要請を受け、斡旋所の前へと集まった一同。
「何があってもオペ子さんだけは助けなければ……!!」
当のオペ子本人よりも切羽詰っているんじゃないかという様子で意気込む、桜井疾風(
jb1213)。
「やっぱり、人間って欲深い生き物だよね」
一方、呟くように言ったのはジョシュア・レオハルト(
jb5747)。
自分達のような存在を『造り』、今はこうして目先の目的の為に動く。
そしてそれは自分達も同じ。だが、それでもやはり彼らと自分達は違うはずだ。
「心のどこかでは、そう思っているのかな」
相手も、そして自分も……。
「世の中、そんな賢いこと考えてる奴ばかりじゃねえだろうさ」
ディザイア・シーカー(
jb5989)が、ジュシュアの肩にポンと手を置く。
彼は「気にしすぎるとハゲるぞ」と冗談めかして口の端を吊り上げた。
「なんにしても、『一仕事』をされる前に俺たちの一仕事を片付けようぜ」
彼らの話を聞きながら、時計を確認していた鷹代 由稀(
jb1456)は煙草の煙をふーっと吐き出して、
「交渉の連絡が来たら出来るだけ引き伸ばして。その間に片付けるから」
そう職員に告げ、7人は犯人が潜伏している廃倉庫へと出発した。
●倉庫街
道中で携帯に転送されてきた周辺見取り図を頭に叩き込み、7人は問題の廃倉庫から少し離れたコンテナの陰へ身を潜める。
手筈通りまずは疾風、ディザイア、由稀、そして櫻井 悠貴(
jb7024)が召喚したヒリュウらで、内部の状況を探る為に潜入を開始。
3人は隠密スキル発動の為にオーラを隠匿しながら光纏し、悠貴のヒリュウは敵に目視されるのを防ぐ為に地上を徒歩で進む事に。
そうして廃倉庫手前で三手に別れ、それぞれ別の方角から付近の様子を伺う潜入組。
ヒリュウはトテトテと地面を歩きながら物陰から物陰へと移動して裏口から近づく。共有した視覚情報を精査しながら、悠貴は思念を送ってヒリュウへの指示を続けた。
一方、側面へまわったのは由稀と疾風。由稀は慣れた動作で廃倉庫の壁まで身を寄せると、後続の疾風に視線を送った。
彼は足音一つ立てずに影のように身を揺らすと、由稀の死角をカバーするように後方を警戒しながらついてくる。
由稀は、作戦開始前に記憶した見取り図の内容を思い浮かべた。
図面上はこの倉庫にも水捌け用の細い配管が通っているが、到底人が通れる太さなどでは無い。となれば潜入にせよ突入にせよ、地上あるいは上空から入る事になるわけだが、西側の壁には出入り口になりそうな扉や窓が無く、地上ルートは正面および裏口の大門かこの東側を通るしかない。
そして最大の問題は、敵の人数とその配置だ。
『倉庫街周辺には…敵の気配は…ありません…』
イヤホン越しに、秋姫・フローズン(
jb1390)が告げる。
敵はまだ自分達の犯行が気付かれている事を知らない。配置に手が回りきっていないのはその為だろう。だが、潜伏場所である建物直近ともなれば流石に見張りが巡回している。
2人はイヤホンをしていない方の耳に届いてくる複数人の息遣いや足音に意識を割きながら、慎重に進入ルートを選んでいく。
特に由稀は、窓や扉付近に足跡が残っていないかを確認していた。もし足跡が1つも無ければ、そこは見張りの巡回ルートには入っていないという事になる。
そう判断しながら辺りを調べ、やがて彼女は半開きになっている資材搬入口を発見。砂を被った地面は、靴跡はおろかタイヤの跡1つ付いてはいなかった。
光を捻じ曲げて姿を消していたディザイアは、由稀と疾風が扉をくぐって中へ入ったのを屋根の上から確認。透過能力で屋根をすり抜けて自身も侵入すると、天井を走る梁の上へと息を潜めながら静かに降り立った。
と、ちょうど反対側の通路に2丁拳銃を携えながら歩く黒服姿の敵を発見。数は1。
まだこちらには近づいてこない事を確かめてから、今度は吹き抜け作りの遥か階下を見渡す。正面入り口に例の小枝と思しき男が1人と黒服3人、裏口に2人、そして手薄な中央に――
オペ子と小次郎の姿。
廃材の陰に隠れていた由稀と疾風もその状況を確認したらしく、物陰からディザイアを見上げて小さく頷いて見せる。
由稀は通信機のマイクを喉に当てると、音が洩れないよう限界まで抑えた小声で簡潔に敵の配置を告げて突入の指揮を執った。
「カウントファイブ…4…3…2……」
ゼロ。こんこんっ
裏口の外からヒリュウが鉄門を叩き、傍に立っていた黒服2人がはてと顔を向けた刹那――
