吼えるように輝く黄金の月だ。
巨大な月が鋭く光を放っている。夜風は山間を吹き荒び、梢が葉擦れの音を立てて揺れている。
だがそれよりも轟くは爆音、鉄と火の伴奏。殺意の旋律は血と暴威を謡い、天魔人と異形達とが紅蓮の協奏曲を奏で上げている。
生と死が踊る、ここは闇の中の主戦場、運命の境界線。
「暗殺の一瞬のみ姿を見せるか……仕事人だな」
暗闇でも見通せるゴーグルをつけた赤毛の青年――久遠 仁刀(
ja2464)は闇に向かって声を投げた。月光に照らされる紺碧の闇が張り詰めている。
(この前とやる気が随分違うが……この方が分かりやすいと割り切るまでだ)
久遠仁刀は足を引いて身を半身に、大振りな刃部を持つ大薙刀を中段晴眼に構えると、闘志を高め攻防の力を練り上げてゆく。
「消える能力? ……あー、何かの報告書で読みましたね」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は眉を顰めつつも、手に文明の利器を取り出した。
「確か……シャリオン=メタフラスト。彼の親戚か何かですかね、このおSAMURAIさんは」
少年はスマートフォンのカメラをBaKuMaTu野郎が姿を消した辺りへと向ける。
夜の山林内だ。月光は眩いが、しかしカメラを用いるにはなかなか困難な状況である。だがそれを除外してもカメラはあのドハデな格好の男の姿を捉えてはいなかった。
機械を通しても見えないようだ――いや、そもそもカメラが捉えている範囲内に敵はいるのだろうか?
少年はスマホのカメラを通して周囲を薙ぐように探査する。
だが、やはり見えない。
その間にも小田切ルビィ(
ja0841)は、混沌の光を身に纏って西園寺の傍らにつき、虚空へと向かって声を投げていた。
「……四獄鬼直々のお出ましかよ。この間は『拙者、働きたくないでゴザル』とか言ってなかったかー?」
すると、
『おろ? よく見たらいつぞやの御仁達にゴザルか。ハハハ、申し訳ない』
飄々としたアルトの声が返ってくる。瞬間、エイルズは素早くスマホをしまい、声が聞こえた方向――南へと猛然と駆け出していた。
シャリオンと同種の能力ならば、情報が確かならば、距離が詰まれば見えるようになる筈である。
『しかし、明日は明日の風にゴザル、とも申し上げた筈。風向きが変わりモーシテなぁ』
だが――見えなかった。
声はすれども姿は、見えず。声がする地点に、気配がない。
(何処にいる……?)
声が響くあたりで足を止め、少年は湧き上がってくる苛立ちを抑えつつ周囲を見回す。
(消える能力はレコーダーの蜃気楼のようなものか……?)
その能力に時間制限などの制約はあるのだろうか、とファーフナー(
jb7826)は思考と共に目を凝らす。
「夜討ちとは、夜盗まがいのSaMuRaIだな。ヨハナに唆されたか?」
西園寺を狙うということは、DOGに大敗したヨハナの差し金なのだろうか?
