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人気の無い国道を駆け抜けながら遠山はいつの間にか両手の拳を握り締めていた。
「久しいのう、遠山よ。元気にしておるようだが彼女との仲はどうなったのだ?」
遠山にインレ(
jb3056)が悪戯っぽく笑いかける。
「えっ……ええ、お蔭様で順調ですよ」
遠山は緊張を滲ませながらも、はにかみながら応える。
「そう緊張するな、儂等がおる、お主独りではない。そうだな……何が『勝ち』なのかを見誤らぬことだのう。後は仲間を信じることだ。わしもおぬしを頼りにしておるよ」
インレは遠山の表情を見て、柔らかい表情のまま助言を送る。
真剣な表情で頷く遠山の背中をどんっと叩いてゼロ=シュバイツァー(
jb7501)も続ける。
「ま、気張り過ぎんように、やな。目の前だけに視界が狭まり勝ちやが、全体の動きに注意して戦いの流れを見極められるように心がけるんやな」
殊更に気軽な口調を心がけ、遠山の緊張をほぐし、作戦の段取りをもう一度遠山と確認していく。
クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)はゼロと遠山の側で、ふと、足を止め遠山に向き直る。
「俺は人に教えられるような人間じゃない。だから、一つだけ。背負った物の重みを忘れるな、俺達の力は力無き者の為にあると言う事を」
遠山は陸橋へと走るクジョウの背中に、しっかりと頷くのだった。
「これはのんびり出来そうにはないな」
クジョウが陸橋に近づくと、コンクリートの破壊音と共に地響きが伝わってくるのを感じた。
クジョウが漏らした呟きに、インレは訝しげに応える。
「線路と陸橋を破壊している、か。確かに交通網を壊すのは効果的ではあるが……些か迂遠は手段を取っているように感じるのう」
インレの言葉にクジョウはさらに考察を重ねる。
「交通手段、いや、輸送手段を絶つつもりか……悪いがそんな事はさせん」
インレはしばらく間を置き考え事をしていたが、半ば壊されかけた国道にさらに金棒を振り下ろしている鬼達の姿が見えてきたところで表情を引き締める。
「……まぁ、考えても仕方がない。今はまず、勤めを果たすとしよう」
翼を広げてインレはふわり、と空へ舞い上がる。
「迅速に障害を排除しましょう」
山科 珠洲(
jb6166)は背負っていたシートをその場に残し、インレに続いて空へ飛ぶ。
快晴の青空に、2つの影が自由を満喫するかのように舞い躍った。
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「アレが敵さんやな」
ゼロは漆黒のアウルを高めながら、フェンス越しに線路を荒らす巨大な蛙を見つめる。
長い舌を引きちぎった線路に絡ませ、周囲の地面に振り下ろして枕木をへし折っている。
「ほな、取り決め通りや、頼んだで」
ゼロに促され、緊張しながらも頷いた遠山は蛙に向かってアウルを乗せた声を上げる。
「お前達を撃退に来た!覚悟しろ!」
良く通る声が周囲の破壊音を圧して響き渡るが、距離がありすぎたのか蛙の注意を引くことは出来なかった。
「時間がありませんわね、雷撃戦で参りますわよ!」
長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)がフェンスを乗り越えて蛙に向かって走り出す。
その背中から放出されたアウルが蝶の羽のように広がり、長谷川はさらに加速していく。
「まずはあの蛙から……10秒でKOですわ。ゼロさんお願いいたしますわね」
「おう、速攻で決めよか!」
長谷川の声に応え前に飛び出す漆黒の影。
線路の破壊に気を取られていた蛙が振り向いた時には既に遅く、ゼロの漆黒の大鎌に吹っ飛ばされて柔らかそうな腹を空に向ける。