「おわああああ!」
突然の悲鳴と共に、梁にいたはずの黒服が降ってきた。詰まれていたドラム缶の山に身を打ちつけ、けたたましい音を立てる。
敵の全員が驚いて肩を跳ねさせる中、漆黒の羽を舞い散らせて着地したディザイアを見てオペ子は淡々としたペースを崩す事もなく口を開く。
「シーカーさん。お久しぶりです」
「おうさ迎えに来たぜ、皆でな!」
ニヤリと彼が口端を上げた直後、正面入り口の扉が吹き飛ぶように開け放たれた。
扉を押し破ったのはジョシュアと秋姫。そして気配も無くオペ子の傍に現れた疾風が、小次郎ごと彼女の身体を抱えあげる。
「桜井さんもその節はどうも」
「あ、はい、こちらこそ――いや、あのすみません、と、とりあえず後で」
オペ子を抱えたまま疾風は一目散に出口へと駆け出し、一拍遅れて抜けてきた月野 現(
jb7023)らに護られながら倉庫外へと全力退避。
しかし体勢を立て直した正面口の黒服2人が武器を出して追撃の構えを見せる。それに気づいたディザイアが、疾風達を援護しようとすかさずライフルを実体化するが――
がしり、と。銃を構えた彼の手を、横から掴む者が居た。
いつの間に接近したのか、その黒服はあたかも洗練された執事のような物腰で、されどディザイアにも決して引けをとらぬ腕力で以て、その行く手に立ちはだかる。
「独学で鍛錬を極めた猛者、ね……」
ぎりぎりと腕を締め上げてくる黒服執事に、どこか楽しげに獰猛な笑みを浮かべるディザイア。
「どんな相手だろうが、邪魔する奴ぁ容赦しねぇぞ!」
彼は長物であるライフルを捨てると敵とガシッと両手を衝き合わせ、牙を剥いて吼えた。
離脱できないのならば、組み伏せるのみ。
一同は、オペ子を護りながらの制圧戦へとシフトする。
追走してきた黒服2人に対して真っ先に飛び出したのは秋姫――いや、彼女のもう1つの人格、修羅姫だった。
「邪魔…どきなさい…」
凍てついた微笑を浮かべ、手にした片刃の双斧を振り翳す。
『やり過ぎないで…くださいね…』
頭の中に響く秋姫の声。修羅姫は容赦の無い笑みを見せながらも、刃を返した斧の背で敵を殴りつけるに留めていた。
しかしその攻撃に、それ以上の手加減は無く――
頭上に振り下ろされた双斧の剛撃を、両手持ちに構えた剣で受け止めた黒服。必然的にがら空きとなる下半身。その股間めがけて、修羅姫は右脚を思い切り振り上げた。
「き、貴様ぁ! それが人間のする事かぁああ!」」
見るも無残に散った仲間の仇を討とうと、修羅姫の背後からもう1人の黒服が飛びかかる。振りかぶった剣はしかし、不意に飛んできた鏃によってキンと弾かれて手から零れ落ちていた。
倉庫の中央で、回転機構を備えたジョシュアの機甲弓がジャキリと弾倉を転がす。
直後、手ぶらで立ち尽くす黒服の鳩尾に修羅姫の持つ斧の柄が突き立てられ、入り口の黒服は揃って地に伏した。
裏口側。2人の黒服は手にしていた自動小銃の銃口を、正面入口から出て行こうとする疾風――ひいては彼が背に庇っているオペ子――へと向ける。
しかしトリガーに掛けた人差し指を引こうとした瞬間、自分達のものではない銃声がして、真横にいた仲間が悲鳴を上げた。
残った1人が驚いて振り返ると、廃材の陰に女が潜んでいるのが見えた。
黒服は舌打ちしながら廃材の山めがけて銃撃。頭を引っ込めた女――由稀――を追い立てるように小刻みに射撃を繰り返しながら、徐々に距離を詰めていく。
――なるほど、確かにただの素人では無いようだ。
由稀は物陰に身を隠しながら内心でごちた。
正確な射撃、無駄弾のないタップアクション、距離を詰める際の足運び。おそらくは元軍人か。しかし――
迫った黒服が角から身を出した瞬間、彼の足に目に見えないほど細いワイヤーが絡みついた。先端に繋がれていた廃材が引っ張られて、ガラガラと雪崩を起こす。
「アウルの扱いはまだまだね」
由稀は、圧し掛かった瓦礫の重みに呻き声を上げた黒服の鼻先に、カチャリと銃口を突きつけた。
現はオペ子と小次郎の安全を優先し、盾を構えて悠貴や疾風と共に彼女をその背に匿っていた。
黒服2人は修羅姫とジョシュアにより無力化。裏口の2人も由稀により鎮圧。天井に居た1人は突入時にディザイアが蹴落とした。
残るは、彼が現在も交戦中である執事風の男のみ……いや、待て。
入り口に居たのは合計4人ではなかったか。
今の状況では執事を含めても3人しか居な――
銃声。
