「こいつは……いったいどれほどいるんだか、わかりゃしねぇな」
向坂 玲治(
ja6214)は左右を見渡して、口の端をつり上げる。決して怖じ気づいているわけではないが、緊張で口が渇く。
「声が響き渡っているのは、地形のせいでしょう。実数はいくらか少ない……と思いたいところだね」
と、鈴代 征治(
ja1305)。
「とんでもない所に来ちゃったな……」
と、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は呟いた。彼はこの集落にやってくるのは初めてだ。
「やはり、連絡がつきません。サクさんだけでなく、集落全体が」
鳳 静香(
jb0806)は眉を寄せる。何度電話をかけても通じなかった。携帯電話だけでなく、固定電話もだ。やはり、あの連絡の後ディアボロどもによって破壊されてしまったようだ。
学園から持ち出した光信機を、仲間達に手渡す。
エイルズレトラ、川澄文歌(
jb7507)、紅香 忍(
jb7811)、そして北辰 一鷹(
jb9920)とがサクの屋敷に向かい、征治、玲治、静香、そしてユウ(
jb5639)とが集落の様子を探ることにして、一行は別れた。
忍がディアボロどもの姿を捉えたのは、すぐのことだ。
数匹のディアボロ、これまた見慣れた姿の連中が、ギャアギャアとわめきながらあぜ道を走っている。そのディアボロどもが、駆けてくる撃退士たちに気づいたようで、向き直って威嚇してきた。
「貴様らの相手をしている暇などない! そこを退けぇッ!」
一鷹は怒声を放つと、刀を振りかぶってディアボロどもの中に飛び込んでいく。
いつになく闘志を露わにしている。
切りつけられたディアボロは後ろに飛び下がったが、もう1匹は横に大きく跳躍した。
「こざかしい連携など……」
忍はまさに今飛びかからんとしたディアボロに向かって『目隠』を放つ。敵が靄に包まれて狼狽えている間に、もう1匹に向かって銃弾を放つ。
一鷹もこの隙を見逃すことなどせず、視界を閉ざされて狼狽えるディアボロを袈裟懸けにする。十分に致命傷になっただろうが、容赦せずもう一太刀。
崩れ落ちるディアボロを振り返りもせず、一鷹は先を急ぐ。
忍は肩をすくめ、後を追った。
一鷹の見上げる先。サクの屋敷が、坂道の彼方に見えてきた。
「頼みましたよ、ヒリュウちゃん」
静香がそう言うと、ヒリュウは空高く舞い上がった。
「あちらを!」
ディアボロども、あるいは住民達の所在を追い求めていたユウが、一方を指さす。そこはサクの屋敷ほどではないが大きな家で、そこに向かってディアボロどもが叫び声を上げているのだ。
静香も、すぐにヒリュウの視界からそれを捉えた。
ユウはすぐに狙撃銃を構え、ディアボロの巨大な頭部を狙って引き金を引いた。垂直に打ち下ろされた銃弾に頭骨が砕け、目玉が弾け飛ぶ。
その家はセキトのものだった。
セキトの力量は征治もよく知っているが、ディアボロどもは左右に散り、なかなかセキトに狙いを定める好機を与えてくれないのだ。住民を庇って戦う不利もある。
「騎兵隊の登場だぜ! ディアボロども、こっちを向きやがれ!」
「こちらに立ち向かう勇気があるならね!」
玲治と征治とが叫ぶと、セキトに飛びかかろうとしていたディアボロどもがこちらを認め、振り返った。
狙いをこちらに定めたディアボロは玲治に飛びかかってきたが、構えたトンファーでそれを受け止める。
その隙にセキトは体勢を改め、矢を命中させた。
「いい腕してるぜ!」
玲治の掌が閃光を放ち、ディアボロを吹き飛ばす。
一方のディアボロには、征治が相対していた。鋭い踏み込みでもって足もとをなぎ払い、倒れたディアボロの口に容赦なく、槍を突き立てた。
時間にすると、激闘の割にはというほどで。
「よし、どうやらこの辺の敵は片付いたようだな」
周囲を見渡し、玲治は大きく息を吐いた。
しかし、彼方ではまだディアボロどもの叫び声がする。いや、その声はいっそう激しくなっている。仲間達が戦う音だ。
ところで当座のディアボロを撃退した後に、征治はダンの別宅に走った。
この事態に協力してあたりたい旨を伝えたのだが……呼ばわる声が聞こえぬわけでもあるまいに、沈黙して何の返答もなかったのだ。
「あいつらは敵、ってことだろ?
