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マスター:望月誠司
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2015/06/30


みんなの思い出



オープニング

 雨上がりの空が青く澄んで、空の高い所の位置に浮かぶ白い雲が、西から東へと流れてゆく。
「雲よ、雲よ、白い雲よ、か」
 田岳信勝は空を仰いで呟いた。
 夏が来る。


 一つの大戦が終わった。
 山梨とその周辺を脅かしていた冥魔の軍団は山梨県撃、静岡DOG、そして久遠ヶ原学園の撃退士達からなる連合部隊によって撃破され、その根拠地であったゲートは破壊された。
 かつては夜な夜な飛び交っていた人魂も見なくなり、異形達の姿も山野から消え、一帯は平穏を取り戻している。しばらくの間残存していたゲート跡もまた消滅が確認されたという。
 それを以って六月の某日。
「本日を以って避難令を解除する」
 山梨県撃本部長・田岳信勝より山梨県民へとそのように通達がなされた。
 県民はおよそ二ヶ月強に渡った避難生活より解放された。
 これを受け、比較的人口密度の低い田畑が広がる区画の県民達は都市部に引っ越しての避難生活を送っていたが、次々に我が家へと帰還を開始した。
 人々の顔には喜びの色が見られた。
 今年初頭より起こっていた、山梨における騒乱は終了した。


「慰労、ですか?」
 PCの前でヘッドセットをつけた女が問いかける。神楽坂茜、久遠ヶ原学園の生徒会長である。
 彼女が見つめるディスプレイには白髪が目立つ老人が映っていた。
「はい、学園には大変お世話になりましたからな。山梨県撃としては一席設けようと思いましてな」
 山梨県撃本部長・田岳信勝である。
「まあ、お心遣い有難うございます」
 神楽坂茜は微笑する。
「解りました。それではお言葉に甘えさせていただいて、希望者を募りますね」
 かくて、学園に山梨県での慰労会への誘いの張り紙が出される事になる。


リプレイ本文

 梅雨の合い間の晴れ空、太陽が輝いている。
「――よッ! 爺さん、元気そうで安心したぜ」
 小田切ルビィ(ja0841)と狩野 峰雪(ja0345)は、山梨で農業を営んでいる武田家を訪ねていた。
「これ、土産です。その後どうですか」
 峰雪は酒と菓子折り、パンが入った紙袋を渡す。
「すまんの。御主等、やってくれたようじゃな」
 家守老人は土産を受け取ると礼をし、しみじみと感嘆を滲ませてルビィと峰雪を見た。
「御主等のおかげでこうして無事に戻ってこれたわい。宣言どおり、たいしたもんじゃな」
「いや……」
 ルビィは畑に視線を移した。
 雑草があちこちに生え、前に見た時よりも随分と荒れてしまっている。
「あの時、啖呵切った癖に、爺さん達が家に帰れる様になる迄二ヶ月以上も掛かっちまった……すまねェ」
 夏の収穫は、無理だろう。
 一年通しても影響がでるかもしれない。
(もっと俺に力があれば……)
 青年は拳を強く握った。
 が、
「なに、このくらいならまたすぐ使えるようになるわい! もっとかかると、思っておったからな。十分じゃ、感謝しておるよ」
 老人はカカッと笑った。
「それは良かった」
 微笑して峰雪。見た所、避難生活も比較的短期間であったおかげか、家守の健康状態も問題なさそうである。
「何かお手伝いできることはありますか?」
 峰雪は申し出た。
 避難で被害を受けた家族は他にも沢山居るのだろうが、武田家の皆と出会ったのは縁の一つだと思ったからだ。
「そうじゃな、折角じゃし上がって呑んでゆけ。祝い酒じゃ!」
「え?」
「おーい、嘉世子さん!」
「はいはい、なんですか! あらっ」
「何かつまめるものはあったかな」
「あっ、おにーちゃん達、ひっさしぶりー!」
 玄関にパタパタと婦人や元気そうな華が現れて二人に声をかけてくる。
 それに応えつつ、峰雪はルビィと共に家守との酒盛りに付き合う事になるのだった。


 寺。
 竹林を抜け、天野 天魔(jb5560)は墓地へと入った。
 黒い墓石の前には花とケーキが供えられていた。ヴォルクや茂木姉妹達が眠る茂木家の墓だ。
 堕天使の男もまた花束を供え、線香を焚いた。
「最期に笑ったそうだな、夏樹、いや月菜」
 童女が人だった頃の名で呼びかける。
「犯した罪の大きさから考えれば、満足して逝けたのは幸いか」
 風が吹いた。
「だが、夏樹にならなければ罪を犯す事はなかった。俺は三人の死も、夏樹が犯した罪も防げた」
 周囲の林が風に揺れ、梢の葉擦れが波のように音を立ててゆく。
「嫌な話だ」
 天野は淡々と呟く。
「長生きすると、あの時ああすればよかった、といった類の悔いばかりが増えていく」
 白煙が立ち昇る中、黒い墓石をじっと見据える。
 墓場の土と線香の煙が混じった、独特の香りがした。
「だが生きていればいつか悔いを晴らせる――」
 呟き、瞳を閉じる。
「――なら先のない死者に満足を与え、先のある生者に悔いを与えた此度の劇の終幕は正しいのだろう」
 死した者達の冥福を、男は祈った。
 

 しっかりと両手で挟み込み、腰を使って持ち上げる。
「オラー! バイト君! 急ぐぞーッ!!」
 冷蔵庫を抱えた久遠 仁刀(ja2464)は「了解」と答え、狭い階段を登ってゆく。
 アパートの室内に入り込み、指定された位置に傷をつけないように慎重に設置する。
「どいたどいた!」
 タンスを抱えた褐色の女が入ってきて、仁刀は退き、女は手馴れた様で設置した。
「よし、ここはこれまでだ。お客様には私から挨拶しとくからバイト君は先にトラックに戻ってて!」
「わかった」
 運送屋の制服に身を包んでいる仁刀は頷くと、帽子をかぶり直しつつ助手席に戻る。
 朝からずっとこんな調子だ。
『――手が足りないところはないか?』
 県撃本部に赴き窓口で尋ねた所、引越し業者を紹介され現在に至っている。
「よぉーし、次いくぞ次ー!」
 女が駆け足で戻ってきて運転席に飛び込みトラックを出発させる。
「……なぁ社員さん、こんなに急がなきゃならないものなのか?」
「ああ、ならない。一分一秒も無駄にはできない」
「重労働だな」
「だが、給料はいいぜ! いやー、相方が寝込んじまってさ、君が来てくれて助かったよ! さっすが撃退士!」
 あっはっは、と片手で仁刀の肩を叩きつつ社員。
 そりゃあ連日これだけ忙しければそうもなるだろう、と仁刀は思った。
「どう? 君、うちの正社員にならない?」
「悪いが遠慮する」
 後で茜に運送業界への人員派遣について提案してみるべきか、と仁刀は思案するのだった。


