炎の舌が人間達の町を呑み込んで、灰燼の虚無へと誘っている。
苦痛と絶望とが練り込められた断末魔は、血色の町を彩っていた。
狼が紅蓮の光陰の中に佇んでいる。
並みの人よりも頭二つは大きい、漆黒の毛皮に覆われた逆三角形に鍛え上げられた巨躯を持つ人狼。
彼が履くブーツの下には、壊れた人形のように手足をねじくれ曲らせた、かつて美しかった少女の残骸が踏みつけられていた。
まだ息があるようで、涙に濡れた瞳に光はなかったが、その胸は微かに上下していた。
駆けつけた撃退士達だったが、人質にされる可能性を考えると、迂闊に飛び掛る事はできなかった。
「……久しいですね、レイガー。然し戦場より屠殺場が趣味とは知りませんでしたよ」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は間合いを計りながら人狼を見据えて言った。
「おや、いつぞやの。ご無沙汰ですなぁ。あの戦はなかなか良かった! あー、確かに趣味じゃあないんですがね。そのピリッと来る戦場が無くて暇だったもんで」
ちょいと賭け金を豪華にしてみました、程度の気楽さで人狼は答える。人狼の悪魔にとって、人間を燃やし虐殺する事の重さなどその程度でしかない。
「暗い暗いと不平をこぼすよりも、進んで炎を灯しましょう。戦場は破壊の炎の下に生まれる。だから燃やした」
狼はかぶった軍帽のツバを指でつまみ、その位置を整えながら言う。
「エーシュ、エーシュ、炎を、謳おう。お歴々、今回も期待してよろしいですかい?」
「……お望みならば此度も付き合いましょう」
マキナはその金色の瞳で漆黒の狼人を見据え、
「――その魂、喰い尽くして終わらせてあげます」
そう、静かに闘志を秘めて答えた。
「ハッハァッ! そうこなくっちゃあ嘘ですぜ!」
狼は口笛を鳴らし喜んだ。
「……こういう言い方、本当は好きじゃ無いんだけど」
ナナシ(
jb3008)は漆黒の翼を広げて宙を舞いながら、声をあげるレイガーを睨みつけていた。
彼女は静かに激怒していた。
怒りの火を赤眼に鮮やかに燃やし、童女は真っ向から宣言する。
「かかって来なさい犬っころ。望み通りボコボコにしてあげるわ」
「ほ、お嬢ちゃん、マジおこですかいぃ?」
狼頭の獣人は良く音を拾う耳をピクピクと動かしつつ不思議そうに小首を傾げた。
「ニンゲンならとかく、悪魔がこんな事でそこまで怒り狂うのも珍しいですなァ?」
怒るのも憎むのも相手にそれに値するだけのものがあると感じていなければ成立しない。心が広い場合もあるが、単にどうでも良いから、という場合もある。
人間の少女が、戯れに野の花を一本引き抜いて、その花弁を弄び引き千切りながら『花占い』をしていても『酷い事をしている』とは多くの場合目撃しても思わない。多くの人間達にとって植物など所詮、物言わぬ植物だ。世には知性を持った植物が人間達に復讐しにくる話などもあるが、普通は食卓に並べられたサラダを哀れむ人はあんまりいない。
もしも「花の花弁を引き裂くなんてなんて残酷な!」と激怒して回る人間がいたら、人間社会では価値観が異常として社会不適合者扱いをされるだろう。
レイガーも同じく、戦う相手にならない何の力も持たない人間など『人間占い』をしても罪悪感の欠片も抱かない対象だった。うっかり踏み潰しても、あぁちょっと可哀想だったかもですね、で? で、終わる対象である。所詮、ただの人間だからだ。ただの人間なんぞ蜜を出す花の一本、働く蟻の一匹、それと同じ価値である。悪魔の価値観。
故に、それらの為に心の底から怒っている悪魔のナナシの姿というのは、レイガーの常識・感覚からすれば、異様な価値観の悪魔に見えていた。
悪魔は笑った。
「お嬢ちゃんは同族であるのにニンゲンなんぞに、慈悲深い事ですなぁ、ハハハハ! だからはぐれか。しかぁし腕が立つなら変わり者だろうとそれもまた良し。暴れた甲斐があるってもんだ!」
またバキリと音がなって踏まれている少女の骨が砕けてゆく。悪魔の狼は、空を舞う美しい蝶(撃退士)にならば特別な関心を抱けても、羽化する前の地を這う芋虫(非アウル覚醒者)に特別な関心など抱けない。踏めば潰れる蟲一匹だ。
ナナシは静かに激怒した。
ナナシは冥魔の世界を知らない。
故郷を知らない。
記憶がない。
冥魔の世界も広いだろうから、出身地域で文化差異があって、当然、このレイガーのような考えが大常識な一大地域もあるのかもしれない。己の故郷ももしかしたらそうである可能性すらある。
だが、例えその世界ではそれが常識であったのだとしても、ナナシはこの犬っころばかりは許せないと激怒した。
同時、骨が砕けたその瞬間、
「そこを――」
大炊御門 菫(
ja0436)が短槍を手に大地を蹴って飛び出していた。
焔が燃えていた。
心が叫んでいた。
「――どけぇッ!!!!」
裂帛の怒声を叩きつけ、駆ける。
今、眼前で消えゆこうとしている命を守る。
その為に、このふざけた狼を打ち倒す。
菫の心の中で紅蓮の焔が燃え上がっていた。
「ハッハァッ! オーケィ! いきやすぜぇッ!!!!」
狼は満面の笑みを浮かべると、彼もまた地を蹴って飛び出した。
菫を迎え打つように真っ向から真っ直ぐに突撃してくる。
菫に続き、他の七名の撃退士達もまた散開・包囲するように機動を開始する。
疾風の如くに突撃する菫はその手より槍を掻き消し、刹那、余剰アウルを足に収縮させて爆発的に加速し、一気に間合いを詰める。
笑みを浮かべていたレイガーだったが、その一瞬の、まさに閃光の如き踏み込みを前にして驚愕を瞳に浮かべた。拳対槍、圧倒的に槍の方がリーチが長いが、それ以前に菫が速い。その収束された天属性・カオスレート驚天動地の+9。
黒髪の娘は勇ましい気合の声を喉から発し、真紅の槍を再出現させざまに赤雷の如くに繰り出す。穂先より爆音を発しながら鮮やかに、紅蓮の焔が爆発的に噴出して刃を象り、レイガーへと襲い掛かった。