これはもうチキンレースになっちまってるんだよ。アクセルを戻した方の負けだ。とことんまでやるしかないんだよ、もう」
と、玲治は、すでにそれを察していたように言った。
「さぁ、こうしちゃいられないぜ」
「セキト様は、いかがなさいますか?」
征治の話を聞いて硬い表情を浮かべていたセキトは、静香の問いかけに狼狽した。
「住民の皆様はわたくしにお任せください。セキト様は、どうかサク様のもとへ」
「うむ……」
言葉少なに煮え切らないセキトに、静香はなおも迫る。その姿には、普段のおっとりした彼女にはない鋭さがあった。
「セキト様! 何をためらっておられるのですか。あなたがお仕えする方はどなたですか。三方衆のお役目は、御当主を支えることとうかがっております。
いま、サク様は危殆に瀕しているのです。それをお見捨てになって、なんの名分があって三方衆を名乗るのですか」
セキトにどのような葛藤があったのかは、撃退士たちにも容易にうかがえる。
しかし、静香の言葉は正言だった。
「……わかった。確かに、我らが推戴すべきはサク様に他ならぬ。
礼を言う。君が、私の迷妄を破ってくれた」
「いえ、そんな……」
そのときになって静香は赤面した。そこには先ほどの、一歩も引かぬという言葉の強さはない。
「行こう。この林を抜けた方が、道を行くより早い」
サクの屋敷の裏手、『黄泉路』への入り口にはディアボロどもが殺到していた。
エイルズレトラはヒリュウを呼び出し、そろって敵中に飛び込んでいく。
ヒリュウはなにやら風船のようなものを口から吐き出し、自らの爪や牙でそれを弾けさせる。エイルズレトラは首をすくめてその爆風から身を守るが、ディアボロどもが数体、それによって吹き飛ばされた。
「気をつけてくださいよー。あんまり近づくと、巻き込んじゃいますよ」
しかし、敵も黙ってはいない。仲間が吹き飛ばされたにもかかわらず、1匹のディアボロが恐れもせずに飛びかかってくる。
「頼もしいな、って受け取っておくね」
文歌の放った魔法は見た目こそ色とりどりの花火のようだが、その威力はすさまじい。
二人の周辺に轟いた爆発によって、瞬く間に数体のディアボロが討たれた。
しかしその先にいたディアボロには、さすがの二人も目を見張った。
身の丈は彼らの2倍はあるか。その巨大なディアボロが、長い手を洞窟の扉に打ち付けていた。
祭壇という見た目に反し、それは鉄扉であって、あるいはその奥からも何かが盛られているようで、洞窟内で必死の抵抗が為されているのがわかる。
しかしディアボロはその抵抗がいかにもむなしいものであるかのように、鉄扉を引きはがし、洞穴に手を突っ込んで積み上げられた土嚢や岩石をかきだしていった。
まずい。
エイルズレトラは、
「離れて! まず足を止める!」
と、叫ぶ。すると両手からおびただしいカードが放たれ、それが周囲にいたディアボロを縛り付けようと襲った。
カードの呪縛は見事、巨大なディアボロの長い足を絡め取った。しかし次の瞬間、エイルズレトラの視界いっぱいに、ディアボロの長い長い腕が迫る。
「あッ!」
悲鳴のように叫んだ文歌がとっさに、彼にアウルの鎧を纏わせた。
エイルズレトラ自身が、カードの呪縛から逃れるために身をよじっていたことが災いし、一瞬だけ反応が遅れる。
必殺の威力を持つディアボロのかぎ爪は、エイルズレトラを肩から胸へと切り裂き、彼の体はもんどり打って転がった。
巨大と見えたディアボロは、足、腕、頭と3体が折り重なった姿だった。カードに縛られた『足』から分離し、『腕』が襲いかかってきたのだ。
「く……!」
エイルズレトラは悪態をつこうとするが、口からわき出るのは大量の血。起き上がろうにも、四肢に力が入らない。
文歌が急いで回復の準備をし、アウルの光がエイルズレトラを包む。なんとか、一命は取り留めたようだ。
その間にディアボロは再び合体し、ついに侵入を阻むバリケードを粉砕した。
中にいたのはサクと、集落の住民達だ。サクは得物を構え、ディアボロの攻撃を懸命に防いだ。
しかし、やはり満足の動かぬ足ではその攻撃を避けきることは難しい。
頭上から墜落するように襲いかかってきた『頭』の顎を剣で受け止めると、自由にならぬ足ががっくりと折れて膝をついてしまう。
「させるかぁッ!」
『黄泉路』へ群がる雑魚を『御撃流奥義・新月之月光』で切り伏せた一鷹は、体ごとぶつかるかのように、合体ディアボロに刃を食い込ませた。
一瞬だけサクの方を見た一鷹はディアボロを睨み、怒気を放つ。
「彼は、当主としての責務を一身に背負って、集落のことを心から案じてきたんだ!