「……ふむ」
 下妻笹緒(ja0544)は白黒の手でパキンと器用に割り箸を割った。
 中央市の料理店内の席、卓上に置かれた器を見据える。
 器には焼き蕎麦の麺の上に赤いミートソースがのっていた。青春のトマト焼そば、笹緒一押しのご当地料理である。
 パンダ的顎を動かし、ほくほくの麺をソースと搦めて口元に運ぶ。
(……これは!)
 完熟トマトの旨味と、ブランド豚の肉汁の旨みが混ざり合い、笹緒の舌上で旨みの協奏曲を奏であげている。
「……美味い」
 むぅぅぅうんとパンダは唸った。
(やはり山梨の食の魅力はこの辺りのグルメにあるな)
 舌鼓を打ちつつ完食した笹緒は店を出ると、次の店へと向かう。
 多様なる食感がクセになる至高の鳥モツ、甲府鳥もつ煮。
 コシの強さが勝利を導く、吉田うどん。
 そして母の味に涙せずにはいられない、大月おつけだんご。
 狙った獲物を制覇せんと笹緒は甲州の街をバイクで風の如くに駆け抜けるのであった。


「大戦処理の次は、慰労の引率なんて、気の休まる時が無いじゃないですか」
 生徒会室。
 呆れた顔をしているのは黒井 明斗(jb0525)だ。
「いえ、この引率は私にとっても嬉しい事なのですよ。皆さんに喜んでいただくのが嬉しいので」
 にこっと笑ったのは神楽坂茜だ。
「はぁ、そういうものですか」
 黒縁の眼鏡をかけ直しつつ明斗。ただ、引率組の皆が皆、そうではないだろう、とは思う。
 かくて一つの考えが浮かんだ少年は、一足先に山梨へと飛んだのだった。