時を稼ぐ為、またその位置を特定する為、ファーフナーは言葉を重ねてゆく。
「どんな条件を飲んだ? 美味しい話は疑ってかかれ。女に誑かされ己の信条を曲げるか。働きたくないならば、いっそはぐれてしまうのもいいんじゃないか?」
姿の見えないHiToKiRiはファーフナーに答える。
『セッシャが人の芸術、その文化を纏うはそれを愛するが故にゴザル、故にそれを破壊する悪魔の仕事はこなしたくない、という訳でしてな』
悠々とした語り。侍のそれは驕りか、自信か、余裕か、それとも案外まだ迷いがあるのか――それは解らなかったが。
『しかし、セッシャ、人の文化は好きにゴザルが悪魔もまた好きにゴザル。故に、こうして人の世の守護者達を斬りにきたのも同輩たる悪魔への愛ゆえに候。ヨハナたんたってのお願いとあらばセッシャ、働かざるをえないでゴザルよ』
ドュフフフフ、と笑ってマーヴェリック。
愛ときた。
ファーフナーは眉間に皺を刻み目を細める。
それも欲望である。悪魔といえば悪魔。
ただ、ファーフナーが思うに、そのしまりのない笑い声からして女の色香にでも惑わされたのではないか、という気がしないでもない。
「……中々に愉快な口調ですが……その声色、自信に満ちてますね」
銀髪の小柄な少女――或瀬院 由真(
ja1687)は小田切と共に西園寺を挟む位置へと寄り、銃を構えた。金色の瞳で周囲を注意深く探ってゆく。
「気をつけて。恐らく、彼は"変人ほど強い"というジンクスに当てはまる人です!」
変人がまったき変人のままに世の中を渡っているという事は、それを埋め合わせるだけの何かがあるという事だ。
『ふっ、愛らしいお嬢さん、変人とはご挨拶にゴザル。伊達にマーヴェリックとは呼ばれてゴザラんがな、しかし変人という名の紳士にゴザル』
maverick――孤高、一匹狼そして『異端者』を現す。悪魔として、彼は色んな意味で異端であり、孤高であるのだろう。元々皮肉半分で名付けられたに違いない。
『まぁ流石にあまりのんびりもしていられないので、そろそろ推して参るでゴザルよ?』
飄々とした男の口調の中に静かに、確かな殺意が滲んでゆく。
会話で十秒程度の時は稼げただろうか?
「一つ聞く」
ファーフナーは重ねて言った。
「お前が助太刀し、白鷺寂夜を殺した悪魔の名は?」
『それは守秘義務故にOHANASHIできませぬな――』
侍はそう答えた。
声が完全に消える。
「――直衛が八人で物足りんと言ったな」
獅童 絃也 (
ja0694)は感じた。このふざけた侍は己の勝利を微塵も疑っていないと。
「大した自信だ。ならばその自信を砕かせてもらおうか」
男は身を半身に構えて闇を睨み、闘気を解放してゆく。
気迫が膨れ上がってゆく。
絃也の得物は突き出したその拳、練り上げられた武、八極拳を基礎とした独自の武術。
「気をつけろ。"蛇"みてぇに間合いを自在に変化させたり、剣先を蛇行させ攻撃箇所の切り替えとかやってくるかも知れねえ……」
ルビィが赤眼で闇を睨みながら呟いた。彼は異名の『蛇剣』には意味がある筈、と考えている。
サイディが手に持っていた剣は一見では普通の曲刀に見えた。しかし、そこから蛇腹剣の如くに分裂するかもしれず、あるいは武器ではなく使う技を指してその名を取っているのかもしれない。
(奴の目標は西園寺さん。私達をスルーして直接殺りにくる……?)
その実力はあるハズ、とエルム(
ja6475)は考える。彼女は由真、ルビィ、仁刀、ファーフナー、絃也、陽波 透次(
ja0280)らと共に西園寺を中心に円陣を組み襲撃に備える。
(メタフラストと同じ能力であれば、光の歪曲で姿を消しているだけ……視えないだけでそこに存在はするハズ)
移動する際の足音。
地面に出来る足跡。
周囲の草木の揺れ、殺気――
爆炎の轟きがするこの戦場で、それらを察知することができれば。
銀髪緑瞳の少女は、雪結晶の煌きを纏う剣を下段に構え、円陣を組む仲間達と共に八方へと意識を巡らせてゆく。
足音――しない。
草木――風に揺れている。
音も無く、跡もなく、それは近づいて来た。
「上ッ!」
逼迫した透次の声が響き渡り、エルムは咄嗟に振り返る。
黄金の月を背負って純白の翼を広げ、梵字の描かれた網代笠を被った着物袴姿の男が、月光を浴びる曲刀を手に夜空より落雷の如くに急降下してきていた。
幕末野郎の刀が稲妻の如くに西園寺顕家へと向かって突き出され、上方からの襲撃を唯一警戒していた陽波透次は、それに素早く反応して光輝を纏う刀を繰り出す。
(前は西園寺さん救えず沢山死んだ)
今度は救う。
(絶対に!)
稲妻の一閃と神速の一閃、鍛え上げられた二つの刃が月光を照り返しながら空を裂く。
甲高い音と共に鋼と鋼が宙で激突した。
「……おおっ?!」
火花と共に切っ先が逸らされる。雷光の奇襲を防がれた侍は、驚いたように素っ頓狂な声をあげつつも、流された太刀をすかさず豪速で切り返す――連撃の態勢。
だが、今度はそれが放たれる前に銀髪の少女が間に飛び込んだ。
或瀬院由真、その身を盾とし、装甲板の張られた銃で受けんと翳す――瞬間、侍は振り下ろしの構えから一瞬で薙ぎに切り替えた。
剣先が蛇行するかの如き軌跡を描き、まったくの別方向から高速で襲い掛かってくる。
だが、由真は先にルビィからの予測を聞いていた。
掲げた銃を掻い潜って迫る剣先に対して素早く反応し身を捻る。太刀と肩の装甲とが激突して衝撃と共に火花が巻き起こり、剣先が肩当ての表面を削りながら滑り、逸れてゆく。
負傷率六分、軽い。少女は反撃を捨てて全力で防御に集中していた。
(私にはこれしかできない!)
エルム、敵はカウンター技の名手と聞いているが、それでも果敢に踏み込みざま、宙に浮いている男へと向かって猛然と刺突を繰り出す。
「秘剣、翡翠!」
疾風の如き剣閃が白翼のBaKuMaTu野郎へと突き進む。
同時、絃也が跳躍していた。
練達の動きで軽やかに、武術家は脚を振り上げざま上段回り蹴りの態勢から身を捻り、膝に角度をつけて下段の軌道へと変化させて蹴りを放つ。技巧が凝らされた一撃。
さらにルビィが仲間達の攻撃にタイミングを合わせてツヴァイハンダーを振り上げ、最上段から猛然と斬りかかる。
三方から波状攻撃三連打。
しかし、
「ほっほー!」
空飛ぶ幕末野郎は奇声を発し、身を捻ってエルムの突きをかわし、太刀の刃で絃也の蹴りの変化を見切って払い斬るように叩き落し、ルビィの振り下ろしに対しては翼を一つ打って宙に浮かぶ身を後退させて紙一重でかわした。
人外魔境に速い。
だが隙を狙ってファーフナー、敵の動きを予測しつつ無尽光で形勢された鞭を振う。さらに久遠仁刀が足元よりオーラを爆発させながら踏み込み、疾風の如くに薙刀を振り下ろした。
「ナントオー!」
侍は迫る二連の鞭に対し、身体をくの字に曲げてかわし、次いでは雑技団の逸れの如く超絶にエビ反りしてかわす。
軟体生物のように関節の駆動領域がおかしい。予想外の動き。
だが流石にその態勢からかわし続けられるものではない。仁刀の振り下ろしの薙刀が轟音を巻き上げながら侍に直撃する――が、男は太刀の裏に片手を添えて真っ向から受け止めていた。
金属と金属が轟音と共に絶叫をあげ、凶悪な破壊力が炸裂し、宙のサイディの身体が後方に吹き飛ばされてゆく。
(手応えが軽い……わざと後ろに飛んだ?)
仁刀が睨む中、SaMuRaIはくるりと後方宙返りすると空に向かって上昇はせず、そのまま大地に降り立った。エイルズは分身しつつサイディの背後に回りこまんと駆ける。
「いやはや中々、守りがお堅い。なるほど、なるほど、ヨハナが梃子摺る訳だ」
美青年はへらへらと笑い、刀と共にゆらゆらと身体を揺らす。相対する者の神経を逆撫でするが如き立ち振る舞いである。
「将棋の囲いはご存知ですか?」
由真は冷たく視線を向けるとBaKuMaTu野郎に言い放つ。
「飛車一枚程度で破れると思ったら、大間違いですよ」
「ふむ、セッシャ、将棋は下手でゴザッテな」
笑顔で美青年は答え、だらんと剣を下げ構えを解いた。力が抜け切っていて、まるでやる気を感じさせない立ち方。
「拙者、名は蛇で御座る故、馬の車でなく龍の王である、と嘯かせて頂こう。奇襲は効かぬ、将棋の囲いの崩し方は知らぬ、ならば貴公らのそれ、真っ向から斬り崩すのみ」
会話の最中、地を駆けているエイルズレトラ、少年は素早く回り込みつつその手にアウルで無数のカードを出現させた。駆けつつ両手を閃かせて一斉に撃ち放つ。
群れを成すカードが嵐の如くにサイディへと襲い掛かり、瞬間、三連の光が瞬いた。
三枚のカードが爆ぜて散る。だが、残りがそのまま突き進んで、何時の間にか剣を振り抜いた態勢になっている青年の身に次々に炸裂した。
同時、エイルズの分身が真っ直ぐにサイディへと突っ込んだ、仕込み杖から月光にぬらりと輝く鋼の刃を引き抜き稲妻の如くに斬りかかる。
瞬間、茶髪の少年の身が真っ二つに両断され、真っ赤な鮮血が勢い良く宙に噴出した。
(どうやって斬られた……?)
エイルズは斃れてゆく己の分身を視界の隅に捉え駆けつつ胸中で呟く。分身は仕込み杖を振う前に斬り倒されていた。客観的に見て、エイルズの分身がただの斬撃をかわせない訳がない。
「やあやあ、我こそは欧州マステリオ家が長男エイルズレトラ・マステリオ。敵地に単身で飛び込むその胆力はまことに天晴れ。さぞかし名のあるおSAMURAIとお見受けするが、どこのどなたか名乗られい!」
エイルズは声をあげながら侍の後方に完全に回り込みその背後目掛けて突撃してゆく。今度は本体だ。己ならば空蝉がある。どれだけ速い剣でも一対象が狙いの斬撃ならばかわせる。
「これは失礼」
エイルズは剣の間合いに踏み込んだ瞬間、己の視界が揺れるのを感じた。
SaMuRaIは下半身は前を向いたままに、上半身のみで背後に向き直って、日本刀を振り抜いていた。黄金の瞳がエイルズを見詰めている。
「まだ名乗って御座らんかったな。拙者、名をサイドワインダー、字をマーヴェリック。プロホロフカ四獄鬼が一鬼にして冥魔軍の旅団長に御座る」
エイルズは左肩から右の脇腹までに熱を感じた。命を維持する為に巡っていた熱いものが勢い良く噴出してゆき、視界が傾いてゆく。身体から急速に熱が失われてゆく。
「冥土の土産に覚えておかれよプリンス・マステリオ」
世界が完全な暗黒と冷気に塗りつぶされてゆく中で、エイルズはその言葉を聞いた。
純粋な回避対決ならば眼前の侍よりも確実に勝るであろう脅威の神速者は、膝から崩れ落ちるようにどさりと大地に倒れ伏した。
『間合いに迂闊に飛び込むと』
かつてヴォルク・ヘイメリアはそう言った。つるぎの結界。
(正真正銘の化け物だ)
あのエイルズを一撃で斬り伏せた剣閃を見てエルムはそう思った。
少女は太刀を構え、それでも動かぬサイディへと果敢に突っ込んでゆく。
己を攻撃する瞬間に隙が出来る筈、その瞬間を味方に突いて貰えれば――
「オオオオオオオオオオッ!!」
甲高い裂帛の気合の声をあげ己を奮い立たせながら、銀髪の少女は決死の覚悟で四獄鬼へと突撃する。
間合い。
サイディは長身だが、その打刀は標準的な日本刀の長さ。エルムは少女だが、その手に持つ氷雪の煌きを纏う『雪華』は一メートル二十センチ、こちらの方がリーチが長い。
エルムは鋭く踏み込んで、へらへらとした微笑を浮かべている美青年――気付く、目が笑っていない――の水月目掛けて突きを放つ。
疾風の如くに剣先が伸び、次の瞬間、ふわりとした力を感じて剣先が流れた。青年の肩を掠めて刺突が虚空を風の如くに突き抜けてゆく。
風が逆巻いた。
エルムの突きを太刀で払ってその切っ先を逸らしたマーヴェリックは、間髪入れずに太刀を切り返して踏み込みざまに斬り抜いた。
コマ落としの連続再生で間の映像を一気にすっ飛ばされたようにエルムの目には見えた。
身体を冷たく熱いものが突き抜けてゆく。
少女の身より血飛沫が勢い良く吹き上がった。激痛が走る。だがエルムは、千切れ飛びそうになる意識を歯を喰いしばって必死に繋ぎとめ、踏み止まる。
倒れない。
逆サイド、その間に絃也が踏み込まんとしている。
(必ず来る)
男は確信していた。己に対しても必ずサイディは反応し、その踏み込みに対し一撃を仕掛けてくるだろう。
攻撃を仕掛けている最中は必ず隙が出来る。そこを突く。
絃也には狙う技があった。大纏崩垂、攻撃部位を外側から円を描くように抑え受け流し、受け流した攻撃を一歩踏み込み下から掬い上げる様に打ち上げる技だ。
武術家が剣の間合いに踏み込み、侍の上半身が回る。
鋼が、煌いた。
視界が傾く。
絃也の身から血飛沫が勢い良く噴出してゆく。
(――見えん)
文字通り目にも止まらぬ速度――否、人間の目には止まらぬ振り方だと、武術に造詣の深い絃也は気付いた。
先に光を屈折させて己の姿を消したものとは種類が違う。身体の遣い方、剣の振り方、根底にあるのはシンプルに技術、即ち武、消える動きだ。予備動作が極端に少ない。出かかりがそうと気付かれない為、気付いた瞬間には刃が眼前に迫っている。
通常、悪魔が遣う剣ではない。これは人間の剣だ。
だが、それを悪魔の力で用いているが故に、人外魔境の領域にまで突き抜けていた。
何らかの術式が発動しているのか、それとも単に全力をだしただけ、という事なのかまでは判別がつかなかったが、最初の奇襲時よりも明らかに動きが加速していた。
(一撃では――倒れん!)
血飛沫をあげながらも震脚を用いて踏み込み、拳の間合いへと入りこんでゆく――前に、ニ撃目がきた。
剣閃が暴風の如くに荒れ狂った。
光の風が絃也とエルムの身を次々に突き抜けてゆく。入り込んだら最期、高速で滅多斬りにされる死の領域。
鮮やかに血飛沫を噴出しながら絃也とエルムが倒れてゆく。
「残りは五人で御座るな?」
剣を振り抜いた態勢のままその場から動かず、美青年はへらへらと笑いながら血塗れた曲刀をだらりと下げて、撃退士達を睥睨する。
(この男……)
由真は思う。この一見隙だらけの構えも思わずイラッとくる態度も誘いなのではないか、と。誘い込まれて踏み込んだ瞬間、叩き斬られる。
旅団長。ブリガディア。位の高さとしては男爵位であるバロネス・ヨハナやバロン・レイガーと同じ高さ。だが、まごう事なき武力の系統。
ファーフナーがアウルの鞭を振るい、仁刀が全長二メートルを優に超す長柄に大振りな刀身を備えた大薙刀で間合いギリギリから斬りかかり、透次が回り込みつつ遠距離から鎖付きの紅爪を無数に出現させて飛ばす。
鋼が刹那の間に無数に煌いて、光の鞭が斬り飛ばされて消滅し、薙刀の切っ先が弾かれて流されてゆき、紅爪が次々に斬り飛ばされ弾かれるが、幾つかはそのまま突き進んで侍の身に直撃してゆく。
「ふむ」
剣閃の嵐が荒れ狂い、仁刀は後方に飛び退き、侍は剣を振り抜いた態勢でそれを睨む。
由真とルビィは西園寺の付近に陣取り、攻撃を控えて防御を固めていた。
「キコーら遠い間合いからチクチクやるのはInKeNでゴザルよ。飛び道具や長物なんて捨ててかかってこいでゴザル」
「ならあんたも剣を捨てて拳で勝負したらどうだ」
間合いを保ちながら仁刀。戦慄の敵であるが、どうにも気の抜ける相手だ。
しかし、カウンターは武器の射程以上ではないだろう、と仁刀は予想していたが、それは確信に変わりつつある。大薙刀の間合いギリギリから仕掛ければ、すぐに飛び退けば、侍に一歩を踏み込まれても、刀の間合いに入り込まれる前に離脱できる。
「西園寺、マーキングを頼む。攻撃は控えてくれ」
遠間からならば反撃はないと判断したファーフナーは西園寺に援護を依頼し、男は「了解」と答え射撃する。発射された光弾はやはり斬り払われる。が、さほどの問題はなかった。刀を手放さない限りは位置が解る。
その間にも幕末野郎は、
「それは言わないお約束にござる」
と仁刀に答えつつ撃退士達に挑発(?)の言葉を繰り返すが、それで突っ込んでゆくような者はいなかった。
(……カウンターの瞬間を狙っても、こちらの攻撃が届く前に二段目が来る)
透次、隙を窺うが、隙が無い。
青年は移動を続けて仁刀に並んだ。赤毛の青年が薙刀を繰り出し、その切っ先を斬り払わんと繰り出される侍の太刀を目掛けて、透次は絡め取らんとさらに剣先を繰り出す。
「おほー!」
サイディが奇声を発した。透次の剣とサイディの剣が激突して弾かれ、仁刀の薙刀が唸りをあげて迫り、だが命中する寸前で飛燕の如くに翻った太刀がまたも豪速で振われて薙刀が弾かれ、ファーフナーが投擲した炎の槍が斬り払われて太刀が炎上し炎に包まれる。
敵味方、迂闊に踏み込まない、間合いを保ったままの戦い。
「つれないでゴザルなぁ……仕方ない!」
埒があかないと判断したか、初手以来大きく移動する事はなかった蛇剣の侍が地を蹴って弾丸の如くに飛び出した。翳す刃からは眩い白光が噴出し、纏わりついていた炎が大嵐に吹き消される蝋燭の火の如くに吹き飛んでゆく。
「行かせん」
仁刀はサイディの進路を塞ぐように薙刀を振う。オーラの爆発と共に無数の光が粒となって周囲に散り、風に乗る雪の如くに舞い、紅蓮の薙刀が闇を裂き空間を横一文字に断ち切った。
刹那、侍は一瞬で地を這うように低い姿勢にまで身を沈め一撃を掻い潜っていた。さらにその瞬間に飛んだファーフナーの炎槍を太刀を翳して受け、仁刀の脇を稲妻の如くに駆け抜けてゆく。
向かう先は――西園寺顕家。
「来ますか」
由真は西園寺を守るべく男の前に銃を手に立ち、身構える。
そしてその由真を守るように、
「まずは俺だ――ちったぁ名誉挽回させてくれ、ってな……!!」
小田切ルビィが飛び出した。
かつて、廃ビルの戦いでルビィは敵に操られ、由真を攻撃してしまった事に罪悪感を感じていた。その代わりと言う訳では無いが、今回は少しでも由真が受けるダメージを自分が肩代わりする事を決意していたのだ。
「侍! ヨハナに会ったら伝言頼めるか? 『また"お医者さんゴッコ"しようぜ』ってな……!!」
「ハハハッ! 承知! されど伝言代はキコーの命になりもおおおおす!」
サイディは火の位に白光纏う剣を振り上げ、それを迎え撃つべくルビィが雄牛に両手剣を掲げる。
侍の白光剣が振り下ろされるその瞬間、
(ここだ)
疾風の如くに駆けていた陽波透次、横合いから弾くべくその光剣を狙って踏み込み刀を繰り出した。
刹那、白光剣は途中で大きく円を描くように軌道を変えて陽波の剣をかわす。三度目、剣狙いが読まれている。闇に滑らかな弧を描いた白光の太刀は、そこからさらに鋭く変化して、下段から斬り上げる軌道でルビィへと襲い掛かる。
「――チッ!」
しかし、軌道の変化を予想していた銀髪の青年は素早く反応して両手剣を操り、抑えこむように白光の太刀を受け止める。
刃と刃が互いに激突し――そしてツヴァイハンダーの刀身が斬り飛ばされた。半ばから断たれた刀身が回転しながら宙に舞い上がり、ルビィの身が斬り裂かれ血飛沫があがる。
さらに飛燕の如くに太刀が翻って、ルビィは刀身の減じた剣で再度受け止めるも、剣ごと両断されてその身から血飛沫が噴きあがった。意識が遠退いてゆくが根性で耐える。
ルビィが剣を消してゼルクを出現させて放ち、仁刀がその後背より大薙刀で斬りかかり、太刀より光が消え、サイディはだらりと力を抜いた。
蛇剣の侍の挙動を注視していた陽波透次は、その瞬間反応して後方に稲妻の如くに飛び退いた。
刹那、瞬く鋼の刃光が螺旋を描き嵐と化して荒れ狂い、ルビィを滅多斬りにして沈め、背後から振り下ろされた仁刀の大薙刀を弾き飛ばし、その直前に領域から脱出した透次は紙一重でかわして地に着地しつつ紅爪を嵐の如くに放つ。
「あと四人……」
笠の影から金色の瞳を光らせてHiToKiRi野郎は呟きつつ、血塗れの剣を振って大半の鉤爪を撃ち落としてゆく。だが、数発が剣の結界を突き抜けて次々に直撃した。着物が破れ、血が滲んでいる事からダメージは通っているようだが、しかしまったく怯んだ様子を見せない。
「なるほど、思ったより減らんでゴザルな。これはヨハナの為には殺さねばならぬ」
笑顔の美青年は軽い口調で殺戮を宣言する。
ファーフナーは味方を巻き込まず、かつ、侍の結界のギリギリの間合いまで移動すると、その手に風の玉を出現させて爆ぜさせ、猛烈な爆風を自身を中心に巻き起こした。
「――ブホオォフっ?!」
荒れ狂う風の壁は太刀では斬れない。素っ頓狂な声をあげながら蛇剣の侍が吹き飛んでゆく。
「西園寺さん、西へ、離れましょう」
その間に、冷静に周囲の戦況を確認していた由真が言った。北の前線がどうなっているのか気になるのも理由の一つだったが、あのSaMuRaI、凶悪極まる殺界態勢に入っている間は、もしかしてあまり移動できないのではないか? 異常な程の加速を見せているが、何かしらの制限があるのではないかと由真は感じていた。
「応よ」
西園寺は由真に頷くと、彼女と共に西へと駆け始める。
「逃しはしませぬぞ」
侍は跳躍すると白翼を広げ夜空へと舞い上がりその姿をゆらゆらと掻き消してゆく。透次も、仁刀も、空は飛べない。
由真は西園寺とファーフナーと共に西へと駆ける。
「上から来るぞ。あのトンチキ、足がはええ」
由真とファーフナーは苦々しげな西園寺の声を聞いた。マーキングは無効化されていないらしい。
数瞬後、西園寺が足を止め夜空に向かって突撃銃で猛射した。
由真とファーフナーが空を仰ぎ、輝く弾幕の火線を追う。雲が流れ星々と黄金の月が輝いているだけの夜空であったが、やがて白翼を広げたBaKuMaTu野郎が現れた。その手に構えるは血塗れた曲刀。
「――御命頂戴」
涼やかな声が響く。
ファーフナー、迎撃に風が脳裏を過ぎる、だがこの位置は味方を巻き込む。
「伏せて!」
由真は真上からの攻撃に対し、咄嗟に西園寺を引き倒して伏せさせた。同時、上からくるサイディに向かい、己の身を盾として割り込ませる。
由真は眩暈がする程の緊張感の中、刹那の時に一瞬で思考する。ここで自分が倒れればいよいよ後がなくなる。だがそろそろ応援が駆けつけても良い時間帯の筈だ。護衛対象を守りきれるか、それとも殺されてしまうか、境界線。
侍の剣に白光は宿っていない。装甲をほぼ無視するあれは、回数制限のある大技なのか?
通常の状態ならば、上手く受ければ己の装甲を侍の剣は貫通できないのは実証済みだ。
ならばフェイント、また入れてくるか?
上か、左か、右か。どれだ。
次の瞬間、彗星の如く白い天魔が由真の頭上へと降って来て、落下速度の勢いと共に突き出された太刀の切っ先が、少女の脳天を一撃で串刺しにしてブチ抜いた――かに透次と仁刀の位置からは見えた。が、由真は銃で切っ先を弾き流していた。部位狙いは命中精度が落ちる。由真とサイディの身が激突し、距離を測ってファーフナーは風を解き放つ。侍の身が爆風に吹き飛ばされてゆき、駆けつけた透次から放たれた紅爪が態勢を大きく崩している侍へと次々の直撃し、一閃された仁刀の大薙刀が侍の身を切り裂いて盛大に血飛沫を噴出させた。手応えあり。装甲が薄い。
「むっ……?!」
呻き声と共に翼を一打ちして侍が宙へと急上昇した瞬間、彼が先程までいた位置を銃弾の嵐が突き抜けてゆく。
「大将! 無事ですか!」
野太い声が響いた。頭に赤布を巻きボディアーマーに身を包んだ巨漢――カワード・ホスローがDOG隊員達と共に北方から駆けつけてきていた。
「こいつらのおかげでなんとかな。状況は?」
「四・六で劣勢ってとこです。鹿砦は後退させましたが、ヨハナと指揮下のディアボロが暴れています」
と宙を舞いひらひらと回避している侍へと弾幕を放ちながらカワード。
それを聞いた西園寺は、
『後衛、負傷者を回収しろ。交戦しながら後退だ。退がるぞ。笠を被った白い着物の男には決して近寄るな。遠巻きにして弾幕と範囲攻撃で牽制しろ』
と無線に指令を流してゆく。
「退却するんですか?」
由真が西園寺に問いかける。
「ああ。あのBaKuMaTu野郎、まだまだピンピンしてやがる。ヨハナも健在のようだし、このまま続けても、こっちが先に壊滅しかねん」
仁刀と透次とやりあっている侍を目で追いつつ淡々とDOG顧問官は答えた。
冷静な判断、なのかもしれなかった。
『慌てるなよ。小さくまとまって、援護しあいながらゆっくり下がるんだ。隣の味方を見捨てるな。隙を見せるな、撃退士の底力を見せろ』
かくて、西園寺部隊は負傷者を回収し、集結すると、飛び道具で弾幕を張りながら後退を開始した。
冥魔軍は猛攻を仕掛けたが、撃退士達は整然とまとまって後退しながら頑強に抵抗した。
やがて、被害を嫌ったか火力の高いスキルが尽きたのか冥魔軍は追撃の手を緩め、その一瞬の機を捉え西園寺隊は一斉に全力移動での退却に移った。
撃退士達は負傷者を背負い、ひたすらに脱兎の如く夜の山中を駆けに駆け、何人かの犠牲を出しつつもそのおかげもあって大部分は追撃を振り切って逃げおおせる事に成功する。
勝利を収める事は叶わなかったが、一同はなんとか壊滅はせずに人類側の領域まで撤退したのだった。
なお帰還後、意識を取り戻したエイルズレトラは記録されたスマホの動画を確認したが、そこに侍の姿は映し出されていなかった。
「……姿を消してからの奇襲を得意とし、回避も受けも許さないルインズブレイドのそれに似た性質のカウンター技を間合いに踏み込んだ瞬間に放ってきて、さらに回数制限はあるが装甲をほぼ無効化して鎧ごとぶった斬ってくる魔法剣技も持つ、ですか」
話を聞いたエイルズはそう呟き、また厄介な男が戦場に現れたものだ、と思ったのだった。