そこへ走りこんだ長谷川が体重を乗せた渾身の右フックを叩き込んだ。
体の反対側まで拳の形に衝撃が突き抜けた蛙は、内臓を吐き出して悶絶する。
その姿にさらに銃弾が打ち込まれ、蛙の体を貫く。
「さあ、行きましょう。私達の仕事をしますよ」
御堂・玲獅(
ja0388)は手にしたライフルをヒヒイロカネに戻して、遠山とメイシャ(
ja0011)に声をかけて駆け出す。
「はいっ!」
遠山は短く応え、盾を構えて後に続く。
ボロボロになった蛙は何とか立ち上がり、ぐっと体を縮ませて跳躍の体勢に入るが、ゼロの大鎌の一閃により脚を切断される。
「これでチェックメイトですわ!」
長谷川が蛙の頭を打ち砕いたのは、長谷川の宣言どおり、戦闘開始から10秒後のことだった。
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クジョウは陸橋の上で金棒を振り上げる鬼に向かって真っ直ぐに駆け寄る。
鬼は振り上げた金棒の振り下ろし先を陸橋からクジョウに変えて迎え撃つ。
「お前は後回しだ」
頭上に迫った金棒に恐れることなく頭から飛び込み、体を投げ出すようにして前転する。
金棒はクジョウの髪の毛を数本掠り取りながらも空を切る。
クジョウが目指すのはその後ろで橋の欄干を破壊しようとしている鬼。
クジョウのアウルを炎のように纏った鞭を振るう。
禍々しい鞭はその名の通り蛇の精霊を宿しているかの様に鬼の腕の肉を喰いちぎっていく。
ぎろり、とクジョウを睨み付けた鬼に、後方から雷霆を帯びた妖蝶が頭にまとわり着く。
「こちらもお忘れ無く」
太陽を背に鬼の上空を飛ぶ山科による攻撃は、バチバチと音を立てて鬼を翻弄する。
鬼は周囲を取り巻く蝶に囚われたように瞬きを繰り返すが、すぐに頭を振ってクジョウへと大股に駆け寄ってくる。
鬼はドスドスと陸橋を揺らして迫り、クジョウを横薙ぎに打ち払う。
予想外の踏み込みの速さに一呼吸遅れたクジョウは、金棒をかわしきれずに跳ね飛ばされる。
クジョウは一撃で真っ赤に染まった片腕をだらりと下げるが、怯むことなく鬼を睨みつけるのだった。
インレはクジョウに引きつけられずに陸橋に金棒を叩き付けている鬼へと上空から接近する。
金棒が叩きつけられる度に、陸橋は大きく凹み、周囲へヒビを走らせている。
「それ以上は止めてもらおう」
インレが高度を下げて拳を振るうと、拳が纏ったアウルがそのまま鬼に向かって打ち出される。
離れた場所からの衝撃に、まともに側頭部に受けた鬼は首を斜めに傾け、インレを睨みつける。
「こっちに来なさいっ」
山科はインレと同様に空からの攻撃により鬼の気を引くが、その距離が遠すぎるためか手の届く距離に居るクジョウに狙いが集中している。
鬼の動きを止めようと妖蝶を舞わせるが、鬼が興奮状態にあるためかダメージはあるものの、動きを止めるまでには至らない。
鬼の隙を狙い、山科は上空を大きく旋回する。
クジョウは2体の鬼に囲まれていた。
鬼の振るう金棒に鞭を絡ませ、狙いをずらす事で紙一重にかわすが、別の角度から振り下ろされた金棒に背中を強打されて、肺の息を吐き出させられ動きが固まる。
「くっ……」
続けて振りかぶられた鬼の一撃を覚悟して歯を噛み締める。
その時、コートをはためかせた黒い影が空から堕ちて来る。
拳に宿るアウルを直に鬼の後頭部に振りぬき、黒兎は地上へと降り立った。
「爺さんっ」
クジョウはインレの側を走り抜け、もう1体の鬼へと向かう。
足にアウルを纏わせ、地を飛ぶように姿勢を低くしたまま突っ込むと、空気を切り裂く金棒を避けてその膝へと黒き鞭を走らせ、鬼の足を止める。
インレはクジョウに続くため陸橋を蹴った。
だが、インレを圧倒的な肉の塊が跳ね飛ばす。
先ほど挑発した鬼が、インレが地上に降りた瞬間を狙って突進してきたのだった。
