――少し前。
「エリスちゃん、遊びに来たのですー」
バーを訪れたRehni Nam(
ja5283)。
が、店内はボロボロ。栄一が一同に事の発端を話そうとしている所だった。
「どこで、気持ちを取り違えてしまったのでしょう」
話を聞き終え、涼介の行動に違和感を覚える青鹿 うみ(
ja1298)。
しかしそんな彼女とは対照的に、
「ただ弱いだけやろ? 根っこの部分がな」
反感も共感も無く、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)はただ淡々と吐き捨てた。
報告の為に斡旋所へ戻った8人にオペ子から新たな依頼が告げられる。
「孤児を狙ってる天魔ですか……」
不確かな情報と聞き、深森 木葉(
jb1711)が小さく唸る。
「っ! いつか参加した依頼を思い出しますね……」
過去のディアボロ事件を挙げるレフニー。
孤児を乗せたトラックを襲撃した狼型と、製薬会社の地下に監禁した孤児を奪われまいとした鎧型。
もしもトラックが製薬会社の所有する物だったとしたら、それを襲った狼はいったい……。
「……悪魔側で、孤児に関わる勢力が2つある……?」
孤児を集めようとする鎧側と、それを防ぎ助けようとする狼側。
いや、その2つが今回の件に関係しているとは限らないし、狼側も集める為に動いていた可能性もある。
それでも、もし関係していたとして、タレコミにある天魔が悪魔だった場合、いったいどちらなのだろうか。
「まだ、パズルのピースは足りてへんなぁ」
そう言ってゼロは、オペ子に情報元の再調査を依頼するも、
「逆探知前に切れたので無理です」
バッサリ。
「そもそもこの件が榊さんの件に関係しているかどうかも怪しいです」
「え? じゃあ何で俺らに依頼したんや?」
「ちょうど目の前に現れたので」
「ぺーちゃん……」
「とにかく確かめてみるのです。本当なら孤児たちを助けないと……」
何か言いたげなゼロだったが、駆け出した木葉を追って一同と共に現場へと向かった――
●倉庫
そこに居たハルを見て、木葉や華愛(
jb6708)、斉凛(
ja6571)は首を傾げた。
「あれ? どこかで見た人ですよ?」
「(この間の…黒いお方? 確か…)ハル様!」
「なぜ、ここにハルさんが?」
ともあれ、天魔は居た。
タレコミは全くのデタラメという訳でもなさそうだ。
「孤児たちを狙うなんてひどいこと、だめなのですよぉ〜」
あたしの能力は守るためだけに。
敢えて武装も光纏もせず、無防備に近づきながらハルを諭す木葉。
同様に華愛も対話を試みようとして、ふとある事に気づく。
「ん? 今日は、白いヒトは、居ないのです? 前に、一緒に居た…」
「つまり喧嘩売ってんだよな? だったら買ってやらァ!」
だがその時、華愛の問いを押し退けるようにハルが牙を剥いた。
紫電を迸らせながら一同に殴り掛かる。
それを受け止めたのはファリス・フルフラット(
ja7831)。
間に割って入り、実体化した双剣を交差させて防御。
ハルの拳を受けた瞬間、足元の地面が砕け、ファリスの纏う蒼電のアウルがハルの紫電とぶつかり合って眩い閃光を散らす。
一方、木葉はその雷鳴に怯む事なく、尚も前へ出て言葉を投げる。
