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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/02


みんなの思い出



オープニング

 少年は顧みず、天使は光に慰めを抱き、悪魔は消し去る闇に救いを見る。
 鮮やかな日々が、色褪せぬように。


 劇団ドリーマーズの部室。
 出荷作業が一段落したその日の放課後、長谷川景守は随分前に録った「地球の守り手3〜撃退士達とその戦場〜」がまたスクリーンに流れてるのを一瞥すると部屋の主を見やって問いかけた。
「なんでお前、映像作品が好きなんだ」
 向けた視線の先、椅子にちょこんと座った中等部の制服姿の銀髪少女は、既に何度も通しで見たのに、飽きもせずにじっとスクリーンを見つめていた。
 躍動する光から視線を外さずに彼女は言った。
「見た人達が覚えていてくれるじゃないか。やがて誰からも忘れられるというのは、寂しいだろう」
「そうかな」
 景守は同意しなかった。
「わざわざ録って周りに見せなくとも、実際にその目で見て、会って言葉をかわした、お前が覚えていれば良いだろう」
 結局、画面の中のそれは記録でしかない。
 本物ではない。
 本物が一つあればそれで良く、だから目を開いて毎日を見るのだ。
 ジャンヌ・ルイこと山田は瞳を閉じると軽い調子で答えた。
「私が覚えていれば、か。私はもうじき死ぬから。それがいつになるかは解らないけど」
 沈黙。
 少年は少女に近寄るとその頭をはたいた。
「な、何をするんだぁ君はー!」
 吃驚したように目を見開き頭を抑えて山田。
 景守は女を睨みつけて言った。
「冗談でも言って良い事と悪い事がある」
 故人達の顔が脳裏をよぎった。
「……おや? もしかして、私のさっきの発言に怒ったのかねセンパイ?」
 何故か、少女は嬉しそうに笑った。
「何がおかしい」
「いきなり手をあげるのは感心しないが、心の広い私は許してあげよう。ナイーブで不器用なお年頃だものね」
「……言ってろ!」
 中学二年生が年上相手に何を言う、と景守は思ってむすっと口元をへの字に曲げたのだった。


 街を老人が歩いている。
 探しているのだと言った。
 昔、別れた大切な人を。
 だが、名前も顔も思い出せないという。
 忘れるくらいなのだから、所詮その程度だったのだろうと人は言った。

――儂は覚えていたかった。

 老人は街を彷徨い歩きながらそう語った。


(忘れる、か)
 本土でのさる依頼の帰り道、景守は胸中で呟いた。夕陽を背負った少年は、畦道に長い影を伸ばしてる。
――所詮、その程度、なるほど、その通り。
 少年は瞑目した。見つけ出してやりたかった。その無念は。
 依頼は不首尾だった。定められた期間内では探し人を見つける事は出来ず、背の曲がった老人は、それでも尽力してくれたからと、撃退士達に一つ礼を述べて、街の雑踏の中に消えていった。
 皮膚は黒ずんで、皺の深く刻まれた顔だった。落ち窪んだ眼窩。
 恐らく、もう二度と会う事はあるまい。
 景守は思った。
 多分、自分は、十年、二十年後には彼の顔は忘れている。日常に埋もれて消えてゆく。時空とは闇だ。
「なんで、俺達は忘れるんだろうな」
 景守はふと独白した。
 それに偶々依頼に同道していたはぐれ悪魔が呟きを拾って答えた。
「…………忘れるから、救われるんじゃない?」
 シィール=クラウン、ピエロの悪魔、はぐれの悪魔、魔界の逃亡者にして人殺し。
「忘れるものなのか」
 ふん、と景守は鼻をならした。
 足を止め、睨みつける。
「お前には無いのか、そういうの」
 覚えていたいもの。道化師の小さな背中は、日暮れの赤光に溶け込んで、今にも消えてゆきそうに見えた。
 はぐれ悪魔は振り向かずに答えた。
「そりゃ、あるよ」


 部室。
 イミテーションの指輪をパトリシア=スミスが指に嵌めて喜んでいる。
「嬉しいのか? それ、偽物だろう」
 景守は問いかけた。
 金髪美人は口をへの字に曲げた。
「あんたって、女からもてなさそうよねぇ」
「好かれようとは思ってない」
「あっそ。籠められた思いは、本物でしょう」
「そうかな」
 景守は呟いた。
「なによ、つっかかるわね?」
「俺は嘘が嫌いだ。紛い物だろう。誤魔化しじゃないのか」
 パトリシアは目を細めた。
 良く怒鳴る女だから、きっと怒鳴るだろう、と思った。
 年上の女は景守へと、美貌とは裏腹に意外に節くれだった手をかざすと、しかし、ぽんと頭上に手を置いた。
「真実の石板はね、表と裏に文字が書かれているの。これは確かに偽物だけど、けれども本物よ。紛い物であると同時にそうじゃないわ。ま、何か失敗して落ち込んでるなら、お酒でも飲んでぱーっとやることね」
 ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきまわして大学部の女はそう片目を瞑ってみせた。
「……俺は未成年だ」
 景守のぼやきにそれは失敬、とパティは笑っていた。