「おごおおおおおおおおおおおっ?!」
怒りの菫から繰り出された、常とは一つ桁が違う鬼神の如き一撃は、人狼の身をくの字に叩き折り、苦悶の声をあげさせた。
その壮絶無比の衝撃力にレイガーが態勢を崩している隙にマキナ・ベルヴェルク、地を蹴って踏み込んだ。右の義手より黒焔を噴出して纏い、体重を乗せ身を捻りざま、間接を連動させ拳をも捻りながら、ストレートに右拳を繰り出す。
加速した剛拳が人狼の鼻面に命中し、鈍い音をまきあげながらぱっと赤色を散らせた。手応えあり。首を横に捻った狼はふっと身を沈めざま、しかし猛然と首を元の位置に戻しつつマキナを睨み据え、伸び上がる。
「カァッ!!」
奇声を発しながら人狼は固めた左拳を弧を描く閃光の如くに振り抜いた。
轟音と共に拳がマキナの右脇腹へと突き刺さり、肝臓を強打された銀髪少女の身が折れる。負傷率五割八分。
さらにレイガーは、態勢を崩したマキナの頭部目掛けて振り下ろしの右を放つべく拳を振り上げ――同時、頼虎がマキナへとヒールを飛ばし、影野 恭弥(
ja0018)がレイガーの右手側から、レイル=ティアリー(
ja9968)が左手側から挟み込むように突っ込んだ。
恭弥はPDWの銃口を押し付けるように突き出し、レイルは碧く明滅する星風の剣を上段に振り上げ疾風の如くに打ち込みを仕掛ける。
サイドからの同時攻撃に対し、レイガーは咄嗟に身を捻りながら右拳を転じて銃口を払わんと振るい、左腕を掲げて打ち込みをブロックせんとする。
だが恭弥は払われる前に稲妻の如くに銃口を脇腹に密着させてトリガーを引き、レイルまたガードが上がりきるより前にその首元へと剣先を落雷の如くに加速させて叩き込んだ。
風纏い碧く明滅する剣が分厚い毛皮を裂いて血飛沫を噴出させ、恭弥の銃より放たれた弾丸はクリティカルにボマージャケットを貫き、毛皮を貫き、その奥の肉まで届いて壮絶な破壊力を撒き散らす。
「ゴハァッ?!」
獣人の口より苦悶の息が吐き出され、血肉が飛び散った。さらに、強酸に侵食され猛烈な勢いで肉体やジャケットより煙が噴き上がってゆく。『腐敗』を巻き起こすアシッドショットだ。一連の攻防の隙に、陽波 透次(
ja0280)がレイガーの後方へと回り込んで跳躍し、宙のナナシがハンマーを構えて急降下してゆく。
レイガーは苦悶の息を洩らしつつも歯を喰いしばり、先に防御の為に腕を払った勢いのまま素早く身を回転させて右脚を恭弥へと振り上げた。
(上段)
恭弥は素早く小盾を活性化させて上半身を守らんと翳す、瞬間、向けられた膝の角度が急激に変化し、足が伸ばされ鞭の如き蹴りが放たれた時にはローキックへと切り替わっていた。
轟音が鳴り響き、激痛が脳髄まで走り抜ける。頑丈な長靴が恭弥の左膝に側面から炸裂していた。負傷率七割九分。
(この感触、物理ではなく――)
魔法攻撃か。
恭弥がそう悟った時、レイガーの右拳が腹部にめり込んだ。視界が揺るがされる程の衝撃が身体を貫き、激痛と共に口から血反吐がはきだされ、その身が後方へと勢い良く吹き飛んでゆく。しばしの浮遊感の後、大地に背から叩きつけられて転がった。負傷率十四割九分、意識がぷっつりと途絶える。
だがその直後、透次が光輝を纏う日本刀に膨大なアウルを収束させてレイガーの背へと目掛けて猛然と落下してきた。
(負けたくない――)
透次にはレイガーは彼の家族殺した天魔と同類に見えていた。
目前で家族を甚振り惨殺したその姿とレイガーのそれが重なっていた。
(――奴に)
青年は暗色の瞳に猛火を湛え、その全身より光のオーラを激しく滾らせながら、落下の勢いを乗せて加速し落雷の如くに日本刀を振り抜いた。
一閃。
上から下へと空間を断裂させた剣閃が人狼の背に炸裂し、瞬間、壮絶な衝撃波を撒き散らした。刻の太刀『黒皇』。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ?!」
人狼の脳が身を芯から揺さぶる衝撃に激しく揺らされ、その意識が切れ切れに消し飛ばされてゆく。
直後、朦朧とするレイガーの眼前、空より矢の如く迫ってきたナナシの巨大なハンマーが、視界を埋め尽くしながら迫っていた――
他方。
龍崎海(
ja0565)と地領院 徒歩(
ja0689)は狼男と仲間達が激突している地点を回りこむようにして、打ち捨てられている糸野麗蘭の下へと急行していた。
「……これは酷い」
医学部に所属する黒髪の青年は、その惨状を至近から認めて沈痛な表情で呟くと、横たわる水兵服姿の少女の捻じ曲がった手足――その骨――を可能な限り真っ直ぐに整え、生命の芽を発動させた。
青年の掌から芽吹いた種子は、癒しの光粒子を滝の如くに少女へと降り注がせた。
最早、再起は到底不能と思われる程に破壊されていた少女の肉体がみるみるうちに癒され、急速に回復してゆく。
同時、徒歩は『マインドケア』を発動した。
「あんな狼野郎なんかに負けるんじゃないぞ」
レイガーへの怒りを全て人命救助という形でぶつけんとする青年は、その手より心を癒やす暖かなアウルを放ち、少女のズタズタに引き裂かれた精神を癒してゆく。
その時、ポキュ☆っという気の抜けた可愛らしい音が戦場に鳴り響くと共に、凄まじい轟音が鳴り響いた。
ナナシのピコピコハンマーがレイガーの顔面に炸裂したのである。
海と徒歩が振り返った時、目にしたのは、壮絶至極の猛攻を受けズタボロになったレイガーの、木の葉ように宙を舞い吹き飛んでゆく姿だった。
「やった……?!」
手応えを感じてナナシが呟く。
地に大の字に転がった人狼は、しかし全身より黄金色の光を爆発的に噴出すると、放たれたバネのように勢い良く跳び起きた。
「ハッハァッ! いやぁ皆々様、お強い! 一回あの世が見えましたよ。素晴らしい!」
