金属がねじ切れる音とガラスが砕け散る音が、街中に轟き渡る。
サーバントが振り回した、蔓のような茎がバス停を薙ぎ払ったのだ。
今度は鋭い刃のような葉が襲ってくる。撃退士は痛む足をこらえつつ跳躍したが、裂けきれずに脇腹を裂かれてしまう。致命傷ではない。まだ。
学園の生徒らしい撃退士が、大きな盾にもたれかかって立っていた。独力では立っていることも苦しいのだろう。もう、彼女に皆をかばう力は残されていない。
にじみ出る脂汗をぬぐった眼前に、今にもはち切れんとした果実がせまる。
ここまでか。撃退士として戦って数年。男は敵を目の前にして初めて、目をつぶって顔を背けた。
だが、種子は飛んでこなかった。
「加勢に参りました。あとはお任せください!」
盾で果実を殴りつけたカタリナ(
ja5119)が、男をかばうように立つ。
「悪いな……助かった」
「とんでもない。皆さんの奮戦があったからこそ、惨劇を防ぐことができたんですから」
そう言ってカタリナは、槍を構えると近くに迫っていた葉を貫いた。
「……さすがですリナさん」
鴉守 凛(
ja5462)は思わず呟く。槍を構えて仲間たちをかばうカタリナの姿は、……聖女のようだ、と言うと言い過ぎだろうか。
とはいえ凛も実力においては負けてはいない。女性にしては長身な凛が手にしてもなおも巨大に見える斧槍を大上段に振りかぶると、太い茎をめがけて振り下ろした。
「うは、なんてデカさだ!」
「やれやれ、天使どもめ。厄介なものを……」
獅堂 武(
jb0906)が大げさに手をかざしてサーバントを見上げる横で、ケイオス・フィーニクス(
jb2664)がため息混じりに頭を振った。
「こいつはサッサと片付けないと、まずいな」
「うむ」
武はショットガンを構え、ケイオスは焔のリングを手にサーバントに相対する。
「まったく同感ね。まったく、これじゃまるでパニック映画だわ!」
突如として現れた巨大生物によって人々が逃げまどう様は、なるほどそのように思えなくもない。
月臣 朔羅(
ja0820)呆れたように呟き、地を蹴る。さらに百貨店の外壁を2歩3歩と蹴っていき、駆け上がっていく。
「それも、確実にB級のね! 狙うならこっちよ!」
その挑発に乗ったわけではあるまいが、朔羅の方に果実が向く。
両手に構えた銃から放たれた銃弾が着弾するのと、果実が破裂するのとはほとんど同時だった。実際のホウセンカのように触れると破裂するわけではなさそうだが、命中した銃弾は確実に破裂の勢いをそぎ、朔羅はその弾丸をやすやすと避けた。
「まったく、駅前はいつから植物園になったんだい?」
アサニエル(
jb5431)は長い髪を一度かき上げると、光の翼を広げて上空に舞い上がった。
「雑草駆除といこうじゃない」
アサニエルの手から離れた霊符が舞い、鋸のような鋭さを持つ葉を狙う。
「今のうちにいったん下がりな! 逃げ遅れてる一般人は任せたよ!」
「アサニエルさんの仰るとおりです。皆さんは、そちらを」
「わかった、すまんが後は任せる」
カタリナに軽く一礼して、男は立ち上がった。よろめいたところを田村 ケイ(
ja0582)が支えると、「なに、大丈夫」と手を振ってみせる。
