勢いあまったシャワーのような、煙る雨。
予定地点の建物を確認し、入り口で雨具を着た女が傘を畳む。
そして報告のためにシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)は光信機を取り出す。
「これから中に入るわ。そちらはどう?」
「問題ない。全員準備はできている」
受けた鴉乃宮 歌音(
ja0427)が周りに目配せしながら答えた。
鴉乃宮の他、陽波 透次(
ja0280)、フローラ・シュトリエ(
jb1440)、七曜 除夜(
jb1448)、不動神 武尊(
jb2605)の四人は大型ディアボロの正面、侵攻ルート上から迎撃するつもりで、今は雨を避けて屋内にいた。
「雨も滴るいい女。というわけには行かないかなぁ」全員レインコートを着込んだ様に、七曜がぼやく。
アサニエル(
jb5431)とアジュール・アンブル(
jb2830)からも確認の報が入る。
二人は交差点の側面から叩く別働隊として待機していた。
「嫌な天気ですね……、戦闘に支障が出なければ良いのですが」
「まったくね。悪天候にお構い無しってのは、女に嫌われる条件の一つだよ」
仲間の状況を確認し、上階への階段を見つけたシュルヴィアは、コートのフードだけ脱いで濡れた靴が滑らないよう気をつけながら屋上出口の前まで昇っていった。
「状況も、環境もよろしくないわね……」
ノブを回してみて開くかどうかだけ確かめる。
「だけれども、それを打破するのがわたくし達の役目ね」
狙撃銃をヒヒイロカネから具現化し、冷えた壁に背を預け呟いた。
まだ遠い地鳴りが徐々に近づいている。
先手を取ったのは相手方だった。
本隊からディアボロが近づいたと聞き、アサニエルとアジュールは雨粒弾ける外へ飛び出した。そこから状況を飲み込む一瞬の隙をついて、斥候役のヒラメ状ディアボロが白い触手を伸ばしてきたのだ。だが真正面からやってきたため、二人はすぐさまその場から飛びのきかわした。
先発の迎撃隊を壊滅せしめた白いディアボロ。しかし天使にとってはその脅威は薄いものだ。
「この翼を生かすときが来ましたか・・・参ります!」
二人は自分の翼で宙に浮き、先に大型ディアボロの動きを止めるため交差点へ一直線に飛翔した。
本隊では、交差点に輪郭のぼやけた四足獣が見えてから鴉乃宮が『通信士E』で周辺の索敵を行っていた。機械のモニターを模した青色の光に囲まれながら、雨のノイズを無視して視界内のの敵の位置を的確に味方に伝えていく。
鴉乃宮の情報を皮切りに、全員が外に走り出す。スレイプニルを召還する不動神を背景に各々武器を手にし構える。ハイドアンドシークで身を隠したシュルヴィアが角地の建物から交差点に銃口を向けると、黒い巨体は交差点まで十数メートルまで迫っていた。
本隊から七曜が先陣を切る。大型の前にいたヒラメディアボロを敵方の先鋒に見立て、アウルを脚部に集中させた加速力でもって一気に間をつめにかかる。相対するディアボロも素早く地を這い七曜を捕らえようと前に進み出てきた。
「いや、流石に触手は簡便よっと」
が、その動きは不意をつかれなければ問題となるものではなかった。真っ直ぐ突き出される触手を半身になってかわす。
射線が空いた一瞬を鴉乃宮は逃さない。すかさず放ったクロスボウの矢はヒラメの胴を貫き地面に張り付けた。七曜の抜刀術がさらに畳み掛ける。柄に手をかけ、アウルの爆発にまかせて引き抜く。鳥の嘶きに似た音とともに刀身がディアボロを両断する。
(行かせない……、誰も殺させない!)
