冬の夜空に蒼い月が冷たく燃えている。
路面上、音を立ててタイヤを滑らせながら半回転しつつ大型バイクが停止した。
「ようやく追いついたか……」
シート上の青年はヘルメットを脱ぐと夜空に輝く赤光に目を眇め呟いた。咲村 氷雅(
jb0731)だ。駆け出す。
続いてきた七台もまた次々に音を立てて急停車してゆく。うち一台に跨っていた青年は、座席から降りると駆け出しつつヘルメットを放り捨て、獅子吼の爆音と共に全身から黄金のオーラを噴出させた。虚空より白銀の円盾を出現させ腕に装着する。
青年――若杉 英斗(
ja4230)はそれらをこなしながら闇が塗られたアスファルトの上を疾走しつつ、見上げ、呟いた。
「デカイな」
闇の中に体長十五mを誇る、小塔の如き巨人が立ち、周囲を飛び交う無数のドローンヘリがライトから光を放って巨人とその周辺を照らしていた。
彼方の宙より半円を描きながら赤い光が、駆ける撃退士達のもとへと飛んで来る。
それを認め英斗は言った。
「ミニスカサンタ姿が素敵な会長! 助太刀します!」
『――よ、よろしくお願いします!』
赤い光の影が答えた。
「お、遅れてすみません……け、怪我は……無いですか?」
と言うのは陽波 透次(
ja0280)だ。
『大丈夫、無いです』
柔らかい声。
「ですか、良かった……合流出来て良かった……良かったです……」
黒髪の青年は心底ほっとしていた。とても心配だったのである。
「御免なさい。有難う」
抜き身の赤刃をぶらりと下げた濡れ羽髪の女は地上に降りると微笑した。
「ああ、クリスマスには少し早いが、約束通りになったな」
久遠 仁刀(
ja2464)は赤眼を女へと向けた。ふっと笑う。
「頑張る良い子の茜には騎兵隊のプレゼントだ――手早く片付けようか」
「……もうっ! とりあえず、その辺りの話はまた後で、ええ、急ぎ仕留めましょう」
撃退士達は『巨人《タイタン》』を仕留める為の手筈を急ぎ数秒で各自の意思を打ち合わせる。
「再生するって話だから、コア的な何かを破壊するのが定番なんだろうけど、あの目玉があやしいな」
「確かにな、目玉の周囲のみが守られている。目玉が重要な部位であるかもしれない」
英斗の言葉にファーフナー(
jb7826)が頷く。
「目玉が結束バンドみてぇな役割を果たす事で、繊維状の別個体を結束してる『群体』ってトコかね?」
小田切ルビィ(
ja0841)もまた予想を述べる。
撃退士達は意見をかわし、攻撃役と支援役に分かれて対処にあたる事となった。
「支援の人達はよろしくね」
桐ケ作真亜子(
jb7709)が目の当たりにする敵の巨大さと強大さに少し緊張の色が見える表情で言う。でも弱気な事は言わない。意地っ張りで、負けず嫌いなのである。
ファーフナーが言う。
「神楽坂も近接攻撃で目玉を狙う役割を担ってもらいたい。目玉は膝から崩してゆき、転倒させるなどして、上部も狙いやすくしていく。まずは足止めをしないと被害も広がるしな」
「了解です」
かくて、攻撃メインの攻撃手は真亜子、ユウ、茜の三名、援護メインの支援役は透次、ルビィ、仁刀、英斗、氷雅、ファーフナーの六名となった。
(しかし、一人で突貫とは、実力は勿論ですが其方の方も会長さんは噂に違わないようですね……)
ユウ(
jb5639)は胸中で呟いた。神楽坂茜は無駄な人死にをとことん嫌うという。人々が頑張って作った街や物を壊されるのも大嫌いだ。
