(……ま、まさかこれはアドレスゲットというやつでしょうか)
オペ子から『依頼あり』のメールを受けてやってきた桜井疾風(
jb1213)は、心躍らせながら依頼書にサインする。
「何というか、妙な依頼だねぇ」
同じくサインしながらRehni Nam(
ja5283)が口を開く。
隣でそれに同意したのはディザイア・シーカー(
jb5989)。彼は受付カウンターの上に居る小次郎にネコじゃらしを振っていた。小次郎が音速ねこぱんちでネコじゃらしを殴打する。
「こっそりと、何を運んでるわけ? 一般人の銃の所持は違法でしょ? 隠し通せないわよ」
ツンとした調子で東條 美咲(
ja5909)がぼやく。ましてや自分から斡旋所に連絡しておいて『詮索するな』とは、一体何様なのか。
「怪しいわよね…」
幼い外見とは裏腹におっとりと落ち着いた物腰で相槌を打ったのは、月守 美雪(
jb8419)。
「まぁ、何が出てきても驚かないよ♪ 一番怖いのは、人の意思ですから☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)はいつもと変わらぬ軽い調子で話しながら、自身の携帯を弄っていた。
何をしているのか尋ねると、彼は「んー?」ととぼけた様子で答える。
「何だか端末の調子が悪くてねー♪ 音が鳴らなかったり、勝手にアプリが起動したり……。ゴミでも詰まってるのかなー?」
言いながら手にしていた針でスピーカー部分をグリグリと穿ってみたり、カメラアプリを弄ってみたり――
「でも、仕事には差し支えないから良いか♪」
彼はヘラヘラとした笑顔で携帯を懐に入れた。
サインを終えた8人は揃って斡旋所を後にする。去り際、ディザイアは隠し持っていたマタタビを小次郎へと与えていた――……
●田園道路
田舎道の真ん中で、1台の大型トラックとその運転手の男が大量の狼に囲まれていた。
「撃退士か!? 早く何とかしてくれ!」
コンテナの上によじ登っていた男は、トラックに群がってくる狼めがけて石を投げつけながらRehni達に叫ぶ。
光纏し、周辺の生命反応を探るRehni。コンテナの上に1。これは見たまんま、男のものだ。
手前に5。死角に5。そしてコンテナの中に――
6。
積荷は生き物だ。
脳裏によぎった過去の事件をぐっと抑え込みながら、Rehniは車体を囲んでいる敵の数を7人に告げる。
直後、真っ先に飛び出したのは礼野 智美(
ja3600)。彼女は槍を手にすると、狼の群れを左右に割るように一直線に駆けた。
先頭に居た1匹を穿ち、ざあっと滑りながら停止して車を背に庇った智美の乱入により、コンテナに躙り寄っていた残りの狼が大きく後退する。
敵の群れにクッキリと浮かび上がった1本の道。
智美の通った跡を追って、7人はトラックと狼との間に立って武器を構えた。
「人命『は』大事なものです、万一の事を考えて護衛を置いて行きますね…本当は思いっきり離れてもらって安全確保していただきたいのですが」
背中を向けたままの智美が、コンテナ上の男へと告げる。その言葉に続くようにして男へと近づいたのは美雪。
彼女は翼を顕現させて男の隣へ降り立つと、避難するよう諭す。しかし男は断固としてそれを拒んだ。
仕方ない――
美雪の髪がふわりと靡いたかと思うと、彼女は男にぎゅっと抱きつく。
困惑した男が思わず彼女と目を合わせた瞬間、彼の脳裏にザザッとノイズのような感覚が走った。そして次の瞬間――
彼の視界には、自分に抱きついている『雪女の化け物』が映っていた。
「ひああ!?」
悲鳴を上げながら、幻覚でも見ているかのように手足を振り回して美雪を引き剥がそうとする男。
否、実際に彼は幻覚を見ていた。