 やがて天の陽が西空に傾いて夕方。
 転移室前にぽつぽつと人が集まってきている。
「この度はお疲れ様でした」
 只野黒子(ja0049)は見知った面子に挨拶している。
「あ、黒子さんもお疲れ様。今回もよろしくね」
 と微笑してナナシ(jb3008)。
 それぞれ挨拶を交わしつつ、やがて後発組みの全員が揃い「それでは出発ですー」と引率旗を持った会長の声かけで一同はぞろぞろと移動を開始する。
「……茜殿、楽しそうだな」
 鬼無里 鴉鳥(ja7179)は茜の隣を歩きつつ目を眇めている。
 そんな調子で雑談しつつ学園生達は蒼輝輪を潜って山梨へと飛んだ。
 案内に従って県内を移動し、やがて川が流れる山里の温泉街へと辿り着く。
 木造の赴きある旅館にて先発組と頼虎と合流。
 諸々の挨拶をかわし、一行は男女別に部屋に入った。
 荷物を置き、浴衣に着替える。
「木嶋さん奇麗に着こなすね」
 浴衣に袖通し帯を巻きつつほへーと関心したように風見鶏 千鳥(jb0775)。
「ふふ、着付は得意なんです」
 浴衣をしゃんと着こなして木嶋香里(jb7748)は微笑する。
 着替えを終えて少し休憩して後、一行は入浴セットを手に温泉へと向かった。
 脱衣場で服を脱ぎタオルを巻くなどして入浴準備を整えると浴場へと入る。
 露天風呂の間取りは広く、石造りで、所々に緑の庭木が植えられていた。壁のない木製の屋根がある部分もあり、木の柵で男女別に隔てられている。
 少し高い位置にある露天風呂からは、流れる川と緑成す山が見え、真っ赤に燃える夕陽が落ちゆこうとしているのが見えていた。
「切り傷にいいんだ。ちょうどよかったかも」
 エルム(ja6475)は桶で湯を掬うと手先から肩に向かってかけた。
 少し濁った熱い湯が肌の表面を伝ってながれ、日中の汗を落とし身体を温めてゆく。
「茜さん、折角ですし、お背中流しましょうか?」
 同じくかけ湯している茜にファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)が笑顔を向ける。
「有難うございます。でも、その…………変な事、しませんよね?」
 湯に濡れたタオルを巻いた胸元を抑えつつ身を退く会長。
 過去の記憶が甦ったようだ。
「しませんよー、普通に洗うだけですって」
「……」
「そ、そんな目で見られるなんてっ。酷いっ」
 さめざめとティナは泣くふりをしてみる。
「あぁっ、な、泣かないでティナさんっ! ご、御免なさい。解りました。お願いします!」
「はい♪ それじゃこちら座って前をお向きになってくださいね♪」
 ティナは笑顔を向けると手に石鹸をつけて泡立て、茜のタオルをほどき現れた白肌に手を這わせてゆく。
「……あの、なにゆえ素手なのでしょう……?」
「温泉ですと成分が強いので、タオルでこするより手で直接の方が肌に良いんですよ」
「あぁ、なるほど、そういえば聞いた事が――」
 ティナはそんな会話をかわしつつ茜の背を撫で、するっと前の方に手を滑り込ませた。
「ひうっ! そ、そこ背中じゃないですよっ?!」
「普通に洗ってるだけですからっ♪」
 思わず逃げんとした茜をティナは背後からがしっと抱きしめるようにしてホールド、指先を踊らせその柔らかい全身を丹念に蹂躪してゆく。
「……周囲には胸の大きい人ばかり……不公平です」
 雫(ja1894)は湯着姿で湯を浴びつつ、キャーキャーと声をあげてジタバタしてる連中の揺れる肢体をちらと盗み見する。
(神楽坂さんは意外に大きいですよね……)
 元々割りと大きかったが、最近また一回り成長しているような気がする。
(学園に来て数年、私の胸は大きくならないのに)
 無表情ながら込み上げて来るものが雫の顔に宿ってゆく。
(スキルで無いかな……相手の胸を吸収する物は)
 と、そんなちょっぴり物騒な考えに思考が及んだその時である。
「ふっ、ほんとよねぇ……」
 艶っぽい女の声が響いた。
 雫がはっと隣を見やれば、風呂椅子に座った銀髪の女が、真っ赤な夕焼けを、魂が抜けたような表情で眺めていた。
「……雨宮、さん?」
 カラスがカァと鳴き、赤い陽が顔に差す。
「どうして世の中、こんなに不公平なのかしらねぇ……」
 黄昏に染まった雨宮アカリ(ja4010)は、呟きつつ視線をゆっくりと下へと移す。
 視線は、遮られなかった。すらりと見通し良好。機動力S。スタイリッシュ・スマート党である。
(くっ)
 アカリは唇を噛んだ。
「先の大戦の時も……大局は勝利を収めたのかもしれない……でも、私は完全に負けたわぁ」
「大戦の時というとあの――」
「ええ」
 アカリは対峙したヨハナに圧倒的ものを感じていた。あの分厚い装甲に立ち向かった時の事を思い出す。
(私は……認めなければならないわね"胸囲"の戦闘力差を)
 そう、打ちのめされる。
「彼女の"存在"は大きかった。だからと言ってマウスのように大きすぎず、走・攻・守のバランスも黄金比。それゆえの全体の無駄の無さは美しいとさえ思えるわね……虚構を廃した機能美は、そのまま造形美でもあるんだわ」
(鼠が……大きい?)
 ちょっとアカリが何言ってるかよく解らない。雫は小首を傾げる。だが歴史を紐解くと鼠《マウス》は大きく、巨人《ゴリアテ》は小さかったりするのである。
「おまけに頭まで良いんだから反則よね……」
「まぁ……大きい人はアレとか迷信ですし……」
「ぐやじいでずッ」
 アカリがおいおいと顔を覆い、雫は無表情の中に沈痛さを滲ませて「気持ちは解ります」と頭を撫で慰める。
(温泉は非情だわ……)
 その様を見やっていた陽波 飛鳥(ja3599)は、はらりと涙した。
「何を食べれば胸は成長するのかしら……」
 赤毛の娘は泡に包まれている己の肢体と重装甲組とをちらと見比べてぽつりと呟く。こちらも絶賛スマー党。
 そんな時、
「茜さんも恥かしがり屋さんですねー」
 会長に逃げられたティナが揺れる豊な双丘をタオルで隠しつつ、ふぅと嘆息して近くにやってきた。
 重戦車筆頭のその堂々たる威風に飛鳥は戦慄を覚える。
「……ファティナさんて何を食べてたの?」
「はい?」
 そんなこんなを話しつつ、飛鳥もティナに背を流して貰う事になった。手がすべすべしていてなかなか気持ちが良い。
「飛鳥さんも綺麗な髪ですよね。ポニーテールにしてみて良いです?」
「えっ? あ、有難う。うん、良いわよ」
「それじゃお言葉に甘えて」
 と、ティナはふんふんと鼻歌をうたいつつ飛鳥の緋のような髪の毛を解き、また結い上げてゆく。
 やがてポニテ姿の飛鳥が完成する。
「やっぱり良くお似合いですね。可愛い♪」
「そ、そう?」
 ティナは満足を覚えて頷く。
 次いでティナは天風 静流(ja0373)の背も流す事になったのだが――
「……何か言い残す事は?」
「静流さんのは、一度は、揉んで、みたかったのです」
 ティナは悔いを残さないようにぐにんぐにんと静流の何気に結構大きい胸へと指を這わせて揉みしだく。至高の柔らかさと弾力である。
 次の瞬間、
「きゃーっ! 痛いっ! 痛いっ! 痛いですー!」
 静流の右手ががっちりとティナの顔を掴みギリギリと締めあげていた。アイアンクローだ。
「痛くしてるからね」
 本気でやるとあれなので、実際は手加減しているのだが、ここらで少し灸を据えよう、と思う静流である。
 そんな訳で、
「ひぅ〜……」
 解放された時、ティナはふらふらであった。
「随分絞られちゃいましたね、ティナさん」
 気遣うように微苦笑する茜の手がティナの額にあてられ、暖かい光と共に痛みがすっとひいてゆく。
「もうっ、茜さん、折角チャンスでしたのにっ」
 ティナは頬を膨らませる。
 というのも、先程茜を揉みしだいている最中『普段弄られてる分、一矢報いてみませんか?』と一緒に静流に仕掛ける事をもちかけていたのだ。
 だが、断られていたのである。
「そうなんですけども……でも私、静流さんからは弄られてもそういうのは、された事ないんですよね」
 と答えた茜は何故か、ティナの背後に回り、密着して腕をまわしてきた。
「……えっ、あ、茜、さん?」
 身動きが、とれない。
 がっちりホールドされている。
「ですので、むしろやるのなら――本日も凄い愛でてくださいましたし? 茜より愛を込めて、隅々まで優しく洗って差し上げますねティナさんっ♪」
「 」
 かくて茜の手によりティナへの蹂躪が開始され、また一つ浴場に悲鳴が響き渡ったのだった。


「……静かになったか」
 女湯の方から響いていたキャーキャーとした声が静まって、リョウ(ja0563)はやれやれと呟きつつ岩の浴槽に浸かる。
「あっちは相変わらずだな」
 はぁ、と湯に浸かりつつ仁刀。
「ま、会長達が呑気にやってるって事は、山梨は平和になったって事だな」
 苦笑してルビィ。
 それに峰雪が頷く。
「まだ全部は落ち着いてはないけど、静岡みたいに大規模な被害は出ていないようだったしね」
「この調子で各地を平和にしていきたいものです」
 鳳 静矢(ja3856)が述べ「そうですね」と龍崎海(ja0565)が頷く。
「なかなか、来た見た勝った、といかないのが辛い所だが……」
 リョウは戦いの日々を思い出しつつ、肩を擦りつつ首を回す。
 湯の熱さが心地よい。
「こんな時間を持てるのは有り難いものだな」
 夕陽が山川を照らしながら西の空に浮いている。
 紅の光に目を眇めつつ、ふぅとリョウは息を吐く。
(こうして平和な時間がもてた事だけは違えようのない事実だ……否定してばかりではこの時間をくれた人の想いを無視する事にもなる。この先も戦いは続くし、今を生きても罰は当たらないだろうさ)
 そう、男は思ったのだった。
 他方、
「日本に来てよかった事のひとつは、温泉よね」
 女湯の方でもエルムが湯の中から夕陽を見つめて目を眇めていた。
「日々の疲れがとれますよね」
 香里が微笑して湯の中に起伏豊な長身を沈め手足を伸ばす。
「ですね」
 黒子も常よりリラックスした様子で頭に塗れタオルを乗せて湯に浸かっている。
「うん、景色も綺麗だし、生き返る心地がするわ……」
 エルムはしみじみと呟く。
(……その内、一緒に千本素振りが出来ると良いな)
 飛鳥は世界を紅に染めている夕陽に、いつかの茜との話を思い出し、そんな事を思う。
「あ、そういえば神楽坂さん、ここってサウナとかってあるのかしら」
 湯に浸かりつつ飛鳥は茜に問いかける。
「この旅館には確か……無かった記憶です」
「そうなの残念……ダイエットにも良いから、あったら一緒に入ってみたかったんだけど」
「旅先でまで体重計を気にする事はないだろうに」
「だ、駄目よ静流さん。その油断が命取りなんだわ」
 と、そんな話を咲かせてゆくのだった。


