、藤井の声に被さるようにエルネスタの声も聞こえて来た。
『こちらも1体、すぐ側を真っ直ぐ通過したわ。次も迫ってる、頼んだわよ』
藤井はその言葉を聞いて、過ぎ去った白狼を追いかけていた視線を前方へと戻す。
「確かに、近い……一度に来るか、もっとばらけてくると楽なんだけどね」
小さく愚痴りながらも、一体とも見逃さぬように再び腐葉土が香る地面へと身を伏せるのだった。
「りょう〜かいっ」
二人の報告にいち早く応えたユウは、高度を落として木々の間から国道に迫る2体の白狼を視界にとらえる。
「躓いて転んじゃえっ☆」
ユウは枝を器用に避けながら白狼を空から追いかけ、手をかざす。
ユウの周囲に影が集まり、見る見るうちに暗闇に包まれていく。その闇は白狼が駆ける地面へも達する。
1体の白狼は辛うじて避けるが、1体は暗闇に巻き込まれるもすぐに飛び出していく。
だが、闇から抜け出した白狼の身体の周囲には闇が纏わりつき、木々を薙ぎ倒しながら真っ直ぐ駆け抜けて行った。
「1体は逃がしちゃた。すぐに国道に出るよっ☆」
ユウは目の前に迫った木の枝を掴んでくるりと回り、報告するのだった。
「ようやく出番やな」
ゼロはジェラルドがバリケード代わりに止めた車の上空で翼を広げ、腕と一体化した鴉を模した銃を森に向かって構える。
「ちょいと方向がずれとるな。スーパースターの白狐さんがこっちで待っとるで♪」
派手に木立を薙ぎ倒しながら飛び出してきた白狼の鼻先に向かって、アウルのレーザーを解き放つ。
気配を感じて横っ飛びに避けた白狼は、バリケードにぶつかりながら進路を変え、奥で待ち構えるジェラルドに向かって真っ直ぐ突進してくる。
「はーい、ちゅうもーく☆」
ジェラルドは高くジャンプし、宙がえりをしてタイミングを合わせて派手な蹴りを飛び込んで来た白狼へと放つ。
白狼は勢いを止められ、ジェラルドに向かって唸り声を上げるのだった。
樒は目にアウルを集中させ、森の奥のわずかな揺らぎを捉える。
「来ました。3、2、1っ」
カウントダウンが終わると同時に長大な洋弓から矢を放つ。
矢が木立へと吸い込まれると同時に、転げ出したように白狼が飛び出してくる。
矢を受けたことで斜行しながら樒の横の『何もない空間』に飛び込むが、目の前に『突然現れた』男の姿に驚いたように動きが止まる。
その白狼目掛けて周囲の木立から太い枝が鞭の様にしなって襲い掛かり、纏わりついていく。
白狼は痛みに咆え、四肢に力を込めて地面を蹴り、体に絡んだ枝を引きちぎってファーフナーのさらに外側へと駆けていく。
「チッ……」
ファーフナーが短く舌打ちをして、白狼を追いかけようとした時、スマホが警告の声を伝えてくる。
『次っ、すぐに森を抜けますっ』
エルネスタの声と同時に新たな白狼が飛び出してきたのだった。
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ゼロが構える鴉の嘴から放たれたアウルのレーザーが、森から飛び出て来た白狼の鼻っ面へ降り注ぐ。
ゼロに流れる天使の血が眷属の纏うアウルを打消し、その身体に深く傷を抉る。
その痛みに身体が流され、新たな白狼はバリケードをも飛び越えて南へと走って行った。
「あっ、あかんっ!効き過ぎてもうたか……」
思わず声を上げたゼロの声に弾かれたように、ジェラルドに対峙していた白狼が飛びかかろうと身を深く沈める。
今まさに地を蹴りだそうとした瞬間、白狼の足元に結界が浮かび上がる。
苦痛の咆え声を上げながら、白狼は痺れたように身を震わせ、動きを縛られる。
「痛てて、この技は痛いから避けたいんだよね……」
結界の中から顔をしかめながら藤井が歩いてくる。
「残念だねぇ、1体逃げちゃった。でもまずは倒してからだねぇ☆」