これだけ錯乱していれば、羽交い絞めにして強引に退避させた事への言い訳もこじ付け易くなるだろう。
幻惑スキルに嵌った男を抱きかかえながら美雪が翼を羽ばたかせようとしたその時、狼の1匹が車体を駆け上がって襲い掛かってきた。
咄嗟に高度を上げた美雪のつま先ギリギリの位置を、狼の爪が掠める。
そんな狼を尻目に、男を抱えたまま上昇する美雪。
そして、そんな彼女と空中ですれ違うようにして颯爽と降臨した1人の少女。
「ロケットダイヴァアーッ!」
気合一閃ホームラン。
大鎚を構えた咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)がゴオッと降下してくる。
ズガアアン! とけたたましい金属音を轟かせてコンテナ上の狼を殴撃。しかし勢い余った狙いは狼よりもコンテナ天板の方を大きく粉砕し、ベコリと刻まれたクレーターの端では衝撃で気を失っただけの狼が牙の隙間から舌を垂らして横たわっていた。
「ふっ、まずは1匹」
ドヤァとキメ顔で着地する咲。だが残念な事に、1匹目を仕留めたのは智美が先である。
しかしそんなものはどこ吹く風か。彼女はふと、地表で気配を殺して車体下へと潜り込んでいた仲間の姿に気がついて下を覗きこむ。
疾風だ。
彼は開幕の混乱に乗じて、敵にも運転手にも気取られずに車体下へ入り込む事に成功していた。その手には、獣爪に似せた武器。
――念の為まずはタイヤを潰してトラックが発進できなくしておこう。今なら依頼主からも完全に死角のはずだ。
車体の下から腕を伸ばし、その切っ先をタイヤの外側へ突き立てようとして――
(桜井、それってマズくない?)
(えっ?)
咲の小声が聞こえ、疾風はピタリと手を止める。
(これって、表向きは詮索とかしちゃダメな事になってるのよね?)
『偶然』や『不慮』を伴わずにやってしまっては、後で怒られたりしないだろうか。
背伸びした態度とは対照的に、実は小心者でビビリな咲がヒソヒソと言う。
美雪の幻惑が掛かっていて尚且つ死角に居るとは言え、盲目や聾唖になっている訳では無い。
「(もしバレたら――)グワーッ!?」
その時、小声の途中で急に咲の悲鳴が響き、驚いた疾風は車体下から出てコンテナを仰ぎ見た。
気絶から回復した狼に組み付かれた咲が、車体後方――コンテナ扉の方――へゴロゴロと転がっていく。
そのまま狼と団子になって地面に落ちる咲。
疾風は慌てて地面を蹴った。
一息でコンテナ扉前へと駆け、咲に覆い被さっている狼を距離を詰めた勢いのまま突き飛ばす。
忍刀『血霞』を実体化し、扉の角にドカリとぶつかった狼を逆袈裟に一閃。
狼はくぐもった悲鳴を零し、背にしていた扉の鍵ごとドサリと地面に落ちた。
「……はっ! やってしまった……」
真っ二つになった鍵を見て、疾風はわたわたと取り乱す。
いや違うんです、今のは事故で。そう事故なんです。本当に事故だったんです。どのみちさり気なくこうするつもりだったんですけど、今のは事故なんです。
一方、「助かった」と礼を述べる咲。
しかし2人はコンテナ被害の程度を確かめる暇も無く、直後に飛び掛ってきた別の狼の対応に封殺された――
ディザイアは敵の力量を推し量っていた。
『事故』でトラックの足回りが壊れる前に逃げ帰られても困るし、かといって油断しすぎてコンテナの中身に被害が出てもマズイ。そう思って、光纏したものの魔具は実体化させずに素手で狼相手に格闘すること幾数発。
本気で潰しに掛かれば負けようが無い程度には弱い。
そう結論付けた彼は当初の計画を実行に移すべく、運転席のドアを背にしてピタリと足を止めた。
『本気で戦ってますアピール』の為、光纏オーラを可視化させる。