七曜が動くのと同時に、陽波は大型の足を止めるべく、ヒラメを避けて交差点を疾走していた。ビルの壁面を走り大型の側面にたどり着き、その影を縫い留めようと試みる。だが、わずかに動きが鈍ったものの、怪力で強引に術をやぶりすぐまた元の速度に戻ってしまった。
全体を縛るのが無理、なら足を狙えばどうか。フローラは、地面すれすれを滑空して大型の下に入り込んだアサニエルにタイミングを合わせ、後ろ足の片方に魔法攻撃を集中させた。氷の刃と光の玉が間接の裏側めがけて直線に飛ぶ。これも一撃のみで膝を折るには足らず、数を重ねる必要があったが、バランスが崩れかかるのは目に見えて明らかだった。
アサニエルと共に交差点まで飛び上空に舞い上がったアジュールは、大型の背中に蠢くヒラメに銃弾の雨を浴びせかけていた。
「拘束されては堪りません。なるべく距離を取りつつ……、撃つ!」
射程外からの攻撃に業に煮やしたヒラメの触手が、イソギンチャクのようにうぞうぞと激しくのた打ち回っていたが、一発の銃声がディアボロを黙らせた。命中を確認し、なおスコープから目を離さずにシュルヴィアは次の標的を探しに銃身を傾ける。
早くも護衛を二体失った大型ディアボロは怒りの感情を奇声として吐き出し、彼方のビルの灯りを見ていた目を下ろした。そして目前の剣士目がけて大きく前足を振り上げる。七曜も目線を合わせ抜刀の構えを解かず対する。
鉄腕の掌底が激しい音とともにセメントの地面を叩き割りえぐった。パワーはあるがスピードに劣る力技は、七曜の縮地の機動にもちろん追いつかない。だがしかし、避けた先にはヒラメが待ち受けていた。
これは完全にタイミングを逸していた。動いた先で地を蹴り身を翻す刹那を待ちはしなかった。飛び込んできた彼女をヒラメの触手が瞬く間にがんじがらめにする。
次には大型の鉄腕がふりかかってくるだろう。予断を許さぬその状況で、クロスボウの矢がヒラメを穿ち、舞い込んできた黒いカードが白い触手だけを断ち切って、七曜を助けた。後方に控える鴉乃宮と初手に続いて毒手を考えていた陽波が、その窮地を脱するために放ったものだった。触手を失い身動きできず、それでも蠢くヒラメに、シュルヴィアが狙撃でとどめを刺した。
怒れる巨躯はさらに憤慨し、振り下ろした腕を今度は壁面に立つ陽波に向け振り回した。降りしきる雨粒の一つ一つが、どす黒く太ましい腕の表面で弾け散る様を見た一弾指の次に、その腕に向かって陽波は壁を蹴る。かする腕の上を転がる棒のように身をひねる。後ろでコンクリートが砕ける音を聞きながら、そこから見事に着地を決めてみせた。
一方、大型の足にさらなる追撃を加えようとしていたアサニエルにも触手が襲い掛かっていた。間接の裏を狙うために地上付近を飛び、交差点につっこんだ勢いを殺して建物に背を向けたところを逆に狙われた。気配を察し離れようとしたアサニエルだったが、片足を掴まれ引きずり下ろされそうになる。
そのとき、空中を蒼煙が走った。馬竜スレイプニルに乗り弓を構える不動神が天高く飛来する。弓は大きく引き絞られ、やぶさめの要領でアサニエルを捕らえるヒラメに矢を射った。あわせてアジュールも彼女の足元を狙い銃弾を撃ち込む。
矢と銃弾で穴だらけになり半身が消えたヒラメは、苦痛に叫びながらも掴んだ足は離さない。なおもアサニエルを引き込もうとするが、か細い目に護符が突きつけられる。至近距離からの光の攻撃は、欠片も残さずディアボロを打ち滅ぼした。
残り二体のヒラメディアボロ、その一体は支援に徹する鴉乃宮を狙い、壁伝いに本隊の後ろに回り込もうと図った。
「本命の前にまずは邪魔なのを倒しましょうか」
