.


マスター:一条もえる
シナリオ形態:シリーズ
難易度:非常に難しい
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/19


みんなの思い出



オープニング

「母上は、どう過ごされている?」
 サクの唐突な言葉に、下働きの娘は急須を持つ手を思わず止めた。
 廊下をすれ違いざま「部屋で茶でも入れてくれ」と頼まれたのも、珍しいことだと思ったが……娘には、サクの母の世話をする役目もある。声をかけてきたのは、そのためだったか。
 長きにわたって続いていた緊張と抗争は、さきごろついに決着した。
「……なんだ、拍子抜けだな」
 撃退士のひとりが呟いたように。『黄泉路』から脱出した撃退士とサクに別宅を包囲されたソウジは、抵抗の意思も見せずに投降した。
 しかしながらダンは集落から脱出し、姿を消した。ソウジの投降は、その時間稼ぎだったのだろう。
 追う必要はあるまい。
 後ろ盾を失い、集落の者がサクを敬仰するようになった今、もはや回天は望むべくもない。
 サクは自分の顔を見るや金切り声を上げる母親を見下ろし、
「母上。この騒乱の火種を大きくしたのは、あなただ。たとえ母といえども、放置する事はできません。
 私の事が憎いでしょう。ご安心を。この世では、二度と母上にお目にかかる事はいたしますまい。あの世でお会いしましょう」
 と冷たく言い放ち、集落の外れにある廃寺に幽閉したのだった。


 その後。
 集落の人心も落ち着いた頃、事件が伝えられた。
 ダンの運転していた車が、某県で事故を起こしたという。
 人通りの少ない道路を高速で走行中、センターラインをはみ出し、家族連れとおぼしき対向車のミニバンと正面衝突。泥酔していたのではないかと思われた。
 車外になんとか逃れた者もいたが、不運なことに漏れ出たガソリンに引火し、爆発炎上した。男性と女性ひとりずつ、男女の子供ふたりの遺体が発見されたが、それらは酷く損傷し、判別もつかぬほどだったという。
 知らせを聞いた母親は、半狂乱の有様だったという。
「ダンが、唯一の心のより所だったのかもしれません」
「同情の余地が、まぁ多少はなくもない……かもしれない」
 と、事故を聞いた撃退士は眉をひそめた。集落の者にも知己ができた撃退士には、そうした世間話を聞き及んだ者もいた。
 サクとダンの父親は実業家として集落を支えたように、優れた長ではあった。
 昔の男といえばそこまでだが、家族に対しては厳格で、妻にもその家風に染まることを求めた。三方衆のひとつから政略で嫁いできた妻にとって、夫の愛情とはどこにあるのかと思う日もあったに違いない。
 そんな夫でも、サクには後継者として期待を寄せ、厳しくはあるが強い関心を寄せていたが。
 しかしそのことがかえって「夫の側に立つ子」として、母親にとって愛情を向けにくい子となった。
 彼女は情の深い女性であった。行き場のない愛情は、すべてダンに向けて注がれたのだ。
「奥方様は……嘆いておいでです。来る日も来る日も、嘆いておいでです」
 その前に湯飲みを置き、娘は上目遣いにサクを窺った。
 幽閉と言っても、敷地から出る事を禁じている程度で建物や庭を歩く事はできる。
 しかしサクの母親は一室にうずくまり、日々嘆いているという。
 下働きの娘のすすめでかろうじて食事こそとってはいるが、このままでは。
 娘は聞いたのだ。サクの名を呼び、詫びている声を。
 それを聞かされたサクはしばらく言葉を失ったものの、
「今生、会わぬと誓った。会うのは『あの世』においてだ」
 と、再び言い放った。