アウルの粒子が舞う中、対峙していた狼は正面から彼の喉元めがけて喰らいついた。
牙が首筋に届く寸前で敵の頭をガシリと押さえ込んだディザイアは、しかし大げさに後ろによろめいてみせる。
そうして勢いのまま後ろに飛び、運転席の窓を背中で突き破って狼と共に車内へと転がり込んだ。
シートに倒れる際、受身のフリをしてさり気なく左手をエンジンキーへと伸ばす。掛かりっぱなしになっていたエンジンを切ると同時に、鍵をへし折る。
「いやぁ、全身武器の弊害がこんなところで出るとはな…」
わざとらしく声に出すディザイア。
彼は内心でクククと悪戯っぽく笑いながら、ガウガウと牙を鳴らす狼の顎を押さえ直す。と、そこへ――
「ダイジョブかい〜?」
助手席のドアを開けて車内へ飛び込んできたのはジェラルド。
これまたわざとらしく声に出し、ディザイアに被さっている狼を車外へ突き飛ばす。
(カーナビは……無いか。手荷物の類も無し、と。残念っ☆)
極力、足がつくような物は携行しない。
あの男、みっともない事態の割にはそれなりのプロ意識があるのかもしれない。
彼はヘラヘラとしながらも素早く車内を確認すると、ディザイアに目配せしてから揃って車外へ。
敵は3匹増え、計4匹になってこちらに向かって唸っていた。
エンジンは止めた。鍵も折った。念押しのタイヤ潰しは他が上手くやるだろう。
良い機会だ――
「体全体を武器とする利点、試させてもらうとしよう」
ディザイアは今度こそ本当に魔具を実体化させる。
色褪せ、ボロボロに古びた一対の布切れ。それを両手首に巻きつけてギュッと固く引き結んだ刹那、淡いアウルの粒子が全身を包み込んだ。
光纏オーラと混ざり合い、闘神の如き光炎が足下から噴き上がる。
「さて、わんちゃん、あそぼっか☆」
一方のジェラルドも、腰の軽そうな笑顔を浮かべて言う。
先に仕掛けたのは狼だった。
4匹同時。ディザイアとジェラルドそれぞれに2匹ずつ、大口を開けて飛びかかる。
剥き出しになった牙は、しかしディザイアには届かない。
彼は膝を突き上げて狼の下顎を打ち抜くと、そのまま敵の首を脇に抱え込んで締め上げた。同時に、時間差で突っ込んできた2匹目の爪を1匹目の首を締め上げたまま側宙して躱し、その際に振り上げた足で2匹目を高々と蹴り上げる。
側宙時の回転でメキリと音を立てた1匹目を捨て、蹴り上げた2匹目を追って跳躍。
飛び上がった勢いを利用して再度敵に膝蹴りを打ち込み、空中でもんどり打った相手に次々と連撃を叩き込んでいく。
拳、肘、膝、脚、ついでに頭突きも。
徒手格闘でありながら、剛気のアウルを纏った全身から繰り出される一撃は、そのどれもがまるで鋼を打ち合わせたような重撃音と衝撃波を吐き出していた。
ディザイアは滅多打ちにした狼の尻尾を掴み、地上でピクピクと横たわる1匹目の頭蓋に2匹目の頭蓋を叩きつけた。
一方、赤黒い闘気を纏ったジェラルドは、自身に向かってくる2匹の内1匹を肉薄される前にライフルで屠る。
射程外から一方的に掃射されて地に伏した個体の陰から残りの1匹が飛び出してくるも、振るった爪はあまりに直線的すぎて彼を捉えるには至らない。
回避動作から流れるように射撃姿勢へと以降して1射を放つジェラルド。だが、その狼は尚もヨロヨロと身を起こして牙を剥いていた。
直後、その敵の後ろ足をガシリと掴んだのはディザイア。敵を掴んだままグルグルと回転し、ハンマー投げのように敵を上空へ投げ飛ばす。
既に息があるかも怪しい敵の眉間を、ジェラルドは空中で見事に撃ち抜いた。
(…出来るだけ車に狼近づけて戦闘しないと…)
Rehniと共に狼2体を相手取っていた智美は内心で呟く。流れ弾を装ってコンテナ外装を破壊するにしても、敵の攻撃によって為される方が良い。