「おいたはやめて、おうちにかえりなさいなのですぅ〜」
刹那、ハルの片脚が地を離れた。
力任せに薙ぎ払う回し蹴り。
ファリスが咄嗟に木葉を庇い、彼女を抱えたまま大きく蹴り飛ばされてコンテナの山に激突。
コンテナに埋もれた2人には構わず、ハルは轟雷を撒き散らしながら残ったメンバーにも攻撃を仕掛けてくる。
ストレイシオンを召喚し、その猛攻にひたすら耐える華愛。
「…っ。落ち着いて、下さい、なのです」
また樒 和紗(
jb6970)も防御や回避に専念しながら、先程のハルの台詞を問う。
「つまり、とは」
まるで自分達が現れた事に対して、心当たりがあるかのような物言いだ。
天魔が居るという情報は正しかった。
しかし孤児を狙っているという部分に関しては、これまでのハルの人柄を考えれば違和感を禁じえない。
仮に彼が孤児を目的としているならば、相応の理由があるはず。
「テメエから喧嘩吹っ掛けといて、いまさら白々しいツラしてんじゃねぇぞコラ!」
「あ? 喧嘩売っとんのお前やろがボケェ! いきなり殴っといて覚悟できとるんやろなぁ!」
キレたのはゼロ。
だが言動とは裏腹に、彼の内心は平静だった。
「よう見たら昨日おったアホの方やないか。今日も無駄足の憂さ晴らしか? お?」
引いて駄目なら押す。
説得を聞かないのなら、逆に煽って相手のボロを誘ってみようという作戦。
「子ども達をどこにやったのですかっ」
そんなゼロの怒号に混じって、うみの声も響く。しかし隠密スキルで身を潜めたその姿は見えず。
ゼロのように相手を挑発しているわけではない。
ただ、天魔は居た。ならば孤児も確かに居るのではないか。
「揃って訳分かんねえ事ほざきやがって」
未だハルは拳を引かず。
その時、コンテナを押し退けてファリスが身を起こした。彼女の腕の中で、目を回した木葉が呻く。
「はうぅぅ……」
ファリスが庇ってくれたおかげで、大きな怪我は無し。
木葉をそっと地面に横たえ、ハルへと向き直るファリス。
情報にある程度の信憑性がある事は分かった。相手がヤル気なのも間違いない。しかし害敵かどうかとなると、
「違うみたい? だったらこちらはその気はないのだけど……」
仲間達の反応を見るに、知り合いらしい。戦う意思が無い者も多い。ならば自分も刃を納めるのが正解だろう。
それでも、向こうが攻撃を止めないのであれば――
「私は、この場における勝利のために動くだけよ」
ファリスの剣に再び蒼電が宿る。だがその切っ先はハルには向けず。
この身を呈して味方を庇い、手にした刃は敵の刃を払う為。
それがこの場での勝利であると信じる故に。
「私は勝利を具現する戦乙女になりたいのだから……」
「抑えます、その間に孤児を保護して下さい!」
それに呼応し、レフニーも盾を構えて前へ。
華愛が頷き、スーさんと共に倉庫内を探索。ついでに栄一の話していた“紫電の悪魔”の事を考えながら、時折ハルの紫電をじっと観察してみる。
「なんか会話が噛み合ってない気がするのです……」
むぅと唸ったのは、華愛とは別方向から倉庫内を調べていたうみ。だが孤児達は見つからず。
誘き出されて戦闘になった……この図はどこかで見た気がする。
ひょっとして以前会った時も、嘘の情報を掴まされていたのだろうか?