 集落にある、とある屋敷のひとつ。そこに捕らわれているのは、ダン一派であったシノブである。重傷を負っていたところを捕らえられた。
 ところが。
「この程度の監視しか置かれていないなんて、甘く見られたものね。……それとも、見逃してくれているのかしら?」
 おそらくそうだろう。
 いまさらサクをつけ狙ったところでなんの得もない。ダンの仇討ちを考えるほど心酔していたわけでもない。
 見透かされていることをわずかに不快に思いつつ、シノブは集落を抜け出し、山道を駆ける。
 そこに異様な気配を感じ、身構えた。
「よう」
 ダンだ。木々の間から姿を現したダンは薄笑いを浮かべ、シノブに近づいてきた。
 馬鹿な!
 シノブは大きく跳び下がると背を向けて駆けだした。
「つれないな。俺の妻になりたいんじゃなかったのか?」
 速さには自信がある。それなのに、ダンは離れることなくついてくる。
「ははは、言ってみただけだ。撃退士のおまえが、俺となれ合えるはずがないからなぁ!」
 ダンの笑みは、以前のような軽佻なそれとは違う。嘲りと憐憫、そして獲物を弄ぶ残忍さの入り交じった、悪魔の笑みだ。
 疾い! 
 シノブとて、速さにかけては撃退士屈指だという自信がある。体術の心得のないダンの攻撃は力任せの乱暴なものだが、それでもシノブを速さで圧倒していた。
 懸命に凌ぐシノブ。しかし突如、ダンが大きく口を開いて喝ッと叫ぶ。
 ダンの周囲の空気が揺れ、粘り気を帯びたように感じられた。
 それに絡め取られるように、シノブの動きが止まる。その喉笛に、ダンの掌が伸びてきた。
「がッ……!」
「当主の座なんざ、もうどうでもいいが……母上。兄上と集落が滅びる様を、特等席で見せて差し上げますよ」
 高く掲げた掌の中で、ベキベキと頸骨の砕ける音がした。


前回のシナリオを見る


リプレイ本文

「お気持ちはお察ししますが。ここは僕たちにお任せください」
 鈴代 征治(ja1305)は、手を上げてサクを制した。
「『黄泉路』に潜った敵は、いわば穴熊です。その目前に玉があれば、万が一がないとは言えませんからね」
 先ほどサクは、焦りを覚えているように腰を浮かし、そしてその様を一行に見せたことに慌てて座り直した。
 そのことを指摘すれば、「潜ろうなど、考えてはいない」と渋面を作られるだろう。
 それを察した川澄文歌(jb7507)はわずかに微笑み、
「片付くまで、どうか屋敷の中で待機を。セキトさん、護衛をお願いします」
 そう言って促すと、セキトは「心得ました」と頷いた。


「さっそく敵さん、おいでなすったぞ!」
 向坂 玲治(ja6214)は、白銀の槍を構えつつ仲間たちに呼びかけた。
 撃退士たちは、サクや自らの経験を頼りに『黄泉路』の地図を作り、先に進む。正確に図面が引けるものでもないあやふやなものだが、ひとたび頭の中で確認しておけば、ないよりはマシだ。
 子鬼どもの来襲は、屋敷のそばにある入り口から潜って、しばらく進んだときだった。
 洞窟内に、子鬼どもの耳障りな叫びが反響する。
「まったく、うるさいにもほどがあるぞ!」
 そう言って繰り出した穂先は、子鬼の頭蓋を容赦なく貫く。
「なんだ手応えのない」
「油断は禁物ですよ。どうやら、敵は数で押し切る気のようですからね」
 ユウ(jb5639)が銃を構えて引き金を引く。倒れた「仲間」にかまいもせず、新たな子鬼が奥から飛び出してきたのだ。
「玲治さん、身をかがめて!」
 北辰 一鷹(jb9920)もクロスボウを構え、玲治がその言葉に反応するかしないかのうちに、矢を放った。
 ユウの銃弾と一鷹の矢が、玲治の頭すれすれを飛び、いまにも襲いかからんとしていた子鬼どもを貫いた。
 玲治はすぐさま跳ね起きると、呻く子鬼どもにとどめを刺す。
 まもなく、左右に道が分かれる。
「先日、集落の人たちが立てこもった広間が右にありましたね」
 記憶を振り返りながら、鳳 静香(jb0806)はそちらに視線を送った。
 そのときだ。
 左右から、数匹の子鬼が飛びかかってきた。
「待ち伏せッ?」
 静香は慌てて身を伏せた。鋭い爪が静香を引き裂くかと思われたが、彼女を包む青い燐光に触れると、爪は必殺の勢いを減じた。その間に、静香は退く。
「チッ!」
 紅香 忍(jb7811)はライフルを構え、狼狽える子鬼どもに銃弾をたたき込んだ。
 待ち伏せをしたのは、「いかに撃退士を殺すか」を察する子鬼どもの嗅覚によるものであろう。知能のある相手ではない。
「ありがとうね、シオンちゃん。それに、忍様も」
 と、召喚獣をなでると、ストレイシオンは満足げに目を細めた。
 一方で忍は笑みのひとつも返さず、なおも銃弾を放つ。
 道を曲がっても、子鬼の姿があった。
「私が!」
 ユウは短く叫んで、敵中へと突進していく。当然のように子鬼どもはユウに群がっていくが、その周囲から発生した闇の刃が、取り囲む子鬼どもを切り裂く。
「まだ来ますか……!」
 子鬼どもは怯むということを知らない。鋭い爪がユウを襲い、鮮血がしたたり落ちる。
 しかしユウもまた怯まず、放った闇は子鬼どもを凍てつかせた。
「えぇい、きりがないぜ! みんな、俺が殿を務めるから、さっさと奥に行ってくれ!」
 玲治が叫ぶ。そして周囲は闇に包まれた。いや、もとより洞窟内は闇だが、撃退士が持つライトの明かりさえ、子鬼どもには届かなくなる。
「助かります!」
 一鷹は得物を刀に持ち替え、子鬼をなで切りにしつつ玲治を追い越し、先を急いだ。
 いまここで、すべての決着をつける。


 戦いの音は、遠いけれどもここまでも響いてくる。
 文歌と征治は仲間たちと別れ、それぞれが山中にある別々の入り口から『黄泉路』に潜入した。
 光などまったく差し込まないが、ふたりとも暗視装置を用意しているおかげで歩行に障害はない。
 文歌は途中で、2匹の子鬼を発見した。
 緊張を抑え、心を落ち着かせて文歌は子鬼をやり過ごす。
「……行きましたね」
 一方、征治も子鬼と遭遇していた。
「しまった、こっちにもいましたか」
 いったいダンは、どれほどの子鬼を従えているのか?
 運の悪いことに、こちらに向かってくるところだった。先に気づいて身を隠したが、そのまま気づかれずにいられるだろうか?
 いや、厳しい。
 征治は潜んでいた石筍から身を躍らせ、手にした刀で鋭い突きを撃ち込んだ。
 一撃のもとに仲間を屠られ狼狽する子鬼だったが、数は優勢である。征治が2匹目を切り伏せたときには反撃に転じ、大口を開けて牙を露わにし、飛びかかってきた。
 さすがの征治もそれは避け得ず、肩口に牙が食い込む。
 しかし次の瞬間、征治は一刀のもとにその子鬼を切り捨てた!
 致命的な傷ではない。気の流れを制御し、出血を抑える。
「これではまるで、警報ですね」
 遭遇するたび、子鬼どもは叫び声を上げる。それは洞窟内に響き渡り、撃退士の接近を告げる、何よりの根拠となっていた。
「完全に捨て石で、はじめからそのつもりで引き連れてきたのかも……」
 征治はわずかに顔をゆがめつつも、先を急いだ。
 なにやら話し声が聞こえたのは、まもなくのことだ。仲間たちと合流したのか……いや。
 ダンだ。そして、ソウジも。
 仲間たちに位置を……可能な限りわかりやすいように伝え、到来を待つ。
「やぁ、叔父上。わざわざ挨拶に来てくれたのかい?
 ……そんなはずはないよな!」
 ダンは剣を手にしていた。ソウジの繰り出した槍と、幾度もぶつかり合う。その重い響きが、『黄泉路』を包む。
「ダン様……あなたをこのような姿にしてしまったのは、我が罪です」
「母上の前で、俺を殺すのかい?」
 ダンの言葉に、ソウジは子鬼どもに囲まれて顔を引きつらせる姉を、思わず見た。
 ダンの剣が、ソウジを切り裂く。
 それでもソウジは、槍を一閃させて鍾乳石を砕くとそれを目眩ましに、せめて姉だけでも奪還せんと跳躍した。
 だが、それを上回る速さで、ダンは襲う。
「そこまでですッ!」
 通路から飛び込んできたユウは、ダンに向けて銃弾を放つ。
 幾度もソウジの腹に剣を突き立てていたダンは、大きく跳び下がった。
 その隙に、文歌は隠れていた穴から飛び出して母親のところへ向かう。
 わずかに抵抗するそぶりをみせた手を強く握り、
「ダンさんは死んだんです! 貴方の愛する息子さんは! あれはもう、姿が似ているだけの別の存在なんですよ!」
 そう叫ぶと母親は項垂れ、泣き崩れた。
 幸い、怪我はどこにもない。連れ出しているゆとりはないから、物陰に隠れさせる。
 ソウジに駆け寄った静香は、腹から流れ出る血の多さに絶句した。
「やはり、サク様たちのお母様を助けに来たのですね。
 だからといって、おひとりで戦いを挑むなんて、なんて無謀な……!」
 静香は文歌を呼び寄せ、ソウジに治療を施してもらった。傷は深い。生き延びられるかどうかは五分五分だが……。
「大丈夫です、必ず治ります」
 と、文歌は汗をぬぐいつつ言った。
 愛おしい甥を、自らの手で討つ。
 これまでダンに手を貸してきたのは、慕う姉が愛する甥を、ソウジもまた愛したからであろう。
 事が成らなかったときには自らが責を負い逃したのも、政争をそこで終わりにするつもりだったに違いない。
 それなのに、行き着いた先が自ら討つことで決着をつけるしかないとは、いたたまれない。