現地の撃退士たちは、市民たちの誘導を始めた。彼らがそちらに専念できるようになったことで、人々はパニックに陥ることもなく、だんだんと人影は減っていった。
「あっちのほうは大丈夫」
現地の撃退士たちが誘導を始めたのを見て、只野黒子(
ja0049)は前髪の隙間からわずかに目元を覗かせて頷いた。
カタリナがいかなる攻撃も受け止めるという気概で正面に立ちはだかると、影野 恭弥(
ja0018)はその陰から得物を構える。
「腐り落ちろ」
恭弥が銃を向け、1発、2発と撃ち込む。狙ったのは根元ちかくの茎、そしてひときわ大きな花をつけた先端。
2発とも命中し、そこは瞬く間に茶色に変色した。茎の先端からは腐り果てた花が、ぼとりと地に落ちた。
一方でケイオスの方に向かって、鋭い葉を持った蔓が伸びる。1本をカタリナがはたき落としたが、すべては凌げない。
「この程度、助けを借りる必要もない」
焔のリングから放たれた光球が蔦に向かって次々と飛び、弾ける。数本の蔓がはじけ飛び、虚しく地面で跳ねたのち、動かなくなる。
凛が振り下ろした斧槍は太い茎を両断していたし、アサニエルの放った霊符は葉を5枚10枚とはじき飛ばしていた。
拍子抜けするほどの手応えだ。
「む……? なんだ、こんなものなのか?」
レメイ ベギリスタイン(
jb5850)が斧を構えたまま、眉を寄せる。
彼女が振るった斧もまた、からみつく蔓を易々と切り落としていた。
ところが。
先ほど恭弥の銃弾によって枯れ落ちた茎とは別のものが、たちまち前のそれと同じ太さにまで成長していくではないか! それどころか、前よりも一段と大きくなったようにさえ思える。
「なんだと……」
恭弥は再び銃弾を撃ち込んだが、まさか狼狽して手元が狂ったわけでもあるまいが、今度は蔓に阻まれ、細いそれをはじき飛ばしただけで終わる。
太い茎は高く伸びて、やがて大きなつぼみを付ける。深い紅色の不気味な花が咲く。
朔羅は脈打つように伸びていく茎を踏みしめ、刀を構えて花へと駆け上がる。
ところが狙いをつけた花が咲いていたのはほんの一時で、毒々しい色の花びらはすぐに散り、果実がぷっくりと膨らんでいった。
まずいッ! 朔羅は素早く飛び下がり、蔓を盾にするように避ける。しかし相手はそんなことはお構いなしに果実を破裂させ、辺りに種子が飛び散る。
空き店舗のシャッターに種子が次々と食い込み、粉砕していく。千切れ飛んだ蔓が隣の店のガラスを粉々に砕いたが、サーバントは意に介した様子もない。
「そりゃあ、痛覚なんてなさそうだものね」
朔羅の方はそうはいかない。蔓を盾にしたおかげで直撃は避けたものの、飛び散ったコンクリートの破片で、いくつもの痣ができていた。
「……まさか不死身、というわけでもないでしょうに」
考え込んでいた黒子が、思いついたように顔を上げる。
「只野さん!」
こちらを見る凛の表情から察するに、彼女も同じ考えを持ったようだ。
いかに強力なサーバントであっても、不死身ということはあり得ない。しかし、撃退士たちが幾度となく攻撃を仕掛けても、敵は再生を続けてしまうのである。それはつまり、こちらの攻撃は敵にとって致命傷にほど遠いということではないだろうか?