ジェラルドは細微な装飾が施された斧を振り上げ、動けない白狼の頸を薙ぎ払う。
「動きを止めるだけのつもりだったけど……動かなくなったから一緒だよねぇ☆」
ぶん、と斧を振って白狼の頸を振り落したジェラルドはくすりと笑うのだった。
樒とファーフナーの目の前に現れたのは1体の白狼。そして後方へと抜けた白狼が1体。
前後の白狼を押さえる為に二人が選んだ手段は範囲攻撃で2体を捉えることだった。
ファーフナーは周囲の温度を急激に下げて白狼の動きを封じ、樒は2体の白狼に向けて自身の姿が隠れるほどの矢を放つ。
タイミングはほぼ同時。
白狼は突然の気温変化により、駆け抜ける勢いをそのままに意識を失って地面を転がっていく。
同時に複数の矢が白狼に突き刺さる。
その痛みにより途切れた意識を覚醒させ、白狼は再び立ち上がる。
弾かれたように走り出す白狼は、1体は国道を南下し、1体は東の森へと飛び込んでいく。
「逃がさんぞ」
ファーフナーは森へと消えた1体に舌打ちをして、南へ向かっている白狼を追いかける。
国道を南へ下っていた白狼は左右の木立から伸びて来た枝の鞭を俊敏に飛び越え、東の森へと飛び込んでいく。
樒はその姿を見て悔しそうに唇を噛みしめる。
森へと飛び込んでいくファーフナーを追いかけようと一歩踏み出した時に、バリケードを越えて、1体の白狼が目の前に飛び込んで来た。
樒は新たに現れた1体目掛けて矢を放つ。
確かな手応えを感じるが、それだけでは白狼の動きを止めるには足りず、森に向かって駆け出していく。
「これ以上見逃す訳にはいきません」
樒は森に消えた白狼を追い、自らも森へと飛び込むのだった。
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森の中では、遅れてやって来た3体の白狼が戦闘音を警戒して南寄りに移動していた。
動きを察知したエルネスタの誘導でユウが森の中を高速で飛び、国道へと向かう白狼を空中で待ち受ける。
「こっちにあんまり行かないでねっ」
にこりと笑って両手を突き出し、白狼目掛けて無数の影の刃を放つ。
上空からの突然の攻撃に、警戒するように白狼の脚が止まる。
エルネスタは、ユウに南側の白狼の対処を頼んで周囲を見渡し、白狼が真正面から突進してきていることに気づく。
近づくまでエルネスタに気づいていなかった白狼は、進路を変えることも出来ずに頭から突っ込んでいく。
「そんな直線的な攻撃なんてっ」
半歩引いた足を軸に体を回転させ、紙一重でかわし、アウルを高める。
アウルにより持ち上げられた土塊が周囲を激しく旋回し、目を開けるのも困難なほどの砂嵐を巻き起こす。
「ここからは逃がさないわ。あっちが片付くまで踊りましょう」
エルネスタは砂嵐の中、銀に光る十文字槍を構えるのだった。
「ワァ!」
対峙していた白狼が砂嵐に巻き込まれて霞んで見え、ユウは驚きの声を上げる。
礫を避けるために後退したユウは、砂嵐を避けて迂回してきた最後の白狼も発見する。
「ここれでもくらえっ☆」
影の刃が森に飛び交い、目の前の2体の白狼を切り刻む。
その刃から逃げるために、2体の白狼は南北に分かれてユウの横を走り抜ける。
ユウは慌てて片方の行く手を阻み、仲間へ警告をする。
「1体っ、国道に逃げたカラッ。南側ねっ!」
唸り声を上げて威嚇してくる白狼だったが、次の瞬間横っ飛びにユウが遮る方向とは違う方向へ駆けだす。
だが、その前に白い人影が現れる。
「ざんねーん、ボクも居るんだよね」
装飾の宝石が木漏れ日に煌めき、ジェラルドの戦斧が白狼を両断する。
「あれ、また終わっちゃった。手応えが無いよね、ほんと☆」
へらっと笑うジェラルドに、ユウはほっと息をつくのだった。
ユウから逃げ延びた白狼は国道を越えたと同時に結界に捕らえられる。