「ダンッ! そこまでして当主の座に未練があるのか! サクを越えたいか!」
 一鷹が激高し、紫電のごとき踏み込みを見せてダンに斬りかかる。
 しかしダンは無造作に剣を振るうと、一鷹の刀を受け止めた。
 逆に一鷹は、次々と繰り出される剣先を受け止めるのに必死になる。踏み込みも何もあったものではない、素人そのものの剣さばきなのだが。
 腕だけで繰り出される剣だが、速い。そして重い。
 避けきれなかった一撃をとっさに脛当てで受け止めた一鷹は、倒れ込むようにして距離を取る。
「おい、兄上の犬ども。兄上は、死にたくなくておまえらを寄こしたのか?」
 そう言ってせせら笑うダンだったが、玲治はふてぶてしく笑って応じた。
「犬はおまえだろ、当主と認めて貰えなかった『負け犬』ってな」
「てめぇッ!」
 それまでへらへらと笑っていたダンが、憤怒の形相で玲治を襲う。
「しょせんはお坊ちゃんだな。ゆとりがあるように見せても、薄皮一枚だ」
 そう言いつつ槍を合わせるが、言葉ほど余裕があるわけではない。
「ティアちゃん、来て!」
 静香が叫ぶと、長大な尾を持つ蒼銀の竜が現れた。身を低くして力を溜めると、ダンに向かって咆哮を上げる。
「……あなたにとって、この集落はなんなのですか。ただ、我が身のみが大切なのですか」
 ダンにとって、この集落は故郷のはずではないか。
 故郷を失った静香が、穏やかな口ぶりではあるが、その憤りをぶつける。
 ダンの皮膚が裂け、血液とも違う体液が飛び散るが、まったく動きを緩めずに襲い来る。
 ところで。さきほどから忍がいない。
「とった……!」
 突如として天井から躍りかかった影こそ、忍だ。
 彼は壁を駆け上がり、身を潜めて好機を窺っていたのだ。
「逃がした魚、大きいかと思っていたけど……殺しがいがあるくらいに、大きくなって帰ってきたな……!」
 背後からダンを抱え上げると、頭を地に叩きつけた。
「よし」
 好機とみた征治は距離を詰め、一方の忍はすぐさま跳び下がって、倒れたダンに向かって雨あられと銃弾を。
「舐めやがってッ!」
「ッ!」
 放とうと銃を向けたときには、起き上がったダンの鬼気迫る形相が忍の眼前にあった。
 忍の一撃はダンに少なからぬ傷を与えたが、同時に怒りも与えた。
 ダンの叫びが『黄泉路』内の空気を振るわせる。シノブを惨殺したときのように。
 すると忍と征治は振動に絡め取られるように、苦しげな表情を見せた。
 ダンの剣をふたりは受け止めようとしたが、まったく速さが追いつかない。
 征治の腕を、一鷹がとっさに引っ張って転倒させた。
 振り下ろされた剣を、忍は身をよじって避ける。
 骨にまでは食い込まずに済んだが、血しぶきが飛び、その風圧で忍の身体は吹き飛ばされた。
 まったく、どうにもこの『黄泉路』という場所は験が悪い。
「大丈夫か?」
 忍を庇うように受け止めた玲治が、自らもこめかみから血を滴らせながら問うてきたが、忍は小さくうなずいただけで無言。
「愛想のないことだな。
 ……それにしても、さすがにヴァニタスってところか」
 この場は、玲治が生み出した騎士結界によって守られているはずなのだ。にもかかわらず、ダンの一撃の鋭さよ。
 征治と一鷹とを相手に、ダンは引けを取らない。防御など考えもしていないが、力任せに繰り出される剣の速さに、ふたりとも反撃の気を見失っている。
 ダンが再び、大きく息を吸い込むような仕草を見せた。まずい。
「やっかい、ですからね」
 銃弾が、思わぬ方向から飛んでくる。
 翼を広げて舞い上がったユウが、狙撃銃の狙いを定めて引き金を引いたのだ。
 狙いは過たず、ダンの顎が砕けて散った。
「おぉの、れぇぇッ!」
 目を血走らせ、身体を不自然に折り曲げて襲い来る姿こそが、悪魔の尖兵となった者の本来の姿であろう。どこから声が出ているのか知らないが。
「らしくなってきたじゃないか」
 玲治はニヤリと笑い、魔具でダンの剣を受け止めた。
「すいません、食い止めていてくださいね」
 そう言う征治の両腕がそれぞれ光と闇のオーラに包まれていく。繰り出した突きが、ダンの腹を深々と抉った。
「やられっぱなしは……性に合わない」
 忍は再び、ダンの背後に回り込んでいた。仕留め損なったのならば、何度でも。
 こうした粘性が、忍にはある。
 全身から粘液をまき散らし、ダンが吠える。
「てめぇら、ごときぃッ!」
「お前ごときとは、こちらの台詞だ! ひとりの妄執で戦うおまえが、人の強さを背負って戦う俺たちに、勝てるものか!」
 ダンの剣も一鷹を傷つけるが、一鷹はダンの胸板に食い込んだ刀を放さない。
「これでおわりです」
 ユウの放った弾丸は、今度は頭蓋そのものを打ち砕いた。