寸前で気付いた現の盾が、一同の不意をついて射られた銃弾を辛うじて逸らした。
「まったく、計画が台無しだ」
突入時のドサクサに紛れて身を潜めていた小枝が、拳銃を手に現達の前に姿を見せる。
「これでは久遠ヶ原の悪徳を暴くどころか、我々だけが一方的に悪の組織であるかのように映ってしまうではないか」
やれやれといった様子で肩を竦めた彼に、現と悠貴は厳しい眼差しを向けた。
「証拠もなしに他者を陥れるような事をするな」
「疑うのも分かりますが……だからといって、自分が全て正しくは無いのです」
世論に疑念を抱くまでは構わない。だが、自らの結論を盲目的に信じて行動するのは誤りだ。それでは正義や道徳が捻じ曲がる。
そこにあるのは自己陶酔だけ。それでは変革などは望めない。
「疑わしきは罰せず、か。甘いな君達は」
「自分の考えだけではなくて、他の人達の話を聞いて色々な事を知ってから。もう一度考えてみて下さい」
「それでは遅いのだよお嬢さん。相手を顧み耳を傾けるようなやり方で変える事ができるのは、所詮は個人単位の事までだ。組織単位ともなれば、そんな事をしている間に敵は喉元に喰らいついてきて、もはや立て直すこともままならなくなる」
それにね……と彼は銃を構えたまま片手で煙草を取り出し、口に咥えて火を点しながら言う。
「そもそも私自身は、そんな高尚な理念に興味は無い。あくまでビジネスなのだよ。もっとも君達にとっては、容認できないと言う点ではどちらも同じ事だろうがね」
小枝は煙草をふかしながらチキリと銃の撃鉄を起こし、
「さあ、オペ子君をこちらに渡してもらおうか」
その銃口を、2人の後ろでオペ子を背に庇っている疾風へ向けようとして――
瞬間、悠貴のヒリュウが目にもとまらぬ速度で宙を駆けた。
小枝が手にしていた銃を尻尾で叩き落とし、彼が慌ててそれを拾おうとした所へ追い討ちをかけるように飛んできた1つの物体。
無言のまま降ってきたそれは、ディザイアとの力比べに負けて投げ飛ばされた執事風の黒服だった。
派手に衝突して地面に倒れ、きゅうと目を回して動かなくなる小枝と執事。
これでようやく全ての敵を鎮圧できた。しかし、一同がそう胸を撫で下ろした時、無防備になった背後でドラム缶の転がる音が響く。
最初に落ちてきた黒服だ。
咄嗟に動いたのは疾風。彼は考える前にオペ子の前に身体を割り込ませ、黒服の放った2丁拳銃の双弾をその身で受け止める。
幸いな事に、それは口径の小さな通常の拳銃弾であった。しかし、痛いものは痛い。疾風は薄っすらと涙を浮かべながら眉を顰める。
尚も引き金を引こうとする黒服だったが、由稀の銃弾とジョシュアの鏃が左右それぞれの拳銃を弾き飛ばし、修羅姫の峰打ちとディザイアの拳が両頬にめり込んだ事で彼は今度こそ頭に星を浮かべた――……
●
「鳴くとよいです。豚のように」
縛られて動けない小枝達の太ももを、これでもかと言うくらい靴底でげしげしと踏みつけるオペ子。
ひいひいと涙を浮かべる男達を一頻り踏み倒した後、
「とは言え、私のことをきちんと『オペ子』と呼ぶあなたの振る舞いに免じて許してあげます」
「オペ子君――」
彼女の寛大な言葉に、小枝が感涙に胸を詰まらせながら顔を上げ――
ブシュー!
――た瞬間、オペ子はポケットに隠し持っていた小型の催涙スプレーを彼の顔面めがけて噴射した。
『ぇえー!?』
「あががが」
胸だけでなく、息まで詰まらせる小枝。
「でも反省してくだい」
涙をぼろぼろ零して悶える彼を見ながら、一同はやれやれと肩を竦める。
小枝に対してもう一度苦言を呈そうとしていた現や悠貴も、これには苦笑するしかなかった。
「あの、オペ子さん」
ディザイアと共にジョシュアと現の治療を受けていた疾風は、おずおずと彼女に声をかける。
どうにも危なっかしい彼女を心配し、何かあったら自分たち撃退士を頼ってくれと言いながら、アドレスを記したメモ用紙を差し出す疾風。
オペ子は相変わらずの眠たげな眼差しで頭に小次郎を乗せたまま、それを受け取った。
「おっと、そういや警察を呼ばねえとな」
思い出したようにディザイアが言う。
ジョシュアが自らの携帯電話を取り出して110をコール。通報を終えた後、今度は局長の番号を呼び出して、オペ子を無事に確保した旨を報告する。
遠巻きに近づいてくるサイレンの音。
やがて7人は両腕を高々と伸ばして背伸びをしながら、1人と1匹を連れて斡旋所へと帰投した。