「その真犯人は、あなたを引っ掛けて、何のメリットがあるのでしょう? 影でこっそり笑ってる人なら、私たちには無害なのででオールオッケーなのですが――」
瞬間、うみの位置を特定したハルがギロリと目を向ける。
「わ、冗談ですよっ?」
「俺はオッケーじゃねェ!」
組み付いていたレフニーを盾越しに殴り飛ばし、物陰に居たうみ目掛けて雷球を投擲。
「アオカ!」
うみを庇ってファリスが飛び出す。
剣で両断され、バシンと掻き消える雷球。だが弾けた紫電を至近距離で浴び、ファリスは自身の色とは違う雷に全身を蝕まれて顔を歪める。
「あ、ありがとうございますっ。大丈夫ですかっ?」
駆け寄ったうみがファリスに触れようと指先を伸ばした瞬間、帯電していた紫電でバチッと感電。
「はぅあっ!?」
それが放電となり、ファリスは復活。
ひっくり返ったうみを、慌てて介抱した。
代わりにゼロがハルへと肉薄。素手同士の殴り合いを始める。
「どいつもこいつもちまちまちまちま思わせぶりなことばっかぬかしやがってええかげんこっちも腹たっとんじゃボケェ!! 男やったらさっくり分かりやすく物申さんかい! 構って欲しいだけの小悪魔女子か! しょーもな! しょーもなすぎるぞお前ぇ!」
「あァ!? 誰が小悪魔女子だこの小麦野郎、俺がいつ思わせぶったよ! 昨日ハッキリ『気にいらねえからブッ飛ばす』っつったろーが!!」
「やったら『何が気に入らんのか』までちゃんと言――」
「あ」と何かに思い至って立ち止まるゼロ。
「アホやから説明できへんのか」
可哀想なヒトを見る目。
「ンだとコラ」
ごちん、と額を衝き合わせる。
「悔しかったら原稿用紙400字以内で説明してみぃ!」
「上等だコラ、持ってんなら出せよ原稿用紙!」
メンチを切り合って、奥歯ぎりぃ。
その時、不意にヒンッと空を切る音が聞こえ――
ばちぃん!
レフニーが後ろからハルの片耳をビンタしていた。
悶絶するハル。
「耳の詰まりは取れましたか?」
話を聞いてください、と彼を見る。
「貴方は孤児を集め何をしようというのですか? それとも……」
孤児を助けに来たのですか?
流石のハルも、疑問に首を傾げざるをえなくなる。
「だから、お前らさっきから何の話してんだよ?」
その様子を見て、凛や華愛が遠巻きに話しかける。
「孤児を狙う天魔がいると通報を受けました。事件にハルさんが関わっているのですか?」
「『孤児を狙う天魔』…ハル様なのです…? 違ったらゴメンナサイ、なのです」
「つーか、ここに俺を誘き出したのはテメエらの方じゃねえか」
それこそ誤解だ、と首を振る凛達。
「ハルさんが孤児を狙ってないなら、わたくし達が戦う意味はありませんわ」
凛は構えていた盾をヒヒイロカネに戻し、捨て身でハルに歩み寄る。
「わたくしはハルさんを信じてますから、攻撃なんてできません。ハルさんと少しでも、わかりあいたいですの」
「如何すれば俺達の話を聞いてもらえますか?」
同様に、和紗も構えを解く。
「死ねと他者を傷つけろ以外ならば従います」
一方的に話を聞けと押しつける気も、喧嘩する気もない。
言いながら和紗が取り出したのは、1本の手錠。昨日ハルに手錠を掛けた時の事を示しつつ、
「貴方の『くだらなくない理由』を知りたいのです。自分が正しいのだと押し通さない為にも」
「あうう……。ふらふらなのですぅ……」
その時、気を失っていた木葉がむくりと起き上がった。
頭には、1つだけ小さなタンコブが出来ていた――
●
ハルを含め、全員に治癒スキルを掛けるレフニーと凛。
喧嘩が収まり、木葉がにこにこと笑う。
「お互い情報交換ができればいいですねぇ〜」
不審な点が多い今回のタレコミ。自分達を戦わせて漁夫の利を狙っている者でも居るというのだろうか?
もしそうなら、近くで見ているかもしれない。
木葉は鳳凰を召喚し、上空から偵察してみる事に。
「不審な人を見かけたら連絡するのですぅ〜」
一方、他のメンバーはハルとの話し合い。
そう言えば面と向かってハルと話すのは初めてだ、と華愛がおずおずと口を開く。
「まずは、ボクの名前を名乗ってから、なのですね」
名を告げた後、こちらに争う気はない事、現場まで来た経緯、情報主は定かではない事を話していく。
更に和紗が、疑念を抱いているのはこちらも同じだと付け加える。
ハルはそれなりに納得した様子だったが、
「つっても、俺がヴァニタスだってのはもう知ってんだろ?」
にも関わらず友好的に接しようとする和紗達が、彼には不審であるらしい。
「友人が、『正しいと思う事を』と言ったので」
不思議そうな顔で答える和紗。
「粗っぽくはありますが貴方の行動には意味がある。ブッ飛ばす理由がありません」
凛も静かに頷く。
「今までたくさん貴方と会いました。アーリィさんと何度も喧嘩してましたが、一度も怪我人が出た事は無かった。人を大切にするハルさんをわたくしは信じます」
だから、ほんの少しでも構わない。
自分の事も、信じてもらいたい。
「昨日貴方は言いました『くだらない理由じゃない』と。その理由教えていただけませんか?」
自分達は、宍間 涼介というヴァニタスを追っている。
昨日ハルが居た場所の近くに彼は現れた。もしかすると、今回も近くに居るかもしれない。
「宍間がハルさんの『くだらなくない理由』に関係があるなら、わたくしがハルさんに協力できませんか?」
「くだらなくねえとは言ってねえよ。『くだらねえかどうかは誰が決めンのか』っつったんだ」
価値観などヒトそれぞれだ、と。
「…あの、少しお伺いしたいのですが…」
恐る恐る、華愛が尋ねる。
そもそもハルは、今回の情報をどこから仕入れたのか。
「別に特別な話じゃねえ。情報で飯食ってる奴が居ンだよ」
尤もこんなデマを売るようでは、あの情報屋は長くは続くまい。
「あと…過去に、撃退庁の方々と交戦した記憶は、あったりするのです…?」
「まあ撃退士と喧嘩する事も多いし、中には撃退庁の奴も居たかもな。いちいち確かめてねえから分かんねえけど」
確証を得るには至らない答え。
違和感を取り除くべく、うみが考えを巡らせる。
情報を追った先で“偶然”想定外の何者かと衝突する確率とは、どれほどのものか。
昨日、自分達は早上に邪魔されてディアボロの残骸を調べられなかった。だが人間同士の縄張り争いなどは別に珍しくもない。
問題は栄一の部隊が壊滅した時のケース。
当時、現場は戦闘員でもない事務員が呼び出されるような『事後処理』の段階だった。
「そこにハルさんが現れたのも、偶然なのですか?」
彼女の問いに、今日一番の怪訝そうな表情を見せるハル。
「よく分かんねえけど、少なくとも俺はディアボロ引き連れて喧嘩した事なんてねえぞ」
それを聞き、黙考する和紗。
ハルが紫電を使うのなら、その主も同様の可能性はある。
栄一は「リーゼが何かを隠している気がする」と言っていた。もしや…リーゼは紫電の悪魔の正体が分かっていて、それを隠している? その奥にある絡んだ糸を解く為に。
涼介に力を与えた悪魔も正体不明のまま。思っている以上に複雑に絡み合っているのかもしれない。
「ここにわたくし達とハルさんしかいない…通報も罠ね。何か作為を感じますわ」
凛がぽつりと呟く。
するとゼロも、
「おぉついでに教えとったるわ構ってちゃん。お前と同じ雷使うやつ探しとるやつおるぞ」
「誰が構ってちゃんだオイ」
「ついでや。孤児のことも答えろや」
ここに孤児が居ないというのは分かったが、ならば何故『孤児を狙っている』という情報が付加されていたのか。
木葉の鳳凰も、未だ第三者の影は確認できていない。
「それともお前も大して知らんのか? アホやから知らんとかか?」
「テメエも知らねえんだったら似たようなもんだろうが? あ?」
おでこごっちん。
再び殴り合いかとも思われたが……
「栄一って野郎の部隊だとか俺の雷がどうとか、気になるからちょっとそいつンとこまで案内しろ」
ハルの要求に、学園生達は思わず顔を見合わせる。だが、彼は騙まし討ちで悪さを企むようなタイプでも無い。
頷き、バーへ向かうべく共に倉庫を後にする一同。
華愛はハルの隣を歩きながら、ちらりと彼を見上げる。
「ずっと気になって、いたのですが…」
「おう?」
「今日は、アーリィ様は、一緒じゃないのです?」