「んぐ、んぐ、んぐっ」
 風呂上り、再び浴衣に着替えた雫、海、香里はそれぞれフルーツ牛乳と珈琲牛乳の瓶に口つけて、それぞれのペースで飲んでいた。
 火照り渇いた身体に、甘く冷えた水分が染み渡ってゆく。
 雫はぷはっと一息つくと、次いでマッサージチェアに身を沈めスイッチをオンした。心地よい振動が全身を包みこんでゆく。
「はう〜、体のコリが取れていきます〜」
 しばしまったりしていたが、そのうちにリョウから軽く卓球大会でも開いてみないか、との発案がなされた。
 雫は夕食後に行おうかと思っていたのだが、折角なので参加する事にする。
「神楽坂さんも、食前の軽い運動に一戦どうですか?」
「負けたら何でもいうことを聞く……とかにすると無駄に暴走しそうな輩もいるし、とりあえず飲み物でも賭けて」
 と、雫とリョウは会長に誘いかける。
「あら、良いですね。是非ご一緒させてください」
 にこっと笑って浴衣姿の茜。
「呉葉ちゃんもどうです?」
「む……それでは少しだけ」
 そんな訳で誘ったり誘われたりで参加希望者が集まり卓球大会が行われた。
「……勝負です」
 低い姿勢で構える浴衣童女雫、飛んで来たピンポン球に対し左手を翳して間を計り、次の刹那、腰の回転を加えざま踏み込みラケットを振り抜いた。
 ズパァン! とスリッパによる踏み込み音が響く中、打ち抜かれた白球は放物線を描きながらネットを越えて飛び、台面に中ると同時、急激に軌道を変化させて加速し稲妻のように奔る。
 ドライヴである。
「?!」
 反射が良い茜は咄嗟にラケットに白球を捉えたが、しかし強烈に回転がかかっている白球はスコーンと明後日の方向に飛んでいった。
『1ー0〜』と審判をしているリョウの声が響く。
「ガ……ガチですね?」
「勝ちます、神楽坂さん」
「ふ……ならこちらも全力でお相手するのが礼儀というもの……参りますよ雫さんっ!」
 なんかスイッチ入ったらしい黒髪の娘は、持ち前の反射神経と勘で雫に対抗を開始する。
 が、卓球はあんまりやった事がなかったらしく、カコカコと激戦の末、雫が勝利を収めた。
「ま、負けたーっ!」
 茜は台――ではなく床に突っ伏すと手で床を叩き悔しがっていた。勝負事には結構負けず嫌いなようだ。
「雫さん、お強いのですね」
「良い試合でした。有難うございます。このまま優勝を狙います」
 乱れた浴衣の襟を直しつつ雫は胸を張る。
「ふふ、お手合わせ有難うございました。私に勝ったんですから、頑張ってくださいよっ」
 そんな一幕を見せつつも皆でラケットを振るい、カコカコカコンと白球の打ち合いがなされてゆく。
 そして決勝、リョウVS雫。
「主催者として少しは意地をみせたい所だな」
 やれやれと苦笑しつつ浴衣姿のリョウは白球を手にラケットを構え、真剣な顔つきの童女を見据える。ちょっとしたガス抜きのつもりだったのだが、まぁこれも一興か。
「――大人の力を見せてやろう」
「見た目で甘くみない事です」
 リョウは白球を室内高く放り投げるとラケットを玄妙に旋回させて手元でさらに変化をつけてサーブし、回転しながら迫る白球に対し雫はラケットを鋭く振るったのだった。


――かくて、決勝戦もまた激戦となったが、気合の差で雫の勝利となった。往年の卓球少女を彷彿とさせる活躍であったという。
 卓球大会を終えた後、
「思ったよりも良い運動になりますね」
 海はパタパタとラケットで扇ぎつつ茜に話しかける。
「ですねー」
 運動後の黒髪娘はへらっと笑って美味そうに瓶牛乳を飲んでいた。
「ところで……プロホロフカ軍団は撃退できたけど、ディアボロによる搾取計画は凍結できたんでしょうかね?」
「――どうでしょう」
 会長は居住まいを正して向き直ってきた。
「コストに見合わない性能だった、と冥魔が判断したなら凍結されたものだと思いたいですが」
「この計画自体は有用ですから、今後も研究していくと思うんですよね」
 海はそのように思っていた。
「冥魔側がやった以上、天使側だって始めない保証はないわけですし……なので、今回使った防衛策をより最適化して、全国・世界規模に配布しておくとかは無理なんでしょうか?」
「そうですね……過干渉だと嫌がられるかもしれませんが、兆候や起こる現象、その対策などマニュアルに纏めて、各地の組織にお送りしておきましょう」
 ご意見有難うございます、と黒髪娘が頭を下げる。
「いえ。どうかよろしくお願いします」
 言って、海もまた軽く会釈したのだった。