ボロボロになっていた肉体が猛烈な速度で逆再生でもするかのように急速に修復されてゆき、酸によって進んでいた腐敗もぴたりと停止する。
「よくぞここまで鍛え上げたもんです。こりゃあ、うかうかしてると本気でやられちまいそうだ」
軍帽のツバを摘み、コキコキと首を捻って鳴らすと、狼人は歓喜を帯び――しかし、牙を剥いて獰猛に笑った。
「いえね、本来ならぁ、この力は大人数相手の決戦用なんですが、ここでくたばると猫娘にドヤされるんでね。たかがこれだけの人数と出し惜しみせず、全力でいかして貰いやすぜ……!!」
狼男は月に向かって遠吠えをあげ、全身よりボゴッという鈍い音を連続し発し、全身の筋肉を膨張させてゆく。
「なるほど……時間稼ぎで満足できる貴方ではないでしょう?」
レイルが風纏い碧く明滅する。
「故、及ばぬ身ながら私は私を懸けて挑みましょう。その高みを見せてください」
「了解しやした…………プロホロフカ四獄鬼が一鬼、冥魔の『男爵(バロン)』にして『狼の如き(ウルヴァリン)』レイガー! 全身全霊を以ってブッコませてもらいやすぜえッ!!!!」
魔狼は咆吼をあげると、爆音を轟かせて全身より噴出する黄金光の勢いを増し、地を爆砕して飛び出し疾風の如くに再び撃退士達へと襲いかかった。
●東方面
燃える燃える町が燃える。炎が紺碧の夜空に向かって咆吼をあげている。
西から東に伸びる道に点在する骸の列、その先頭部では未だ生者がおり、悲鳴があがっている。
レイガーと撃退士達の激闘が繰り広げられている初期襲撃点よりも東、住民達が逃亡を図った方面だ。
「……こんな月の夜は歌こそが良く響く。マナーの悪いお客様にはご退場願いましょう」
T字路の南側から通りに駆けつけた亀山 淳紅(
ja2261)は謡うように呟くと、アウルを瞬時に集中させ解放、脚部に五線譜を纏い、風を裂いて、夜空へと高々と一瞬で跳躍した。
青年は炎の風が吹きすさぶ月下の空に舞い上がるとぴたりと停止し通りを見下ろし、素早く状況を確認する。
脚を斬られた住民が一帯に塞き止められるようにして転がっている。
西側に五匹の黒猫を中心としたディアボロがいて住民の生き肝を貪っており、東側に鼬達が壁を作っている。
敵は大きくは二手に別れているようだ。
赤眼の青年は己の周囲に無数の幻影を出現させた。幻影人達は燕尾服やドレスに身を包み、手にそれぞれ管弦楽器等を持っている。オーケストラ。奥義'Cantata'だ。
淳紅は最も敵が密集している地点に狙いを定め、喉を震わせ歌声を解き放つ。その範囲――広い! 直径にしておよそ十八メートル、天空から美しい戦慄が雨の如くに降り注いで、壮絶な破壊力を荒れ狂わせ五体もの鼬達を次々に爆砕してゆく。凶悪な範囲と威力。文字通り大・爆・砕! である。ディアボロ達の全戦力の四分の一が一瞬で消し飛んだ。
住民の生き肝を喰らっていた五体の猫達は顔をあげて振り向き、残りの十体の鼬達が現れた撃退士達に向かって黒い疾風の如く駆け出す。
「出来れば全て……無理であっても、出来る限りの人々を護るぞ……!」
鳳 静矢(
ja3856)は黒猫の姿を捉えると、駆けつつ片刃の大太刀を抜刀ざま、渾身のエネルギーを刀身に集中させた。
裂帛の気合と共に一歩を踏み込み刀を振り下ろす。刃が届くには遥かに遠い。だが、青年が振るった太刀から紫色の巨大な鳥が勢い良く飛び出した。紫鳳翔だ。
黒猫は迫る紫光の大鳥に対し、黒雷の如くに急激に前進軌道を変化させて駆ける。紫鳥の翼が黒猫の体毛を掠めて抜けた。
(この黒猫――速い)
その直後、ケイ・リヒャルト(
ja0004)がオートマチック拳銃の銃口を向けている。
「悪趣味な躾け方。良いわ、躾直してアゲル」
轟く銃声と共に光纏う弾が放たれ、回避直後で隙が出来ていた黒猫の身に閃光の如く突き刺さった。
爆ぜる音と共に赤色の血と肉片が飛び散る。だが金瞳猫は怯まず地を駆け跳躍すると、漆黒の翼を広げ、静矢目掛けて急降下してくる。ケイは牽制の為にそのまま連続して射撃する。
静矢、回避射撃を掻い潜って黒猫が迫り、赤黒光を纏い、旋風の如くに爪が襲い掛かる。青年は気合の声と共に素早く太刀を振るった。
直後、キンッ! という甲高い金属音と共に爪と太刀とが激突して猫の爪撃が弾き飛ばされる。
他方、
「嬲り殺しじゃねェか……何てことを」
同じく道に駆けつけたヤナギ・エリューナク(
ja0006)は場の凄惨な様子――猫に生きながらに引き裂かれ肝を喰われていた人々――を見やって呻き声をあげていた。
「これ以上、犠牲は増やさせねェゼ?」
男は声をあげニンジャヒーローを発動して前進する。
「いい感じの地獄絵図ね。半分助けられたら上等かしら」
阻霊符を展開している雨野 挫斬(
ja0919)は呟きつつタウントを発動した。
前進する挫斬とヤナギとに反応して鼬達が駆ける軌道を変えてゆく。
御堂・玲獅(
ja0388)は生命感知を発動していた。感知範囲は直径にしておよそ34メートル、半径だと17メートル。視線が通っている範囲内だと意味は薄いが、全周に、そして視界が通っていない箇所にも効くのが強みである。
「そちらの、建物の陰にも反応があります」
「了解!」
鈴代 征治(
ja1305)は駆けると炎に包まれた建物と建物の間の、細い道へと飛び込んだ。紅蓮の熱波に照らされる小道には脚を斬られて呻いているパンツスーツ姿の若い娘が血溜まりの中に倒れ蠢いていた。どうやら、主道を避けて小道に入ったところをやはり冥魔に斬られ、そのまま放置されているようだ。
「大丈夫ですか!」
「うぅ、うぅ、足が、足がぁ、助けてぇ……!」
涙混じりに女は苦痛と恐怖を訴える。
「安心して下さい。僕達が必ず守ります」
征治は言って負傷し震える女を抱きかかえると全力で駆け出した。
(相変わらず悪魔はやり方が卑劣……!)