車の後輪付近を背に構え、智美は狼の突進をひらりと横に躱す。
空振った狼の爪は、しかし『偶然』そこに在ったトラックの後輪を裂いてバスンと破裂させる。
しまった、といった様子をアピールしながらその狼を切り伏せ、続けて飛びかかってきた2匹目を烈風突で弾き返す。その際、『うっかり』突き飛ばし先の目測を誤り、宙を舞った狼は前輪付近へ。
起き上がろうとする狼。そうはさせるかとスキルを詠唱するRehni。
ピンポイントで狼を射抜いた攻撃はしかし、貫通属性ヴァルキリージャベリン。
直線状のものをまとめて貫いたアウルの刃は、狼の背後に位置していた前輪を両側纏めて破裂させてしまっていた。
「しまった、たいやがぱんくしてしまった」
いらいぬしさん、ごめんだよ……と。ぽえっとした顔でRehniは口に手を当てた。
敵の牙を忍刀や鎚で受け止めて鍔迫り合っていた疾風と咲。
不意に、咲の眼前の狼が横から振り抜かれた強烈な棍撃によってかっ飛ばされる。明らかに当たり所のヤバそうな音がして、狼は動かなくなった。
「ふふん、私にかかればこーんな弱っちい天魔なんてすぐやっつけちゃうんだから」
美咲が言い放つ。次いで、疾風の方の狼も渾身の力とアウルを込めた杖で殴り飛ばすが、こちらはトドメには至らなかった。
起き上がってきた狼の爪を疾風の血霞が切り払い、よろけた狼を咲の大鎚がフルスイング。しかし、かち飛ばした先には鍵の壊れたコンテナ扉が!
狼がドカッとぶつかり、留め金の無くなっていた扉がギィッと開く。中に入っていたのは――
薬で眠らされた人間の子供達だった。
●
「随分とまあ」
刑事の冨岡は、寝息を立てたままの子供6人を見てポリポリと頭を掻く。
あの直後。レッカー移動の必要もあったが、何より流石に看過できないと見たRehniらは警察を呼ぼうとした。しかしどういう訳か、連絡するまでもなく冨岡の方からパトカー数台を引き連れてやってきたのだ。
「善良な一市民から銃声がするって通報があってさ」
冨岡の言葉に、8人はオペ子――いや局長の顔を思い浮かべる。
「ふざけるな契約違反だろ!」
ワイヤーで拘束されていた男が怒鳴る。
瞬間、ざわりと明らかに殺気立ったRehniの肩にポンと手を置いたのはジェラルド。彼は懐から携帯を取り出すと、その画面を冨岡へと向けた。
「実は知らないうちにカメラが起動しちゃってたみたいなんだよね♪」
しれっとした態度で、動画・画像再生ボタンを押す。
そこには、『不可抗力』によって車体が破損していく一部始終がしっかりと記録されていた。ついでに、避難を促す美雪に対して狂ったように暴れる男の『暴力』も映し出されている。
「なっ!? 違う、あれはこの女が急に――」
「天魔に遭遇して恐怖から幻覚を見てしまうのも珍しい事ではないんですよ」
憐れみの眼で勘違いだと諭す美雪。
「まあ依頼主がパニック起こした上に、戦闘中の『事故』だったんなら仕方ないんじゃないの」
そう言って、冨岡も視線を逸らしながら頭を掻く。男はそのまま警官にパトカーで連行されていった。
「たぶん孤児だな」
別のパトカーでそっと運ばれていく子供達を見送りながら、冨岡が唐突に言う。
「最近チラホラあるのよ、そういう嫌な事件が」
人身売買。
Rehni達の握り拳が静かに音を立てる。
「もしかしたらだけどね。捜査が進んだら、君らにお願いしなきゃならんかもしれん」
その時はよろしくね、と。終始昼行灯な調子で喋っていた冨岡は、子供達を乗せたパトカーと共に去っていく。
事後処理に残った警官達の姿をぼんやりと見つめていたRehniは、やがて仲間達と共に斡旋所へと帰投した……。