敵は植物のような姿形をしている。ということは。
「地下です! 地下街に何かあるに違いありません」
言うが早いか、そばにある階段を駆け下りる。凛もまたその後を追って、地下へと飛び込んだ。
「うむ、たしかに。怪しげな洞窟の地下深くとは、いかにも敵の本拠がありそうなところだ」
「いつからここは洞窟になった」
妙に納得した顔で頷き階段を下りるレメイに、武は呆れたように声を漏らした。
「ここは任せた! いいか?」
「我が、この程度の相手に不覚を取るとでも?」
そう返したケイオスだったが、
「……この身が人の子らの盾となるならば、それを厭うまい」
と、敵を睥睨して呟く。
「頼もしいな、任せたぜ!」
武はニヤリと笑うと、数段とばしで階段を駆け下りた。
盾を構えて周囲を窺いつつ、黒子は回廊を進む。
地下街と言うと大仰に思えるが、なにせ地方都市のそれである。複雑に絡み合っていることはまったくなく、一本の通りが百貨店の地下からアーケード街まで続いているだけのものだ。距離にして、わずか百メートルと少し。
それでも、地下の様子は尋常なものではなくなっていた。
地下街の天井はビッシリと白っぽい蔦のようなもので覆われていた。この部分だけだけ見せられれば、前衛芸術の産物と思ってしまったかもしれない。
「根……ですね」
凛が呆然と呟く。地上の惨状を知っている撃退士には、それがわかった。こんな有様になっているにもかかわらず線の切れていない蛍光灯がいくつか、地下を照らしている。そのことがまったくの闇であるよりも、地下の雰囲気を異様なものにしていた。
「やはり。地上部分よりも、こちらの方が大きいです」
こちらが本体、ということだろうか。
しかし撃退士たちの思考はここで中断する。地下を埋め尽くした根が、意思を持ってうごめき始めたのだ。
絡みついてくる根をレメイは戦斧で叩き斬ると、
「ここは通さんッ! ……さぁ、この隙に!」
盾を地面に突き立てるようにして置き、根の前に立ちはだかった。
その志に遠慮なく、黒子は腰を落とした姿勢のレメイを「では失礼」と踏んづけ、盾を銃架代わりにして、自身の身長ほどもあるガトリング砲を乱射した。
外す方が難しい。それほど埋め尽くされた根に砲弾は次々と吸い込まれ、吸い上げた水なのか何なのか、液体が飛び散る。
開けた隙間を狙って凛は盾を突き出すようにして突破をはかる。
再生能力はこちらも同等らしく、開いた道はすぐに他の根によって埋め尽くされそうになった。
今度は武が、ショットガンで吹き飛ばす。怯んだところを今度は刀を抜き、切り裂いていった。
「……確か、陰陽師では?」
「おぅよ。人呼んで前衛陰陽道」
「それは心強い限り」
さほど彼を守ることを意識しないで良さそうだ。黒子は頭の中で、戦力の配置を組み立て直す。
根の密度と太さは奥に行くほどさらに増し、通りから脇にそれた方へと続いていた。
「植物型とはいえ、サーバント。まさか水を吸って育っているとは思えませんが……」
黒子は怪訝そうに呟くが、彼女が向かっていく先はトイレや管理者用の区域がある方向である。
根が襲いかかってくることはいちいち覚えてもいられないほどだが、レメイは盾で防ぎ、凛は冷静にそれらを断ち切った。
「地下には、あの果実や葉はないのだな。考えてみれば当たり前だが」
レメイの呟きは緊張感に欠けるようでいて、敵の状態を的確に表していた。
地上に出ている茎や葉の部分に比べれば、根の攻撃には多彩さがない。そのため予見はしやすい。そうでなければ4人で突破は出来なかっただろう。もちろん一撃で舗装のタイルを砕く、重い一撃は備わっていたのだが。
ともあれ。一行はトイレの方にやってきたが、やはりそこも太い根で覆い尽くされている。排気口だったとおぼしき穴は、周りの壁が砕けるほど根によって拡張されていた。
「もしや、あれが……」
斧で扉をこじ開けた凛が目を見開き、思わず小さく呟いた。まるで里芋みたい、と場違いな感想を抱く。
たしかに大きさはそれぞれがうずくまった人の大きさほどもあるが、形状の感想としてはそう遠くはない。
黒子が確認してみると、この頭上あたりが、サーバントの茎が生えていた辺りで間違いない。これが、サーバントの『本体』に違いない。
凛が球根に向かって飛びかかった。足下の根が彼女を絡め取ろうとうごめくが、次の瞬間、その身体が宙に舞う。その背中には輝く翼。
根の攻撃を避けた凛は、渾身の一撃を球根にお見舞いする。そのうちのひとつが、赤黒い液体を撒き散らし、砕け散った。
「毒は効かなかったか……。だったら雑草は雑草らしく、すっぱり焼き払ってやるぜ!」
刀を収め、鋭く刀印を切ると空中から炎が発し、球根を包んだ。さきほど吹き出た赤黒い液体が焼けこげる嫌な臭いが立ち上る。
「くらいな! アンタレスッ!」
アサニエルが叫ぶと、業火がサーバントを襲った。今にも種子を撒き散らさんとしていた果実が焼けこげ、炭となって地上に落ちる。
すぐさま、上空を舞うアサニエルをめがけて他の果実が弾ける。
「当たりゃしないよ」
その言葉通り、弾丸をひらりひらりと……言葉ほどゆとりがあったわけではないが……避け、挑発するように高度を落とす。
もっとも、あまり高く飛ぶのは考えもののようだ。蔓が届かないとなると、相手の攻撃は果実ということになる。上空に向けて放たれたそれは狙いを外したのち、通りの向こうにあるアーケードの屋根に落下していた。
今度は鋭い葉を生やした蔦が、四方八方からケイオスを襲う。
だがケイオスはすかさず術を放った。彼の周囲は凍てつく冷気で満たされ、迫っていた蔦は凍り付いて崩れ落ちた。
しかしその間にも新たな蔦が次々と伸び、迫ってくる。
「させませんッ!」
カタリナはアウルの力を全開にし、驚くべき速さで、その攻撃をすべて盾で受け止めた。
続いて槍でそれらを薙ぎ払っていったが、それらはしつこく絡みつき、逆に彼女の動きを封じてしまう。
「きゃあッ!」
彼女の太股よりも太い蔓が、脇腹に叩き付けられる。息が止まる衝撃に襲われたカタリナだったが、気丈にも足を踏ん張り、倒れない。
「無理をさせたな」
傍らに立った恭弥が、カタリナに触れた。度重なるサーバントの攻撃を、彼女は身を挺して防ぎ、その圧力に耐えてきたのである。触れたところからアウルの力が流れ込み、わずかながら痛みが消えた。
ぶっきらぼうにいった恭弥は再び銃を構えなおし、こちらを狙う果実を打ち落とす。
「さ、これで傷も大丈夫だろ? 雑草の養分になんかなりたくないし、きりきりと働くよ」
アサニエルが傷を癒し、冗談交じりにカタリナの肩を叩く。
しかし、このままでは冗談ではすまなくなってしまうかもしれない。
切っても凍らせても燃やしても、たしかにいったんは動きを止めるのだが、すぐに茎を伸ばし葉を茂らせ、花を咲かせてくるのだ。埒があかない。その間に、こちらは消耗する一方である。
朔羅は鋭い太刀筋で葉を切り裂く。わずかに身をよじったが、葉の先が上腕部をかすめ、鮮血がしたたり落ちる。
「早く……!」
いくらかの焦りを覚え、呟いたときである。
サーバントの巨躯が、わずかに震えたように見えた。
するとどうだろうか。恭弥が銃弾を命中させた果実も、ケイオスが焼き払った茎も、力なく千切れ落ちていくばかりではないか! なおも地面から新たな茎は伸びてくるものの、それは明らかに先ほどより細く、その速度も遅くなっていた。
「やりました! 『球根』を潰したそうです!」
歓声を上げたカタリナが片手を耳に当てているのは、地下と通話しているからだ。
「よし……苛々する戦いもこれまでだな。喰らい尽くせ」
残すんじゃねぇぞ。呟いた恭弥の足もとに魔法陣が現れ、そこからわき出た猛犬が、サーバントの茎に、葉に、次々と襲いかかった。
「終わったようだな」
肩の埃を払いつつ、ケイオスは周囲を見回した。街灯や歩道の屋根は崩れ、あるいはぐにゃりと曲がり、ところによっては地面が陥没している有様だったが。
それでも被害の範囲は限定的で、特に人的被害は防がれた。
撃退士たちはそれぞれ壁にもたれかかったり腰を下ろしたりして、めいめいが空を見上げていた。
昨日にも増して穏やかで、暖かい日差しが降り注いでいる。
もう、春だ。