機嶋 結(
ja0725)は淀んだ瞳にしかし今ははっきりと怒りの色を浮かべて炎の道を駆けていた。悪魔達の所業に腹の底から怒りが込み上げてくる。
少女は十字架を握る手を翳すと、光の矢を周囲に無数に出現させ、人の肝を喰らっている金瞳猫へ猛然とマシンガンの如くに撃ち放った。
レート差を乗せて嵐の如く飛ぶ光矢に対し、猫は翼で宙を打ち、疾風と化して突撃した。光矢と光矢の狭間を次々に掻い潜って来る。
唸りをあげて漆黒の旋風が迫り、赤黒の光爪が加速し機嶋の顔面へと伸びた。少女は咄嗟に身を捻りながら盾を出現させんと腕を翳し、刹那、銀光纏う頑強な盾が爪を遮る前に、切っ先が少女の頬を抉って抜けた。鋭い痛みが走ると共に勢い良く赤い色が宙に散る。速い。結、負傷率二割四分。
「くそっ!」
風の翼を広げて駆けつけた小田切ルビィ(
ja0841)はハラワタを煮えくりかえらせつつも、その脳裏には違和感が掠めていた。
(拉致じゃなく、殺戮が主体…。何故だ?)
殺害では魂吸収は不可能な筈。
だが――
脳裏に過去の依頼の映像がフラッシュバックしてゆく。
夜空を飛んでいた光の球、そして鹿砦夏樹の手に握られていた剣とそこに飛び込んでいった光の球達。
――回収完了じゃ!
ヨハナは廃ビルでそう言った。
――んーまぁまぁね。おじさん達が邪魔してくれちゃったから。
鹿砦夏樹は鉄塔でそう言った。
「まさか、ゲート以外での魂吸収法を見付けたってのか……!?」
思い当たった事実に半ば愕然としつつも、食事を再開している黒猫の一匹へと向け、斧槍を片手にアウルを乗せて威嚇の声を放った。
声を受けた黒猫は金色の目を細めながら口に咥えていた肝を引き千切り、鮮血をぶちまけさせながら宙へと跳躍、黒い旋風と化してルビィへと襲い掛かる。
迫り来る赤黒光の一閃に対し銀髪の青年は素早く斧槍を掲げ――赤黒光が斧槍の柄をかわして青年の身をぶった斬って抜けた。小田切ルビィ、負傷率一割。浅い。衝撃は殺しきれないが、爪の威力よりもルビィの装甲の方が圧倒的に厚い。
「落とし前はつけさせる、それだけだ……御託を言う前に片付けるぞ」
久遠 仁刀(
ja2464)、怒りに燃える瞳で漆黒の鼬を睨み、チェーンを手に巻きアウルと殺気を込めて鋭く声をあげた。ヤナギと挫斬へ向かっていた十体の漆黒鼬のうち、声を聞いた一匹が振り向き、方向を転じて二足で不恰好に――されど素早く突撃してくる。それに続く形でもう一匹が仁刀へと向かう。
二匹の鼬は素早く踏み込むと跳躍、その鎌状の両腕を唸りをあげて振り回す。赤毛の青年は迫る一匹目の鎌を身を低く沈めて掻い潜る。が、回避直後を狙ってきた続く二匹目の鎌はかわしきれずに身に叩きこまれる。負傷八分、軽い。衝撃が多少抜けて来る程度、鼬の力では仁刀の装甲を貫けない。
「……多少の無茶は、承知の上だ……!」
蝙蝠の如き大翼を広げる金眼赤髪の悪魔青年ジョン・ドゥ(
jb9083)は赤く塗られた護符を構えると、漆黒の翼猫を見据え、金色の光を撃ち放った。
葉の如き金光が宙を裂いて飛び、猫の身に吸い込まれる――直前、猫の姿が掻き消えた。素早く横に軌道したのだ。稲妻の如くに金光を掻い潜った猫は疾風と化し赤黒纏う光爪を振るう。
「くっ……!」
ジョン・ドゥは身を捻り捌いたが、弧を描いて迫り来た爪が青年の胸元を抉って抜けてゆく。血飛沫が舞った。あちらの方が速い。
Robin redbreast(
jb2203)はヤナギに同行していた。
が、
――全周(特に死角)を包囲されないように、建物や瓦礫を背にしておくといいかな?
と思い、少し離れて通りの端から彼についていっている。
緑眼の少女はヤナギ目掛けて迫る四体の鼬達を標的に定める。
Robinは炎の町を駆けながら思考する。
この黒くちっこい、されど凶悪な鼬達には、睡眠は効くだろうか?