 数日後、パトリシアが泣いていた。
 浴びるように酒を飲んでいる。
 何があった、と団員に尋ねると青年は苦笑し、
「彼氏に浮気されて大喧嘩してさっき別れて来たんだと」
 と、答えた。
 パティは涙を流しながら指輪を窓の外に放り投げていた。
 景守は、何も言えず、逃げるように部室から立ち去った。


 校舎の屋上の昇降口の屋根の上。
 大の字に寝転びながら流れる雲をぼんやり見上げた。頬を流れた涙はきっと熱いのだろう。
 ふと、慰めてやるべきだったか、と今更ながらに思い、そしてそんな間柄ではない、と思いあたり、そもそも俺に何が言える、と思った。
 気の効いた慰めの言葉一つも言えやしない。
「……誤魔化しだな」
 景守は思った。
 仲間の嘆きから、逃げ出したのだ、俺は。
 脳裏を過ぎったのは映像の言葉。
 強そうな奴だった。実際、強いのだろう。
 対する己の手を見た。
 俺のこの手には、何の力も、無いのだろうか。
 拳を握った。


「シィール」
「ん……なんだい?」
 はぐれ悪魔の童女は声をかけられた事に驚いたような態だった。
「お前、人を笑わせるのは得意か」
 景守は問いかけた。
「まぁこれでもピエロだからね」
 そうか、俺は苦手だ、という言葉は飲み込んで相手を見詰める。
「な、なんだよう?」
 脅えたように目を逸らす相手の顔を見据え続けて言う。
「今まさに泣いてる奴が相手でもそれは可能か」
「それは……難しい場合も多いかな、でも涙を払い悲しみを忘れさせるのが私のお仕事さ。必ず出来るとは言えないけど、最善は尽くすよ」
「お前に一つ頼みがある、と言ったら聞いてくれるか? 俺からの話でも」
 童女は大きな瞳をさらに大きく見開いて見上げてきた。視線が合う。何か言うべきか、と思ったが、何も言えなかった、見据える事しか出来ない。
 不意に童女は笑った。
「勿論だよ」

●かくて
「このところ随分と落ち込んでいる団長殿を励ます為に何か劇をやろうと思う。劇に心得や興味があったら協力を頼む」
 という依頼内容の募集が密かになされるのだった。


リプレイ本文

 煌きが降る。
 秋の陽を受けて光を放ちながら、放物線を描いて道行く少女の頭上に落ちる。
「なんだ?」
 大炊御門 菫(ja0436)は頭を擦りながら、道に落ちたそれを拾い上げてしげしげと見詰めた。
「――指輪?」
 頭上を見上げる。
 部室棟の窓が開いていた。


 菫が棟に入り、劇団ドリーマーズを訪ねると二階の部室で団長がさめざめと泣いていた。
「おや、君はいつぞやの」
 団員の青年が菫に気付いて言った。
「何があったんだ?」
「いやー……その、ちょっとね」
「取り込み中か。これを外で拾ったんだが」
 菫は青年に指輪見せる。すると男はぎょっとしたように目を見開いた。
「それは――そいつを今、パティに見せるのは不味い」
 男は声を潜めて囁くと菫を外へと促す。
「どういう事だ?」
「あー…………うん、実はねぇ」
 廊下に出ると苦い顔で団員は指輪とその持ち主について説明したのだった。


 斡旋所。
「フフフ、黄昏の魔女という運命に翻弄される日々も悪くなかったのだけれど、世界が世紀末級美女オーラを持つ私という存在に気づいてしまったのなら仕方がないわね。私が演劇界の超新星になってあげようじゃない!」
 ドヤ顔でそう宣言しているのは邪気眼系女子大生、フレイヤ(ja0715)である。
「うむ、黄昏の魔女というのは良く解らんが、あんたは美人だ。役者が必要でな、よろしく頼む。存分にスーパーノヴァしてくれ、演劇は爆発だ、つまり火力だ」
 長谷川景守が相変わらずの仏頂面で言っている。
「景守が自発的に劇団の依頼を持ってくるとは相当なようだな……分かった、あまり得意ではないが俺も協力しよう。火力は何かが違う気もするが」
 と言うのは久遠 仁刀(ja2464)だ。
「有難うございます。助かります。ではパワーで」
「なに、初めてという訳でもないしな……それなら合ってそうだな?」
 そんなこんなを話しつつやがて八名の撃退士が集まった。
「シィールお嬢様とは似た者同士、是非一度お会いしてみたかったンですよねェ」
 Ninox scutulata(jb1949)が大仰な身振りと共に自己紹介しながら言った。
「わぁ、道化師仲間だねっ。改めましてシィール=クラウンです。よろしくっ」
 童女ははしゃいだ調子でお辞儀する。
「ほむ、森の賢者殿もピエロなのかね」
「あいやジャンヌ・ルイお嬢さん、そこはぁちょいと違いますかね。一口に道化といっても色々あるんでさぁ」
 ピエロというのは道化師の一種であって、道化師全体がピエロという訳ではない。おどける生き様だがそこには拘りがある。
「ふむふむ、道化師の世界も奥が深いのだね」
「ですな。ま、それはそれとして、道化は笑顔をお届けするのが生業でさ。喜んでお手伝いさせて頂きますよゥ。へへ」
 そんなこんなで自己紹介や再会の挨拶も各々落ち着くと、一行は学生食堂に移動してテーブルを囲んだ。大学部周辺の時間外れの食堂なんてのは空いてるもので、人影もまばらに学生達が長テーブルに陣取ってだべっている。
 軽食や飲み物を取ってきて人心地つくとカタリナ(ja5119)が切り出した。
「さて、それでは今回の目的ですが……パトリシア団長に劇を見せて励ます事、で良いのですね?」
「ああ、元気がでる奴が良い」
「励ます、か……」
 小田切ルビィ(ja0841)が呟いた。
「もし、俺が彼女の立場だったら――色々と慰めて貰うよりは、暫くそっとしておいて欲しい、……とか思っちまうかもな?」
 パティの事情は彼の耳にも入ってきている。
「時が解決してくれる問題だとは思うが……さり気無く元気づける……っつーか、気分転換にでもなれば良いんじゃねーかな」
「なるほど、さりげなく、か」
 かくて一同は段取りを練ってゆく。


「……ふぅん……確かに、べっこり落ち込んでる感じ?」
 四条 那耶(ja5314)は部室に荷物を運んでいる途中、生気の無い様子のパトリシアをそれとなく一瞥して呟いた。
「美人さんが元気ないと勿体ないわよね。魅力が三割くらい減ってる感じがするわ。勿体ない」
 とても残念そうに少女は言って作業を続ける。女だからって逃げるのは嫌だから、と那耶は力仕事もこなしていた。
「そうだな……」
 菫は那耶に言葉を返し、彼女もまた作業を続けつつ思う、
――恋とはどういう物だろう。
 イミテーションの指輪をヒヒイロカネから具現させる。
 パトリシアを見る。力無さそうに女は机に突っ伏していた。長い髪が乱れて落ちている。以前は輝いていた黄金の髪も、その合い間から見える白肌のように輝きを失って見えた。
 菫は声をかけようかと、小さく息を吸い、
(――……何を、言えば良いんだ?)
 言葉がみつからなかった。
 嘆息して倉庫に入ると掌の中の指輪を一撫でして軽く握った。
 瞳を閉じて握った拳を額にあて、手の中の煌きに小さく囁く。
「もう少し此処に居てくれ……」
 言ってからふと気付いて苦笑する。指輪に話しかけるなんて自分も少しは乙女らしい、と。
 小さな肩が落ちた。
「どうした?」
 不意に背後から声が飛んで来る。振り向くとダンボール箱を抱えた景守が立っていた。
「いや……力が在っても身近な人を笑顔にするのは難しいな」
 菫は深々と息を吐く。
「……そうか」
 景守はそうとだけ言って頷いた。
「ま、劇を頑張ろう。依頼主、人一倍働いてもらうぞ?」
「俺が言いだしだからな、望むところだ」
 撃退士達は準備を進めるのだった。


「演劇なんてやるの初めてだし何をすればいいのかしら? とりま困ってたり忙しそうだったりする人をお手伝いすればOKよね! と……」
 金髪の娘が胸に左手をあて、右手を天へと伸ばしてポーズを取っている。
「……そう思っていた時期が私にもありました」
「昔を思い出せ、お前、超新星になると言ってたろう!」
 共に特訓中の景守が言った。
「ジョークに本気を返すタイプよね、貴方!」
 昔と書いて昨日と読む、の言動を後悔しながらフレイヤ。
「はいはい皆様、無駄口はァ叩かない叩かない、声は臍の下から三本指。丹田ってェ所を意識してくだせぇ。はい、そこで台詞、はいステップして剣!」
 パンパンと手を軽快に叩きつつNinox。フクロウの道化師は演劇に慣れてないメンバーに劇の基本指導を実行中である。
「ぐぬぬ、私は女神の生まれ変わりと呼ばれる程の偉大な人物なのに、こんな筈では……わっ!」
 憤慨しつつ動作を練習していたフレイヤが足をもつれさせてばたりと倒れる。
「あァっと、大丈夫ですかぃ? 女神様、そうやってお客様にお尻をむけちゃァいけませんぜ。何故ってそりゃ、お客様を誘惑しちまい――」
「うぐー!」
「って、冗談、冗談ですよゥ!」
 涙目で睨んでくるフレイヤに手を貸して立たせつつあっはっはと道化は笑う。
 他方、
「配線とか見ると、ワクワクして来ない?」
 那耶は舞台裏で音響機械について教わっていた。器用な彼女は本日分は既に及第点程度には覚えて多少時間に余裕ができたので、興味があったそれらの構造と使い方をこの機に学習する事にしたのである。
 音響係りの娘は喜んで答えた。
「うむうむ、那耶もこの素晴らしさがわかるかね! そう、配線とは一つの宇宙構築であり地上に凝縮された無限輪廻の回廊、自らの尾を噛む蛇、連結され計算され尽くされた構造は一つのハーモニーを生み出し、その機能美は――」
 機械について語る自称大天使はスイッチが入ったのか滔々と演説を開始していた。
 那耶、絶句。しばし後、はっとして言う。
「えぇっと、その、御免、もうちょっと解り易く言ってくれない?」
 那耶は機械類の知識はかなりの物があるが、それでもジャンヌ・ルイの言ってる事は意味が解らない。それ以前の問題である。
(照明の方は絶対、景守に聞こう)
 あいつなら必要最低限しか言わない筈だ、と無駄な事を言いすぎて要点がさっぱり解らない少女の説明を聞きながら思ったのだった。


「良いですか? 肝要なのはラストです、ラストシーンに総てを集約するつもりでいってください。さぁ、もう一度です!」
 演出総指揮の腕章をはめたカタリナが、観客席よりメガホン片手に丸めた台本を振り回して指導に熱を入れている。
「……久遠さん、ありゃあ、完璧に出来るようになるまで休ませないって目ですね」
 舞台上、船長役の景守がくたびれ果てた様子で言った。
「出来るようになるしかないだろう……まぁ元よりできんと困る訳だし」
 顎に手をあて思案してから頷いたのはライバル役の仁刀だ。
「どうした依頼人、泣き言か? 人一倍働くのは望む所と言ったろうに」
 ジプシー風の詩人衣装を身に纏っている菫がふ、と笑った。
「ぐっ、えぇい、くそ、やってやる! 男に二言はねぇ!」
「ああ、その意気だ」
「どうかしましたか?」
 観客席からメガホンを通したカタリナの声が飛んで来る。
「なんでもない。次、始めてくれ!」
 かくて役者達は配置につき、再びラストシーンの音楽が流れ出す。
 一方で、特訓組みとは別に他のメンバーも勿論稽古をしている。
「流石に二人とも上手いわね」
 那耶は肉厚の曲刀を振るっているルビィとステップを踏んでいるCamilleを見やって言う。
「剣を使う役所は前に演ったからな」
 とルビィ。
「俺もまぁ、慣れだね」
 とCamille(jb3612)。こちらは既に他所の劇団に所属して、夜はジャズバーで歌い生計を立てていた経験を持つ。いわばプロだ。
「でもそういう四条も、初めての割にはかなり器用なんじゃない?」
「まぁね。手先にはちょっと自信があるのよね」
 右手と左手のそれぞれに曲刀を持って剣舞して那耶。両手利きなのである。
 他方、
「女神様ー、そろそろ上手く出来るようにならないと不味いでさぁ。なかなか安定しませんね」
 フレイヤはずっこけていた。Ninoxが付きっ切りで指導中である。
「大丈夫、大丈夫よ、アタシ黄昏の魔女だから! 本番に強いタイプなの!」
 そんな調子で稽古を積みつつ光陰はサクサクと時空を駆け抜けてゆく。
 あくる日、
「暇してるんなら手伝ってくれねーか?」
 ルビィは相変わらず生気無く突っ伏してるパトリシアにぶっきらぼうに声をかけた。
「…………なに?」
 身を起こした女はどんよりとした碧眼を男へと向ける。
「チラシを配ろうと思ってね」
 とCamille。手の中にはビラの束があった。
「なにそれ……ああ、あんた達がやるっていう舞台の?」
「そうだ、頼めるか?」
 女は焦点の合わない瞳でしばし思案していたが、
「……うん……まぁあたし、団長だしね……それくらいなら……」
 こくりと頷き、二人からビラの半分を受け取った娘は、ふらふらと表へと出ていった。
「大丈夫かな、彼女」
 Camilleが女の背を見送って呟く。
 失恋。
 誰もが経験することではあるが、だからこそ他人事では無く、故にこそ力になりたいと思ってここにいる。
「……まぁ動いていた方が多少は気が紛れるだろ、今は」
 ルビィはそう言った。
「……そうかもしれないね」
 人の心ほど不確かな物は無い、Camilleはそう思う。
 Camilleもまた、かつて同棲していた彼氏と破局した経験がある。環境を変え傷を癒すために、半ば自棄で学園の門を叩いたのだ。
 この世の終わりのような絶望感に襲われて、もう生きていけないとさえ思って、みじめで、寂しくて、苦しくて、楽しかった日々が蘇って、まだ好きだという気持ちが離れなくて。
(忘れたいと思うほど、忘れられないもの……けど、いつかは涙も止まる)
 御飯も食べられるようになって、眠れるようにもなる。
 浮き沈みを繰り返しながら、少しずつ、時間が解決してくれる。
 今はまだ孤独の殻の中でも、一時でも悲しみを紛らわせて、慰めにならなくても、元気になってもらいたいという長谷川達の気持ちが伝わると良い、そう思った。

――いつか痛みは消えて、傷ついた分だけ、強く優しくなれる。

 辛さは過去になって、思い出に変わるのだから。


「で、パトリシアをどう誘ってくるかは考えてあるのかな?」
 Camilleは景守に問いかけた。
 男の問いに青年は眉間に皺を寄せる。
「……一応考えてはみたんだが、しっくりこない。何か上手い誘い方とかあるか?」
 案の定、考えすぎてしまっているらしい。
「まぁ、普通に誘えば大丈夫じゃないの」
 チラシの内容には目を通している筈だし、パトリシアとて舞台人だ、さらには自分が団長を務める劇団の劇なら気になっていない方がおかしい。状況は整えてある。後は押せば良いだけだ。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。どんといってきなさい」
「……そうか、そうだな。解った。行ってくる」
 かくて少年は扉を開いて外へと赴き、男はそれを見送った。
「幸運を」


 太陽は中天を抜けて落ち、月が昇り空には星々が瞬いた。
 茨城県の東の洋上に浮かぶ人工島久遠ヶ原、そこに佇む巨大学園の一角に、小さなステージがあった。
 黄金の髪の娘は後輩に手を引かれてその劇場にやってくると、軽く驚きを覚えたようで、目に微かに生気が戻って来る。
「へー……大入りじゃないの」
 定員は百名程度で、学園内にある他の物と比べれば決して大きいとは言えないホールだが、それでも学生演劇で全席を埋めるのはなかなか難しい。以前からの評判とビラ配り作戦が功を奏したようだ。
「看板借りたからな」と景守。
「劇団の名がかかってるんだから、しっかりやりなさいよ」
「言われるまでもない。特等席をくれてやるから、その目で良く見ているんだな」
「……あっいかわらず可愛くないわねぇ」
 パトリシアは口をへの字に曲げて呆れ、次に軽く笑った。
「ま、始まるの楽しみに待ってるわ」
 娘は席に着き、少年は舞台裏へと消えて言った。
 光が消え、闇に包まれ、ブザーが鳴った。
 舞台裏で演出機器を準備しながらカタリナは思う。

(思いは忘れ去られるし、それでいい。
 総て忘れ去ってしまった後に残るのは、
 きっと色褪せない想いであるのだと――)

 この旅と、遥か昔に宝を隠した者達と同じように。
 そしてこの舞台作りもまた、きっと。

 やがてブザーが止んだ。
 劇が始まる。


 漆黒の闇の中、一人の道化が光を纏って浮かびあがる。
「本日はお集まり頂きまして、誠に有難う御座いやす」
 道化は滑稽な程に大仰な仕草で一礼した。
「へ? アタシですかぃ? いやいや、アタシは只のしがない語り部。名乗る程の者じゃございやせん。どうかお気になさらずってねェ。へへ」
 Ninoxはとんと高く回転しながら左方へと跳躍、闇に光を撒いて着地すると、背後を指し示すように腕を降るって言う。
「さてさて、今宵語らせて頂くは、いつか何処かに居たかも知れない、とある船乗り達の冒険譚。
 待ち受ける財宝と、苦難、障害、そして悩み。彼らは無事、お宝を手に入れる事は出来るのでしょうかねェー……?
 この世にゃ強い風が吹く、明日は明日の風任せ、夢と希望を白帆に変えて、命は知らぬと冒険者、未来へ渡す旗を掲げて、青く煌く大海原へと今、出航!」
 暗転。


 闇を切裂く光芒が浮かびあがらせるのは青い青い海原の映像だ。明るく軽快で爽やかなBGMが流れ始める。
 船首を表現している巨大なセットの上に乗っているのは船長服に身を包んだ長谷川景守。
「もうじき母港だな……」
 船長は独白する、異国の地で売り捌いたのはオリーブ油、仕入れたのは砂糖、利鞘はさほどでもないが、値崩れしない堅実な航路だ。故に思う、今回の交易も成功に終わりそうだと。だが若き船長の顔は晴れなかった。
 舞台の端からバンダナを巻いた洒落た船乗りが現れる。腰に吊っているのは意匠を凝らされた曲刀。Camille扮する水夫長だ。
「どうしたんだいモーリー。無事に帰れそうだっていうのに、浮かない顔じゃないか?」
「無事に帰れそうだって言うのは良い。だが、カミーユ、俺達はこの船を手に入れてから何年だ?」
 船長は振り返って言う。
「俺達には夢があった筈だ。だが気付いたら無難な航路をひたすら行ったり来たり、何時の間にか守りに入っちまってる。七海の神々の名にかけて、こんな筈じゃあ、なかった筈だ」
「夢ねぇ……七つの海をまたにかけて、伝承歌に歌われるような大冒険をする、だっけ?」
 同じくバンダナを巻いた少女が踊るように現れて言った。那耶扮する船員である。
 それに水夫長は紫瞳を細めてふっと微笑する。
「忘れた事は無いけれど、随分色褪せてしまったね」
「今のままじゃあ駄目だ。変えなければならない」
 船長と水夫長は現状を嘆く。
「でもねぇ、現実問題、どうやって……?」
 その疑問を最後に船は港へと入ってゆく。


 Ninoxの場面語りが入り幕が再び開くと、背景は賭場へと続く治安の悪い路地裏に切り替わっている。
「冒険はしない奴には寄ってこない。だからまず小さな物からで良いので何か冒険をするのだ!」
「ちょっと、だからって船長! 有り金持って賭場に行くっていうのは、冒険っちゃ冒険だけど、なんか違うくない?!」
 景守と那耶が舞台上で言い合っていると、右端の幕から異国のローブに身を包んだ少女が切羽詰まった様子で駆け出てきた。直後、少女を追いかけるように銀の閃きが飛び、少女は船長と水夫長の前に転倒する。
「なんだ?」
 戸惑いの声をあげる景守、那耶、Camille。BGMが切り替わり、右端よりルビィ扮する海軍提督が部下を引き連れて登場した。
 倒れていた少女は勢い良く顔をあげた。
「た、助けてください……!」
 フードが外れて顔が顕になる、それは菫扮する詩人であった。
「あんた、追われてるの?」
 目をぱちくりとさせながら那耶。
「ふわーっはっはっはっは!」
 その時、尊大ながらも何処か間の抜けた笑い声が響き渡った。
 カイゼル髭をつけた軍服姿のルビィは、ひとしきり笑うとサーベルを抜刀して、海兵達と共に威圧するように進み出る。
「我輩はアレクサンドロ・ポチョムキン、北方帝国の海軍提督よ。そこな異民族の娘は窃盗の容疑がかけられておる。妙な気は起こさず粛々とこちらに引き渡すが良い」
「私は盗みなど働いていません。あいつらこそが提督という名の盗賊です!」
 菫が懸命な様子で訴えかける。
「……どうするんだいモーリー?」
 Camilleが問いかけた。
「俺はいきなり剣を抜いて威圧してくる奴が嫌いでね」
 景守は言うと腰から無造作にカトラスを抜き放った。切っ先をルビィへと向ける。
「それにあんたのヒゲは胡散臭い、信用ならんな」
「おのれ、我輩のヒゲを侮辱するとは!」
 ルビィは盛大に顔を顰めてみせる、サーベルを振るって叫んだ。
「許さんぞ者ども! このならず者達に痛い目を見せてやれ!」
『あいさー!』
「カミーユ! その娘を頼んだ、先に行け!」
 景守、那耶、ルビィ達が大立ち回りを開始し、Camilleは菫を抱き上げて舞台の左方へと去ってゆく。
「船長に手出しはさせないんだからっ!」
 那耶は壁走りでセットを駆け上ると跳躍して宙へと身を躍らせ、落下しながら派手に刀を振り下ろす。
「ぬぅっ?!」
 景守へと斬りかからんとしていたルビィは咄嗟にサーベルをかざして辛うじて受け止め、刃と刃が激突して火花が散る。
「こしゃくな!」
 伊達で提督ではないのか、男は力任せに那耶の刀を押し返し、少女は大きく後ろに吹き飛んで転がる。
「ナーヤ! 退くぞ!」
 景守が海兵の一人を蹴り飛ばし、舞台上にある樽をルビィ達へとむけて次々に転がした。ルビィ達は大樽の突進を受けて大仰にふっとんでゆく。
「走れるか?!」
「なんとか!」
 景守は那耶の手を掴んで助け起こし、二人はCamille達の後を追って左端へと消えてゆき、暗転。


 船上。
 海へと脱出した一行は菫に問いかけていた。
「なんで、追われてたの? 罪人っていうのは違うんでしょ?」
 那耶の問いに菫は語った。
「……命の恩人である貴方達には正直にお答えしましょう、実は私は古の時代に栄えた海の民の末裔なのです」
 彼女の民族は東西に交易し大いに栄えたが、やがて衰え滅びた。だが二五〇年前、燃えゆく都から財宝を積んだ船が出港した。船はとある島の洞窟の奥に沈められ財宝は隠された。菫の一族は代々その地図を守ってきたのだという。
「財宝!」
「でも、それ、財宝とは名ばかりのガラクタなんです」
「……えっえー! 偽者なの?」
「私の祖先が持ち出したのは金銀ではなく、およそ価値の無い物なんです。ただ、そう説明しても信じてくれなくて」
「で、狙われていると、なるほどね」
 顎に手をやり頷くCamille。
 他方、
「価値の無い宝、か……」
 船長は思案顔で呟いていた。
「ご興味ありますか?」
 菫が笑って問いかける。
「あの軍人達にガラクタとはいえ祖先の物をくれてやる気にはなりませんが、貴方達にならお礼に差し上げますよ」
「……良いのか?」
 菫は頷く。
「モーリー、価値の無い物なんか探してどうするんだい?」
「……遥か昔に、ガラクタと知りながら隠した奴がいる。気にならないか? 何を思って隠したのか……」
 船長は言った。
「理由は忘れられちまったようだが、隠されたモノは確かに其処に残っている。そこまでして隠したものが、本当に偽物だったのか、俺には疑問だ。何かあるんじゃないか? 冒険を探していたら、こうして宝の地図が飛び込んできたんだ。こいつも何かの縁だろう、行こうぜカミーユ」
「酔狂な事だねぇ。ま、酔狂じゃなけりゃ冒険なんて志さないか」
 Camilleは言うと、笑った。
「良いだろう、風吹かば海の果てまで。ナーヤも良いかい?」
「二人が酔狂なのは今に始まった事じゃないしね」
 肩を竦めて那耶。
「しょーがないわ、付き合ってあげるわよ」
「……行かれるのならば、私も連れていってはくれませんか?」
 菫が言った。
「私、歌を生業にしているんです。貴方達の冒険を歌にしてみたい」
「そうか、元々あんたの物だしな、断る理由はないな」
「わぁ、歓迎するわよ詩人さん!」
 かくて一同は宝探しに出発、舵輪が勢い良く回され、船が旋回する。
 潮騒とカモメの鳴き声を背景に、風を受けて船は海の彼方へと旅立ってゆき、暗転。


 一羽のカモメ(幻術)が天より舞い降りて、ラフなシャツ姿のブロンドの少女の手に止まった。フレイヤである。少女は鳥と瞳を合わせて大仰にふんふんと頷く。
「ヴァーチャー船長!」
 やがてフレイヤは勢い良く振り返って言った。
「なんだ?」
 返事をしたの赤髪の男である。白のダブレットと真紅の外套で小柄な身を包み、腰にカットラス、頭には羽根つきのトリコーンをかぶっている。仁刀扮するライバル船長である。
「バレイ商会の連中、宝探しにでるみたいですよ!」
「……宝探しだぁ?」
 仁刀は片眉をあげる。
「盗み聞きさせた所、かくかくしかじかって寸法で」
「ふっ……はっはっはっは! なるほど、面白い! 連中らしいな。でかしたぞフレイヤ、その宝はこのソード商会が掻っ攫ってやる!」
「モーリー・バレイ達にはあの商売の時もあの商売の時もいつもいっつも競り負けてきましたからね。今度はこっちが出し抜いてやるんですねっ」
「うるさい、俺様は負けてなどいないぞ魔女! だが、出し抜いてやるというのはその通りだ。宝が本物だろうが偽物だろうがどうでも良い、奴等に勝つ事こそが価値なのだ! 現在位置は解るかフレイヤ?」
「大丈夫です、びびっと把握してま〜す! 鳥の瞳にお任せあれですっ」
 フレイヤから場所を聞いた仁刀は腕を振るって声をあげる。
「よし、進路変更、ハード・ア・スターボード! 帆を全開に開け! バレイ商会の連中を追跡するぞ!」 


 かくてバレイ商会、ソード商会、ポチョムキン提督艦隊の三つ巴の財宝争奪戦が始まる。
 彼等は行く先々の海上で、異国の港で、ドタバタと活劇を繰り広げ、最終的にカナリヤ諸島にある無人島に辿り着く。
 密林を抜け、猛獣を撃退し、仁刀達は景守達の隙をついて一足先に財宝の隠し場所である洞窟へと突入するが、仕掛けられた鉄籠のトラップにはまって身動きが取れなくなってしまう。
「お先に失礼!」
「おのれ、またしてもモーリー! この忌々しい籠め! フレイヤ、魔術でなんとかならないかっ?! えぇい、これで終わりだと思うなよ!」
 籠の内側よりガンガンとカトラスで鉄枠を叩きながら仁刀。
 バレイ商会の一行は洞窟の奥へと進むと、長い道のりを経て地底湖へと出た。湖の底には船が沈められていて、一同は苦労して船室から宝箱を引き上げる。
「これが二五〇年前に沈められたという宝か」
 宝箱を開けてでてきたのは、やはり何でもない品々だった。
 菫扮する詩人は言う。
「当時でも大した価値はなかったはずです。それでも存亡の時に持ち出したのはこれだったのです」
「…………どうしてこんな物を大切にしていたのだろうね?」Camilleが首を捻る。
「確かな事は悠久の時の彼方ですね……祖先には見る目がなかったのか、あるいは――」
「…………あるいは?」
 一同の問いかけに菫は微笑して言った。
「あるいは、とても、いい旅だったのでしょうね」
「……それはどういう――」
 意味を一同が尋ねようとした、その時だった。
「フフン。道案内ご苦労!」
 ルビィ率いる海兵達が出現する。
「お前は!」
「ここで会ったが百年目、アレクサンドロ・ポチョムキン提督である。ここから先は海軍に任せ、貴様等は早々に立ち去るが良い!」
「って、ここから先って後は宝持ち帰るだけじゃないの! 冗談じゃないわよ!」
 那耶が憤慨する。
「ハーッハッハッハッ! 最後に勝つのは賢い奴よ! 総員、かかれー!」
 ルビィが抜刀して突撃し、それを皮切りに商会員達と海兵達が激しい大立ち回りを開始する。
 その最中、元きた通路の方から凄まじい爆音が轟き、地鳴りと共に洞窟が揺れ始めた。
「……崩れる!? なんで急に?!」
「もしやソード商会の連中、洞窟内で攻性魔術ぶっぱなしたな!」
 一同は生き埋めになってはたまらないと一目散に脱出せんと駆け始める。
 だが、ただ一人、逃げようとしない男がいた。海兵が叫ぶ。
「提督ーっ! 命あっての物種ですぜ!」
「ここまで来て宝を手に入れずして女王陛下の元へ帰れるか!」
 軍人はよろめきながらも宝箱の元まで辿り着く。
「こ、これは……?!」
 箱の中からボロボロになっている人形を取り出してルビィは愕然と呟く。
「……まさか……宝箱の中身がガラクタ……? 我輩の今迄の労苦は一体……!?」
 天井より岩の破片が降り注ぐ中、よろめく提督を海兵が引き摺ってゆき、暗転。


 青い海を背景に船上。
「ちぇー、結局、骨折り損のくたびれ儲けなのね」
「ま、皆無事に帰れただけ良かったよ」
 そんな調子で一同が苦笑している中、詩人の娘はリュートを鳴らして歌を口ずさんだ。前半は日月と人の無常を現した歌だ、後半は、
「――されど歌は万里を巡る、と」
 菫は演奏を止め、微笑した。
「私は今回の冒険を歌にして、これを宝とし皆に自慢しようと思います。一生にそう何度もできる体験じゃありませんでしたからね」
「なるほど」
 船長は得心がいったように笑うと青錆びた青銅のメダリオンを取り出した。
「あ、それって」
「どさくさに紛れて一つだけ拝借した。やはり偽物のガラクタっぽいが、しかし、こうしてこいつを手に入れた我々の旅は、本当の旅であったのだ――とな。『いい旅だった』というのは、そういう事だろう?」
 船長の問いに菫は笑って頷く。
「本当の旅ねぇ……綺麗な言葉だけど、それじゃお腹はふくれないわね」
 那耶は苦笑した。
 それにCamilleが片目を閉じて言う。
「なに、財宝というのは、元来そういうものだよ」

――輝く宝石は、食べられない。

 暗転。


 闇の中に光を纏った道化師が再び現れる。
「はてさて船乗り達の冒険譚、如何でしたでしょうか。残念無念、結局手に入った物はガラクタのメダル一枚のみ 、経済収支的には彼らの冒険は大失敗――ですがァ、一同随分と晴れ晴れしい顔をしてらっしゃいました。
 最後に旅立つ時に持ちゆく箱には、皆様、何を詰めてゆかれましょうか? 御静聴に感謝を、今宵の物語はこれにてお開き、皆様の心に良い風が吹きますよう、その人生に幸運あれ! さよなら、さよなら、さよなら」
 手を振るNinoxの姿が闇に溶け消え、幕。


 終了後、
「テーマがつい最近、どっかで聞いたような気がするわ」
 パティは探るような視線を向けてきたが、一つ笑うと、
「ま、凹んでても仕方ないわよね。ありがと。あたしもまた舞台に立ちたくなったわ。団長あたしだし! 切り替えてかないとねっ」
 カタリナはその言葉を聞いて囁いた。
(やっぱり、舞台人なんですね)
(きっとパトリシアも劇を愛する人なんだろうね)
 カミーユが頷き囁きを返す。
 劇で人に何かを伝えたい気持ち、人を喜ばせたいという想い、それを持ってる子なんだろう。
「そうか……きっとそれが良い」
 仁刀はパティの言葉に頷きつつ、
(しかし、パトリシアは精神的に強いと思ってたが、あれだけ落ち込むって本当に何だったんだ……?)
 などと胸中で首を捻っていた。最後まで理由には気付かなかったようである。
「ん、楽しかった! 上手くいって良かったわ」
 那耶が嬉しそうに笑ってうーんと大きく伸びをしている。良い事をした! という奴である。
 他方、菫もまたほっと息をついていた。
(覚えておこう)
 胸中で呟き、今この瞬間をこそ心に焼き付ける。
 自分達には壊す力ではなく誰かを守り笑顔にする、創り出す力があると信じて。


 公演終了後。
 帰り道を歩きながらルビィは思った。
(時の流れは優しくも残酷だ。幸せな記憶も辛い記憶も……いつかは想い出になる)
 心は常に変化し、真実は瞬く間に流されていく。
 人の心は永遠を前に、あまりにも脆い。

「――だが、一瞬が永遠に劣るだなんて誰が決めた……?」

 空を見上げ青年が洩らした独白は、風に乗って夜の街へと消えてゆく。
 夜空には秋の星座が煌いていた。


 了


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 創世の炎・大炊御門 菫(ja0436)
 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
 聖槍を使いし者・カタリナ(ja5119)
重体: −
面白かった!:12人

創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
聖槍を使いし者・
カタリナ(ja5119)

大学部7年95組 女 ディバインナイト
撃退士・
四条 那耶(ja5314)

大学部5年172組 女 鬼道忍軍
どうけさん・
Ninox scutulata(jb1949)

大学部8年282組 男 陰陽師
愛のクピドー・
Camille(jb3612)

大学部6年262組 男 阿修羅