当主だからとかじゃない、こんな立派な人がこんなくだらないところで死んでいいものか!」
一鷹は自身とサクとに向かって繰り出されるディアボロの腕に、刀も折れよとばかりに激しく打ち付けた。
しかし、頭を打てば尾が、尾を打てば頭が襲う常山の蛇の例えのごとく、苦戦する『腕』を助けて、『足』が長い足を伸ばして蹴りつける。
一鷹は岩壁に体をしたたかに打ち付け、全身がきしむ激痛に顔をゆがめた。
朦朧とする意識で、迫るディアボロを睨む。
「くそ……!」
だが、一鷹の体を張った奮闘は、撃退士達の到着を待つには十分な時間をサクに与えたのだった。
「すみません、遅くなりました!」
坂道を跳ぶように駆け上がってきたのはユウだ。大鎌を振るい、突如現れた増援に戸惑うディアボロどもを襲う。
すぐに、征治と玲治も駆けつけた。
急ぎ、『黄泉路』内部へと駆け込む。
「あっちだよ!」
人の気配を感じ取った文歌の指し示す方に、合体ディアボロと一鷹らがいた。
「オラ! じっとしてやがれ!」
玲治の影から腕が伸び、それが合体ディアボロを絡め取っていく。
やはり3体すべてを拘束することは難しかったらしく、『頭』はすぐさま飛びかかってきた。
しかし、
「同じ手、何度も食らうと思います?」
エイルズレトラが悪態とともに、ヒリュウに指図する。どうやらそのくらいには回復できたようだ。
ヒリュウはひと鳴きすると、翼を広げて襲い来るディアボロの視界を遮るように飛ぶ。
目測を誤った敵を見逃さず、征治はワイヤーを絡めてその肉を切り刻んだ。
「もう一撃!」
拘束された『腕』や、逃れる事に成功していた『足』をも巻き込んで、文歌の魔法が炸裂する。飛び散った体液が鍾乳石を溶かし、泡だった。
「その調子だ! 多少の攻撃は俺が受け止めてやるから、思い切ってやってくれ!」
と、玲治は嘯いた。
『黄泉路』の内部を物音ひとつ立てずに進む影がある。
「それ」は、合体ディアボロを注視し傷つきながらも油断なく身構えるサクの姿を、彼方に捉えると……。
「それ」……シノブはとっさに身構え、大きく飛び下がった。
ほんの一瞬前まで立っていたところに銃弾が爆ぜ、銃声が洞窟内にこだまする。
なにもないと思えたところに突如として姿を現したのは、忍であった。
彼はバリケードが破壊されたと同時に、つまり一鷹と共に洞窟内に踏み込み、自身は合体ディアボロを尻目に『黄泉路』の奥へと進んでいたのだ。
「放った矢が1本だけなら、取るに足らない三流の仕事……」
二の矢を警戒していたというわけだ。
シノブは相手が彼だとわかると真っ赤な唇をほころばせ、
「こっちについてみない? 殺せなんて言わないわ。ただ『ちょっぴり不注意になる』だけ。楽なものよ、必死に天魔と戦うより」
言い終える前に、シノブは身を翻して石筍の影に隠れた。
銃弾が襲ってきたのだ。
「……あいにくと、見逃すと今の雇い主からの金が入らないんでな。後日改めてなら、話を聞いてもいい」
「ふざけんなッ!」
大金を積んで雇うつもりがあるのなら、半ば本気だったのだが。当然ながらシノブはそれを遁辞か挑発と受け取ったようで、短刀を構えて飛びかかってきた。
渡り合うこと十数合。しかし放った『影縛の術』はあえなく破られ、かえってその隙に距離を詰められ、脇腹を深々と抉られた。
だが、それでも。忍は膝をつきながらも短刀の柄を握りしめ、シノブを放さない。瞬く間に、柄を握る手が朱に染まる。
「……だったら、死ね」
銃声が響く。
「忍さん!」
出口の方からユウが駆けてきた。集落の上空を飛んでいる際、シノブらしき姿を山中に認めたのは彼女だ。
激戦の果てにディアボロを討った、他の撃退士も姿を見せる。
銃弾を受けたシノブはわずかのところで致命傷だけは避け、衆寡敵せずとみて洞窟内に軌跡のように血を滴らせながら逃げ去った。
「サク様……ご無事で何よりでした。私の罪は計り知れません」
セキトが深々と、頭を垂れる。サクは頷き、
「私が惑ったばかりに、皆が惑うことになった。どうしてそなたに罪があろうか」
と、その手をとった。
「皆、もう一働きしてもらえようか?」
「畜生! 天魔どももシノブも、役立たずぞろいだ!」
事の次第を知ったダンが悪態をつき、手にしたグラスを壁に叩きつけた。
別宅に、サクとセキト、それに学園の撃退士たちが向かっている。集落の住民も、遠巻きに窺っていた。
「叔父上、あいつら蹴散らしてきてよ!」
半眼のまま聞いていたソウジは、「無理だ」と悟った。撃退できぬとは言わない。しかし、激戦となれば姉やダンの無事までは保証できない。
サクが正面切って問責に現れたことで、住民の空気も変わった。
やはり、ここに残ったのは失策だったか。だが、それをいまさら言っても始まらない。
「ダン様、すでに事は破れました。
宥恕を請えば命までは取られぬでしょうが、ダン様は膝を屈することをお望みでないでしょう。
ならば、どうかこの場を逃れてください。集落から離れた土地で心安らかに過ごすことならばできるでしょう」
「くそ……ッ!」
ダンの姿は集落から消えたが、サクはあえてその後を追わせなかった。
こうして、当主の座を争う骨肉の争いは終焉を迎えた。
……はずだったのだが。