(……まだ誰もそれ系の技を撃ってないので解らない)
範囲を考える。通りの端に居たい、出来れば物影に隠れていたいRobinにとって、相手がRobinではなくヤナギへと向かっている関係上、
(自分中心の範囲技は使いづらい……)
今使うべき技は、どれだ。
それらを冷静に思考し最善解と思われしものを導き出した『殺人機械(キル・マシーン)』は、アウルを手に集中させると閃かせ、紅蓮の、黄金の、紺碧の、色とりどりの大爆発を巻き起こした。ファイアワークスだ。
爆音の中に鼬達があげる苦悶の悲鳴が混ざる。四匹中三匹の鼬達の身に次々に破壊が巻き起こった。されどうち一匹は素早く機動して爆発をかわす。
「アハハ! お腹一杯食べたでしょ! 私と遊んでよ!」
他方、挫斬のもとへも四匹の鼬達が鎌を光らせながら迫って来ていた。
正面、漆黒の鼬は地を蹴って跳躍すると鎌状の腕を挫斬の顔面目掛けて勢い良く振るってくる。挫斬はアウルを解放すると素早く円形盾を左腕に出現させた。刹那、鎌と盾が激突して鈍い音と共に火花が散る。
その間に、一匹が挫斬の左手側に回り込み、一匹が右手側に回り込んでいた。さらに一匹が背後に回りこまんと駆ける。
黒い影がX字に矢の如く走り、両サイドから黒髪の女の身を斬り裂いた。刃は装甲で止まったが、衝撃が抜けてきて内臓を叩く。
よろめいた挫斬へと背後に回った鼬が鎌を猛然と振り上げ、赤黒い爆光を宿し黒い旋風の如くに飛び掛る。必殺の鎌撃。
「それは――」
挫斬、そればかりはあたる訳にはいかないと強引に身を捻る。避けられるか。
が、
「させません!」
その前に黒髪の少年、黒井 明斗(
jb0525)がロザリオを翳し、無数の風の矢を嵐の如くに解き放っていた。
鼬は横合いから飛来した風の矢に次々に撃ち抜かれて吹き飛んでゆく。攻撃を潰した。
黒髪の少年は鼬を引きつけている挫斬を援護せんとその背中を守る位置につく。
他方、ヤナギVS鼬四体。
「鬼さんこちらってなァ!」
ヤナギは爆炎を裂いて迫ってきた鼬達に対し、方向を転じて町を駆けた。鼬達はかなりの速度でヤナギを追うが、ヤナギも同じ程度に足が早い。距離が詰まらない。ヤナギはニンジャヒーローで引き付けつつも間合いを取って四体の鼬達からの攻撃を封殺する。
他方、翼を広げて飛行し駆けつけた夜姫(
jb2550)は、同族への怒りと嫌悪で我を忘れそうだった。
(なんてこと)
この事態をもたらした元凶たる悪魔へと今すぐにでも斬りかかりにいきたい所だったが、それよりも傷つき倒れ伏している人々を救わなければならないと心を必死に制御する。住民を喰らっている黒猫へと急降下し迫る。
(まずは、動きを止める)
黒髪赤眼の若い娘の姿をした悪魔は稲妻の魔力を手足に纏い打ちかかった。これに対し、猫は威嚇するが如き声をあげながら素早く跳躍、一撃が空を切り、宙に舞い上がった黒猫は身を一回転させると稲妻の如くに夜姫へと突っ込んだ。
黒髪の娘は地に降り立つと同時、それを蹴って再度宙へと飛び上がる。迫る爪を身を捻り、間一髪でかわす。
猫はそのまま間合いを取らんと機動し、そこへファーフナー(
jb7826)、空から狙いをつける。
(……中てられるか?)
夜姫が突っ込んだ直後なので、タイミングと位置は優位だが、それでも猫は素早い。
銀髪の中年男は不可視の闇の矢を出現させると狙い澄まして一撃を放った。
刹那、飛行する猫の背が爆ぜ、血飛沫が飛ぶ。
猫がよろめき、さらにその刹那、遠方からライフル弾が唸りをあげて飛来し、瀕死の猫の身をぶち抜き粉砕した。
只野黒子(
ja0049)の狙撃だ。
(……物理、魔法……どちらが有効、という訳でもない?)
紫と黒を基調としたスナイパーライフルの銃口を回し、次に撃つべき標的を探しつつブロンドの少女は胸中で呟く。
黒子が仲間達の力量とその戦況を眺め推して図るに、少なくともどちらが有利と顕著に気付ける程度の差はない、と今の所の結果では思えた。装甲は薄いようだが、物魔双方なかなかに良くかわす。
ただ、防御には差はなくとも、敵の攻撃がすべて魔法攻撃である事は、明らかであるように思われた。
「敵は素早いですが脆い。連携して攻撃を重ねて、中ててゆきましょう」
少女は連携攻撃を呼びかけた。
他方、
――人間を狩る事に特化した敵、か。
ジョシュア・レオハルト(
jb5747)は敵を見定め、胸中で呟いていた。
だが、ジョシュアにとって、それはどうでも良かった。敵がなんであれ、己がする事はただそれを拒絶するだけである。
ジョシュアは駆けると地に倒れ伏せ恐怖の叫びをあげている一般人のうち、手近な一人の傍らへと近づいた。
「どうか、落ち着いて」
声をかけ、心を癒やす暖かなアウルを拡散する。恐怖の叫びが敵を刺激してしまう可能性を考えた為である。
「あぁっ、あぁ、あああああ……!!」
錯乱している様子だった男はジョシュアからのマインドケアを受けて、次第に心を落ち着かせてゆく。
だが、叫んでいるのは一人だけではなかった。五十人近くが倒れているのだ。
「……ここに居る全員は助けられないかもしれない。でも、それでも僕は!」
人を喰らう事に特化した獣を拒絶し、人の死を拒絶せんと、青年は心に定め、人々の気を落ち着かせるべく倒れている住民のもとへと向かうのだった。
●西方面
「オオッ!!」
レイガーは撃退士達の攻撃の起点は菫にあると見定めたらしく菫目掛けて突っ込んでゆく。
菫もまた先と同じく槍を消し去ると、閃光の如くに加速し、槍の間合いに踏み込んだ瞬間、焔の槍を出現させざまにレイガーの顔面を狙って鬼神の突きを繰り出した。
レイガーは迫る突きに対し、鋭く奇声を発しながら斜め前方へと踏み込みつつ、魔力でコーティングした左の甲を使い、鋭く横に払う。
パァン! と破裂するが如き音を立てながら炎刃とレイガーの手の甲が激突し、ベクトルが横にずらされ、穂先は狼人の頬を掠めて逸れてゆく。
黄金光を纏う右拳を振り上げ、地を爆砕しながら人狼が菫へと踏み込み、しかし拳の間合いに菫を捉える前に、マキナが黒焔を腕に宿して踏み込み殴りかかった。
黒い稲妻の如くに放たれた拳に対し、レイガーは振り上げた黄金の右拳を閃光の如くに旋回させ、横から弾いて打ち払う。黒炎が腕を焼き焦がし、僅かながら力を吸い取って、マキナの身へと回帰させ、その生命力を回復させてゆく。
同時、透次が狼人の背後を狙って跳躍しており、ナナシが宙よりハンマーを構えて急降下し、レイルが剣を携え間合いを詰めてきている。三方上下からの包囲攻撃。
瞬間、今度のレイガーは地を爆砕しながら空へと向かって跳躍した。落下してきた透次の日本刀が空を斬り、黄金の光を纏う狼人が空舞う悪魔の童女へと迫る。
ナナシVSレイガー、空中戦。
拳よりハンマーの方がリーチが長い。
ナナシは宙で小柄な身を捻りつつ疾風をも切り裂く鋭い勢いで巨大ハンマーを振り回し、レイガーは魔力でコーティングした腕を翳して振り下ろされたハンマーを横に捌く――が、壮絶な破壊力のハンマーは受け流してなおレイガーの防御を貫き、防御不能の衝撃力を炸裂させて、その腕から血飛沫を噴出させてゆく。
「オオッ!!」
しかしレイガーは吹き上がる鮮血も気にせず、ハンマーを横に捌いた勢いのまま身を捻り、鞭の如くにナナシへと向かって蹴りを繰り出した。閃光の一撃が童女の腹を捉え、その身を真っ二つに圧し折る――かに見えた瞬間、
「甘いわ、犬っころ!」
その身がスクールジャケットに変化する。空蝉。隣の空間に無傷のナナシが出現した。
レイルは地を駆けるとレイガーを追って跳躍し、最上段に不吉な風を纏う剣を振り上げ迫る。極大なるカオスレート+6。
レイガーは咆吼をあげて身を捻りざま、その振り下ろしを咄嗟に受けんと腕を伸ばし――レイルは瞬間的に、頭上で剣を振り上げた勢いのまま旋回させて軌道を急激に転じ横薙ぎを仕掛けた。ドイツ剣術で言うところの上段フェイクからのツヴェルクハウ(はたき切り)。
刃は風纏い螺旋を描き稲妻の如くに加速し、鮮やかに鋭く碧く明滅する剣閃を描いた。碧の刃が狼男の胴を掻っ捌き、凶悪な破壊力を炸裂させて勢い良く血飛沫を噴出させる。
「チッ……! そーいやお兄さん、前も上手い技使ってましたな!! ハッハァッ! 面白いッ!!」
レイガーとレイルが地に着地し、レイガーは黄金の疾風と化して赤毛の神聖騎士青年目掛けて突っ込んだ。
レイルは白く揺らめく霞でその身を包みつつ盾を出現させ翳す。
しかし狼男の左拳が弧を描いて繰り出され、盾がかわされ脇腹に叩き込まれる。肋骨が嫌な音を立て、衝撃に視界が揺らいだ所に、漆黒の巨躯から振り下ろされたチョッピングライトが胸元に炸裂して凶悪な衝撃力を撒き散らした。負傷率八割七分。
他方。
「気がついたかい?」
海は目を開いた麗蘭へと声をかける。
「あ、あたし……あたし、あたし! あたしあああああああああああああああああああ!!」
黒髪の少女は初め呆けた表情をしていたが、見る見るうちに目に涙を溢れさせて狂乱したが如き叫びを発し始める。
「大丈夫だ!」
徒歩は再度、暖かい光を放って少女の精神へと癒しを試みる。
「大丈夫だ……あの化け物は、俺の仲間達が必ず倒すから、君はもう大丈夫」
「あっ、あっ、あっ、ああああ……!」
少女はガクガクと嗚咽を繰り返しながらも、それでも多少落ち着いたのか、焦点の合っていなかった目が徒歩の瞳に合わされる。
徒歩は一つ頷くと、
「……念の為、ここを離れる。失礼するぞ」
青年は少女を抱き上げると、海と一度視線を合わせて頷いてから踵を返して駆け出す。
海は生命の芽をヒールへと入れ替えると立ち上がり、レイガーと戦っている仲間達の下へと駆け出した。
●東方面
(一人でも多く救出する。いや、一人残らず救出しなくちゃ!)
征治は胸中で叫び、先の女性を抱かかえて暗闇の道を駆けている。
一般人を戦域から離脱させれば、仲間達が戦闘をしやすくするだろう、という考えもあった。 故に戦場と化している道の外へと運び出している。
しかし、
――何処まで運べば良い?
何処まで運べば安全なのだ? ここで降ろして大丈夫なのだろうか?
敵はあの通りにいただけですべてなのか? この周囲に広がる闇の中に潜んでいたりはしないのか? 解らない。
安全が確保されている場所というのは、誰かが(何かが)安全を確保しているから、安全が確保されている場所であって、誰かが安全を確保していなければ、そこは安全が確保されている場所ではない。
およそ七十メートル程を駆けた所で征治は足を止める。
負傷者は一箇所にまとめておきたい。
だが、下手な場所におろしたら、そこへふらりと敵がやってきて、まとめて皆殺し、などという事態にはならないか?
迷いながらも女性を物陰に降ろす。
征治がかかえ出したのはたったの一人でしかなく、あと四十人以上がまだ戦場に取り残されているのだ。離れれば離れる程に往復には時間がかかってしまう。
「ま、待ってぇ!」
降ろされた女性が不安からか縋りつくように声をあげた。
「――これだけ離れれば、大丈夫です。他に仲間も戦っていますから」
征治は笑顔でいった。そんな保証は欠片もなかったが、ここで不安そうな顔をみせる奴ほど無責任なことはない。
「ほ、ほんと?」
女性が涙目ですがるように見上げてくる。
「はい。ですから、声をあげずにじっとしていてください。必ず、助けます」
征治は言うと、踵を返しまた、全力で駆け出した。殺戮が荒れ狂っている、道へと向かって。
他方、通りでは淳紅が爆炎を解き放ち挫斬を包囲している鼬達に猛攻を加えていた。
先に明斗の一撃を受けていた鼬が淳紅の一撃で倒れ、残りの三体も一気に瀕死の身となったが、それでも炎を裂いて鎌に赤黒光を宿し一斉に三方から挫斬へと飛びかかってくる。
「このっ!」
瞬間、明斗はアウルを集中させると解放し鮮烈に眩い光を解き放った。星の輝きだ。
鼬達は小さく悲鳴をあげてその動きを鈍らせる。
さらにケイが素早く射撃して飛び掛った鼬の一匹を射抜いて仕留め、挫斬は二体からの鎌撃を素早く身を捌いてかわすと閃光の如くに鋼糸を解き放った。
「きゃはは! 解体してあげるっ!」
女の言葉の通り、切断された鼬が血飛沫をあげながら倒れる。撃破。
同じく鼬に狙われているヤナギは駆け、燃える家と家の狭間、細い路地へと飛び込んでいた。それを追って飛び込んだ四匹の鼬達が一列に並ぶ。
肩越しにそれを確認したヤナギは足を止め、振り向きざま、
「あらよっと!」
雷遁・雷死蹴を放ち一直線を貫いた。バタバタバタと三体の鼬が倒れ、一匹が麻痺して足が止まる。鮮やかな手並み。
麻痺した鼬の背後に炎の陰よりRobinが出現し、自身より冷気を円状に噴出して打ち倒した。
仁刀、二体の鼬に対し周囲を薙ぎ払うように竜巻の如くに紅蓮の大薙刀を一閃させた。炎を纏う一閃が二体の鼬を斬り裂いて血飛沫を噴出させ、しかし瀕死の身ながら一匹の鼬が正面から飛びかかり、もう一体が仁刀の背後へと回り込む。
仁刀は飛び掛ってくる鼬の鎌撃に対し、自ら踏み込んで肩をぶちあてて弾き飛ばし――仁刀の装甲の前では彼の読み通り、鼬の通常鎌撃など脅威にはならない――薙刀の持ち手を滑らせて間合いを調節し間髪入れずに一閃した。真っ二つに断ち切られた鼬が赤色を撒き散らしながら地に落ちる。紫雲、肉を切らせて骨を断つ、カウンターの一撃。
しかし、背後に回り込んだ方の鼬は鎌に赤黒の爆光を集中させ猛然と振りかぶっていた。
仁刀はこれに対しても同様に、薙刀を手に踵を返し中りにゆく。
次の刹那、鼬の装甲を貫通する必殺の暗殺鎌撃が赤毛の青年の胴をぶち抜き、薙刀が鼬を袈裟に斬って絶命させた。仁刀、負傷率十一割三分。鼬のそれは文字通りに防御を貫通してくる一撃のようだ。破壊力自体も高い。しかし払った犠牲は大きかったが、速やかに仕留める事はできた。
「落とします」
玲獅は空中を風の如くに舞い結と格闘する黒猫へと向け無尽光で紡いだ鎖を解き放った。光の鎖が猫に炸裂し、縛り上げて地へと向かって急速に落下させてゆく。星の鎖だ。
「……容赦はしません」
それを見て取った結はロザリオを消すと両手にトンファーを出現させた。風切り音を立てながら旋回させると勢いをつけて踏み込み、落下中で隙だらけの猫へと爆光を宿して殴りつける。神輝掌だ。
レート差が爆裂している一撃が直撃し、猫は断末魔の悲鳴を短くあげて吹き飛んでゆく。やがて地に落ちて転がり動かなくなった。撃破。
他方、ジョシュアは住民へとヒールをかけてその足を治癒し、ケイは静矢へと再び襲いかかる猫へと回避射撃を放ち、援護を受けつつ静矢は刀で爪を受け止める。
「――そこだ」
紫色の髪の男は猫がヒット&アウェイの後退に転じた瞬間に一歩を踏み込んで日本刀を一閃した。弧を描いて振るわれた刀身より紫色の大鳥が飛び出し、黒猫を呑み込んで吹き飛ばしてゆく。猫は力を失って落下し地に叩き付けられて動かなくなる。
ルビィ、宙を旋回すると宙の黒猫と鼬が直線上に並んだ瞬間、黒い光の波動を撃ち放った。天より斜めに撃ち降ろされた衝撃波はひらりと急降下した猫の翼をかすめ、その奥、挫斬の周りにいた最後の鼬を貫いて粉砕する。
ファーフナーはルビィの一撃を回避した猫へとすかさず不可視の矢を飛ばし、外れ。夜姫が唸りをあげて迫り、電撃を纏う一撃を叩き込んだ。
黒髪娘の一撃を受けた猫は悲鳴をあげて吹き飛んでスタンし、その胴が直後に爆砕される。
「撃破確認」
再び猫を粉砕したブロンドの少女――只野黒子は戦況を見据えつつ狙撃銃の銃口を回す。言葉通り迅速な敵数漸減と全滅を全力で目指している。
住民の救出、ゴルディオンの結び目だ。鉄剣は乱麻を断つ。
空、猫の一撃がジョン・ドゥの身を斬り裂き、血飛沫があがっている。
「まだだ、まだやれるッ……! 戦えぬ私に、価値など無いッ!!」
空を舞うジョン・ドゥはアウルを己の魔導回路に流し活性化、纏う光の粒子を真紅から鮮やかな蒼へと変化させてゆく。
●
西方面、頼虎からヒールを受けていた恭弥が立ち上がった。
徒歩は麗蘭を抱きかかえて全力で駆け戦域から離脱してゆく。
レイルは後退して間合いを剣のものに広げながら横薙ぎを繰り出し、狼男は上体をスウェーさせて紙一重で避ける。
「タフですなぁ!」
先の連撃で沈められなかった狼は、右手に激しく眩く輝く黄金光を収束させ突進しながら爆風を巻いて殴りかかる。今までの一撃とは集まっている魔力の量が違う。