「今度は上手く出来たね。もう逃げられないよ」
藤井が白狼を捉えている間に、樒とファーフナーも国道へと戻って来て、3人で動けない白狼を取り囲むのだった。
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東の森では別々の方向に走り去ろうとする2体の白狼を、樒とファーフナーがそれぞれ追いかけていた。
走り難い地形に加え、脚力の差もあり徐々にその差は開いていく。
「行き先には興味はありますが、殲滅が依頼ですので」
樒は走りながら洋弓を構え、タイミングをうかがう。
大きな岩を乗り越えた先に拓けた場所に白狼が飛び出た瞬間に、樒が放った矢が吸い込まれるように白狼の背中へ突き刺さる。
白狼は勢いをそのままにもんどりうって転がり、木の根っこでバウンドしながら数度回転し、やがて動かなくなった。
「1体は仕留めました。国道へ戻ります」
スマホに向かって声をかけるが、返事の代わりに聞こえてくる雑音に、激しい戦いの気配を感じ、国道へと急ぐのだった。
もう一体の白狼を追いかけていたファーフナーは、植物を操り白狼を捉える事に成功する。
すぐに脱出されてしまうとしても、今はその一瞬があれば充分だった。
白狼を討ち取ろうと斧槍を振りかぶった瞬間、背中から焼けるような痛みが走り、身体の内側から弾けるような痛みを感じて吹っ飛び、樹に叩き付けられる。
一瞬の好機を邪魔され、白狼を取り逃がしてしまったファーフナーは、攻撃が加えられた方向を見やるが西の森が風に揺れる光景が広がるだけで、敵を見つける事は出来なかった。
東の森へ逃げた白狼を狙おうとしていたゼロだったが、森を仰ぎ見る角度ではすぐに姿が見えなくなり、狙いを付けられなかった。
諦めて西の森を見ると、巨大な砂嵐が巻き起こりこちらも見通しが悪かった。
砂嵐から逃れてくる白狼が居ないかと、周辺を飛んでいると、遠くにアウルの煌めきと風切音を感じ取った。
「なんかおるな」
危険を感じたゼロは血濡れた大鴉のような大鎌に持ち替え、不審な影が居た場所へと空から一気に距離を詰める。
近づくにつれて、狙撃銃を肩に担いだ全身黒いスーツで身を固めた男が樹から樹へと飛び移っているのが見えた。
「なんや勘弁してくれよ、キャラかぶっとるやないか」
溜息をついたゼロは、男に向かって声をかける。
「何か探しもんか?教えてくれたら一緒に探したんで。土下座でもしてくれたらなぁっ」
けらけらと嘲笑して男を挑発しながら牽制のためにゼロは大鎌を振り上げる。
「あの距離を一瞬かよ。これだから撃退士って奴はよぉ……全て断る、俺の仕事はもう終わり、こいつはオマケだ」
男は狙いをつける素振りも見せずに、無造作に狙撃銃を撃ち放つ。
ゼロは先ほどみたアウルの輝きを目にすると同時に、胸に衝撃を感じて吹っ飛ばされる。
「追ってくるなら容赦しねぇぞ!」
男はそう告げると、森へと飛び込み姿をくらませる。
「あの銃……魔装を貫通しとんのか……?」
ゼロは血が滲む胸を触って、不思議そうに呟くのだった。
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エルネスタが起こした砂嵐が収まるころには、全てが終わっていた。
砂嵐の中でエルネスタと戦っていた白狼は、撃退士に取り囲まれ、逃げ惑う暇も無く袋叩きにあって、動かなくなったのだった。
他に迫ってくる白狼が居ない事を確認し、撃退士達は状況を学園へと報告する。
「2体逃げられちゃったね……目的は分かんないケド、大変な事にならないよね?」
ユウはゼロと相対していた黒いスーツの男の姿を撮影した画像を学園へ転送しながら呟く。
「近隣の撃退署に監視を依頼しておいたよ。見つかれば良いけどね☆」
ジェラルドの言葉にユウは小さく頷くのだった。