「あの――どうしたら、神楽坂会長のように強くなれますか?」
 エルムは意を決して尋ねていた。
「雫さんには負けてしまいましたが……」
「卓球じゃなくて戦闘です」
「す、すいません、そちらでしたか……えぇと」
 エルムが見つめる中、会長はこほんと咳払いすると。
「人が十人いれば十通りの最適があります。ですから、エルムさんはエルムさんの最適をご自身で突き詰めるのが一番――」
 言いつつ、闇色の瞳がじっとエルムを見据えてきた。
「――それを踏まえて、参考までに、という事でしたら……例えば今、この間合いから私が貴女を斬り殺さんとするならば、ゆるりと会話しつつ油断させ、手に持ってる牛乳を顔面に放って目潰しを仕掛けつつ同時に斜め前に踏み込み、ヒヒイロカネから抜刀ざま斬りかからんとします。つまり不意打ち、奇襲ですね。
 その動きの本質、狙いは、極力、己は優位な態勢・位置を占有して力を活かせるようにしつつ、かつ、相手側の力は極力発揮出来ないようにしむけつつ、攻撃を仕掛ける、という事です」
 と会長は身振りする。
「ですから、もしもエルムさんが人ではなく、目で見て無い場合、かつ怯みもしない場合、目潰しを狙うのは意味がない。逆にこちらの隙にさえなります。また己が、液体を上手く相手の目に中てられる技量を持ってない場合も意味が無い。
 ですから、敵を知り己を知る事が大事です。
 己は何が出来るのか。敵には何が効き何ができ何を考えどう動いてくるか。それらを見切って斬れるように斬る。
 つまり、今どうすべきかの最適を見抜く眼力・嗅覚を磨く事が強くなるに必要な事だと思います。基本ですが、基本が大事です」
 会長はそう言った。


 大広間。
 浴衣姿の学園生達が畳みに座って並び、舞台上では、

「今日も勝つぜと飯を食い〜♪
 まだまだゆくさと歌唄い〜♪
 終われば笑って酒呑もう〜♪」

 とビールのジョッキ片手にマイクを握った千鳥がコブシを効かせている。
 青髪の娘は浴衣を諸肌に脱いで、下に着ているTシャツには『どどんぱ』と達筆な筆文字が描かれているのが見えた。昼間のうちに富士急、行ってきたのだろうか。
「山梨で亡くなった人達と、死んだ『あの子』の冥福を祈って弔い酒よ!!」
 ナナシは酒が注がれたコップに口をつけた。量はコップ四分の一程。頑張って飲む。
(に、苦いわ……)
 涙目である。すぐにカァーと頬が火照り全身が熱くなってくる。撃退士にもよく効く物な上にナナシは酒に死ぬ程弱い。
 早速ふらふらしつつも天野や陽波 透次(ja0280)、峰雪、ルビィらと話し夏樹達の墓参りに行ってきた事を告げる。
「――こんな事で償いになるかは判らないけど。自分のためにもケジメが必要だったの」
「……そうか」
 天野は合点がいった。天野が参拝した時、既に墓前に花が供えられていたのは、ナナシが行ったからなのだろう。
「先客は貴女だったのだな」
 天野はそう呟いた。
「……もしかして、天野さんもお墓参り行ったの?」
「ああ、今日の昼間にな」
 とナナシの問いに天野は頷く。
「後はシャリオンとヨハナに遺品を渡し墓の場所を伝えたいのだが……片や音信不通、片や魔界だ。二人には『夏樹』を弔って欲しいのだがな」
「……そうね。もう二度と会う事はない可能性だってあるものね」
「ああ……」
 沈黙。
 今度もぎりぎり活ききった〜♪
 自慢と不満を歌にのせ〜♪
 それを肴に酒を呑もう〜♪
 と、千鳥の歌声が聞こえてくる。
 やや経ってから天野は口を開く。
「だがまぁ、俺達の命は長い」
 世界の全ては劇であると己に言い聞かせる男は言った。
「生きていればいつか共演の機会もまたあるだろう、きっとな」
 峰雪は思う。
(夏樹は……ヴァニタスとして、太く短く満足して生ききったのだろうね)
 脳裏に浮かぶ黒髪の童女。
(犠牲者を思えば、その行動を肯定することはできないし、幸せを願うこともできないけれど……)
 男は胸中で呟きつつグラスに口をつけたのだった。

――寝床のなかで夢を見よう。
――明日もあたしの風が吹く。

 女の声が、そう歌っていた。


「経済への損失は巨額のものがあります。ですが、比較するなら、少なかったといえる範囲でしょう」
 浴衣姿のブロンド黒子は料理をつつきつつ頼虎から山梨県の状況を聞きだしていた。
「おかげさまで致命的なものではありません。また避難で費用はかかりましたが、代わりに人死には抑えられましたからね。先の大戦も勝利してゲート破壊にも成功しましたし」
「……となると、民意は良好なのですかね?」
「はい。こちらが把握している範囲では」
 と県撃署員は頷く。
「復興の見通しは立っているのでしょうか?」
「幸い、探査作戦の成功からこちらが先手を取れました。決戦が行われたのは山岳地帯で、都市部は大規模戦の戦場にはならなかった。ですから、大規模な復興計画が必要なほどの物的人的被害はでていません」
 一連の事件の間に町や村が幾つか潰れたくらいで――との事。
 それをくらい、というのもあれだが、やはり十年以上を戦い都市部で何度も決戦が行われた静岡などと比較すれば、極めて被害は少なく終れた。
(やはり、戦争するなら可能な限り先手を取って攻めろ、と言うのは正しいか)
 黒子は古人の言葉を思い出す。その意は自国を戦場にしてはいけないという事だ。静岡はいまだに瓦礫の山と廃墟が無数に残っている。
「ただ……大規模な避難令が解除された今、都市部から故郷に戻る人達によって、運送が過熱しています」
 一時的なものだろうが、引越し業者等の人手がかなり不足している、との事だった。
「再来襲の可能性についてはどう考えてますか?」
「本部長は『おそらく無い』と言いました。あるとするなら、天冥いずれにせよ、あの軍団とは別の勢力だろう、と」
「ですか。ただ一応、再来襲の早期看破が可能なように準備をしておいた方がよろしいのでは」
「予算が……今回の一連でかなり、圧迫されましたので、費用があまりかからない範囲のものを出来る限りは、とは思うのですが」
「……そうですか」
 黒子は言って、吸い物に口をつける。
 やはり戦争は金か、とそんな事を思うのだった。


「久しぶりです大塔寺さん」
 静矢は執行部の大塔寺源九郎と挨拶をかわしていた。
「これは鳳さん。ご健勝なようで何よりです」
 酒盃片手に料理をつつきつつ先の一連の事変について話す。
「今回、退けはしましたが首魁のカーベイを討てなかった事が気掛かりですね」
 静矢は懸念を瞳に燻らせつつ呟いた。
「魂齎剣、あれは確かに効率が良い……第二・第三の騒動発生が危ぶまれます」
「奇妙な悪魔ですが、技術力は非常に高い。あの魔剣は数はないようですから、カーベイ以外には作れない、とかだと助かるんですが……」
 と源九郎。
「……あの悪魔達は実力以上に、総じて逃げ足が早いのが問題。もし今度があったら……仕留めるを狙えるなら、退路は断つ。個々の隊の戦術だけでなく、全体の大きな布陣からして囲んでゆくべきですかね。平面だけでなく立体的に抑える必要がある」
「次は討ちましょう」
「ええ、必ず」