「む……!」
 撃退士一行が『黄泉路』を出ると、そこにはセキトに伴われたサクが、身を乗り出していた。
 ユウは「やはり」といった顔で微笑むと、
「お母様はご無事ですよ。中で待っておいでです」
 と、サクを促した。
 救出されたはずの母親が姿を見せないことを訝りつつ、ユウの言葉に「しかし……」と逡巡をみせる。
 それを見た文歌は、
「当主たる者、一度口にしたことは覆せないのでしょう。『あの世』に行くまでお母様には会わない。それでよろしいでしょう」
 と、一見すると突き放すようなことを言った。しかし、それに続けて。
「ところでこの『黄泉路』は、『あの世』の入り口だそうですね」
「……! そうか、そうだったな」
 サクははっとして顔を上げた。
「サク様。当主であっても、誰でも人の子です。ご自身の気持ちを大切にしても、よいのではないでしょうか」
 と、静香が微笑む。
「ありがとう。私の心を、よく察してくれた」
 喜色を浮かべて撃退士たちに頭を下げると、足の自由がきかないことなど嘘のように、『黄泉路』へと駆け込んだ。
「母上……!」
「あぁ、サク。本当にごめんなさい。私が愚かだったのです!
 愚かであったために、あなたには多くの苦しみを背負わせてしまいました」
「それ以上は仰いますな。その言葉で、私は十分に救われました。もう、過去は振り返りますまい」
 ふたりは涙を流して手を握り合った。サクにとって、初めて母の体温を感じたときだった。
「今まで、なにかと助けてくれましたね。これからも、サク様を支えてくださいね」
 その光景を見ていた静香が、傍らの下働きの娘に言うと、彼女は頬を染めて頷いた。
 その後、サクと母とは『黄泉路』で面会を重ねるようになり、そのたびに語り合うこと数刻にもなったという。
「片付いちゃったな……次の稼ぎどころを探さないと」
 岩場に腰掛けていた忍は服についた苔を払い、立ち上がった。

(完)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 崩れずの光翼・向坂 玲治(ja6214)
 優しき強さを抱く・ユウ(jb5639)
重体: −
面白かった!:8人

最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
赤心を推して・
鳳 静香(jb0806)

卒業 女 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍
鮮やかなる殺陣・
北辰 一鷹(jb9920)

高等部3年8組 男 ルインズブレイド