が、先の『通信士E』でからその位置を知らされていたフローラと、そして自由の身となった七曜も加わり迎え撃つ。壁から地面に降り素早く這いよろうとしたヒラメと鴉乃宮の間を、二人が割って入った。青銀の両刃剣と白銀の大太刀が左右からの交差斬撃でもって敵を切り捨てる。
確認されたヒラメはアサニエルとアジュールを襲った一体が最後となった。だが、それ以降その一体の動きは把握されていない。ではどこにいるのか。
刃を振りぬいたフローラの背後に突如、白い触椀が数多沸き立つ。そう、これが最後の一体だった。目は後ろを捉えたフローラだが体の反応が追いつかない。触手が彼女を捕らえるのに全身に巻きつかんとする。
鉄腕が地面をえぐるに似た音がした。巻きつく寸前で触手がもがくようにうねっている。鴉乃宮が腕に着けたパイルバンカーをヒラメに真っ直ぐ深々と打ち込んでいた。
全ての味方を失い怒り狂う大型ディアボロは瞳孔を開いて全身をわななせ、足をがむしゃらに地面に打ち付け始めた。破壊音が響かせ、セメント片を撒き散らす。その力と振り下ろす速さは強烈ながら、ふりかぶる動きが致命的に遅いために撃退なら回避は容易だった。しかしその進行はいまだ止まってはいない。
シュルヴィアは屋上を走り大型の顔が見える位置にくると、ライフルを構えて照準を目に定めた。あわよくば暴れる大型をひるませられるかもしれないと考えたのだ。果たして、作戦は図にあたり、眼球を撃たれた大型はまぶたを固く閉じ低い唸り声をあげて足を止めた。
「『浸食汚染融解崩壊』」
その隙に、後ろ足の間接を狙って、鴉乃宮の拳銃が黄土色のアウルを飛ばす。付着したアウルはスライムのようにねばねばとまとわりつき、足の装甲を溶かしている。そこに続いてやぶさめから身を翻した不動神とスレイプニルが、大型の正面から下にもぐりこんだ。そしてアウルが滴る両刃の大剣を、勢いをつけ横なぎに後ろ足に切りつける。先の攻撃で脆くなっていたところへの一撃に大型の膝は耐えかね、斜め後ろへ尻餅をつくように崩れ落ちた。
「もうちまちま狙うのも面倒さね。大雑把に行かせてもらうよ」
アサニエルが手をかかげると、雲を切り無数の小彗星が大型の頭上から降り注いだ。大質量が打ち付ける重圧にもはや立ってはいられない。ディアボロの巨体は交差点を少し過ぎたあたりで地面に押し付けられた。
「確かに堅そうねえ……だーがー、“波”ってやつはどうかしらっと!」
その背にフローラが氷の槍を突き立て、間髪入れずに七曜が廻波を打ち込む。氷の槍で冷え固まった背肉が剣先からの波のように振動するアウルを受け、裂けたところから体液が噴出す。
「はああっ! 斬り裂け! エメラルドスラッシュ!!」
空中から捕食する隼のように急降下するアジュールが、緑に輝くテンプルソードで肉の裂け目をさらに広げる。
傷ついたディアボロは地鳴りのような呻きで、なんとか体を持ち上げようと前足をつっぱる。しかしすでに包囲された状況でそれができるわけがない。ビルの壁を駆け登った陽波が、立ち上がりかけたその頭に兜割りを叩き込み、大型は再び地に伏せた。
赤黒く広がった裂傷に、不動神が最後の一撃を仕掛けた。スレイプニルを踏み台に、大型の上空からの飛び蹴り。スパイクを持つ脚甲にきりもみを加え、銀色のドリルとなって大型の傷口を穿った。
断末魔は金属が軋むような声だった。雷雨に乗じて愛知侵攻を目論んだ鉄腕の巨躯は、木曽川にすらたどり着かず打ち倒された。ようやく小降りになってきた雨風に誰とも知れないため息が混じる。
「ふぅ、コート来てても濡れるもんさね。早くシャワーでも浴びたいよ」
「その前に紅茶で一服でもどうだ。骨休めにはちょうどいい」
鴉乃宮の振る舞いに皆が一息ついたころには、雨雲は去り、水に濡れた廃墟の街を日の光が照らしていた。