「どうかお楽しみくださいね♪」
 香里は日中準備しておいた保冷バックより材料を取り出すと、シャカシャカとシェイカーを振り始めた。
「手馴れてらっしゃいますね」
 香里の手元を感心したように見やって茜。
「サロンを開かせていただいているので。はい、どうぞ」
 にこっと笑って香里は琥珀色のノンアルコールカクテルをグラスに注ぎ、茜の手に渡す。
「わあ、奇麗ですね! 有難うございます。これ、なんてお名前のカクテルなんですか?」
「サマー・デライト、夏の喜び、という意味です。すっきりした味わいですよ」
 そこへビールを空にした千鳥がやってきて問いかけた。
「ねぇねぇ、プッシーなんとかって作れる?」
「プッシーキャットでしょうか? それなら作れますよ」
「うん、良く覚えてないけど確かそんなだった。一杯おくれよ!」
「はい」
 香里は微笑するとシェイカーを振るって希望者にカクテルを振舞ってゆく。
「いける……まだいける筈だ」
 昼から夕方まで散々食べ歩いたのだが、笹緒は魚料理や肉料理、吸い物等、出される料理を片っ端から完食していた。この後の自由時間も夜街に繰り出して食べ歩くつもりである。
「パンダ部長、喰い過ぎじゃねェ?」
「古人は腹八分と言ったよね」
 同部のルビィが箸で刺身をつつきつつ呆れ顔で、峰雪がカクテルを手にやんわりと言う。
「なに、体験とは……すなわち知である。満腹の更に先の世界を、今宵、私は視てくるのだ。その知はきっと私に新たなインスピレーションを与えてくれるだろう」
「はぁ」
「ロックだね」
 はたして笹緒の胃袋はもつのだろうか。


 他方、すっかり酔いが回ったナナシは南と茜の前に正座していた。
「南お義母さん、一生幸せにしますから茜さんを私に下さい」
 きりっとした顔で言う。
 南は一瞬目をぱちくりとしてからぶはっと笑うと、
「あかん。あかんでぇナナシちゃん。この娘、もろーても心配ばっかかけよるさかいに胃ーキリキリしたってハゲあがるだけやで−」
「わ、私は……ナナちゃん、貴女、酔っ払ってますねっ?」
 がしっとナナシの手を握って茜が言う。
「わかりました。ナナちゃん、誠心誠意お尽くしいたしますから、私と一緒に駆け落ちしましょう!」
「あんたが何血迷ってんのや」
 ぺしんと南が茜の頭をはたき「痛いっ!」と黒髪娘。
 ナナシは吹き出してあははと笑う。
「もうっ。一瞬、ちょっとそれも良いかもとか思っちゃったじゃないですか」
 涙目で頭を擦りつつ黒髪娘は笑うとそんな事をのたまったのだった。


「京都の戦いが終わった時にもお話しましたよね。二年前の晩秋に」
 静矢は過去を思い出しつつ言った。
「ええ、もうそんなになりますか。あの時は差し出がましい事を申し上げました」
――故人の志を抱いて戦うのはぼかぁ良いと思います。でも、死人に強制される謂れはない。そいつは呪いと言うんだ。
 あの時、源九郎は静矢にそう言った。
「いえ……あの時から色々と考え、更に経験し、悩んだ末に今の私が在ります」
 静矢は賑やかな宴席を見渡しつつ呟いた。
「死んでいった者の想いを真に汲めば……やはり彼らは誰かの枷になる事なんて望まないでしょうね」
「ええ、全人類のことは解りませんが、鬼島さんと旧・親衛隊の連中なら、その通りです」
 青年のその言葉に静矢は杯を置くと、静かに言った。
「……私は私として、彼らの想いを糧にしつつ、今在る仲間と共に戦う……その結果が今回の成果だったのではないかと思っています」
「そうですか…………」
 源九郎もまた宴席を眺めつつ言った。
「死んだ甲斐があったと、鬼島さんなら言ったと思いますよ」


 やがて、宴は終わりの時を迎えた。
 しかし大炊御門 菫(ja0436)は勝ったと、素直に喜ぶ事はついに出来なかった。
 あの時、喰われた隊員が目に浮かぶのだ。
――悔しい。
 己の無能に腹が立つ。
(強くなりたい……彼等が抱いた想いを継ぐしか私に方法は無い)
 覚悟とは。
 率いる事の覚悟とは何なのだろう。
 それを知れれば、己の心は強くなれるのだろうか。
 執行部のメンバーはどう思っているのだろう。
 だから、菫は問いかけた。
 己の覚悟をより強くする為に。
「――人を率いる覚悟、ですか?」
 会長は目を細めた。
 女は微笑すると、
「私を信じると言ってくれた人達がいます。彼等は私の何を信じて心を預けてくれたのでしょう、と考えた事があります。彼等は一体何を信じ、何の為に、生きて死んでゆくのか。だから私は、手段は選ぶ。私は私が思う私として生きて死にます。変化しないという事ではありません。ですが大事なものは翻してはいけない。そう思っています」
 そう言った。
 書記長は、
「そりゃあ、たった一つだ。目的を果たす事だよ。ぼかぁ犬死にってのが嫌いでね。自分が嫌いな事は他人にもやらせるなって言うだろう? だからあらゆる手段を使って目的を達成する」
 と答えた。
 会計長は、
「そんなん無いな。そんなん無くてもやるしかないもんはやるしかないからやるしかない、っちゅーのがまぁ一種の覚悟か? 悩む前に、やる事やる。だってそんなん、散々悩んだって何にもなりゃせーへんし」
 との事だった。
 執行部は全員、考え方がバッラバラである。多分、鬼島も違ったのだろう。
「……強くなる」
 菫はそれらを聞き終え、そう短く呟いた。
 祈りのように。
 誓いのように。
 新たな階梯に至る為に。
 戦いを終わらせる為に。
 強く強く。
「負けない」
 立ち続けるのだ、と。