「させるかぁ!!」
菫が横合いから加速して突っ込んだ。紅蓮の槍を出現させざま斬り払うように炎刃を振るう。
炎の穂先が壮絶無比の破壊力を炸裂させてレイガーの腕を弾き、拳は軌道を逸らされ威力を弱めながらレイルの腹に突き刺さった。赤毛の青年の身が砲弾の如く吹き込んで転がり、負傷十六割九分、昏倒した。
レイガーは斬られた腕から血飛沫をあげつつも身を回転させ、鞭の如き蹴りを菫の脇腹に叩き込む。轟音が鳴り響き、菫、負傷率一割八分。人間辞めてる固さ。
マキナが正面より黒焔宿す腕で拳を放ち、先に跳ね起きた恭弥が疾風の如くにサイドからレイガーへと詰め接射すべく銃を突き出す。
マキナが放つ、防御など無意味と断じる強制の一撃を、しかしレイガーは黄金のオーラを纏う腕で衝撃を巻き起こしながら受け止め、右腕で稲妻の如くに銃口を払った。
しかし恭弥は完全に狙いを外される前に引き金をひいた。弾丸がレイガーの脇腹を掠めて血飛沫を噴出させ、その生命力を吸い取り傷を急速に癒してゆく。恭弥、負傷率五割三分まで回復。
衝撃によろめいたレイガーへとナナシがハンマーを手に急降下し透次が地を這うが如く低く加速する。上下からの同時攻撃。
レイガーが翳した腕とナナシのハンマーが激突し、レイガーの腕が圧し折れて血飛沫があがり、透次が神輝の古刀を手に一刹那のうちに縦横無尽の剣閃を巻き起こし、レイガーの脚を背後から滅多斬りに斬り刻んだ。
激しい血飛沫が吹き上がり、たまらずレイガーは包囲から脱出するように大きく後方へと跳躍し、着地するとさらに後ろに跳んで間合いを広げる。
海はレイルへとヒールを放ち、その身を回復させてゆく。
他方、東方面では、宙に漆黒の旋風が飛び、蒼い光を纏った男が翔け、再度激突せんとする瞬間、男の身より蒼い人型の光が出現、稲妻の如く手刀を振るっていた。
攻撃を繰り出さんとしていた黒猫は短く悲鳴をあげて吹き飛び、さらに、黒子やケイ、淳紅、静矢、結、ヤナギ、挫斬、明斗、Robin、ルビィ、仁刀等から次々に射撃が飛び、最後の黒猫もまた粉砕され、地に落ちる。東方面、敵の殲滅が完了した。
再び西方面、傷が癒えたレイルは意識を取り戻して再び立ち上がり、菫は面を外す。
狼は折れた腕を真っ直ぐに引き伸ばすとみるみるうちに再生させつつ、顎を開き、笑う。
「ハハ、立ち上がりますか! 愉しませてくれる! いやはや、魂齎剣を背負っているとはいえ、マジで全力なんですが……ふむ、こうなりゃ、トコトン本気って事で、ドクターの新兵器とやらを出してみるのも一興ですナ!」
狼は言って、肩越しに背へと手を伸ばし、その背中に背負っていた、水晶の長剣を引き抜いた。
撃退士達はレイガーへと向かって駆け、ナナシが注意の声をあげた。
「気をつけて! あの剣、光を撒き散らすわ!」
「ご名答!」
レイガーは言うと、水晶の長剣を極光色に光輝かせ、虹色の無数の光球を周囲へと撒き散らした。光の球は飛び出した次の瞬間には砕け散り、耳をつんざく轟音と共に次々にオーロラの色の閃光を嵐の如くに解き放った。
光を浴びて恭弥、マキナ、菫、レイル、頼虎の意識が眩まされてゆく。
透次は咄嗟に片目を瞑り鏡を向け反射せんとしたが、片目から光が飛び込みやはり同様に朦朧状態へと陥った。
ナナシは咄嗟に眼前に盾を出現させて目を覆ってかわし、海は素で耐えた。
レイガーは黄金の疾風と化して菫へと踏み込むと、オーロラの水晶剣を一閃した。轟音と共に巨大な極光のエネルギー波が噴出し斜め上へと朦朧としている菫を貫きながら抜けナナシへと襲い掛かる。ナナシは盾を翳した。
極光の奔流が荒れ狂い、菫とナナシの身を焼き焦がし、ナナシ、負傷率十割一分、意識が遠退きかけたが海よりアウルの力が注がれて踏み止まると同時に負傷六割六分まで回復。菫は負傷七割二分、倒れない。
ナナシが急降下して盾より炎の刃を噴出させて疾風の如く斬りかかり、レイガーは後退しながら水晶剣を翳して受け流す。
刹那、
「むっ?!」
間合いを詰めてきた海が『魂齎剣(ソウルブリンガー)』それ自体を狙って掌底を放った。剣が弾き飛ばされて宙空へと吹き飛んでゆく。
しかし、レイガーは素早く反応して跳躍すると空中で再び剣をキャッチした。三倍速で動く。
狼は着地すると後ろに跳んで風の如くにさらに間合いを広げつつ。
「危ない危ない」
「妙な技を使うね。その剣の力か?」
海がレイガーを睨みつつ言う。
「YES、ドクターの新兵器でさぁ。しっかし、フルパワー発揮するにはもっと魂溜めないと駄目みたいなようで。ま、やっぱり頼るなら自分の実力、と――」
言いかけた所で、あらぬ方向へとレイガーは首を向けた。
「あっりゃ〜? 撤退命令がきちまいましたよ。まったく。良いトコだってのに、もうですかい。残念無念ですがぁ、続きはぁまた今度って事で、今宵はあっしはこの辺りで失礼させていただきやす。またお会いしやしょう!」
もう二度と会いたくない、と思った撃退士達も多かったが、人狼はそんなことをのたまうと、疾風の如くに月夜の闇の彼方へと駆け去っていったのだった。
その後、徒歩が呼んでおいた救急車が駆けつけ、さらに応援も駆けつけ住民達は救助されて病院へと運ばれていった。
町には大きな被害が出ていたが、撃退士達が駆けつけてからは迅速にディアボロ達が撃破された為、また応急手当の成果もあり、その被害は最小限に抑えられたようであった。
糸野麗蘭も心身に後遺症は残ったようだが、迅速な手当の甲斐があり、人間としての生活を再び送る事は出来そうだとの事だった。
了