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遠山は先輩撃退士達の戦いをに焼き付けようと、盾の後ろからじっと観察する。
2匹目の蛙は一気に距離を詰めてきたゼロの横薙ぎの一撃を避けて飛び上がる。
「ちぃっ、嫌らしいな」
飛び上がり様に頭上から蛙が毒霧を吹き付けてくるがゼロは平気な顔で霧から抜け出した。
蛙が霧の中へ降り立つ前に、羽の生えた光の弾が蛙を打ち飛ばす。
「こちらの方が効果的なようですね」
御堂は活性化した魔法書を手に、その手応えを確認する。
御堂の光弾により地面を転がる蛙に、再びゼロの大鎌が襲い掛かり、地面に叩きつけるように大鎌を振り下ろす。
大鎌で地面に縫い付けられた蛙は、鎌から逃げ出そうと体を動かすが、自らの体を傷つけるだけで逃げられない。
「大人しくするのですわ!」
一度消えた背中のアウルを再び羽ばたかせ、長谷川は走りこんで来る。
足場の悪い砂利へしっかりと踏み込み、全身のバネを使って体重を乗せた右フックで蛙を殴りつける。
蛙は、鎌に体を残したまま、頭を吹っ飛ばされる。
しばらく手足を蠢かせていたが、やがて動かなくなった。
「残りは1体ですね」
御堂が振り返るとずたずたに引き裂かれ捻じ曲げられた線路の向こうに居た蛙が、線路の破片を舌に巻きつけ、ボロボロになった陸橋へと叩きつける姿が目に飛び込んで来た。
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インレは吹っ飛ばされた勢いを利用して、血を吐きながらも再び上空へと舞い上がる。
地上を見れば、クジョウは意識の確かな鬼の攻撃を捌きながら自らの傷を癒していた。
「危ないっ!後ろっ!」
クジョウの援護を行っていた山科はインレに向かって警告の声を上げる。
とっさに体を捻ったインレの目に映ったものは、眼前に迫り来る金棒だった。
その勢いはまさに圧倒的な暴力。
避けることは叶わない、そう悟ったインレはただ真っ直ぐに拳を突き出す。
空中に飛び上がって金棒を振るっていた鬼は、インレの拳の遠当てをカウンター気味に喰らって陸橋に背中から落ちる。
インレは服の上まで肋骨が飛び出て、血を飛び散らせながら錐揉みに落下していった。
「援護するわ!」
山科は空を旋回しながら、クジョウを狙う2体の鬼を背後から狙い続ける。
クジョウは金棒をかわしながら傷を癒すが、癒えかけた傷を金棒がさらに抉り、血で真っ赤に染まっている。
山科の金棒の届かない遥か上空からの攻撃は確実に鬼の体力を削り、クジョウへの攻撃の精度を落としていく。
その攻撃は鬼を苛立たせ、手の届かない苛立ちを鬼は陸橋にぶつける。
力任せに振るわれた金棒は陸橋に更なるダメージを与え、鬼を中心に放射状にあちこちに出来ていたヒビが繋がっていく。
線路側からも蛙による衝撃も重なった事により、3体の鬼とクジョウを巻き込み、陸橋はついに崩落したのだった。
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突如頭上から降ってきたコンクリートの塊に線路に居た撃退士達はとっさに跳び退って直撃は避けるが、その陣形は崩れてしまう。
落ちてきたのはコンクリートと鬼だけではない。
立っているのもやっとだったクジョウはバランスを取れずに瓦礫に頭を叩きつけて倒れる。
「なんて酷い……すぐに癒します」
御堂は落ちてきたクジョウにアウルの光を送りこみ、傷を癒していく。
「……爺さんにも……頼む」
「待って、私が……!」
御堂は頭を振って立ち上がったクジョウを止めようとするが、地面に倒れて動かないインレの姿に迷いを見せる。
クジョウはその間に瓦礫の山を弾くように出てきた鬼に向かって歩いていく。
その先に待ち構えるは2体の鬼。