 やがて食事が終わって自由時間、天羽 伊都(jb2199)は菫と連れ立って歩いている浴衣姿の赤毛の娘を廊下で発見すると、寄って声をかけた。
「大鳥さん!」
「おう、伊都君どないしたん?」
「聞いてください! オレ、レイガー倒してきましたよ! ちょっと再現しますんで見て貰えますか?」
 と伊都は先の大戦時にレイガーを討伐した時の事を身振り手振りで再現する。
「で、皆がこうして、そこでオレがこう――」
 レイガーにトドメを刺した所のシーンで南はパチパチと拍手した。
「伊都君、舞台芸人で喰ってけるな、動きおもろいわ!」
「感想そこですかっ?!」
 がくりと項垂れる伊都である。
 南はくっくと笑うと、
「せやかて報告で知っとるもん。でもまぁ、そうやね、うん――そうやね、たいしたもんやわ」
 南は笑みをおさめると、
「今やから言うけどね、討伐までもってける可能性は低い思うとったんよ。奴等、逃げ足速いし、おまけに目晦ましの剣ももっとったし」
「いやぁそこは、周りの皆が上手くやってくれたので、オレは最後の一撃をちょこっと」
「それも聞いとるわー。オイシイとこ取ったな自分」
 がくっと肩が下がる思いな伊都である。
 南はまた笑うと片目を瞑り、
「ま、それでも伊都君の代わりにいたのがあたしやったら逃がすハメになってた思うけどな。並の剣じゃあの狼の心臓までは断てんわ、流石やね」
「はぁどうも」
 ぽりぽりと側頭部を少年は掻く。
「って、それよりですね、それで、オレは一個分かった事があるんです」
「……分かった事?」
 伊都は南を見据えると、
「――撃退士の本分は抗う事に在り。人々を虐げる輩に存在を示し続ける事でいつかは認識を改めさせる」
 そう言った。
「伊都君はそう見たんやね」
「はい。休みも必要だけど歩みは止められない。早く、一分一秒でも存在を照らし続けないと。この世界の悲劇を早く止めなくちゃ」
「……せやね。その為にも伊都君、今はゆっくり休み」
 赤毛の娘は伊都の肩にポンと手を置くと、
「山の向こうは遠くて、一人じゃいけんからな。また明日からも頑張ろな」
 言って菫と一緒に温泉の方へと歩いて行ったのだった。


 温泉。
「うん? おや……今晩は。月が綺麗な夜だね」
 露天風呂、ひと気のない夜のその場所に、人影が二つあった。
 湯に浸かっていた花見月 レギ(ja9841)は現れた男を見やって声を投げた。
「人の居ない時間を選んだつもりだったが……」
 ファーフナー(jb7826)はちらりと視線を走らせると、
「確かにその体ではな」
「若気の至り、とでも言うのかな。軍属の頃に、ね」
 とレギは苦笑する。貸切でもないと温泉にも浸かれないんだ、と。
「あなたは?」
「……学生旅行はこの歳だとハードルが高くてな……」
「あはは、なるほど」
 湯に浸かりつつ、満天の星と輝く月と山川の陰を眺めながら、とりとめのない会話を交わしてゆく。
 お互い初対面だったが、似た雰囲気――元軍属、そして混ざり者――を感じ、ファーフナーは距離感に心地よさを感じていた。
(綺麗な色の瞳を持った人だ)
 一方、レギはそのように思っていた。
(空より深く……ああ、そうだ、あれは薄氷の色)
 ファーフナーはタオルで顔を一つ拭うと湯の中で石縁に背を預けて月を眺めた。
「……若気の至りは、何故刻んだんだ?」
「そうだね……誰も俺を知らない世界で。例えば自分が死んだら。思考が止まったとき、俺はどこにもいなくなってしまうから。せめて残る身体に刻んでおきたかったんじゃないかな」
 レギは己のそれを一つ撫でて、他人事の様に、月を見ながら苦笑した。
「刻む、か」
 ファーフナーは呟く。
 温泉という場が常よりも彼を饒舌にさせていた。
「……何を刻もうとも体は朽ちるだけだ。生きた証を残したいなら、他者との関わりが不可欠だろう」
 言ってから、らしくないなと、心の何処かで苦く笑う。
 レギはファーフナーを見やり、にこっと笑った。
「あなたは、いいね。瞳がとても綺麗だから、きっとどこかに遺るんだろうね」


「……壁ドン?」
 星と満月が照らす夜の庭先。
 静流は旅館の壁に背を預けつつ視線を下へと向けて、今の状態について問いかけた。
「壁ドンです!」
 真っ赤な顔して茜。両手を伸ばして壁につけ間に静流がいるのだが、
「もうっ、しゃがんでくださいよっ」
 身長差27cm(静流175cm、茜148m)である。真っ直ぐ立っても静流の首元程度の高さに茜の頭の天辺が来る訳で、まったく圧迫感がない。ぽんと頭に手を置きたくなる。
「では、そうしてみよう」
 と静流は身を沈めてみる。
 目の前に茜の顔のドアップが来た。
「さらに赤くなってるが、無理しない方が良いんじゃないかね」
「い、言った事はやるのです!」
 こんな状況になっているのは先日、静流が会長に壁ドンしたらどうなるか云々述べたら「やられたら逆にやり返してやるのですよ!」と会長がのたまったので、ならばと実際に敢行してみた所な訳である。
 静流はさらに下の位置にまで蹲んで至近距離でじーっと茜を見上げてみる。
「……」
 顔を赤くしてる娘を間近で見つめつつ、
(この角度から見るのはなかなか新鮮だな)
 などと静流は思ったのだった。


(……これは、激写すべきか?)
 取材にと会長を探していたルビィは静流と茜の『壁ドン』現場を目撃し、カメラを手に思案する。
「は、どなたですっ?」
 気配に気付いたか、がばりと娘が振り向く。
「よお」
「ぎゃあ、小田切さんっ?!」
「すんごい悲鳴でてンぞ」
 ルビィは苦笑する。首から下げたカメラを軽くこんと指先で叩き。
「大丈夫、撮ってねーから。お邪魔だったかね」
「吃驚させないでくださいよ、もう」
「取材かい?」
 静流が立ち上がりつつルビィに問いかける。
「そんなトコだぜ」
 大動員令発動の決断は、相当な重責であった事だろう、とルビィは思う。
「会長、先の大戦、お疲れ様」
「……有難うございます。小田切さんも、お疲れ様です」
 浴衣の襟を正し微笑して茜。
 それから会長モードに入った茜と数点質問を挟んで会話し、ルビィは最後にパシャッと不意打ちでシャッターを切った。
「きゃっ! と、撮るなら撮るっていってくださいよっ」
 顔を赤くして茜。
「わりーわりー。いや、会長サンは天然娘のままで居る方がホッとするぜ」
 ニヤリとルビィは笑ったのだった。