「地獄絵図はもうごめんだ……」
短い打ち合わせが終わった時に透次が呟いた。巨人が停車している車両を蹴散らし地面を揺らして歩いて来る。吹き飛ばされた車両が地面に激突し、ひしゃげ、轟音と共に爆裂して火球と化した。
『Oooooooooooooooooooo!』
地上の既存のどんな生物のものでもない、奇怪な咆哮が轟く。
青年は思う、市民の避難はまだ途中だ。失敗すれば都市部は惨劇の坩堝と化すだろう。奴等は平然と呼吸をするように人々を殺し街を灰と瓦礫の山に変える。
その光景を透次は知っている。
家族が天魔に惨殺された時も、今年の初めの山梨の事件の時も、そして、今月の頭でも、街が一つ燃えた。
「……絶対にここで止めて倒さないと」
青年は呟いた。
ユウは透次の言葉に頷いた。
「ええ……これ以上の被害が広がる前に何とかしましょう」
ユウとしてもその思いだった。
「……命は買えない、普通車一台300万円、三車線道路一キロ2億7000万円、それは人々の長年の労苦と想いと汗と涙の結晶だ」
ぶつぶつと声が聞こえた。
「――殺すッ!!!! 破壊を撒き散らすディアボロはここで破壊するッ!!!!」
憤怒と共に紅蓮の光を身から爆発させた闇色の瞳の女が、士気を上昇させさらに加速して夜空へと飛び立った。
(ああ)
ユウもまた背中に悪魔の翼を顕現させて共に飛び立ちながら思った。あれは阿修羅だ。護るべき存在の為に害成す存在を屠る獣の牙だ。噂と違って、温和でもお上品でもなさそうだ。少なくとも戦闘中は。
鬼灯色の小生物が地上を駆ける真亜子に――光波を警戒している為ある程度の距離を開けて――並んだ。透次が召喚したヒリュウだ。敵の狙いを分散させたい。
(会長、もしかして普通に空飛べるっぽい……?!)
真亜子は胸中で呟いた。こちらもスキルで飛ぶしかなさそうだ。地面を蹴って跳躍すると背中から神々しい天使の翼を出現させる。
会長が巨人に対し時計回りに大きく弧を描いて宙を飛び、氷雅もまた背に翼を顕現して反時計回りに弧を描いて飛ぶ。両者、巨人の背後に回りこむつもりのようだ。
真亜子は低空を真っ直ぐ突っ込む。攻撃手ユウ、死角を突きたい。味方の動きを視界に入れつつ西側上方へと登ってゆく。側面上を取る。
地上の陽波透次、包囲したい。東側へと態勢低く弧を描くように回り込まんと駆ける。
ファーフナーは攻撃手が集中攻撃を受けないように、との意から真亜子に付き並んで真っ直ぐ前進する。ルビィもまた赤竜の如き真紅の翼を広げて飛翔し真っ直ぐ巨人の顔面目掛けて突き進んでいる。
地上を駆けるのは支援役の仁刀と英斗。巨人の注意を惹くべく真っ直ぐに駆ける。
距離が詰まる。
仁刀の挑発の射程に入るよりも前、巨人の頭部の巨大な単眼が、真っ直ぐに顔面へと向かっているルビィを捉えた。口に相当する部分が大きく開かれ、赤い光の粒子が周囲の大気より掻き集められるように収束してゆく。
透次、妨害を入れたいがまだ遠い。英斗も遠い。
『小田切さん!』
ユウの注意を促す声をルビィは耳元に聞いた。
「チッ!」
予備動作を認識した銀髪の青年は舌打すると竜翼で宙を打ち星空を横に急旋回する。射線を読みその上からの離脱を図らんとする。が、ルビィのその動きに巨人側も合わせて、その顎は青年の飛行軌道を追尾していた。
(振り切れねぇ…………っ!)
ピタリと付いてくる。
ルビィはさらに方向を切り返し、次の刹那、赤い巨大な光波が爆音と共にルビィへと向かって撃ち放たれた。
夜を夕暮れに変える程の赤い光がルビィの視界を一瞬で埋め尽くし、そして光は男の半身を呑み込んだ。
かわしきれなかった銀髪の青年が、胸下より煙を噴出しながら、吹き飛ばされて宙を舞ってゆく。負傷率六割五分、壮絶な破壊力だ。
「くっ……!」
ルビィは熱さと激痛に耐えながら、竜翼で宙を一打ちして態勢を立て直す。非常に頑強なルビィだから意識を保っていられるが、紙装甲の茜あたりに直撃していたら一撃で撃墜されていただろう。結構頑丈な真亜子でもレート差で危ない。
地上、駆ける仁刀が挑発の射程に入った。
赤髪の青年はアウルを開放すると白く輝く長剣の切っ先を巨人へと向け、クイックイッと振るって挑発する。
次の刹那、それに反応した十五メートルの『巨人《タイタン》』が雄叫びを上げ、アスファルトを足裏で砕き地響きを巻き起こしながら仁刀目掛けて猛然と突撃する。
赤毛の青年は全長二メートルの斬馬刀を虚空より出現させ迎え撃つように構える。
久遠仁刀VSタイタン。
猛ダッシュする赤黒い巨人が前傾の姿勢になり腕を振り上げ――そして、それが振り下ろされるよりも前に、両肩より赤黒い塊が槍の如くに伸びた。
瞬間、
「――時代よ、俺に微笑みかけろっ!」
英斗が叫んだ。女神と六人の騎士乙女の幻影が英斗より出現し彼女等は七方に散って、英斗を中心に直径十八メートル程にもなる光の結界を張った。神聖騎士の奥義、範囲内の味方の防御力を上昇させる加護結界だ。
(打ち落とす!)
陽波透次、金色の光輝を纏う日本刀を頭上に振り上げ莫大なアウルを集中させると、鋭く息を吐き踏み込みざまに剣を一閃した。
闇に金色の三日月の斬線が描かれ、衝撃波が唸りをあげて飛び出す。
衝撃波は、仁刀を貫かんとした繊維の束の如き肉塊と激突し、次の刹那、粉砕した。繊維槍の切っ先が砕かれ、逸れ、柄がアスファルトを叩いてゆく。
二本目が迫り、仁刀は斬馬刀の切っ先を地に向けつつ、拳上がりにその大剣を盾にするように掲げた。
凄まじい轟音と共に火花と衝撃力が撒き散らされた。仁刀の斬馬刀に激突した繊維槍が矛先を逸らされ、仁刀の肩端を削りながら後方へと抜けてゆく。受け流した。
大地が揺れた。
低く踏み出された巨人の足裏がアスファルトを砕く。前傾姿勢より地を這うように左足を踏み出した巨人は、繊維の槍を放った直後、振り上げていた右腕を仁刀へと向かって手刀を繰り出す形で振り払っていた。
まさに巨木そのものが迫って来るが如き巨大さと質量の腕が、豪速で弧を描いて振るわれ、唸りを上げて青年へと迫る。
仁刀はその瞬間、冬に輝く星空を見た。
全身を貫く壮絶な衝撃と共に仁刀の視界が勢い良く回転し、巨人の腕と自身の間に咄嗟に斬馬刀を挟んだものの、衝撃を殺し切れずに砲弾の如くに赤髪の青年が吹き飛ばされてゆく。
さらに間髪入れず、掻き消える程の神速で、繊維束の一本が仁刀に向かって振り下ろされた。
横に吹き飛んでいた青年の身が上から叩き潰されるように打たれ、アスファルトに激突して爆砕してめり込む。
『Oooooooooo!!』
さらに咆吼する巨人の各部位より次々に繊維の槍と鞭が放たれ、仁刀がめり込んでいる位置へと高速で振るわれた。五本。
潰される音、砕かれる音、貫かれる音が五連続で響き渡り、赤い色が広がってゆく。
――あれは死んだ。
観客がいたなら思った事だろう。
冗談のようなスケールの圧倒的な大爆砕であった。
(この手数……やはり十体が結合しているのか?)