手にした魔具を白く輝かせたクジョウは体に残ったアウルを最後の一滴まで搾り出す勢いで鬼に向かって駆け出した。
「我が炎、浄化の為にあり!」
燃え上がる炎は一瞬のきらめきを見せ、燃え尽きる。
「大丈夫ですか」
御堂のアウルに包まれてインレは目を開ける。
「む、すまぬな……まずいっ」
助け起こされたインレは、御堂の後方で蛙が舌を振りかぶる姿を目に留め、御堂を投げ出すように蛙に向かって飛び出す。
振りぬかれた拳は蛙の頭部を正確に捉え、巨体をひっくり返す。
「トドメですっ」
舌を出して伸びている蛙に山科が上空から雷を落とし、柔らかい腹に穴を開けるのだった。
「デカブツは暴れる前に沈んでもらうで」
闇を身に纏い、漆黒の塊となったゼロは1体孤立した鬼に向かって飛び込んでいく。
衝撃の瞬間、鬼はその身に闇を埋め込まれ、片腕を弾けさせる。
「遠山さん、少しの間私を守ってくださいませ」
長谷川に声をかけられ遠山は、盾を構えて深く頷く。
その表情を確認して長谷川は棒立ちになった鬼に向かって全身のアウルを燃え上がらせた連打を放つ。
左ストレートは鬼が体捌きでかわすが、続く右フックがレバーに突き刺さり、さらに角度を変えたアッパー気味の右フックを放つがこれは鬼がよろけたために空振り。
その隙に距離を詰めた長谷川は左のフックに右ストレートを叩き込む。
連打でボディーを打たれ続けた鬼は膝を付く。
頭が下がったところで全身のバネを大きく伸ばした左のアッパーで鬼の顎を砕く。
一打毎に長谷川からアウルが溢れ出す様は無数の蝶に囲まれて居るように美しい。
鬼は咆えながら残った片腕で金棒を大きく振り回す。
燃え尽きようとする命を輝かしく燃やすのは撃退士だけではない。
トドメを刺そうと近寄っていたゼロとインレを巻き込み、渾身の一撃が長谷川に迫る。
左拳を突き上げたまま、燃え尽きたように固まる長谷川の前に遠山が走りこんでくる。
「うおぉぉお!」
盾を掲げて叫び声を上げながら、鬼が振るう金棒を遠山はしっかりと受け止める。
盾をもつ指は折れ、噛み締めすぎた口からは血が流れるが、倒れることなく鬼の動きを止める。
「いつまでも好きにはさせませんよっ」
御堂が放った光弾は動きの止まった鬼の頭を弾けさせ、ようやく倒れる。
ほっとしたのも束の間、すぐに残り2体の鬼が迫ってくる。
御堂の癒しのアウルを受けながらインレと遠山が立ち塞がる。
遠山は先ほどの攻防で自身を持ったのか、落ち着いて金棒を受け止める。
インレは鬼が振り下ろす金棒を紙一重で避け、鬼と交わる直前にインレは足元の瓦礫が砕けるほどしっかりと踏みしめ、活性化させた折れた大剣で鬼の腹を切り裂く。
「――絶技・禍断」
インレと交差した鬼が崩れ落ちる横を長谷川が走りぬける。
「遠山さん、もう大丈夫ですわ!」
爆発的な加速度で放たれた黄金に輝く右ストレートは、遠山の盾を執拗に叩く鬼の腹に穴を開ける。
その衝撃で巨体は浮き上がり、瓦礫の山を崩しながら弾き飛ばされる。
「そろそろ仕舞いにするで」
「了解ですっ」
山科は尚も動こうとする鬼に向かって、雷の剣を連続して降らせる。
上空に高く高く飛び出したゼロは全身に闘志を滾らせると、直滑降に鬼に向かって落ちてくる。
勢いが乗ったゼロには鬼ががむしゃらに振り回す金棒は当らず、大鎌で両断されたのだった。
「みなさんお疲れ様でした」
御堂が額に汗をかきながら、傷ついたものをアウルで癒していく。
だが、男達はいずれも立ち上がる体力が回復するまでしばらくかかるだろう。
「がんばったな、遠山。ああ、よくやったとも」
インレは空を見上げたまま、遠山を労う。
「ハードな実戦やったな。あとはこれをどう活かすかは自分次第やからな?期待してるで」
ゼロも仰向けになって動けぬままにに声をかける。
「少しだけ、何かつかめたような気がします……ありがとうございました!」
遠山も青空に向かい大きな声で返事をしたのだった。