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マスター:望月誠司
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/09


みんなの思い出



オープニング

 日本国が静岡県、伊豆半島の南部。
 夏の蒼空に太陽は眩しく輝いている。
 海は青く澄んでうねり、浜の砂は白く煌いている。
 華やかな水着に身を包んだ女達が白い肌を眩しく晒しながら楽しそうに声をあげ、日に焼けた男が鋭角なボードの上に低い態勢で足をつけ盛り上がる波の上をバランスを取りながら滑ってゆく。跳躍した。歓声があがる。
 浜辺に遊ぶ人々の数は、全盛期に比べれば多少減っているが、それでも盛況で、どこぞのTV局も海辺の特集でもやるのか、撮影に訪れているようだった。
「夏ですねー」
 白い砂浜にパラソルを差し、シートの上に正座を崩した姿勢で、腰までの長さがある艶やかな濡羽色の髪の少女が座っている。少女は白のビキニにパーカーを羽織った姿で、蓋のついた使い捨て容器にストローを差して、冷えているジュースを時折口にしつつ、にこにこと微笑を浮かべて浜辺の様子を眺めている。
「夏だな」
 こくりと頷いて、仏頂面で二十歳後半程度の男が答えた。身につけているのはハーフパンツの水着のみで、常の眼鏡も外し鍛えられて引き締まった体躯を晒している。親衛隊総長の岸崎蔵人である。
「会長は楽しそうだな?」
 濡羽色に艶やかな、長い黒髪を持った少女――学園生徒会長、神楽坂茜を見やって、蔵人は問いかけた。
「全体から見れば一部ではあっても、こうして平和が戻ってきて、皆さんが楽しそうになさっている様を目にする事が出来ていますから」
「そういうものか」
 蔵人はふむ、と呟き少し考えてから頷いた。蔵人等実戦部隊とは違い立場上最前線には出てこなかったが、静岡の戦いでは会長もあれこれ疑心暗鬼によって足並みの揃わなかった企業間の調停や交渉などで骨を折っていたと聞く(その動きが邪魔に思われたのか刺客が送られ暗殺されかけたりもしたらしい)苦労の結果が実を結べば、確かに嬉しいものだろう。
「岸崎さんはこういった場は苦手ですか?」
 会長は穏やかな調子で小首を傾げ問いかけてくる。
「そういう訳ではないが、今はDOGの主力は橋頭堡を築くために富士山の麓に寄せていると聞いているからな」
 戦いは今も続いている。
 企業連合の者達との付き合いは長い訳ではないが、それでも肩を並べて半年以上の戦いを共に潜り抜けてきた。戦友達が今も戦っているとなると、蔵人としては戦況が気になる。久遠ヶ原からも源九郎などは橋頭堡戦の指揮に行っていると聞くし。
「依頼で出るなら、そちらに行きたかった、というのが正直な所だ」
 男がそう述べると、黒髪の少女は労わるように微笑した。
「岸崎さん達は敵の主力に当たったり激戦を潜り抜けた後ですから、特に休息を取って心身を癒す事が必要ですよ。偶には羽を伸ばす事もいたしませんと。無理を重ねるとパフォーマンスは知らず低下してゆくものです」
「……羽を伸ばす、か……そういえばDOGの撃退長も言っていたな」
 岸崎蔵人はあのよれた企業組織の制服に身を包んだ、目が死んでる系の壮年男の台詞を思い出す。
 曰く、
 伊豆半島の観光資源は静岡の企業連合にとって重要な収入源である。
 そして、伊豆の観光の最もたる所の一つは夏の浜辺である。
 しかし伊豆半島の北部は先まで戦地であった為、近隣の南部も長い間必ずしも安全な場所とはいえなかった。そのイメージが客足に影響する懸念がある。
 そこで、現在では安全は確保されたと大々的にアピールすると共に、万一の際の警備も完璧であるとアピールして、観光客達が足を向け易くする必要がある。
 この時期に万一があっては絶対にいけないが、しかし、あまりにものものしく警備をし過ぎても不安を煽って逆効果である。
 そこで表警備はDOGが取り仕切り、学園の撃退士達は遊泳客のふりをしつつ覆面警備として紛れ込み、万一に備える形を取る。
 学園生達は美形が多い。アピールの為にTV局で流す放送の際に絵面が映える。そして美形が多く集まっている浜には客の入りが良くなる。一石二鳥。
 戦況を考えるに、実際の所、南部にはもうサーバントは出ないだろうから、盟友たる学園生達は気楽に構えてくれて良い。本当の万一に備えるのはDOGだけで十分だから、海で羽を伸ばしてくると良い。
 なんて事を西園寺顕家は撃退士達へと言っていた。
「で、こういう場を提供する代わりに、富士山攻略戦が本格化しだしたら『また一つよろしく頼むぜぇ』って事でどぎつい部分の攻略を依頼してくるんだと思います、あの人」
 あの人はそーいう人です、と会長はどこかげんなりしたような表情をして言った。
 蔵人が視線を向けると「昔、依頼であの人達と一緒に戦った事があって」と少女は言った。神楽坂茜は剣技においては無双だから、西園寺顕家の指揮ぶり、というか性格を考えるにさぞこき使った事だろう。蔵人は納得した。あの男は、有能な者ほど危険地帯に突撃させる。その分、手当ても厚いのだが。
「ギブ&テイクだから、遠慮せずに今のうちに遊んでおけ、という事か」
 蔵人の言葉に会長は頷いた。
「です。なので、岸崎さんもご遠慮なさらず、今のうちに気晴らしなさってきては? 私達は夕方からは食事の準備もありますし」
「……うーむ」
 蔵人は少し考えると頷いた。
「そうだな。それではお言葉に甘えて波と一勝負してくるか」
「ふふ、御武運をー」
 蔵人はサーフボードを掴み担ぐと、手を振る少女を後にして、青く青く波打つ大海原へと向かったのだった。


リプレイ本文

 燦々と燃える太陽が放つ強い夏の光を浴びながら、浜辺に寄せた煌波が砕ける。
 白い水の破片は、多くは海に引き戻され、残りは砂に吸い込まれて消えた。波打ち際を手前に辿れば、真っ白な砂の領域が広がっている。
「うーみーやー!!」
 浜辺に降り立った青年、亀山 淳紅(ja2261)は青い大海原を前に弾んだ調子で声を張り上げた。
「海ですね〜」
 相槌を打つのは黒い毛皮の猫人、カーディス=キャットフィールド(ja7927)である。
「……貴様、よくその格好で平気だな」
 頭から足先までをくるっと包む猫の着ぐるみ姿のカーディスを見やり、長身刺青三白眼の男ファウスト(jb8866)は、驚嘆半分心配を滲ませた声音で言った。
 しかし、
「夏毛仕様ですので」
 白浜に立つ黒猫は涼しい顔で――少なくとも表面上、着ぐるみの上のからの表情では――そう答える。
 猫の中の人は真実どうなっているのか、ファウストの目からは計り知れない。
「それじゃ、ナンパをしましょう!」
 ぐっと拳を握って淳紅が言う。
 白く煌く浜辺には、煌く砂以上に白く眩しい白肌を露に娘達が波と戯れている。健康的に小麦色に焼けた女達もまた多い。百花繚乱である。
「ナンパですか?」
 黒い猫人が小首を傾げる。
「男を上げるための特訓やねん」
 勢い込んで淳紅は言う。
「彼氏もてる方が彼女さんも嬉しいかな、って……」
 後半はちょっと勢いが無い。
「ふむ、そういうものですか」
 と英国紳士な猫人は小首を傾げる。これ以上男気上げなくても彼女さんとラブラブじゃない、とは思う所だったし、常識とされるもので考えるならば、彼氏が他の女と一夏恋の冒険をしていたら嫌そうな気もするが、人の感性はそれぞれなのでそういうものなのかもしれず、あるいは、欧州事情以上に男女の事情は複雑怪奇である。
「……我輩は海岸のゴミ拾いでも行おうと思っているのだが」
 と言うのはファウスト。
 彼の外見は二枚目ではあるが、かなり鋭い。その容姿上怖がられる事が多いのだ。その自覚はあるので目立たぬように活動しようと思っていた。
 が、
「ほんじゃ、ゴミ拾いしながらナンパしましょう!」
 そう熱く主張するのは亀山青年である。
 長身三白眼の男は、ゴミ山抱えながら女達を口説くシーンをイメージしてみる。
「…………前衛的だな」
 真面目なところを好む女子は世には結構いるが、しかし。
 もしかして淳紅の奴、本気でナンパ成功させる気は無いんじゃ? などとファウストは思いつつも、なんだかんだで付き合いの良い悪魔の男は、連れのその提案に乗る事とする。
「ほんじゃ行きますかー!」
「行かれますかー!」
「……行くぞ」
 かくて男三匹、夏の浜辺へといざ出陣である。果たして結果は――


 金糸のような髪がふわりと、リチャード エドワーズ(ja0951)の視界を掠めた。
 眼前に晒された少女の白い肌は陶磁器のように滑らかで、ともすれば清楚さを感じさせる。しかし起伏豊かな身の要所を覆うのは黒の薄い布地のみで、艶やかさもまた誇っていた。
「ふははははははは! 夏だ! 海だ! よし泳ぐぞ!」
 黒のビキニにパレオ姿の少女は、被った麦藁帽子が風に飛ばされないように抑えつつ振り返って、煌く翠の瞳をリチャードへと向け、弾んだ声で言ってきた。黙っていれば清楚な英国美少女だが、言動がそれを破壊する、イングリッド・トワイライト(jb8001)である。
「まぁ折角の海だし、泳がないと損だよね」
 ハイランダーの男は活発な姫君の言葉に微笑しつつ相槌を打つ。金髪碧眼、引き締まった体躯を持つ長身の青年だ。なおこちらは海パンに白パーカー姿である。
「それじゃあリック! あのちょっと離れた所まで勝負だ!」
 ブロンドの美少女は、麦藁帽子をぽんと放り投げ、同じく腰に巻いていたパレオを解いて脱ぎ捨て、ビシッと水平線の彼方を指して非常にアバウトな線引きで勝負を挑んできた。
「競争か……良いだろう。では、あの島まででどうかな?」
 リチャードはイングリッドの豪快さには慣れてるのか、穏やかに具体的プランを提案する。
「島か、解った、どちらが先に上陸するかだな。負けないぞっ!」
 楽しそうな笑顔を浮かべてイングリットは答えた。案外、リチャードと遊べればなんでも良いのかもしれない。
 かくて青年もまたパーカーを脱ぎ捨て、浜に寄せてくる波にきゃっきゃと喜んでいる少女と共に海に入る。危険はないか、さりげなく周囲に目を走らせておく。姫君を守るのは騎士の務めである。
 海水に浸かれば、その冷たさが肌を刺激してくる。もっとも、夏は水温も高いので、すぐに気にならなくなる。陸上は焼けつくような熱さだったので、爽快だった。
「よし、それじゃ三、二、一でスタートだ」
「了解」
 カウントを共に数えて、零のタイミングで二人は同時に水を蹴り、彼方の島へと向かって泳ぎ出したのだった。


 崖上に男が一人、座っていた。
 百八十を超える長身の男で、白の総髪、額は広く、顔にはこれまでの人生が、波が削ったこの崖のように、皺となって刻まれている。スモークの濃い黒いグラスをかけているので、判別し難い所はあるが、一見では五十そこそこ、と言った所だろうか。彼の実年齢はまだ四十代後半だったから、なかなか老けて見えている事になる。
「――あ! 姿が見えないと思ったら、こんな所に居たのね? おじさま」
 声が響き、振り返れば、そこには崖上の風にツインテールを揺らす、猫の様な赤眼の少女が立っていた。手にはシロップがかけられたカキ氷を二つ持っている。巫 聖羅(ja3916)だ。
 グラサンにサマーニットなリゾートスタイルの男――ファーフナー(jb7826)は多少驚いた。
「俺を探しに来たのか? 折角の夏なのだから、若い連中同士で楽しくやっていれば良いものを」
「おじさま、何をしているの?」
 聖羅は隣まで歩み寄ると、はい、とカキ氷を差し出す。
 ファーフナーは礼を言って受け取ると答えた。
「――少し海を見ていた」
 土地には興味を持ったが、人とはある程度距離を置いておきたかった。
「ふぅーん……」
 聖羅は隣に腰を降ろすと同じように海の方へと視線をやった。大海原は蒼く輝きながらうねり、空には白い雲が流れ、海鳥が声をあげて鳴いている。
 シャクとスプーンにすくった氷を口に運べば、爽やかな冷涼感と共にすっきりとした甘い味がした。ブルーハワイ、店によって結構、味が変わる事があるのだが、今回のはラムネ味に少し似ていた。
 同様にカキ氷を口に運んで咀嚼しつつファーフナーは思う。
 調子が狂う。
 同じ悪魔ハーフなので嫌悪感はないが、何故か懐かれたようで戸惑い気味である。
「おじさまって死天使と……ううん、お父さんと少し似てるわ。悪魔の血が混じっているせいかしら?」
「お前の親父さんと?」
「ええ」
 頷きつつ聖羅は己でも疑問には思っていた。同じ混り者だから他人とは思えないのだろうか。
(歩んで来た道は全く違う筈なのに……)
――似ている、というのだから、サリエル・レシュではなくイスカリオテ・ヨッドの方だろう。
 己とイスカリオテと似ているという彼女の父は、一体どんな男だったのだろうか。
 風に吹かれて海を眺めつつ、ファーフナーはそんな事を思うのだった。


 華桜りりか(jb6883)は初めての事ばかりでドキドキとしていた。
 水着は一応着てきたのだが、恥ずかしいのでフード付きのパーカーに袖通し、しっかり前を閉じてその猫耳付きのフードもかぶっている。
「良い天気だ」
 まさに本日の空模様と同じ名を持つ少年、水無瀬 快晴(jb0745)が彼方を眺めて目を細めて言った。グレーのパーカーを脱ぎ、こちらは黒のボーダー柄サーフパンツという装いだ。
「んぅ……パーカーを脱がなくてはいけないの、ですね」
 恥ずかしそうに黒髪の少女は言う。
「泳げない事もないと思うけど、水を吸うと重いからね――大丈夫だよ、浜じゃ皆水着だ」
 微笑して少年は言う。
「うぅ……解りました」
 意を決してりりかは頷く。
 ファスナーが滑る音と共に露になったのは、フリルがふんだんにあしらわれたビキニにパレオ、可憐な装いである。
「はい、頑張ろうね」
 水無瀬 快晴(jb0745)はりりかの頭を優しく撫でつつ言う。
 少年は少女の手を取ると、共に波が打ちつける浜を歩き海中へと侵入してゆく。波はなかなか高く勢い良くうねっている。海水の冷たさが肌に浸透してくる。
「初めての海なの……少しこわいの、です」
「ん、りりかは初めての海なんだね。無理しないでね?」
「わわっ、あ、足が届かないの……!」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
 深い所に来て焦ったか、慌ててしがみついてきたりりかを快晴はしっかりと抱き止めて支える。
「俺がついてるから、ね?」
 青年は言って、恐怖を鎮めるように優しくりりかの頬にキスをした。
「は、はい……」
 青い顔から一転、頬を赤く高潮させてりりかは頷く。一瞬で水の冷たさも忘れてしまっていたのだった。


 アイゼンブルク家三兄妹の長女であるアレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)は、冷静沈着で落ち着いた佇まいの女性である。
 銀色の美しい長髪に、エメラルド色に澄んだ二つの双眸、美麗さの中に鋭さも湛える凛とした美女である。
 そんなアレクシアは本日、天風 静流(ja0373)と共に学園の生徒会長の元を訪れていた。
「あ、――さんのお姉様なのですね。神楽坂茜と申します。妹さんにはいつもお世話になっております。お会い出来て光栄です」
 アレクシアが自己紹介の挨拶をすると、濡羽髪の少女は嬉しそうに微笑してお辞儀してきた。
 世間話もそこそこにアレクシアは用件を切り出した。
「実は……神楽坂に頼みたい事があるんだ」
「はい、なんでしょう?」
 スチャッとデジカメを取り出しつつアレクシアは言う。
「水着姿を撮らせてくれ」
 目前の少女は笑顔のままフリーズした。
「え――えっと」
「頼む、妹からのお願いなんだ!」
 アレクシアは公共の場など他人のいる場所では隠しているが、母代わりとなって可愛がってきた妹に極度に愛を注いでいたりする。
 ひらたく言うと極度のシスコンである。
 故に、
(妹のお願いを断れる筈がない)
 例えそれが『茜さんの水着姿撮ってきてー』であってもだ。
(唐突に撮らせてくれと頼んで聞いて貰えるか分からないが……やるしかあるまい……!)
 この光景を前にして共について来た静流は、
(アレクシア君が会長に用があるとの事だったが……何ともらしいな)
 そんな感慨を覚えている。
 昔から妹の為にあれこれ働いてきたお姉ちゃんなのだろうか。
「い、妹さんからのお願い、ですか」
「そうだ。お願いされれば叶えない訳にはいかないんだ……!」
「うぅぅぅ……そ、そうですね、妹さんのお願いとあれば……ちょ、ちょっとだけなら」
 その返答にアレクシアはほっと安堵する。
「感謝する。愛する妹の頼みなら、どんなポーズだろうと撮って見せると誓ったのだ。これで約束は果たせる」
「あ、あんまり過激なのは勘弁してくださいねっ?」
 そんな会長の叫びが浜に響くのだった。


 絹のように白く滑らかな肌、長く艶やかな黄金の髪が海風に揺れている。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上! ですわ」
 上下の別れた水着に凹凸に富んだ豊かな体躯を包み、言葉と共に浜辺に仁王立ちしたのはクリスティーナ アップルトン(ja9941)である。周囲の海水浴客達からの視線はクギづけだ。
「ふ……やはり私がいると浜辺も華やぎますわね」
 抜群の美貌とプロポーションを持つ女は、男達の目がハートマークになっているのを確認して――高飛車な態度を取る事が多いが、実はけっこう他人がどう思っているのかを気にする小心な所あったりする――ほっと安堵してたりする。本日も己の美貌は健在だ。
「あら、あちらにいらっしゃるのは生徒会長さ……ん?」
 ふとクリスティーナは形の良い眉を顰めた。
 会長はクリス的に『これぞ大和撫子といった方ですわね』というイメージなのだが。
 ……大和撫子……大和撫子……大和撫子は……果たしてあんな格好をするものだろうか?
 砂浜でポーズを取っている黒髪少女の傍らに近づいてクリスは声をかける。
「ごきげんよう、神楽坂さん。しばらくお会いしない間にすっかり過激に」
「ク、クリスティーナさん、違うんです、これには訳が」
 クリスに気付いたらしい茜は高潮した顔を向けてそんな事を言ってきた。
「よし、そのまま、そのまま、動かないでくれ」
 傍らでは銀髪の美女がデジカメのフラッシュを焚いてパシャパシャパシャとシャッターを切っている。
「グラビアにでも出ますの?」
「違います」
 真っ赤な顔の茜はポーズを取るのを止めるとパーカーを掴んで胸の前で掻き抱いた。
「も、もう良いですよねっ?」
「二つ持ってきたからまだ撮れるんだが……」
 さすがに実際にやってみたら恥ずかし過ぎたのか、本当に文字通りの涙目になっている会長の姿を見て、
「まぁこれだけ撮れれば十分かな? 有難う」
 とアレクシアは頷いたのだった。
「それと神楽坂、すまないんだがもう一つ、質問をしても良いだろうか?」
 クリスティーナに経緯を説明している会長に言う。
「これは妹からの頼みではなく、私の個人的な事なものなのだが……」
「ご質問、ですか? なんでしょう?」
 パーカーに袖通しつつ小首を傾げて会長。
「静流や飛鳥という子もそうなんだが、そちらに妹が凄く懐いている理由が聞きたい」
 アレクシアは俯いて言った。
「というのもな……妹が……最近あまり構ってくれないんだ……だから参考にと……」
 言葉よりも深刻そうである。
「それは…………えぇと」
 会長はアレクシアに対しなんと言って良いものか、困っているようだった。
 愛する妹に構って貰えないのは辛いのだろう。あるいはそれ以上に何かあるのかもしれない。
(妹が構ってくれない理由……か)
 静流は胸中で呟く。
 彼女としても、いつも二人がどんな感じなのか良く分からないので何ともいえない所ではあった。
(――あの子も詳しく語らないしね)
 話すには憚られる内容なのだろうか……と、そんな事も思う。
 静流が思考を巡らせていると、隣では会長がアレクシアに対して答えていた。
「――私が妹さんを好きなのは、お会いした時に楽しくお話しさせていただいたり、優しくしていただいたり、お料理教えていただいたり、一緒に遊んだり、先日は命を助けていただいた事もありました、何気ない所作や、そこに感じる気遣いだったり、色々なのです。妹さんもきっと色々なんじゃないかな、と。妹さんが好んでくださっている私の色々がどういうものなのか、その正確な所は、私では解りません。こうしたら喜んでくださるんじゃないかな、と手探りです。けれど一つ言えるならば、押しつけにはならないように誠意を以って接する、という事は大切なのではと思って心がけています。ただ、遠慮し過ぎても水臭いという物ですから、未熟者な私にはその辺りの判断が難しい事も多いのですけども……」
 会長はそんな事を言った。
「そうか……有難う」
 アレクシアは礼を言うと、視線を静流へと向ける。
 艶やかな黒髪の娘は答えて言った。
「私は普通に接しているだけだよ。何も特別な事はしてない」
 男前な返答であった。
 天風静流は基本的に自然体で接する娘である。
「となると……相性が良い、という事なのかな」
「そうなるのかな」
 アレクシアの言葉に答えて静流。
 そんな事を話していると、
「あ、こんにちは……?」
 青トランクスに白パーカー姿の銀髪の少年が姿を現した。ジョシュア・レオハルト(jb5747)である。
「こんにちは――」
 アレクシアは挨拶を返しつつ、見覚えの無い青年の姿に何処かで会っただろうかと、急ぎ脳内記憶を検索する。
「あれ? あ、いや人違いで……すいません、知り合いに良く似ていらしたので」
「む、そうか。気にするな」
 得心がいってアレクシア。やはり初対面であったようだ。
「あら、ナンパですの?」
 クリスティーナがふと言った。海では割と定番な手管である。
「違いますよ!」
 本当に似てるんですって、と思わず顔を赤くして手を振りジョシュア。
「知り合いというのは……――かな?」
 静流は少し考えると、友人でありアレクシアの妹でもある少女の名を出した。
 ジョシュアはちょっと驚いたように目を見開いてから頷いた。
「ええ、そうです」
「ああ、でしたら、こちらお姉様ですよ」
 会長が笑って言った。
「アイゼンブルク家の長女、アレクシア・V・アイゼンブルクだ。よろしく頼む」
 妹の知人であるならば挨拶はきちんとすべきだろう、と判断し凛と落ち着いた佇まいでアレクシアは自己紹介する。まさに貴族らしい貫禄である。
「ジョシュア・レオハルトです、こちらこそよろしく」
 綺麗な人だなぁ、と思いつつジョシュア。まさか眼前の美女が先程まで、水着を撮らせてくれ! などと叫んでいたとは思うまい。
 いつか依頼でお世話になるかもしれないし、とジョシュアは周囲のメンバーにも挨拶はしっかりとしておく事とした。
 かくて、初対面の者同士は自己紹介を互いにかわすのだった。


 蒼く煌く海を勢い良く飛沫をあげて学園指定水着に身を包んだ娘が高速で泳いでゆく、大炊御門 菫(ja0436)である。少女はのんびり遊ぶのは落ち着かない様子で、遠泳を慣行中である。
 同じく、久遠 仁刀(ja2464)も落ち着かない様子だった。
 ここで遊んだんだからと気合を入れ直すのにはいいか、とは思うもののどうすれば良いのかと途方にくれていたりする。遊ぶのは苦手だ。
 一方、学園指定の水着に身を包んでいる龍崎海(ja0565)はバナナボートを浮かべて乗り、のんびりとくつろいでいる。しっかり心身をリフレッシュさせるのも仕事のうちだ。
「やった! リック、勝負は私の勝ちだな!」
 小島の浜に上がったイングリッドが振り返って言う。
「速いな、お見事」
 と少し遅れて浜に上がりつつリチャード。
 水泳競争はイングリッドが勝利していた。
 リチャードはイングリッドの後ろについて周囲に危険がないか確認していたり、元より僅差で負けるくらいの心持ちではあったが(彼女を楽しませるのが目的なので)案外全力でやっても必ず勝つというのは難しかったかもしれない。
 他方。
「えっ? もしかしてナンパですかー? フツーならお断りなんですけど〜」
 ナンパ三人組、ファウストの前では女子大生らしき年頃の娘達がきゃぴきゃぴと笑顔をふりまいていた。
 案外嬉しそうなその女達の反応にファウストは絶賛戸惑い中である。
「えーでーもー、お兄さんちょー格好良いからー! でーもー、何するつもりなんですかー? アブナイ事〜なんて、しませんよねー? きゃっ!」
 火遊び好きらしき水着姿の女達はモジモジしながら言う。
「ゴミ拾いだ」
 ファウストは答えて言った。
「――えっ?」
 娘達の笑顔がフリーズした。
「海岸のゴミ拾いだ」
 男は繰り返した。
「え、えっとー……は……捗ると良いですねっ、それじゃ私達はこれでっ」
 女達はそそくさと去って行った。ただしイケメンに限る、にも限界はあるらしい。
 その傍らで、
「うっわ、なんやコレ! ごっついなー! ゴ○ラの背びれ?」
 淳紅が拾った巨大な残留物を手にきゃっきゃと歓声をあげていたりする。
 女達はつれない素振りだったが、ゴミは釣れまくって大漁のようである。
「わお、これ見てくださいよ亀山さん! このボトル、中に手紙が入ってますよ!」
 陽を浴びて煌く硝子製のボトルを手にカーディス。
「おぉニャーディス君、それはきっとボトルレターて奴やね。遥かなる大海原を渡って流れ着いたんやなー! どっから来たんやろ?」
「幾つか言語が並列して書かれてますね――あ、この部分は英語かな? 『アローアロー、このボトルは幸運のボトルです。この文を読んでいる貴方に幸運を、エインガナの大地より愛を篭めて』ですってー」
「おおー! ファウストさーん、ちょいこれ見て見てっ! エインガナって知っとる?」
「貴様等、ナンパはどうなったんだ……?」
 そんな言葉を返しつつ一つ溜息すると、
「エインガナ……この島国から南方に位置する大陸には、そんな名前の虹の蛇が登場する伝承があったな」
 まぁ連れ達は楽しそうだから良いか、と五百年前より地球の各地を転々としていた経歴を持つ男は、手紙を覗き込んでいる二人の元へと向かうのだった。


「やっぱり普通にしてらっしゃると大和撫子ですわね」
 パラソルの下、談笑しつつクリスティーナは会長に言った。
「有難うございます」
 微笑して黒髪の少女は答えた。背筋はしゃんと伸びて緩やかにS字の曲線を描いている。凛と清楚な佇まいだ。先程までアレなポーズを取っていたとは想像し難い。
「そんな神楽坂さんに私からアドバイスがありますの」
「アドバイス、ですか?」
「ええ、パラソルから出て、その大和撫子ぶりを全国のお茶の間にお届けするのですわ!」
 視界の端でTVのリポーター達の様子を確認していたクリスティーナは茜の手を掴むと立ち上がった。
「え、ええええっ?」
 慌てた様子で茜。脳裏をよぎったのは、ニュース番組等でリポーターの後ろでピースしている子供達の集団である。
「そ、そんな、子供じゃないんですから、駄目ですよ、クリスさーんっ」
「硬い事は無しですの」
 うふふとクリスティーナは悪戯っぽく笑って、茜の手を引き撮影現場に近づいてゆく。
 すると海水浴客らしき男女のインタビューを丁度終えた所だったリポーター達は、今度はカメラとマイクをクリスティーナ達に向けて来た。
「こんにちはー、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
 笑顔と共に水着姿の若い女性リポーターがインタビューしてくる。茜は水着姿がTVに、というのが恥ずかしいらしく、クリスティーナの陰でもじもじしていたが、ブロンド美女はばばんと胸を張って、
「構いませんわ」
 とにこりと微笑して答えた。
「有難うございます。お二人はどちらからいらっしゃったんですか?」
「茨城からですの」
「お、同じく、です……」
「ご出身は日本なんですか?」
「出身はUKなのですけども、日本に留学しておりますの。それで下宿先が茨城なのですわ」
「なるほどー」
 そんな調子でクリスティーナと茜はインタビューに答えてゆく。
 後日、その映像を見たDOGの撃退長が赤くなってる会長の姿に爆笑したのはまた別の話である。


 陽が、落ちる。
 黄昏。
 山吹色に燃える太陽が、西へと位置を移してゆく。黄金色に染まった波が寄せて砕ける。
 大地に影を伸ばしながら、崖上に腰を降ろして黒百合は海を見つめていた。波間は橙色の光を乱反射して煌いている。
 つらつらと一人、物を思う。
(静岡に遊びに来る度にこんな感じなのよねェ、未練タラタラ万歳ィ……)
 溜息がもれた。
 多数の意思と力が激突し紡がれてゆく現実は、少女が望む十全の形には進んでくれなかった。
 成せた事もあるが、成せなかった事もある。
「――お夕飯できますよ」
 不意に背後から柔らかな声を響いた。
 振り返ると、今の時分と同じ名を持つ黒髪の少女がエプロン姿で、鋼色の挟む奴――トング――を片手に振って立っていた。神楽坂茜である。
「……そーいえばァ、バーベキューするんだったかしらァ?」
「ですよ。お料理の担当、有志の方が大勢ですので、きっと美味しくて楽しいですから、いきましょう〜」
 にこっと笑って茜は誘う。
「んー……」
 黒百合は少し考えると、立ち上がって歩き出した。
「ねェねェ、神楽坂ちゃんゥー……」
 隣を歩く少女を見上げて言う。神楽坂茜は小柄だが、黒百合はさらに小柄である。
「なんでしょう黒百合ちゃん」
「最近満足に遊べないんだけどなんかいい方法あるゥ?」
「遊び、というと……」
「遊びよォ」
 シュッシュと拳を振るって黒百合は言った。少女にとって遊びの一つは戦闘である。
「というかサリエルといい、リカといい、私の目の前で勝手に死ぬなァ……って感じなんだけどォ……」
 そんな調子でぶつぶつとあれこれ愚痴を並べてゆく。
 しかし実際の所、黒百合の中で、サリエル達の一件は多少は引きずっているものの、ある程度の区切りはついていた。
 先の戦いでリカが逝った事。
 そして、新しい玩具――会長・神楽坂茜である――を見つけた事で、ある程度の区切りは付いていた。
 ぶつぶつと文句を並べてはいるのは、実はただ会長に甘えたいだけだったりもする。
 そんな気配を感じ取ったか、黒髪の娘は黒百合に柔らかく微笑すると、
「満足できるレベルでは無理かもですが……食事が終わったら、私と軽く組み手でもしてみませんか?」
「組み手ェ?」
「ええ、武器使うと怪我しちゃいますから、お互い素手で軽く。ちょっとはスッキリするかもしれません」
「素手ねェ……」
 黒百合は少し考え、そして何処か凶暴さを秘めた微笑を浮かべた。
「私は素手でも強いわよォ……?」
「スキルも無しです」
「ちょっとォ、それじゃホントにお遊戯じゃないのォ」
「だって、怪我して温泉入る訳にもいかないじゃないですかー」
 そんな事を話しつつ二人は夕陽の海辺を歩いてバーベキュー会場へと向かうのだった。


 燃える炭の上に鉄色の網が張られ、その上に串に刺された肉や魚介類、野菜らが乗せられ炙られている。
 その中にはナナシ(jb3008)の好物であるエビや貝もあった。経費で落ちると聞いていたので、ちょっとお高い物を買い込んでおいたのである。伊豆の海でとれた新鮮なものだ。独特の音を立てながら火が通ってゆくそれは、豊かな味わいを約束してくれるだろう。
「あ、黒百合さんいらっしゃい」
「あらァ……ナナちゃんも調理についてたのねェ、焼けてるゥ〜?」
「もうちょっとね。どれ食べる?」
「んー、それじゃエビをお願いするわァ」
 悪魔の童女はそんな会話を交わしつつ黒百合の様子を窺う。落ち込んでたら慰めようと思っていたが、それなりに区切りはつけている様子だった。
 ナナシは思う。
 味方も敵も沢山傷つき死んだが、望む未来に少しずつでも進んでいる。それを今は素直に喜ぼう、と。
「ふふ、これはとっても美味しいわよ。なんせお高かったもの」
「へェ……それは楽しみねェ」
 その傍ら、鴉乃宮 歌音(ja0427)もまた手際良く調理を進めていた。
(肉、野菜はバランスが大事だ)
 ブロンドの髪を頭の後ろで結い上げている少女と見紛うばかりの美少年――実は酒の飲める年齢らしいが――は、新鮮な肉切れと野菜を鉄串に通し網に乗せてゆく。
 味だけでなく栄養バランスへの配慮も忘れない。
 ちなみに魚介の下拵えなども歌音が行っていた。海に来てより裏方仕事ばかりに従事している。
 黒井 明斗(jb0525)も同様で、皆が気持ちよく調理が出来る様に、火起しや、器具の準備等を進んで行っていた。心地よい時間を提供したいとの思いからである。
「お二人とも、折角の海ですのに、お仕事ばかりで申し訳ないですね」
 隣で調理についている会長が眉をハの字にしてそんな事を言ってきた。
「いや、性分なんだ。むしろやらせてくれ」
 と言うのは歌音で、
「これくらいはお安い御用です」
 微笑して言うのは明斗である。
「有難うございます。助かります」
 会長達とそんな会話もかわしつつ、歌音は伊豆の海の新鮮な魚を捌いて刺身をつくり、彩り良く美しく盛り付けにも気を使いながら次々に料理を仕上げてゆく。さらに調理と並列して片付けも同時に行っているのだから、これはもうプロ店員顔負けである。
 なお調理には他にも、
「この間はお弁当ありがとうございました。あ、僕も手伝います」
 神楽坂達にも少し楽させてあげれないかな、との思いから陽波 透次(ja0280)が手伝いにつき、
「こんにちは。BBQか……私も手伝うわ」
 と陽波 飛鳥(ja3599)もまた力仕事と雑用の手伝いについた。
「昼のお願いの埋め合わせをさせて貰おうとな」
 とアレクシアも調理に入っている。
「これでも妹の身の回り全ての世話をしていたからな、自信はある」
 との言葉通り、慣れた手つきである。
 また静流も、
(流石に焼くだけなら失敗もしないだろうし、何の心配も要らないだろうが)
 とは思いつつも調理の手伝いに入っている。会長、昔は酷かった。
(茜達幹事役こそ、休養は必要だ。俺なんか難しいこと考えず前線で剣を振ってただけだし)
 との思いから仁刀も手伝いに入っている。
「すまんな」
「皆さん有難うございます」
 と、岸崎と神楽坂。気付くとスタッフ大人数である。
 そうこうしていると、
「バーベキューに参加するのも仕事の内! …さ、行きましょ」
「何故こうなった……」
 聖羅がファーフナーを引きずってバーベキュー会場にやってくる。
「今回も会長の手料理、ゴチになります」
「よろしくお願いしまーっす」
 遊泳を終えた龍崎と天羽 伊都(jb2199)もやって来る。
「どうぞ、たんと召し上がってくださいね」
 にこっと笑って会長。
 食事はわいわいがやがやと進められてゆく。
 そんな中、飛鳥はふと手を止めると、
「神楽坂さんって良い人よね」
 そんな事を茜に言った。
「へ?」
「あ、いや、皆が楽しそうにしてるのを本当に嬉しそうに見てるように思えたから……」
 赤毛の少女は笑うと、
「そういう優しい所、素敵だなって」
「……有難うございます。私は愛すべき方達が幸せそうになさっているのを見ると嬉しいのです。逆に、お辛そうだと、悲しいのです。だから」
 会長は微笑して言った。
「私にとって飛鳥さんも愛すべき方ですので、どうか楽しんでいってくださいね」
(神楽坂さんは元気そう……かな)
 作業片手に姉と会話している茜を横目にやって透次は思う。
(暗殺未遂の件を聞いた時は心配だったけれど……)
「でも会長、あんまり危うい真似はいけませんよ」
 龍崎は肉汁溢れる串焼きを咀嚼して呑み込むと、先に刺客が送られた時のことについて言った。
「そりゃあ、弱体化したといっても並よりましでしょうけど、あの時期はイスカリオテやガブリエルが街中で確認されていた時期でしたよね。不得意なジョブで活動する時は場所と状況を選んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
 また同じようなことが起きたら困る、と思って男は言う。
「ご心配おかけして御免なさい……」
 会長は申し訳なさそうに述べる。
「そうですね、そのように動くべき時と状況は、よくよく吟味してあたります」


 夜。
 火薬の焼ける匂いと共に色とりどりの光の花が、闇に軌跡を鮮やかに描いてゆく。
「日本の花火は美しいですわね」
 先に軽く汗を流してきたのか、浴衣姿になっているクリスティーナが言った。
「これぞ『日本の夏』という感じですわ」
 手には団扇である。湯上りに夜風は爽やかだ。
「わぁ……綺麗で可愛いの、です」
 りりかは初めての線香花火でどうする物なのか不思議だったが、快晴が火をつけて見せたそれを見つめて感動していた。
「線香花火……綺麗だよねぇ」
 快晴は笑顔で頷く。
 二人は線香花火勝負をしてみよう、という事になって対決したのだが。
「むぅ、なぜか負ける」
「んぅ……動かさないのがコツみたい、です」
 りりかはふんわりと微笑したのだった。
 他方、
「大丈夫かい?」
「うむ! お前が守っているのだろう! なら大丈夫だ!」
 イングリッドはリチャードが見守る中、木に登ってプチ花火大会の様子をカメラに収めていた。
「おぉ、大きいのが出たな――!」
 誰かが設置式の物を点火したらしく人の背丈に数倍する高さの鮮やかな火柱が立ち昇る。
 少女はすかさずカメラに収めんと身を乗り出し、気付くと足元が抜けていた。
 刹那、軽い衝撃と共にリチャードの腕の中に収まっていた。
「ほら、大丈夫だ」
 落下した所を抱き止めてくれたらしい、と気付いて少女は笑った。
「目が離せない姫様だよ」
 リチャードは腕の中のイングリッドに向かって微苦笑するのだった。
 一方、
「――天魔の撃退と敵対、ねぇ」
 天羽伊都からの話を聞いて、大鳥南は呟いた。
 伊都は頷く。
 天魔の被害者(犠牲者)を見つつ、直近は現在敵対する天魔との交流を図る撃退士を見て、自分の見出した指針――、一般人を襲う天魔の撃退と敵対、が揺らいでいるのを少年は感じていた。
「大鳥さんは、迷ったりしませんか?」
 問いかけつつ、ロケット花火を夜空へと発射する。
 葛藤を、伊都は覚えていた。
「あたしは、そこらのおっちゃんおばちゃん、じーちゃんばーちゃん、兄ちゃん姉ちゃん、チビども、天魔の餌にする訳にはいかへんと思う」
 伊都が発射したロケットの行方を見送りながら南は答えた。
 個々は色々あるが、天界軍も冥魔軍も全体の指針は略奪と侵略だ。
 炎は眩く燃えて、光を闇に曳きながら、彼方へと消えてゆく。
「そー思って、じゃ、具体的にどうやって守ればええの? って考えると、見えてくる。ま、何が見えて来るかは、人それぞれっちゅーもんなんやろうけどな」
 伊都は、そう答えながらロケット花火を夜空に投げる赤毛の少女の背を眺めていたのだった。


「お疲れ様」
 歌音は幹事達に飲み物を差し入れた。
「有難う」
「歌音さんもお疲れ様でした」
 総長と会長は微笑してそう答えた。
 花火が終わった後、その始末や片付けを済ませると、手配されている旅館へと向かった。ぞろぞろと皆で海辺の町の夜道を歩いてゆく。
 旅館は木造で趣のある門構えだった。
 海遊びの汚れと汗を落とす為に温泉に入浴する。夜の海と星々が見える、景色の良い露天風呂だ。
 水着姿のナナシは茜をスキャンでもするかのようにじーっと見つめていた。頭の天辺から少し濁った湯に浸かっているつま先まで、視線を移してゆく。
「ど、どうしました?」
 少女は赤面して湯の中に肩を沈めてタオルを前で掻き抱いた。
 それに童女は答えて言う。
「怪我が残って無いかの調査よ」
「ああ、もう治ってますよ。さっき黒百合さんと組み手しましたけど、怪我はしてないです」
 にこっと笑って茜。
 ナナシアイによる調査結果によると、自己申告通り傷らしきものは表面上には見られない。健康的な白肌だ。傷の治りは良い体質なのかもしれない。
「うーん、でも見ただけだと解らない場合もあるわよね」
「……ナナシ、さん?」
 笑顔でナナシは言った。
「水着で隠れた部分は勘弁してあげるわ」
 かくて、きゃいきゃいと黄色い声が騒がしく響く中、
(……なんで混浴なんだろう、経費削減は分かるけどさ)
 ジョシュアは顔を赤らめさせ湯船に半分沈み、ぶくぶくとさせていた。そこらの女子陣よりも純真である。
 男性陣は皆そんな調子――でもないが、歌音が心配したような不埒者はでなかったので、歌音もまたのんびりと温泉に浸かったのだった。


 さっぱりとした所で多くは大部屋へと向かう。
 ファーフナーは個室を取っていて、身支度を整えた後に居酒屋へと繰り出そうと思っていたのだが――
「おじさまだけ個室なんて狡い……っ!」
 ばーんと扉を開いて巫聖羅が現れた。
「男の部屋に無用心に来るな!」
「えー」
 猫目の少女は不満そうに口を尖らせる。
 一体何だっていうんだ……と中年の男は頭を抱えつつも、あれこれと年頃の娘に対して説教するのだった。
 畳敷きの大部屋では布団がずらっと敷かれ、あれこれ雑談やカードゲームなどが行われた後、やがて消灯、就寝となった。
 茜の隣を確保したナナシは布団にもぐりこみつつ、
「手、繋いでも良い……?」
 声を抑えて問いかける。
「良いですよ」
 隣の布団から密やかな声と共に動く気配がして、伸ばした手が暖かいものに包まれる。茜の手は全体的には細く柔らかかったが、指の節々等は結構、硬い感触だった。剣を扱う手だ、と解る。
「……なんか嬉しそうね?」
「いつもナナシさんには甘えさせて貰ってますから。お返しできて嬉しいのです」
 茜はふふっと密やかな声を漏らしてそんな事を言った。
「この前の事なんだけど……」
 ぽつぽつと悪魔の童女は言った。
「神楽坂さんを傷つけたのは許せないけど、それは……友達を傷つけられたから怒っただけなの」
 これから先、考えの違う人類との戦いも始まるのだろう。
「自分達と考えが違うからと言って、その全てを否定したいとは思わないの。憎しみなんかで戦いたく無い……」
 ナナシは言った。
「けど前に進む事も止めはしないわ……絶対に」
「……ナナシさんは……前も言いましたけど、美しい方ですね」
 茜の声が響いて、ぎゅっと手が握られた。
「だから私は、貴女に、会合の時の、あんな悲しそうな顔をさせるような世界は嫌なのです。だから、いつかきっと。その想いは変わっていません。ずっと、進んでゆきます……」


「乾杯ー、です」
 消灯後、息を潜めながらこっそり部屋を抜け出した淳紅、カーディス、ファウストの三人は、星空の下で飲み会を開いていた。
「お疲れ様でした〜」
「乾杯……って待て貴様、年は大丈夫なのか」
「あーいや」
「これでも飲んどけ」
 ファウストは「あ"ー」と声をあげる淳紅から酒を取り上げるとジュースの缶を押し付ける。
「もー真面目なんやから」
 ほわっと笑って淳紅が言う。
「ナンパは失敗しましたけど、ゴミ拾いは成功しましたねー」
「いい汗かきましたよねー」
 もふと黒い手で頬をなでつつカーディス。
「ニャーディス君はそれ脱げばもてる思うんやけど……」
「中の人等いないのです! ――あっやめてください引っ張らないでっ」
 猫着ぐるみの頭を掴んでひっぱる淳紅とそれに抗うカーディスの攻防が始まる。ちなみに幼女達からは「猫さんだぁー」とモテモテだった。やんちゃ坊主達には纏わりつかれて飛び蹴り喰らっていたが。
「でもあれやね、ファウストさん結構、いけそうやった気がする」
「偶々だろう。そしてゴミ拾いには勝てなかった」
「あれですよ、目の端こう、きゅーっと下げれば、ゴミ拾いにも付き合ってくれる子いるかもですよ」
「目の端……?」
 困惑しつつも指で押して少し下げて見る。
「ファウストさん少し目元が鋭いですからね〜、あ、良い感じですよ!」
 あははと笑ってカーディス。
 そんな事を話しつつ飲み会は進んでゆく。
「綺麗な星空ですね〜」
 カーディスが満天の星空を見上げて言った。
「うん、良い夜やねぇ」
 淳紅が笑って頷く。
「そうだな」
 ファウストは、奇妙な縁だなと思いつつも、楽しく過ごせた事に感謝するのだった。


 消灯後、明斗は大部屋を抜け出すと、夜の崖上で槍の型練習を行っていた。
 少年の心には秘めた物があり、動きには雑念が無かった。
 白銀の槍が月光を浴びて煌き、鋭い軌跡を薄闇に描いてゆく。
 他方。
 天風静流もまた部屋を抜け出すと、ひと気の消えた海岸で感触を確かめるように薙刀を振るっていた。
 胸中を過ぎるのは先の戦いの事である。
(判断は甘く、力は不足で散々な印象だったな……)
 三日月の光の下、艶やかな黒髪の娘は物思いに耽りつつ鍛錬を行うのだった。
 久遠仁刀もまた部屋を抜け出し、旅館の中庭に出て夜風にあたっていた。
(やはり、何かしてないと……出来てないと、落ち着かないな)
 胸中をよぎるのはそんな思いだ。
(結局、大事なことは自分より若い面々に負担をかけてしまっているし……)
 溜息を一つ吐き、夜空を見上げる。
 眠れない者達というのは、なかなか、多いようだった。


 深夜。
 陽波透次は夢を見て目を覚ました。夢に現れた光景は、赤い天使とその使徒の最期だった。
 鎖に縛られた天使の少女は、鮮血を撒き散らしながら刃矢の嵐の前に沈み、黒髪の娘は刀に心臓を貫かれて逝った。リカの胸を貫いた古刀をその手に握っていたのは己だ。
 刀を刺した感触が手に甦る。
 青年は独り、部屋を抜け出した。
 暗夜の道、身体に纏わりついてくるように感じられる夜の海風の中を泳ぐように彷徨い歩く。
 気付くと、海岸沿いに居た。
 岩に腰掛けた。
 青年は感情の塗り潰された虚ろな黒瞳で夜空を見上げる。
 皓い月は細く三日月、放つ光は淡く地上を照らしていた。空の蒼闇、蒼の瀑布、無数の星々が煌いている。
 夜の紺碧の海はうねり、波が岸辺に砕け散る音が耳に響いた。
 どれだけそうしていただろうか。
「――風邪引くわよ」
 不意に、声が響いた。
 振り返らなくても解った、飛鳥の声だ。消えた透次を見つけたらしい。
 答えないでいると、さらに飛鳥は言った。
「透次は何も間違った事はしてない」
 背中に何かが触れる感触がした。
 飛鳥は、傷つけた誰かを想う透次の優しさは嫌いではなかった。
 けれども、 それで自分を追い詰めていく姿を見るのは辛くて。
「透次が自分を許せなくても、仮に世界中の全てが透次を責めても、私が透次を赦すわ」
 透次が肩越しに振り返ると、飛鳥もまた座って、背中合わせに透次に背を預けていた。浴衣の薄い布越しに熱が伝わる。
「あんたは一人じゃない……だから、少しは頼ってよ……」
「僕は」
 言葉が滑り出た。
 姉の言葉に理性ではもう抑えられなかった。
「僕は、サリエルに救われた」
 透次は言った。
「劣等感の塊でしかなかった僕をサリエルは強いと言ってくれた……サリエルは強かった。そんな彼女が一時とはいえ僕を見てくれて……それが嬉しくて……」
 赤毛の娘は、顔を向こうに向けたまま、黙って聞いている。
「リカは優しかった……リカの方がずっと辛い筈なのに……彼女は僕の言葉と顔を見て微笑んだんだ……それは、優しくて…………」
 僕は――
 男は再度夜空を見上げ、洩れそうになる嗚咽を必死で耐えた。
 静かだった。
 潮騒だけが響いていた。
 見上げる刀のような皓月の、淡い光は朧に滲み、夜風は緩く吹いて、背中から伝わる熱は暖かかった。


 ジョン・ドゥ(jb9083)とパウリーネ(jb8709)は共に夜の浜を歩いていた。
 夜に海辺に出て来たのはパウリーネは強い陽射しに当たると溶けるからである。故に海の家から出られないので――いや、それは嘘であるらしいのだが。
 ともあれ、火影の魔女としては夜が良かった。
 涼しく、その上、星も見られる。大切な人と一緒であるならば、それは絶対にもっと素敵だろう、と――
 夜空は美しかった。
 皓い三日月は淡く輝き、蒼の瀑布に無数の星々が煌いている。
 月と星の仄かな光は、空と海の狭間に濃淡の違いを緩やかに生み出し、沖に蒼い陰を浮かび上がらせていた。
「二人で出かけたのはこれで二回目か」
 パウリーネの隣を歩く赤髪金瞳の男が言った。ジョンとしても夜の海へはずっと来てみたかった。一つ、望みが叶った事となる。
「もっと色々な所へ一緒に行ってみたいな」
「うん……それは楽しそうだね」
 黒パーカー姿の女はおっとりとした口調と声音で答えた。
(手を、繋ぎたい……!)
 頭にあるのはそれである。しかし中々言い出せない。
 ジョンはそんな女の顔を見つつ言う。
「言葉で表せないものを行動で示す時は、一体何をするのが最適なんだろうね」
「え?」
 ジョンには解らなかった。

――撫でれば良いのか? それとも抱き締めれば良いのか? ……それで気持は伝わるのか?

 言葉は不便で不正確だが、行動もまた同様である。
 それらは記憶、経験より編み出される共通認識――とされるもの――を以って大枠は囲えても――時にはそれすらも外す事もある――程度や深さ、細微までを寸分の狂いなく重ね合わせるには足りない。
 零にはならぬ齟齬は、降り積もってゆき、時に意思は大きくすれ違う。
 しかし、なんとなくではパウリーネはジョンの言葉に解る所があった。
 彼女は、本当にジョンの事が大好きなのだが、いざ口に態度にとなると難しい、と常々感じていたからである。
「何が最適かは解らないけど――」
 パウリーネは腕を伸ばして、ジョンの指に己の指を絡めて言った。
「すべてでなくても、伝わる事はある、のかも」
 それは手探りで探しあうようなもの。
 だからこそきっと通じ合った時は尊いのだと。
 蒼い世界には星々が煌いていた。


 明け方。
「遊んだ分は此処で補わなければ……」
 早起きした菫は浜辺へと出ると槍の素振りを始めた。
 足元が不安定な中、その負荷を狙っての鍛錬である。
 スキルを入れ替えながら次々に放ってゆく。
 一通りそれを終えると、姿勢を低くGクラッシュを放った。
「……む」
 しかし防御態勢を破壊する一撃というのがイマイチ把握しきれていないので手応えはイマイチだった。確かに漠然としている。
「ガードを固めていても、その上から貫通するような、重い一撃、という事か……?」
 菫は大きく円を描く軌道で遠心力をつけ穂先を加速させて振り抜いたり、アウルを集中させて刺突を繰り出したり、あれこれ悩みつつ槍を振るうのだった。


 朝。
 一同は身支度を整えると旅館の前に集合した。
 幹事達から簡単な挨拶の後、解散となる。
「さ、館に帰ろうか」
 ジョンはパウリーネへと笑いかけると手を差し出した。
「うん」
 その手を取りながら魔女は笑って言った。
「誘ってくれてありがとう、凄く楽しかった」
 かくてしばしの休息は終わり、撃退士達は各々が帰るべき場所へと帰ってゆくのだった。



 了


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:13人

未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
鉄壁の騎士・
リチャード エドワーズ(ja0951)

大学部6年205組 男 ディバインナイト
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
金焔刀士・
陽波 飛鳥(ja3599)

卒業 女 阿修羅
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
守護者・
アレクシア・V・アイゼンブルク(jb0913)

大学部7年299組 女 ディバインナイト
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
白炎の拒絶者・
ジョシュア・レオハルト(jb5747)

大学部3年303組 男 アストラルヴァンガード
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
イングリッド・トワイライト(jb8001)

大学部2年267組 女 インフィルトレイター
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
託されし時の守護者・
ファウスト(jb8866)

大学部5年4組 男 ダアト
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師