ファーフナー、大破壊を横目に槍を携え膝立ち状態の巨人目掛けて飛ぶ。
目玉の数、既に判明している以外に、あと二箇所。
背面や内部等に目玉が隠れているのか、もしくは目玉ではない形状を取っているか。元から分離して別の位置で指揮している可能性もある。
男は思考を巡らせる。
「この、気持ち悪いお目々の化け物めッ!! ボクが正義の刃で粉砕してやる!!」
ファーフナーと共に飛ぶ真亜子、可能なら巨人の頭部に跳び移りたい。しかし小天使の翼は高度制限足場より4m。15mの巨人が立っていればせいぜい膝程度の高さだろうか。頭を狙うには高さが足りない。
故にまずファーフナーは悪魔の翼を広げて滑空して左膝へと迫った。全長4m超の魔槍ゲイ・ボルグを巨人の膝部に存在している巨大な目玉目掛け、閃光の如き速度で穂先を繰り出す。
唸りをあげて伸びた黒い槍は、狙い違わず膝の大目玉にその切っ先を命中させ、固い膜を貫くような手応えをファーフナーの腕に伝えると共に深々と突き立った。ファーフナーが穂先を捻りながら引き抜くと血飛沫が噴出する。
その隙に真亜子は巨人の脛部分に抱きつくようにして張り付いた。そして全長200cmのツヴァイハンダーを片手で操り、切っ先を目玉へと突き立て――るのは、ちょっと無理そうだ。組み付いてから切っ先を突き立てるには2mの大剣は長すぎる。
なので、真亜子は位置的にちょうど己の顔の目の前にある大目玉に対し、大剣の刃の腹を押し付けながら横に動かし引き裂いた。レート差が乗って良く斬れる。目玉から大量の鮮血があふれ出た、生臭い。
その真亜子の顔の横に紫電のアウルを纏った銀色の拳銃が現れた。急降下してきたユウのエクレールCC9。
「――この距離ならオーラは張れませんね」
黒髪の女悪魔は言葉と共に徹しを発動、引き金を絞る。轟雷の爆音と共に壮絶な破壊力を秘めた弾丸が零距離から大目玉へと叩き込まれ、爆砕し血飛沫や肉片や諸々を噴き上げた。
「やったか……?!」
ファーフナーが飛び退きながら言った。威力的にやっててもおかしくない気がするのだが、ちょっと、解らない。群体であるのだとしても仕留めたのかどうかが確認しづらい相手だ。
ユウもまた即座に離脱し、
「……退け! 巻きこむぞ!!」
色々返り血で凄い事になっても根性で張り付いていた真亜子へと氷雅の警告が響く。童女は止むなしと急ぎ飛び退いた。仕方ない事だが、ちょっと泣いて良い。
弧を描くように飛行してきた氷雅は巨人の背後で黒い球体を召喚し、その瞬間、巨人の背中と後頭部、光が縦に走り、そして開いた。ぎょろりと月明かりを受けて光る眼球が氷雅を見つめている。視線に睨まれながら男はアウルを流し込んだ。
刹那、黒球を中心に無数の黒剣が出現し一斉に巨人の脚部目掛けて襲い掛かった。
剣は巨人の脛裏、腿裏、膝裏へと突き刺さって、その力を発揮してゆく――縛った。束縛の魔剣。
「オオオオオオオオオオオオオオオアッ!!」
ソプラノの、しかし獰猛な雄叫びをあげながら赤光を纏う濡れ羽髪の女が膝裏側から突っ込んで、すれ違いざま太刀振るい、赤い斬線を一刹那に三つ出現させた。光速の刃。
目玉ごと三つに膝頭を両断された巨人の体躯が切断面からずれ、落下してゆく。
「群体なら、各個体の動きを統制してる司令塔が存在する筈――」
態勢を立て直し再度前進していた小田切ルビィ、頭頂が己の方へと向けられた一瞬に、ツヴァイハンダーに極限までアウルを集中させると、
「ソイツは、どれだ?」
視線を鋭くしつつ振り抜いた。
漆黒の衝撃波が天空より唸りをあげて撃ち降ろされ、崩れゆく巨人の頭部に炸裂する。頭頂部の繊維集合体的肉塊が爆ぜ、眼球の白い部分が覗く。ぎょろりと目玉が回転して、肉体に空いた穴からルビィを見据えた。
膝立ち状態だった巨人は地響きをあげながら路上に転倒してゆく。
次の瞬間、頭頂部や繊維束は再生を開始したが、切断された左膝部分は再生・接合を開始しようとはしなかった。死んでる。その部分は。
巨人は左手をつき、左膝の断面をアスファルトにつけて、身を起こさんとしてゆく。
氷雅は頭部目掛けて飛行しながら無線に未確認だった目玉を発見した事を報告しつつ堕落の魔剣を活性化し、真亜子は今度こそ頭頂部へと組み付いた。伏せるようにして張り付く。
巨人は上体を起こしながら赤光粒子を周囲の大気より口に集めている。
真亜子は巨人の頭部の単眼へと刃を押し当てながら深々と斬り裂いた。血飛沫が噴出する。その最中、真亜子は視界の隅に”それ”の動きを捉えた。身を捻り、肩越しに振り向く。巨人の右手が豪速で動き、頭部に真亜子に迫ってきていた。掌底打ちだ。巨大な掌の中央にある巨大な赤い目玉が、真亜子を見つめている。
「このっ!!」
真亜子は視界を埋め尽くさん程に巨大に迫る肉塊に対し咄嗟に身を起こし振り向きざまに大剣を立てて構え、アウルの力を全開で開放した。防壁陣。
次の刹那、巨塊と防壁陣が激突し、凄まじい質量から繰り出される衝撃力が、さらにレート差で増加して炸裂した。
身体がバラバラになりそうな激痛が全身を貫き、真亜子の身が彼方へと砲弾の如くに吹き飛んでゆく。空を裂き唸りをあげて飛んだ真亜子は、路面に激突する寸前に後方に半回転して態勢を立て直し、辛うじて脚から路面に着地し膝を曲げて衝撃を逃す。負傷率八割二分。防壁陣が間に合わなかったら一撃で気絶するかしないかのラインに突入していた事だったろう。
顔を上げる。
視界に映ったのは、うねりながら豪速で放たれる繊維の槍だった。
一瞬で迫って来る。
追撃だ。
トドメを刺しに来た。
不味い、と童女が思った瞬間、目の前に白銀の鎧に身を包んだ青年の背が現れた。
「やらせるか!」
庇護の翼で割って入った若杉英斗は、具足の底で路面を削りつつも、白銀の円盾で巨塊を正面から轟音と共に受け止め弾き飛ばした。負傷二分。理想郷の加護を乗せ、ちょっと意味不明な防御力。青年は間髪入れずに刃盾を投擲する。フリスビーのように回転しながら浮遊機動する刃盾は、英斗の意思に従い伸びた『槍』の『柄』の部分をぶった斬って抜けた。
さらなる追撃はこなかった。
同時、光纏時に放たれるが如き爆音をあげながら血塗れの久遠仁刀が穴の中から再び地上へと飛び出し、ツヴァイハンダーを振り上げ駆けていたのだ。生きている、不死身――という訳ではなく元々頑丈な上に英斗の理想郷によってこちらも凄まじいまでの頑強さになっていた。現在負傷率五割七分。
「どうした巨人! 俺はまだ生きているぞ!!」
その声に応えた訳でもあるまいが、間髪入れずに三本の『槍』が仁刀を打倒すべく撃ち放たれてゆく。うち一本、氷雅の黒剣の影響か大幅に狙いが雑になっている。
仁刀は一斉に迫り来る穂先に対し、斬馬刀を肩に担ぐように構え『線』を見切ると、アウルを全開に神速で動いた。
水面に映る月が揺らぐかのように仁刀の姿が僅かに一瞬ブレて見えた次の瞬間、三本の『穂先』が斬り飛ばされて血飛沫と共に宙を舞った。仁刀はそのまま『柄』の部分の間を縫って駆け抜けてゆく。
他方、ほぼ同刻、赤い閃光が三連続で荒れ狂い右膝頭の目玉を滅多斬りにし、ユウが続いて入って至近距離から業雷の弾丸を叩き込み、血肉をぶちまけさせていた。
二人を狙って三本の『槍』が飛び、一本を陽波透次が太刀を一閃し衝撃波を飛ばして命中させ爆砕する。ユウは迫り来る『槍』を身を捻りながら斜め下へと急降下して回避し、茜もまた迫る『槍』に対し翻ってかわした。
「こいつ、すべての目で見ている……? もしや視覚を共有しているのか」
ファーフナーは己に向かって迫り来た『槍』に対し、身を捌きながら横から殴りつけるように掌を打ちつけた。瞬間、猛烈な衝撃力が発生して『槍』の穂先が砕けながら明後日の方向へと弾き飛ばされてゆく。
「一個一個すべてが兵であると同時に司令塔なのかもしれんぞ」
呟く男の身を『柄』の部分が掠めて抜けてゆく。
「なるほどな、だがそうなのだとしても――」
真紅の翼で飛行する小田切ルビィ、巨人の頭頂部へと迫り、両手剣へと極限までアウルを集中させる。
「注意を分散できるなら充分だぜ!」
一閃。黒光の衝撃波が再び唸りをあげて撃ちだされる。瞬間、今度は巨人は素早く頭を上げた。真亜子に深々と斬り裂かれて出血し真っ赤に染まっている単眼大目玉がぎょろりと動いた。空間が輝き、黒光の衝撃波の軌道が捻じ曲げられて明後日の方向へと逸れてゆく。ディフレクターオーラ。「チイッ!」と青年は舌打し旋回し、次の刹那、巨人の咥内から極大の光波がルビィへと目掛けて撃ち返された。他の目で補えるのだとしても、直接見て撃てるのとそうでないのでは違う、真亜子に斬り裂かれた負傷の為か精度が甘かった。ルビィは斜め下へと急降下して光波をかわしてゆく。
『右膝の目は動きが止まっている、仕留めているよ』
無線から源九郎の声が聞こえた。膝付近から伸びた『槍』は力を失くし動きが止まっている。
だが、先程何本かの繊維を学園生達は破砕し斬り飛ばしていたが、両膝付近から伸びる物を除き、繊維達は急速に再生し、再び襲い掛かって来る。
そして膝から下も、伸びる繊維以外は完全に動きを止めていた訳ではなかった。
歩こうともがいている。
しかし、それは氷雅の剣の力で束縛され抑えられていた。巨人が移動できない。
『背後、腰周りに降らせるぞ』
氷雅は無線に言って、銀色に輝く十字剣を空中に無数に出現させた。目玉のある位置を避け、背後より巨人の腰周辺へと降り注がせる。次々に銀色の剣が巨人の身に突き刺さり霊波を撒き散らしてゆく。
『分離する気配は……無さそうですね』
ユウの声が無線に響いた。片方膝から断たれ、下半身が束縛されているのに、分離しないのは分離しては戦えないからではないだろうか。
『どんどん行きましょう』
ユウは頭部から角を生やし黒いドレスを纏って変化し、仁刀が斬馬刀で巨人の足を薙ぎ払った。打撃点に壮絶な衝撃が炸裂し周囲の景色が歪む、幻氷。
バランスを崩した巨人がうつ伏せに倒れゆく中、赤い稲妻が巨人の胸部目掛けて飛び、二本の繊維をかわしながら斬光を三条、一瞬で放った。胸の目玉から血飛沫が盛大にあがる。
離脱する茜を背後から狙った『槍』に対し、透次は衝撃波を飛ばして撃ち落とす。
巨人の身が路面に地響きを立てながら打ちつけられ、ユウとファーフナーは背中の目玉へと向かう。
繊維が迫り、ファーフナーは一本を掌底で打ち払い、もう一本の横殴りの『鞭』を避け切れずに一撃を貰い吹き飛んだ。負傷率二割二分、この男も固いな。ファーフナーは悪魔の翼で空を打ち、すぐに態勢を立て直す。
角を生やしたユウは、うねりながら迫る二本の繊維を、突撃にしながらすり抜けるように鮮やかにかわすと、背中の大目玉に肉薄し、雷鳴の音を轟かせながら雷の銃弾を叩き込んだ。盛大に肉片と共に血飛沫が吹き上がる。目玉達の耐久に差がないのなら、おそらく、仕留めた。
倒れた巨人は両腕をあげ、その掌にある大目玉で、己に向かって駆けて来る真亜子と灯火と英斗をぎょろりと睨んだ。がばり! と巨人の巨大な首が持ち上がり、虚ろな顎に光の粒子が周囲の大気より集中し始める。光波だ。
「やらせないと言っている!」
英斗は己へと迫る『槍』に対して突進しながら盾を掲げて弾き飛ばすと、そのまま巨人の顔面へと跳躍しその勢いのままに体当りした。シールドバッシュ。巻き起こった衝撃に、巨人の咥内に集められた光が霧散する。
「トドメェッ!!」
真亜子は踏み込んでツヴァイハンダーの切っ先を繰り出し、真っ赤に染まっている大目玉を深々と突き刺すと、手首を捻って刃を回しながら掻きまわした。さらにダメ押しで英斗が刃盾を叩き込む。おそらく、仕留めた。
「――この距離なら、どうだ?」
急降下してきたルビィはアウルを極限まで集中させつつ、巨人の頭頂部へ降り立ちながら逆手に持ったツヴァイハンダーを突き降ろした。同時、その切っ先から黒光の衝撃波が噴出し『巨人』の頭部内で荒れ狂う。
「ふん!」
さらに態勢を立て直したファーフナーが巨人の後頭部へと飛来して黒の魔槍を一閃して大目玉を貫いた。穂先が捻られながら抜かれ血飛沫が舞う。
残る目玉は左肩、右肩、左手のひら、右手のひらの四つ。
うつ伏せの巨人はそれでも腕を振り回し繊維を放って抗ったが、茜が右腕と繊維をかわしながら右手の目玉を斬り刻み、左手も透次が繊維を打ち砕きユウが腕をかわして肉薄し銃弾を叩き込んで粉砕し、右肩は仁刀、真亜子、英斗が破壊し、残った左肩もルビィ、ファーフナー、氷雅が刺し抜いて仕留め、目玉の殲滅を完了させた。
すべての目玉を潰すと『巨人』はその動きを止め、再生する事もなくなったのだった。
●
戦後、負傷の重いルビィ、仁刀は茜からヒールを受け、真亜子もまた治療を受けていた。
「会長、あなたはボクらの神輿なんだから少しは自重しな」
桃色の髪の童女は癒しの光を受けながら、目を眇めつつ黒髪の女を睨みあげた。
「死に急ぐ奴は護衛しようないからさ」
「有難う……御免なさい。見捨てないでいただけると嬉しいです」
会長は光る手を患部へと翳しつつ真亜子へと微笑した。
暖かい光を受けつつ真亜子は上目遣いに睨む、
「それ……結局、思うようにやるって事だよね?」
「えぇと、その――……あら? 咲村さんも何処かお怪我されてました?」
真亜子と茜が話していると黒髪碧眼の男がやってきた。
「いや、無傷だ」
氷雅は首を振った。
「そうですか」
真亜子の手当が完了すると、少しの沈黙の後、男は切り出した。
「二年以上経って今更言うのもなんだが……副会長の事は済まなかった」
茜は微笑を消した。
「全てが俺のせい、なんておこがましい事を言うつもりはないが……それでも原因の一端はある」
氷雅は頭を下げた。
「…………ご自分をお責めにならないでください」
会長は眉根に皺を寄せて目を閉じ、氷雅へと言った。
「皆、一生懸命に頑張って、やるだけやって、その上でもそうなってしまった事ならば、それは仕方がないのです。勝敗は兵家の常です。ですから、私は貴方を許します」
黒髪の娘は瞳を開くとにこっと微笑した。
「もしも、実は適当に戦ってたとかやる気なかったのに戦場に出てた等とかいう輩ならば末代地獄の底までお怨み申し上げますが、咲村さんはそうではないでしょう? 一生懸命に頑張って、やるだけやって……その上でもそうなってしまった事ならば、それは仕方がない事です。ですから、ご自身を責めないでください。私は貴方を許します、例え他の誰がなんと言っても、私は咲村さんを許します」
「……そうか……」
氷雅は一度目を閉じて呟いた。
少しの間の後に目を開くと、
「それはそれとして、今回、一人で先行したのは一体、何を考えていたんだ?」
「……あらっ?」
風向きが変わった事を察した黒髪娘は笑顔のまま固まった。
「立場、護衛の意味、単独行動の危険性、過去に怪我をした原因など、自重すべき理由は山ほどあるだろう。せめて一人だけでもいいから連れていけ」
「え、えーとですね、それは、一応、真亜子さんも聞いて欲しいのですが、私は死にたい訳ではありません。私なりにリスクリターンと成功率の見立てを立てていけると踏んだからで――」
「見立て? 未知の敵だぞ。それを驕りと言わずなんと言うんだ? もしもその見立てが間違ってたら――」
氷雅は思わず説教地獄を開始したのだった。
●
「はぁ、こってり絞られました」
路上、スクーターの付近、工事用ヘルメットを被りながら神楽坂茜。
「の、割りには嬉しそうだな?」
アイドリングするバイクに跨りながら久遠仁刀。
「真っ当なご説教はいただけるうちが華ですね」
「まあ、そうかもな」
うむと頷く仁刀。
「っていうか、そうだ、この前も言いましたけど、リア充さんはこんな時期くらいは仕事先ではなく家や煌く街できゃっきゃうふふしてれば宜しいでしょうに。なんでさらっと護衛に入ってるんですか仁刀さん、なんで囮になって先頭で突っ込んでるんですか。危ないですよ!」
「承知した覚えは無く、手配は書記長の仕事だし、茜には言われたくはない」
「デスヨネー」
あははと乾いた笑いが洩れる黒髪娘である。
そんな事を言い合いつつ茜がスクーターのシートに腰を乗せたところへ、
「なあ会長」
同じくバイクに跨っている小田切ルビィが声をかけた。
「……今回のこれもヨハナ達の仕業かねぇ?」
「そうですねぇ……確かに、こんな変わったディアボロ、あそこの博士の研究物だって言われても不思議はないですね」
会長が視線をディアボロの骸へとやった。
ルビィもそちらへと視線を移す。
「一番最初の吸魂刃は、左腕、右腕、それ以外の三体からなる群体ディアボロでしたし、群体は例の軍団の得意分野でしょう」
骸の隣の路面をドローンのライトが照らし、ライトの中に浮かび上がった小さな黒い影が、じゃりっと音を鳴らして駆け出すのが、一瞬だけルビィの赤眼に映った。
すぐに闇に紛れる。
「あら、猫ちゃん」
茜のそんな声を、ルビィは聞いた。
かくて撃退士達は迅速に『巨人』を倒し、被害を最小限に抑える事に成功した。
現地企業や市民達からの久遠ヶ原学園の評価も上昇し、その後の会合での交渉の方も上手くいったという。
了