 例え眺め愛でるを基本としても。
 積極的に交流を深めようとする者達には羨望を覚える。
(……或いは、この情は嫉妬か)
 鴉鳥は月光に陰を生んでいる山川を眺め胸中で呟いた。
「呉葉ちゃん?」
 声に振り向くと茜がこちらを見つめていた。
「あぁいや、なんでもない」
 再び歩き出す。
 鴉鳥は茜を誘って夜の林道へと散歩に出ていた。
 群青の闇の中、川が流れる音が響いている。
 皆と語らい笑顔を見せるその姿に、見ていて自分も微笑ましく思える。
 ただ、それでも。
 一つだけ叶うなら。
 茜の時間を少し、自分にだけに欲しかったのだ。
 特別な事は要らない。ただ側にいてくれるだけで良かった。
 友に隣にいて欲しいと思う事に理由などなかった。
「……のんびり歩くのも、良いものですね」
 月光に照らされる中、茜がぽつりと呟いた。
 鴉鳥は頷いた。
 孤高とは、翻してただただ不器用で。


「お一つ、如何ですか?」
 明斗は富士の湧き水を沸かして南部茶を淹れ、ぶどうとすももの皮を剥いていた。日中に山梨県を駆け回って集めた特産物である。
「あら、気ぃ効くやん」
「……有難うございます」
 湯上りの南と散歩から帰ってきた茜がそれぞれ礼を言って茶を飲み、果物を楊枝で口に運ぶ。
 消灯前の部屋はガヤガヤと騒がしいが、逆に会長達はリラックスしてるようだった。
 その様に明斗は満足を覚えた。裏方で色々な面倒ごとを片付けている会長達に感謝していたのである。
「黒井さん、とってもおいしゅうございました」
 ぺこりと礼して会長。
「お口にあったなら何よりです」
 明斗は微笑して答える。
 やがて就寝時間となり、学園生達は男女別の部屋で布団を敷く。
「争いを少しでも早く収束出来る様にしたいですね」
「ですね……」
「天界も冥魔界もいい加減、諦めてくれれば良いんだけど」
 スキンケア後、布団の中で香里は茜やナナシと言葉をかわした。
 やがて、完全に消灯となる。
「茜、お休み」
 月明かりが照らす闇の中、ナナシは隣の茜の手を握って声をかけた。
「はい、お休みなさい。ナナちゃん」
 茜は微笑して一度軽くぎゅっと手を握り返すと、瞳を閉じた。
 それを見て、ナナシもまた瞳を閉じたのだった。


 陽波透次は部屋を抜け出し、岩に腰を降ろして、夜の黒い川を眺めていた。
(夏樹……)
 彼女が貫いた信念は、相容れる事は出来ない。
(けど……一人の敵として絶対忘れない)
 本当は、光差す世界で笑っていて欲しかった。
 だが、そう望むのはきっと身勝手で、
(聖槍を握り倒すと執着した身であるなら……)
 だから、想いは燃やして灰に掻き消す。
 痛い。
 胸が痛い。
 苦しい。
「静岡で誓った……」
 呻くように呟く。
「もう振り向かない」
 リカならきっと、振り向かない。
 透次はそう思う。
 猛火となって決めた道を突き進む。
 己もそう、在りたかった。
 強く。
「――風邪引くわよ」
 不意に、声が響いた。
 振り向くと、お茶のボトルがぬっと眼前に現れた。
 視線を移すと飛鳥が買い物袋を手に立っていた。
 目の前で催促するように揺れるボトルを受け取る。
 ホットだった。
「……有難う」
 一つ口つけ、息を吐く。
 飛鳥は答えず、そっと透次の隣に腰掛けた。自分もまたボトルの詮を開ける。
 飛鳥はまた透次が静岡の時のように無理をしていないか心配だった。
「……姉さん、今日は楽しかった?」
 瞬間。
 ごふっと茶を噴出しかけて飛鳥は固まった。
 思い出したのだ。
「きょ、胸囲の脅威の格差が……」
 あの光景。
 揺れる白い丘陵達。比する自らのなだらかさ。
 ボトルを握る手がふるふると震える。
「だ……大丈夫、胸は大きさじゃない、姉さん、大丈夫、落ち着いて」
「えーいっ! 要らん事思い出させるなっ! 八つ当たりするわよっ!!」
 涙目の飛鳥は拳をふるってポカポカと透次の肩を叩きまくる。
「するわよって、もうしてるじゃないか! わーっ、ごめん!!」
 そんなこんなをやりつつ星空を眺め、お茶を空にする。
「今日、ゆっくり休んだら……明日からまた頑張ろう」
「そうね……」
 立ち上がり、旅館への帰路につく。
 飛鳥は前をゆく弟の背をみつめた。
 透次は泣き言はいわなかった。
 己に心配をかけさせないように、しているのだろう。
 けれども、飛鳥の目には透次は辛そうに見えていた。
 けれど彼は何も言わなかったから、何も聞かないと決めた。
 ただ、傍にいる、と。


 朝。
 身支度を整え帰路につく。
「茜」
 仁刀は山梨の今の運送加熱状況を説明し、学園で解決を手伝えはしないだろうかと問いかけた。
 会長はしばし思案すると、
「そうですね……あまり大規模に介入すると利権で衝突しますから、各企業に短期アルバイトの求人を学園に出す事を勧めてみましょう。そういう形なら問題ない筈です」
「頼んだ」
「はい。ご意見有難うございます」
 茜はにこっと笑って礼すると早速携帯を取り出して「もしもし――」と学園へと連絡をする。
「――とりあえず、なんとかなりそうです。学園に戻ったら本格的に手配に入りますね」
「わかった」
 仁刀は頷く。
 かくて休息は終わり、学園生達は撃退士としての日常へと帰還してゆく。
 また、忙しい日々がやってくるのだろう。
 空には太陽が輝いている。



 了


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:26人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
金焔刀士・
陽波 飛鳥(ja3599)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
魂繋ぎし獅子公の娘・
雨宮アカリ(ja4010)

大学部1年263組 女 インフィルトレイター
穿剣・
エルム(ja6475)

卒業 女 阿修羅
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
偽りの祈りを暴いて・
花見月 レギ(ja9841)

大学部8年103組 男 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
風見鶏 千鳥(jb0775)

大学部5年220組 女 陰陽師
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
能力者・
天野 天魔(jb5560)

卒業 男 バハムートテイマー
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA