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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/10


みんなの思い出



オープニング

 人は皆、己の信じる通りに生きるべきだ。
 昔、誰かがそう言った。


 陽は落ちて空を漆黒の帳が覆い、黄金の月が昇る。
 DOG撃退士鳥居赤心は定刻の十五分前に、静岡県内にある企業のビル駐車場に八人乗りの紺塗りの車両を回していた。
 この企業は連合内でも有力な社の一つだったが、疑心暗鬼が渦巻く連合内では不信からか連携が途絶えがちであった。この不信を払拭し、連携を回復する為に、久遠ヶ原学園の生徒会長が現在、説得交渉に赴いているらしい。
 その交渉は予定通りならそろそろ終わる筈で、鳥居は運転技術に優れ道にも詳しかった為、護衛兼の送迎運転手として撃退長から遣わされたのだった。
 車内で待つ事しばし、時間ほぼ丁度に、駐車場に濡羽烏の髪の少女と、その護衛らしき六名の撃退士達が姿を現した。
 今年の二月にDOGの撃退長山県明彦が暗殺され、三月に行われた会合でも襲撃を受けるなど静岡では物騒な事が続いていたので、県内での行動時には要人には護衛が複数つけられるようになっていたのである。(特に現在、久遠ヶ原の会長はアストラルヴァンガードにジョブチェンジして戦闘能力の低下が著しかったので、護衛は必要だった)
 ライトを点滅させて合図を送る。
「――お疲れ様です会長。首尾はどうでした?」
 昼間ぶりの再会である。パネルを操作してドアのロックを外しつつ、車に近づいて来た年の頃十七、八の少女へと二十歳前半の若い男はそう声をかける。明らかに自分よりも年下なのだが、撃退士としての実力もやっている仕事の規模も鳥居より上である。やっかむより先に俺はいつまでもうだつがあがらんなぁと己に嘆息するのが鳥居赤心という男だった。
 そんな若い男の胸中を知ってか知らずか少女はにこりと微笑すると、
「有難うございます。おかげさまで上手くゆきました」
 鳥居は送迎しかしていないのだが、そんな事を言って車内に乗り込んできた。
「そりゃあ良かった。それじゃ成功祝いって事で何処か呑みに――いや、何かぱーっと食べにでも皆さんで行かれたりします?」
「それは素敵ですね。でも残念ですが、明日の朝までには久遠ヶ原島に戻らなければならないのです」
「はぁ、大変ですな。それじゃまっすぐ帰還ルートですか」
「はい、お願いいたしますね」
「了解」
 鳥居は一度振り返って全員が乗っているのを確認すると、エンジンをかけて車を発進させた。
 駐車場を出た紺色の大型車は、深夜の街の闇を白いライトを翳して切り裂きながら進んでゆく。昨年末から今年の頭にかけて起こった死天大戦の影響で街は破壊を受けたが、街の中心部の再建は既にかなり進んでいるようだった。
 静岡県民の鳥居としては、不安は晴れぬ情勢下だったが、復興してゆく街並みは心に希望をもたらす一つであった。
「人はたくましいものですね」
 ふと微笑を浮かべて会長はそんな事を言った。自分達が頑張った成果で人々に穏やかな暮らしが戻って来るのを見るのは、頑張る事の支えの一つであるらしい。
 やがて車は街の中心を抜け、高速道路に登った。
 深夜の高速の交通量は全盛期よりは遥かに落ち込んでいた。付近を走る車両は無く、すれ違う車も十分に一回とかそんな程度だ。すぐ近隣である富士山に未だゲートが依然として存在しているというのは、やはり大きい。
 しかし、サリエル・レシュが健在であった頃には防壁として利用もされた高速道路は、最前線ですらあった時もあったので、その時代よりは遥かにマシになってきていたが。
 交通量の少ない深夜の高速。昆虫の触角のように鋼の棒が折れ曲がって伸び、その先端、等間隔で無機質に並ぶライトが、オレンジ色の光をアスファルトへと放っている。
 紺色の車は闇を照らす灯火を浴びながら、風を裂いて走り抜けてゆく。
 高台の高速からは深夜の街が見えた。闇の中に街の光が煌いている。
 それはきっと誰かの夢か。ならばそれはきっと誰かの痛みか。
 鳥居がぼんやりとそんな事を考えた瞬間、不意に前方に車が二台、出現した。
 路側帯に止まっていた二台の車が、急発進して斜め前方から突っ込んで来る形で、猛スピードで迫ってくる。
「なっ?!」
 鳥居は動揺の声をあげつつも機敏に反応してハンドルを勢い良く回す。だが一台目はかわしたが、二台目の体当たりは避けきれず、側面を抉るように激突される。激しい衝撃と共に何かが砕ける轟音が鳴り響き車は激しく回転し、車内から見える世界が高速で回転しながら流れてゆく。
 紺の車両は独楽のようにスピンしながら滑り、車線から外れて側面の壁に盛大に激突した。激しい衝撃により身がシートに叩きつけられ、フロント硝子の彼方、回転する紅蓮の剣状の炎が迫り来て、大型車に激突して突き刺さり、次の刹那、大爆発を巻き起こした。


「一体、何が」
 とは誰も言わなかった。
 運転席の鳥居は中り所が悪かったのか、一撃で昏倒していたが、未だ意識を保っていた七人の撃退士達は破壊された車の残骸より這い出て立ち上がった。
 光纏して魔具を構える。
「何者です」
 爆撃によって手傷を負い、よろめきながらも気丈に少女は言った。
 声が向けられた先では、複数の影が撃退士達を取り囲むように広がり迫って来ている。
「アァ――そうさな、俺は『回炎剣』、あるべき世界の守り手とでも名乗ろうか。天魔を狩る者達の一人だ」
 漆黒の喪服の如き長衣に身を包み、首より下げるのは銀色のシンボル、両手より炎を噴出させて刃と化しながら、丸い黒のグラスをかけた男が歩いてくる。
「人が天魔と共存なんて冗談ではない、そう考える者達は存外に多いという事だ。天魔人の共存の流れを進めんとする久遠ヶ原学園の現上層は、我々にとって忌むべきものだ。故に排除する。貴女は言った所で我々の主張に頷きなどしないだろう」
 男は飄々とした笑みを口元に浮かべつつ語る。
「……貴方達の主張とはどういった内容なのです?」
 会長は相手を正面より見据えて問いかけていた。
「時には結果の解り切った無駄な手順も儀式としては必要か。『天使も悪魔も等しく人の世から滅ぶべし』それが我々の理念だ。天魔は捕食者だ。人間を喰らう存在。殺戮者であり侵略者でもある。奴等は気が向けばいつでも人を喰い殺す事が出来る。虎が隣で我が物顔で生活していて、人々は安心して暮らせるか? 人同士でさえ銃や刃物が取り締まられているのは何故だ? 我々撃退士でさえ時にバケモノと呼ばれる。捕食者達に対する恐怖や不安など知れた事。共存など所詮、強者の理論。自分だったら万一不意に襲われてもなんとか出来る、だから余裕がある、だからその発想、力弱き者達の事情を考えない、傲慢な考え」
 男は詩を詠うかの如き調子で長い口上を述べる。
「撃退士の力とは、力無き人々を守る為にこそある。天魔の為にではない。敢えて問おう、会長である貴女は学園は何が為に存在すると考える?」
 会長は答えて言った。
「……久遠ヶ原学園は人間の為だけにある訳ではありません。人間同士で争っていられる状況ではないように、人類は味方してくだされる方がいらっしゃるなら、その手を取るべき状況です。そしてそうしてくださる方々がいらっしゃるなら、我々は誠意を尽くすべき」
「やはりな。貴女は相応しくない。神楽坂茜死すべし、それが慈悲だ。将来へと禍根を残す前に、数多の天魔を屠った英雄としての名だけを残し、この夜に消え去るが良い」


リプレイ本文

 黄金に輝く月下の夜だ。
 漆黒を貫く高速の道は高台に敷かれ、並ぶ灯火は橙色の淡い光を放っている。
 闇中に浮かぶ光の中、大破した車両の残骸を中心に、十数の影達が二集団に分かれて対峙していた。
「驕るなよ。そんなだから、今も同じ人間同士で殺し合うのだ」
 包囲されている側の集団の一人、鬼無里 鴉鳥(ja7179)が淡々と、されど怒りを籠めて言った。
「貴様の言葉には、何時か人から撃退士が排斥される未来も含まれている事も判らないのか? ――"撃退士でさえ時にバケモノと呼ばれる"のだろうが」
「アァ――貴女の言葉は正しい」
 銀のシンボルを首から下げ、喪服の如き漆黒の長衣に身を包んだ長身の男は答えて言った。
「故に人々がそれを望むならば、我々撃退士もまた何時の日かこの地上より消え去るべきと知れ。武器があるから戦が起こる。兵器があるから悲劇が起こる。未来は撃退士がいるから争いが起こるようになる。故に撃退士という名の兵器もまた災厄を呼ぶ呪われし存在(モノ)だ。それは天魔が跋扈するこの時代ではないが、天を消し去り、魔も消し去った時、それらの影響で生み出された本来世界に在るべきではない我々自身もまたこの世界から消え去る。そして何時の日か総ての兵器は捨てられ人々は真の平和を手にする。それが本来在るべき世界の姿、それが正しい」
「天魔とその影響を憎悪する理由は察しがつきますが……」
 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)は静謐に男を見据えて言った。
「だからといって目的を相反する相手を力尽くで排除する事が許される道理がある筈がない。それに、何か勘違いしていますね」
「勘違い?」
 回炎剣は表情を変えぬままファティナへと視線を向ける。
「ここで茜さんがもし倒れたとしても、その意思が潰える事はありません。必ず、その意思は継がれます」
 銀髪の少女は赤眼に強い光を宿して言った。
「何度躓いても、心が折れたとしてもこの願いだけは……あの子が信じて叶えたかった夢の続きは、誰にも邪魔させない」
「アァ、なるほど――」
 男は彼なりの理解を示した。
「――骨の髄まで混沌の信徒と見える。疫病は感染し広がってゆく。世界にはやはり早急な外科手術が必要か。その意思、心圧し折れても決して折れぬというなら物理的に命ごと圧し折る」
 影達による半包囲が完了すると回炎剣は二本の炎剣を十字に交差させ、
「それが弱き者達の願い。脅威を世界から取り除き安寧をもたらす為に、貴女もこの夜に殺す。禍津夢と共に月下に眠るが良い――かかれ!」
 鋭く声をあげ腕を一閃、一本に束ねられ紅蓮に燃え盛る炎の巨大剣を投擲した。
「茜さん!」
 ファティナは庇護の翼を発動、聖銀の直剣を構えて飛び出した。銀髪少女は走行中に受けた一撃で既にかなりの負傷を負っていたが、その身を押し、激しく車輪の如くに回転しながら唸りをあげて迫る炎の剣と、黒髪少女との間に己を割り込ませる。
 紅蓮に燃える炎刃は高速で迫りファティナが翳した聖銀の剣をかわしてその肩に鋭く突き立った。刹那、炎剣が爆ぜ紅蓮の爆風を膨れ上がる。赤い熱波が逆巻き周辺を呑み込んで爆圧が吹き荒れた。大爆発だ。
 ファティナへと熱を伴う激しい衝撃が襲いかかり、脳髄を焼き切る程の痛みがその全身を貫いてゆく。レート差が効いている上に茜を庇っているので常よりも凶悪な衝撃力を一身に受けていた。
 範囲で荒れ狂う大爆発はさらに意識を失って路上に倒れている無防備な鳥居へと強烈な爆圧を叩きつけて焼き焦がし、黒百合(ja0422)、天風 静流(ja0373)、ファーフナー(jb7826)へも襲い掛かってゆく。
 黒百合は稲妻の如くに素早く機動すると爆発の範囲外へと飛び出してかわし、静流もまた熱波の範囲から紙一重で飛び退いてかわした。
 背より悪魔の翼を広げていたファーフナーは避けきれずに膨れ上がった焔に呑み込まれ強烈な破壊を叩きつけられた。激痛と共に男の視界が激しく揺らいでゆく。が、気力を振り絞って意識を失う事は堪える。
(くっ……!)
 ファティナもまた激痛に対し意識を振り絞って堪えていた。絶対に護り切るのだ。ああは言ったが、同じ願いを抱くファティナにとって茜は希望だった。ここで潰えさせるなんて事は――
 その視界の左右、吹き荒れる紅蓮の彼方、東西の両サイドにそれぞれ剣にアウルを極限まで集中させ振りかぶっている男女の姿が見えた。刹那、白刃が振り抜かれて漆黒に輝く黒光の波動が飛び出して来る。封砲だ。
「殺すと言うなら、殺されても文句は言えまいな!」
 射線上、鴉鳥は魂魄を活性して細胞を急速に再生させながら、北側に回り込むように踏み込んで範囲内より身を外し黒光をかわす。ファティナはタウントを発動しつつ咄嗟に左腕を伸ばし、焼き焦がされた鳥居に気を取られている茜の身を押して北方へと突き飛ばすと、ブリュンヒルドを右の黒光衝撃波へと素早く翳した。聖銀の刃と衝撃波が激突し黒光が裂けるように割れ吹き散らされてゆく。
 だが、右は剣で捌いたが、左より襲い来た黒衝撃波がファティナの脇腹に突き刺さっていた。強烈な衝撃が満身創痍のファティナを貫いて、そのまま彼方へ抜けてゆく。身が折れ肺から空気が押し出され苦痛の息が洩れた。激痛が限界を超え、視界が激しく歪んでゆく。
「ティナさん!」
「あ……かね、さん、は、御自身の回復、を……」
 薄れゆく意識の中、銀髪の少女はそう搾り出すように言ってアスファルトの路上に沈んだ。
(アイゼンブルク殿……!)
 肩越しに振り返った鴉鳥は一瞬迷ったが、
「茜殿! どうか回復しつつ後退を!」
 懇願を叫び、西側の剣士へと突撃してゆく。守る為には範囲攻撃使いをなんとかしなければならない。問題は東にも封砲使いがいて、南にも回炎剣と、西の他にも二人もいる事だったが、そちらは仲間達がなんとかしてくれると信じるしかない。
 他方。
 闇に吹き荒れる紅蓮爆風と黒光を横に下妻笹緒(ja0544)は駆けつつ冷静に思考を巡らせてた。
(回炎剣と神楽坂達のやり取りから得られた情報は多い)
 白黒の大熊猫は分析する。
 まず相手は神楽坂の力量を把握しているという点。
 過去と言う意味でも現在という意味でも。これは恐らく十中八、九。
 故に今を狙ってきた。
 故に真っ向勝負を避けたのだろうし、こちらを取り巻く黒服もそれなりの手練なのだろう。
 そして、
(待ち伏せ……此方の行動が筒抜けってことか)
 中年の元アンダーカバーの脳裏にも言葉が浮かんでいた。ファーフナーは熱波に焼き焦がされつつも夜空へ向かい跳躍する。東西より連続して飛来した黒光がその足先を掠めて抜けてゆく。間一髪、かわした。
「――お前らの言うように、共存など無理な話だ」
 男は宙より見下ろして場の状況を把握しつつ煽りの言葉を発する。しかしファーフナーも気力を振り絞って意識を繋ぎとめている状態で余裕は無い。そのまま旋回して半包囲よりの離脱を図る。
(何処から情報が漏れたのか)
 企業か。
 DOGか。
 いずれにせよ、
(ヨッドが裏で手を引いてるなら、こいつらは天使に踊らされているわけだ――皮肉なもんだな)
 イスカリオテ・ヨッドは使えるものならなんでも使う。特にそれが敵であるなら敵同士で潰し合ってくれるのだ、一石二鳥、天界軍にとってこれほど笑いの止まらぬ事もない。『今、奴は狙い目だ』と、それとなく情報を流すだけで良い。先にはDOGの前撃退長を暗殺してその副長同士を争わせようとしたように、本気のあの男はそういうやり口をする奴だ。可能性としては高い。
 苛烈極まりない新撃退長・西園寺顕家達によって急速に狩り出され動きを封じられつつはあるが――だからこそ他組織を使ったのかもしれないが――内通者達をヨッドはDOGや企業連合内に潜伏させているから、情報のラインは完全に繋がる。
 だが、
(踊らされているとしても回炎剣達の組織の性格上、背後に直接の天魔の姿はない筈――つまりこの覚醒者達は使い捨ての駒では無い)
 笹緒はそう判断する。少なくとも現場レベルでは同志、といった類であって駒ではない筈だと。
 よってこちらが取るべき動きは、極力早く敵を圧倒する事だ。これ以上の消耗は意味が無いと、回炎剣に思わせること。
「ならば」
 ジャイアントパンダはその柔軟な黒毛に覆われた腕を剣男と手甲で打ちかからんと静流の側面へ詰めている少女の間に向け、練り上げていたアウルを解き放った。
 刹那、指し示した地点を中心に、円形に取り囲むように無数の彩色紙本が出現した。彩色紙本とは和紙をベースに岩絵の具等で彩色されたものである。日本画だ。
 金銀切箔や銀の砂子で彩られた本が、渦を巻くように乱舞し、詞書四段、絵四段で構成された絵巻達はサラサラと薄光に溶けるように崩れ消え濃密な霧と化してゆく。
 霧に包まれた剣男と手甲少女は態勢を崩し、糸が切られた操り人形の如くそのまま路上に倒れ伏す。
 寝覚物語絵巻、国宝魔術を自称する下妻笹緒の眠りの秘術である。
 他方。
「――手荒い真似をするな。少し貰うぞ」
 爆炎をかわした静流は、背後より友人の名を悲鳴のように叫んだ会長の声と人が倒れたような鈍い音を耳に拾い、黒瞳を鋭く細めていた。大薙刀の切っ先を槍持ちの男へと向け餓魂を発動、刹那、青褪めた光が一瞬で男の身を呑み込み貪り尽くすように浸食してゆく。
 槍持ちの男が苦悶の絶叫を上げ、それと同時に静流の身に生命力が注ぎ込まれ見る見るうちに傷が癒え細胞が再生してゆく。静流もまた軽くはない負傷状態だったが、一気に全快復した。
「きゃはァ、正義の味方の相手はバケモノが勤めるべきよねェ……いらっしゃいィカッコ自称カッコトジな正義の撃退士様ァ♪」
 茜を庇ってファティナが倒れたのを肩越し視界の隅で捉えた黒百合もまた、全長六メートル漆黒の巨槍を左手に出現させると、右手の指の間に影を凝縮させた棒手裏剣を四本出現させ、西方へと振り向きざま、薙ぎ払うように腕を振るって影刃を飛ばした。連続して繰り返し無数の影刃を嵐の如くに放ってゆく。
 剣持ちの女に影刃が次々に突き刺さり斬り裂き、その装甲を紙の如くに貫いてあっという間に血達磨に変えてゆく。超レベルの領域の破壊の嵐だ。
 忍刀を逆手に構える男は素早く駆けつつ空蝉を発動、その姿が消え、影刃で貫かれた黒衣と入れ替わる。しかし男が再び出現した先へも影の刃は迫り来て、その身を逃さず撃ち抜いた。飛来する雨の如き影刃に全身を貫かれ赤色を撒き散らしながら忍刀の男は倒れた。それきり動かない。撃破。
「おのれ愚弄するか悪魔めぇっ!」
 しかし素早く黒百合へと突進して来ていた手甲具足の少年は、アスファルトを蹴って跳び上がると影刃の範囲外に脱出していた。そのまま宙で身を捻りざま、縦に一回転しながら踵を黒百合へと繰り出す。
 鮮やかな半月を描いて踵が振り降ろされ、黒髪の少女の脳天にその具足が炸裂し叩き割る――瞬間、黒百合の姿が掻き消えた。空蝉。再び現れたハーフデビルの少女は笑い声をあげながら西側へと半包囲を抜けてゆく。
 槍男は静流の一撃に苦悶しつつも昏倒を堪え、反撃とばかりに踏み込んで十字槍を一閃させた。黒髪の娘は冷静に敵の動きを見据えつつ上体を後ろに逸らす。レート差が乗った鈍く輝く白刃が唸りをあげて弧を描き静流の眼前の空間を斬り裂いて抜けてゆく。かわした。しかしその隙に回炎剣は静流の逆側面を抜けて会長へと詰めていっている。
 もう一人の槍持ち、回炎剣を挟んで槍男の対の位置にいた槍女もまた神楽坂茜目掛けて北北東へと真っ直ぐに踏み込んでゆく。
 その茜はファティナが倒れたのを見た瞬間に赤粒子のオーラを全身より爆発的に噴出させ――激しく迷い葛藤していた。まず回復すべきは誰なのか、状況が複雑な事が主たる原因で、さらに自身の能力と役割が普段とはまるきり違い不慣れな事も迷いに拍車をかけていた。
 自身の回復を優先させればファティナや鳥居が危なく、しかし友人達は茜自身を回復して後退せよと言っている。懇願されてもいる。会長という立場と責任もある。守られている対象が考えるべき事はまず自身の無事だ。何の為に皆は護衛してくれているのか。
 けれど踏みとどまって守りたい。
 しかし自身を優先しないという事は、友の心を裏切る事にならないか。
 しかし。しかし。しかし。しかし。
「くぅっ……!」
 火でも吹きそうな憤激の光を宿した黒瞳で少女は迫り来る敵を睨み、されどファティナ達に言われた通りに自身へと癒しの技をかけつつ後退する。迫る槍女の穂先から間合いを外して逃れる。
 それを追う聖騎士の女は――撃退士というのは回復をかけられれば再び立ち上がってくる恐れがある連中だ。ついでに挑発を狙い――地面に倒れているファティナの背中へときっちりと追撃を入れて叩き斬りながら駆け抜ける。無防備な所に穂先が入って銀髪の少女の背より盛大に血飛沫が吹き上がった。
「――ッ!! 殺してやるッ!!!!」
 茜は一気に理性が吹き飛んだか、激怒して太刀構え騎士女へと絶叫し、
「生き残るのが仕事だぞ会長!」
 だがファーフナーが鋭く制止の声をあげた。踏み込もうとしていた少女の足が辛うじて止まる。
 聖騎士はここぞとばかりに突進して血塗れた槍を振り上げ、西の剣女は刀身に再度エネルギーを集中させ、回炎剣が回り込むように踏み込みながらその両手より炎を噴出して再び刃を象る。静流が振り向き、その背後を狙って男が槍を猛然と引き絞った。
「あがぁっ?!」
 断末魔の悲鳴があがった。女の身に猛攻が叩き込まれていた。
 黒百合の影手裏剣・烈だ。ハーフデビルの少女は最速でアウルを開放して影の刃を手に出現させると身を捻りざま嵐の如くに投擲してゆく。灯火の淡光の中、聖騎士女の身に次々に影が生え、赤い華を鮮やかに咲かせてゆく。バックアタック――さらに急所を狙っている――後頭部、延髄、足の付け根等装甲の隙間等に次々に影刃が突き刺さった。殺意が籠められた破壊力が荒れ狂い、槍女は鮮血を撒き散らしながら斃れる。
 回炎剣は横に低く大きく跳び、しかし影刃の群れは逃さず男に喰らいついて、一瞬で蜂の巣にして襤褸雑巾のように変えてゆく――次の刹那、範囲の縁にあったその姿が掻き消えた。空蝉。
「させぬ!」
 北から西へ回り込んだ鴉鳥は『斬天「虚空刃」』を発動、剣を振り上げている女の背中へと膨大な黒焔を収斂した大太刀を出現させて突き込みぶち破る。貫通した切っ先より漆黒の閃光が飛び出して彼方の回炎剣へと襲い掛かった。黒い光が男を飲み込んで、しかし喪服長衣の男の姿は漆黒に溶けるように掻き消える。空蝉。
「パンダファイヤーだ」
 笹緒は再び出現した回炎剣へと獄炎の珠を向けた。業火を宿した法具にアウルが注ぎ込まれると同時、巨大な紅の火の球が出現する。獄炎の火球は大気を焼き焦がしながら唸りをあげて飛び、黒衣の男の背中に炸裂して爆裂を巻き起こした。
 しかし今度もまた炎に溶けるように男の姿は消え失せている。空蝉三連打。
 攻防の最中、宙を舞い挟撃すべく包囲の外へと飛び越えていたファーフナーは、味方を巻き込まない位置を見極めるとアウルを解き放った。
 月夜に悪魔の翼を広げて舞う男を中心に風が逆巻き、大量の砂が風に乗って舞い上がり、猛烈な砂嵐が竜巻の如くに立ち昇ってゆく。
「うおっ?!」
 聖騎士と回炎剣の目に砂が飛び込み視界を塞がんとへばりついた。地に倒れている剣男と手甲具足の女も巻き込んで広範囲を砂嵐は呑み込んでゆく。
 しかし物理的な殺傷力は無い、回炎剣は砂塵を突き破って会長の眼前に躍り出ると紅蓮に燃える双剣を猛然と振り上げる。
 刹那、
「主義主張などは人それぞれだ。特に否応とは言わんさ」
 蒼炎が閃光の如くに空間を突き抜けた。
 天風静流だ。目にも止まらぬ速度で振るわれた大薙刀が、回炎剣の胴を横一文字に掻っ捌いて抜けた。赤色が噴き出して男の口からくぐもった息が洩れ、その身が揺らぐ。
「だが、彼女は私にとっては大切な友人でね。君達の行動を看過する訳にはいかない」
 女が言って、回炎剣は口から鮮血を吐き出す。
「あと、一手、あと、一撃、なのに、この俺、が、一撃で、な、ど……」
 男は緩慢な動作で会長からかなり離れた見当違いの空間へと右の剣を振り下ろし、血飛沫を盛大に噴出しながら前のめりに倒れた。凄絶な破壊力。撃破。
 その間にも、視界を半ば塞がれつつも聖騎士の男は槍を構えて静流の背後へと突撃してきていたが、穂先が届くよりも前に、黒髪の女は振り抜いた大薙刀を素早く翻し石突を後方へと突き込んでいた。時雨。
「もし向かってくるなら相応の覚悟をする事だ」
 一撃が水月に叩き込まれて、男は口から血反吐を撒き散らしながら吹き飛び路上に転がる。
 静流は最後に残った西の阿修羅へと振り向きつつ言う。
「命のやり取りをする場なのであれば、君達を討つ事に呵責も無い」
 手甲具足の少年は、影刃を投擲していた黒百合の隙を突いて拳を繰り出していたが、当たり前のように空蝉でかわされていた。どうにもならない程に劣勢。
「はっ、話が、話が違う……! こんな化け物達が他にもこんなにいるなんて、聞いてない……ッ!!」
 ただ一人残った少年は恐怖に身を仰け反らせてすっかり及び腰になっているようだった。
「貴様、風に吹かれる風見鶏かよ」
 鴉鳥は少年の様子に憤りを声に乗せつつ剣を眼前の女から引き抜いた。
 武器を持ち相手を殺さんとするなら殺されても文句は言えない。そうした覚悟もなく『殺す』と曰うのならば、それは愚挙と言う他ない。
 茜は鴉鳥にとっての宝石だ。故に、それを護る為ならば命を賭ける事にも厭はない。
(この身が既に化生なれば、それで護れるなら安い)
 そこまでの覚悟である。故にそれを害さんとする者に相対する際のその気迫は凄まじい。
 剣女の足元に血の海が生まれ、その手から剣が零れ落ちて転がり、血溜まりにべしゃりと沈む。
「ひぃぃぃぃっ!」
 阿修羅の少年はたまらず悲鳴をあげた。
「情報源の身辺調査はしっかりやったか? 天魔殲滅を謳いながら、天使に体よく利用されているぜ、あんたら」
 さらに空よりファーフナーが声を投げる。それを聞いた少年は「うわぁああ」と混乱したような叫び声をあげながら踵を返し逃走に入った。
 他には既に立っている襲撃者はいない。
「――ティナさん!」
 敵の逃走を確認した神楽坂茜は、即座に手より癒しの光をファティナへと向けて放ちつつ駆け寄る。その必死な様を見やって、鴉鳥は思った。
(……私が死んでも)
 護る為ならば命を賭ける事にも厭はない、が。
(茜殿を泣かせてしまうのかな)
 それは嫌だな、と思った。幸か不幸か、深く悲しむと確信できる。
 鴉鳥が見詰める先、茜は癒しの光を放ちながら地に伏せている銀髪の少女の傍らに膝をつき、そして砂嵐の中から飛び出して来た黒光に背から貫かれた。
「なっ?」
 目を剥く鴉鳥の視界の中、茜はごぽりと口から鮮血を吐き出して、ファティナの傍らに倒れる。それきり動かない。
「人類の未来の為に!!!!」
「死ねぇえええええええッ!!!!」
「うぉおおおおおおおおッ!! 人間万歳ッ!!!!」
 砂嵐を突き破って剣男と手甲少女が飛び出し、血海を広げてゆく茜へと猛然と突進、逃走に入っていた筈の少年も声を聞いて一転踵を返し、牙を剥いて猛然と突撃してゆく。
 どうやら機を生み出す為に眠ったままのふりに脅えたふりと一芝居打っていたらしい。信念で動いている者達は敵も味方も勇敢な傾向が強い。
「貴様等ぁッ!!」
 鴉鳥は叫んで全速でアウルを集中させ、抜群の反応速度を誇る黒百合と天風静流が即応している。大薙刀が横手より旋風の如くに逆巻いて、砂嵐より飛び出した剣男と手甲少女の身を掻っ捌いて抜け、黒百合の口から放たれた擬似電流を伴った光波が一直線に大気を焼き焦がしながら手甲少年の身を貫いて抜けた。
 剣男が血飛沫をぶちまけながら倒れ、だが手甲の少年と少女は倒れない。
 鴉鳥は剣を出現させると共に抜刀一閃、漆黒の閃光を飛ばして手甲少女の身を叩き斬り、笹緒から飛んだ獄炎の火球が手甲少年へと炸裂し爆裂を巻き起こした。
 だがそれでも二人共に倒れない。
 全身を真っ赤に染め上げた少年の足は、黒百合の雷光砲の麻痺により止まっていたが、なおもギラギラと刃の如くに黒瞳を輝かせ標的を睨みつけ立っている。少女の方も身を深く裂かれ明らかに致命傷を負っているにも関わらず、倒れずに抜き手を翳し鮮血を撒き散らしながら茜へと目掛けて突進してゆく。
「死活か!」
 空より場を見下ろしファーフナーが叫んだ。中年の男は急降下するとアイビーウィップを発動、植物を手に出現させ鞭状にして薙ぎ払った。阿修羅の少女の身を鞭状の植物が打ちさらに絡みついてゆく。束縛された阿修羅の少女は地に倒れる会長まで後一歩という所で植物に絡まれ転倒した。路上に倒れたまま腕を伸ばすが僅かに会長の頭蓋へは届かず、完全にトドメを刺す事が出来ない。このまま放っておけば勝手に標的は死ぬだろうが、しかし、回りが放っておく訳もない。少女の手甲がその心を代弁するかの如く振り下ろされ、アスファルトの道を砕いて穴を生じさせる。
「……無念なり! 無念なり!! 無念なりッ!!!!」
 阿修羅少年が黄金の月を仰いで吼えた。
 明らかに致命傷を負って命を燃やし、されど身動きの取れない状態の少年は、激情を黒瞳に宿して絶叫した。
「――だが、ゆめゆめ忘れるな混沌の信徒どもッ、我等が今宵ここに斃れようとも! 同じ志を持つ者達が必ずその女どもと貴様等を殺すッ、忘れるな! 炎の光は総ての闇を必ず消し飛ばすッ!!」
「そうかい」
 悪魔の翼を宙で広げる男は淡々と相槌を打った。この手の輩へは怒りよりも諦めが強かった。人は異端を排除することで優越感を保つ、半魔の男は人間のその習性を知っていた。
「救急車――治療出来る人を、生きるか死ぬかなのよぉ! 急いで!」
 黒百合は取り出したケータイに応援要請を叫びつつ血の海を広げていっている茜の元へと駆け寄る。
「これほど、とは……」
 笹緒は襲撃者達の特攻じみた執念に声を洩らしつつ再び眠りの絵巻を出現させ、二度と目覚めぬ眠りへと修羅達を誘っていったのだった。


 翌日、日暮れ。
「やはり情報が漏れていたのでしょうか……」
 警護の撃退士に固められた病院のベッドの上、包帯が巻かれた姿のファティナが言った。
「どうも、そのようだな」
 白黒の男が答える。昨晩の撃退士達は重体者達の見舞いついでに情報共有の為、全員揃っていた。
 あの後、襲撃者達のうち息がある者へと笹緒はシンパシーをかけてその記憶を探っていた。判明した事をまとめてDOGと学園に提出したのは夜明けの事で、ジャイアントパンダは現在少々眠い。
 探った結果によると、連中の連絡・集合の仕方は工夫されているようで――彼等は普段から集まっている訳ではなく、有事の際に集まるようだった。企業にも、フリーランスにも、久遠ヶ原学園にも、撃退士のいる場所には何処にでもいる。そして潜んでいる――その組織の全容はそれだけでは明らかには出来なかった。しかし、判明した事も多く、それは大きな力になるだろう。
 ファーフナーと共に車両につても撮影しナンバーを抑えたがそちらは予想通りというか盗難車だった。襲撃者達の身には盗聴器が仕込まれていて、あの後、狙撃を警戒して会長の傍についていた黒百合が視線を感じたと言っていたから、監視がいてこちらの情報も渡っているのかもしれない。
 風紀委員は最後のあれは単なる脅し文句で、個別に狙われるような可能性は会長以外は極力低いから安心して良い、と言っていた。狙われるかもしれない側としては、安心になるようなならないような言葉である。
「……彼も言ってましたね、共存なんて冗談じゃないと考える者は多いと……」
 ファティナがぽつりと呟き、鴉鳥はふと三月に行われた会合のパーティ会場にいた壮年男の言葉を脳裏によぎらせた。
 DOGの長、西園寺顕家は言っていた。天魔を憎悪してる奴はかなり多い筈だ、と。あの男は恐らくあの時点で昨晩のような事態を予見していて、それはきっと、必然だったのだろう。あの硝子の交路で流れが決まった。是であり否――因果をさらに紐解くなら、近くも遠くもそれに至った無数の原因があるのだろう。例えば、波間に揺れた二年前の夏の日もその一つ。因果は無数を束ねて影響し合いながら紡がれてゆく。
 鴉鳥が視線をやると、同じく寝台の上、包帯姿の茜は少し俯いて元気が無い様子だった。襲撃者達の言葉を気にしているのか、仲間達が重い傷を負った事を気にしているのか、多数の死者が出る事態となった事を気にしているのか。
 いずれか複数か他の理由か、その正確な所は解らなかったが、選んだ道を彼女が進んでゆけば、昨晩のような事はこれからも起こってゆくのだろう、それは予想できた。
 歩けば血が流れる。
「――あんな下らない事で悩む必要は無いわァ」
 不意に黒百合が茜へと言った。
「貴女が今まで見て来た過去を信じてェ、自らの信念を信じ、貫き通して進むだけよォ……最後の瞬間に、自分は間違ってなかった! と心から言える様にねェ……」
 その言葉に、少女はしばらく考えるようにぼうっとした瞳を黒百合へと向けていたが、
「……有難うございます」
 柔らかく目を細めて微笑した。
「そうですね、へこたれてはいられません。私は、大丈夫です。素敵な方達が側にいてくださいますから」
 言って、笑ったのだった。


 夜。
 ファーフナーは戦の跡が残る高速の路上より街を見渡していた。
 男は思う。
 街の光は儚い夢でしかない。
 襲撃してきた人間達の言動と、男が歩んできた経歴は彼にそう語りかけて来るようだった。
(温もり、安らぎ……それは同族のみに与えられるもの。異分子には、あまりに遠い……)
 ハーフデビルの男は胸中で呟くと、夜道の彼方へとゆっくりと歩いて行った。


 了


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 Silver fairy・ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)
重体: Silver fairy・ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)
   <意識不明時に追撃を受けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:9人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
されど、朝は来る・
ファーフナー(jb7826)

大学部5年5組 男 アカシックレコーダー:タイプA